『月を穿つ』













 横島は以前アルクェイドと話し合いをした三咲自然公園に行くことにした。

 妖気やら魔力やらの強力な波動を探せばいいのだが
 
 町全体に妖気が充満していて横島の感覚はおろか、妖怪探知機の見鬼君も四方八方に反応して役に立たない。

 なのでとりあえずあの公園の近くでアルクェイドと会ったし、その周辺にいればいつか見つかるかな、というか見つかったら良いな。
 
 と楽観なのか悲観なのかよく分からない考えで向かう。

 そして、公園に着いて、金髪紅眼を持つ絶世の美女を見つけた時、横島は自分の運に心から感謝した。

「おー……」

 おーい、と公園を横切ろうとしているアルクェイドに声をかけようとした。

 その時、まず最初に聞こえたのは、カシャン、という金属音。

 それが、アルクェイドの後ろを歩いていた学生が短刀を出した音だと横島が認識するよりも早く、アルクェイドが何かを感じて振り向こうとするより早く
 
 速く、誰もがソレに気付くより速く、誰もがソレを理解するより速く、速く、速く、速く速く速く速く速く速く速く速く速く速く速く、閃く。





 首。

 後頭部。

 右目から唇まで。

 右腕上腕。

 下部。

 薬指。

 左腕。

 肘。

 親指。

 中指。

 肋骨部分より心臓まで。

 胸部より腹部まで。

 右足股。

 右足脛。

 左足脛。

 左足指その全て。





「え?」

 横島が唖然とした声を漏らした時には、全てが終わっていた。

 終わっていた。

 アルクェイド・ブリュンスタッドという存在が、どうしようもなく終わってしまっていた。

 閃光のように走った短刀がアルクェイドをなぎ払い、刻み、解体した。

 その事実を横島が認識するのに、少し時間がかかった。あまりに異常事態であったからだ。

 アルクェイドは二十七祖番外のロアを打倒しようとするだけあり、かなりの力があったはずだ。横島も感覚的に高い力を感じていた。

 そのアルクェイドに気付かれずに接近し、反応する前に殺す。

 異常どころの話ではない。

 殺気を完全に押さえ、高レベルの隠密を可能とし、一呼吸で瞬時に十六回斬りつける技と、上級妖魔を軽々と切断しうる武器を持つ者。

 どんな化け物だ?

 しかし横島の目に写る犯人は、凡庸そうな学生。

 どこにでもいそうな少年。右手の短刀と返り血、目の前の現実さえ除けば。

 横島は現状を認識し、沸騰するような頭で思考する。

 まだ何もしていなくとも、アルクェイドは仲間だった。それに美人だった。

 その彼女が殺された。

 ならば理由は十分。横島忠夫という男が激怒するには十分な理由だ。

「てめ……!!」

 手前、と叫ぶつもりだったのだが、止まる。

 少年の様子に気がついたからだ。

 少年は、あえていうのなら??怯えていた。

 うわ言のように、ちがう、ちがう、と繰り返し、血の広がる地面に膝を着き、嘔吐する。

 そして、倒れた。

「……って、何なんだ?」

 アルクェイドを瞬殺しておきながら、その後の反応はまるではじめて人を殺した一般人のようだ。

 横島は混乱しつつも、慎重に近づく。

 じっと観察するが、少年は気絶しているようだ。

 実は寝たふりで、罠だった。という可能性もあるが、横島は無造作に倒れている少年に近づく。正確には、その近くにあるバラバラになったアルクェイドに。

 訳の分からない少年をどうするかよりも、アルクェイドをどうにかしなければならない。

 一縷の望みをかけて、文珠を二つ出し、『復』『活』と込める。

 出来るだけ霊力を凝縮し、元気なアルクェイドをイメージする。

 そして渾身の想いで発ど????アルクェイドの目が動き、横島を睨んだ。

「ぎゃああああああああああああああああああああああああ!!
 迷わず成仏してくれえええええええええ!! いや! やっぱ成仏するなあああああああああああ!!」

 横島は少々錯乱気味に叫ぶが、驚く心とは裏腹に冷静に思考する。

 矛盾しているようだが、横島の人生においてボケキャラでありながら生き残るには、この程度のスキルは必要なのだ。

 なので横島は表面上は大きくリアクションしながらも、アルクェイドの状態について考えた。

 驚くべきことにまだ生きているようだ。

 さすがは吸血種の頂点たる真祖だということだろう。

 まあ、生きている理由はどうでもいい。問題は文珠に込める文字だ。生きているのなら『復活』では効果が薄そうだ。
 
 単純に『全快』か、または切断されているのだから『接合』なども良いかもしれない。

 などと横島が考えていると、声がかけられた。いや、正確には念。念話という一種のテレパシーのようなものだ。

(??ヨ……コ……シマ……)

 横島は自分の名を呼ばれて、少し震えた。

 どうもお姫様はいきなり解体されたものだからご立腹のようだ。

 ものごっつい殺気をぶつけてくださった。

 治したら何するか分かったものではないが、横島は覚悟を決めた。

 もとより横島に見捨てることなど出来ないのだ。

 特に、死にそうな女の子は絶対に助ける。

 横島は文珠を握りこみ、文字を入れ替える。

 この際、確実に効果がありそうな文字として『回』『復』と入れ、渾身の想いを込めて発動させる。

「これで、どうだっ!」

 確かに効果はあったのだが、ちょっとグロい事態に。

 まあ、もとよりバラバラに解体されている時点でグロいが、さらにパワーアップ。

「……アルクェイド。切れたとこ、くっ付けるなんなり出来ないのか?」

 回復の文珠により、頭部は元に戻った。

 しかし、その方法がバラバラにされた所をつなぎ合わせるのではなく、新たに再製させているので端から見たらかなりグロい。

「……出来……ない……の……よね……。何でか……解らないけど……、傷口が癒着できない」

 頭だけだが、少しは安定したようで、しだいに口調がしっかりしたものになってくる。

「ふむ、……仕方ないか」

 横島は思案した後、新たに文珠を二つ出すと、『再』『生』と込めて発動させた。

 この文字は効果抜群であったようで、みるみる肉体が再生されていった。

 横島は己の成果を満足そうに見つめ、??鼻血を噴出した。

「パーフェクトワールドぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 アルクェイドの体は確かに治った。

 頭から足の先まで五体満足に治った。

 でも、服までは治さなかった。

 アルクェイドの体は究極のボディバランスを誇る。
 
 かの美神令子をも超えるナイスバディ。そんなものを、しかも裸を見て横島が正気でいられるはずも無かった。

 普段から正気ではない気もするが。

「おおおおおおおおお、お、お、お、お嬢さ?ん!!」

 良い感じの放物線を描いて横島はアルクェイドに跳びかかった。

「えい」

 対するアルクェイドは軽い掛け声と共に確信の右クロスで迎え撃った。

 ちなみにアルクェイドの強さは魔神クラスである。

 先ほどのダメージで弱っているのに加え、手加減しているが、それでも十分人が死ねる拳であった。

「おごぁあああああああ!」

 鼻っ面に拳がめり込んだ横島は鼻血を出しながら、のた打ち回る。

「殺す気か?!」

 何故だか死んでない横島は血まみれで抗議する。

「いきなり跳びかかってくる横島が悪いんじゃない」

 鼻息荒くして、血走った目で跳びかかられれば迎撃するのは当然である。

「何を言うか!」

 だというのに、横島は目を血走らせて一喝する。

「アルクェイド!! アルクェイドが綺麗なのが悪いんだ!! アルクェイドの体が俺を誘惑したんだ!!」

 よほどテンパっているのか、昔の横島のようなエロ少年的発言をした。それほどまでにアルクェイドの裸は衝撃的だったのだろう。

 横島の言葉を聞いて、アルクェイドは恥ずかしそうに腕で体を隠す。

 十人に聞けば十人とも美人だと答えそうなほど整った顔立ちに、見事な体系を保持するアルクェイドだが、実のところ綺麗などと言われたことはない。
 
 それゆえに意識してしまい気恥ずかしさを覚えたのだ。

 そのしぐさは美しさの中に可愛さまでブレンドされて、普通の男なら即座にオちそうな萌えがあり、エロ少年ならば確実にノックアウトされたであろう。

 だが、横島はそれを見て、逆に冷めていくのを感じた。

 昔の、1年前の横島なら飛び付いたかもしれない。ルシオラに会う前の横島なら。

「ほれ」

 横島は自分の上着を脱いで、アルクェイドに渡す。

 実に紳士的な行動で、横島を知る者なら今朝の雪之丞のようにニセモノだと疑うだろう。それも確実に。

「あ、ありがとう」

 幸いにしてアルクェイドは、まだ横島のことをよく知らないのでおとなしく受け取る。
 
 実は天変地異でも起きそうなほど異常なことだとわかれば、自分の正気を疑っていたかもしれない。

 横島はアルクェイドを救うという最大の問題を片付けたので、次の思考に移る。

「さて、じゃ、コレはどうするか……って、のわ?っ!!」

 ちなみに横島の言うコレとはアルクェイドの肉片。イヤな字面であるが事実は事実。
 
 アルクェイドは結局、文珠の助けもあって頭部から再生してしまったので、バラバラに解体された体は地面に転がったままになっているのだ。

 そして、地面にぶちまけられている凄まじくグロい肉片と大量の血液が、いきなり透明になっていき、しまいには消えてしまったのだ。

 横島でなくとも驚きたくなると言うものだ。

「な、なんだ?! なんなんだ?!」

「あれ、言ったと思ったけどなあ。私って真祖だよ」

「え? は? それは知ってるが、なに?」

 アルクェイドは不思議そうに小首を傾けて説明する。

「私達、真祖は精霊の一種みたいなものだから、力が無くなると今みたいに消えちゃうのよ」

「あん? ……ああ、なるほど」

 横島はルシオラのことを思い出して、鬱になりながら納得する。

 神族、魔族、はたまた精霊などの、この世界に肉体を持たない上位世界の存在は受肉などの方法をもって顕現しているのだ。

 ゆえに、魔力などによる体を維持する力が無くなれば、綺麗さっぱり消えてしまうのだ。

 かつてルシオラもバイザーのみを残し消えてしまった。

 だから横島はすぐにアルクェイドの言葉を理解することが出来たのだ。

「あー……、まあ片付ける手間が掛からなくて良かった、のか?」

 混乱しているのか、少し疑問形になりながら頷く。

「む?」

 そんなとき、横島の耳に微かな足音が聞こえた。

 コッ、コッ、コッ、というアスファルトを鳴らす規則正しい音が、だんだんと近づいてくる。

 妙に良い響きだから、木製、ゲタかセッタかな。

 などと、のんきなことを考えて、ふと、視界にうつるアルクェイドを見て、顔から血の気が引いた。

 上着を羽織っているとはいえ、明らかに裸である美女。

 そして、足元には倒れている少年と、切り裂かれた女性の服。





 ??この状況って、なんか、まるで、俺が襲ってるみたいじゃねえ?





「うおおおおおおおおおおおっ!! どうする?! どうする?!」

「ちょ、ちょっと、どうしたの? 横島」

 いきなり慌て出した横島に、アルクェイドが不信そうに話しかける。

 そんなことをしている間にも、足音はどんどん近づいてくる。

 横島はあせる気持ちを落ち着けて考える。

 そして、もっとも安全と思われる方法を選んだ。

「よし! 逃げよう!!」

 手早く足元に散らばるアルクェイドの服をかき集めると、次はアルクェイドを抱き上げた。

 アルクェイドは驚きながら、恥ずかしさから顔を赤らめ、ある種、萌えの極致のようになったが、不幸というか幸いというか横島にそれを見ている暇は無かった。

 もう一歩目から全力疾走。

 歯を食いしばって思いっきり走る。

 実は背中には除霊道具の入った荷物があったりして、アルクェイドが結構軽いとはいえ総重量は確実に100キログラムを越えている。

 だというのに異様に速い横島は、なんか、もう人間の限界を超えていた。





「あらら?。 志貴さん、こんなところで寝てますと、風邪引きますよ??」

 どこかとぼけた感じの割烹着の女性の声が公園に響く。

 とはいえ、横島たちは逃げ去り、少年は気絶しているので、聞くものは誰も居なかったが。










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