『闇ニ住ムヒト』













 遠野志貴はアルクェイドと共にグール狩りを行っている。

 横島忠夫がシエルと戦っていた時、彼はアルクェイドとグールを探していた。

 本日は繁華街を今回は中心に探しているが、本日は全く居ない。

 昨日までは数体は見かける事が出来たのだが、今日は居ないのだ。

「……いないわね。吸血鬼の残滓もない。と、言う事はだいたいは駆逐したのかな」

 繁華街でのアルクェイドの言葉に志貴は頷く。

「と、なると後はロアって奴を探すだけなんだな?」

「だけど、そう簡単には行かないわよ。今までは小さな町だったけど、今回は違う。
 日本って町が続いているじゃない。急激にいなくなったら、移動したことも考えないと」

「……厄介だな」

 志貴は呟いた。

 もし、そうだとしたら……さらに厄介なことになる。

「でも、在りえないわね。極東の国とはいえ、GSが群れている国。
 三咲ほど霊的に優れた土地は滅多にないし、リスクを考えると移動するなんてことは滅多にありえない」

「つまり、どこかに潜んでいることは絶対なんだな」

「ええ、絶対よ。志貴」

 アルクェイドは言うと、志貴へと振り返る。

 戦闘用の鋭い視線から普段の柔らかい視線に戻っていた。
 
 その様子に志貴は頷くとやれやれと肩を落とす。

「早いけど今日はこれで上がりましょ。明日は横島と合流して屠ったグールの数を聞いてから判断するわ」

「そうだな、今日くらいはゆっくり休むとするか」

「ええ、そうね。おやすみ、志貴」

 アルクェイドと志貴は別れた。
 
 グールが居なくなったのは本当に狩りつくした為だろうか?
 
 志貴は考えるが、答えは出なかった。
 
 だけど、もしそうだとすればそれは良い事。
 
 そうでなかったとすれば、また始めれば良い話だ。
 
 今日と言う日が無駄になるだけ。
 
 それだけだ。
 
 いや、無駄なんてない。こうしてグールが居ない事を確認した。
 
 それだけでも、無駄ではなかった。




 そんな前向きに考えれるのも良かったと思える事があったから。
 
 弓塚さつきが学校に出てきたのだ。
 
 ネロ・カオスを倒した翌日、彼女は姿を現した。
 
 ホテルに行く予定になっていたのだが、急に体調を崩してしまい、ホテルの予定は無くなった。
 
 その日にセンチュリーホテルの襲撃があったのだ。
 
 警察としては宿泊者名簿や、予約表を使って行方不明者を探すしかなかった。
 
 その時、事務的なミスがあり、行方不明者として名前が出てしまった。つまり、そう言うことだ。
 
 だけど、それだけで……
 
 遠野志貴は戦って良かったと感じた。ほっとした。
 
 だけど、それは彼女がいつ巻き込まれるか分からない。
 
 それを思わせる切っ掛けとなったのだった。
 
 今、戦うことは日常を守る事。
 
 それが今の自分に出来ることなのだと思った。
 
 グールがいれば、弓塚さんだけじゃない。友も、妹も全員が危ない。
 
 それに、これはけじめでもある。
 
 アルクェイドを殺した自分に対してのけじめ。

 その、けじめをつけるまでは終われないのだから。





 だけど、運命は残酷だった。

 死者がほとんどいなくなったと安心した翌日……学校で激震が走った。

―――職員室で耳に挟んだけど弓塚さんが、昨日から帰っていないらしいよ。

 それは志貴の中に一気に駆け巡る。

 弓塚さつきが行方不明になったのだ。

 周りでは家出やら、駆け落ちやら噂が流れている。

「なあ、どう思う。遠野」

 一瞬真っ暗になったのを、不意に声をかけてきた人間が居た。

「今日はまともに出てきてたんだな、有彦」

 そこには悪友の赤毛の友人、乾有彦の声に志貴は苦笑する。

 赤毛で志貴とは会わなそうな人間だが、何だかんだで小学校から腐れ縁が続いていた。

「ったく、弓塚の奴もホテルの事件の後に今度は本当の行方不明だからな」

 有彦の呆れたような言葉に言葉に志貴は苦笑する。
 
 だが、笑っている場合ではない。

 今の町は危険だ。
 
 最悪……最悪の場合はホテルのようなことだってある可能性がある。

 駆け落ちならばまだ良いが、今の町で家出は危険すぎた。

「なあ、有彦。余り外に出ない方が良いぞ。国から頼まれたオカルトGメンやGSの人が歩いてる」

「だけど、昨日に警察が安全宣言出てたぜ。知らなかったのか?」

 志貴はその言葉に固まった。
 
 体を駆け巡ったのは怒鳴りつけそうな憤慨。
 
 ならば、なぜ、横島がここに居る!?
 
 そして、それは弓塚は夜に外に出ていたと言うことではないだろうか。

「そんなはずは……」

 その時に思わず最悪の事態を考えてしまった。
 
 最悪の事態が考えられた。
 
 もし、警察や政府がネロ・カオスを吸血鬼事件の犯人だとしていたら?

 アルクェイドの追っている犯人が真犯人なのに、ネロを真犯人としていたら?
 
「おい、大丈夫か?」

「あ、ああ、ちょっと貧血を起こしただけだ。いつもよりは酷くない」

 有彦の言葉に正気に返ると、有彦が手をブラブラと振って教室の外に出ていく。
 
「有彦、授業に出るんじゃなかったのか?」

「俺が居たって居なくったって同じだろうよ。

「……横島さんは知ってるんだろうか?」

 志貴の呟きは誰にも聞こえず、さらに周りの喧騒はそれをかき消すようにうるさくなる。

 それは誰にも知らせたくない。そういう意味では好都合だった。





 放課後になると、居てもたってもいられずに人が居そうな場所を探し続けていた。
 
 学校帰りの女生徒が集まりそうな場所。
 
 ゲームセンター、カラオケ、本屋、さらには高校生でも何とか誤魔化して泊まれそうなインターネットカフェ。
 
 それはある種、異様に写ったに違いない。
 
 その時、偶然にも合流できた存在が居た。

「……何やってるんだ、志貴?」

 横島が走っている志貴に声をかけてきたのだ。
 
 横島の顔はいつもと変わらない。
 
 だが、空気が少し違った。
 
 怒っている。横島の雰囲気はそれを物語るには十分。
 
 それに気押された志貴は思わず後ずさる。

「えっ、と、これは……」

 横島はため息をつく。やがて、横島は志貴の肩に手を置いた

 それに、志貴は横島の顔をマジマジと見てしまう

「ちょっとだけで良いから、歯を食いしばれ」

 次の瞬間、頬に強い衝撃を受けた。
 
 志貴は殴られたと気付くのに数秒。
 
 唖然として横島を見てしまう。

「志貴、お前がやろうとしていた事は何だか分かっているのか?」

 横島はさっきまでの表情を消して、真剣な表情だった。

「えっ……」

「お前の様子で誰かを探していることぐらいは分かったよ。その辺の警察官が不審に思うくらいだったからな。
 そんな様子じゃ、周りの様子なんて見えてなかっただろ」

 横島の言葉に志貴が思い出す。

 色々な場所をまわっていた。その時、自分は何をやっていたか?
 
 ただ、闇雲に探し回っていただけ。
 
 そして、それは色々な場所で見られた。

「あ……」

「ようやく気付いたか。まあ、後で話すけど取りあえずは周囲を見ろ」

 横島の言葉に志貴はふと周りを見渡す。そこには野次馬が大量に湧いていた。

 その様子を見て、横島が少し焦ったように……

「さて、志貴。官憲の手が及ぶ前に、逃げるぞ!!!」

「あっ、はい!!!」

 二人は野次馬をかき分けて逃げ出した。
 
 それは悪さをしたときの■■と逃げているようで

 記憶の何かがこじれつく。一瞬よろめいたのを横島は見逃さなかった

「志貴、大丈夫か!?」

「ああ、いつもの貧血だと思う……」

 横島はため息をつくと志貴を肩に担いだ

「本当なら、俺が肩を貸すのは麗しき女性だけなんだぜ。まあ、病人じゃ放っておけないからな」

 その言葉に志貴は薄らと笑いを浮かべた。

 殴ってきたが、自然と腹が立たなかった。
 
 心配されて殴られたのだと分かってるから。まだ、怒られるうちが華だ。
 
 人混みから離れ、公園に移動し、二人はベンチに座った。
 
「志貴、俺は誰を探してるのか分からない。だけど、心の中に余裕持たなきゃいけない時もある。
 余裕がない。本当に余裕が無い時こそ、堂々と落ち着いて対応しなきゃいけないんだ」

「でも……」

「分かってる。だけど、我慢しろ。我慢して平然とするんだ。平常心で居ろとは言わないけど、平然としてないと相手に付け込まれるぞ」
 
 横島の言葉に志貴が見つめていた。
 
 初めてアシュタロスと相対したとき、激昂しかかったことがある。
 
 だけど、あそこで戦っても何もならなかった。横島はかつての自分を思ってため息をついた。
 
 遠野志貴が荒れたのは分かるが、止めなければ行けない。
 
 恐らくだが、ロアが敵である以上はアルクェイドの周辺は調べられているだろう。
 
 志貴が弱点。そのように見られた可能性だってある。
 
 十分ほど、時間が立っただろうか。
 
 志貴は立ち上がった、が……足元はふらついている。
 
 それに慌てて、体を支えると横島は一瞬何かを感じた。
 
 志貴の気付けのために少しだけ霊力を流したのだが、それは志貴ではなく別なものに流れている感触があったのだ。
 
「大丈夫か?」

「……大丈夫です」

 フラフラになりながらも志貴は立ち上がる。

 横島は志貴の言葉に並々ならぬ意思を感じて、本当は大丈夫でない事を見抜きながら黙っていた。

 それは彼の思いだと感じていたから。

 彼が正しいと思う事を、横島に否定する権利など本来は無い。
 
 ただ、先ほどは色々な事にぶつかる可能性があった。
 
 死徒が動く可能性もあったし、オカルトGメンや聖堂教会、その他諸々が志貴に目を付ける可能性もある。
 
 だから、止めたのだが、今の志貴には落ち着きがある。今の彼なら、大丈夫だろうと判断した。

「人探しか、手伝いたい所は山々なんだけど、お前の知り合いじゃ俺が知るわけないもんな」

「知っていたら探す方法があるんですか?」

 視線で横島を非難するような志貴に横島は苦笑した。

「魂で探す事が出来るぞ。俺って、文珠使いだからな!!!」

 その言葉に志貴は呆れ、横島も調子に乗りすぎた事を自覚した。
 
 横島は頭を掻くと、真剣な顔を向ける。

「さっきのは置いておいて、『探』『査』でもかければあっさり見つかると思う」

「そうなんですか。でも、横島さんが知らないんじゃ使いようがない。便利な道具にも弱点があるってことですね」

 その言葉に志貴はため息をつく。

 全くその通りだと横島もため息をついた。

 文珠は確かに万能だが、何もかもが文珠で解決できるわけではない。
 
 他に比べて使い勝手が良いだけで、コストパフォーマンスに合わないなんてことは良くある。

「弓塚さん、それにしても本当にどこに行ったんだ。横島さんは、若い女の子が行きそうな場所って知りませんか?」

 横島の表情は固まっていた。それを見て志貴は首をかしげる。

 頭の中に浮かぶイメージは彼女しかいなかった。

「もしかして、弓塚さつきって子か?」

「えっ、知っているんですか?」

「……ああ、知ってる。彼女なら居場所を割り出せるかもしれない」

 横島はゆっくりとビー玉サイズぐらいの珠を取り出すと『探』しはじめる。

 光はゆっくりと遠野家の前の坂を通り過ぎ、弓塚と書かれた家へとたどり着いた。
 
 家に着いたことから横島を見たが真剣な表情で光を追っている。

「一旦家に帰ってきたらしいな。それで出掛けた」

「家に戻ってきたのか。なら、何で外に?」

「そこまでは分からんけど、とりあえず後を追ってみよう」

 横島の言葉に志貴は頷くと、さらに歩き始める。
 
 住宅街から繁華街、彼女が通っただろう道を歩いていく。やがて、繁華街から路地裏に入り

 そして、横島は立ち止まった。

「ここだ。ここで彼女は襲われたんだ。」

 横島の言葉に志貴は絶望を感じていた。
 
 その絶望は横島も同じ。唇を噛みしめながら、路地裏の方へ進んでいく。
 
 浮かぶのは彼女を助けられなかった光景とダブる。そのイラつきを抑えて、横島は立ち止まった。

「ここからはやりたくない事をやらなければいけないかもしれないぞ。覚悟は出来てるのか?」

 横島は志貴に顔を向けずにまっすぐ見つめていた。
 
 その顔を見せたくなかったから。おそらく、自分自身への怒りで燃えていた。
 
 横島が自覚できるくらいに、表情を作り変えることが出来ない。
 
 本来ならば振り返って、嫌われようとも軽口一つ言ってやるべきなのだろうが、横島自体がそれを許せなかった。

「分かってます。もし、弓塚がグールになってたら……俺が彼女を助けます」

 それは志貴の決意表明だった。
 
 横島はそれがとても眩いと感じる。

 それは自分にはなかった覚悟。あの時、自分に志貴のような覚悟ができてれば、後悔しなかっただろうか?

 だけど、その答えは何となくわかっている。
 
 多分、後悔をしないなんてことはたぶん無い。
 
 あの頃の自分は周りに流され続けていた。雪之丞のような努力はしてなかったし」、ピートのように真摯に受け止めてなかった。
 
 覚悟なしにGSになった自分。
 
 GSですら、自分の意志とは関係なくなった。
 
 そんな流されまくった挙句の終着点。
 
 その決断に後悔が無い決断なんて在り得はしない。

「なあ、志貴。なんで、お前はそんなに強くいられるんだ?」

 だからこそ、横島は心からの問う。
 
 なぜ、そこまで強いのかと。

「お前は巻き込まれてばっかりだったよな。それなのに、まだ戦うつもりでいる。
 それは何のために、何故戦うんだ」
 
「俺だって戦いたくは無い。だけど、先生が言ったんです。
 聖人になれ、なんてことは言わない。君は君が正しいと思う大人になれば良いって」
 
 自分が正しいと思う大人。それはしっくりと横島の中におさまっていく
 
 確かにその通りだ。流され続けた結果があの悲劇だったとしても、自分が正しいと思ってやったのだ。
 
 そこに後悔はあっても、決断に間違いはない。
 
 横島は大きく息をついた。
 
「そっか、志貴は良い先生に恵まれたんだな」

 正しいと思う事が戦いに繋がっていく。だけど、それはきっと彼にとって正しい事なのだ。

 正しい事が正しいと限らない事は彼にも分かっている。だからこそ、決意を表明した。

 でも、心の中でどこか不協和音が残ってしまう。
 
 正しいと思うこと。それは、自分の罪を見極める為。

 でも、ルシオラを殺した事実でさえ、正しいという綺麗事で覆い隠してしまう事ができる。
 
 それが心の何処かで許せなかった。





 路地裏は思った以上に暗かった。スナックなどの看板などはあるが、電源が灯っていない。

 それは、恐らくは被害にあった店だろう。後で警察に一度点検に入ってもらわないといけない。
 
 こういった外国人パブや路地裏のスナック等の人目につかない場所の被害。
 
 またはホームレスなどの被害が多く、事件が表に出ず、問題を大きくしてしまっている。

 横島と志貴はそんな路地裏を注意しながら歩いていく。

 今日はグールに出会っていない。だからこそ、こんな路地裏は気をつけなければいけない。

「何もいませんね」

 志貴の言葉に横島が頷く。
 
 何もいない。静かすぎた。
 
 横島は手を広げて志貴を止めた。

「どうかしたんですか?」

 横島は手元の文珠を見て、真剣な表情で前方を見つめて言る。

「弓塚さんの気配を捉えた。だけど、おかしいな?」

 横島は思わず疑問を口に出した。
 
 志貴はその言葉に首をかしげる。
 
「無事だったんですか?」

「……おかしい、おかしすぎるだろ。襲われたところまで、確認したんだぞ?」

 横島の言葉に志貴は冷静に考える。
 
「とりあえず、行きませんか?」

「あ、ああ、そうだな。とりあえず、だな」

 横島は前方の角を見ると、もう一度確認した。

「前方曲がって百メートルと言ったところか」

 文珠を消すと横島も警戒する。
 
 ここは奇襲に一番適した場所だ。前後、上と襲い掛かってくる方向は多々あるのだ。

 角を曲がると奥に開けた広場があった。

 駐車場として利用していたところだろうが、偶然ながら日差しを避けるような場所になってしまっている。
 
 それに、路地裏の店が全滅してれば、この駐車場は使われないのだろう。いずれにしても、人気がない場所だ。

「こんな場所がたくさんあるから、グールが街中を歩きまわるんだろうな」

 横島は呟くと、昨日の事を思い出した。

 シエルと横島が戦った日、確かにこの辺りから力が解放されて、北へと向かうのを確認し、GSと聖堂教会の共同戦線となった。

 その先にはグールが十数体で三咲市の北外れにある場所で待ち伏せを受け、それを叩き潰したのを覚えている。

 今ならわかった。
 
 奴はこんな状況を見せる為に、さらには自分たちに邪魔されない為に行ったのではないだろうか?

 そこまで思い至って、横島は静かにしっかりと目を向けた。
 
 その先の存在から……

 そこには幾つもの死体と肩を抱いている少女の姿があった

「ゆみつ……」

 横島は志貴の口をふさぐ

「馬鹿野郎、アレがグールだったらどうするつもりなんだ?」

「だけど、弓塚さんがあそこに」

「……最悪の事態の心は決まっているんだな?」

 横島の言葉に志貴は黙って頷く。
 
 横島は苦しそうに目をつぶると、大きくため息をついた。

「分かった、俺も覚悟を決める」

 横島は今になっても覚悟が決まっていなかった。
 
 今回の一件、横島のミスもある。その結果を直視出来なかった。

 あの子がグールだったならば、それは横島の考えが甘かったという証拠。
 
 それを受け入れる心の準備が出来ていなかった。
 
 だから、志貴も同じだと考えていたのだ。
 
 思っていた以上に志貴は強い。そんな不安すら越えてしまうくらいに。
 
 しっかりと意志を持つ人間と、持たない人間の差なのではないかと疑ってしまう。
 
 だけど、横島は最悪の事態では譲る気が無かった。
 
 志貴がやる前に自分が滅ぼす。
 
 彼が殺して心に傷を負うよりは、横島忠夫と言う男が殺して憎しみや怨みを持ってもらった方が良い。
 
 それが慰みになるのなら、それで十分だと気を持ち直し口を開いた

「なあ、そんな死体の中心で何をしているんだ?」

 横島の言葉に彼女はこちらをハッとした目で見つめた。志貴と横島、そこに視線が彷徨う。
 
 そこには意識があった。
 
 目は赤く、こちらを見る視線に戸惑いの表情が浮かぶ
 
 こうやって近づくと横島もわかる。
 
 尋常ではない霊力に横島も真剣さを失わせない。

「……弓塚さん、グールじゃないのか?」

「私は……」

 言葉に詰まる弓塚を見て、横島は頭を押さえた。
 
 それだけで分かってしまったのだ。彼女の気配、それはネロ・カオスに近しいものがある。
 
 遥かに力は弱い。ビビるほどの霊力はなく、恐らくは下級神魔レベルの霊力でしかない。
 
 だけど、これだけは分かる。彼女は死徒だと。
 
「そんな馬鹿な話もあるんだな……グールとリビングデッドを飛ばしてヴァンパイヤになれる奴が居たなんて」

「どう言う事なんだ?」

「厳密に言えば違うけど、弓塚さんは死徒と言う事さ」

 横島は見ると彼女は訳が分からない話をしているという顔で見ている。

 志貴はそんな弓塚さんに近づこうとして、横島に止められた。

「まだ、安全か分かったもんじゃない。俺が彼女を抑えておくから、アルクェイドに事情を説明して連れてきてくれ」

「わ、分かった」

 志貴が去っていくと、横島は弓塚に向かい合った。

 彼女は横島の表情に身体を震わせる。

「まず、最初に言っておくと……君を助けられる可能性はゼロに等しい事は覚えておいてくれ」

 それは否定されない結論。恐らくGS協会でも、オカルトGメンでも、聖堂教会でも同じ結論に至るだろう。
 
 だからこそ、横島は言う。その結末に至ったなら、俺はお前を滅ぼすと。
 
 横島自身にも言い聞かせる言葉。そうでないと、恐らく横島は滅ぼせない。

 躊躇した顔を見せないように横島は視線を上に向ける。
 
 警戒したまま、横島の瞳は空を彷徨っていた。
 
 そこには星が瞬きはじめ、夜の暗闇が近づこうとしている。

「俺は君の状況を詳しく知らないから何とも言えないけど、恐らく吸血鬼に近いものを持ってるんだろうな」

「きゅ、吸血鬼?」

 一瞬ひるんだが、横島はゆっくりと説明する。
 
 それを思い出したのだろう。彼女は体を震わせる。

「君はこの町に潜んでいた吸血鬼に血を吸われた。そして、君は伝承通りに吸血鬼となった。
 正確には吸血種と言うんだけどな」

「吸血種?」

「実例を挙げるとセンチュリーホテルの事件。あれは吸血種が起こしたものだけどな」

 センチュリーホテルの災害は目を閉じれば、まぶたの裏に明確に思い出される光景。
 
 それは今でも、横島の中で悔しさがある。
 
 恐らく、墓の中まで持っていかなければならない悔しさだ

「恐らく、吸血衝動にこれから襲われる事になる。
 人に危害を加えるまでは、俺一人でも何とかなるかもしれない。
 だけど、加えた時……加えそうになった時、俺は君を極楽に送ることしか出来ない。あくまでも人を襲おうとした時だ」

「つまり、人を遅わなければ」

「俺は俺の出来得る範囲で君を守るし、志貴も君を守ると思う」

 それは聖堂教会から聞かれて居たら非難轟々浴びせられていただろう。
 
 横島は考えた短い時間で出した結論。まだ、彼女はヒトで居られる。そう感じたから。
 
 急に横島の顔が上方に向いた。

 浴びせられた一瞬の殺気。その一瞬の殺気に気付いた。

「上か!?」

 窓ガラスが割れる。数人のグールが上にある窓ガラスを突き破って、襲いかかってくるところだった。

 上から襲い掛かってくるグールを、霊破刀で切りつける。
 
 上半身と下半身の泣き別れをしたグールが地面に衝突すると、残ったグールは地面に降り立ち横島の方に向かってきていた。

「栄光の手!!! 伸びろ!!!」

 こちらに向かってくるグールを突き刺すとそのまま遠心力を使って、向かってきた二体のグールを斬り捨てる。

 霊剣を消すと突き刺していたグールは塵のように消えていった。

 倒したグールも塵となって消えていく。横島は安堵の息をつくのも一瞬。

 再びの殺気に背後に視線を向けた。

「こんどは後ろかよ!!」

 二体のグールが、横島へと近づいてくる。

 否、すでに横島忠夫は包囲されていた。その数は両手両足の指の数を下らない。
 
 窓の外で見つめる姿に横島は呆然としていたが、それに横島は歯を食いしばった。
 
 恐らく、これが決戦になる。
 
 横島も今の状況を冷静に判断した。
 
 敵の数は恐らく、見えない場所にさらにいる。
 
 完全にはめられた格好だった。
 
 
 
 
 
 横島の探知能力を、文珠の能力を生かした探索を行ってくる。
 
 ロアはそのように考えていた。
 
 横島の力を借りれば、遠野志貴と横島忠夫を。もしくはどちらか片方を倒すことが出来る。
 
 志貴は何処かに向かったが、別に構わなかったのだ。ここで確実に1人を葬る。
 
 それが目的だったのだから。
 
 だから、彼女を狙った。
 
 横島忠夫は女に弱い。女に甘いと言うべきだ。
 
 だからこそ、ルシオラと言う魔族を味方につけるきっかけとなった。
 
 あの時、邪魔をされて腹が立ったが今になれば、それが鬼札になっている。
 
 弓塚さつき、彼女こそが切り札だった。
 
 そして、今の状況を見る。完全に嵌めた。価値は揺るがない
 
 ロアは勝ちを確信する。

 すべての前提条件が上手くいった。グールの大半を投入し、今のこの状況を作り出している事を考えれば勝ちは揺るがない。
 
 一つ懸念材料があるとすれば、一体のグールが動かない事。
 
 命令は出しているのだが、全く反応が無いのだ。
 
 まあ、グールが一体欠けたところで勝ちは揺るがない。ロアは見下ろし、その結末を楽しむ事にした。
 
 
 
 
 
 横島はGがつく黒い害虫のように湧いてくる死者に嘆息した。

 倒した数は十五に上る。そして見えている数は三十を下らない。
 
 両手両足の数。もしくは倍するぐらいと考えていたのだが、実際にはもっと多い。
 
 いや、多すぎた。
 
「数が増えてるやないか!!!!!」
 
 これが決戦はロアも考えている事。全戦力を投入しても全くおかしくない。
 
 グールの攻撃は多方向から。

 文珠を使い、対策を取ろうとするが、そのベストなタイミングが分からなかった。

「燃えやがれ!!」

 『炎』の文珠を五体ほどまとまっている集団に投げつけると一瞬で燃え上がる。
 
 ベストなタイミングが分からなくても、すでに数による暴力に押され始めている。
 
 横島は知らなかったが、炎と言うのは神界の不動明王の技。

 神族の攻撃を受けたグールは一瞬で燃え尽きるよりほかは無かったのだ

 サイキックソーサーを目の前の敵に投げる。

 栄光の手で左右からくる敵を切り裂く。

 獅子奮迅の戦い。その様子を歴史に詳しい人間が居たならば呂布のような戦いと言うだろう。

 だけど、横島忠夫は呂布なんかでは無い。呂布と比較したら、呂布に失礼だ。

 呂布ならば、背後から迫りくる敵に対応したはずなのだから。





 横島は肩を掴まれる。それは背後に回り込んできていたグールと気付いた時にはすでに遅い。

 何とか、振り向きついでの袈裟切りでその場のグールを倒したが、すでに状況はアウトだった。

 戦いのためのテンポ、それが狂わされたのである。

 テンポとは数を相手するのに一番大切な要素。それが今の一瞬で大幅に狂わされてしまった。

 それを見逃すグールではない。

「やばい!!」

 後方の安全を確認したうえで距離を保とうとするが、それは焼け石に水だった。
 
 それは戦う態勢が若干整っただけの事。数の暴力に耐えきれるだけの実力はない。
 
 数体は倒せる。だけど、それはせめてもの抵抗に過ぎないだろう。
 
 後、数秒で死ぬ。横島が覚悟したとき、横島の前に奇跡は起きた。
 
 一瞬の風が先頭のグールをなぎ飛ばしたのだから。

「ゆ、弓塚さん?」

 グールの動きは止まる。弓塚は彼らを見据えて居た。

 弓塚からしても、今の動きは予想外だったのだろう。自分の手を見る。
 
 横島を守るために前に出たら、それが余りにも早くて驚いた。そのような状況。
 
 一瞬のにらみ合い。最初に動いたのは弓塚さつきだった

 次々と薙ぎ払っていく。突き飛ばしていく。振り下ろした衝撃波で潰れていく。

「な、なんちゅう威力」

 横島は呟いたが、彼女にだけ任せるわけにはいかなかった。

「弓塚さん、離れろ!!!」

 それは初めての技。唐巣神父には完成前の技を見せたが、これは完成版。

 大きなサイキックソーサーが宙に浮いていた。それを横島は砕く。

「サイキックソーサー、行け!!!」

 サイキックソーサーをマグナムと言うならば、これはショットガン。

 一撃一撃はサイキックソーサーほどの威力は無いが、無数に分かれた盾は敵を飲み込むだけならば十分だった。

 元々、グールは防御力という観点で言えば大した防御力は無い。

 せいぜい、香港で戦ったゾンビ程度。威力を落としたサイキックソーサーでも、直撃すれば倒せる。

 流れを断ち切れば、互角の戦いなど一瞬で崩壊した。

 目の前で起きる事、全てが横島の知識となり、経験となっていく。
 
 そこから生まれた技がサイキックソーサーの進化だった。

 だが、グールは途切れない。先陣を突破して、第二陣を撃退しただけ。再び、ワラワラと現れるグールの大群。

 第何陣まであるのか予測がつかない。だけど、そんな中にも希望は現れた。

 そう、白き旋風の希望が。白い旋風は現れたグールを一瞬で蹴散らしていた。
 
 叩き潰し、薙ぎ払い、吹き飛ばす。
 
 圧倒的な力で第3陣は消し飛ばされていた。

「お待たせ、横島。彼女の事は志貴から話を聞いてるわ」

「アルクェイド、どうやら相手は決戦のつもりらしいぞ」

「ええ、そのようね」

 二人は同時に上を見上げた。それにつられて、弓塚も上を見上げ、遅れてきた志貴も上を見上げる。

 そこには未だに三十を下らないグールと一人の男が立っていたのだから

「一体、何人の行方不明者が出てたんだよ」

 横島の呟き。それは志貴も同じ意見だった。

 吸血鬼殺人事件など、氷山の一角に過ぎないのだろう。

 幾人もの行方不明者が出ているのは分かっていたが、今日だけで始末した数は百を超える計算となる。

 グールになれるのは百人に一人と聞く。ざっと考えると数万人単位で近くの町から人が消えていた事になる

 それに気がつかない官憲はなんて間抜け。そして、今の世界が他人に対してどれだけ無気力かが現れた結果だった。

「ミハイル・ロア・バルダムヨォン」

 アルクェイドの中で紡がれる言葉に志貴が見上げていた。

「あれが、今のロアか」

 横島の中で呟かれる言葉。その正体は分からなかったが、こうして相対してみると分かってくる。
 
「どうかしたんですか?」

「志貴、遠野シキは2人居たという事は知ってたか?」

 志貴の言葉に横島は告げる。それにアルクェイドが視線を横島に向けてきた。

「オカルトGメンが調べてくれたよ。俺さ、お前に内緒で遠野家に行ったんだ。その時、秋葉さんに会った」

「えっ?」

「美人の妹さんだな。別の男に寝取られないようにしろよ」

「寝取りって、横島さん!?」

 志貴の戸惑いに横島は苦笑する。

「横島、真剣な場所でふざけるのはやめてくれない?」

「悪い、まあ……その時に感じたのは妖怪の気配だった。遠野家は日本の半妖の血が多く受け継いでるらしい」

 横島は言うと志貴を見つめた。
 
「遠野って聞いて、志貴から魔を感じなかった。長い間、続いたために薄くなったと考えてたんだけど、秋葉さんに会って考えは一変したよ。
 遠野志貴は遠野シキじゃないってね。半分正解だった。遠野志貴は養子で、遠野四季と遠野秋葉が実子だった」

 遠野の家系はオカルトGメンからGSギルドの唐巣を経由して横島に届けられていた。

 遠野家は混血の家系。
 
 そこには息子が居る事まで確認でき、そこには二名のシキが居た。

 それは遠野志貴では無い息子である可能性が濃かった。そして、今ここで相対して分かった。
 
「違うかよ、ミハイル・ロア・バルダムヨォン。いや、遠野四季!!」

 あれは遠野に連なるものだと。

 遠野秋葉に感じた半魔の気配がここまで来る。
 
 否、すでにあれは本物の魔に侵食されていた。

 遠野の血、それは反転を行い、魔に変わる。
 
 先代の遠野槇久がそうだったように。

 そんな魔の気配が横島に向かってくる。それは遠野秋葉などより、はるかに強い気配が。

「すでに堕ちてたものにロアが入り込んだの?」

「逆だろう。ロアが入り込んだために、堕ちたんだ」

 横島の視線にロアは笑みを浮かべるばかりだ。
 
 アシュタロスやネロよりは遥かに弱い。
 
 横島でも油断しなければ、良い戦いは出来るだろう。

 横島単独で勝ち目は少なく見積もって三割。
 
 アルクェイドが戦える以上、勝ちはどんなに不可抗力を含めても九割を切る事は無い。

 だが、問題はある。横島の視線に移っていた志貴と弓塚だった。

 志貴は貧血もちで、弓塚は吸血鬼となったばかり。これがハンデになる。

 その時、ロアの笑みの理由がふと頭に浮かんだ。彼の貧血とロアには何か関係があるのではないかと

「どうした、志貴。俺の顔を忘れたわけじゃないだろ」

 ロアは口を開く。笑い声は不愉快極まりない。
 
 遠野四季として話しているのだろう。彼は志貴を挑発するように、口を開いていた。

 横島がアルクェイドに視線を向けると、アルクェイドはロアを睨みつけている。

「ロア、見つけたわよ」

「これはこれは、真祖の姫君。早くのお越しを楽しみにしてました」

 今、気が付いたかのように一礼する姿は何かの企みがあるのではないかと疑いたくなってくる。
 
 その理由は横島が取り出した霊視ゴーグルにはっきりと表れていた。

 一本の白い紐のような物が遠野シキと遠野志貴の間に存在すると言う事を。

「アルクェイド、撤退しよう。正直、アイツ相手は今は難しい!!」

「何を言ってるの、横島。ここで仕留めないと、被害は増える一方なのよ!?」

 横島の中に戦うなと言う警鐘がなっている。

 数少ない魔族との戦いでも、相手が余裕を見せている時は何かがある時。
 
 それだけでも再考の理由にはなる。そして霊視で見つけた繋がり。
 
 それが彼の自信の一つだとしたら?
 
 負ける理由になる可能性だってある。

 それだけで無くとも負ける要素は内側にある。先ほどの志貴と弓塚の事。

 これがアルクェイドと自分、もしくは自分だけならばここで決着をつけようとするのだろうが、ここまで揃うと撤退が正解に思えてきた。
 
 相手からしても不確定要素がありすぎたはず。
 
 特に弓塚の存在。吸血鬼とは親子関係はかなり強力だ。親であるロアと、子である弓塚。
 
 この関係が最初から壊れているのは彼にとって大誤算だったはず。

 それでも余裕を崩さない。だからこそ、横島は止めなければならなかった。

 言うならば、平均点が九十点以上取らなければいけないテスト。

 そこで不利と計算ミスで、五教科のうち一教科で五十点をギリギリ超える点数を取った。

 それなのに何故、目の前の敵はそこまで余裕で居られるのだろうか?

「弓塚さんの事もある。遠野も本調子じゃない。ここは撤退が正解だ!!」

「じゃあ、横島と志貴だけで逃げなさい。私はアイツを倒すから」

 冷たい視線でアルクェイドは言うと壁を蹴って、上へと上がっていく。

 それに向けて、グールが上から次々と降ってくる。それは大空中戦となっていた。

 向かって来るグールに対して、縦横無尽に爪を走らせる。

 壁を蹴ってグールを薙ぎ、潰し、引きちぎる。それは蹂躙だった。

「すげえ」

 横島の感嘆の言葉はお世辞なんかでは無い。

 落ちるまでにアルクェイドが潰したグールは次々と塵となっていく。
 
 そして、一気にロアに飛び掛かった時、彼の手から放たれたもの。

「かかったな」

 ロアの呟き、そして赤い電撃のようなもので縛られたアルクェイドでロアの策は証明された

「んな、馬鹿な!?」

 横島は思わず声を上げる。そこにあったのは『縛』の文珠だった

 それは、文珠が使えるようになったばかりの時に美神令子に渡してしまった物。

 それを転売してひと儲けと思った美神であったが、厄珍により安く値段をつけられてしまったもの。

 言いだした人間である以上、美神は一つを厄珍に売り、厄珍は高値で遠野に売りつけたのである。

 その結果が……この文珠だ。

 だけど、アルクェイド相手ではそのような物では長く持つはずがない

 欲しかったのはその一瞬。一瞬でロアの準備は整うのだ。
 
 横島の文珠の遠隔操作で『縛』は消える。だが、その一瞬は致命的だった。

「よ、避けろ、アルクェイド!!!」

 いつの間にかロアはナイフを持っていた。そして、それを首に向かって薙ぎ払う。

 横島はその攻撃をやばいと感じていた。
 
 想定外、予想外。何処まで隠し札がロアにはあるのだろう?

 文珠で嫌な気配を持っていたのではない。この攻撃こそ本命だったのだ。

 一瞬防御に走ろうとしたが、アルクェイドは横島の言葉に従って身をよじらせ、回避する事に成功する。

 それは他人の言葉を聞いても余裕と見せつけたかったのだろう。

 だが、アルクェイドが気がついた時、右腕の肘から先が存在していなかった。

 アルクェイドは落ちかけた腕を素手で持ち、地面に着地する。

「直死の魔眼……」

 アルクェイドは切目を見て呟くとそれを何もなかったかのように修復する

 今は夜。横島に助けられたとはいえ、数が少ないながら死の線があるらしい。

 それは、ただの油断には思えなかった。相手はここまで、考えていたのだ。これも計算済みであるはずだった。

「驚いたわ、ロア。だけど、今の一瞬で倒せなかったのは貴方のミスよ」

 流石のアルクェイドも慎重になっている。
 
 ここまで相手の手の上で踊らされているようになっているのだから、当然だった。

 ロアはその言葉にニヤリと笑う。
 
 その意味にその段階で気がついたのはアルクェイドだけだった

 そして、実際に行動に移されて事態に気がついたのは横島とアルクェイド。横島は特に顔を青くしている。

 ナイフについた血を舐めとった。

 つまり、それは真祖であるアルクェイドの血を得たと言う事。

 そう、それが目的だった事に横島とアルクェイドは初めて気がついたのだ。

 一瞬後に猛烈な霊力があふれ出る。とてつもない霊力、一瞬で暴発した霊力は収まる。

 つまり制御。制御したと言う事は格が上がる。それは体感して、初めて分かる事。

「逃げる事を再び提案したいんだけど」

 冷や汗を流しながら、横島はアルクェイドに尋ねた。

「仕方ないわね。弓塚さんと言ったかしら。私たちについてこれたらついてきなさい。場所はあの公園よ」

 二人が考えている事は同じだった。根本的解決をするには一度撤退が理想。

 相手がどれだけの実力を持っているか分からないうちに戦うのは危険。

 最悪、三咲の町を犠牲にしてでも撃破しなければいけないバケモノになってしまっていた。

「絶対にハンデを無くして、倒さなきゃいけない」

 横島の呟き。独り言と判断してアルクェイドは横島に視線を向けるとロアに視線を戻した。





 美神令子に守られ、小竜姫に守られ、ルシオラに守られてきた日々。

 横島にとっては、当時を思えば何も思わなかった事を否定したい日々。

 だから、ルシオラは死んでしまった。

 妥協と現実を見た結果、こうなってしまった。

 だから、許せない。だからこそ、許せない。妥協を繰り返した自分を。

 妥協をする必要のない力を。
 
 二度と同じことが繰り返される事ない力を。





 アルクェイドが先陣を切って、この路地裏から退避する

 直後を志貴と弓塚が撤退する。そして横島が最後まで警戒して撤退していった。

 ロアは全く動かない。動く様子など全く見せない。

 彼も分かっていたのだ。

 新たな力に慣れていない状態で有利な場所を離れれば狩られる立場になりうる事に……。





 決着の時は次回。互いに考えは分からないながら、それは全員が感じていたことだった











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