『外伝 黒き姫君』
















 年の瀬迫る、この日。八甲田山の雪中行軍を思い出させるような銀世界の中で横島は一人佇んでいた・

「本当にこの先に城があるんだろうな」

 本来ならば、もっと早い時期に来ている筈。だけど、こんな時期になったのは理由が色々とある。

 単純に忙しかっただけだが。

「……俺、シエルさんに騙されたんじゃないだろうか」

 背負ったリュックは重く、道は深い。

 この重さは実にシンドイ、何よりも周囲は木があるだけ。遠くからは遠吠えも聞こえ始めてい。る

「おーい、本当にどこにあるんだよー」

 横島忠夫はドイツ、シュヴァルツヴァルドで遭難の危機に瀕していた。

 まあ、横島忠夫にとってはピンチでも無いのかもしれない。





 横島の背には大きなリュックが背負われている。だが、そこにはいつものGSの道具は入っていない

 代わりに入っているのは嗜好品の山であった。

 日本、ドイツの選りすぐられた嗜好品がリュックの中には詰められている。

 様々な専門家や専門店が選びに選び抜き、これでもかと買わされた商品が入っている。

「シエルさん、流石にこれは俺に死ねと言っているようなもんじゃないのか」

 横島は泣き言を言いながら、途中で手に入れた木の枝を杖にして歩いていく。

 事の発端は、横島はアルトルージュに現実には一度も会ったことがない。

 だけど、過去世界とはいえ助言をしてくれて、助けてもらった。

 礼を兼ねて、ご機嫌伺いはしておくべきと考えたのだが……

 その結果がこれだ。雪は深くなるばかり。ついでに吹雪いてきた。

 周りの状況は悪化していると言っても過言ではない。

 だが、横島はシュヴァルツヴァルドのどこかに、アルトルージュの城が存在している事は確信していた。

 先ほどからついてくる気配。そして、こちらの様子を窺うような視線。

 それがついてきて、一定距離から離れないのだ。

 最初は一人だったのが二人、三人と増えていっている。

 やがて、前方に進んでいくと立ち止まった。横島には一瞬、何かの中に入った事を感じたのだ

「結界内に入ったか」

 横島は背後の気配を注意しながら、前へと進むと……

「待ちたまえ、ここから先は私有地に付き立ち入り禁止だよ」

 横島の前にいつの間にか、白いタキシードを着た男性が現れた。

 イケメンで、口調も見降ろしたような感じ。横島が一番嫌うようなタイプだ。

 だけど、横島は嫌味は何も言わなかった。

 何故なら目の前の男の瞳の色は、弓塚やアルクェイドと同じ赤だったのだから。

「いやー、シュヴァルツヴァルドの森って広いっすね」

 横島は言うが、目の前の青年はニコニコするだけで何もしゃべらなかった。

 いや、目は笑っていない。逆にこちらの真意を訪ねるような瞳は横島を貫いている。

「……俺の名前は横島忠夫。アルトルージュ・ブリュンスタッドに用が会ってきたんだ」

「へえ、君が魔神大戦の英雄の……それで、アルトルージュでも滅しに来たのかい?」

「いや、アルトルージュの人となりを観察しに来ただけさ」

 フィナは少しだけ目を細める。

「どうやら、気付かれているみたいだよ。君たち」

 フィナの言葉にメイド服姿の女性たちと黒い執事服を着た男性が現れる。

「リィゾ、君が侵入者相手に攻撃をしないなんて珍しいじゃないか」

「隙だらけで全然隙を見せない。侵入者なのか迷い込んだ人間なのか判断がつかなかった」

 黒い執事の言葉にメイドの女性たちも構える。

 三咲で戦ったグールとは全員が一線を画している。当然のように彼らの瞳も赤く、横島は舌打ちをすると構えた。

 周りはヴァンプの群れ。それも死徒の群れだ。

 文珠を使ってでも切り抜けられるかは分かった物じゃない。

「君たちは止めておくと良い。君たちじゃ相手にならないよ。仮にも英雄と呼ばれた男、僕たちの実力を知ってきているんだろ」

「まあな、死徒の実力はネロ・カオスとミハイル・ロア・バルダムヨォンの二人で十分わかってるつもりだ」

「分かっていて、一人でここに来たのか?」

 リィゾの言葉に横島は首を振った。

「俺は戦いに来たんじゃないって言ってんだろ」

「ならば、その荷物は何だ。GSとは無数の道具を使いこなして戦力の差を無くす奴らと聞いているぞ」

 横島はリュックを下すと、フィナの方に投げる。フィナと横島の真ん中にリュックは落ちた。

「戦いに来たわけじゃないって、調べたらどうだ?」

 横島の言葉にフィナはパチンと指を鳴らすと、雪の中から美少年たちが出てきた。

 どうやら、数で畳みかける伏兵だったらしい。

 あっさりと手をばらしたのは、圧倒的に有利な状況だとみているからだ。

 リュックを開けると、中身を出されていく。

「クッキーにビスケット、フルーツの缶詰に、昔懐かしい砂糖漬け。厳重に防護されたワインにブランデー……君は一体何を考えて居るんだ?」

 フィナの言葉に横島は苦笑する。

「だから、言っただろ。それは貢物だからな」

「いや、普通に貢物と言ったら金とか宝石とか決まっているんじゃないのか?」

 リィゾの言葉に横島は笑った。

「確かに死徒になりたきゃ、そういう手だろうな。だけど、俺が来たのはご機嫌伺いだって言ってんだろ」

 リィゾとフィナは今まで会ったことのない人間のタイプに密かにアイコンタクトをした。

「……悪いが、アルトルージュの下へは行かせられん」

「良いではないか。リィゾ、フィナ、その者を城内に入れてやればいい」

 その言葉に死徒たちは一斉に膝をついた。

 声がした方向には黒いドレスの上から黒いコートを羽織った女性がそこに立っている。

 黒髪が流れた少女は横島に笑みを見せた。

「久しぶりだな、横島。いや、お前にはそれほど久しぶりでは無いのか?」

「いや、結構久しぶりだ。一月ぶりだな」

 アルトルージュは楽しげに笑うと、周りを見渡した。

「横島は友人だ。さっさと城に案内しろ」

 主の命令は絶対なのかアルトルージュは言うと、ゾロゾロと結界内を歩いていく。

 横島以外の周囲はまるで死徒にも関わらず、横島はリラックスした感じで歩いていた。

 そして、目の前に大きな石造りの城が現れた。

「ようこそ、我が城へ」

「お招きに預かり恐悦至極」

「お前が以前来た千年城よりは狭いが、中でゆっくりとしてくれ」

 アルトルージュと共に中に入ると豪華な装飾が目の前に現れる。

 日本にあったとすれば全てが国宝とか、重要文化財レベルの物ばかりだろう。

「すげえな……」

 黒いコートをメイドに渡すと、アルトルージュはゆっくりと石造りの廊下を歩いていく。

 厳格でありながら優美。それはアルトルージュを表しているようであった。

 いつしか、横島の周りにはアルトルージュの付き人がフィナとリィゾしかいなくなる。

「あれ、さっきまでいた人数はどうしたんだ?」

「皆、元の持ち場に戻ったよ。この城、結構広いんだ。数十人程度じゃ、手が足りなくて大変なのさ」

「数十人? つまり、さっきので半分ぐらいが出てきてたってことか?」

「まあね。近くに居る死徒を呼べば、一気に百人を超えるんだけどね。最近、トラフィムの妨害が多くてね。
 いきなり、吹雪の妨害を突っ切って君が現れたからトラフィムの奇襲かって、身構えたわけさ」

フィナの言葉に横島がなるほどと頷く

「……貴様ら、出会って十数分も経ってないのに随分と仲が良いな」

「ん、何と無く分かるんだよ。同類の匂いって奴が」

 二人が笑いあう。そして、同時に流し眼でタイミングを確かめ合った

「俺は」

「僕は」

「美女が大好きだーーーーー!!!!!!」

「美少年が大好きだーーーーー!!!!!!」

 流れる沈黙。先ほどまでの空気とは打って変わっての殺気が渦巻く廊下。

 クスクスと笑うアルトルージュを他所に、二人の空気は一気に絶対零度にまでなってしまう。

 その様子にリィゾは黙ってアルトルージュを庇う位置に立つと、二人の様子を窺った。

「どうやら、思考は同じでも根本は違ったようだね」

「違うな。俺たちは同類だけど、決して相容れない……ホモと性欲魔神だからな」

「それじゃ、僕に性欲が君に劣っているような事になってるじゃないか!!!」

 怒るべき場所か? リィゾの突っ込みが入らないまま、二人の緊迫は最高に達した。

 地面が揺れるような霊波の応酬の後にフィナが消える。

 そして、横島は壁に叩きつけられた。

「人間と死徒の違い。それは思考の優劣にも分かれるようだね」

「……それはどうだろうか」

 リィゾはポツリと呟いたが、アルトルージュは面白そうに微笑みを浮かべたままだ。

「おい、フィナ。まだ、決着はついてないようだぞ」

「ふふふ……はははははは。この程度のダメージ、美神さんに折檻される時に比べれば大したダメージじゃない!!!」

 お前は人間か? リィゾの突っ込みは再び入れられずに事態は向かう。

 砂埃を払いながら、横島はフィナに対してニヤリと笑みを向けた。

「悪いが、俺の勝ちだぜ。フィナ」

「へえ、随分と強気じゃないか」

 フィナが余裕を見せて笑うが、横島は完全に調子に乗り、口を開けて大笑いをしていた。

「泣け、わめけ、そして土下座をして詫びを入れるのだ!!!!!」

 次の瞬間、リィゾは鼻を押さえた。アルトルージュも鼻を押さえる。

 フィナも鼻を押さえるが、匂いは消えない。

「まさか、この匂いは……」

「そうだ、『大』『蒜』。つまりは、ニンニクだ!!!!
 お前が吸血鬼ならば最悪の匂いだろう!! お前自身が発している匂いだぜ!!
 匂いが辛くて、俺も厳しいのが難点だが、お前を苦しませるには十分すぎるだろうが!!!!」

「ちなみに私たちもだがな」

 アルトルージュの言葉に、横島はハッとした。

「ほい」

『消』『臭』と言う文珠をアルトルージュの周りで発動すると、匂いはなくなっていく

 それに一息をつくと、アルトルージュはフィナを見た。

「よ、横島忠夫、卑怯だ……これは……流石に卑怯じゃないのか……」

「ははははは、死徒のパフォーマンスに満足していたお前が悪いんだよ。お前の運命はコイツに託された」

 そこに書いてあったのは乾燥ニンニクスライス。加えて、ガーリックパウダー。

 手にこんもりと盛るとそれを地面を転がっていたフィナの口に素早く詰めこんだ。

「次だ……次を見ていろよ。横島……僕がここで破れようとも、第二のフィナ=ヴラド・スヴェルテンがお前を……」

 そこまでだった。彼はそこまで言うと地面に沈む

 横島は高々に手をあげるが、アウェイ故か拍手はどこからも起こらない

「呆れた……まさか、そんな方法でフィナを倒すとはな。まあ、明日一日寝ているぐらいで起きるだろう」

「……じゃあ、もう少し」

 鼻にニンニクスライスを詰め込む。

「止めておけ。フィナが少しだけ哀れになってきた」

 リィゾの言葉に横島は残ったとニンニクスライスをフィナの手に置いていく

「さらばだ、フィナ=ヴラド・スヴェルテン。同じようで真逆を考えを持つ勇者、俺はお前を忘れはしない」

 横島の言葉がフィナの耳にはしっかりと届いていた

―――いつの日か、同じような目にあわせてやる

 フィナは心の中で、そんな事を考えながら意識が遠くに送られていった。





食堂に通されると、紅茶をメイドたちが運んでくる

「フィナと遊んでいたが、横島が訪れた真の目的はなんなのだ?」

「ん、実は得に無いな。今、GSは暇な時期なんだよ。聖堂教会とかとの話し合いも一段落してさ。
 それで、アルトルージュに会うんだったら今しかないと日本を飛び出してきたわけさ」

「そうか、フィナは暇つぶしの為にニンニクによってあっちの世界に旅立ったか。
 死徒初の屈辱だな。大いに笑い物にしてやろうではないか。なあ、リィゾ」

 アルトルージュはそれに可笑しそうに笑う。それを哀れに思いながらもリィゾは何も言い返す事は出来なかった

「横島。まさか、死徒を暇つぶしに使うとは……しかも、あいつとて二十七祖に数えられる存在だぞ」

 横島の表情が固まり、アルトルージュを見返す

「まさか、知らなかったのか?」

「同姓同名の別人かと」

 周りの死徒たちと同時にアルトルージュが面白そうに笑った。

 確かにそれだけの失態を行っていたのだから、その評価は仕方ない。

 リィゾも同感ではあった。

「確かに、さっきの失態を見れば、そう思われて当然だな」

 城の廊下を走る音と同時に扉が開かれる音、それと同時にフィナが再び現れた

「それは酷いよ、アルトルージュ!!!」

「お互い遊んでいたのだ。遊びで気絶させられるとは何事か」

 アルトルージュの言葉にフィナは肩を落とす。

「しかし、まあ……ニンニク臭いから、今日は私の前に居なくて良いぞ」

「ついでだから、ニンニクパウダーまみれにでもしてみるか?」

「私に被害が無いなら良いぞ。むしろ、やれ!!」

「ひ、酷い。もう、今日は出てきてやらないんだかんな!!!!」

 フィナは何か変な言葉を叫びながら、その場を走り去っていく

「な……なんか、一昔前の俺を見ているような気が」

 そんな中、アルトルージュは一人優雅に紅茶を飲む

「放っておけ。アイツとて、二十七祖。そのうち、自らの手でお前に復讐するだろう」

「何か聞き捨てならない言葉があるんですけど」

「どうした。そのつもりでフィナをからかっていたんだろう?」

 アルトルージュの言葉に横島は詰まる。確かにフィナで遊んでいたのは自分だったのだから。

「まあ、あいつとて下手に歳を重ねてはいない。すぐに恨みを忘れるさ」

「だと良いんですけどね」

 横島は呟くとアルトルージュを見つめた

「にしても、話は聞いている。アカシャの蛇と混沌を滅ぼしたようだな」

「って、早いですね。そんな、うわさがすでに?」

「うむ、トラフィムの奴がカンカンに怒っていてな。あの顔はお前にも見せてやりたかったぞ」

 どうやら、知らない場所でドンドンと恨みを買っているらしい。

 アルトルージュが可笑しそうに笑うのを横島は見ているしかなかった

「横島、私の死徒になるつもりはないか。お前の事は気に行っているつもりだ」

「俺は死徒になるつもりはないぞ。何より、人間として生まれた以上は人間として死ぬ。それが自然の摂理だろ」

「確かにな。だが、お前はその身体の中に魔族因子をすでに持っているのではないか?」

「だからだよ。俺は人間として生まれたんだ。なら、霊気構造自体は人間とは半分違ってても、人間として死にたい」

 横島の言葉にアルトルージュは、黙って聞いていた。

 リィゾも黙って聞いている。

「そうか。元々、魔術師だった人間や死徒になった人間には錐のように抉った答えだな」

「かもしれないな。だけどさ、死徒になったら死徒になったで、それなりの幸せを見つけられれば良いんだろうけど」

「そうだな。私は今の生活が幸せと言う奴だ。横島もいつかは幸せを見つけるつもりでいるんだろう?」

 横島はその言葉に微笑む。それにアルトルージュは微笑み返した

「横島忠夫……私からも一つ質問がある」

 リィゾの言葉に横島が視線を向けた

「お前は何故、戦いを求める」

「俺はさ、目に見える範囲で、他人に俺と同じ様な目に会わせたくないんだよ」

「それは、救える人間を救えなくなるかもしれないぞ?」

「そうかもしれない。だけどさ、目に見える一人が助けられないようじゃ、救える人間なんてたかが知れてるだろ」

 だけど、それは家事の中にいる子供を助けようとするがあまりに、周囲が大火事になる可能性を失念してないだろうか?

「だからこそ、組織ってあるんだろ。だから、俺は組織じゃ助けられない人間に手を伸ばそうと思う。ルシオラみたいな事にならないためにさ」

 リィゾはそれに頷くと、口を開く。

「それに対する批判も身に受け、それでも前に進む事を止めないつもりか?」

「俺は一度、全世界の人間の敵に指名されてるからな。批判程度、大したことがねえよ」

 横島は言うとリィゾは口元に笑みを浮かべた

「なるほど、お前は人間として狂ってるな。だが、その程度の狂いがなければ英雄が務まらないのも事実。
 だが、覚えておけよ。その矛盾が実感したとき、お前は壊れるぞ」

「そうだな。だからこそ、俺は前を見続けるつもりだよ。GSとしてな」

 その言葉にリィゾはゆっくりと頷いた。





 時間はゆっくりと流れる。来るときに見た吹雪は結界の一部らしい。

 その結界の解除までの時間は段々と近づいてきている。

 同時に別れの時間はゆっくりと近づいていた。

 城の中庭でアルトルージュと横島は歩いていた

「横島、私は契約の死徒だ」

「ん、それがどうかしたか?」

 横島の声がアルトルージュに響く。

 白銀の中庭に、満月が輝く銀世界。そこにアルトルージュがゆっくりと契約を紡ぐ

「ここに契約しよう。我、アルトルージュは横島忠夫が生きている限り、友であり続けると」

「……分かった。俺、横島忠夫も契約する。俺が生きている間はアルトルージュの友であると」

 二人の声が銀世界に響く。

「ここに契約は完了した」

 アルトルージュはゆっくりと微笑むとリィゾに顔を向けた。

 それに横島は首をかしげる。

「アルトルージュは、アルトルージュ派と呼ばれる死徒は日本で騒ぎを起こさない事を約束したのだ」

 リィゾの言葉に横島はアルトルージュに目を向ける

「それとだ。私とお前は友……何か困った事があったら、手助けをしようではないか」

 声が通る。冷たい空気の中、アルトルージュが紡ぐ言葉は何故か神聖だった。

 相手は死徒。神聖とはかけ離れた場所に居る存在。それでも、それは神聖だと感じてしまう。

「俺ももちろん、何かあったら出来る範囲で助ける。友達ってそう言うもんだよな、アルトルージュ」

 二人の微笑みが浮かぶ。ゆっくりと視線を向けるとリィゾが「やれやれ」と首を振っていた。

 だが、神聖な雰囲気もここで終わり。何故なら、最後の最後で乱入者が突入してきたから。

 横島の身体が雪の中に埋まる。突然、下から生えてきた手に引き摺りこまれたのだ。

「ははははは、かかったな。横島、最後に来るのはここだって思って罠を張ってたんだ!!」

 フィナが雪の中から登場する。

「……KYって言われないか?」

「えっ、もしかして、凄く悪いタイミングだった?」

「無論だ。行くぞ、フィナ。後でアルトルージュのキツイお仕置きが待っている」

 リィゾはフィナを引き摺るように城へと戻っていった。

「ったく、アイツときたら」

 アルトルージュのため息と同時に横島は時計を見つめた。

「じゃあ、俺は行くわ」

「そうか、それではな」

 アルトルージュの言葉に横島は微笑む。

「じゃあ、いつかまた」

 横島が視界から消えるのをアルトルージュが見送ると、やがて一人の老人がアルトルージュの隣に立った。

「あれが横島忠夫か」

「……ゼルレッチ、いきなり隣に立つな」

 アルトルージュの声にゼルレッチと呼ばれた老人は苦笑していた

「魔神大戦の英雄、奴の運命の大半はとんでもなく悲惨な物じゃった」

「お前が物語の始まりへと導いたんだろう。時間移動は別にしても、お前が関わった時点で横島の運命は変わっている」

 アルトルージュの言葉にゼルレッチはアルトルージュを見つめていた。

「な、何か可笑しい事を言ったか?」

「いや、お主も横島忠夫が気に行ったと見える。あいつは人外の者に好かれやすい性格をしているからのう」

「!!!!」

 アルトルージュの声にならない声が中庭に響く

「さてさて、ワシはお暇するとしよう。姫にも会いたかったが、日本の何処かに居るようだ。
 長い時間を経て、また出会う事もあろう」

 ゼルレッチの言葉にアルトルージュは何も言わなかった

「だが、ゼルレッチ、横島忠夫はそう簡単には『運命』には負けないぞ」

「……そうだな。それを願うとしよう」

 ゼルレッチはゆっくりと懐の剣を取り出すと振るう。

 次の瞬間にはゼルレッチはその場所にはいなかった。

「そうだ、私も手伝ってやるのだ。お前は負けてはならないぞ、横島」

 アルトルージュは虚空の空間に呟くと、踵を返して城へと戻っていった

 しばらく続けていたかった、あの空間をぶち壊しにしたフィナのお仕置きをするために





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