『吸血鬼(前編)』










 意識がゆっくりと浮上する。

 目の前がぼやける。そこは夢の中なのか?

 なぜ、そこにいるのか? ここに居るのかが分からない。

―――また、呼ばれたのか?

 城の中のような感触も受ける。

 そこには一人の白いドレスを着た、金髪の女性が立っていた。バルコニーから自分は見下ろしているらしい。

 そこに立つ女性は無表情で月を眺めている

―――アルクェイド・ブリュンスタッド

 横島はそれに目を見開いた。

 彼女は横島に気付いていないらしい。横島は声を上げようとしたが、それは圧倒的な威圧によってかき消された

 圧倒的な存在感だ。下手をすれば、アシュタロスと同等。

 否、アシュタロスよりもアルクェイドの方が厄介。横島の感覚はそう告げていた。

 だけど、見ての感触は無機質。意思なく行動する破壊神。

 横島が抱いたものはそれだった。

『あれを見て、どう思う。横島忠夫?』

 突然、話しかけられて声の方向に視線を向けると一人の老年の男性が立っていた

「どう思うって何がだ?」

『ふむ。アルクェイドと向こうの世界で出会っていると思ったのじゃが』

 男性は顎に手を当てながら、考え込むようにしてつぶやく

 それに横島は身構える。この世界は過去だと思っていた。だけど、この男の言う事が正しければ違う

「……お前、何者だ?」

『それは結構。わしよりも知る事はたくさんある。わしはあの娘らに自分の世界以外の事があると知ってもらいたいだけじゃよ』

 それに横島は呆然とその男を見つめていた。

 月の光が差す。そこには老年の男性が立っている。目が赤い男性。
 
 それは間違いなく、あのネロ・カオスやアルトルージュと同格と分かるほどの威厳を出す相手だった。

「自分の世界以外があること?」

『それでどうだろう。あの娘は外の世界を見ることが出来ているじゃろうか?』

 その真剣な眼差し。それには裏切っては行けない気がする。

 そこにあったのは子を思う、親のような感じなのだろう。

「……最低でも、俺の世界のあいつは知り始めてると思う」

 それに微笑む男性。懐に手を入れると、そこから短剣のようなものを出した。

 宝石で出来た何か。それは一気に光の奔流となって、溢れる。

「あ、あんたは一体!?」

 遠くなる感覚。それに何か声が聞こえるが、それが何かは判別出来なかった。

 どんどん遠くなる声に、無理とは分かりつつも手を伸ばす。

 それは同時に何か柔らかい感触を掴んだような感覚だった。

    


 手の平にある、柔らかさ。それに横島は急激に意識を覚醒させていく。

「ようやく、目が覚めたようね」

 そこに現われるのは修羅、どこかで見たような光景ではある。
 
 動かした手に掴んでいるのは、殆ど手にしたことがない理想郷。
 
 否、それは幻想郷と言ってもいい。
 
 ともかく、『柔らかいなー、俺はついにあの幻想郷を攻略したんやーーー!!!』とは言えない状況であることは間違いない

「それで色々と話があるわけだけど」

 横島の手が何度か動く。どうやら、この柔らかさは夢ではないらしい。
 
 偶然触れた事はあっても、こうして自分の意思で動かした事実は殆どない。

「とりあえず、その手を離してくれるかしら?」

 その手には神通棍が握られている。そして、光は除霊する時以上の光があった。
 
 バチバチとも言っている。間違いなく、過去最大クラスである・。
 
 むしろ、一度逝けと言われている。横島はそれに手を上げて降参の態度を取るが、そんな事で許す彼女であろうか?
 
「ま、待って……美神さ…、今のはただの不可抗力やーーー!!!!!!
 のおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」

 霊気が物質化し電撃が横島を襲う。それは以前までのお仕置きに比べたら冗談に済まされないレベルだった
 
 電撃が病院を物理的に揺らす。爆音、轟音、破砕音。すべてが横島の部屋から聞こえる
 
 そして、数十秒後。
 
 横島は全身から血を流して床で寝ていた。ベッドすら横島への冥土の土産とばかりに壊されている。

 さらには床は陥没し、大穴が空いている。それを下の階の患者が呆然と上を見上げていた。

「何だ、今の音は!?」

 走りこんできた雪之丞とピートが見たもの…それは地獄だったという事だけは記録に残ったのだった。

 オカルトGメンが美神除霊事務所に出した弁償の書類から、その地獄度が分かると言うものだろう。





「ふう、それであなたは横島君をいつも以上にしばいたと…」

 駆けつけた唐巣神父と美神美智恵はため息をついた。

 横島のセクハラ癖は今に限ったことではないのだから、驚くことではない。
 
「だって、ママ。こいつが……」

「それでも、意識が朦朧としているのだから、事故ぐらいあるわ
 令子、それよりもあなた、加減なくなってきてるみたいだけど、そのうちに人を殺すわよ?」

「そうっすよ、美神さん。俺も真面目にびびったんですから。不可抗力やって言ったじゃないですか!!!」

「うるさい。私だって、ちょっと間隔が空いちゃったから、力の加減を間違えちゃっただけよ」

 美神令子が誤魔化し笑いを浮かべながら言うが

「フルパワーが加減の問題かーーーー!!!!!」

 それはピート、雪之丞、唐巣の同時ツッコミで否定された。何処に加減して、あの惨状にできるのだろうか?
 
 そんな疑問を抱きながら、全員が横島に視線を向ける。

 とりあえず、そっちも聞きたい事がある。美智恵も唐巣も同じ気持ちがあった。
 
 当然、美神令子は説教コースではあるのだ。そこは否定のしようがない。
 
「それで横島君…ようやく起きたかしら?」

「ええ、おかげさまでスッキリと目覚める事が出来ました」

 苦笑をしながら、横島は答えると美智恵も口元に苦笑を浮かべる
 
 横島のセクハラ癖は今に始まったことではないが、今回のような大怪我をしてから行うとは思えない。
 
 むしろ、普段の折檻を受けただけでも致命傷になりかねなかったのだ。
 
 本当に偶然だったのだろう。それもセクハラになり、死にかけるとは横島君らしいと思いながら、本題を切り出した
 
「ところで、横島君。ネロはどうしたの?」

 一瞬の間。急激に静かになる。
 
 全員の視線が横島に向かう中で、横島は大きくため息を吐いた

「その前になんですけど」

「どうしたの?」

「俺、どうなってたんですか。最後の部分が無我夢中で覚えてないんですよ」

 それに美智恵は頷くと、昨日の横島の状態を口にした。

 美神たちが三咲中央公園に到着した時、公園は空爆を受けたような状況。
 
 大規模な戦闘跡を見ながら、横島を探すと横島はベンチで寝ていたのだ。

 傷だらけの状態で、ベンチに倒れていた横島を回収して、今に至ると言うわけだ。

「そういうわけなんだけど、思い出したことはあるかしら?」

「ええ、何となくですが」

 横島は頷く。

「まず、結論ですけどネロ・カオスは滅ぼしたと思います」

 美智恵はそれに難しい顔をする。
 
「その証拠はあるかしら?」

「恐らくですけど、公園を調べれば霊気片ぐらいは残っていると思います」

「今、オカルトGメンのスタッフが調査しているから、それならばすぐに上がってくるわね」

 美智恵は頷くと、もう一つ尋ねることがあった。
 
「それにしても、良く滅ぼすことが出来たわ。ネロ・カオスは長い間、退治に失敗してきた化物なのよ
 それこそ、懸賞金はヨーロッパ各国が何百年単位で掛け続けて、とんでもない金額になっている化物なの」

 美智恵の言葉に横島は頷く。
 
 それは情報が少ないGSの本にも書いてあった。
 
 現在賞金は日本円に直すと300億円近い懸賞金がかかっている。正しく退治不可能と言われた化物だったらしい。
 
 それはいつしか忘れ去られ、遠き国の日本ではネロのような大物は滅多に見ることは出来ず、余り知られていない。
 
「そこで聞きたいんだけど、誰と一緒に退治したのかしら。貴方をベンチに寝かしてくれると言う事は誰かと一緒に除霊してたんでしょ?」

「ええ、まあ」

「横島君をおいて撤退したという事は余り知られたくない人物。でも、懸賞金で揉めると困るわ。感謝状も出したいから」

 横島は少し考えると、大きく頷いた。

 確かにその通りだと。だけど、一般人(?)の遠野志貴を巻き込んだと言う負い目はある。
 
 それだけは何とか隠さなければいけない。
 
「俺は……アルクェイド・ブリュンスタッドと一緒にネロ・カオスを退治してたんですよ」

 同時に横島は心の中で志貴に謝罪していた。

―――お前は日常に戻るべきだぜ、志貴。後は俺がやるから。

「あ、アルクェイド・ブリュンスタッドですって!?」

 美智恵が思わず大声を上げ、唐巣が呆然と立ち尽くしていた。西条も何も言えず、呆けるしかない

「アルクェイド。何処かで聞いたことがある名前ね」

 美神令子の言葉に雪之丞が首を傾げる

「俺は聞いたことねえな。ドイツのGSか?」

「雪之丞くん、そんなレベルじゃないわ。アルクェイド・ブリュンスタッドは……決して手を出してはいけない相手なの。
 中世から続く、吸血鬼たちへの執行者よ。言うならば、ただの殺人兵器」

 美智恵の言葉に唐巣が頷く。

「確かに彼女と一緒に戦ったならば、ネロ・カオスを滅ぼせた理由も分かる。何かを隠そうとする理由もね」

 唐巣は大きくため息を吐くと、真剣な表情になった。
 
 隠していること。これは明らかにして欲しいが、彼も既に一流の腕前を持っている。
 
 それを考えれば、一つか二つの隠し事を持つ事は褒められないが、経験としては良いだろう。
 
 唐巣はそう考えると、横島に対して口を開いた。

「分かった、横島君。君にレポートを書いてもらうけど、それは仕方ないね」

「!?」

美智恵がその言葉に唐巣を見たが、気にせずに話を進めていく

「僕たちの仕事は除霊をして終わり。そういう訳には行かない。
 もしかしたら、相談してくれたらセンチュリーホテルの事件も無かった可能性は消せないんだ。
 ネロ・カオス。確かに強敵だった。防げなかったかもしれない。それは分かってほしい。
 そして、同時にその経験を残す必要があるんだ。僕らはギルドとして、後世に伝えなければいけないのだから。
 だから、君はできる限り細かく、正確に書いてくれないかい?」

 唐巣は言うと美智恵に視線を向ける。それに美智恵は呆然としていたが、苦笑して何も言わなかった。

 清貧で、人柄的と言う事で現場代表としてGSギルドに入った幹部ではあった。
 
 横島は唐巣の言葉にゆっくりと頷いた。それは横島に取っても望むべきことだったのだから。

 ちなみに唐巣の言葉を換えるとこうなる

「君はできる限り(君の判断で)細かく(注意しながら)、正確に書いてくれたほうが良いと思う」

 そういうように伝えてくれたのだ。
 
 つまりは君の上げた報告をギルドの最終報告にすると明言してくれていることに等しい。
 
 組織としてはどうかとは思われるが、当事者が一人しか居ない以上、横島の報告がとりあえずの是となる。

「分かりました」

 横島の言葉に唐巣は頷くと美智恵を促して、病室の外に出て行った。
 
 その様子に雪之丞と美神令子は大きく息をついた。
 
「まったく、私も人の事言えないけど暴走は人に迷惑かけるのよ?」

「それにしても危うかったな。お前をベンチで見たときは死んでると思ったぜ」

 全て終わったような会話をする2人。その様子を見て、首を傾げたが首を横に振った

「ん、どうしたのよ。横島君?」

 美神令子の言葉に横島はため息をつくと、

「まだ、戦いは終わってないんだ」

 横島の言葉に二人の視線が横島に集まった。

「……ネロは倒したんだろ。他に何がいるって言うんだ。お前の予定は終わったんだろ?」

「ネロに関してはそうかも知れないけど……」

「てめえ…まだ隠してやがるな!?」

 雪之丞は横島を問いただすような口調で、横島をにらみつけた。

 だが、横島はそれを言うはずもない。
 
 それを話すという事は、彼らを巻き込むと同時に危険も伴わせるという事だ。
 
「俺には友人を助けるほどの実力が無いってのか!?」

 横島は俯く。雪之丞の気持ちも良く分かるのだ。
 
 だけど言える事と言えない事がある。それをグッと我慢して、何も言わずに黙っていた。
 
「横島、お前……!!」

「待ちなさい」

 今まで、美神令子が黙ってみていたが問い詰めるのを止めさせた。
 
 それに雪之丞が彼女を見つめる。カバンの中から彼女は書類の束を出すと雪之丞に渡した。

「今、この町で連続殺人事件が起こっているって知ってる?」

「それがなんだってんだ?」

 雪之丞は返すが、令子はさらに続ける

「ったく、あんたもGSならば情報の大切さを知っておきなさい!!
 この事件はね、ネロがこの町から来る前から起きていたことよ。横島君、貴方はこれを調べていたんじゃないのかしら?」

 違う、それは違うのだが……だけど、結果的にそれを解決することになってしまったことは事実
 
 その事件の内容が残ってしまっている。
 
 横島は苦笑を漏らすと

「なんで、分かったんですか。美神さん」

 横島が苦笑しながら尋ねる

「こんなもん、調査専門の連中に任せればパッと調べてくれたわよ。行方不明事件も多発しているみたいだけどね」

 横島は観念した。ため息をつきつつ、伊達雪之丞と美神令子を交互に見つめる。

「そうです。二十七祖クラスは日本に今のところ3体、ネロを倒したから残り2体来てます。
 その内の1体がここに存在してるんです」

「……っ!!」

 息を呑む様子が分かる。それはそうだ。恐ろしいと感じるのが当たり前なのだから。
 
 ネロと戦って分かった。退治不可能と呼ばれている連中は既に別世界の存在なのだ。
 
 GSが相手した魔族と同等。下手したらそれ以上の存在。
 
 ネロ・カオスは間違いなく上級神魔ですら、勝ち目が低い程の敵だった。
 
 横島や志貴、弱ったアルクェイドが戦い勝てたのは、大番狂わせが起きたのと相性が良かったとしか考えられない。
 
 そんな連中が残り2体。恐怖をもって当然だった。が、それを右斜め上に行くのが雪之丞クオリティ。

「殴りがいのありそうな奴はまだいるのか!!」

「そっちで息を呑んだのかよ!!」

 雪之丞の言葉に横島は突っ込んだ。

 それもそうだ。心底楽しそうに、宣言していたのだから。
 
 戦闘狂。彼のコレは治らないのかもしれない。

「美神さん……」

「分かっているわよ。でも、金になりそうも無いし私はパスね」

 美神令子はため息をつきながら、呟いた。
 
 確かにその通りだ。懸賞金がもしかすれば、あるのかもしれないが、お金と天秤に図るだけの価値がないものなのだろう。

「でも、気をつけなさいよ。横島君、体の傷…
 文珠で直したんでしょうけど深い切り傷とか、擦り傷までは完全には直って無いんだからね」

 美神令子は言うと手を振って出て行った。
 
 その気遣いに感謝すると、ドアから出て行った美神を見送ったあと、雪之丞は横島を見る

「で、横島。お前はどうするんだ?」

「続きをやるに決まってるだろ」






 三咲中央公園は騒ぎの真っ只中にあった。

 公共場所が破壊されて、警察とオカルトGメンの同時現場調査が行われていた。

「隕石でも落ちたんだと思うんですが……」

「そうかもしれないね。だけど、そうじゃないんだ」

 西条が三咲中央警察署の警部に口を開いた。鑑識と霊視担当の捜査員が調べる中、西条はため息をついていた。

 普通、霊障はここまで大きな物は滅多にない。これがオカルトの類とは思えない人間も多いだろう。
 
 それもそのはず。

「では、作業機械か何かですか?」

「それも違う。これは立派な心霊現象僕らの管轄だよ」

 幾つものクレーターを心霊調査班が霊視して、その後に次々と土木作業員がクレーターを埋めていく。

 それを見ている一人の少年。

『お疲れ様、志貴。ありがとね、助かっちゃった』

 志貴が意識を失う前の言葉。

 パトカーのサイレンが近づいてくる中、意識を失い、目を覚ましたのは自宅だった。

「そうだよな。吸血鬼退治が終わったんだからアルクェイドも横島さんもこの町にいる理由が無いか」

 志貴が歩いていく中、それを人ごみの中から横島は見送った。

「なあ、横島」

「どうしたんだ?」

「ここに来る理由はあったのか?」

 それに関して、横島は少し考えるが

「まったく無い。あえて言うならば、女子高生を見て目の保養って所だ」

「そうか……で、本当のところはどうなんだ?」

「ちっ、ちょっとくらい乗ってきても良いのにな。まあ、良いか。
 俺が寄った理由としては、ネロの残滓が残ってないかの確認くらいさ」

「だけど、お前……確か倒したとか言ってなかったか?」

横島は雪之丞の言葉にギクリと肩を動かした。だが、すぐに苦笑でごまかすと周りを見渡す

「ネロ・カオスは666の命を持ってるからな。万が一も注意しないとな」

「まあ、良い。で、これからどうする?」

「とりあえず、事件があった場所を霊視するのが先決かな?」

「了解だ。行くか、横島」

 雪之丞の言葉に横島は頷いた。そして、一度志貴が歩いていった方向を振り返る

「おい、横島!」

「待てって、ちょっと考え事があったんだよ」

 横島は言うと歩き出した。雪之丞が横島に何かを言うが、横島は聞き流す程度だ

――――もう、終わったんだ

――――あとは俺達に任せておけよな

 歩いていく後ろ姿を横島は見送りながら、聞こえない程の言葉で声をかける。

 遠野志貴は日常に戻る。それだけの事をやったのだ。
 
 だから、後は俺たちに任せておけと。

「で、考え事ってなんだったんだ」

 幾つかの殺人現場を回った後、雪之丞は口を開いた

「ああ、死徒って奴は元々は人間だったんだよなって考えてたんだ」

「……確かに、言われてみればそうだな」

 雪之丞が頷く。横島も歩きながら話を続けた

「だけど、ピートの親父は本物の吸血鬼だ。死徒なんかじゃないと思う」

「ピートもそれは認めてる。それがどうした?」

「じゃあ、死徒と吸血鬼の定義って何だ?」

 その、最もな疑問に雪之丞は黙り込んでしまった。

 死徒と吸血鬼は違う。吸血鬼は天然物、死徒は養殖物なのだろうか?

 この時、親たる真祖と同意語にピートの父親になるのだろうか?

 恐らく違うだろう。もし、真祖=ピートの父親だったら、間違いなく教会に殲滅されてしまう。
 
 唯一の知り合いのシエルと言う女性が特別なのかもしれない。だけど、彼女の実力からすればヴラドー島全部を相手にしても勝つ事は出来る。

 そう考えるとヴラドー島は何かを知ってる可能性はあるのかもしれないが、それはピートに聞くのが一番なのかもしれない。

「まあ、そんな事を置いたとしても、はっきり言って俺達は相手……死徒を知らない」

「そして、相手にはGSと言う職業が知られている可能性が高いというわけか」

 それに対して、なるほどと雪之丞が納得する

「まあ、そういうわけだ。だから、真面目に場所を探して見つけて、相手のテリトリーで戦った挙句、俺達がお陀仏と言う事態は避けたいんだよ」

「つまり、相手の領域で戦わずに遭遇戦で決着をつけたいわけだな」

「そういうことだ」

「だけど、そりゃ難しくねえか」

 雪之丞の言葉に横島は頷いた。遭遇する可能性なんて何万分の一だろう。

 同時に問題点とすれば、ネロ・カオスのように状況が同じ遭遇戦でも拙い状況になってしまう場合もある。
 
 それは相手のテリトリーが、遭遇戦時の場所に合致してしまう事。

 あの時は完全にホテルという密閉された空間……相手のテリトリーでの戦いで大敗を喫したのだ。

 偶然とはいえ、あのような状況は二度と陥りたくなかった。
 
 だけど、情報がない以上は足で稼ぐしかない。完全な遭遇戦なら、まだ良しとするべきなのだ。

「できる限り、こちらの条件で戦わなきゃやばいなんてもんじゃない」

「お前がそこまで言うなら、たいした奴なんだろうな」

 雪之丞は笑みを浮かべる。まだ見ぬ相手に興奮を覚えているのだろう。

 既に夕刻は近づいてきている。あと少しで夜、吸血鬼の活動時間帯だ。
 
 同時に本日の戦いの時刻が近づいてきている

「……まだ居たのですか」

 突然かけられた言葉に雪之丞は身構える。そこには女子高生が一人立っていた
 
 メガネをかけた彼女の姿。その姿を横島は覚えている。
 
「会いたかったす。シエルさーーーーん!!!!」

 超低空飛行。別名、ダイビング。それを見事にかかと落としで地面に叩きつけられる結果となった

「ふざけないでください」

「いえ、ふざけてませんよ。ホントに……でも、白なんて流石は女子高生って感じ……って!!!!」

 スカートの中をあの一瞬で判断した横島の頭を踏み潰すための攻撃
 
 それを横島は地面を滑るように後退する。そして、横島が血を流しながらも立ち上がった

「今のを避けるとは流石と言うべきでしょうね。次に同じことをやれば、容赦なく顔面を踏み潰しますので」

「今の容赦なかったよね!? むしろ、顔面踏み潰すつもりで足を振り下ろしたよね!?」

 横島のツッコミに仕方がないと言う形でため息をつくシエル。

 容赦なく踏みつぶそうとする彼女も彼女だが、それ以上に恐ろしいのは対応する横島。
 
 正しく、対処方法を学んだからだろう。美神令子の特訓(しばき倒し)恐るべしである。
 
 シエルはそれに軽く咳払いで誤魔化すと真剣な表情で横島を見つめた。

「まったく、遠野君も貴方も何故首を突っ込みたがるのですか」

 やれやれと首を振る。それに横島は少しだけ苦笑すると、口を開いた。

「さあね。だけど、やらなきゃいけないことはやらなくちゃ」

 横島の言葉にシエルは目を細める。やらなきゃいけない事をやる。これは当然の話だ。
 
 その対象が死徒と言うのが、彼女としては問題だ。これ以上、首を突っ込んで欲しくはない。
 
 シエルは横島から視線を雪之丞に移す。

「それで、貴方はどうなのですか。伊達雪之丞さん」

「なんで、俺の名を?」

「元メドーサの配下。魔を纏う魔装術を使うものも我々は認めませんので。本来であるなら、ここで滅ぼすべきでしょうが」

 シエルの言葉に雪之丞は驚きと怒りが混じりあうが、その燃え上がりそうな火蓋を横島は押さえつけたのだった

「まあ、俺達は吸血鬼退治をしている。シエルさんも吸血鬼退治をしている。
 敵の敵じゃないわけですけど、共通の敵を持っているんですから……。少し落ち着けって雪之丞」
 
 雪之丞はイライラしながらも、その言葉に戦闘体制を解く。だが、シエルはさらに鋭い視線で横島を射抜いていた。

「だから、馴れ合おうとでも?」

「馴れ合うんじゃないさ。利用できるところは利用し会えば良いんじゃないか?」

 横島の言葉に唖然とするシエル。同時に雪之丞もため息をついた。

「シエルさんはともかく、雪之丞は何故ため息つくの!?」

 聖堂教会とGSの指導者的立場は同じ人間だ。

 ローマ教皇、彼の存在はGSでも一人の最高責任者ではある。

 だが、GSと聖堂教会が違う点とすれば聖堂教会は教会勢力の私兵という事。

 GSは私兵ではなく、傭兵。
 
 つまり、自由がある。自分の裁量がかなりの部分で優先されていることも事実だ。

「利用ですか……確かにGSにも利用できるところはあるかもしれません。
 ネロ・カオスは上積みされ続けられて数十億円の賞金がついています。
 その賞金を目当てと考えれば滅ぼしたい教会と賞金目当てのGSは手を握ることは出来なくても協力は出来ました。
 しかし、ロアには賞金などついていません。その時点でGSが教会へ協力する利点が失われます」
 
 シエルは言うと、それは横島が苦笑する。
 
 それは先ほどの美神令子に言われた事に近い事なのだ。だけど、お陰で考えを纏める事が出来る。
 
 つまり、横島忠夫としては

「戦う理由は人それぞれだろ? 特に俺たちGSはさ、自分の信念や信条を胸に戦う奴だっている。
 俺は誰かが大切な物を無くしそうな時、手を差し伸べたくて戦ってんだ
 最低でも俺と同じような思いだけはさせたくない。この考えは間違えてるか?」

「横島、お前……」

 まだ吹っ切れてなかったのかと雪之丞は言おうとしたが止めた。

 自分にも経験がある。母親にしがみ付いて力を求めたのだから。

 それが横島は人助けに向いている。何て歪ながら、何て素直な心だろうか?

 雪之丞はその時、助けになれなかった。それに腹が立ってくる。

 GS試験。横島と雪之丞が出会った場所だった。

 それから香港風水盤事件、妙神山での修行、魔神大戦と一緒に戦ってきた戦友であり親友だ。

 だが、助けられたことは会っても助けたことは一度も無い。

 そして、一番居なきゃいけなかったときに自分は居られなかった。

 もしかしたら、あの時にルシオラたちの場所に居ればルシオラは死ななかったかも知れない。

 雪之丞は自分でも過剰な反応だとは思っている。
 
 だが、彼に取って借りは返さなければいけない。その気持ちはずっとある。

「横島さんは分かりました。それで貴方はどうなんですか、雪之丞さん」

「俺か、俺は強い奴と戦いたいだけさ。自己満足かもしれんが、強い奴が弱い奴を迫害する。
 それだけは避けなければいけねえと思う」

 その言葉に横島はバトルジャンキーと呟くが、誰も相手にしない。

「では、その力は暴走しないと考えているんですか?
 我々からすれば、たかが契約でそれだけの力を得られる手段を持つGSは脅威なんです」

「難しいことは理解は出来ないが、だからこそ俺達は表舞台にいるんだろうが」

「……確かにその通りかもしれないですね。
 表に居れば、勝手にマスコミや自称正義感に溺れた人間が何とかしてくれるかもしれません。
 少し例を挙げましょうか?
 例えば、吸血鬼。
 吸血鬼は不老不死だとか、十字架が怖いとか、太陽に弱い、血を吸われたら同類になるとか言う話です
 吸血鬼だけとは限りませんが、何故この世界は妖怪だらけになっていないのでしょうか?」

「それは……」

「天敵が居るからだ」

 横島は言いたい事が分かってきたが、それを無視して雪之丞が代わりに答える。
 
 その言葉にシエルは頷いた。その言葉を待ってきたのだ。

「そう、力を持つものは敵にもなりえるのですよ。吸血鬼や妖怪にとっての我々
 亡霊にとってのGSのように。何かしら、排除する手段を持つことが抑止力として働いています」

「……てめえ、何が言いたい?」

 雪之丞の言葉に冷静さが失われてくる。横島はそれに唇を噛み締めた。

 完全に相手のペースにはまっているのだ。

「言っているじゃないですか。私達はGSという物を危険だと思っているんです。
 妖怪を保護する。悪霊のみを祓って、その他は祓わない。その甘い考えが、魔神大戦を混迷化させたと何故分からないんですか?」

「……シエルさん。俺達からしても同じだよ。力を持つのは誰だって化物になる可能性がある。
 それを振るうのは、力を持った人間が悪いんじゃなく、力を使った人間が悪いんだ。
 それは妖怪でも悪霊でも、神族でも、魔族でも同じだと思う」

「だから、GSは妖怪を見逃すと?」

シエルの言葉が険しくなってくる

「まさか、人を襲った妖怪で理由がちゃんとあれば別だけど、そうじゃなきゃ俺達も戦うさ。
 だけど、中には良い妖怪だっているし、綺麗な姉ちゃんだっている。
  人間の悪が相手の正義だとしたら、もしかしたら、相手の悪が俺達の正義かもしれない。
  一定の方向からしか見ないなんて、そっちのほうが問題だと思うぞ」

「なるほど、やはり分かり合えないわけですね。聖堂教会は魔を滅する組織、GSは魔を封じる組織
 その違いが良くわかりました」

 シエルの言葉に横島はため息をついた

「分かり合えないですか。やっぱり」

 横島もやれやれと首を振った
 
 GSと聖堂教会、分かり合えそうなものだが守るものと狩るものでは分かり合えるはずも無い

「……でも、ロアは倒すというのでしょう?」

「ああ、あいつはやりすぎた。日本はGSが中心だって、死徒にも教え込ませんとならんからな」

「なるほど、それで死徒が入り込まないようにするのが貴方の狙いですか」

 シエルはなるほどと頷く。

 確かに極東の島国まで手を届かせるのは難しい。欧州のゴーストハントもGSがやっているのが現状。
 
 それを考えれば、GSが独自に動いてくれるのはありがたいといえばありがたかった。

「まあ、最初はタタリの野郎をぶっ叩けば終わると思ったんだけどな」

「タタリ……まさか、ワラキアの夜ですか!?」

 シエルが言葉を荒げた。人骨温泉の事件は聖堂教会に勤め、埋葬機関のシエルも知らなかったことらしい。

「ああ、アシュタロスに化けてた奴。あれも死徒だったのか」

 雪之丞は勝手に判断して頷いた。それが正しいので横島も何も言わない

「しかし、あれが具現化するときは何かの前触れがあるはずです。噂などは流れていなかったのですか?」

「流れてなかったと思うぞ。
 そんな不自然な噂が流れていたら、山神になったワンダーホーゲル部が教えてくれるよ」

 横島がやれやれと首を振る。

「確かにヨーロッパと違い、日本の山村などには未だに山の神と呼ばれるものなどが住み着いています。
 ワラキアとは言え、あれは不自然な現象。それを、無視して具現化することは困難ですね」

「それに、あそこには死津喪比女を封印してた結界があるしな」

 横島は言うと少し横島は考え込んだ。

 何故、あそこに現れたのか? それが分からなければ対処の仕様がない。
 
 3人が一緒になって考えていたが、一番最初に正気に戻ったのはシエルだった。

 彼女は慌てて誤魔化すように、咳払いをする

「ともかく、私は貴方達と馴れ合うつもりはありません。
 もし、探して貴女方が退治するならば、私よりも早く確実に始末することですね」

 そう言うとシエルは横島の脇を通り過ぎて行く。

 シエルが通り過ぎるとほぼ同時に、雪之丞の携帯電話が鳴り響いた。
 
 雪之丞は携帯電話を取り出すと、名前を確認する。

「あん、西条の旦那からだ…」

 横島が、西条という言葉に反応する。
 
 どうも、すでに癖になっているようだ。雪之丞はそんな横島の姿を見て、ため息をついてから電話に出ていた。
 
 そして、電話に耳を

「ああ、分かった……何だと? そうか……分かった。俺と横島も直ぐにそっちに向かう。
 なんで俺達に……ああ、美神か……分かった」

 電話の言葉に雪之丞は頷くと電話を切った。

「どんな内容だった?」

「連絡だ。どうやら、新しい殺人事件が出たらしいな。今までと同じ、吸血鬼の仕業だそうだ」

「……くそっ!!」

 横島がギリッと唇を噛み締めた。

 まるで、ネロが居なくなった瞬間を狙ったような犯行。馬鹿にされているようで仕方ない。
 
 それとも、何か意味があるのかもしれないが。このタイミングだとしたら、随分間が悪い。

「それで、俺達や美神令子の力を借りて敵の場所を特定したいらしい」

「分かった。とりあえず、行って見てみるしか無いか」

 横島は西条からの提案に頷く。その言葉で分かってしまったのだ。

 恐らく、この町の異常さを分かった人間。

 それは横島以外では普通の事件も霊視捜査をしたことがある西条。

 幾多の敵と戦った美神令子レベルでないと気付かないほどの違和感。
  
 それだけ気付かれにくい行動をしていると言われればそうなのかもしれない。

 しかし、何たる無様というべきだろう。

 GSギルドにして優秀なGSのみ再び免許交付されたが、その為にGSが少なくなったことも事実。

 それと同時に余りのレベルの低さに唐巣神父や美神美智恵などの時代から比べると粒も小さくなった。

 だからこそ、雪之丞や横島が新人代表となっている。

 美神令子や小笠原エミなども若手の代表選手だが、

 今回のGS試験では六道冥子や横島、雪之丞などを含 めて若手はベテランに比べて合格率は半分以下。

 しかも、合格した中でベテランはすでにピークを越えている人間も多かったのは事実。

 それは昔からなので、メドーサはGS試験に目を付けただろう。
 
 しかし、今回はそれが多すぎた。

「全体的にGSの力量が落ちていると思うか? 雪之丞」

「ああ、思うぜ。三咲にもGSは数人居ることは確認済みなんだがな。
 この町の魔力が混じった空気に気がつかないのがおかしいんだ。吸血鬼の野郎もやりやすかっただろうよ」

 雪之丞の言葉は冷静で、同業者からすれば冷酷な見方だ。

 確かに隠蔽はされているから、すぐに気付かないのは仕方がない。

 ただ、何度も事件が続いて、この事件を気がつかないGSも拙いんじゃないかと思う。

 そうでないなら、もっと大問題なのだが。

「しかし、野次馬が多いな。こいつ等も怖いもの見たさで集まってきたのか?」

「だろうな。それにオカルトGメンも動き出したことが公にされたあら、興味があるんだろうよ」

 現在、路地裏で起きた事件なので、路地裏自体を警察が封鎖している。
 
 そこにオカルトGメンやらGSが霊視した結果になるのだが……結局のところ、霊気の残滓が見つからなかった

 横島はそれにため息をつく。ふと顔を上げると、その時見てしまい、目を丸くして驚いた。

 何故なら、その野次馬の中には遠野志貴の姿があったのだから。








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