白竜寺参道。
誰も歩く事が無い道を一人の男性は掃き清めていた。
頭を丸めた傷だらけの顔。
頭を丸めていなければ、その風体で分かる人はわかる人間だった。
陰念……かつてはGSの梁山泊と呼ばれた名門、白竜寺のエースとしてGS試験を受けた男。
今となっては陰念和尚と言うべきだろうか。
寺の敷地は陰念の手に引き継ぎが行われ、最後の白竜寺の住人となった陰念は一人で誰も訪れない参道を整備している。
―――俺は何をやっているんだろう?
陰念の思うところは多い。
魔族に味方した白竜GS。
霊式格闘術の宗家の一つである白竜へのレッテル張りは非常に強い。白竜GSだった人間が白竜出身だと言えないほどには、だ。
陰念も隠し通せるだけの度胸があれば、こんな苦労をしなくて済む。
もしくは唐巣や美神美智恵に取り入るような行動が取れれば、白竜はその内に見直される事もあるだろう。
―――馬鹿らしい
一言で終わった。陰念は白竜寺の人間である事に誇りを持っている。
横島忠夫と言う馬鹿に、メドーサの指示を受けていた時と、さらには再編成の為のGS試験で戦ったが派手に負けた。
全力を出し切って負ける。
それに悔いはない……悔いはないと言えば嘘になるかもしれないが、ある意味吹っ切れた。
今なら堂々と言える。あの完敗は白竜と言う宗派の敗北。横島忠夫が強かっただけの話だ。
陰念は参道にゴミが無い事を確かめると、大きく頷いた。
今回のGS試験はかなり調子が良い。前回は修行や体力の見直しや、受験料等の問題の為に受けられなかったが今回ならば受かれる。
陰念は空を見上げた。
―――空は青い。これが再度の白竜寺の出発だ。
気合を入れるとGS試験会場に乗り込む為に、愛車である軽自動車に乗り込んだ
GS試験。それは霊力測定、そして実技検定によって合否が判定される。
日本武道館で行われる、それは一種の格闘大会でもあるわけだ。
特に柔術や剣術などを極めた人間にとって、一生の大目標になる事すらある。
オリンピック等の名誉は受けられないが、それ以上にビックマネーを手に入れるには通らなければ行けない門だ。
「お名前、記入をお願いします」
花戸と名前を付けた女性が対応してくれると、陰念は名前を書いて一瞬だけペンを止めた。
やがて、意を決すると白竜寺として書く。
「陰念さんですね。これからですが、一次試験の学科試験と技能試験になります」
「学科!?」
「はい、前回から導入された試験です」
陰念は出場者たちを思い返すとヒョロヒョロした格闘家とは思えない人間もそれなりに居たような気がする。
冷汗がダラダラと出てきた。そんなのがあるとは……一生の不覚。
「格闘家の方たちには、たまにそんな表情をされる方がいますね。大丈夫です。技能、学科合わせて六割以上で合格ですから」
「技能試験はどうなってるんだ?」
「木人間に対して霊的攻撃を三種類行うことです」
その言葉を聞いて、陰念はホッと息を吐く。
それなら、何とかなりそうだと。
「あー、それと外のバスの出発時刻があと五分しかないので」
「そっちを先に言え!!!」
「受験票をどうぞ」
「ああ、ありがとよ!!」
陰念は人をかき分けながら、外のバスへと走り出す。
「ちなみに、後五便ほど五分間隔であるんですけど……」
彼女は余りの勢いに呆然とつぶやいた。
走って行った慌て振りに苦笑をしていると、机を運びながら移動する少女が現れた。
「花戸さん、どうしたの?」
「いえ、面白い人が居たので。あの人も横島さん並みになるのでしょうか」
「あははは……横島君は、あれは正直に言って色々とおかしいからね」
机妖怪の愛子は横島を思い浮かべると、乾いた笑いを浮かべた。
高校時代の横島を知っている彼女にとって、今の彼は別人と言っても過言じゃない。
「私はそんな横島さんが凄いと思いますけど」
「あー、そうね。青春ね、それも」
花戸小鳩に愛子は頷く。
机妖怪の愛子は妖怪と人間の架け橋として、GSギルドの準職員として働いている存在。
小鳩は夜間大学に通いつつ、GSギルドの職員として生活をしている。
良く考えてみれば、横島忠夫が繋いだ絆と言ってもおかしくはないかもしれない。
「小鳩さん、これが終わったら今度は救急室に特殊医療品を運んでほしいらしわ」
「分かりました。そろそろ、受付も終了ですし、向かいますね」
「ええ、私も筆記試験の答案用紙の回収と成績を付けないと」
愛子は言うと、机を運びながら臨時で事務室になっている場所へと向かった。
ちなみに陰念、学科試験の出来栄えに関しては……ノーコメントにしておこう。
まあ、最低点は取れていた。正答率5割ほど。技能試験を完ぺきにこなせば十分巻き返しが可能な成績だった。
技能試験ではある程度の対霊力コーティングをしてある木人間を霊破砲の一撃で粉々にするという新人にしては離れ業を行ったわけだが。
それは現役GSでも殆ど居ないほどの攻撃力。
並べるならば、雪之丞の全力の霊破砲や横島のサイキックソーサーに並ぶほどの威力だった。
防御できてない人間は一撃死の可能性がある。
それは役人から流れてきたGS協会の人々を慌てさせたが、逆に唐巣などのGSは平然としていた。
死亡事故、上等。
試験官たちから漏れた言葉だ。
ギリギリのラインで超えた陰念。彼は夜はGSギルドが取った宿泊施設で過ごす事になる。
昼過ぎに出て、夕方まで移動した宿泊所では陰念に鋭い視線が向けられた。
「GSの面汚し」やら、「人間の裏切り者」など声が聞こえるが、それすらも陰念にとっては覚悟済みだ。
むしろ、言うならば堂々と言えと言う感じであるにも関わらず、何も言わない人々が多い。
「ヒョロヒョロした連中が多くなったもんだぜ」
陰念は視線を一番近くに居た男性に合わせる。
筋肉質かもしれないが、細マッチョ……までもいかない。むしろ、学校の体育系で鍛えてきた体だろうか。
視線を合わせると次々に視線を外していく。
「しかも、目を合わせるほどの気概も無いと来たか」
「最近の新人なんか、そんなもんだ」
陰念は顔を上げると、そこにはGSギルドのジャージを着た横島が居た。
手には陰念の分のコーヒーを持っている。
「隣、良いか?」
「別に俺に聞くもんじゃないだろう」
横島はその言葉に陰念は答える。
横島忠夫……恨みも憎みもある存在だが、それでもコイツはマシだ。
何もかもすべてが自分の力の無さが原因。徹底的にやられて、そして気付いたことは自分自身が基礎がなっていなかった事。
だから、今回に全てをかけた。力を付けた。そして、今までよりも強い自分を手に入れた。
「良いのかよ、俺みたいな問題児に構って」
「問題って言えば問題だろうな。だけど、俺は今日は完全に裏方だし、後片付けだけなんだよな」
「それは上層部の意向か?」
「まあな。俺って後ろ盾は六道女学院ぐらいしかないからな。六道はGSの世界では名の知れた家だけど、敵もそれなりに多いし」
詰まる処、横島忠夫と言う存在を持て余したわけだ。
伊達雪之丞のように弓家などの後押しがあれば別だが、横島の場合は美神令子の一派と言う事で六道閥に見られている。
それ以外にも美神美智恵の急先鋒の改革派とも取られがちだ。
何よりも新人同士のグループであらゆるベテランを上回る実績を出してしまった。周りのヘイトは貯まり続けている。
こう言っては何だが、オカルトGメンや六道家の仕事を受ける事も多いための誤解から始まる負の循環だ。
まあ、若くて成功するためならリスクを取らざるを得ない部分は大きいが……
「結局は上層部の派閥争いかよ」
「派閥争いが強いから、メドーサなんかに利用されるんだろ」
「それは違いないな。白竜は足を踏み外すまでは寺社部門では一枚飛び抜けた存在だった。今じゃ見るべくもないが」
陰念はしみじみと答える。
「今年、どうなんだ。粒揃いなのか?」
「あれを粒揃いとは言えないよな。六道女学院が相当数合格するだろ。ま、お前の方が六女の連中よりは上だよ」
「はっ、随分と評価が低いじゃねえか」
「今のお前、下手すれば雪之丞と同じぐらいの実力があるんだぜ。今回の試験、お前は間違いなくトップの実力を持ってるよ」
横島の苦笑に陰念は同じように苦笑を向けた。
「そう言えば、雪之丞は今回試験官じゃないのか?」
「雪之丞は弓さんの付き添いだ。弓家霊式格闘術のお嬢様で今回、初受験だそうだ」
「強さは?」
「合格はする。雪之丞に鍛えられてるから、その分では最上位かもな」
「ほかに気になる処は?」
「美神除霊事務所から三人。オキヌちゃんとシロ、タマモが参加してる。まあ、彼女たちも合格圏内でシロ、タマモに至ってはトップも有り得る」
「はっ、粒揃いじゃねえか」
「あのな、知り合いだけなんだよ。上位って言えるのは」
陰念がそれに黙って横島に顔を向けた。
「人材が一ヶ所からしか出てこないってのは、正直言って問題だろ」
「確かにな。他が不甲斐ないのか、それとも粒が揃っていないのか」
「俺が思うんだけど、早田刈りし過ぎたと思うんだ。GSギルドになって、すぐの試験で若手があっという間に合格しただろ?」
「老兵が去って、若手が出てきた。つまり、教導するべきベテランが居なくなった?」
それはヤバいわなと陰念は納得する。
白竜寺も人材は離散してしまっていた。修行場こそ陰念が継いで名前こそ残っているようには見えるが、横の繋がりは残っておらず名前だけと言う感じだ。
「そろそろ一回戦か。ま、気張らずに頑張れ。トーナメント表が張り出されてたけど、見たか?」
「いや、全然だな。誰が相手でも良いと思ってる」
「そっか。じゃあ、俺からは誰が相手かは言わない。じゃ、頑張れよ」
横島が手を振って離れていく。陰念の周りにはいつの間にか警戒と敵意が混じる視線があった。
横島忠夫は自身では気付いてないが、相当な実力者として業界では知られている。
それこそ、横島と仲が良い受験者と言うだけで目を付けられた。
「面白い置き土産じゃねえか」
陰念は口元を緩ませる。傷だらけの顔は異様な雰囲気を作り上げた。
霊気交じりの威圧。受験者たちはそれだけで身を震わせるほど。
陰念はその空気のまま、白竜の看板を背負い試合会場に出て行った。
会場の空気は夢を掴むための、同時に自分の実力を付けるために凄まじい熱気に包まれている。
そんな中で出てきたのが陰念だ。
この場に居るGSなら知っている事件。それがメドーサが起こした白竜への乗っ取りと、それを糧とした魔装術の使い手たち。
鎌田勘九郎、伊達雪之丞、そして陰念。白竜三羽ガラスと呼ばれてもおかしくない三人。
鎌田勘九郎はトップのGSたちを相手に互角以上の戦いを繰り広げたし、伊達雪之丞に至ってはすでにトップGSの仲間入りだ。
だからこそ、陰念は場違い。雪之丞たちには至らなくとも、すぐ下に居てもおかしくないような実績。
故に初戦の相手は不憫だった。
大学出、同時に柔道をやっていたと言う文武両道の持ち主。しかも、イケメンと来る。
挫折は一回も無かっただろう。自信満々の態度は師匠が居るか居ないかの差。
知らなければ、この自信満々の態度は有り得ない。
GS試験で横島忠夫を押して、さらに雪之丞と同期の同門。三番手とはいえ、白竜の中でも抜けた実力があったのは間違いない。
だから、瞬殺だった。
その場にいたGSで何人が見えただろう?
何人が今の攻撃を避けるなり、受けるなり出来ただろう?
地面を蹴り、相手の胴体に拳を入れただけ。その時間は瞬き一つ分ほど。
「勝者、陰念!!!」
これは審判長を務めている唐巣としても想定外だった。
陰念の試合を審判していた小笠原エミですら、強さに驚きを隠せない。
初見ならば、エミでも対応が難しい。そう思わせるに相応しい一撃。
同時に手加減までしている。咳き込んで起き上がった相手がその証拠。
チャクラにも肉体的にも大きなダメージを与えなかった。
「明らかにレベルアップしてるね。それも良い方向に」
唐巣は満足そうに頷く。唐巣から見ても、陰念の成長方向は顔と違って素晴らしい方向に向かっていた。
最低でも最近のGSたちのように、髪が抜ける方向ではないことは確か。
周りの審判は不正がなかったかを疑っているが……
「見る限りは何もなかった。魔装術どころか、何をやったのかすら」
殆どのGSが答える中、唐巣は苦笑を浮かべる横島に視線を向けた。
「横島くんは分かったみたいだね」
唐巣は横島に答えを言うようにと話しかける。
横島は一瞬戸惑ったが、唐巣の視線に一つ息をつくと答えた。
「何もやってませんよ。ただ、近づいて腹に衝撃を与えただけ」
「馬鹿な、一瞬消えた理由が分からんぞ。それでは」
「縮地って奴ですよ。霊力で強化した足で踏み込み、霊力を固定した拳で殴る。同時に霊力をはじけさせてチャクラを一瞬マヒさせ、意識を飛ばした」
横島は一息で言うと、陰念に視線を向ける。
「そうだね。あれは初見殺し、横島君は陰念君をどれくらいと見てる?」
「雪之丞と実力は大きく差は無いと思います。後は駆け引きかな、それで決まると思いますね」
ぶっちゃけ、場違い。横島は言うと、呆れたように笑った。
受験者も圧倒的に手加減されて、それで為す術なく負けた事は分かった筈だ。彼はどう出るだろうか、と唐巣は一瞬考えた。
だけど、これで諦めるも再度受けるも彼次第だ。それを考えるべき事ではない。
問題はこの結果を見て受験者たちはどう出るかだ。唐巣の興味はそこに移っている。
陰念は確勝級だ。後はこれを実力者たちがどう対応するか。そこが問題。
そうしているうちに一回戦の別の候補の名前が呼ばれる。審判たちに解散を告げると、第一回戦の別の組がスタートした。
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