『転換』












 事件は終わりに収束し始めていた。

 それは、この事件だけかもしれない。

 事件なんていうのは、全て一つ一つの部屋に分けられている。
 
 それぞれの事件は単独で終わる場合が多い。

 その事件は確実に真実へと近づいてきている。
 
 だからこそ、敵は手駒を消費してきた。
 
 ようやく表に出てきてくれたと言う事なのだ。





 横島と雪之丞は昼の町を歩くを歩いていた。
 
 周囲は普段と変わらない生活をしている人たちが人通りを作っている。
 
 昼間に思うこと。それは死徒なんて吸血鬼がこの場所にいるなんて事を思えないほど平和な光景だ。
 
 GSでさえ、実際にこの町を訪れなければ、この町の異常さに気付かないくらい。
 
 グール。この敵はかなりヤバイ。
 
 普通のGSではそう簡単に相手に出来るレベルではない。
 
 よほど、自分の実力を見つめる事が出来て、さらに対抗できるだけの実力がなければ厳しいだろう。
 
 グールはかなりの実力を持っている。
 
 ならば、その親である吸血鬼の力もとてつもない強さだろう。

 実際に横島と雪之丞はその実力を見た。
 
 そこから導き出される力は、ネロよりは弱い。だけど中級神魔と同等クラス。
 
 これはお互いの意見が一致していた。
 
 しかし、現状としては問題がある。
 
 これから、敵を全面に出させるために一枚一枚ベールとなっている吸血鬼をはがさないといけない。
 
 あと何体居るか分からない。
 
 何よりも三咲はかなり広い町だ。一緒に動いたのでは効率が悪い。
 
「雪之丞、どう思う?」
 
「普通にバラバラに動いて排除するだけでいいだろ」

 その言葉に横島は確かにと思ってしまう。
 
 元々、GSは一匹狼的な部分は存在する。
 
 むしろ、共同でやることが苦手と言う人間も多い。
 
 雪之丞はそう言う人間である。
 
「一人で大丈夫か?」
 
「グール程度ならばな。数が問題だが、一体や二体程度なら問題ない」

 ニヤリと笑う雪之丞に横島は苦笑すると、頷く。
 
「そうかもな。でも、ロアが出てきたらどうする?」

「それは、お前……」

 雪之丞は満面の獰猛そうな笑顔を見せる。
 
 まるで、狩りに喜ぶ獣のように。
 
「全力でやりあうに決まってんだろ。
 二十七祖の番外に居るとは言え、二十七祖と実力的には変わらねえって話だ。
 それだけの敵ならば、戦いがいも十分あるな」

 雪之丞の言葉に呆れた顔を向けるが、それは雪之丞なので仕方ない。
 
 そう考えると横島はため息をついた。
 
「なら、バラバラで狩るか?」

「それが一番手っ取り早い」

「そうだな。俺も少し調べたい事があるんだ。そう言う意味でバラバラはある意味では助かる」

「調べたい事?」

 雪之丞の問いに横島は頷いた。

「どうしても、引っかかるんだよ。その点について、少し調べてみたい」

「お前がそう言うなら、おそらく大事なことなんだろうな」

 雪之丞は言うと、少し考えたような素振りのあと
 
「それは核心に繋がるものか?」

「分からないけど、この事件は幾つかのひもが絡み合ってるような気がする」

「絡み合ってる?」

「アルクェイドがこの町に来たタイミングでネロ・カオスがやってきた。これだけでも、中々面白い偶然だと思う」

 雪之丞はそれに疑問を抱く。
 
「それは偶然なんだろ?」

「偶然だと俺も思う。だけど、そこが引っかかる」

 横島の言葉に雪之丞は考えると、やがてため息をついた。

「分かった、吸血鬼狩りは任せておけ。横島は引っかかる部分を調べてくれ。
 正直、俺には良く分からん。最初から関わっているのであれば、もう少し理解できたかもしれないが」

 雪之丞は苦い表情を浮かべる。

「横島、お前はこの事件のキーマンは誰だと思う?」

「敵の目的が見えない以上は分からないけど、一つ言えるのは俺たちは邪魔には思われてるけど敵として見られてない」

「敵として見られてない?」

「ああ、俺ならば昨日の時点。
 あの大きな罠を仕掛けた時点で敵と認識されてたなら、確実に仕留められる戦力を置くと思う」

 昨日の戦いは正直言えば、少しだけ危ない場面もあった。
 
 もし、あと5体居ればどちらかは怪我、もしくは大怪我していただろうし、10体居れば死んでいた可能性もある。
 
 アルクェイド・ブリュンスタッドを倒すために戦力を温存した結果。そう考えるべきだろう。
 
 それにこちらの動きを読まれすぎている気もしなくは無かった。
 
「つまり、俺たちはなめられてるってわけか」

「まあ、それは別に良い。むしろ、どんどん油断してくれと思うけどな」

 横島は苦笑すると、雪之丞も苦笑する。
 
 アシュタロスだって、最後には人間の力にやられた。
 
 油断すれば油断するほどGSはとてつもない敵になっていくことを吸血鬼は知らない。
 
 馬鹿にされたツケは最後に返してやれば良いのだ。

「よし、俺は夜まで休憩だ。横島、お前はどうする?」

「俺は少し調べ物をするわ。もしかしたら、今日の狩りは中途半端になるかもしれん」

「ああ、分かった。そっちは調査をしっかりとやってくれ」

 雪之丞は背中を向けると街中に歩いていく。
 
 その姿を見送ると横島も自分の仕事に入るため、特定の場所に向かった。






 三咲中央公園。ネロ・カオスとの決戦の地。
 
 大きく開けられた穴は応急処置とはいえ埋められており、既に規制線も張られていない。
 
 それは当たり前。
 
 ここには事件を解決するものなど存在していないのだから。
 
 だが、横島は公園のベンチに座って考えていた。
 
 すでに自動販売機で買ってきた缶コーヒーは空。
 
 考えが堂々巡りして、すでに二時間になる。
 
 いくら考えても答えは出ないのだ。
 
――――何故、ロアがこの町にいる理由。

――――真祖がこの町に来た理由。

――――ネロ・カオスがこの町に来た理由。

 偶然。そう言えばそれまでのもの。
 
 だけど、そこに何かが隠されている感じがしてならなかった。
 
 真祖のアルクェイド・ブリュンスタッドはこの町で一度殺された。
 
 混沌の名を持つ、ネロ・カオスもこの地にて滅ぼされている。

 まるで導かれるかのように集まりだした連中。
 
 それを言うならば、聖堂教会の弓のシエルも同じだ。
 
 そんな化物が集まる三咲町。
 
 雪之丞には言わなかったが、キーマンはもうひとり居る。
 
 いや、彼こそが最大のキーマンと言っても構わない。
 
 遠野志貴。彼がこの事件の中心にいるキーマンだろう。
 
 混沌、それは文珠をもってしても滅ぼすのは厄介この上ない敵だった。
 
 ネロ・カオスからすれば、横島忠夫とアルクェイドが共闘していただけでも予想外だっただろう。
 
 彼とて、そこに直死の魔眼が加わるとは思わなかったはずだ。
 
 また、アルクェイドも正直に言えば本来はアシュタロスと同等ぐらいの力を持っていると考えられる。
 
 それを志貴は殺してみせた。
 
 ネロ・カオスもアルクェイドも、志貴が居る事で全ての予定が狂っている。
 
 アルクェイドは確かに関係者だ。
 
 だけど、志貴はどうだろう?
 
 全くの無関係の人間。その可能性が高い。
 
 ただ、ひとつ考えたいのは遠野家の存在だ。
 
 遠野家。GSの中ではかなり有名な存在。
 
 妖怪と血を交えた家系と言う事と政財界に広い顔を持っている。
 
 その為、以前のGS業界には非常に強い力を持っていたらしい。
 
 今はGSギルド移行の時に幸か不幸か、GSの人数激減の時に力は排除されたようだ。
 
 この町でそんな力を持つ存在があるにも関わらず、吸血鬼事件に動いているようには思えない。
 
 何故か?
 
 幾つかは考えられる。
 
 一つは遠野家が気づかぬほど巧妙にやっていた。もしくは動けるような状況ではなかった。
 
 もう一つは遠野家が黙認している。
 
 どちらかしか考えられない。
 
 そして、遠野志貴が知らないと言う事実はかなり大きい。
 
 となれば前者である可能性は高い。
 
「それにしても、吸血鬼は半妖が旧家として存在している場所で事件を起こすのか?」

 ポツリとつぶやくと
 
「何一人で考えているのかなー」

 後ろからの声と同時に肩がが重くなる。
 
 肩に体重を乗せてくる存在がいた。
 
「もう、横島のことを探してたんだから。横島にも夢魔を送ろうとしたのに、見つからないんだもん」

「夢魔って、お前……」

 アルクェイドは残念そうに言うと、ひらりとベンチの上を飛ぶと横島の前で笑顔を見せた
 
 その時、ふと気がつく。
 
 そこしでも顔を上に見上げれば、もしくは体が密着していれば……
 
 それは、あの実った二つの果実の柔らかさを感じることが出来たことに。

「もっと密着。もしくは俺にもう少しだけ想像力があれば!!!!」

 頭を抱えながらベンチで大きく肩を落とす。
 
 その様子にアルクェイドは首を傾げていたが、横島は元の要件を思い出すと顔をあげる
 
「アルクェイド、幾つか聞きたい話と話したい事があるんだ。良いか?」

 その言葉に笑っていたアルクェイドの表情が引き締まる。
 
「それはここで話せること?」

「出来れば、別の所で話したい」

 その言葉にアルクェイドは背中を向けると、

「分かったわ。この近くに私が拠点としている場所があるの。そこで話しましょ」

 口にすると歩き始めた。横島もそれに続いて歩き出す。
 
 公園などでは話す事ではない。それは横島もアルクェイドも同じ考えだった。





 アルクェイドのマンション、それは公園から十五分ほどの場所にあった。
 
 十階建てを超えるマンションで、そこがただの拠点とは正直に考えられない。
 
 同時に駅前には高級マンションがあるが、こちらは普通のマンション。
 
 アルクェイドなら、そちらに住むと思っていたのだが、予想外。
 
 だけど、立地を考えると納得したのだ。
 
 霊脈上にあるマンション。これ以上、彼女にとって休みやすい場所はないだろう。
 
 だが、そんな事よりも横島には興奮するところ。それは……

「うおおおお、女性の部屋。それは禁断の聖地!!!」

 と言う事である。だが、それはアルクェイドは冷静と言うよりも冷たい表情で見ていた

「横島、真面目な話なんでしょ?」

 すでに彼女は真祖として言葉を聞く体制に入っている。
 
 それに横島は察すると、
 
「悪い、色々と興奮しちまった。何から話すか」

 横島は少し考える。それをアルクェイドは静かに待った。
 
 それだけ、横島の報告が気になったのだろう。

「まずはアルクェイドの意見も聞きたい。なあ、今回の事件は誰が中心にいると思う?」

「それは間違いなくロアよ。
 ネロはロアの盟友だし、私もシエルもロアを追ってきたわ。
 横島もタタリを探していたけど、結局はロアに行き着いたんでしょ?」

 アルクェイドの言葉に横島は頷いた。

 その通りだった。この場に集まった人間はロアの為に集まった人間が多い。
 
 GSやオカルトGメンはネロ・カオスだったが、今はロアに集中している。
 
「それがどうしたの?」

「聞き方が悪かった。今回の事件の黒幕はロアは間違いないと思う。
 だけど、俺が言いたいのはそうじゃなくてだ。何を中心として動いているかと思ってな」

「中心?」

「うん。そうだな。今回の場合はロアが動き出した事から始まるんだけど、俺たちGSギルドは把握してなかったんだ。
 同時にオカルトGメンも把握してなかった。聖堂教会は把握してたみたいだけど、初動が遅すぎるだろ?」

 アルクェイドはそれに黙り込んだ。視線で先を促す。
 
「まだ、確定じゃないんだが、俺は遠野家が怪しいと見てるんだ」

「志貴の家が? それは有り得ないわ。志貴はロアじゃないもの」

「いや、そういう事じゃなくてだ。俺は遠野家は関わってるかもしれないけど、志貴が関わってるとは言ってない」

 それにアルクェイドは一瞬考えると
 
「そういうこと。遠野家、もしくはそれに近しい存在がロアの味方をしている可能性ね」

「正直、ここまで大きな事件になっても遠野家のお抱えのGSや元GSが動かないのはおかしすぎる」

「ふーん、それでロアは何処?」

「それは分からない。だけど、遠野家の周辺に居る事は間違いないと思う」

 横島の言葉にアルクェイドは納得したように頷いた。
 
「でも、それって志貴を疑う事にならない?」

「そうなんだよな。それが問題なんだ」

 横島は大きくため息をついた。
 
「でも、一番怪しいのは遠野家に変わりない。俺は遠野家を調べてみようと思う」

「分かったわ。それで私は何をすれば良いのかしら?」

「うーん? 何もしなくて良いぞ。少しだけ遠野家に物理的に近づくのを避けてくれれば」

 横島がアルクェイドに視線を向けると、狐につままれたような表情を浮かべて、横島を見ていた。
 
 やがて、横島をおかしそうに笑い出す。

「なんだよ、俺はそんなにおかしい事を言ったか?」

「横島って、本当に裏表ないのね」

 アルクェイドは言うと、微笑んだ。
 
 それに横島は照れるように苦笑する。

「でも、横島。貴方は一つだけ見落としている点があるわよ」

「なんだ?」

「それ以外にも大きな事。貴方を送り込んできたアルトルージュの真意が分からない」

 アルクェイドは真剣な表情で横島に言う。
 
 横島はそれに思わず考え込んでしまった。

 確かにアルトルージュの派遣の理由。それが全くわからない。

「確かにそれは分からないけど、今のところは目の前の敵を倒すだけで十分だろ」

「まあ、それもそうね」

 アルクェイドの言葉に横島は一瞬だけ呆けた。
 
 一瞬で納得されるとは思わなかったのだ。
 
「アルトルージュよりもロアの方が優先準備は上だもの。そっちを優先するのは当然でしょ?」

「た、確かに」

 横島は言うとアルクェイドは微笑むとすぐに視線を向けてきた。

「私はやる事は変わらないわ。死者の残滓を見つけて狩っていく」

「それで良いと思う。死者を潰せば、吸血鬼のロアは出てこざるを得ないらしいからな」

 横島はその時ふと思い出した事があった

「アルクェイド、そう言えば昨日なんだけど、死者を纏めて葬ったぞ」

「へえ、横島たちを排除しようとしたんだ。魔神大戦の英雄の力をロアは甘く見たのかしら?」

「分からんけど、昨日倒した数は9体か10体だと思う。最初は7体だったんだが、増援が来て正確な数は分からなくなった」

 その言葉にアルクェイドは少し考えると
 
「結構多いわね。それを排除したんでしょ?」

「まあ、仲間と一緒だったけどな。だけど、ここまで露骨な敵意を示されたのは始めてなんだよな」

「ネロの一件で貴方達を警戒し始めたという事よ。これからは尻尾を掴みづらくなりそうね」

 アルクェイドはため息をつくと、ため息をついた
 
「今の警戒レベルは、代行者……知ってるとは思うけどシエルと同じくらい警戒されていると考えて良いわ。
 そして、派遣した死者が消えたこと。さらにはGSと共に排除したと言う事でGS全体が警戒されてると考えて良いわね」

 それに横島は頷くしかなかった。
 
 むしろ、警戒されるのが遅すぎるぐらいだ。
 
 最初に一戦して互角以上に戦ったにも関わらず、警戒されるのは今更と言う形なんだが、人を馬鹿にしているのだろう。
 
「俺はこれから遠野家を調べるよ。もしかしたら、志貴にも何か関わり合いがあるかもしれない。
 もしかしたら、これからのことに巻き込まれたりするかもな。なんで俺が野郎を守ってならねばならんのや!!」

 横島はため息をつくと、アルクェイドは不思議そうな顔をしていた。
 
 アルクェイドの表情に横島が首をかしげる。

「それは、きっと横島は優しいんじゃないかしら」

「優しい? 俺が?」

「だって、私や見ず知らずの志貴にだって優しかったじゃない。きっと、だからよ」

 アルクェイドが横島を見ると笑う。その笑みは何故か、あの時の彼女を思い出してしまう。
 
 それは背景もあるのだろう。
 
 背景の夕日。そこで微笑みを浮かべるアルクェイド。
 
―――ああ、そうか。

―――俺は自分と重ね合わせてるのか。

 考えれば考えるほど似ている。

 志貴とアルクェイドの関係は、横島とルシオラの関係に似ていた。

 だから、横島は志貴を自分と重ねて、アルクェイドを彼女と重ねている。

―――自分はアルクェイドと志貴を助けたいと思った。

―――重ね合わせたとは言え、その心は間違いじゃない。ならば、やることは一つじゃないか。

 この二人を助ける。
 
 どんな奴が相手でも、アシュタロスを相手にするよりは遥かにマシなのだ。

「そろそろ、私は探しに行こうかしら」

 話しをしているうちに、かなりの時間が経ってしまった。
 
 背景が夕日だったことで気付いていたが、陽が沈むまでは後わずかな時間しかない。

「ああ、そうだな。俺もそろそろ狩りに行くよ」

 横島が立ち上がるとアルクェイドと共に玄関の外へと歩き出した。

 恐らくこの戦いは霊能史に残らないだろう。

 だが、横島に取ってはそれでも良かった。

 自分と同じような道を歩く少年を同じ事を繰り返させるわけにはいかない。

 その為にはロアを倒さなければならなかった。






前話へ 目次 次話へ
inserted by FC2 system