『血戦(後)』














 横島はまず昨夜泊まっていたセンチュリーホテルへと足を向ける。

 アルクェイドと志貴がどこにいるのかまったく分からないのだ。

 念のため妖気でも感じられないかと集中してみたものの、特定できなかった。

 吸血鬼の根城となってしまったせいで町全体に妖気がうっすらと漂っているため
 
 非常に感知しにくくなっており

 さらにアルクェイドは手負いになっているために気配が弱まっているからだ。

 それで見鬼君けんきくんを使えばアルクェイドの妖気を探知できるかもしれないという

 かすかな希望にすがって荷物を取りに来たわけだ。

 だが、考えてみれば当たり前だったのだが、ホテルは警察によって封鎖されていた。

 ……どうしよう?

 GSという身分を明かし、事情を話せば中に入れてはくれると思うが

 荷物は当然証拠品として押収されてるから帰ってくるのは当分先になるだろうし
 
 事情聴取された上に捜査協力を求められそうなんで、自由になるのはいつになるとも知れない。

 ネロ・カオスとの決戦は最悪、今夜にでも起こるかもしれない。だから出来るだけ早く二人と合流する必要がある。

 だから、迷うまでもなかった。

 横島は黙ってきびすを返す。

「あー、君、ちょっといいかね?」

 などと警察官が話しかけてくるが、迷うまでもなかった。

 横島は黙って全力疾走する。

 所々引き千切られたかのように破れて
 
 その上血まみれの服を着ているような人間に職務質問をするのはあたりまえというものだ。

「あ! コラッ! 待てーっ! ??不審者が逃走! 至急応援請う! 不審者が逃走! 至急応援請う!」

 なあに、警察に追われるなんて日常茶飯事さ。

 裸王らおうはもちろん、ドクトルや親方にも及ばないが

 これでも変態の端くれだ。覗きの先駆者たる俺に追いつけると思うなよ。





 広い庭と大きな洋館。

 一目見ただけで金持ちの豪邸と分かるようなところは

 三咲町では一つしかないし、なによりこの景色には見覚えがあったので、すぐにどこか分かった。

 遠野の屋敷だ。

 そして庭から屋敷の窓を覗き見て、遠野志貴はこれが夢だと気付いた。

 もう8年以上前の、遠野の屋敷を出て行く前の懐かしい夢だ。

 窓から覗いた部屋の中では、幼い妹の秋葉が分厚い本を読んでいる。

 今の秋葉は性格がかなりきっつくなってしまい、兄としては立つ瀬の際がないが、思えばこのころは可愛かった。

 この時のことは良く覚えている。

 秋葉は遠野家の人間だからと英才教育を無理矢理されていて、いつも浮かない顔で難しそうな本を読んでいた。

 だから俺はよく秋葉を連れ出して、一緒に遊んだものだ。

 庭を駆け抜ける。後ろから秋葉が一生懸命着いてくる。ただそれだけで、とても楽しかった。

「……はははっ」

 思わず笑いがこぼれ、振り向きながら呼びかける。

「秋葉」

 え?

 記憶が確かなら、このとき、確かにそこに秋葉がいたはずだ。

 なのに見えるのは無人の林。

 更に何故かあり得ないものまで見えた。

 地面にも、木にも、空にさえも黒い線が走っている。

 このときは、まだ見えていないはずなのに。

 愕然として、気付けばいつの間にか草原にたたずんでいた。

「……志貴」

 聞き覚えのある声に呼びかけられて、この草原がどこだか気が付いた。

 8年前に死に掛けたときに入院していた病院の近くにある草原。

 俺はここでとても大切なことを教えてくれた人に出会ったんだ。

「その能力があるということは、何かしらの意味があることなの」

 この人のおかげで、俺は生きていられると思っている。

「君の未来には、その力が必要になるからこそ、その直死の眼があるともいえる」

 ……先……、生……。

「でも……、おかしいんだ」

 今までそんな事なかったのに……。

 俺は■■を、殺した……い……だなんて。

「何言ってるの。凄腕の殺人鬼なんでしょ?」

 血溜まりに沈み、肉片と化したアルクェイドが問いかけてくる。

「……ちがう」

 物言わぬ、バラバラになった黒い獣たちが無造作に転がっている。

「ちがうんだ!」

 不安そうな顔をした秋葉。

    そんなつもりじゃないんだ。

 次第にその顔は怯えたように??。

    俺は人を殺したいだなんて……。

    一度も……!





「夢……」

 最悪の目覚めだった。

 とりあえず、いつものように黒い線を出来るだけ見ないように、手近にあったメガネをかける。

 そしてあたりを見回し、

「どこだ……、ここは」

 自問するように呟く。

 志貴が寝かされていたベッドやテレビなどの最低限の家具しかない、寂しい部屋。

 だけれども、どれもそれなりに値の張りそうな品ばかりで…

 外を見れば妙に視点が高いことから察するに、おそらくは高級マンションの一室。

 見覚えはない。

「ようやく起きたみたいね、志貴」

 そんなことを言いながら部屋に入ってきたのは
 
 金髪赤目にとびきりの美貌を持ってるくせにハイネックとロングスカートと

 やけに簡素な服を着ている女性だった。

 アルクェイド・ブリュンスタッドだ。

「……ここは?」

「わたしの部屋」

 女性の部屋にしては妙に華がないが、とりあえず納得する。

「逃げてる途中で志貴が倒れちゃって、ここまで運ぶの苦労したんだから」

「……逃げる?」

 どうも記憶が混乱していたようで、一瞬何のことか分からなかったが、すぐに思い出す。

 黒いコートを着た男。

「あ、あいつは! ……痛っ」

 不意に起き上がると、わき腹に強烈な痛みが走った。

「あわてて動くと、傷口に障るわ」

 痛みが治まり、思考が冷静になってくると、脇に持っていった手の感触がおかしいことに気付いた。

 見れば、ガーゼにテーピングが施してある。

「手当てしてくれたのか?」

 若干の驚きをこめて聞くと、

「ええ、そうよ」

 と、まるであたりまえのようにアルクェイドが頷いてくる。

 見たところ、手当ては正確で、とてもアルクェイドができるものだとは思えなかった。

 正直、もっとバカだと思ってました。などと正直に言えるはずもなく、心の奥底に沈めておく。

 そして、ふと思いついた。

「おまえの方は、その、大丈夫なのか?」

「うん。大丈夫よ。人間とは再生力が違うんだから」





「さあどうぞ。食べて、食べて」

 そう言って置かれたのは、パンにスープにサラダと、洋風のスタンダードな朝食。

「おまえが作ったのか?」

 アルクェイドは答えず、笑顔で食べるよう促してくる。

 志貴は覚悟を決めて、食べ始める。

「…………!」

「ねえ、おいしい?」

「ああ」

 本気で驚いた。まさかアルクェイドって家庭的な女性??いや、結論にはまだ早い。

 そんな意味不明なことで悩んでいる志貴の目に、何も置かれていない机が見えた。

 アルクェイドの前に何も置かれていない。

「自分の分はないのか?」

「え? 自分の分?」

 そう、アルクェイドの食事がないのだ。

「……ああ。うん。普通の食事には、あまり意味がないから」

「ふつうの?」

 訝しげに問いかけ??はっ、とする。

  こいつ……、

   『吸血鬼』なんだっけ??

 つまり、食事とは……。

「ん、何?」

 志貴の様子がおかしくなったことに気付き、アルクェイドが聞くが、

「……いや、何でも」

 志貴は気まずげに顔をそらした。

「血を吸われるとでも思った?」

「…………」

 そのとおりだ。

「吸血鬼だしね、わたし」

 志貴が眉をよせて見つめてきているというのに、その胸中を察していないのか、アルクェイドは微笑みながら奇妙な質問をした。

「問題。わたしは今までどのくらいの血を吸ってきたでしょう?」

「どのくらいって??」

 つまり、それは血を吸ってきた人間の数だから。

 吸血鬼は、生きるために血を吸う。

 それは弱肉強食という世界の摂理からすれば普通のこと。

 人が牛を食べるように、吸血鬼は人を食う。

 ??それは生物として仕方のないこと。

 などと真面目なことを考えているというのに、アルクェイドは無邪気に笑って答えを促してくる。

「ねえ、ねえ?」

 志貴はしかたなく、苦虫を噛んだような顔で答えた。

「……百、……いや、千人くらい……か?」

「ブー。おおはずれ」

「…………」

 妙に無邪気なアルクェイドを見て、今真面目な話してるんだよな、などと志貴は悩んだりもしたが、アルクェイドはそんな志貴に構わず

話し続ける。

「志貴ってわたしのこと、そういう風に見てたんだ。まるで見境無いみたいじゃない」

「?」

「この八百年、わたしは何かの血を口にしたことないわ」

「何で? 『吸血鬼』なんだろ?」

 アルクェイドはここで初めて表情に影を落とした。

「だって、怖いんだもの。地を吸うこと」

「は?」

 それで本当に吸血鬼か?

 顔に出ていたのだろうか。アルクェイドは察したかのようにその答えを言った。

「わたしは”真祖”だから」

「シンソ?」

「吸血鬼には”種”として元から吸血鬼だった”真祖”と、主に真祖に血を吸われた人間である”死徒”の2種類があるの。たぶん一般的

な吸血鬼のイメージは死徒のほうね。太陽を嫌い、人間の血を吸い、下僕を使役する」

「それで、おまえが血を吸うのが怖いっていうのは……?」

「真祖は本来、生きるために血を必要としないの。
 ただ、中には自分の楽しみのために血を吸うモノもいて、それで”死徒”が生まれたわけ」

 血を吸う必要がない。なのに血を吸う。

 それはつまり、

「元々は真祖のせいって事じゃないか?」

「そうね……」

 その真祖だというのに、アルクェイドは素直に認めた。

「だからわたしが処分しに来たの。人間も”死徒”が増えたら困るでしょ?」

 ……人間も困る。という言い方はまるでついでといわんばかりである。

 本当の理由??人間も、ということは真祖も何らかの理由で困っているようだが、特に興味もないので言わないのならそれでいい。

 気になるのは、

「じゃあ、昨日のあいつは……」

「ん? ネロのこと?」

「ネロ……」

 噛み締めるように、その名を呟く。

「ネロも吸血鬼。”死徒”よ」

 あいつも吸血鬼。

「なあ、それがおまえの言う」

 言っている途中でテレビが目に入る。

 アルクェイドが食事を作っている間、手持ち無沙汰だからとつけたテレビで、とあるニュースが流れていた。

『ここからは予定を変更して、昨日起こりましたセンチュリーホテルの事件の特集をお送り致します』

 それは奇しくも、同時刻、GS横島除霊事務所で流れていたもの。

『事件が起こりましたホテルからは、従業員、宿泊客、他を含め、百数十名が忽然と姿を消し、全員の行方は不明のままです。
 警察は行方不明者の捜索に全力を上げていますが、現場の床や壁からは血痕の他に動物のものと思われる大量の毛が発見されており、
 事件との関連が調べられています』

 ……百人以上。あのホテルの人間全てが消えた?

 血も出んばかりに手を握りこむ。

『行方不明者のお名前を読み上げますので、ご家族の方などは所在をご確認の上、最寄の警察までご連絡下さい。
 オオサワヨシオ。ニシムラ……』

 志貴は殺気を滲ませて、行方不明者の報道を睨みつける。

  行方不明者? 違う!

    皆、喰われたんだ。

    何の関係もない。

    ただ、そこに居ただけだというのに。

 行方不明者の読み上げは延々と続いていく。

『……ユキオ。ヨシノマサハル。アオキコウタ。カワジマタケオ。カワダミサキ。ユミヅカサツキ・・・・・・・』

 今、どこかで聞いた名前があったような……?

 目を見開いて、画面を凝視する。

 弓塚さつき。

 確かにその名前が存在する。

 つい昨日、元気に話していたクラスメイトの名前が存在する。

 こらえきれない怒りに、床に拳を打ちつける。

 鈍い音と、手に軽い痛みが走るが、たぎる憤怒を発散させるには全く足りない。

「みんな、生きていたのに……!」

「志貴、どうしたの?

 弓塚さつきなど知らないため、状況を理解できないアルクェイドが不思議そうに聞く。

 だが、志貴はアルクェイドの言葉が聞こえていない。
 
 無表情なのに目だけ鋭く、まるで冷たい刃物のような顔をして、外に出ようと歩き始める。

「ちょっと、志貴待って!」

 それをアルクェイドは慌てて追いかける。

「どこに行くつもり?」

 もし志貴が答えていたのなら、こう言うだろう。

 ネロ・カオスのところへ。奴を殺しに。と。

「ちょっと……」

 ただひたすら無言で歩く志貴を止めようと、アルクェイドは手を伸ばすが、

「志……っ」

 何故かその視点が傾き、歪む。

 ドサリ、という妙な音に、志貴は反射的に振り向き、見た。

 アルクェイドが力なく倒れているのを。





 そのころ、大通りを南下中のある物体。

 ランナーズ・ハイというものをご存知だろうか?

 マラソンなどで最初は苦しいのに、走っているうちにだんだんと気分が良くなってくるという現象である。

 人間の脳は強い痛みやストレスを感じると、
 
 脳下垂体から一種の麻薬成分である「エンケファリン」「エンドルフィン」といった物質を作りだします。

 皆様も知っているように、これらの脳内麻薬には人間の感じる痛みやストレスをやわらげる作用があります。 

 つまり、マラソンなどで「苦しい」と感じるとこれらの物質が分泌され、なにやらハイテンションになるわけです。

 つまり、横島忠夫は今輝いていた。

「はははははっ! 何人たりとも俺に追いつけーんっ!」

 不意に壁を走ったりする横島の追跡は警察車両では非常に困難。
 
 自然と警察官の足で追いかけることになるのだが、
 
 三咲町を縦横無尽に駆け回る横島についていける者など一人もおらず、道のそこらかしこに死屍累々と脱落者が出る始末。

 だというのに横島にはまだ走りながら電話をかけるほどの余力があるのである。

 三咲町はいま、横島のせいで微妙に死都化しつつあるようである。

「っはっははっ! ブラボーッ!!」





 ところ変わって真面目な話。

 志貴が倒れたアルクェイドを慌ててベッドに寝かせると、そうたたずにアルクェイドは目を覚ました。

「それで、体の方は大丈夫なのか?」

「考えてみたら、昨日はネロから逃げるためにちょっと無理しちゃったみたいね」

「そっか。……おかげでこっちは助かった」

 思い出すのは、無数の獣たちに囲まれたこと。

「今更だけど、ありがとう……な」

 気持ちが沈む。

 昨日死にかけたところをアルクェイドに救ってもらっておきながら、自分だけでどうにかしようなどおこがましい事だった。

「昨日みたいに見張ってるから、寝てたらどうだ?」

 せめてもの恩返しとして、そんなことを提案するが、

「んー、やめとくわ。起きてても回復量は変わらないから」

「でも、おまえ辛そうじゃないか」

「だって……、せっかく志貴が起きてるんだもの。眠るのがもったいなくて」

 そうして、アルクェイドはとても嬉しそうに、

「何か話そうよ、志貴」





 それは単なる世間話。

 でも、それはとても幸せな時間。

 楽しい事。

 嬉しい事。

 最近の話題や、学校の話。

 小さいころの失敗談や、友人の恋愛話。

 それは時間を忘れて、一時の安息を??。





 ところ変わって商店街を爆走中の物体。

「ははははは、はぁあああああっ! この世の理はすなわち速さ! 物事を早く成し遂げればその分時間が有効に使える。
 遅いことなら誰でも出来る。二千年かかれば馬鹿でも傑作小説が書ける。
 有能なのは月刊漫画家より週刊漫画家、週刊より日刊! つまり速さこそ有能なのが文化の基本法則ぅううううううう!!」

 なにやら妙な霊を降霊させているようだ。





 話題はいつしか志貴の眼についてとなっていた。

「ねえ、志貴は直死の魔眼を持っているのに、何で生きていられるの?」

「は?」

 それは、こんな危ない目を持ってる奴は生きてちゃいけねーんだよ! とでも言いたいのだろうか。

「生物って基本的に生存本能を持ってるから、本能に従って死を遠ざけようとするの。なのに志貴の眼は死と真正面から向き合ってしまう

。人間は??いえ、たとえ吸血鬼だとしても、どんなに強くて穏やかな心を持っていたとしても、いずれ壊れてしまうわ」

 かつてケルトの大神のみが持っていたという直死の魔眼は、人間はおろか、神ですら持ちえることが困難という最悪の魔眼なのだ。

「志貴はどうして平気なの?」

「…………」

 いまにも大地が崩れ、空が落ちてきそうな光景。世界が今すぐにでも壊れてしまいそうだということを理解してしまう眼。アレは狂わな

ければ正気を保つことなど出来ない。

「全然平気じゃなかった」

 大切なメガネを押さえる。

「助けてくれた人がいたんだ」





 思い出すのは見渡す限りの草原。

 何にでも見えてしまう死に、何より人に見えてしまう死が恐ろしく、病院から逃げ出した先に、その草原はあった。

 そこで、その人は当たり前のように僕の隣に座った。

 その人は友達のように僕と話してくれた。

 その人はいろいろなことを僕に教えてくれた。

 何より、僕はその人と一緒にいると楽しかった。

 いつしか『先生』と呼び慕ったその人に、眼のことを明かしたのも、出会ってそうたたないうちだった。

 みんな、そんなもの見えない、おかしいと言っていたけれど、先生は信じてくれると思ったからだ。

 だから自慢げに樹を切り倒して見せた。

 そんな僕を、先生は叩き、叱った。

 初めてそれがいけない事だって知った。

 先生は僕を信じ、それでいて僕を普通の少年として扱ってくれた。

 そして、先生と会った最後の日。このメガネを貰った。

 僕はメガネをかけた、ラクガキの見えない平穏な世界に喜んだ。

 先生の言ったことの多くは、まだ幼かった僕には分からないことだったが、それでもほとんどを覚えている。

 それが大切なことだということだけは分かっていたからだ。

 自分でよく考えて力を行使し、正しくあれ、と。





「志貴、どうしたの。さっきから黙っちゃって」

 いけないって事を素直に受け止められて、ごめんなさいと言える。

「志貴?」

 何故、先生の言葉を忘れていたのか。

 俺は……、

「君に、ごめんって言わなくちゃいけない」

 いけない事をした。

「ごめん……。ごめんな、アルクェイド。遠野志貴は君を殺した。俺は何よりその事を一番最初に謝らなければならなかったのに……」

 志貴の懺悔を聞いたアルクェイドは、ただ一言。

「ありがとね」

 とびきりの笑顔でそんなことを言った。

「初めて名前で呼んでくれたでしょ」

「えっと……」

 返答に困る志貴を置いて、アルクェイドは続ける。

「あなたは本当に不思議な人ね。凄腕の殺人鬼のくせに、殺した相手に謝ったりするんだもの」

 もはや違うと突っ込む気力すらない。

「でも大丈夫よ、志貴。3人で戦えば必ず勝てるわ」

 …………。

「3人? 戦う?」

「ネロよ。私の体はまだ完璧じゃないけど、志貴と横島がいれば勝てるわ」

「横島って……、あの人は死んだんじゃないのか?」

 テレビの報道では全員行方不明のようだったから、てっきり死んでいるものと思っていた。

「横島も人間じゃないからね。あれくらいじゃ死んでないはずよ」

「へえ、そうなのか」

 なにやらデマというか、スレスレの話だが、否定する人間がいないので仕方ない。

「でも、どうやって合流するんだ?」

 そして横島と同じ問題にぶつかった。

「…………あ」

「おい」

「だ、大丈夫よ。大きな力のぶつかり合いがあれば、こっちに気付くはずだから、ネロと戦えばすぐに来るわよ」

 なにやら本末転倒だが、特に方針が思い浮かばなかったので、志貴はため息をつきながらも流すことにした。





 日が沈み、家屋と街灯の明かりが照らす道端で、横島は一人、ぽつんとたたずんでいた。

「ここ……、どこ?」

 横島の呟きは夜の帳へと消え行く。





 作戦は酷く単純なもの。

 アルクェイドが囮となってネロをおびき出し、志貴が背後から奇襲をかける。

 直死の魔眼ならば一撃で抹殺することが出来ることと、横島が来ない可能性も考えて、この作戦が選ばれた。

 舞台は志貴が始めてアルクェイドと会った場所。三咲自然公園。

 辺りに木々が立ち上り、程よく見通しの悪いベンチにアルクェイドは座っている。

 志貴は近くの茂みに隠れ、ただ待つ。

 気配を消すとか、そういうスキルは持ち合わせていないが、ただの人間の気配を放っていて、霊力とかも多いわけじゃないらしいので、

 見つかっても雑魚扱いで警戒されることはないだろうというのがアルクェイド談。

 俺は弱いと信じてるからな、と妙なことを考えながら、待つ。

 アパートや住宅地に囲まれたこの公園は、夜はまったく人がいない。だからこの場所を選んだのだが。

 そして、誰もいなかった夜の公園を、静かに歩いてくる存在がいた。

 まるで小細工など不要と言わんばかりに、アルクェイドの真正面から歩み寄ってくる存在は、黒いコートの男。ネロ・カオス。

「待たせたな。真祖の姫君」

「ずいぶんと待たされたわ。ネロ・カオス」

 アルクェイドは力が弱まっているというのに、どこまでも強気に挑発してみせる。

 しかしネロ・カオスは欠片も情動せず、感想を述べる。

「流石は真祖の処刑人とでも言っておこう」

 志貴は少し移動し、ちょうどネロの真後ろへと回る。

 ネロ・カオスの武装は、体から出る使い魔。

「だが、死徒二十七祖を甘く見すぎているな」

 奴はアルクェイドしか見ていない。

「二十七? 貴方達は『蛇』を同胞とは認めてないの?」

 使い魔を出していない。

「無論」

 今がチャンス。

「ヤツは吸血種である意味を持たない吸血種だ。もっとも他の死徒よりはアレを深く理解して??」

 殺る!

 ナイフの扱いなど知らない。だから志貴は腰溜めに構えて、ヤクザの鉄砲玉のごとく突っ込んだ。

 ネロ・カオスは確かに志貴を見ていなかった。だが反応した。

 昨日散々見た黒い獣が、ネロ・カオスの背中から飛び出した。

「なっ!」

 驚きは一瞬。もとより相手は人知を超えた化け物。何が起こっても不思議ではない。

 とっさだったので線をなぞることは出来なかったが、頭蓋を切り裂くことに成功する。

「ふむ、背後で何か起きたようだ」

「くっ……」

 作戦は失敗した。

 黒い獣の迎撃は出来たのだが、まだまだネロへは遠い。もはや攻撃を当てる隙はない。

 さらに……

「!?」

 獣が泥のように溶けると、志貴の体に巻きつき、固まった。

 状況は絶望的だ。

「残念だったな。私に奇襲は通用しない」

 ネロは余裕の表れか、解説してくれる。

「私の領域へと入ったものは、私が気付かなくとも、私達のいずれかが発見し、これを迎撃する」





「……なるほどね。それが群体の強みということかしら」

 おそらくネロの体と同化している使い魔は数十匹。
 
 それらがもしネロの体で常時展開しているのなら、やつはまさしく文字通り背中に目がある状態となる。

 ならば背後からの奇襲など無意味。

 小細工は効かない。

 正攻法で志貴が使い物になるかは未知数。

 残る方法は何か? どうすれば良いのか?

 簡単だ。

 からめ手が使えないのなら、最大戦力を持って正面から力押しで撃滅せしめればいい。

 すなわち、アルクェイド・ブリュンスタッドの出番である。

「笑止。空想具現化すら使えぬほど衰弱した身で、私を倒そうというのか」

「そんなもの。なくても十分だわ」

「たわけが」

 ネロ・カオスの体から人の倍以上もの体躯を持つ獣が出る。

「思い上がるな」

 人の身を一撃で肉塊に出来うる獣は、アルクェイドを爪で屠ろうと飛び掛った。

 が、逆に一撃で叩き潰される。

「死徒相手に空想具現化する必要なんてないわ。ネロ・カオス」

 たとえ能力が使えなくとも、たとえ衰弱していようとも、この身は真祖。吸血種の頂点たる、史上最強の生物。

 なれば有象無象の敵など、その身一つで十分というもの。

「いくわよ」

 ネロ・カオスの獣が5匹、10匹、20匹と爆発的に増えていくが、アルクェイドは躊躇なく突っ込む。

 ただの素手で、切り裂き、捻り潰し、砕き、瞬く間に獣たちを滅殺する。

 獣よりも鋭く、早く、ただ強い。

 囲まれることはおろか、かすり傷一つ負うことなく獣を吹き飛ばす。

 冗談のように圧倒的で、もはや足止めにすらならない。

 そう、足止めである。

 わずか数瞬でアルクェイドは獣の群れを踏破し、ネロへと接近したのだ。

「ぬうっ!」

 ネロは唸りつつも、迎撃のための獣を生み出す。

 それは顎だけでも2メートルはある巨大なワニ。

 人など容易く一飲みできる顎はしかし、噛み付く前にもぎ取られた。

 もはや生物としての次元が違う。

「終わりよ、ネロ・カオス」

 ネロ・カオスであろうが、その体にいる獣であろうが、反撃する一瞬の暇すら与えず、縦に割った。

 再生する可能性も考慮して、左半身を遠くに投げ飛ばす。





 志貴は唖然としながらその光景を見ていた。

 思い出すのは横島の言葉。

 本当は仲間なんて必要ない。

 これなら俺がいる意味なんて始めからなかったんじゃ……。

 などと思っていた矢先、無傷のはずのアルクェイドが倒れそうになり、辛そうにその身を支える。

 アルクェイドはこの戦いで傷を負っていない。

 だというのにアルクェイドは辛そうにしている。

 志貴は、その理由を誰よりもよく知っていた。

 何故なら、それは志貴がアルクェイドを殺した後遺症と、志貴をかばって傷ついた性なのだから。

 この場にいる意味、いや義務が俺にはある。

 戦闘は終わったものと思い、アルクェイドに声をかけようとしたが、寸前に、ありえないはずの声が届く。

「まさか、な」

 低い男の声。志貴のものでも、ましてやアルクェイドのものでもない。

 ネロ・カオスの声。

「それほどの衰弱をして、なおその戦闘能力か。さすがは真祖達が用意した処刑人」

 半身となっているネロが物理法則を無視して立ち上がる。

「そうなっても生きてるなんてね」

 十七分割されたアルクェイドが言えたことではないが、並みの吸血鬼ならば致命的なダメージとなっているはずなのである。

「だけど、あなたが使役する程度の使い魔では、何匹だろうとわたしは殺せないわ。
 ましてやそんな状態でわたしに勝てるなんて思ってないでしょうね?」

「使い魔?」

 ネロの口調はまるで侮蔑するかのようだった。

「今の貴様では、そのようにしか見えないのか」

 ネロは片目のみでアルクェイドを睥睨する。

「貴様の相手をしたのは、あくまで私自身」

「?」

 まるでなぞなぞのようなネロの言葉に、アルクェイドは理解できず疑問符を浮かべる。

「本来の貴様なら一目で気付いたはずだ。その金色の眼を凝らしてよく見るがいい」

 全く分からないアルクェイドに対し、

「視えるであろう」

 志貴の眼はそれを捉えた。

「我が体内に内包された」

 死の点が1,2,3,4,5、10,20、いや百ではきかない。

「六百六十六素のケモノ達の混沌が」

 線で繋がっていない別個の死の点がたくさんあるということは、その体は沢山の生物で出来ていることになる。

 そして、アルクェイドの近くにあるネロの半身にも点が見えている。

 まだ、死んでいない?

「アルクェイド!」

 志貴の声と、ネロの半身が動き出すのは、ほぼ同時だった。

 志貴の動きを止めた時と同じように、黒い泥と化して襲い掛かるネロに対して、アルクェイドは無力だった。

 斬っても繋がり、押しつぶしても意味はなく、あっという間にアルクェイドは拘束される。

「たとえ貴様が万全であったとしても、それを破壊することは叶わぬ。我が分身のうち、五百もの結束で練り上げた、『創生の土』をな」

「くっ」

「その命、貰い受ける」

 絶体絶命。

 もはや腕一本動かすことすら出来なくなったアルクェイドを見ながら、何も出来ない自分が歯がゆい。

 だが、ネロは見た。自分の体に当たるものを

 『爆』

 次の瞬間、ネロの体は表現ではなく四散した




「どうだ、俺の文珠は!!」

 横島が藪の中から出てくる。横島が到着したのは、志貴が失敗した瞬間だった。

 志貴が拘束されたが動かない。いや、動けなかった。

 話す言葉は聞こえなかったが、気配を消して後ろからこっそりと斬りつけるなんてできないことが分かったから。

 だから、文珠であいつを吹き飛ばす。その手段をとった。

 だが、目の前で行われていく光景は見ものだった。

 黒い物体が集まり、ネロ・カオスを形成していく。

 横島はこんな化け物を一度だけ見た事がある。

 デミアン……そう、妙神山に攻めてきた魔族に似ているのだ。

 無限の再生能力、これほど厄介な物は無い。

 だが、一つだけの疑問点。何故、吹き飛ばしたのにあいつは…。

「なんで、生きているんじゃーーーー!!!」

 横島の叫びはもっとも。

 ネロ・カオスは自分を吹き飛ばした人間を見つける。しばらくの沈黙。

 冷戦状態とでも言うのだろうか。ネロは観察していた。

 死徒でも見たことの無い能力。魔術師と思ったが違う。

「まさか、文珠使い……我が獣を倒すのも道理か」

 ネロが横島へと向き直る。

「だが、甘い。私を滅ぼそうとするならば一気に666の命を一気に滅ぼすつもりでなくてはな」

 横島に向かう無数の獣。

「何故なんジャーーー!!!」

 栄光の手で鹿を切り裂き、文珠で獣を吹き飛ばす。虎をサイキックソーサーで潰すと犬に肩を抉られる。

 決定的な致命傷になるダメージは横島は受けていない。

 だが、それを受けるのも時間の問題だろう。



 アルクェイドは泥に飲み込まれ、横島も苦戦中。

 動けない自分は足手まとい。

「くそっ!」

 志貴は憎憎しげに、自分の足を固めている泥を睨みつけて、見つけた。

 線!?

 こんなわけの分からないモノにさえ見えることに驚き、そして歓喜した。





「貴様ほどの意識体を取り込むには骨が折れそうだが、それも喜悦」

 横島をすでに彼は見ていない。文珠使いという人間よりも真祖を取り込むほうが忙しいのだろう

 分かっていたことだが、全くこちらを意識していないのにオートガードが発動して、黒い獣が2匹生まれ出てくる。

「このまま『私』の一部になってもらうぞ」

 アルクェイドはもはや完全に泥に埋まっていた。ネロの口ぶりからすると、まだ大丈夫のようだから、今のうちに助ければ何とかなる。

 助けられれば、の話だが。

「……人間か。丁度良い」

 このとき初めて、ネロは志貴を見た。

 常人ならば寒気を感じるような視線を、志貴は意地で睨み返す。

「体を裂かれたばかり。養分が足りぬのでな」

 奴にとって、俺はただのエサ。そんなことは分かっている。

 黒い獣が走る。

 こちらを喰らい尽くさんと迫ってくる。

 こっちが圧倒的に弱いなんて分かってる。

「こ??のぉおおお」

 紙一重で、先手を打ち、線にそって首を斬り飛ばす。

 だからって、

「放せよ」

 間近まで迫った死の恐怖に動機が激しくなる。

「おまえの相手は、この……俺だ」

「…………人間が私の相手をすると?」

「……そうだ。だから」

 負けるわけにはいかない!

「だからアルクェイドを放せって言ってるんだ!!」

 ただ一直線に走る。

「私に刃向かうだと? 笑止。腹ごしらえにもならぬ」

 単純に数で数えても、一対六百六十六。お話にならない。

 それでも、志貴はアルクェイドを助けようと、ただひたすら進んだ。

 獣の胴体を両断し、腕を切り裂かれる。

 鳥に体を抉られ、頭から真っ二つにする。

 獣に足を噛みつかれ、首を切り裂く。

 たとえ直死の魔眼という、問答無用の攻撃力があったところで、志貴は弱い。

 足は遅くて、敵の攻撃は当るし、志貴のナイフはとても短い。

 だから、こういうことになる。

「えっ?」

 巨大な鹿の角が、志貴の腹を深々と貫いた。

「契約しよう。貴様は生きたまま少しずつ溶かすように咀嚼すると」

 ネロからの死刑宣告が静かに響き渡り、志貴は無理矢理投げられた。

 アル……クェイド……。

 意識が沈んでいった・






 横島は志貴がやられると同時に獣の包囲網を全て突破していた。

 はっきり言って、状況は問題外。まず、こちらの状況。

 志貴は今、貫かれた。アルクェイドはすでに泥の中。

 自分は全身負傷で、叫びながら転がりたいがそんな事をしたら、間違いなく死んでしまう。

―――冗談じゃねえ!!!

 心の中で叫ぶ。ネロを睨みつけた。

―――俺は…絶対に負けねえ…負けたくない

 目の前に浮かぶのはルシオラと最後に出会った記憶。

「うおおおおおおお!!!」

 計算したわけではない。

 横島の体はすでにマズイ状態にまで達している。

 戦っている最中に開いた傷は血がとめどなく流れ出している。

 足に関してはすでに感覚は無い。だが、動いていることからかろうじて神経が繋がっているんだろう。

 腹部には切り傷。爪で切り裂かれた傷で他の傷に比べればはるかにマシだが、重傷には違いない。

 骨のほうの異常は肋骨に違和感がある。骨に異常をきたしたのだろう。

 だが、まだ戦えた。まだ、失っちゃいない。そう、まだ……何も。

 『治』『療』

 体に当てると次第に楽になってくる。だが、回復に使えるのはここまでだ。

 次第に吸収されていく霊気を感じてしまった。横島には分かった。アルクェイドの霊気が消えていくところを。

「まずは志貴の救出からだ。アルクェイドは当分、大丈夫なはずだ」

 だが、目の前に居る化け物、ネロ・カオスは横島にして手に余った。

「俺だって、成長してるんだぜ!!」

 ルシオラのような悲劇だけは絶対に起こさせない。

「ほう……あれを突破したか」

 ネロは横島を初めて直視した。横島は満身創痍、ネロは余裕。

 小竜姫やワルキューレは何かを間違えていた。

 こいつは神魔でもそう簡単に手に負える化け物じゃない。

 アシュタロスより全部の能力は圧倒的に劣っているが、一つだけアシュタロスすらもはるかに凌駕しているものがあった。

 それは生命力。彼をGSで退治するどころか、抑えるのすら不可能。

 間違いなく殺される。たとえ、パピリオを手玉に取ったという作戦をとっても……

 『合』『体』で一瞬だけの力を上げても……

 時間がたてば殺されてしまう。

「だからって……」

 横島は自ら戦いに赴くことなんてなかった。

 戦いなんてやろうとも思わなかった。




―――でも、それは変わった。



―――もし、自分に力があれば……!

 

―――他人任せにしなければ……!!



―――ルシオラは助けられたかもしれないから……!!!



―――だから、絶対に負けてやれない!!!!



「うおおおおおお!!!」

 無謀な突撃。手には栄光の手。

 だが、それはネロの能力を知る人間から見れば無謀な突撃にしか見えないだろう。

「その考え、愚者のものと知れ」

 何故かネロは避けようとしない。それはそれで好都合だった。

 栄光の手は囮。

 栄光の手をネロの肉体深くへと突き刺す。手に持っていたのは十個もの『浄』の文珠。

「表からダメなら、内からはどうだ!!!」

 手の中で文珠が発動した感触はあった。だが、手にはブヨブヨした感覚だけで彼にはまったく様子が変わらない。

 それどころか…腕がどんどん深くへと引きずり込まれていく。

「まずは前菜といこう。文珠使い、世界に稀たる能力者を取り込むことは混沌に益となれ害にはなるまい」

 ズブズブと埋まっていく腕を引き抜こうとする。

「無駄だ!!
 我が混沌は大陸と同じ。たとえ、貴様の文珠がどれだけの力があろうと大陸一つを消し去る力はあるまい!!」

「畜生!!!」

 残った片腕で浄の文珠を幾つもぶつける。だが、ネロには通じない。効いた様子も無い。

 すでに顔面まで埋め込まれた混沌に横島になす術はなかった。






 その頃、志貴は朦朧もうろうとする頭で、自問自答する。

 殺される。

 腹からは血がこぼれ、腕や足からも出血している。

 血が減っていた上に、落下の衝撃のせいで身動きが取れない。

 そして獣たちがゆっくりと近づいてくるのを感じる。

 獣たちが俺を喰うために近づいてくる。

 殺されていく……。






―――また殺されるというのか?

―――8年前ノヨウニ。

―――殺サレル?

―――コノママ喰ワレテ殺される?

―――コロサレル。






「……は」

 笑いがこぼれる。

「はは……」

「壊れてしまえば楽になれたものを」

 誰かの声が聞こえる。

 可笑しい。

 壊れる?

 可笑しくてたまらない。

「は……は……」

 だって、とっくの昔に壊れているというのに。

 だって、こんなモノしか見えないのに。

 センとテンしかこのセカイにはないのに。






―――殺される。






 顔から体を真っ二つに斬られた獣が宙を舞う。

 続いて、手足、体、顔を断ち切られた獣たちが吹き飛ぶ。






―――殺される。







混沌の中にいた横島は感じていた


―――殺気が高まるのを

―――それには、混沌すら避ける術が無い事を 

―――それは、こちらまで殺しにかかるだろう


横島は脱出するタイミングを図る。タイミングは一瞬だろう

―――それを逃しては

―――殺されるのを待つのみだ








殺される




 そして、すぐに全ての獣を絶命せしめた




きっと間違いなく殺される。





 あまりの早業に血の雨が降る中、志貴はゆっくりと立ち上がった。






他の誰にでもなく、他の何にでもなく。






 歓喜のあまり、体は震え、口元が歪む。






オマエは俺に殺される!!






「ハハハハハハハハハハハッ」

「貴様……」

「……くくっ。俺を殺したいんだったな、化け物」

 ならば、俺達は似たモノ同士。

「……いいだろう」

 蒼くなった瞳で、静かに世界を見つめる。

「さあ、殺し合おう。ネロ・カオス」

 その言葉に偽りなく、襲い掛かる獣たちの攻撃を無造作にすり抜け、撫でるようなナイフ捌きは瞬時に獣を解体する。

 そして最大の焦点は、志貴に『殺された』獣たちは、アルクェイドに殺されたときと違って跡一つ残すことなく消え去るということだ。

 志貴は確かに、ネロと殺し合える存在となっていた。





「いいだろう。貴様を私の障害として認識する」

 生み出すのは数十の獣たち。

 真祖の姫君にせまる破格の扱いである。

 何故なら、目の前の男を止めることが出来ないからだ。

 黒い犬達が何匹迫ろうと、そのナイフが届く範囲に足を踏み入れた瞬間、微塵に解体される。

 巨大な水牛が刺されただけで消えてゆく。

 殺されたことなら何度もある。姫君にも何十匹と殺された。

 だが、コレは違う。

 消されていく。

 姫君ですら滅することが出来なかった私達が、ことごとく消滅していく。

 何故だ。

 何故だ。

 何故だ。

 何故だ!?

 姫君を拘束していた500体を含め、全ての命を収束させる。

 何故。

 何故、私が密度を高めねばならぬ!?

 何故、人間に対して渾身で行かねばならぬ!?

「待っていろ。奴をくびり殺した後、今度こそ貴様を取り込む」

「……そう」

 そう長い時間ではなかったとはいえ、幾分か魔力を吸い取られたアルクェイドは辛そうに言った。

「期待しないで待ってるわ」




 横島はそのタイミングを待っていた。残り僅か五つの文珠

 三十個あった文珠もアルクェイドに四つ使い、渡した分で一つ

 回復に一つ使い、ネロに『爆』で二つ使った

 そして先ほど回復で二つ、吹き飛ばすので一つ。中を掃除しようとして大奮発の十個

 抵抗で三つ使ってしまった

 もう失敗はしない。『防』で防いでいた結界が切れた瞬間に『脱』『出』を発動させた

 次の瞬間、ネロから射出される。そのまま、地面を転がり体勢を立て直そうとしたが…激痛が走った

 あれに食われていたのだ。身動きは出来ないのが当たり前だった





 目の前で行われている戦い

 全力を出したネロと、ブチ切れてる志貴。

 一応仲間としては志貴に加勢するべきなのだろうが、今の志貴に近寄ると何されるか分からない。というか正直殺されかねない。

 それを本能で察知した横島。何故か過度な危険回避能力もGSでついたのだ

 だから、まずは

「……志貴を助けるにしろ、アルクェイドを助けるにしろ……まずは俺からか」

 『癒』で体の…特に足の傷を癒す。そして、なんとか歩ける程度に回復した横島は

 手に『回』『復』の文珠を出してアルクェイドへと近づいていった。

「よお、大丈夫か?」

「横島……今まで、どこに行ってたのよ」

 横島は文珠を発動させつつ、目をそらして答えた。

「……恐るべき戦士達と戦っていたのだヨ」

 ホント、捕まったら色々シャレにならなかったので、実に恐ろしかった。

「ふーん、まあ、いいけど」

 たった一日会ってなかっただけだが、また性格が軽くなっているような気が……、まあ、いいか。

「どうやら、加勢する必要はないみたいね」

 アルクェイドの言葉に、横島は視線を動かすと、そこに恐るべき光景を見た。

 たった一人の人間が、二十七祖を圧倒しているのだ。

「おい、マジか」

 ネロは今まで出してきた獣とはレベルの違う幻想種たち

 ユニコーンやドラゴンを持って志貴を仕留めんとするが

 志貴はそんな伝説上の獣ですら一撃で屠り、すれ違いざまにネロの片腕を切り落としてさえみせた。

 そして、ネロの言うことが、また異常であった。

「何なのだこれは! 何故再生しない!?」

 世界に名を轟かす死徒二十七祖の再生能力を無効化する?

 そんなこと、万能たる文珠を持ってしても、いったい何個使えば可能なのか想像も出来ない。

 だが、志貴を見て、納得した。

 アレならば可能だ。

 一体どんな能力を使っているのかは分からない。

 だが、あれは死神だ。

 ネロ・カオスであろうと、確実に死ぬ。

 ネロもそれを感じたのか、もはや獣を生み出さず、己が体を異形の獣と変えた。

「ぬぅうううああああああああああああっ!!」

 これぞ一にして六百六十六、六百六十六にして一のケモノ。

 これぞネロ・カオスの切り札。

 弱っていたときのとはいえ、真祖であるアルクェイドすら超える速度で、巨体が駆け抜ける。

 二十七祖の全力攻撃に、人間が勝てるはずもない。

 だが、アルクェイドと横島には志貴が勝つと解っていた。

「苦しませてから殺そうとするからそういう目にあうのよ、ネロ」

 理由は簡単。

「志貴は私を一度殺してるんだから」

 二人は高速で接近し、その渾身の一撃を交差させた。





 志貴の肉が抉り取られた腕から、血が噴出す。

 結局、ネロの攻撃は、志貴の腕をかすめるだけであった。

 しかし、志貴のナイフは完璧にネロ・カオスという存在をとらえた。

 たとえ何百という命があろうと、ネロ・カオスという存在そのものを抹殺する。

「まさか、な」

 不死者たる吸血種の中においてなお不死身と称されたネロ・カオスが、崩れる。

「おまえが私の『死』か」

 目の前の人間は、全力を持ってしても勝てぬ相手。

 はたして、敵を侮り、思い上がっていたのは誰だったのか。

 この日、千年を過ごした最古の吸血鬼が、極東の島でその身を消滅させた。








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