『我が為に鐘は鳴る 前編』
アシュタロス事件から七ヶ月。横島忠夫は高校三年になっていた。
七ヶ月たったとはいえ、世界を震撼させたほどのアシュタロス事件による傷跡は深く、いまだに影響が色濃く残っている。
例えば怨霊の強力化や、アシュタロスにより竜脈が変化してしまい、封印されていた魔物が復活してしまうだの、GSの仕事は格段に多くなったほどだ。
問題は、強力な魔物が多くなった為仕事に失敗するGSが多くなったことだ。
この事態を日本GS協会は重く受けとめ、解決手段として再びGS試験を開催することにしたのである。
同時に日本GS協会は、世界を視野に入れたGSギルドという名に変えるための再試験でもあることを発表した。
再試験という言葉の通り、それは素人だけではない。プロも再び、試験を受けさせられることになったのである。
そう……それはアシュタロス事件の英雄たちにも及ぶこととなった。
ここはGS試験の控え室。日本武道館で行われる二次試験へ向かうためにたくさんの受験生が集まっていた。
総勢五十名ほどの選手が集まっている。
この集団は現役でそこそこ名前の知られた若手GSが多く集まっており、全員がGSライセンスを持っている。
しかもほとんどがB級以上のGSで構成されている。
そして、アシュタロス事件で活躍した英雄たち??ピート、雪之丞、横島などもここにいた。
「……ふざけるな、って言いたいよな」
その中で横島は雪之丞に愚痴をこぼす。それを聞いて、雪之丞は首を傾げる。
「俺としてはどうでも良いんだが」
雪之丞は横島の顔を見て言った。それを見ながら、ピートは空手着の帯を締めて気合を入れている。
「あのな、痛いおもいをするんだぞ。今回はプロからアマチュアまで受けに来るんだからな!!」
「ふっ、……その中でも、俺のライバルはお前だけだ。横島」
雪之丞は嬉しそうに横島の肩を叩く。横島は格闘マニアが……と呟くと、深くため息をついた。そして話題を変える。
「……そういえば、今日の試合を弓さんは見に来ていないのか?」
「ふふふ……。『今日は授業だからいけませんわ』だとよ」
雪之丞は暗い声でそう言うと、横島に劣らず深いため息をついた。
「オキヌちゃんもそうなんだよな。今日は学校があるんで……とか言って行っちゃったんだよ」
そんな雑談をしていると、アナウンスで三人とも名前が呼ばれたので会場に歩いていった。
会場に着いてすぐに測定は始まった。
『横島忠夫B級スイーパー、伊達雪之丞C級スイーパー、ピエトロ=ド=ヴラドC級スイーパーは前へ。霊力測定を行います。霊波を集中してください』
アナウンスに合わせて横島たちは霊波を集中する。
『それまで!!横島忠夫選手百五十七マイト、合格。
伊達雪之丞選手百二マイト、合格。
ピエトロ=ド=ヴラド選手、九十一マイト。残念ながら予備です。』
アナウンスの声が聞こえた。二人は合格と言われなかったピートを驚いて一度見たあと、試験官に詰め寄る。
「おい、合格と予備ってなんだよ?」
横島は試験官に聞いた。
「今回のGS試験には合格者、予備合格者、失格者の三項目がある。合格者は百マイト以上出せる人間
これらは無条件の合格にする。予備は八十以上。彼らは敗者復活戦に望んでもらう」
試験官は冷静に告げる。流石にそれは狭すぎる門だ……と言おうとした時、試験官は言葉を付け足す。
「今回の合格者は三百十二名、応募は四千九百三十一人、その内九百名近くがプロだ」
横島は唖然とした。雪之丞はあまりの結果に思わずぼやいた。
「おい……プロも落ちるのかよ」
「君の言いたいことも分かるのだが、最近強力な霊も、侵出する魔族も多くなってきているからな」
試験官は次へと向かっていく。
とりあえず、自分たちは合格したんだから胸を張って良いのだが、ピートの落ち込みようを見ると素直に喜べない。
「ピート……」
横島は何か声をかけようとする。
「あっ……すみません。まだ、敗者復活戦があるんでしたね」
横島の言葉をさえぎり、ピートは希望を口にするが、その顔は笑みの欠片も無い。
「……おい、ピート。俺たちは共同でGS事務所を開こうとしているんだからな。落ちるんじゃねえぞ」
「分かっていますよ。じゃあ……」
ピートは会場から消えていく。その後姿を見送って二人はため息をついた。
「ダメだ……あれじゃ」
アナウンサーが次々と名前を言っていく。それは合格を告げる声と予備、予選落ちを告げる声だ。
『唐巣公康選手、九十三マイト、予備。
美神令子選手、九十六マイト、予備。
美神美智恵選手、百マイト、合格』
「嘘だろ、美神さんまでが予備なんて」
横島は振り向いた。雪之丞もこれには驚いたようだ。
「六道冥子選手百七十三マイト、合格。
小笠原エミ選手九十一マイト、予備。
タイガー寅吉選手、百二マイト、合格」
最後に聞こえたのは空耳か、幻聴か。
「「……なんだと?」」
横島と雪之丞が声を上げたのは同時だった
二人はお互いの顔を見合わせた後、気のせいということで片付けようとしたが、大声と、ついでに大きな足音でしかたなく現実を認めた。
「横島さん、雪之丞さん、わっしはやりましたけん!!」
タイガーは走ってきた。それは走る重戦車。いや、ゴリラの突進であった。と様子を見ていたGSは後に語る。
「男が抱きつくな!! 特にお前は力の加減が出来ないから、抱きつくんじゃない!!」
雪之丞は気色悪さと痛みで声を荒げる。
「俺は女の子がいいんや!! やわらかい女の子がええんや!!」
間違ってもゴツイ男などごめんだ。
それは横島の魂の叫びであった。
横島たちは休憩室に移動した。ここには一般人や関係者が多く集まっている。
その中から、目立った出で立ちの男が一人走り寄ってくる。
「おおい、横っち」
横島が振り向くと、そこにいたのは有名芸能人の近畿剛一。その実態は本名を銀二という横島の小学校の同級生である。
「おお。銀ちゃん、久しぶりやな」
横島は軽く挨拶する。
「横っちも元気で何よりや」
銀二は横島に手を振る。
「横島さん……。その人は……?」
タイガーは恐る恐るという感じで聞く。
「と言うか、まさか」
雪之丞も信じられないという顔で聞いた。
「大阪都知事と同じの横山です…で有名だろ」
横島はドラマのお馴染みのセリフを言った。
「近畿剛一!!」
二人が驚きつつ言った名前に反応して、周りの女性が一斉に振り向いた。
その様子に横島は慌てて文殊を出し、隠の文字で銀ちゃんの存在を隠した。
「おい、銀ちゃんは有名人なんだから……。ところで、今日は何の用や」
「つれないことを言うんでないで。横島の応援をしに来たんや」
銀一は言った。
「俺の……」
「ああ、俺らは親友やろ。横っちの試験を応援してやる。今日は夏子も来るからな。今日終わったら幼馴染の再開といこうやないか」
銀一は友人ならば当然とばかりに、誇らしげに言った。
横島は十五分前まで銀一と話していた。雪之丞たちは準備運動とか言って控え室へとさっさと戻ってしまう。
「横っち、銀ちゃん」
その時、向こうから女の子が走ってきた。
「夏子、久しぶりやな。前に大阪いったから久しぶりやないか」
「夏子…お前、あの夏子か。」
横島は聞いた。夏子は横島の様子に笑いを浮かべると、
「あの夏子もこの夏子もおらん。あんたの幼馴染の夏子は私だけや」
素人とは思えない体重移動と腰の回転で、ズドム、と横島を殴った。
「ぐはっ……! 本当だ。夏子の反応や。ほんまに久しぶり」
横島は苦しげに言う。腹には拳がめり込んだ後がくっきりと残っている。
「横っち、こんな試験に出ているなんて凄いやないか」
攻撃の苛烈さとは裏腹に、夏子は横島に嬉しそうに言った。
「まあな。それより、試合の時間が近づいてきているからエントリーをして来なきゃあかん。じゃあ、また後でな」
軽く手を振って横島は走っていった。
ちなみに、登録者は横島が最後だった。既に控えていた者達は最後に入ってきた横島を睨みつける。
雪之丞はそっと、隣にやってきた。
「俺たちはシードだ。はっきり言って、あいつらからは殺気を感じるぞ」
雪之丞は横島に遅れてきたのはまずかったなと遠まわしに言う。
「……悪い。久々の幼馴染との再会だったからな」
ばつの悪そうな横島の声に雪之丞は軽く頷いた。
そこに予選第一回戦A組を終えたメンバーが入ってくる。その中には何人か知った顔が混じっていた。
「美神さん」
「あら、横島君。いたの」
横島の雇い主、美神令子だ。美神の疲れた様子と幾つもの傷を見て横島は苦戦したなと思いながら聞いた。
「どうでした?」
「どうもこうも無いわよ。最初から敵はプロで、AクラスGSだったから……でも、大丈夫、こんな傷は何とでもないわ」
美神は軽い口調で言った。しかし、美神には深くはないものの、あちこちに傷がある。平気なはずが無い。
いつもならば文珠で回復させるのだが、大会規定によって第三者が力を貸すことは禁止されている。
B組も終わったらしく西条と唐巣が雑談しながら入ってきた。
「僕たちがすぐに当たることはなくなりましたね。唐巣神父」
「ああ、しかし……」
唐巣は西条を見た。
「このまま行くと、GS試験の第六回戦の相手が横島君だ」
「でも、第四回戦まで勝ち上がれば我々はGS資格が取れますから」
唐巣と西条は実力者であるがゆえに横島を甘く見ていない
それでも西条は自分達が横島に劣ることを言外に認めていることに気付き、忌々しそうに横島を睨むと立ち去っていった。
雪之丞は彼等の言葉を聞いて、横島の対戦表を頭に思い浮かべる。
「ちなみに知っている奴が順調に勝ちあがると第五回戦がピート
第七回戦が小笠原のだんな、第八回戦が美神のだんな、準決勝で俺と当たるぜ」
雪之丞は横島に言った。
「おい、雪之丞。第三回戦を忘れていないか?」
いきなり現れた男は陰念であった。
雪之丞の元仲間であり、去年のGS試験では横島と戦い僅差で敗北した男だ。
「陰念、お前じゃ横島には勝てねえよ」
雪之丞は冷たく言い放った。
「陰念、お前……、戻れたのか……?」
横島は聞く。いや、聞かざるを得なかった。
陰念は横島と闘った時、自らの術である魔装術を扱いきれず、結果として自我もない魔物と化してしまったのだ。
治せるとは言われていたが、短時間でよく出来たものである。
「けっ、横島。てめえ、昨年の俺と思うなよ。俺も魔装術を強化したんだ。覚えておけよ」
陰念は因縁をつけると下がっていった。
さらに後ろのほうには横島をじっと見つめる美女がいた。彼女も去年、横島に敗北した一人だ。
「ふふふ、四回戦ではこの九能市氷河が横島忠夫を蹴落としてくれますわ」
横島は全員から目を付けられている。横島はその視線に圧迫感を感じた。
そう、横島一派こそ、今回のGS試験のダークホースといっても過言ではないことを皆知っている。
ちなみに知らないのは、横島忠夫本人と親しい友人だけという微妙にこっけいな事実だ。
「横島、準決勝で待っているぜ」
雪之丞は口の端を吊り上げ、期待に満ちた声で言った。
『さーあ、第三回戦が始まります! 注目の選手が入ってきます!』
アナウンサーがハイテンションで叫ぶ。
「夏子、横島の番やで」
『何と! この二人は前回のGS試験、第三回戦で戦っていました! そのVTRをどうぞ!』
横島が陰念の攻撃をかわして倒したところが日本武道館に写し出された。
『さあ、この二人の因縁の対決はどういう結果なのか! 試合のゴングがなります!』
周りの試験者も試合を止め、注目株である横島対陰念の試合を見始めた。
『陰念選手はここまで合計四十秒で倒してきました。二十秒記録は更新されるのか!』
アナウンサーの声と同時にゴングが鳴り響く。
「これが……俺の完成した魔装術だ!!」
陰念はいきなり魔装術を展開した。
大きな霊波を撒き散らしながら、角張った悪魔のような外観が陰念を覆う。
「……勘九朗と同等のようだけど、でも、それがどうかしたのか?」
昨年、横島が闘った魔装術の使い手は三人。強敵と書いて友と呼ぶような存在である雪之丞と、目の前にいる陰念。
最後の一人である鎌田勘九朗は全員で戦って苦戦した程であったが、横島は何にも動じていなかった。
やはり、アシュタロスといった敵、月でのメドーサやベルゼブルの戦いが横島の戦闘レベルを格段に向上させていたのだ。
「なっ……」
「何もしないなら、こっちからいくぜ!!」
横島は腕に霊力を集中させた。
「これが、栄光をつかむ手。ハンド・オブ・グローリー!!」
横島の叫びと共に、前に伸ばした手に光り輝く霊波刀が作り出される。
「伸びろ!!」
横島の霊剣が高速で陰念に伸びていく。陰念はとっさに腰を落として防御体制をとったが、あっさりと吹き飛ばされた。
「こいつ……、こんなに弱かったか? 手ごたえもいいし、楽勝でいけるかも……」
自分の攻撃力に驚いた横島は呟いた。
「な、……なんだと?」
陰念はすぐに立ち上がったが、横島の言葉を聞いて愕然とする。
「くそっ!!!」
陰念は焦燥感に包まれつつ、両の腕から爪のような霊波砲を放つ。それは狙い違わず横島へと吸い込まれていった。
しかし、そこには防の文殊で防いだ無傷の横島が立っていた。
「準備運動終了。いくぞ!! 栄光の手、二刀流!!」
横島は陰念に跳びかかった。陰念も必死で防御を展開するが遅い。
「どりゃ!!」
横島は陰念のがら空きの体を霊波刀で打つと、陰念に背を向けて立ち去っていった。
「横島選手、陰念選手はまだ立っています!!」
審判が慌てて言うと、横島は歩みを止めないで言った。
「……良く見てください。陰念選手は気絶しています」
その言葉を合図としたかのように、魔装術は解けた。
そして陰念は力なく床に突っ伏した。
「どうやら、アシュタロスとの戦いは、彼に戦いを上手くするきっかけになったようね」
美神令子の母親、美智恵は感心したように言う。
「……勝てるかしら、今の横島君に」
美神令子は考えながら聞いた。
「さあ……、分からないわね。それだけは」
美智恵は言った。親子で横島の成長ぶりをいきなり見せつけられることになったのである。
「すげえ……、凄すぎるぜ。横っち、……これがプロのGS。俺のやったGSなんて一回戦でも負けるやないか」
銀一は呟いた。そして、ささやかながら応援する。
「横っち、大阪の根性見せたれ」
その時、横島はタンカーが運ばれてくるのを見た。陰念ではない。九能市氷河、彼女は昨年、二回戦で戦った人間だ。
「あいつ……そんなに弱かったっけ?」
横島は首を傾げて呟いた。
「なあ、雪之丞。九能市氷河の試合見ていたか?」
「ああ、見ていたが……。どうしたんだ?」
雪之丞は控え室に入ってきた横島を見て聞いた。
「あいつの相手って誰だったんだ?」
「さあ……?」
雪之丞は首を傾げた。雪之丞にとっては九能市氷河など何の関わりもない上に、あまり強いわけでもなかったので、特に見ていなかったのだ。
「確か……、狩野玄夜と言う女忍者でしたノー」
タイガーは言った。タイガーは試合をしっかりと見ていたらしい。
「そうだ、思い出した。あいつ……、勝手に自爆したんだ」
雪之丞の記憶の片隅に残っていた言葉に横島は首をかしげた。
「勝手に自爆した?」
「ああ、大したことのない奴だったぜ。一瞬だ。前より弱くなったんじゃないか?」
雪之丞は言うと自分の試合へと歩いていった。
『第四回戦、パーフェクトプレイヤー狩野対横島忠夫選手との戦いです!』
「そんな女、一気にやっつけちゃえ!!」
夏子の声が響く。
『試合開始!!』
横島は狩野を睨みつける。
「そんなに怖い目をしないの。あんたと美神令子は、……殺してやるから」
狩野の眼が妖しく光った。横島は地上から何かが現れるのを感じる。
下から出てきたのは横島にとって見覚えがありすぎる女性。
「??馬鹿な……!」
横島は悲痛な叫びを上げた。いつもおちゃらけている横島が心の底から動揺する。
「ルシオラ……」
横島は泣きそうな声で、愛しそうな声で、その名を呼んだ。
ルシオラ、それは魔神大戦終盤で死んだ魔族の女性。横島が助けようとした女性だ。
横島の声に鈴の音のような女の声が返した。
『ああ……ヨコシマ……。体が痛い……とても痛いの』
いつしかルシオラの声は哀切にまみれてくる。
ルシオラの体にひとりでに穴が空いていく。いや、違う。体が、霊基構造が欠けていく。
『ヨコシマ、……どうして助けてくれなかったの?』
「それは……、あの時はアシュタロスを倒すのが先決だったから……」
『違うわ。……あなたは美神さんと結ばれたくて私を見殺しにした』
「違う、違う、違う!!」
横島は声を震わせながら、必死に否定する。
「おい、横島の奴。……一体何をやっているんだ?」
雪之丞は試合が始まってから、いきなり訳の分からない独り芝居を始めた横島を不審に思い、隣に座るタイガーに聞いた。
「分かりませんノー」
タイガーも解らず、首を傾げた。
『……分かったわ。じゃあアシュタロスが死んでから、あなたは何で生きているの? なんで、私のそばに来てくれなかったの?』
「うっ……」
横島は言葉に詰まった。そこをルシオラは厳しく突く。
『今からでも……来てくれるわよね?』
儚げなルシオラを見て、横島は弱弱しく頷いた。
横島の手に文殊が出現する。中にある文字は『死』。
「おい……横島!!」
雪之丞は叫んだ。ここに至って初めて気がついた。何かに……操られている。
「横島さんやめてクレー!!」
タイガーの叫びが会場に響いた。
『そう…そのまま』
ルシオラは言う。そこに一人の影が飛び出した。
『させないわ!!』
ルシオラはその影の声と共に放たれた霊波砲を浴びて消滅する。
横島は、消えていくルシオラを見て呆然としながらも、何故か悲しみはなかった。
影は横島に優しく囁きかける。
『ヨコシマ……、言ったでしょう。あなたは間違っていなかったわ。例え……それが私の死んだという結末でも』
「でも、俺は……」
『ヨコシマ、聞いて。あなたの体はあなただけの体じゃなくなっているの。
私の霊気構造も半分受け継いでいるの。あなたの子供は私でもあるのよ』
横島は顔を上げた。
「……そうだった。今まで俺は……」
『ヨコシマ……』
「大丈夫だ…ルシオラ。もう、俺は迷わない」
『その様子だと大丈夫そうね。ヨコシマ、今度は親子で会いましょう』
横島の前に影、ルシオラの微笑みが現われ、そして消えた。
次の瞬間、横島は覚醒した。激情によって溢れ出る莫大な霊気と共に。
「はあ、はあ、はあ。……てめえ、やることが汚すぎるぞ」
横島は立ち上がった。
「まさか、私の幻惑を打ち破った……?」
「人の心をもてあそびやがって……。その力、悪いが消させてもらうぜ」
横島は文殊を四つ出した。
「うおおおおお!!!」
文殊には『能』『力』『消』『滅』と書かれている。
文殊の並列処理は超人的な霊力を必要とするのだが、今の横島にとっては容易いことだ。
「きゃあああああ!!!」
玄夜の悲鳴が会場を包んだ。全員は横島から一瞬、表情が消えるのを見ていた。
彼にはわざわざ『能力』を付けずに『消滅』だけの方が簡単だった。それを実行してしまうだけの怒りもあった。
それを踏みとどまったのは、横島がかつてルシオラを見捨て世界を救う決断をしたからだ。
「もう……誰も殺したくないからな……」
「ふふふ、優しいのね……」
玄夜はごっそりと霊力を失った影響で気絶した。審判はそれを確認すると横島の手を上げた。
「……勝者、横島!!」
横島は黙って下がろうとしたが、精神が疲弊しすぎたのか倒れた。
審判が横島に駆け寄ってくる。横島は倒れたままだ。
「タンカーを持って来い!!」
審判は指示を出した。
そこに見えるのは月が良く映える城だった。その城内に黒いドレスを着た黒髪の可憐な少女が立っている。
「ほう、……ここまで来れる人間がいたとはな」
「ここは……一体どこだ?」
横島は聞いた。妖気に満ち溢れた城。まるで…バベルの塔の中のようだった。
「面白い人間だ。場所が分からなくて迷い込んできたか。ここはブリュンスタッド城」
「ブリュンスタッド城……?」
横島は前の少女から悪寒を感じた。そう、それは初めてアシュタロスの前にたったときと同じようなもの。絶対的な存在に対する根源的な恐怖。
『逃げろ、こいつはやばすぎる。逃げろ!!』
と、心の中では叫んでいた。
「私の名はアルトルージュ。お前を呼んだのはおそらく私ではあるまい」
横島は聞こうとしたが、心のほうが先に負けた。文殊で速を出す。
『逃げるんだ、逃げるしかない!!』
横島は必死で逃げた。プロとしては失格だろう。だが、蛇に睨まれた蛙とはこのことだった。
恐怖感に包まれて、死の予感が自分を襲っていた。この世にあってはいけないもの。それがあれだった。
横島は振り向かずに上へと逃げ出す。横島はとりあえず逃げる場所として上を選んだのだ。しかし、矛盾に気がつく。
「おい、なんで俺は上へ逃げているんだ?」
人間心理として、無我夢中に逃げる場合はたいてい上に逃げるそうだが、逃げるのだったら普通外なので、落ち着いて下がらなければならないのだ。
横島は立ち止まる。が、すぐ下から軽く響く足音が聞こえてくる。
「速い!!」
横島は外に出なかったことを後悔しながら上へと上がっていった。
「ここは……」
横島は呟いた。そこには大きな吹き抜けが存在した。そこには……どことなくアルトルージュに似ているものの、正反対である金髪の美女が鎖につながれている。
「何だ……アレは」
横島は呟いた。横島は本能的に見てはいけないものを見てしまったような感じがする。それはアシュタロスを見たときのように……。
「見てしまったのか……。ふふっ、そうか……お前が呼んだのか。元の世界に戻ったら向かうと良い。吸血鬼の噂がある場所に」
いつの間にか背後にいたアルトルージュは微笑みながら言った。
そして、アルトルージュの腕が横島を容易く貫ぬく。
「こ……これが死ぬって感覚……」
横島は呟くと意識は急速に落ちていった。
目の前につながれた少女を残して…。
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