彼女は逃げ出していた。偶然見てしまったのだ。
撤退する横島の姿。そして、それと同時に向かってくる赤毛の青年の姿に、学校のアイドルの姿を。
夢を見ていた。先輩とセイバーとタマモさんと横島さんが英霊三体を相手に戦っている夢を。
だけど、それは罠だった。敵の作り出した巧妙な罠。
先輩を助けようと思った。それに一番手強いと感じた金色のアーチャー。
だから、食べた。
それは自分が満たされるようで、何かが変わるようで・・・
だから、彼女はバーサーカーも■■■が■べた。そんな夢を見た。
夢と思うには信じられない夢。
だけど、何処かで満足感がある夢。
だからこそ、確かめなければならない。■■■が夢じゃないということを、だ。
真実は過酷だった。残酷でもあった。
敗走をしてきた。それだけなら許せただろう。
遠坂凛、彼女もそこについてきていた。自分の姉も共に・・・
「なんで、姉さんは」
隠れてみていて呟いた言葉は夜の闇の中に小さく響いた。聞こえない、聞こえるはずがない。
彼らは逃げてきただけの存在だ。普通だったら気付いたのかもしれない。
でも、彼らは自身の実力を知っている。あれだけの敵と戦っていたのだ。自分のような小さな気配なんか気付くはずもない。
「姉さんは何でも、私から奪っていく」
そう、気付かないうちに何でも、だ。
だけど、分かったことがあった。自分はあの夢の通りなら、何も恐れる必要はない。怖がる必要もない。
「私はもう我慢することなんてないんだ」
ふらふらと歩いていく。彼女の顔は余りにも楽しそうに、そして泣きそうな顔で歪んでいたのだが、その顔を見た人間は誰も居なかった。
夜、新都。
冬木市では聖杯戦争が起きている事で夜の経済と言う部分では相当悪くなっていた。
そのため、外に出る人数は殆ど居らず、オフィス街についている明かりは残業を余儀なくされたサラリーマンたちの恨みの声が上がりそうだ。
そんな中でオカルトGメンは動いていた。美神美智恵から横島とは別のルートでの情報収集を命じられた彼らは冬木の町に出張として入り込んでいる。
彼らはエリートだった。元々オカルトGメンは国際刑事警察機構、インターポールやICPOで知られている。
その中で国際的なオカルト犯罪への捜査や協力に力を入れた人々。今ではオカルト犯罪を一手に引き受けざるを得なくなった国際組織。それがオカルトGメンだ。
今回のオカルトGメンの動きは、Gメンの中では相当早い。魔術師との上下関係を完全にするための人員の派遣を確定させている。
故に今回の隊長は肌の色や国籍に拘らず、外交特権が与えられており、行動する人間も軍事的な訓練を受けた人間ばかりだった。
そんな彼らが集まるビルの一角。そこは日本政府が借り上げたビルの一室だ。
バラバラのルートで入り込んだ魔術師とは縁も所縁もないメンバー。各国のGS上がりの人間も相当数居るのが分かる。
ただし、中心は米国の海兵隊。魔神大戦にも参加し、GSの経験者たち。都合の良い存在が派遣されたのだ。
「ターゲットはサーヴァント。先行潜入しているゴーストスイーパーから寄れば、相当な実力を持っているとの事だ」
アメリカのGSを経験し、今回の作戦隊長に命じられた男は資料を見て、説明をする。
そこには横島の情報だけではなく、衛宮士郎の名前や義父である衛宮切嗣の名前もあった。
衛宮切嗣の名前は魔術師業界だけではなく、軍事関係者にもそれなりに有名な人間。出てくる名前に全てに印が付いている。
そこには友好的、敵対的、敵対的中立の三つに分かれている。その中で友好的と書かれているのは衛宮士郎だけだったが。
この意味はぶっちゃければ、こいつ以外は射殺許可が出ていると言う事だった。
「あーあ、仕事とは言え、年端のいかない嬢ちゃんまで載ってるなんてね」
何処からか声が上がる。周りもそれに難しい表情をしていた。
「必要な犠牲と考えよう。彼らの犠牲の下に社会的秩序が作り出される。そう思って我々は動くべきだ」
その言葉に隊員たちの表情が引き締まる。
「作戦時刻は予定通り、目標は遠坂邸。中に居る人間は発見後即射殺、それがもし……先行調査で潜ったGSであったとしてもだ」
「ボス、それは」
「ふん、これはミス・美神が作った物でしかない。情報が違っていたとしても、これを事実として行動するしかない。俺は全員の安全を守る義務がある。分かるな」
それは誰もが否定できない事だった。全員が納得した瞬間、突然電源が落ちる。
「停電か!?」
怒鳴る声が響いた。すぐに薄暗い蛍光灯が付く。
携帯用の電源。本来必要ない物だったが、電源設備と言うのはオカルトと相性が悪い。念には念を入れて持ち込んだ彼の勝ちだ。
「全員銃を取れ。警戒しろ!!!」
その声にこたえる前にすでに動く隊員たち。そしてドアを、窓を全周囲を警戒する。
だが、その中で一人の隊員が異常に気が付いた。
「隊長、向こうのビルは停電していません」
つまり、このビルだけで起きている異常事態だ。一分、二分、三分と経っても何ら起きる様子はない。
「おかしい」
GS経験があるブラウンの髪の男性が銃を構えて呟いた。
「何がおかしいってんだ?」
「いや、これは霊障なのかって考えてな」
男性は言うと銃を構えて外に出る。
「下手な行動は取るな!!」
「危険は承知の上です。敵の場所が分からなければ・・・」
男は言葉を途切れさせた。男の表情は恐怖に変わる。
何故なら、床の色が変わっていたのだ。タールのような黒に。
「う、うわああああああ!!!」
地面に向けて銃を放つ。その段階で全員がようやく気が付いた。
だけど、全ては遅い。その黒は反撃を与える間もなく人々を飲み込み始めたのだ。
「は、離せ、離せ!!!!」
「この、ふざけるな!!!!」
仲間たちの焦った音が室内から響く。助けなければ行けない。
本来であれば唯一の範囲外にある男は考える。だけど、どうやってだ?
仲間たちはあらゆる攻撃をしている。精霊石を、銀のアンカーを……
アメリカだと目が飛び出るほど高価な道具をふんだんに使用しても、泥のような物は聞いていない。
いや、一時的に凹むような事はある。効いている、効いているがダメージが圧倒的に足りなかった。
「逃げろ!! 逃げて状況を本部に報告するんだ!!」
隊長の声に、男は弾けるように駆けだした。せめて情報を持ち帰らなければ、彼らは犬死だ。
何が魔術師だ。何がGSが先行しているだ。
情報は全くの出鱈目。もしくは新しい段階に突入してしまっている。
恨み言、辛み言を言いながら、彼は階段を駆け降りようとした。
だけど、それは下手な行動だったのかもしれない。階段を下りた先に待っていたのは……
アヴェンジャーは、最後に対峙した人間の運命をビルの外から映像を通して見据えていた。
彼に相対したのは金色の英雄。黒い魔力に囚われているが、そこには支配の色は殆ど無い。
その対峙は一瞬で終わった。異空間から取り出した剣で胴体ごと真っ二つ。それで終わり。
やがて、黒い泥のようなものが纏わりつき、それが消えた後には兵士の存在は無くなっていた。
「そういうものなんだな。あれは」
この場所に集まっていたオカルトGメンが編成した特殊部隊はGS、もしくは元GSが中心となった軍事関係者、または元軍事関係者が中心だ。
精霊石なり、札なりの冷静な行動ができていれば、一矢報いるぐらいは出来ただろう。これはアヴェンジャーの個人的考えだが。
問題はこの状況を作り出した存在だ。
本来のアヴェンジャーの目的は見学ではなく、この武装勢力の排除にあったのに脇から獲物をさらわれたような状況。
敵を見るには良い状況だったが、余りにも脆弱。僅か数分で一個小隊居た人間は全滅。
「まるで、化け物だな」
英霊の彼からして言わせた一言。
それは今回の事態が並々ならない物であることを告げている。
敵の実力はアヴェンジャーの想像を超えていた。余りにも、あのオカルトGメンが全く相手になっていなかったのだから。
いや、それは買い被り過ぎだったのかもしれない。霊的な物と相対した経験が無さすぎたと言うべきだろう。
「まあ、隠密性に関しては超一流、だけどな」
手が光る。アヴェンジャーの後ろに迫っていた黒い影は弾き飛ばされるように退いた。
その光は周囲を照らし、迫ってきた黒い影を消滅させるには十分だった。
「そう簡単に俺を食えると思うなよ、黒の聖杯」
アヴェンジャーの目の前には黒い影がユラリと動いている。
黒い影はアヴェンジャーを餌としてとらえていた。アヴェンジャーはため息をつくと、背中を向ける。
「まあ、お前の相手は別の奴がやってくれるだろうさ。そっちの方が良いかもしれない」
そう言うとアヴェンジャーは地面を蹴った。アヴェンジャーは、あれを消滅させるだけであれば、それ程時間はかからないと見ている。
問題はその裏に居る存在。マキリの妖怪を感じ取っていた。
苦し紛れか、それとも……ここまで計算通りなのか。計算通りだとすれば、マキリの妖怪の危険度を上げなければ行けない。
だけど、それは恐らくない。今回の一件はマキリは恐らく想定していなかった事態だろう。
マキリゾウゲンが生きていようと死んでいようと、恐らく手出しできないような状況。
「黒の聖杯、あれを放って置いたらとんでもないことになるぞ、横島忠夫。あれは下手をすればアシュタロスよりも厄介かもしれない」
アヴェンジャーの手元が光ると、後は何も言わずに夜を駆け去った。
黒い聖杯。アヴァンジャーの存在に次ぐイレギュラー。それは恐らくアヴェンジャーの行動が起こしてしまったのだろう。
決戦を急ぎ過ぎたか、と思う部分はあるが、それでも先日の大決戦の場は必要な儀式だった。
だけど、これ以上は化け物に邪魔をされてはマズいし、何よりもアクセルは踏み込まれている。すでにタルは転がり始めている。
結果は壊れるべき場所で壊れてくれるか。ただ、それだけの話。
障害物は取り除かなくてはいけない。そういう意味では、黒の聖杯はアヴェンジャーの真の敵だった。
問題はそれが衛宮士郎の関係者と言う事。横島忠夫の知り合いであると言う事。
だとすれば、あのお姫様を助ける機会は残してやるのが一つの礼だ。
故にその機会があることを教えるし、現状の状況も、そして出来る限り待ってやるのも一つ。
滅ぼすのなら、かなり骨は折れるかもしれないが、彼女はアヴェンジャーの域に至っていない。
「横島忠夫、衛宮士郎、間桐桜を助けたいのであれば、明後日の深夜までだ」
空中に向けて呟く。その声は妙に夜の闇に響いた。
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