衛宮家は人数こそ多いが静かな沈黙に包まれていた。

 完全な敗北。バーサーカーが討たれ、ギルガメッシュも取り込まれ、何もかもがアヴェンジャーに有利に働く。

 そんな状況で、誰かが声を出す事が難しい。

「悪い、お茶が入った」

 そんな中で士郎だけはお茶を入れて、全員に配っている。

 彼からすれば、それが唯一の精神を落ち着ける方法なのだろう。

「そろそろ、よろしいですか?」

 小竜姫が口を開く。それに徐々に持ち直してきただろう、遠坂凛が頷いた。

「貴方は一体何者?」

「私の名前は小竜姫。東京の事件と冬木の事件の関連を追っていました。同時に妙神山を管理する神族でもあります」

 神と言う言葉に遠坂凛は大きなため息を吐いた。

 それはこの場に居るイリヤスフィールも、そして横島も同じようにため息を吐きたかった。

「それで、神族が何を調べてたのよ。東京ならともかく、冬木に何かあるとは思えないんだけど」

「私は、いえ・・・GSギルドとオカルトGメンは、黒衣の魔族を。いえ、英霊を追っていました」

「やっぱり魔族だったのか」

 思わず横島は呟く。

「その口調では、何となく気付いていたようですが」

 小竜姫が言うと、横島は真剣な表情で頷く。

 全員の注目が横島に集まると息を吐いた。

「小竜姫様、バーサーカーを襲った一撃は、断末魔砲ですよね」

 小竜姫は黙ってうなずく。

 その言葉で通じるのは、恐らくは小竜姫と横島だけだろう。

「断末魔砲と言うのは、破壊力だけならば妙神山を一撃で吹き飛ばすレベルの強さなんだよ。魔神大戦の最初で使われてた」

「と言うことはだ。あれはアシュタロスの残党って事で良いのか?」

 雪之丞の言葉に小竜姫は首を横に振る。

「いえ、私も会うまでは確証が持てませんでしたがはっきりとしました。あれはアシュタロスです」

 その言葉に横島は目を丸くし、雪之丞が立ち上がる。

「それって重大な案件じゃねえか!!」

 雪之丞の言葉に横島も頷く。

 だけど、そこにいた人々は何も言わなかった。

「ここからは私が話したほうが良いかも」

 イリヤが小竜姫に顔を向ける。

「初めまして、東方の神様。救出していただいたこと、感謝しています」

「あなたは・・・いえ、危険な状況に陥っている人々を助けるのは神族として当然の事を行ったまでです」

「それでも感謝の言葉を述べます。ところで、アヴェンジャーは英霊ですよね」

「はい。魔族の気配はありますが、間違いなく人間の霊です」

 小竜姫の言葉にイリヤと遠坂が納得がいったと頷いた。

「だけど、そんなことってあるのかしら?」

「目の前に現れた。それを信じなくて、何を信じろというの?」

 凛の言葉にイリヤが答える。

「つまり、どういうことなんだ?」

 この流れについていけてない人間の一人。衛宮士郎が問いかけると、イリヤと遠坂は横島と雪之丞に視線を向けてくる。

「俺に聞かれても判らねえぞ。うちの事務所の頭脳役はピートと横島に任せてるんだ」

「てめえも自分で少しは考えろ」

 雪之丞の言葉に横島は突っ込むと、しばらくして気付いたように口を押えた。

 横島自身の導き出した答え、それが間違いではないのか。驚愕の表情を隠そうとしなくて、小竜姫に視線を向ける。

「可能性は二つしかないな、これは。だけど、両方とも荒唐無稽すぎる」

「そうね。私と凛も同じ荒唐無稽な結論に至ってるみたいだけど」

 横島はそれに頷く。

「まず、考えられるのは並行世界の英霊。だけど、これに関しては除外して良いわ。あれがアシュタロスだとしたら、この世界では現れない可能性が高いから」

「誰もが、魔神大戦のアシュタロスを思い浮かべるわね。核による脅迫を行った人物なのだから」

「俺も同感。となると考えられるのは一つしかないわな」

 凛とイリヤ、横島の視線が合う。そして、息を吸うと同時に答えを出した。

「未来の英霊」

 その場にあった空気が止まった。

 聞こえるのは暖を取る物のみ。端に座っているセイバーは視線を丸くしていたが、アーチャーは一瞬驚いた顔をしたが平常心を取り戻したようだ。

「未来って、誰も認識してないのに?」

「いや、ある。ありえる」

 タマモの言葉に横島は答えた。

「えっ?」

「認識できれば良いんだ。すでにこの世界に生きている英霊になる予定の人間が過去、現在、未来に存在するなら英雄の知名度があるという事になる」

 横島は誰に伝えるわけではなく、黙ってしまった。

「そうだけど、あの男はアシュタロスとして認識されるほどに行動してきた男になるわね」

「そういえば、アンリマユとか言ってたな。もしかして、そいつも?」

「はい。あれも英霊です。とは言っても、すでに原型は留めていないようですが」

 小竜姫は溜息を吐く。

「アンリマユに関しては、こちらの不備もありました。雪之丞さんが何かの封印を解くような事をするなんて」

「敵の行動を邪魔するには壊すのが一番最適だろうが。まあ、俺もあんなことになるとは想像もしなかったけどな」

 プロなら想像位しろとタマモがジト目で見ていたが、過ぎたことは仕方がない。

「それにしても、あのアヴェンジャーがやりたい事って何? あれだけの力があれば、聖杯戦争なんか終結させられるでしょうが」

「いや、あれが俺はあいつの強さだとは思わない」

 士郎が言うと全員が以外そうに士郎を見つめた。

「だってさ、あいつがアサシンやランサーを仲間にした理由ってなんだ?」

「それは手駒に決まってるでしょ」

「その手駒なんだけど、あいつに必要なのか?」

 タマモの言葉に小竜姫は頷く。

「その通りです。彼は他の英霊と大して差はありません。彼の強さは先読みに尽きるでしょう」

「じゃあ、何で一方的に・・・」

「一方的、だったかな? むしろ、一瞬だけ出てきて全部持って行ったような気がする」

 士郎が口にした言葉は答えその物だ。

「断末魔砲だけで一方的と感じたか」

 横島は舌打ちする。

「どういうことだ?」

「気付かないのか、雪之丞。あいつはまだ戦ってないんだよ、バーサーカーを一発どでかいので撃ち抜いただけだからな」

 つまり、バーサーカーを一撃で致命傷を与えたという事が、強い証明にはならない。

 オカルトGメンが全力を結集すれば、バーサーカーを葬るほどの罠を作る事は可能だっただろう。

 なら、オカルトGメンが出てくればいいという話になるが、コストパフォーマンスの問題で無理。

 結論を言えば、今回の出来事は彼らからすれば全てが上手く行ったということになる。

「なるほど」

 セイバーが頷く。

「それでも厄介なことは確かだ。ランサーにアサシン、アヴェンジャーの三体が同盟を組んでいると考えると」

「ですが、それでも突破できないことはありません」

「なあ、遠坂。アヴェンジャーを倒すまで、同盟を・・・」

「するわけがないだろう」

 それは凛が答える前にアーチャーが答えた。

「なるほど、確かにアヴェンジャーは手ごわい。だが、セイバー陣営も劣らずに手強い事に違いないだろう」

 違うかねと凛を見る。

「それにだ。すでに三極化している。セイバー陣営、アヴェンジャー陣営、そして我々とキャスターの同盟」

 三つ指を立てた。

「アヴェンジャーを倒すことは有利になるように見える。だが、それはセイバー陣営を強くするだけではないか?」

「確かにその通りね。アーチャー、貴方はアヴェンジャー陣営を倒すことが出来ると思ってる?」

「今は難しいな。だが、時間をかけて情報を収集すれば出来ないとは言い切れない」

 アーチャーの言葉は確かだ。それによって、彼女の心も決まったのだろう。

「でだ、話し合いは済んだのか?」

 突然、響く声。縁側の外、衛宮邸の庭にはランサーの姿があった。

「ランサー!!」

 凛の言葉より早くセイバーが外に出る。横島はアーチャーの警戒だ。

「あー、今日はもう遣り合う気はねえよ。あいつが伝言を頼んできたから、俺も来ただけでな」

 ランサーの言葉に全員の表情が怪訝そうな表情になる。

「別になんてこったねえ。俺たちは高みの見物させて貰うってだけの話だ」

「どういうことだ?」

「俺たちの仕込みは終わってるってことだ。それにだ、アヴェンジャーの野郎を甘く見ない方が良い。これは忠告だぜ」

 全員が静かになる。

「じゃあな、今度会うときは決戦の時だ」

 ランサーが塀を飛び越えるとあっという間に見えなくなった。

「仕込みってどういう事だ?」

「恐らくは私たちなんか簡単に倒せるって宣言でしょ」

 タマモは不機嫌そうに言う。その言葉に同意するように小竜姫は続ける。

「ですが、恐らくは本当でしょう。彼のやりたい事は分かりませんが、すでに道筋はつけられていると感じます」

「小竜姫様と雪之丞はこれからどうするんですか?」

「雪之丞さんは横島さんの支援を。私は美神さんを通じて、オカルトGメンの上層部に告げると同時に神魔への報告を行います」

 ですが、とその先を彼女は告げた。

「恐らくはオカルトGメンもGSギルドも、さらには神魔も事が重大になるまでは動けないでしょう。動けたとしても、恐らくは間に合いません」

 意味がない。彼女はそう言っているのだ。

 小竜姫の見解は横島も理解していた。GSギルドは対応が遅い部分がある。オカルトGメンは役人的な一面がある。

 この二つが合体すると、とてつもなく初動が遅くなった。それが三咲事件と呼ばれた事件では大きく表面に出てしまった。

「つまり、政府もオカルトGメンも何もできないのか?」

 衛宮士郎からすれば、それは疑問だっただろう。

 なぜ、動けないのか?

 人の命がかかわっているのにだ。

「衛宮君、オカルトGメンは問題を事前に解決する連中じゃないわ。起きた後にようやく動き出す連中よ」

「その通り。GSギルドだって、最終的には日和見主義。問題があっても、自分たちの責任にならなきゃ別に構わない連中が多い」

 遠坂凛の言葉に横島も同意した。

「遠坂は分かるけど、何で横島さんまで批判に回ってるのさ」

 士郎が思わず突っ込んだが、それに横島は苦笑いしか浮かべなかった。

「そういえば、横島さんはオカルトGメンには良い思い出はありませんね」

「まあ、色々あるからな」

「さて、私はこれで撤退しようと思います。状況は意外に深刻ですので、早く上層部に報告しないと」

「神様も大変なんだな」

 士郎の言葉に、そんな事を言えるのはお前だけだと突っ込みそうになった。

「ええ、当然です。今は私たちのような神も人間界に過度な干渉を防ぐために出張所しか置いてないぶん、現地の神は忙しいんですよ」

 小竜姫は笑う。

 そして、彼女はアーチャーに何かを言うと、そのまま飛び上がった。






 槍兵は教会のベンチに座り、侍は教会の壁に寄りかかっていた。

「なあ、教えてくれていいだろう。俺に何故、メッセンジャーボーイをさせた?」

「万が一戦闘になったとき、まともに説明できるのはお前だけだからだ」

 教会の中で声が響く。そこにはアヴェンジャーの英霊が侍と同じように背を壁に預けていた。

「そうじゃねえ。あいつらに情報を教える必要があるのか、って話だ」

「ああ、その事か。別に構わない。俺の失敗から来た事、本来なら俺自身で蹴りを付ける処ではあるけどな」

 一瞬言葉を途切れさせる。

「この一件はアイツらに対する褒美と思えば良い。あの戦いで逃げ切った事、に対するな」

 褒美と言う言葉にランサーが首をかしげる。

 アサシンはそれに思わず苦笑を浮かべていた。

「今回の件、マキリを一網打尽に出来ていれば問題なかったことだな」

「ああ、その通りだ。ついでに大聖杯の浄化を丁寧にやっていれば、こんな事にはならなかった」

「ついでに防衛体制の甘さだな。神の動きが早かったということか」

 アヴェンジャーは何も答えない。

 連続した失敗をアヴェンジャーが恥じているからだ。

「間桐桜だったか。あれは衛宮士郎の家に良く入り浸っていると聞いている」

「ん、待てよ。まさか、あの黒い影の正体はその女だっていうのか?」

「間違いないだろう。奴が匿われている場所を襲撃することを提言したんだが、首を縦に振ってくれないのだ」

 アサシンの言葉にランサーが視線をアヴェンジャーに向けた

「全ては些事だからだよ。アサシン」

「些事?」

「どちらにせよ、良かったことだ。アンリマユの残滓がマキリサクラに流れていこうと、それを助けようとな」

 その言葉にランサーとアサシンが黙り込んだ。

「それにだ。聖杯というものは魔術師の悲願に繋がると聞いている。それを代用品で賄い、俺が使うんだ。その代用の褒美を与えたというわけだよ」

「随分と上から目線なんだな、アヴェンジャー。褒美をくれてやると言いながら、渡したのは課題だろうが」

「それもその通りだ、ランサー。だけどな、俺はあいつなら助けられると信じてるよ。正直、あいつが過去に陥った状況よりも今のほうがマシだからな」

 アサシンとランサーが訳が分からないという表情で見てくる。

「まさか、お前ら。横島忠夫が英霊と戦って、生き残った理由が器用貧乏や文珠とか言うつもりじゃないだろうな」

「お前から聞いた文珠、聞いた限りじゃ相当穴は少ない。英霊と戦えるだけあると感心してたんだが、あいつにはまだあるのか?」

「そうかそうか、ならば俺が現れずに言峰綺礼と言う男が暗躍してたとしても、負けるのは聖杯戦争に参加した魔術師であるのは明らかだな」

 アヴェンジャーは笑った。

「なんだと?」

「あいつのとんでもないのは戦闘力や能力に目が行きがちだが、それは全く的外れだ。あいつの・・・いや、美神令子と横島忠夫の凄いのは物事の中心に入る能力だ」

 アヴェンジャーはランサーとアサシンに視線を向ける。

「この世界の教会も、魔術師も、神族や魔族も美神令子にはそういう事があるとは気付いてる。だけど、横島忠夫にもあるんだよ。俺が見るに、あいつの方が強い」

「なんで言い切れるんだよ」

「知ってるからさ。あいつの事なら、ある程度は把握できる」

 アヴェンジャーは言うと、ランサーとアサシンが真剣な表情になった。

「少し話しすぎたか。後は何か報告はあるか?」

「ああ、そういえば街に入ってくる連中が増えたというところか。恐らくはオカルトGメンってやつだと思うが」

 ランサーの言葉にアヴェンジャーは苦笑を交える。

「先行調査班か、愚かだな。周回遅れの調査など意味はない。それどころか、腹をすかせた黒き聖杯の巫女が居るというのに」

「その巫女だが、自我が比較的あるうちに行方を消してしまった」

 アヴェンジャーからすれば、そっちのほうが問題だった。

 彼女が保護されたのは藤村組というヤクザの家だった。そのヤクザの家がどうなろうと構わなかったが、そこから逃げ出したとなると若干話は違ってくる。

 間桐桜はライダーと言う英霊を連れている。全てまとめて決着をつけようとしたが、参加しなかったどころか逃げの一手まで打たれてしまった。

「それだけ死にたいのか。別にそれならそれで構わん。準備が終わるまでが、お前のタイムリミットだ」

 オカルトGメンが動いてくるかもしれない。だけど、それは手遅れだとアヴェンジャーは思っている。

 間桐桜についても、自分たちに関しても、聖杯戦争に関しても。

 本気で対応するなら、美神美智恵が乗り込んできて、魔神大戦の布陣を整えるべきだ。

 そうすれば、聖杯戦争を終わらせ、マキリを終わらせる事ぐらいは出来るかもしれない。いや、出来たかも、だ。

「初手から間違えたんだ、美神美智恵。魔神大戦で見せた智謀と行動力も、年齢を食って衰えたか」

 アヴェンジャーは寂しそうに呟く。

 その様子はアヴェンジャーにしては初めて見せる様子で、アサシンとランサーは黙って見ていた。

「まあ、良い。この結界に居る以上はアンリマユは来れないだろう。あと数日、それで無理なら俺自身で排除する」

「分かった。それで構わないぜ、だが」

「最後の戦いは真っ向からぶつかろう。それが誰であろうとも、な」

 アヴェンジャーの言葉にランサーが頷く。

 満足ではないが、今の状況では一応は納得いく回答だったということだろう。

「さて、どうなることか」

 アサシンの言葉が誰もいない教会に響く。

 それは誰にも分らない事だった。


   






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