『吸血鬼(後編)』













 横島は一人、人ごみから離れていた。

 そこについてくる一人の青年がいる。メガネをかけた青年は横島を追いかけてきているのだ。
 
 同行していた雪之丞は居ない。
 
 野暮用を済ませてくる。それに雪之丞は反応したが、それ以上は何も聞かなかった。
 
『俺はここで待ってる。とっとと行って、戻って来い』

 雪之丞の言葉に送り出されて、後ろの青年を連れてきた。
 
 横島はため息をつくと、振り返る。人通りは殆どない。
 
 大通りだが、野次馬に多くの人が集まっているためだろう。
 
 横島は声をかけない。声をかければ、それは彼を巻き込んでしまう事になるからだ。
 
 横島はかける言葉を考えていると、横島が口を開く前に遠野志貴が口を開いた。

「なあ、横島さん。聞きたいことがあるんだ」

 その言葉に横島は振り返る。その目は真剣そのものだった。

「聞くんじゃねえぞ、志貴。それを聞いたら、お前は戻れなくなる」

「いや…気になるんだ。ネロが死んだのに町での猟奇殺人事件が止まらない」

 やはり、そう来たかと横島はため息をつく。
 
 彼はぼんやりしているようで鋭い。自分には無いほどの鋭さを持つ少年。
 
 それは凄腕の殺人鬼と一般人のギャップのように感じられた。

「あの事件は横島さんやアルクェイドが追っている吸血鬼が起こしている物だって言ってた。
 だけど、それじゃおかしくないか?」
 
 横島はもう一度ため息をつく。
 
 そして諦めたように顔を向けた。

 最後に尋ねるように見つめる。
 
―――聞いたら後戻りは出来ないぞ……と。

 それに志貴が真剣な表情で返すと、横島は口を開いた。
 
「志貴、お前何か勘違いしているな」

 その言葉は彼にとって、思いもよらなかった事なのだろう。
 
 志貴は思わず問い返した。

「えっ、勘違い……ですか?」

「悪いけどアルクェイドが追っていた吸血鬼とネロ・カオスは違うぞ?」

 横島の言葉に志貴が戸惑う。
 
 混乱をしているのも分かるが、そのまま横島は言葉を続けた。

「まあ、俺とアルクェイドの追っている吸血鬼も違うんだが」

「ちょっと待ってくれ。吸血鬼はそんなに次から次へとやってくるものなのか!?」

 その質問に横島は首を横に振った。

「純粋な真祖はアルクェイドを始めとして、数は圧倒的に少ないと思うぞ。
 吸血鬼ならブラドー島に大量繁殖しているが、あれはある意味違うと思うしな」

 横島は「話が脱線しちまった」と言って話を戻す。

「元々、この町には一体の吸血鬼が住み着いて、事件を起こしているんだ。
 アルクェイドはこいつを追っている。俺はそれに偶然に巻き込まれちまったけどな。質問は終わりか?」

「じゃあ、ネロとその吸血鬼は関係ないのか?」

 志貴の言葉に横島は頷いた。

「当たり前だろ。ネロなんかに襲われたら、残って体の一部だ」

 その言葉に志貴は唇を噛み締める。
 
 横島は苦笑すると、志貴の肩をポンと叩いた。

「だから、ネロは犯人じゃないわけだ。まあ、ネロを倒せたのはお前の一人手柄だけどな。
 そうだ、報奨金が滅茶苦茶ついているんだが、振込先はどうする? とりあえずはバイト料として落とすわ。
 だけど、功績については公表しないで置こうと思う。魔眼なんか知れたら、うるさい連中が絡んでくる。それは嫌だろ?」

「それについては構わないけど……」

 横島はそこで話を打ち切った。

 本当にこれ以上関わらせるわけにはいかない。そう感じたのだ。

「後は俺達に任せとけって。ここからは志貴にはまったく関係ないからな」

「関係がない? ……ないってなんだよ!!」

「お前は一般人、俺達はプロ。一般人をこれ以上巻き込むわけには行かないんだ。
 今回の相手は正直日本の警察組織、国連のオカルトGメン、GSまで誤魔化してた相手だ。真面目にヤバイ。
 ネロの件は完全に巻き込んでいたけど、後は俺達、GSに任せとけって」

 振り返る横島は笑みを浮かべていた。
 
 もう、全ては終わっているとばかりに。良い笑顔で志貴を元の生活に戻そうとしてくれている。
 
 これが最後の引き際。それは志貴も分かった。悔しいが分かっていた。

「そうだ、じゃあ……アルクェイドはどこに居るか知らないか?」

「アルクェイドか。出来れば関わって欲しくないけど、責任感じていると思うから、そっちはしゃあないか。
 とは言っても、まったく連絡無いからな。情報なくて悪いけど……どっちかと言うとあいつは猫だからな」

「猫?」

 志貴が繰り返した言葉に横島は苦笑する。

「心配させたく無いって、単独行動をとりながら実際は心配させている奴?
 しかも心配させながら、何故かケロッとした顔で居るんだよ。
 俺の近くにもタマモが居るから分かるんだけど、そんなタイプだぜ」

 横島は言うと苦笑する。横島はふと携帯を見ると、弄り始めた。

 雪之丞から携帯メールが届いていたのだ。
 
 『次の場所に移動する。とっとと戻って来い』
 
 そんな携帯メールを見ると横島は苦笑した。

「じゃあ、俺は行くぞ。こっちも仕事あるからな」

「横島さ……」

「もう、元の生活に戻ったほうが良い。これからの一線はもう後戻りできない一線だ」

 その時の横島の顔は余りにも真剣だった。
 
 それに志貴が言葉に詰まる。それに横島は苦笑すると手を振って歩いて行った。





 もう、関わらなくて良い。志貴はその言葉に怒りすら覚えたのだ。

 確かに横島は自分のことを心配してくれて、アルクェイドもその為に会わないのだろう。

 だけど、それは余りにも酷ではないか。

 アルクェイドを殺した。これが今の事態になっていることは間違いは無いと思う。
 
 決して覚悟がなく、こうして立っているわけじゃない。
 
 思いと覚悟を持っているつもりだった。今はアルクェイドを守りたいと思っていたのだから。
 
 だけど、横島の真剣な瞳で立ち竦みをしてしまった。そこにあったのは覚悟。
 
 全て背負い込む覚悟だ。何処か遠くに、彼は酷い運命を見てしまったのだろう。
 
 志貴はそれが分かってしまった。何故か分かってしまったのだ。
 
 だからだろう。何も言えなかったのは。

 志貴は地面に対して穴が空くほど、自分の無力さを恨む。その無力さに。

「まったく、君も横島君も見ていられないな」

 その言葉に振り返ると長髪の男性が立っている。
 
 困った表情で長髪の男性は横島の歩いて行った後を見ていた。

「横島君は君を守っているんだよ。あっと、僕の名前は……」

「ICPOの西条捜査官……ですよね?」

 志貴の言葉に西条は笑い始めた。
 
 まさか、知られているとは思わなかったのだろう。彼は微笑むと志貴を優しげな表情で見つめた

「有名になったね。僕も」

「テレビにあれだけ出ていれば当たり前でしょうが」

「そうだね。確かに当たり前だ。だからこそ、君を守りたいんじゃないか?」

西条は志貴を見た

「今回の一件、横島君はGSギルドから勧告だけじゃなく、マスコミからも叩かれるのは間違いないよ。
 民間人すら守れず、一人生き残ったGSという形でね。
 あの化物相手なら仕方ないけど、それは僕たちが足を踏み入れてるから分かる事なんだよ」
 
 その言葉に志貴が首を傾げる。
 
 西条は言葉を続けた。

「君、今回のネロの事件に関わっていただろ?」

「え、なんでそれが……」

「カマをかけただけだよ。それも君が重要な役割、恐らく倒すきっかけになったんだろうね」

 西条の言葉に志貴は睨みつける
 
 目の前の西条は微笑みを崩さなかった。むしろ、好意的になっている
 
 志貴と西条の表情は全くの正反対だった。

「まあ、そうだとすると民間人の協力者が居たとなるね。オカルトGメンに欲しい人材だよ」

「それはどうも」

「でも、僕のように正攻法で交渉するタイプばかりじゃない。君の大切なものを人質にする場合がある」

 志貴は一瞬驚いた表情になる。その様子を西条は微笑んでいた。
 
 悔しげに俯く志貴に西条は言葉をかける。

「君は似てると思うよ。横島君にね。性格というよりも本質的な物が似ているんだろうけど。
 今なら君は、まだ戻れる。今、ここでの話も僕が誰にも言わずに置いておけば良いだけの話しさ。
 だけど、これ以上深みに入ったら戻れないんだ。だから……」

「良く考えろですね」

 志貴の言葉に西条は微笑む
 
「君は横島君よりは出来が良いよ。僕は関わるなとは言わない。だけど、ここからは自分の本当の責任で関わるんだ
 君ならGSでもオカルトGメンでも、大歓迎だ。いざとなれば、僕を頼ってきても良いよ。遠野志貴君」

 と言って、手を振って去っていく西条に志貴は呆然としていた。
 
 それに志貴は驚いた表情をして、西条の後ろ姿を見送っていたのだ。
 
 全てバレていたのだ。志貴は大きくため息をつく。
 
―――そう、ここからは責任が全て付きまとう。

―――そんなことは分かっていたのだ。

―――俺はネロがいなくなれば事件が終わると思っていた。

―――確かにここから先の事件に俺は関係ないのかもしれない

―――だけど……横島さんがあんなふうに頑張っている

―――そして、吸血鬼がこの町にまだいる

―――アルクェイド、お前はまだ……その吸血鬼を追っているんだよな?

「なら、辞められないじゃないか!!」

 志貴はどれくらい考え込んでいたのだろうか?
 
 空の上を見上げる。多分、アルクェイドも同じ空を見上げているだろうから





 横島はそんな事になっていることも知らず、大きなため息をついていた。

「ふう、なんとかなったな」

 横島は背後を確認して志貴が追ってこないことを確認すると、肩を落とす。

「ほんと、俺って最近こんなのばっか」

 そんな言葉をつぶやきながら、雪之丞と合流する。
 
 疲れた様子の横島に雪之丞は首をかしげていた。

「一体、何やっていたんだ?」

「ちょっとした、フォローをな」

「そうか。そんな後輩がお前にいたか?」

 雪之丞の鋭い質問に横島が黙り込む。横島にそんな後輩のGSは居ない。
 
 毒舌を受けて、横島は少し凹むしかなかった

 2人はそのまま町の警戒に入る。それはすぐに見つかった。
 
 いや、見つけてしまった。
 
 雪之丞は立ち止まると同時に横島も立ち止まる。

「流石だな。気がついたか、横島」

「気付いたというよりもおかしいだろうが。まるで悪霊が目の前にいる位の気配だぞ」

 すぐ、隣に立つ男を見つめた。恰幅の良い腹部に、薄い頭。

 中年のサラリーマンが待ち合わせをしているようにしか見えないだろう。

 だが、横島たちには感じる。ひしひしと感じる霊気が発せられていることを。

 雪之丞は少し離れると携帯をかけはじめた。
 
 西条に連絡をつけるようだった。

「どうやら吸血鬼を発見したぜ」

『本当に吸血鬼なのかい?』

 西条の声が携帯電話から漏れる。それに雪之丞は横島と視線があった。
 
 それに横島はどうだかは分からないという格好をする。

「どうだか、分からないが……最低でもGSからすればかなり怪しい」

『……分かった。責任はGメンで持つ。くれぐれも慎重にね』

「了解だ。切るぜ」

 雪之丞が電話から、外すとニヤリと笑った。

 西条から許可をもらった。街中で堂々と除霊する事になる。
 
 だが、ここで戦闘になる可能性は全く捨てきれない。相手が場所を移動しなければの話だ。

「ようやく、骨のある奴と戦えるぜ。良いか、横島…気を抜くなよ?」

「へいへい、こっちは後方支援に徹しますよ」

 そう、後方支援が一番。逃げるなら良しで、ここを戦場にするなら周りに被害が出ないように横島が動く。
 
 雪之丞には無理な役回りだ。横島は一瞬で判断すると、雪之丞から一歩離れた位置を歩いていく。
 
 一瞬だけ、それと視線が合う。それは濁った瞳。生きている、死んでいる、それ以前。
 
 死体が動いている。そのような気配がした。

 その戸惑いの一瞬。目の前の男は物凄いスピードで逃げ出した。

「雪之丞!!」

「ああ、逃がすかよ!! 先に行くぜ、横島!!」

 雪之丞は地面を蹴ると赤茶色の装甲を展開した。顔面と胴体を覆う装甲。
 
 魔装術。魔族と契約し、それにより魔族の力を借りる邪法。
 
 邪法といえど、使い方が正しければそれは正しい。雪之丞はそれを実践している。

 地面を蹴ると、滑るように地面を雪之丞も走っていった。

 それについていく横島も『速』の文珠で後押ししている。
 
 ちなみに2人が道をかき分け、男が飛び込んだ路地裏に飛び込んだ時の時速は車より速かった。

 路地裏を物凄い速度で抜けていく。
 
 幸運な事に、路地裏とは言え裏の小道に近いような場所。
 
 人通りがあっておかしくない場所に人通りがないのは幸運とも言えた。

 逆にこの雰囲気がおかしい。
 
 むしろ、出来すぎている。
 
 つまり、これは罠の可能性もあるということだ。それを指摘する前に雪之丞はかなり前に進んでしまっていた。
 
 簡単には逃げることが出来ない深みにハマったということだが……
 
 雪之丞は恐らく笑い飛ばすし、美神令子はそれを好機と捉えるだろう。
 
 やがて、雪之丞の姿が見えてくる。雪之丞は指で指し示すと、そこは空き地が広がっていた。
 
 雪之丞と横島の二人で中に入る。土管や鉄骨が転がっており、影が見えにくかった。

「工事現場の収集倉庫のようだな」

 雪之丞の呟きに横島が頷く。
 
 その時、物陰から一人、二人と人間の姿をした何かが出てきている。
 
 吸血鬼……死者と呼ばれるグールと呼ばれる存在だ。
 
 それに横島と雪之丞が表情を引き締めざるを得ない。

 目の前に三人、左右に二人。見えるだけでも、七人に半包囲されているのだから。

「後ろへの退路を開けてるな……どう思う?」

「決まってんだろ、罠に」

 雪之丞の言葉は理にかなっていた。もし、逃がすつもりが無いならば通路を塞ぐべき。

 相手からしたら、自分達のGSの存在は鬱陶しいに違いない。その為の行動と考えて間違いない。
 
 なら、そこから導き出される答えは……外に出たとたんに伏兵が奇襲してくる。

「つまりは、こいつらを全力で片付けるしかないわけだ」

「そういうことだ」

 後方の敵は少数、だけども挟撃ならば話は違う。

 後方の敵と前が上手く機能したとき、おそらく横島も雪之丞も彼らのお仲間入りだ。

 だけど、敵はまだ舐めている。横島も雪之丞もGSとしてはトップクラスの腕前なのだ

 もし、横島を……そして、雪之丞を過小評価しているのであれば。

 この戦闘行為自体が、無駄だということが証明される戦いになる。

「行くぜ、横島!!!」

「了解。ったく、いつも言うけど熱くなるなよ。こっちまで白い目で見られるんだぞ」

 雪之丞が構え、横島が霊波刀を出した次の瞬間、火蓋は切られた

 中央の一体が大きく地面を蹴った。宙に舞い上がる人間に雪之丞は一瞬だけ気を取られる
 
 だが、それとは別に物凄いスピードで雪之丞に向かってくる吸血鬼、グールに気がついた
 
「連携攻撃か、ちょっとは頭がつかえるようだ……な!!!」

 霊波砲で上半身が消し飛ばした雪之丞が言うと、地面を走ってくるグールへと視線を向ける
 
 上に飛んだ敵を相手するのは横島だ。最初からサポートがあるからこそ、雪之丞は目の前の敵だけに集中できるのだ。
 
「このやろっ!!」

 上空から横島を狙う敵、それに対して左手から盾を出した。
 
 技の一つ、サイキックソーサー。横島に取って、威力の高い遠距離攻撃手段だ。
 
 単発の上、即応というわけにもいかないが、それ補って余りある攻撃力がある。
 
 それを、上空に跳び、雪之丞を狙う相手に投げつける。
 
 それは見事に胴体へと当たり爆発した。
 
 全く動かずに地面に衝突していることから活動は停止しているようだ。
 
 そんな中、雪之丞はさらに一体のグールをスピードに乗った蹴りで屠っている。
 
 雪之丞劇場、開幕。接近戦なら人間の中では最強クラス。その評価は間違いではない。
 
 ただし……
 
 雪之丞が横島の横を通り過ぎていく。いつの間にか接近したグールに殴られたのだ。

 この甘さが雪之丞の弱さ。猪突猛進で一方向しか対応できない香車。
 
 だけど、それを補って余りある攻撃力と突破力がある
 
 横島は追撃に来るグールを霊波刀で切り裂くと、その横を魔装術を纏った雪之丞が並ぶ
 
「雪之丞、下手したな」

「ちょっと、油断しただけだ!!」

 その油断が問題なんだけどなと苦笑するが、雪之丞らしいのでとりあえずは苦笑で済ませる

 だが、様子を見ていたらしい残り4体が一斉に飛びかかってくる。
 
 同時に背後からも2体のグールが走り込んできていた

「横島、後ろは任せた!!」

「くらえ、連続霊波砲だ!!!」

 雪之丞は言うと手から次々と霊波を放っていく。それは向かってくるグールに一発も外すことなく命中する。
 
 多少のズレが起きて、一発や二発はかわされそうな物だが、そこが雪之丞のスゴイ所だろう。
 
 横島は後ろの炸裂音を聞きながら、残り2体のグールに手を突き出す
 
「栄光の手……伸びろ!!!!!」

 霊波刀が伸びる。それは一体目のグールを貫き、そのまま横島は

「どっせーーい!!!!」

 横薙ぎに霊波刀を振り抜く。それに走り込んできたグールも霊波刀に巻き込まれ、鉄骨に突っ込んだ。
 
 そこから起き上がってくる気配は全くない。
 
 それを見届けると、横島は満足そうに頷く。

「俺たちの勝利だな」

 雪之丞が笑うと横島も釣られて笑った
 
「しかし、まあ……」

 横島は周囲を見渡す。
 
 そこには次々と灰になるグールの姿があった。

「人の姿はやっぱり、気分が悪いな」

「確かに。胸糞が悪くなるぜ、死徒と言う敵はよ」

 雪之丞の言葉に黙って頷く。一体何人の人間が犠牲になっているのだろうか。
 
 パッと考えても倒した人数分は犠牲になっている。
 
 もしかしたら、十倍、二十倍の人間が犠牲になっていると考えても良いだろう。
 
 こうして犠牲を見せられる。はっきり言って、これまでは余り無かった事だ。
 
 横島はため息をつく。
 
 何故なら、横島は「事件が発覚して幸運だった」と思わず思ってしまったから。
 
 もし、吸血鬼とか気がつかなかったら、この町は吸血鬼だらけの町。

 最終的には日本中に広がっていたかもしれない。

「不幸中の幸いって奴だな」

 横島の考えていたことを代弁するように雪之丞が口を開く。

 確かにそう考えるべきが妥当なのかもしれない。
 
 一番の幸運はこうして相手する人材が揃っていることだ。
 
 今回倒した吸血鬼。正直、それほど弱くはない。
 
 むしろ、普通のGSならば大苦戦だった所だ。

 そう言った意味では横島も雪之丞も、日本を代表する若手GSだ。

 さらに香港風水盤事件や妙神山への修行、魔神大戦と戦い抜いてきた強者。

 だからこそ、二人はグール程度ならばかなり楽勝で勝てる。
 
 だが、そんな人間はこの業界でもひと握りに過ぎない事を二人共知っている。

「雪之丞、一体どれだけの数がいると思う? 」

「……わからんが、今で九体だったから、かなりの数を溜め込んでると考えるのが妥当なんじゃないか?」

 雪之丞の言葉に横島は頷いた。
 
 この町でグールを狩って居るのは横島たちだけではない。

 真祖と代行者、彼らが削っているのだから、既に相当数狩って居ると考えても不思議ではなかった。





 GSギルド、それはギルドとしても問題として取り上げられていた。
 
 オカルトGメンが全面協力する展開。
 
 それをGSギルドとしては苦々しく思っているようだと参加者の美神美智恵は思っている。

 映写機にはセンチュリーホテルと殺人事件の現場が映し出されていた。
 
 報告書には様々な写真。血の跡などの写真もあり、気分が悪くなった参加者も居る。
 
 だが、そんな人々には関係なしに美神美智恵は説明を続けていた。

「センチュリーホテルを襲い、横島忠夫に倒されたネロ・カオスとこの吸血鬼は別と考えられます」

「なるほど、死体の状況が全然違う。確かに別と考えるのが正しいかもしれないな」

 GSギルドの幹部が口を開いた。美智恵も頷く。
 
 だが、周りの反応は余りにも違っていた。困惑は困惑なのだが、別の困惑の感情。
 
 やがて、一人の男性が周りを見渡して、口を開く。

「確かにネロ・カオスではないことは分かった。
 だが、私としてはこの件は我々やオカルトGメンは放っておくべきだと判断する」

 この発言で会議がざわめき始めた。GSギルド長の吾妻川という人間だった
 
 元々はGSには全く関係ない外交官僚。旧家の一つである綾小路家が送り込んできた人間。
 
 美神美智恵は彼の存在に注意していたが、このような発言を言い出すとは考えもしなかったのだ。

「横島忠夫氏の力は抜けていると私も聞いている。だが、もう一つ聞き逃せない情報があってだね」

 彼は周りの反応を見渡すと、口を開く。
 
「今回の事件、協力者でもいたのではないかな?」

 その言葉に全員はざわめき出す。
 
 それは待っていたかのように男性が立ち上がる。

「その件なのですが、金髪の女性と話している横島氏の姿が確認されています」

 それに男性はニヤリと笑った。美神美智恵はその言葉に思い当たる節があった。

「確かに協力者の存在は我々も確認しています」

 美智恵は大きく頷く。同時にざわめきは大きくなるが、それに構わないように吾妻川は大声を出した。
 
「なら、まずはその人物を特定するのが先ではないかね!?」

「何故です?」

「当たり前だろう。ネロ・カオス程の大物を倒す協力者。我々にとって益となると思うが?」

 その言葉に美智恵は呆れた表情を浮かべた。
 
 いや、相手はオカルトなどを何も知らないような外交官だったらしい。
 
 相手が格下ならば、そのような態度に出てこれるのだろうが。
 
 美智恵は大きくため息をついた。
 
 普通ならばバカみたいな発言。その呆れた表情を焦りの表情とみたのだろう。
 
 一人の男性が口を開く
 
「確かに。中々面白い情報ですな」

 その言葉に美智恵は慌ててその方向を見る。そこには日本政府から送られてきた警察官僚が居た

「GSギルドは力をつけ、オカルトGメンの力を借りないようになる。実に素晴らしい」

 美智恵はその言葉に呆然と立ち尽くしていた。
 
 その言葉に美智恵は怒りよりも呆れと何を言っているのか分からないと言う表情で見渡す。
 
 話は簡単だ。オカルトGメンは日本の勢力に喧嘩を売りすぎていた。
 
 自衛隊のユニコーンの討伐作戦に反対していたのは誰だ?
 
 警察を手駒のように使っていたのは誰だ?
 
 実際、そこに権益がある人間がそれを面白く思っていたと思うのだろうか?
 
 美智恵は理解する。これは意趣返しなのだと。
 
 だが、馬鹿な真似は辞めさせないといけない。本当にアルクェイド・ブリュンスタッドならば……

「オカルトGメンとしては止めますが?」

「これは我々の警察活動として行うことだよ。オカルトGメンは黙っていろ」

 その言葉に美智恵は思わずため息をつかざるを得なかった。
 
 結論とすれば、彼らは構わず行うだろう。
 
 オカルトGメンとしては止めたいが、それを止める権限は無い。
 
 何もできることは無いというわけだ。
 
「ネロ・カオス。これを滅ぼした事は良い事ですな。このまま、GSギルドの礎にしなければいけませんな」

「全くだ。横島忠夫ではなく、GSの勲章。いや、我らの勲章だよ」

 その言葉に美智恵は何も言う気がなくなっていた。
 
 冷たい視線は彼らを射抜く。既に軽蔑の視線になっていただろう。
 
 こんな人間たちがトップを持っているのでは、次に魔神大戦が起きたときには間違いなく大きな被害が出る。
 
 美智恵はため息をつくと、それを見ていたが彼らはそれに気を良くしたのか美智恵に視線を向けた。
 
「美神くん、相談だが」

 その言葉に嫌な予感しかしない美智恵であったが、その話に仕方ないと座った。
 
「君の方からだが、自衛隊に対して対心霊の訓練を受けさせようと思っているのだよ」

 その言葉に美智恵が首を傾げた。
 
 最近では確かに心霊用の装備を持つ軍隊は多い。自衛隊もそれに準じるというのであれば分かる。

「そこで、官僚を説得するための道具を集めて欲しいのだ」

「道具……ですか?」

「うむ、現役でなくともいい。むしろ、そっちよりも現役でない方が良いのだ。若い女性を集めて欲しいのだよ」

 それに美智恵がバンと大きな音とともに立ち上がった。机を手のひらで叩いた音が会議室を響き渡らせる。
 
 美智恵は射抜くように周囲を見渡す。そこには怒りが隠されず、周りを射殺すような霊圧をかけていた
 
 それに全員が射すくめられ、驚いたような表情をしている。
 
「貴方がたは、一体何様のつもりです。
 三咲の事件を放っておいて、自分の欲望をオカルトGメンに押し付けようなど!!」
 
 その言葉に全員が美智恵の怒りに初めて気がついたように狼狽し始めた。
 
―――滑稽
 
 その言葉で表せられるだろう。美智恵は思いながら、周囲を睨む。
 
 下手な発言は許さない。そう言っているつもりだ。

 やがて、口を開いた言葉。
 
「あちらの事件はGSが片付けてくれる」

「ああ、我々はGSを信頼しているからね」

「ならば、オカルトGメンが最大の援護をするべきです。その為に私はここにいるのです!!」

 その言葉に首を振る人々。
 
 この連中は何も分かっていない。それだけが美智恵の中で理解した事だった。
 
 オカルトがどれだけ恐ろしい物か。それは実体験しなければ分からないのだ。

「だからこそ、こちらはこちらで仕事をするべきなのだよ」

「今、危険なこの状態で、向こうから目を離す? そんな馬鹿な話がありますか!!!!」

 美智恵の怒鳴り声は恐らく廊下にも響いている。
 
 だけど、そんな事を気にしている状況ではない。

「いや、美神くん。落ち着きたまえ」

「何とかしなければ行けないのはここにいる人間、全員が同じ事を考えている。しかしね」

「ならば、あなたたちはそこでノンビリと情勢を構えていたらどうです?
 我々、オカルトGメンは三咲の吸血鬼狩りを行わなければいけないので。このような事で呼び出さないでもらいたいわ」

 美智恵は言い放つと会議室から出て行く。
 
 その様子も呆然と眺めていたが、彼らはそれに顔を真っ赤になり始めた。
 
 オカルトGメンがまさか、ここまで極端な行動に出るとは思わなかったのだろう。
 
 美神美智恵はGSとして叩き上げの人間。
 
 政治官僚などとは違う。現場百回が基本だという事を完全に失念していたのだ
 
「あの糞女、こっちが下に出てればいい気になりおって!!!」

「下手に出ていましたか?」

「いや、あれでも下手に出ていたつもりなのでしょう。吾妻川ギルド長は」

 うすら笑いを浮かべる官僚たちと、ギルド長は全く表情が別。
 
 美智恵を小馬鹿にする人間と、本気で怒っている人間。
 
 そう言う意味では吾妻川は大したことがない人間なのだろう。
 
「しかし、美神くんも困ったものだな」

「ああ、オカルトGメンの代表としてきながら、我々の要請に答えないのだからしょうがない」

「だけど、彼女の協力が得られないのは残念ですな。さて、何処から集めましょうか?」

「この際、あの生意気な六道の傘下。六女から集めてはいかがでしょうか」

 吾妻川のその言葉に全員が驚き、そして視線を向けた。
 
「それはどういうことだね?」

「なに、六道家の忠誠心を図るのでは良いのではないかと」

「応じれば、六道の責任。応じなければ、それ相応のペナルティを化せば良いだけの話というわけか」

 それに一旦笑顔がもどるが、すぐに表情が硬くなる。
 
「しかし、美神美智恵め、図に乗りおって!!」

 目の上の六道が片がついたのが、

「しかし、オカルトGメンが国連機関に準じる形である以上、こちらが動くことは出来ないですな」

 吾妻川が唇を噛み締める中、周りの人間が嗜める。

 それはどちらかといえば暴走を押さえ込むためだろう。
 
「なら、邪魔をしてやれば良い。幾つかこちらに回ってくる緊急の依頼をオカルトGメンに回せば良い」

 吾妻川の言葉に会議のメンバーが顔を見合わせる。

「三咲に居る吸血鬼など、たかが知れているだろう。残りはGSギルドから派遣したGSたちで何とかできるはずだ。
 伊達雪之丞や美神令子など、張り付かせておくわけにはいかないのだ!!」

 ある意味正論。それだけに何も言えなくなっている。
 
 吾妻川は勝利の笑い声を上げた。
 
 その笑い声は止まることなく、会議室からしばらくの間、聞こえ続けたのだった。






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