『神無月』













「疲れた……」

 帰ってきた横島はベッドの上に疲れきった表情でベッドに倒れ込んだ。
 
 遠野家で手に入った情報が小さいようで、かなり大きい。
 
 最低でも遠野家は知っていたようだ。この町に居る吸血鬼のことを。
 
―――本来であれば遠野が相手するべきもの。

 その意味は一体何だったのだろうか?
 
 恐らくは今回の吸血鬼は遠野家に関連する一族、もしくは直接的なものだ。
 
 良く良く考えれば、長男である志貴が当主になるわけではなく、妹の秋葉に行った点。
 
 これも日本の血族的に考えれば、かなりおかしい。
 
「真面目に志貴が関わっているのか」

 横島は今回の一件で確信した。志貴は自らが知らないところで、今回の事件に関わっている。
 
 だとするなら、志貴は危ない位置に居る事になるのだ。
 
 横島はため息をつくと、座り直した。
 
 同時にあの遠野秋葉の存在も気にかかる。彼女は何故それほどまでに志貴に拘るのか?
 
 ブラコン、禁断の愛の線も捨てきれない。それはそれで横島が関連するべき事ではないが……
 
「なんで、あいつばかり女が集まるんや!!!!」

 横島の本心からの叫びはさて置き、一瞬だけ強烈に感じた魔。

 あれは既に妖怪に近い所がある。あれだけの血、未だに保っていた家があるのが凄い。
 
 恐らくは近親交配を繰り返して、繋げ続けたのだろうとは思われる。
 
 だから本家と分家。かなりの接点があるのだろうとも予測できた。
 
 つまり、あの家は六道家と似ているようで、全く違った危うさを持つ。
 
 もしかしたら、何か危険な部分は存在しているかもしれない。
 
 その仮説が成り立つくらいには危険だ。
 
「だけど、だんだんと見えて来たな。ちょいと危うかったけど、遠野家に行ったのは正解だわ」

 遠野家とロアの関係があることが分かった。
 
 志貴と遠野家の関係も分かる。
 
 つまり、志貴とロアに関係がないという条件が覆った事でロアの居場所が絞り込め始めたのだ。
 
 遠野家に関連する、隠しやすい場所。それは遠野家自体に他ならないが、そんな様子は無かった。
 
 別の場所の可能性が高い。
 
 だが、それでも遠野家の目が届く範囲に居るのは間違いない。
 
 三咲に接する市や町も調査の範囲を広げるか迷っていたが、それは必要ないと分かった。これが大きいのだ。
 
 恐らく、オカルトGメンはともかくGSギルドは数日以内に到着する。そうすれば、シラミ潰しに探していけば良い。
 
 その時には工作は来ないだろう。西条だって馬鹿じゃない。
 
 同じような失敗は起こさないはずだ。
 
 一定の結論が出て、再びベッドに寝転がった。その時、突然ホテルに備え付けてある電話が鳴り始めた
 
 それに横島は驚いたが、数回の鳴ったあとに電話に出る。
 
 そこから、聞こえたのは女性の声。

『三咲中央公園にて待ちます』

 その言葉と共に電話は切れてしまった。
 
 何を意味しているかは分からないが、この段階で呼ぶ理由。
 
 誰が呼び出したのだか分からないが、要件もなしに呼び出す理由は一つしかない。
 
「本来ならば行く理由がないんだけどさ」

 かけて来たのは声を聞いたことがある人間だった。それもこの三咲では何度も会っている女性だ。

 横島はため息を着くと、ジャケットを羽織るとホテルから外に出ていった。
 
 
 
 
 
 
 三咲中央公園まではかなりの距離がある。
 
 繁華街は人通りがあったが、住宅街になると人通りは途絶えた。
 
 それは全員が家に引きこもっているからだろう。
 
 人がいないわけではない。塀と塀の隙間から見れる光景のなかには人影は確かに存在する。
 
 ただ、外が危険だから出てこないのだ。
 
 それだけ人の心に恐怖が植えつけられている。
 
 GSの力不足。オカルトGメンの力不足。同時に政治力不足も露呈した。
 
 GSに対して、責任感も何も横島は持っていなかったがこれだけは思う。
 
 自分たちは、気づけず、そして守れなかった。
 
 この借りは、恐らくオカルトGメン……とくに西条が返してくれるだろう。
 





 三咲中央公園、そこにはすでに先客が一人居た。
 
 いや、彼女が呼び出したのだから先客とは言わない・
 
 立っていたのは、カトリックの修道女だった。
 
 埋葬機関の一人。何度も顔を合わせてきた女性。弓のシエル。
 
 彼女の纏っている雰囲気は横島がいつものように絡んでいい空気と違っている。
 
 横島を見る目は冷たく、そして厳しい。
 
 射抜くような視線。恐らくはこの言葉が一番適している。
 
「シエルさん、こんな時間になんのようです?」

 横島の言葉にシエルの肩が動く。
 
 やがて、彼女は口を開いた。
 
「私は言いました。この件から手を引けと」

 横島はそれに何も言わない。
 
 確かにアパートで聞いた気がしたからだ。
 
「横島さん、私には分かりません。貴方がこの件に関わる理由が」

 シエルの言葉が突き刺さるが横島はそれを黙って聞いていた。
 
「しかし、その事で貴方は重大な失敗をした。死徒が警戒し、注意深くなった事」

 シエルの言葉は淡々と続くが、その目は段々と殺気をはらんでいく。
 
 横島も足を開き、態勢を整えた。

 一瞬の油断もならない敵。そう、既に彼女は敵対するつもりだった。
 
 横島の直感も警鐘を鳴らしている。同じ空気を読み取ったのだ。

―――ここを逃げろ。もし、戦うならばまともに組み合うな。

 そんな、身体からの警告は横島もそんな事は十分承知している。

 唐巣神父はカトリックの表側の教徒。

 彼女はカトリックの裏側の狂徒。
 
 その差、実績、それは唐巣神父には悪いが雲泥の差がある。
 
 そう、人を殺す。この一点ではさらに……埋葬機関の独壇場だ。

「貴方を、死徒の一味とし断罪します」

 足音だけ残して消える。横島の目では線のようにしか見えなかった。

 右へとてつもない速さで動いたと分かっていても、体が動くのは一瞬後。

 その一瞬というタイムラグは横島に取って命取りになる……はずだった。
 
 だが、自分より格が上の相手と無数に戦ったことがある横島に取って、それは理解事項。
 
 タイムラグを避けるには、ラグを省けば良い。
 
 知覚⇒思考⇒行動 これが一般的な考えであるならば、そこから『思考』を抜けばいい。
 
 本能のまま対処する。
 
 感じるがままに対処するのが正解だ。

 飛びのくのと、黒鍵と呼ばれる剣が刺さるのは同時。

 右になぎ払うと同時に横島への追撃と呼べる黒鍵を弾くのも同時。

 左手の盾と黒鍵が弾かれるのも同時。
 
 それは僅か三つの瞬間、僅か1秒までかかっていない時間で行われたことだ。

 一旦、攻撃が終わり両者の立つ位置が逆になった時、横島は彼女の技量に圧倒されていた。
 
 容赦のない正確無比な攻撃。伊達雪之丞の攻撃速度とほぼ同等。正確性を含めれば、シエルの方が圧倒的に上だ。

 逆にシエルも同じである。その対応力に圧倒されていた。

 放った一撃はそれぞれが必殺の一撃。それをことごとく防いだのだ。

 横島の実力を認めるには十分すぎる一撃。

「あの、アーパー吸血鬼と協力してネロを倒したのは間違いじゃないようですね」

 横島も真剣な表情で答える。

「そんな化け物のようなスピードは反則じゃねえか!!」

 純粋な速度だけなら、ベスパやパピリオよりも早い。攻撃速度は雪之丞と同等。
 
 正直、ここで予想のつかないような攻撃があれば、横島は確実に負ける。
 
 だが、今のところ彼女にはそのような気配がない。

「反則? 反則というのは貴方のような人間じゃないんですか」

 シエルは鋭い口調で反論した。
 
 先ほどから、普通の死徒ならば終わりそうな攻撃は7度行っていた。
 
 それを全て、横島が回避する。弾く。そして妙な格好で避ける。
 
 実力か? はたまたは運か?
 
 横島忠夫は運だけの男。それが聖堂教会の一致した考えだった。
 
 そして、対峙して分かる。
 
 横島忠夫は強い。
 
 道化師。実力をひた隠し、自分に自信が持てず、自らを低評価し、結果として他人から評価を下に見られる。
 
 GSがアシュタロスを倒したのも運が良かったとも言われるが、運だけでは魔神を殺す事は出来ない。
 
 シエルは心の中に慢心があった事を反省し、手から黒鍵を放つ。
 
 だが、それと同時に横島は言葉と同時に横に飛んだ。その場を数本の黒鍵が通り過ぎる。
 
 本来なら足を止める場面。そんな場面はすでに3度見ている。
 
 だが、横島は足を止めない。

 足を止めては終わりと分かっているから。やられっぱなしじゃ終わらない。

「サイキックソーサー!!」

 反撃は一番、距離的な価値観で選んだ物。
 
 だけど、それは横島の経験の甘さを露呈する結果となった。
 
 シエルはそれを避けると横島の投げた隙をついてきたのだ

「確かに人間としては速いスピードでしょうが……」

 その声は横島の隣から聞こえた。ゾプリと何かが刺さる痛み。同時に走る熱さ
 
 投げてダメなら、接近戦。シエルのとった行動だった。
 
 しかし、それも反射神経で浅い攻撃になってしまう。
 
 それでも、黒鍵を残した以上はこれまでのような移動は出来ない。そう考えていた。

 『無』『効』

 『治』『癒』
 
 だが、それすら希望的観測だったことをシエルは思い知らされる。

 脇腹に刺さった黒鍵は一瞬で本来の姿を取り戻した。
 
 一枚の紙がヒラヒラと舞い落ちる。

「くっ!!」

 シエルは再び接近すると横島の体を投げ飛ばす。

 横島の体が地面すれすれを飛んだ。あまり考えられないが表現的には正しい。
 
 横島は地面を転がると、痛がっている場合じゃないとばかりに走り出した。

 走り出すと同時に黒鍵が突き刺さる。

「ちっくしょう!!」

 先ほどよりも多い黒鍵の嵐。それを回避するのは不可能と見た横島が文珠を発動する。

『防』

 無数に響く金属音。金属の響く音は夜空に鳴り響いた。






 その戦いは手加減してでもシエルの勝利は揺るがないと思われていた。
 
 シエルもそのつもりだった。例え、身体的能力がシエルの想像以上でも勝てる。確信はあった。
 
 理由は視界だ。

 シエルの目標は見えやすかった。余りにも霊力の高収束の為に発光する栄光の手。
 
 それはかなりの目標になる。

 さらに防御の為に作動している文珠。

 この二つの位置関係を見れば、シエルほどの経験があればどこに人の急所があるのか知るのは容易い。

 だが、先ほどから避けられているのはシエルの攻撃だ。

 横島の実力は人間としては飛びぬけている。それは認めている。

 だが、速度、技術、力はシエルの方が圧倒的に抜きん出ていた。
 
 それは実力差と言っても過言ではないかもしれない。

 実力差を互角にまで押しあげているのは文珠と呼ばれる存在だ。
 
 聖堂教会は恐れた。
 
 文珠は『固有結界』と呼ばれるものより厄介だ。
 
 『空想具現化』とも違う。
 
 文珠とは発動時間限定で、世界の理を変化させる。

―――なんて、でたらめ

 話を聞いたとき、シエルの心はそう感じていた。
 
 だけど、本当にそれだけだろうか?

 確かに文珠は数さえ揃える事が出来れば、ネロ・カオスの混沌さえ滅ぼすことができる。

 ネロ・カオスは彼の文珠がどのような存在なのか知っていた。

 長年の知恵なのか、それとも本能で知ったのか。

 そう、変えられる現象は1回に1つのみ。

 例え、時空を歪めたとしても歪めただけで終わる。
 
 時間を止めたとしても、それに繋がる攻撃は横島自身、文珠を使わずに攻撃をせざるを得ない。
 
 ネロ・カオスからすればコツコツと削られる相手。
 
 それは666の獣を使うネロ・カオスと横島忠夫はどちらにとっても相性が良くない相手だった。

 でも、それだけで……アルクェイドと協力した、それだけで……

 遠野志貴という人間が居た、それだけで……

 横島忠夫たちは、混沌を滅ぼしたのだ。

 直死の魔眼が決め手になったとはいえ、文珠が混沌退治の切り札になったのだから。

 シエルは大きく息を吐く。いい加減に認めよう。

 あれはソロモン72柱が1柱、アシュタロスを滅ぼした男なのだ。

 死徒などを滅ぼすことに熱心になり、動かなかったカトリックよりも最前線に居た男。

 最後の最後でコスモプロセッサによって生き返った化け物どもは死徒より強い連中も居た。

 その被害で聖堂教会が誇る騎士団はその後半年は使えないほどの被害を受けたのだ。

 そう、これは一つの八つ当たり。

 最近ではローマ法王に絶大な信頼を置かれたGS。

 偉大なる主と法王に見捨てられ始めた私達の……




 でも、それだけだろうか?
 
 シエルは地面を照らす公園の電灯の上で横島を見ながら考えていた。

―――彼が居れば、私も何とかなったのではないか?

 シエルは最初の魔神大戦の、横島忠夫の報告書を読んだときに思った。

 魔術すら超えた霊能力。

 それは一子相伝ではない、その代だけの固定でありながら。

 文珠などという、魔法に到達しかけた物を使う男。

 いや、すでに魔法にすら到達しているのかもしれない。

―――もし、彼さえその場所に居たら、私は普通の少女でいられたのではないか。

 それにふと、シエルは気づいた

 自嘲した笑みを浮かべる。完全に顔は認めてしまっていた。

―――全ては私のやつあたりだと。

 無数の黒鍵が柱に舞う。その数はすでに七十。

 普通の死徒に使う黒鍵の数はすでに越えている。

 だが、横島はそれを殆ど捌き、殆ど受け流し、殆ど避け続けた。
 
 シエルは横島を見つめる。

 第七聖典、これを使えば横島忠夫を滅ぼすことは可能なのだ。

 だけど、埋葬機関から受けた命令は違う。

―――横島忠夫を生かさず、殺さず、連れて帰ること。

 ローマにだって魔術師はいる。文珠を調べたい人間だって居る。

 だから、裏から手を回した。
 
 まずは内務省に金を握らせた。

 次に外務省にローマ法王の靖国参拝すら一つの案として盛らせた。
 
 そして最後にオカルトGメンをどうにかしようとしている連中に接触。
 
 超党派の議員たちからの嘆願書を世界の欲のある人間に金と共に握らせ、三咲から撤退させた。
 
 彼らはまさか、ここまでとは思わなかっただろう。余りの効き目に焦っているはずだ。
 
 ひとつの失敗としては横島が撤退しなかったこと。
 
 その為、行おうとしていた横島捕縛作戦は東京から三咲になる予定だったが、オカルトGメンに気付かれ動けなくなった。
 
 そして、最大の問題は何か聖堂教会が問題を起こしても政府が目をつぶるのは今日一杯。
 
 シエルは自己嫌悪に襲われる。
 
 自分のやっていた事に反吐が出た。
 
 やっていて正直、私は間違えている……とも思えた。

 相手が死徒ならば、こんな気分は無い。

 相手が敵対者ならば、こんな鬱にはならない。
 
 だけど、相手は敵対も何もしていない。一方的に攻撃を仕掛け、一方的に殴っているだけ。

 これは上からの命令なのだ。

 同時にシエル自身の八つ当たり。それを知ったときシエルは自分を自嘲した笑みを浮かべるしかなかった。





「おかしい」
 
 横島は正直にそう思った。
 
 先程からシエルの攻撃が弱まっていた。
 
 横島の自己分析で、シエルと横島が戦って勝てる可能性は3割に満たない。
 
 スピード、力、技術、全てにおいて負けている。特にスピードに関しては圧倒的に負けている。
 
 だけど、勝てる要素も少なくない。反応や瞬発力。この2点に関してはシエルよりは上。
 
 だが、それらを含めても圧倒的不利は間違いなかった。
 
 実際にジリ貧に成りつつあった。文珠を使う羽目になったし、実際に押されつつあった。
 
 だけど、今は攻撃が収まっている。
 
 考え方の一つでは嵐の前の静けさ。それはあるだろう。
 
 実際にあれ以降は接近戦に持ち込まれていない。
 
 意を決して、接近戦に持ち込まれれば敗北は確定的にも関わらずである。
 
「あの姉ちゃん、まさか……」

 横島が一瞬過ぎったこと。それは……

「俺に惚れたんかーーー!!!」

「そんなわけないでしょう!!!」

 砲撃が着弾したような音が周りから響く。その音を聞いた横島は周りに三本の黒鍵。

 しかも、三十センチほどのクレーターのようになっている。どうやら、狙いすらつけずに投げつけたらしかった。
 
 訪れる一瞬の沈黙。

 横島は思わずの反応でやってしまったと思っていた。
 
 同時に一瞬のボケをした瞬間に狙われたら危なかったのは間違いない。
 
 シエルもシエルで、怒りで体を震わせながら、今の決定的な隙を突けなかったことを多少悔いていた。
 
 でも、それはそれ。
 
 黒鍵を取り出すと再度高速で移動する。
 
 シエルは間合いに入れない悔しさを滲ませていた。
 
 横島は接近戦を挑めていない。栄光の手にしろ、サイキックソーサーにしろ接近戦に持ち込む為の戦略にしか見えなかった。
 
 接近戦が唯一の突破方法だと分かっている。
 
 ただし、肉を切らせて骨を断たれれば、こちらの敗北になってしまう。
 
 横島もシエルもお互いに接近戦を恐れていると言うおかしな状態のまま戦闘を継続しているのだ。
 
 その姿はまるで、ゲーム。これが命がけでなければ遊んでいるようにしか見えない風景。

 動きからして一般人を越えている上に、地面が穴だらけという凄まじい状況ではある。
 
 だが、決定打が無い。

 すでに興奮状態は治まっている。お互いが対峙し、動きは完全に止まっていた。

 横島は栄光の手を構え、シエルは黒鍵を両手に構えている。
 
 彼女が投げつけてこないところから見て、すでに余裕は無いのだろう。

 一方の横島の状況も芳しくない。

 ネロにやられた傷は全快しているように見えても、霊力はそうはいってなかった。

 おそらく、残り使える文珠は6つ。雪之丞の置いていった文珠をあわせてもそんなものだ。
 
 文珠の殆どはネロとの戦いで受けた傷の治療に使ってしまった。
 
 そんな仕方が無い事もあるが、横島も二度とミスできない状況になっている。

 二人の位置関係は十メートルから変わらない。動かないし動けない。
 
 恐らく次に不意に動いたほうが負ける。そんな流れがある。
 
 その距離は横島のサイキックソーサーの命中射程距離であり、シエルの黒鍵の命中射程距離でもある。

 横島は手に盾を出す。シエルも両手に六本の黒鍵を持っていた。

 恐らくは次の一瞬で決まる戦い。

 次の交差で横島とシエル。どちらかが、この場に立っていてどちらかが沈むだろう。

―――シエルさんは、俺の戦った人間の中で最も強い

 これは横島が考えた、シエルの印象。

―――横島は自分が知っている人間の中で最も厄介な相手

 これはシエルの抱いた、横島の印象。
 
 お互いがお互いの実力を知った。だからこそ生まれた沈黙。
 
 本来なら言葉は要らないはず。だけど、そんな中でシエルは口を開いた。

「貴方は力を持たなければ、私は力に巻き込まれなければ、こうして戦う事はなかったかもしれません」

「何を言ってるのか、わからないですけど」

「ええ、理解する必要はありません。これはただの八つ当たりです!!」

 最後の攻撃。シエルの速度は一瞬。
 
 それにはサイキックソーサーでは対応することは出来ない。
 
 そうなると、栄光の手しか方法はない。
 
 片手から3本の黒鍵が放たれる。完全命中距離での攻撃。
 
 横島にはそれが見えていた。
 
 当たらない。
 
 それはフェイント?
 
 一瞬だけ横島の思考が止まる。今までの攻撃が本能でよけられた。
 
 だけど、今回は違う。視覚に捉えられるほどの攻撃。それが見えるというのはどういう事か?
 
 シエルは一瞬だけ、横島の動きが止まった事に注目した。それは余りにも大きな隙だ。
 
 この攻撃は本命ではない。だけど、フェイントでもない。
 
 横島の動きを封じるための攻撃であり、一瞬でも回避に躊躇すれば御の字だったのだ。
 
 そして、想像通りに動きを止めた。
 
 さらに一本を投げる。それは横島の退路を防ぐ一撃。
 
 3本の手加減して投げた黒鍵と1本の本気。
 
 今までの余りの正確さによって慣れた目と、猜疑心。
 
 それを使えるのはシエルの知識と経験。
 
 さらに黒鍵が当たらない事を知り、見逃したとしてもそれは横島を包囲する魔法陣になる。
 
 そして、挑むのは黒鍵を二本構えた接近戦。
 
 3つの意味がある攻撃。それに横島が対応できれば、横島の勝ちだった。
 
 一瞬の間があったが、横島はその攻撃を理解していた。
 
 曖昧ではある。
 
 だけど狙いは分かっていた。
 
 目の前の3本を見逃したらアウトだ。意味のない攻撃をシエルがするはずもない。

 こちらに向かってくる1本の黒鍵は退路断ち。避けても良いけど、シエルに懐に入られてしまう。

 つまりはだ。
 
 避けてもダメ、防いでもダメ、死んだふりをしても絶対にダメと言う事。
 
 シエルは決断している。だから、横島も決断しなければ行けない。
 
 接近戦で戦うということを。
 
 横島は接近戦が苦手なわけではない。いや、逆に戦闘方法は接近戦がメインだ。

 正当派の接近戦が本来の横島の戦闘スタイル。
 
 雪之丞やピート、シロなど周りに接近戦が得意な人材が多すぎる為に霞んでいる。
 
 だけど、実際は文珠よりも重視するべきことだった。
 
 文珠が特異すぎて、横島の接近戦のレベルを完全に見失ってしまっている。

 それが、彼女のこの戦いで最初で最大の過ち。

 横島とシエルが交差した。
 
 黒鍵は横島の後ろにすべて通過し、シエルの腹部からは白い光の剣が突き出ていた。
 
 そう言う横島もシエルの持つ黒鍵は横島の服をかすり、薄く血が流れている。
 
 何故、4本の黒鍵が横島の動きを止めずに通過したのか?
 
 それは横島の持っていた文珠に秘密があった。
 
 『逸』
 
 この文珠によって、黒鍵は『逸』れて、シエルの作戦は大半が失敗してしまっていた。
 
 最終的には接近戦になり、そして今の結果になる。

「流石ですね、横島さん……」

 シエルは膝をつくと笑った。彼女はため息をつく。

「上からの命令だったんですが、どうも駄目だったようです」

「上からの命令?」

 横島の怪訝そうな言葉にシエルは苦笑していた。

「貴方は遠野君と同じですね。その力に興味を持たない人間など居ますか?」

 それに横島は疑問符を浮かべる
 
「遠野家派閥の政治家や官僚が動いていたのは事実です。それを国際社会に繋げたのは聖堂教会なんですよ」

 静かに話す。それは懺悔のような事なのだろう。
 
 オカルトGメンの撤退。これは聖堂教会も望んだ事なのだ。恐らくは。

「何とも間抜けな事です。埋葬機関とて組織の一部。上からの命令には逆らえません」

 彼女はゆっくりと立ち上がる。
 
 そこには腹部の損傷は全くなかった。霊波刀といえどもそれなりの切れ味がある。
 
 血ぐらいは流れてもいいはずなのだが流れているような形跡がない

「私は死神に嫌われていますから」

 シエルは立ち上がると、横島に言葉をかけた

「私では横島忠夫を捕らえることができませんでした。
 そしてこれ以上の戦力を聖堂教会が極東に向ける事は無いですし、不可能です。
 ネロ・カオスを倒すほどの戦力。これは我々のなかでは大きな意味を持ちます。
 異端狩りの戦力を極東にそれほど持たなくてすむのですから」

 シエルは言うと、横島に向きなおった。
 
 彼女には微笑みが浮かんでいる。

「私が横島さんが倒せなければ、聖堂協会はGS協会派閥の排除をしてGSギルドに恩を売ることができます
 横島さんが倒せたら、GSギルドを一時的に三咲から目を離す事が出来た間に攫う事が出来ました」
 
「お、恐ろしい事を言うな」

 その事に横島はゾッとしながら、捕まったときの事を考えた。
 
 火炙りや水責めなどを思い浮かべるが、そんな生ぬるい事にはならない事は間違いないだろう。

「簡単な事です。GSは裏世界に認められたんですよ。最低でも聖堂教会はそれを認めます
 そして、GSギルドは横島さんを筆頭に聖堂教会と対等に付き合っていく事になります。
 いえ、対等になってください。そうでないと、酷い事になってしまいますから」

 シエルは静かに微笑んだ。
 
 彼女の言うことは大きい。
 
 GSギルドに任せると言ってるも同じなのだ。

「それって、例えばアルクェイドを保護する事をGSギルドが認めれば?」

「GSギルドが監視している間、もしくはこの国から出ない間は表向きは聖堂教会は認める事になるでしょう」

 つまり、表でありながら、裏の代表。極東にいる組織として認められたのだ。

 そのメリットに気が付くか、気が付かないかは美神美智恵や唐巣和宏と言う年配の代表格次第だろう。

 どちらにせよ日本GS協会の下部組織、GSギルドが世界に通用するものになるまで、そうは時間がかからないはずだ

 世界中にGS協会はある。だが、それは表向きなオカルトを監察する者。いつかは手を取り合う時は来る。

 その時、この世界の理は代わる。聖堂教会もそれに協力する事になるだろう。

「元通りとは行きませんが、表向きはお互い不干渉となるでしょう。ですので、GSの範疇はGSで守ることを勧めます。
 干渉せずには居られない部分に関しては交渉という形になるでしょう。
 ただし、GSギルドの力が及ぶ範囲に置いては聖堂教会が割り込むと言う事はしないとは思いますが」

 それはGSの範疇、今まで通り魔族や妖怪、悪霊に関しての退治、保護はGSが行えば良いだろうと言う事。

 聖堂教会の範疇は、異端の撃滅は聖堂教会でやると言っているのだ。

 そして、保護した異端に関してはGS側の対応の限り攻撃はしない。

 もし、これを破る事がある場合は聖堂教会がGSギルド側と交渉する事を約束した。
 
 恐らくは書面で後々に提出される事をシエルは話している。
 
 逆に言えば、これが決戦だったのだ。それに横島は顔を青ざめる。そんな戦いに勝手に出てきたのだから当然だ。
 
 まあ、終わりよければ全て良しでいいのだろうか?
 
 とりあえずは今のところ、共闘を結んだ。これは大きい。
 
 それは横島と共闘を結んだアルクェイドと今は戦わない事を約束してくれたという事。
 
 現状ではもっとも理想的な方向へと向かっていた。






 だけど、それが良い事なのだろうか?
 
 シエルと横島。オカルトGメンが抜けた上にこの二人が戦っている隙をロアは見逃すほど間抜けか?
 
 そんなはずはない。横島とシエルは同時に濃密な魔の空気に気付いたのだから。
 
 その気配は以前よりも強い。
 
 遠い場所から感じてもロアと感じるほどの強さだった。
 
「この気配、かなり強くなってるぞ」

「ええ、私もはっきりと感じました」

 横島の言葉にシエルは頷く。
 
 それはロアからの宣戦布告。
 
 積極的に動き始めたロアにより、一種の均衡が崩れた瞬間でもあった。









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