美神除霊事務所。今日は彼女たちは忙しい日々を送っている。

 GS試験の実技試験。氷室キヌのGS試験に加えて、六道女学院から特別に許可されたシロ、タマモと言う中等部所属の生徒の受験。

 そのサポートに当たるのは美神令子と、六道女学院の有志のメンバーたちだ。

 彼女たちのブロックはDブロックの後半。故に朝一でくる必要が無かったわけだが、会場はどよめきと重い空気に包まれている。

「何かあったのかしら。物凄く重い空気だけど」

 美神令子は疑問を抱いた。

 何度かGS試験を見てきたが、これほどまでに重い空気は感じたことが無い。

 その時、ふと目にした人影。金髪の女性は美神令子にとって見た事がある女性だった。

「まさか、アン・ヘルシング?」

 ヘルシング博士の子孫で、ピートを倒すためにパワードスーツと共に日本にやってきた事がある。

「そこに居るのは……」

 彼女も気付いたようだ。動きやすい格好を見ると、彼女も受験者らしい。

「その節はお世話になりました」

「まあ、過ぎた事だしね。以降のピートとの関係を聞きたいのは山々だけど、日本にいつ来たの?」

「先日です。唐巣先生から、日本で受けてみないかと言われたので、まずは腕試しと」

「ヨーロッパの試験を受ければ良いのに。そっちの方が安上がりでしょ?」

「ですが、今の実力者の本場は日本ですよ。そっちで合格したGS免許を持って、向こうで取り直せば良いですし」

 受かる事前提だ。美神令子は理解したが、それは決して慢心ではない。

 むしろ、受かって当然と言う立場だ。

 下手をすれば、六道女学院の人間では相手にならない可能性もある。

「アンさん、Cブロックの試験が始まりますよ。って、美神さんじゃないですか!!」

 そんな話をしているとピートが顔を出す。

「ピート、良い所に。この空気どうしたの?」

「陰念ですよ。あいつ、やらかしたんです」

「えっ、まさか、魔族化でもした?」

「いえ、学科試験で一位を取って、テレビで特集を組まれた優勝候補を始まって一秒で一撃、一発KOしたんです」

 それに六道女学院の生徒が騒めく。

「確か鷹匠聖人と言う人。うわー、GSになったら、積極的にアピールしようと思ってたのに」

 サポート役の六女の生徒がボヤく声が聞こえる。

 そんな派手な負け方をしたら、GSとしての資質が問われ始める。それでもGSになった人間は何人も居るが、それは全体で見ての話。

 合格者の中でも僅かだ。終わったと思う生徒が居てもおかしくはない。

「魔装術なら有り得るわね。陰念に当たった事が運の尽きね」

 だとすれば、彼は元から今回、合格する可能性は無かった。

 GS試験はラプラスダイスを持って組み合わせを決めている。そこにはありとあらゆる要素が弾かれ、導き出された組み合わせは運命と呼ぶしかない物らしい。

 それはどんな実力者であっても同じこと。

「それが、陰念は魔装術を使いませんでした。ただの格闘で一撃です」

「なるほど」

 令子は納得した。白竜GSは元々は格闘技を中心とした霊式格闘術が基本だった。

 おかしくなったのは横島が受けた大会だけ。陰念は鍛え直して出てきたと考えるのが妥当。

 ピートの話を聞いただけでは、どれほど強くなったか分からないので、本日行われる三回戦以降に進むなら記録室から映像を取り寄せる必要があると判断した。

「まあ、今日戦う事が無い相手を気にしても仕方ないわ、私たちはサポート。タマモが最初だから、それが始まる前に終わらせないといけないわ。ほら、急いで」

 手を叩くと同時に生徒たちが散らばる。

「美神さんは気にならないんですか?」

「何がよ」

「陰念が強くなって戻ってきた事です。あれだけの強さ、どうやって手に入れたんでしょう」

「……あのね、ピート。いつまでも同じ強さだと思ってるの? 雪之丞なら出来ると思うんだけど」

 令子の言葉にピートが固まる。

「陰念は本当に力をつけたんだと思うわ。それこそ、GS試験が踏み台になるぐらいに」

「GS試験が踏み台、ですか?」

「あんただって、最初のGS試験は楽々に通るくらいのイメージは持ってたでしょ。当時の横島君の合格はともかくとして、それくらいは当然なのよ」

 周りに美神令子は視線を配らせる。そして、誰も聞いてないし見ていないと判断するとピートに近づいた。

「GS試験はね、ただの試験なの。本当にプロでやっていけるかの資質試験みたいな物。陰念はそれを楽々越えるだけの力を得た。それだけの話よ」

 ピートはその言葉に驚きと同時に冷静さを取り戻していた。

 ピートが後ろを振り返ると、六道女学院の生徒に指示出ししている彼女の姿がある。

「あれが、最高のGS」

 アンの言葉にピートは頷いた。

「前から思ってたけど、美神さんは凄い。僕なんかよりも一歩も二歩も前に進んでいる」

「では、ピートお兄様。私も行ってきます」

「ああ、応援席から見てる。やり過ぎには注意するように」

「いえ、ここは全力でやらせて戴きます。ヘルシングの名を日本のGSに知らしめたいので」

 アンの言葉にピートは苦笑を浮かべる。

 彼女は本気だ。だからこそ、この試合が悪魔に魅せられたものになることが分かった。






 アン・ヘルシングのCグループの23試合はこれも呆気ない幕切れに終わった。

 相手は都内で武術を教える次期師範。鉄拳・眉藤の名前が付いた眉藤道場の若手筆頭だ。

 アンが持ち込んだ武器は無い。登録した武器はあるにもかかわらず。

 拳同士の決着を望んだと周囲は騒めき立つ。

 だとすれば、圧倒的に眉藤有利だ。

 開始のゴングと同時に眉藤が唸りを上げるようにアンに仕掛けていく。

 それをアンは何も言わず、何もしゃべらず、そして難なく避け切った。

 足捌きだけで避け続けたそれは、明らかに彼女の身体能力と反射神経を表している。

 だが、それは最終的には結界の隅に追いつめられる事になった。

 しかし、これほどまでに布石を立てられれば、試験官も見ているGSも何か彼女が企んでいる事に気づく。

 彼女は右腕に左手を添え、右手を眉藤の方向に手を伸ばす。

「伸びろ!!」

 一瞬だった。何が起きたか分からないまま、眉藤は強い力と胸の激痛により、意識が飛ばされる。

 そして、眉藤の体は試合場の結界はおろか、隣の結界を突き破り、試合中の選手を巻き込み止まるほどのダメージを与えていたのだ。

「まさか、霊波刀でござるか」

 試合準備が終わり、様子を見に来ていたシロはその正体を確実につかんでいた。

「近いけど亜種ね。霊力を一転集中して、突き出した。どちらかといえば、横島のもう一つの技、サイキックソーサーに近いわ」

 タマモもシロに言われて気づいたが、すぐに否定する。

「まあ、どちらにせよ十分勝ち目はあるわ。そうでしょ?」

 タマモとシロの後ろではオキヌが冷や汗を流している。

「あの、美神さん。アンさんって、あれを持ち込んでませんよね?」

「そうね。イージススーツを着て戦うなんて言ったら、このGS試験では鬼に金棒を超えるんじゃない」

 それに対して、平然と美神は死刑宣告をした。

 確実に持ち込んでいる。美神の中では確信している。彼女は威嚇したのだ。

 美神除霊事務所に。そして日本のGSに。

「だけど、彼女は分かっているのかしら。その挑戦は相当高値で買われてしまうわよ」

 美神令子の言葉にオキヌは心配そうに見つめてくる。

「私は買わないわ。むしろ、買うのはあちら側かしら」

 美神の視線の先。そこには慌てる六道冥子と、ニコニコと微笑むその母親の姿があった。

 彼女は喧嘩を売った。そして、それを買った。

 いや、それを行ったのは唐巣神父だ。詰まるところ、唐巣がレベルの低くなる日本GSへの発破役で彼女を採用したわけだ。

「それにしても、おかしな点があるわね」

「何がよ」

 タマモの言葉に令子は不機嫌そうに返した。

「だって、GS試験って事務所がバックアップについてないと出られないでしょ?」

「あ、その通りだわ。つまり、この挑発に協力してる事務所があるはず」

 唐巣が関与している可能性は無い。彼は今はGSとしての仕事を停止して日本GSのトップとして動いている。

 彼に推薦する権利はないわけだ。だとすれば、他の繋がり……オカルトGメンもない。となると、他の事務所だ。

「オキヌちゃん。出場者名簿を出してくれる」

「あ、それなら……」

 オキヌの視線の先、そこには肩を震わせてるタマモの姿があった。

 髪の毛が逆立っている。相当怒っている証拠だ。

「何かあったの、タマモ」

 出場者名簿が渡される。ページが開かれていた先にはアン・ヘルシングの名前がしっかりと書かれていた。

 問題は所属先。

 その欄には横島・伊達除霊事務所の名前。そして、推薦者の名前は

「よーこーしーまーーーーー!!!!!!」

 横島忠夫の名前がそこに書かれていたのだから。






 美神令子の怒号はさて置き、日本GSとは関係がない人間の登場は雑多で素人な人間がGSを狙うよりも奇異な眼差しで見られる。

 アン・ヘルシングはオカルトの名門、イギリスを代表する程の実力者であることはベテランのGSたちからの目でも間違いなかった。

 彼女が出る理由は本国で起きているゴタゴタもあるが、目敏い人間は気付いていた。

 彼女は横島忠夫や伊達雪之丞と言った新鋭のGSの事務所から出ているが、その裏に居るのは唐巣和弘と言う食えない人間だと言う事を。

 人格者である。その評価にGSになっている人間なら異を唱える人間は居ない。

 例え、敵対派閥であってもこの評価が変わる事が無いのが彼の凄い所だ。

 時折、偽善者と言う人間は出てくる。でも、それは本当に何も知らない人間のみ。

 引退したGSを含めて七割は唐巣の評価は恐ろしく好意的な評価を下している。

 だからこそ、誰もが唐巣の取った対応を見て、厳しい表情を向けた。

 それは唐巣ではない。今、この場に居る受験者たちにだ。

 アン・ヘルシング、それは異端。だけど、それ以上にこの場に心構えもなく表れている素人が多すぎる。

 彼らは魔神大戦以降に霊脈が乱れた故に表れた、言うならば無理やりオカルトの力を開かされた人間たちだ。

 しっかりとした師匠の下で修行を付ければ、一流には成れなくても二流には成れるだけの力は存在している。

 ならば、何故修行しないのか?

 白竜GSと呼ばれた白竜寺は歴史的不祥事以降は鳴かず飛ばず。解散まで噂に上がっていたほど。

 他のGSの修行場も、再編成の大会で所属するGSが軒並み減る。もしくは居なくなる始末。

 六道女学院は女性&学生専門のGS養成機関。私立学校としての側面も持っているので大規模に募集できない。

 実力のあるGSが継いでいる歴史ある家たちは一族のみで構成していた。

 つまり、修行する場所が無いわけだ。同時に修行を見てくれるGSの繋がりを持つ人間も少ない。

 そんな状況下でも、幾つかのGS事務所は弟子を派遣している。

 唐巣の声なき言葉の意味。それは、GSとしてやって行ける実力があるか……だ。

 アン・ヘルシングは越えるべき壁の一つでしかない。

 例え、彼女を回避して合格したとしてもトーナメントである以上は彼女か、もしくは倒した人間にぶつかる。

 その壁にぶつかる事が出来るか?

 その壁に挑戦できるか?

 限られた状況、そんな中で戦える状況をGS協会の長、GSギルドの長として唐巣和弘は望んでいる。

 ベテランGSも唐巣の言いたいことを理解していた。

 だけど、それを受験者たちは理解しているだろうかと思い悩ませることになる。

 アン・ヘルシングの挑戦。唐巣和弘の刺客。まだ始まったばかりだ。








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