『遠野』


















 目の前に広がる大豪邸。それを横島は見上げていた。 
 
 その屋敷の持ち主は遠野家。二日前、アルクェイドと分かれた夜にアポを取った家である。

 本来ならば遠野志貴はこの時間は学校。

 現当主、遠野秋葉も本日は浅神女学院という禁断の園へと通学中のはずだった。

 だが、現在は在宅中のはずである。

 理由は一つだけ。
 
 だが、一度はそのアポを遠野家に断わられたのだ。
 
 横島はひとつの切り札を使うことになってしまった。
 
 志貴の名前を出したとたん、遠野家はあっと言う間に態度を一変させた。

 横島としても志貴の名前を出さなくて済むならば、出さない方向で進めたかった。

 だが、状況はアルクェイドと別れた日の夜に一変した。




 日本政府とGSギルドからの強行的な圧力がオカルトGメンとGSについに襲い掛かったのだ。
 
 理由は不明。
 
 ただひとつ言える事は愚かな命令と言う事だけだった。

「何だって、まだ吸血鬼は滅びてないのにオカルトGメンを撤退させろだって!?」

 西条の声が三咲の警察署に置かれた吸血鬼対策本部に響く。
 
 それを聞いたのは戻ってきた横島、そして吸血鬼を探しに行こうとした雪之丞たちGS。
 
 さらに警察官たちやオカルトGメンの隊員も呆然と西条の方へと視線を向けている。

 何が起きたか分からない。そんな表情が周りに集まる中、電話から聞こえてくる声は極めて冷静だった。
 
 いや、心の奥では怒りを湛えている。
 
 それを表すかのように、美智恵は冷静な言葉で避難混じりの言葉を伝えてくる
 
『ええ、どうやらこの前の会議の内容が気に食わなかったみたいね。
 自分の保身や出世の為だけに色々と手立てを使おうとする旧家の人間がGSギルドの人間なのだから仕方ないかもしれないわ。
 だけど、性質が悪い嫌がらせよ。こんな行動を取られれば、そうそう大きく動くことが出来ないわ。
 ったく、状況も知らない。力もないくせに自分の思い通りに行かないと他人の足を引っ張る。
 念入りに偽造文書まで提出して……』

「偽造文書ですって?」

『事件の終了後も滞在していると日本政府の名義でアメリカのオカルトGメンの本部に提出されたわ』

 美智恵の言葉に西条は唇を噛み締める。
 
 まさか、そんな事が起きるとは全く思えなかった。
 
 愚かと言うにもバカバカしい。少し調べれば嘘と分かるだろう。
 
 だが、それがアメリカに提出されて、美智恵が知ったということは

『ええ、私はアメリカ本部に出頭する事になった。本当に手回しが良いと思わないかしら?』

「本当にそうですね。それで僕等はどうするつもりです?」

『日本政府の命令である以上は撤退するほかないわ』

「ふざけるな。死徒をこのまま見過ごせと言うのか!?」

 雪之丞が怒鳴る。
 
「雪之丞、落ち着けって。別に俺たちが去るわけじゃないだろ」

 横島の言葉に雪之丞は一旦、横島の顔を見て大きく息を吐く。
 
 怒りはもっともだ。横島も今回の対応には呆れと同時に怒りがある。
 
 いや、この場に集まっている人間は全員怒りと呆れを持っているに違いなかった。
 
「横島君、僕らも撤退しようと思う」

 唐巣は一瞬の間を置いて爆弾を投げた。
 
 それに雪之丞と横島の目が見開く。それだけではない。西条の目も見開かれた。
 
「このままだと、GSギルドからも圧力がかかる。その前に対策を立てるべきだ」

「……唐巣さんよ、てめえだけは弱い人間を捨てる人間じゃねえと思ってたぜ」

 雪之丞の言葉に唐巣は何も言わなかった。
 
 ただ、黙って雪之丞を見つめるだけ。
 
「何とか言わねえか!!!」

「止めなさい!!」

 神通棍が雪之丞の前に突き出される。その持ち主を追うと美神令子が唐巣と雪之丞の間に立っていた

「今、争っても何もならないわよ。落ち着きなさい、伊達雪之丞!!」

「うるせえ!! こいつ等の言ってる事があんたこそ分かっているのかよ。
 今この街を離れると言う事は見捨てるってことだぜ!?」
 
 雪之丞と美神令子、唐巣が向かい合う。
 
「雪之丞、止めろって」

「横島、てめえも同じ考えか?」

「俺にまで敵意見せるなよ……。唐巣神父、俺も雪之丞と同じでちょっと納得いかないんですよ」

 横島はため息をはくと、唐巣を見つめる。

「今、ロアの戦力はかなり減っていると思います。今撤退することは戦力の回復を行わせることになると思いますけど」

「だろうね。私としても出来ればこのまま続けたいと思う。でも、僕にはその決断は出来ない」

 唐巣は雪之丞の目を見て話す。分かってくれと懇願するように。
 
 雪之丞は黙って見つめる。
 
「何か隠してるな?」
 
「これは私が解決するべき問題だよ」

 唐巣の言葉に雪之丞は舌打ちする。
 
 それに雪之丞はため息をつくと。
 
「ちっ、しゃあねえ。一度だ、一度撤退するだけだからな。終わったら、すぐにこっちに戻ってくる」

「あっ、俺は戻れないぞ」

 その言葉にその場に居た人間が横島に視線を向ける。
 
「横島君、それは」

 唐巣は何かを言おうとしたが、それを西条が止めた。
 
 それに全員が視線を向ける。
 
「横島君、君は何のためにきたんだい?」

「それはこの街の吸血鬼を倒すためにだな」

「違うね。もう一度聞くよ、なんで来たんだい?」

 そのやりとりに唐巣は目を丸くする。それは美神令子も同じだった。
 
 ただ、雪之丞が苛立ってるのが対照的だが。

「西条、てめえは何が言いたい?」

「なら、僕の口で言って良いんだね。君は除霊作業に来て、未だにその仕事を終えていない。違うかい?」

 馬鹿にしたような口調で話しかける。
 
「それを除霊しないと、除霊の終了にはならない。このまま撤退してはGSギルドとしても失態だ。違いますか、唐巣神父」

「た、確かに。そのようなことがあれば、一大事だ」

 その言葉に西条は頷いた。言質は取った、西条の視線はそう言っている。
 
「確かに俺はまだ依頼内容をこなしてない。だから、帰れない」
 
「分かった。唐巣神父、それでいいですね?」

「いや、しかし」

「僕の方でもお手伝いしますよ。想像はついていますから」

 西条はいうと横島へと視線を向ける。
 
「残念ながら、僕たちは撤退せざるを得ない。警察もこれ以上は手助けできないだろう」

 それに唐巣や美神も頷く。
 
 一瞬纏った雰囲気。それに西条はニヤリと笑った。
 
「だから、何かあったときは携帯に電話してくれたまえ」

「おいおい、東京に戻って待機じゃないのかよ」

 さっきの話と全然違う方向に向かおうとしている西条に横島は苦笑して矛盾点に突っ込む。

 だが、西条は苦笑した表情で横島を見た。

「僕達がおとなしく待機していると思うのかい?」

 横島は確かにとその言葉に納得してしまう。

 魔神大戦のとき、砕氷船を奪って日本を脱出した指揮を取ったのは、西条だったのだ。

 そんな犯罪に比べれば、今の状態で動くほうが遥かにマシと言うことなのだろう。

「ちっ、ここから先は横島だけか。ようやく強い奴と戦えると思ってたのによ」

「どうせ、すぐに仕事が来るわよ。ママを怒らせたんだから」

 美神の言葉に横島は苦笑する。
 
「経験者は語ると言うやつですか?」

「そうよ。ああ、もう。そうでなければ六道女学院からの生徒受け入れなんてやってないわよ。
 やらなければ、色々と大変なことに巻き込まれちゃうんだから」
 
 美神令子の言葉に全員は苦笑いを浮かべる。
 
 流石に何をと言う事は誰も言わない。そんな事を言えば、彼女は翌日の新聞に載ってしまうだろうから。





 そして、オカルトGメンは今日の朝に撤収した。
 
 本日の新聞には堂々と『オカルトGメン、政府の命令を受けて撤退』の文字が出ている。
 
 恐らく世界中の主要新聞にはどのような形であれ書かれているだろう。
 
 これは美神美智恵の最大の抗議に違いなかった。
 
 それはさて置き、横島は大きくため息をつく。
 
 昨日の流れで横島は一瞬考えてしまったのだ。
 
―――何故、俺は戦うのだろう?

―――それは、横島にしてみれば今まで考えなかった疑問。
 
―――偶然、GS試験を通った。
 
―――偶然、魔族に目をつけられた。
 
―――そうして、このような事務所を開くことになり、仲間もできた。
 
―――だけど、それはやはり流れに乗ったからにほかならない。
 
―――今回の場合はどうだろう?
 
―――お金にはならない。
 
―――自分の為にもならない。
 
―――流れに逆らって何をしているのだろう?
 
―――誰かの為に戦っている?
 
―――確かにそれはあるかもしれない。

―――なら、それは誰のため?

―――アルクェイドのため?

―――違う。

―――なら、この町に生きる偶然に出会った少女の為?

―――それも違う。

―――じゃあ、まだ見ず知らずの女性の為?

―――いつもなら、そうなのだろうが今回は違う。

 理由は二年前の横島には考えられなかったことだ。

 横島は思考を打ち切るとゆっくりと大きく息を吸うと、チャイムを鳴らした。

「はい、どちら様でしょう」

 しばらくすると、中から聞こえてきたのは明るそうな少女の声。
 
 それに少しだけ緊張感が取れたのは気のせいではないと信じたい。

「昨日、アポを取った横島忠夫と申します。遠野秋葉様はご在宅でしょうか?」

「はい。少々お待ちくださーい」

 横島は再び大きく息をついた。
 
 正直、今回の訪問は勇み足であると言われれば勇み足だ。
 
 だが、GSもオカルトGメンも撤退した今、勇み足でも情報と何か揺さぶりが出来ればと思っている。
 
 横島の勘、恐らく遠野家は何かを知っている。
 
 犯人ではないかもしれないが、情報は持っていると踏んでいた。
 
 つまるところ、最初で最後のチャンス。それを使うために、色々と手を打ったのである。
 
 考えがまとまりしばらくすると、ドアが開き割烹着を着た少女が出てくる。

「横島さんですね。お話は伺っています。秋葉様はすでに居間のほうでお待ちですよ」

 彼女はにっこりと微笑んで応対している。
 
 遠野家の使用人は流石だった。
 
 彼女には横島が感じている緊張感は全くないだろう。
 
 だからこそ、
 
「そうですか。……ところで、終わったらお茶でもどうですか!? 良い店知ってるんですよ」

「あはは、秋葉様が許してくれたら良いですけど?」

 少女はくすくす笑う。それはある意味まんざらではなさそうで、横島は驚愕と共に心の中でガッツポーズを取る。
 
 表に出さなかったのは、成長した証拠だろう。

「よし、そうと来たら……」

 横島、ナンパ成功(実質初めて?)のお茶への誘いを行なおうとした時。

「お客様、我が家の使用人を口説くのは止めて頂けるでしょうか?」

 突然響く冷気の混じった空気。

 そちらを見る前に流れてきた空気には、確実に低級魔族並みの力を持った強さあった。

 横島の中の心が忠告している。

―――注意しろ、油断すると殺される。

 殺気が混ざる空気。横島の顔が先程までのふざけた表情から真面目な表情へと変わった。

 この感覚、似ているのはあの路地裏。弓塚と言う少女をすくったときの吸血鬼の感触。
 
 何故、ここまで似ている?
 
 横島は反射的に距離を取ると、同時に声をかけられた方向を見た。

 話しかけられたのはドアが開かれた居間。

 あはは、ごめんなさーいと居間へと入っていく割烹着の少女。
 
 同時にたっていたのは、黒髪が綺麗ながらも鋭い視線を向ける少女だった。
 
 遠野志貴の妹。事前情報通り、年齢は若い。
 
 だけど、それすらも押し流すほどの威圧感。これは当主となった人間の責任感なのか?
 
 当主、その言葉を正しく持った、威厳ある少女の姿がそこにはあった。

「遠野秋葉さん、で良いんですよね?」

 横島は念の為に確かめる。

「ええ、遠野家にどのような御用ですか?
 GSと言えば、悪魔祓いをビジネスにしていると聞いてるのですが?」

 その言葉に横島は口を開こうとするが、言葉は彼女によって止められた。
 
 そこには毒が含んでいる。『悪魔祓い』と言う名前を言ったことで、相手は自分のことを知っているのだろう。
 
 普通ならば、GSは幽霊退治だ。悪魔祓いは魔族や悪魔などを中心に戦う人たちを指す。
 
 そう、横島や雪之丞はそれに近い。
 
 彼女は一手、手札を切ってきた。貴方を知っていますよ……と。

「まあ、お座りください。立ったままでは落ち着かないでしょう。琥珀、お客様にお茶を差し上げて」

 横島は秋葉と言う少女に言われて、居間の向かい側のソファーへと座る。
 
 相手は完全にペースを握ろうとしている。
 
 このまま、ペースを握られれば、今回の会談は無駄に終わると思われた。
 
 横島は一旦大きく息を吸って、吐く。
 
 秋葉と対面する席に座った横島は琥珀と呼ばれた先ほどの割烹着の少女がお茶をテーブルに置くと秋葉を見た。
 
「お時間は無さそうなので、単刀直入に訪ねます。遠野志貴、彼は一体誰なのです?」

 横島の言葉に秋葉の持っていたティーカップが止まる。
 
 秋葉の瞳は敵を捉えるような眼光で横島を睨みつけていた。
 
 それに一瞬だけ、横島は身体を震わせるがそれ以上の反応はしない。

「どういう事でしょう?」

「遠野志貴からは貴方のような気配は感じない。遠野家は人外の血を多く受け継ぐ家と聞いています」

「ええ、確かに。兄は人外の血を受け継いでは居ません。兄とはどういった知り合いで?」

 その言葉に横島は苦笑する。
 
「ただ、貧血を助けた関係ですよ」

「ただの知り合いというわけではないようですが?」

 秋葉の言葉に横島は一瞬苦笑を見せる。

 鋭いが問われて当然の質問だ。
 
「彼とは戦友みたいな物だよ。志貴は……、本来は遠野家で行わなければいけない事を肩代わりしようとしている」

 横島は伝えると、秋葉は一瞬驚愕した後にため息をついた。
 
「そうですか。そう言う理由で……」

「ぶっちゃけてだ。本来なら俺みたいな人間が一人でやらなければ行けない事。だけど、そうも言っては居られなくなった」

 その言葉に秋葉は怪訝そうな表情で見つめてくる
 
 横島はそれにため息を着くと
 
「オカルトGメンが撤退した事を知ってますか?」

「三咲に展開していた、オカルトGメンがですか?」

 秋葉の言葉に横島は目を丸くする。
 
 遠野家が裏に居たと横島は思い込んでいたのだ。
 
 政界や財界に圧力をかけて、撤退をさせた。そう思い込んでいたため、イチかバチかの総力戦を挑んだのだが。

「えっ、俺、もしかして間違えた?」

 だが、それに秋葉は一瞬の間を開けると
 
「もしかしたら、分家がやったのかもしれません」

「分家?」

「ええ、恐らくは」

 秋葉はため息をつく。

「なるほど。それで遠野家に目をつけたと?」

「いや、それだけじゃないんですけど。曖昧だったから、余り気にしないようにしてたんですが」

 横島は言うか言うまいか一瞬だけ迷う。
 
 遠野志貴に出会った時、ちょっとだけ感じてしまった事。
 
 アルクェイドを殺したにも関わらず、戦える人材ではないと判断した結論。
 
「遠野志貴に遠野家は一体何をやったんだ?」

 横島のだしたカード。それに彼女は沈黙で答えた。
 
 その様子に横島は知っていると確信する。

「遠野志貴、あいつは戦える人間じゃない。先天性なのか、それとも違うのかは分からない。
 だけど、あいつからは普通の人間とは思えないほどの魂の量しか無いように感じる」

「それは……」
 
「多分だけど魂の絶対量か霊体の絶対量が少ないんじゃないか?」

 それに秋葉の様子。それだけじゃない。
 
「それに、志貴から魔は全く感じない。
 遠野家は徐々に魔が弱くなってるのかと感じたけど違う。秋葉さんからは魔を感じた」

 横島は様子を見ながら畳み掛ける。

「だけど、ここで一つ疑問が残る。俺はこの町に来たとき、人を襲う吸血鬼と戦った。
 あれは秋葉さんと近い感覚がする。
 分家には会っていないけど、恐らくは分家というからには強い力を持っていないんじゃないか?」
 
 横島は秋葉を見つめると、彼女も横島を睨み返すように睨んでくる。
 
 その様子に横島は苦笑すると、ため息をついた
 
「とりあえず、遠野本家がこの事件に関わっていない。それは本当みたいで安心だ」

 横島は大きくため息をついた。
 
 それに秋葉が一瞬呆然とした表情になった。
 
「えっ?」
 
「遠野家が知ってるのは、おそらく吸血鬼の正体ぐらいだろ? 話の流れを聞くとな」

 横島は言うと、苦笑をする。
 
「とりあえず、俺は志貴の家と戦う事はなさそうでよかった」

「はい?」

 秋葉はそれを呆然と受け止める。

「だってさ、そうなったら嫌だしな。もしそうなら、戦わなくて済む方法を模索するしかないと思ってた」

「……そんな事を言って、油断をさせるつもりですか?」

「まあ、そう思われてもしょうがないわな。だけど、俺は最低でも志貴の敵になるつもりはない」

 横島は真剣な表情から、表情を緩めた。
 
「でもさ、志貴のやつは今の日常を大切にしようとしている。俺はだからこそ志貴の心を尊重しようと思う
 まあ、その辺りは志貴に教えても良いと言われてから教えるとして」
 
 横島は秋葉の表情を見ると微笑む。
 
「あと、もう一つあったんだ。遠野家が志貴を利用しようとしているかどうか」

「そんな事はしません。兄さん……いえ、兄はこのまま普通の生活を続けてくれればと思います」

「俺もそう思う。けど、普通の生活を壊そうとしているのは吸血鬼だって事を覚えておいて欲しいんだ」

 横島は言うと立ち上がった。

「そして、壊された日常はもう戻らない。コップから溢れた水が二度と戻ってこないように」

 横島は言うと、一礼してドアから出ようとする。
 
「待ちなさい」

 横島はその言葉で立ち止まった。口封じのために殺すか、それとも監禁するか。
 
 最低でも遠野家はそれくらいの実力はある。、
 
 それだけの事を言ってきている。
 
 既に覚悟もあった。
 
 横島は振り返る。そこには秋葉が立ち上がり、横島を見つめていた。
 
 戦おうとする気配はない。
 
「横島さん、貴方は何処まで知っているんです?」

「吸血鬼が遠野家と関係していること。これくらいかな。後は秋葉さんがブラコンと言う所か。
 まあ、後半はさておいて、かなり雁字搦めに絡まってしまって、結構解きづらい」

 それに一瞬だけ顔を真っ赤にして怒ろうとするが、すぐにそれは止まった。
 
「まあ、結構厄介にしてる。三咲に居るGSは全く動こうとしてない。地元の名家である遠野家を疑わざるを得ない」

「なるほど。確かに」

 秋葉は言うと、少し考える。
 
「恐らくは手を回したのは久我峰でしょう。どのように行ったのかは知りませんが」

「久我峰?」

「ええ、遠野家の分家の一つです。分家筋の中では最も力があり、政財界にも顔が通じます。
 オカルトGメンの撤退にもある程度は関わっているでしょう。ただ、そこまでの力はないはずです」

 秋葉は頭を抱えている。
 
 それはそうだ。吸血鬼事件、オカルトGメンが出てきたならば全て丸投げしても良かったはず。
 
 にも関わらず、撤退まで行わせる事になった一つに分家が関わっていたなら頭も痛いだろう。

「もしかして、そこまでなのか? 遠野家の秘密って」

「ええ、そこまでです。横島さんも随分と危うい橋と言うより、橋を渡らずに突破したんでしたっけ?」

 秋葉の微笑みに横島は乾いた笑いを浮かべた。
 
「遠野家は政界にも力を持ってます。それを考えればGSギルドぐらいならば、軽く吹き飛ぶでしょう」

「……オカルトGメンが後ろ盾になければ」

「ええ。そう言う意味では誰も思いもしなかった破れかぶれの突撃だったとも言えますが」

 秋葉の言葉に横島は冷や汗を流していた。
 
 逆に言えば、まだ遠野家の分家。特に動いたと言われる久我峰の攻撃はありえる。
 
 そう考えると、笑って済ませられる問題ではないのかもしれない。
 
「当然、私の方からも動きますが、私自身遠野家本家を纏めるので精一杯。
 それほど、抑えにはならないかもしれません。それともう一つ」

 秋葉は表情を改めると横島に視線を向ける。

「横島さんが相手をしている吸血鬼は本来、遠野が相手をする吸血鬼です。
 GSの貴方が本来であれば相手にする必要がありません。それを相手にする理由が何処にあるんですか?」

 彼女の言葉は正しかった。

 同時に横島もそんな事はわかっている。
 
 だけど、夢を見ているのだ。遠野志貴が乗り越えたとき、どんな世界が待っているのか。
 
 それを見てみたかった。
 
「そうだな。この戦いはもう俺の戦いでもあるんだよ。志貴の日常を守りたいと言うワガママなんだけど」

 それに秋葉は何かを言おうとしたが、何も言えなかった。
 
 話す姿は何処か寂しげで、その中でようやく見つけ出した希望のような気がする。

「ですが、それは偽善というものかもしれませんよ」

 それが秋葉に言える言葉だった。
 
 横島はそれすらも微笑みで返す。
 
「分かってる。だけど、それが偽善でもやろうと思う」

 横島の言葉に秋葉のため息が聞こえた。
 
「だってさ、それが例え世間一般的に間違えであったとしてもだ。
 それで対処が遅れるよりも、俺一人が非難を喰らうことで事が済むなら……」

―――あの時、アシュタロスの対応が遅れた為にルシオラは死んでしまった。

「自分の無力さ、後で何もしなかったことで後悔する位ならば……」

―――あの時、ルシオラを援護できるだけの余裕。自分を守れるだけの実力があったならば。

「無駄なことでも、全部やってみる」

―――やらないよりは、やった方がマシだ。

 急に真剣な表情で語る横島に秋葉は呆然としていた。
 
 その様子に横島は苦笑を浮かべる

「まあ、ちょっと格好が良い事を言ってみただけさ」

 横島の言葉に秋葉は今度こそ本気のため息をついた。
 
 全く仕方がない人間だと思っているのが見て取れる。

 横島は一礼すると遠野家の屋敷を出た。すでに太陽は頂上。
 
 一旦、これから帰って夜はロアの居場所を探しながら、グール狩りになる。
 
 横島は背伸びをすると、夜の戦いに備えて、ホテルに帰る事にしたのだった。








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