『決戦前夜』














 三咲駅前にある高級ホテルに横島忠夫、アルクェイド、遠野志貴、弓塚さつきの4人がソファーに座っている。

 緊急の会議。その場所に選んだのは駅前と言う立地条件にあるホテルだ。

 条件だけで言えば、ネロ・カオスに襲われた時と殆ど同じ条件。

 少し違う事と言えば、密かに協力してくれている警察官たちが駅前を厳重に強化してくれている事だろう。

 必要以上に気に掛ける必要が無いと言う話だったが、念のために横島がGSギルドを通じて配備してもらったのだ。

 なぜ、警戒する必要が無いのか?

 それはアルクェイドと横島によって葬られた数は3桁に達した。

 それを考えるとロアの手札は殆ど無い。あの決戦で使い切らなかったとしたら、余程の策士と言う事だ。

 だが、策士という事はあり得ない。

 策士ならば、もっと上手くやる。最低でも警察やオカルトGメン、GSギルドが主だって動いているうちは動かないだろう。

 だが、愚かと言うわけでもない。そんな推測の中で、こうして集まったのだ。

 念の為に最上階のスイートルームなどがあるフロアを貸し切ると、従業員を翌日の夕方まで上がって来ないように要請したのだった。

「それで、ロアに関しての事だけど」

 会議が始まって最初のアルクェイドの言葉に全員が反応する

 視線を向けられたアルクェイドは真剣な表情で周囲を見渡し、一呼吸を置いた。

「今のロアは強いわよ。横島の言う通りに、あの時点で一度撤退しておけば良かったかもしれないわね」

 真祖の血を取り込んだ死徒。

 最後の最後でとんでもない奴が現れたと、横島は思わず頭を抱えた。 

 少しだけ幸いなのは、相手は手札を使い切り、現状では様子見をしている事。

 この件についてはシエルにも相談したかったが、相談できない事情もある。

 弓塚さつきの事を、今の段階でシエルにばれるわけにはいかない。

 こんな状況では弓塚は不特定材料として、排除されて終わりと言う可能性も十分あった。

 これは聖堂教会だけではない。オカルトGメンにもあり得る話だ。

 そんな事にしたくないのが、横島の心情。

 横島が口に出さなくても、アルクェイドを除いて、遠野志貴は思っているだろう。

 横島はシエルに相談と言う選択肢が無くなった。

 つまりは独断で倒さなければいけない。

 その時、志貴が少し暗い表情で問いかけた。

「なあ、アルクェイド。お前一人で倒せる可能性はどれくらいある?」

「そうね……まあ、全快していれば完璧だけど」

 志貴の問いに、アルクェイドはゆっくり三本の指を立てる。

「三割か。随分と高い可能性で安心した」

「違うわ。3%よ」

 アルクェイドの言葉に志貴は絶句した。それは横島も同じだったが、こんなところだろうと何処か納得してしまう。

「そんなに低い確率じゃ、アルクェイドだけにやらせるわけにはいかんわな」

 横島のため息にアルクェイドは横島に視線を向ける。

「それで、横島には手はあるわけ?」

「倒す手段じゃ無いけど、隙ならある。
 アイツは俺たち人間を舐め腐っている節があるから、それを巧く突けば戦えるさ。
 強い奴ほど、人間を超えたと思っている奴ほど、その傾向はあるからな」

 横島は断言する。

 アシュタロスだって、ネロ・カオスだって油断をして負けた。

 戦力や状況なら圧倒的に相手が上だったにもかかわらず、油断はそれすらも覆すものだと横島は知っている。

「でも、戦えるだけでは滅ぼすのとは別よ?」

「分かってる。でもさ、俺たちはアイツから決定的な隙を作り出せば良いわけだ。
 アルクェイドと俺で抑え込めれば、後はロアを倒す奴は別の人間だろ」

 横島は志貴へ視線を向けると、志貴は唖然としていた。

 同時にアルクェイドも唖然としている。

「なんで、アルクェイドがそんな表情をしているんだ!?」

「え、ちょっと、横島の性格からふざけた言葉が出てくるかなーって思ってたんだけど」

 アルクェイドの言葉に志貴が苦笑しながら頷く。

「なら、なんだ。こうなったら、死んだふりするしかないって言うべきだったか」

「うん、そっちの方が横島らしいかなって気がするわ」

 アルクェイドの言葉に横島はため息をつく。

 志貴と弓塚の乾いた笑いに横島はため息をつくと、話を先に進める事にした。
 
「冗談はさて置いて、あいつを殺せるのは俺は志貴しかいないと思ってる」

「直死の魔眼ね。志貴ならロアを殺せる」

 横島は頷く。
 
 この場に居る人間では志貴しか殺すことが出来ないだろう。
 
 もしくはおキヌちゃんの時のように直接封印すると言う手も無くはないが、死徒の実力が横島も漠然としか分かってない以上は厳しい。
 
 死津喪比女の場合も長い時間が経つにつれて、結界が弱まり、それを利用するに至った。
 
 とすればそれは危険ではなかろうか?
 
 その段階でロアを封印する手順を外した。
 
 最初は志貴を関わらせたくなかったが、こうして関わってしまった以上は直死の魔眼を使わない手はない。
 
「ねえ、一つ聞いていい?」

 アルクェイドは口を開く。
 
「遠野シキは二人いたってどういうことなのかしら?」

 横島は少しだけ戸惑ったが、ため息をつく。
 
「後で、資料は見せるとして簡単に掻い摘んで説明するぞ」

 一呼吸を空けると横島は思い出しながら、説明していく。




 遠野シキは2人居る。それは戸籍謄本にあった。

 遠野志貴と遠野秋葉。確かに戸籍には存在している。

 ただし、遠野志貴は養子としてあった。

 だが、出産記録によれば遠野シキは確かに存在している。

 GS免許で調べられる物を市役所や警察署で取り寄せてもらうのはGSの基本だ。

 最初に疑問に思ったのは、美神令子だった。

「これは名家特有の内輪もめだな」

 その程度だった。

 だが、横島が遠野家から戻って、帰る前に彼女が纏めて置いてくれた資料を見て、疑惑は確証を取るようになる。

 遠野槙久。彼が非常に厄介だった。

 戸籍だけではなく、色々な方向に手を回していた。

 そして、行き着いたのはGSギルドに眠っていたGS協会時代の負の遺産だった。

 『七夜』

 それは退魔と呼ばれる家系だった。

 超能力、優れた暗殺技術、高い身体能力を持ってかつては暗殺者の長として居た時代もあったのだ。

 浅神・巫淨・両儀・七夜で退魔四家と呼ばれて居た時代もあったらしい。

 だが、明治維新以降は退魔家そのものがすでに無用の産物と化していた。

 第二次世界大戦に負けると、それはさらに顕著になっていく。

 GS制度の導入。それは一気に明暗を分けた。

 免許の合格者人数は少ない。その少ない席を争い、追い求めてGSとなっていく。

 結論とすれば地方に存在していた六道のような、時代の変化に乗れた退魔家は生き残る事に成功した。

 だが、中央に存在していた土御門や安部のような古来の陰陽師たちは廃れていく。

 つまりは政治と寄り添っていた退魔家は次第に消えていくか、力を失っていったのだった。

 話を戻すと、七夜は数ある退魔家の中でも異質だった。外界から接触を絶った里で暮らす一族。

 独自の退魔技術を持って、魔族や神族、妖怪、外道を為す混血を次々と葬っていったのである。

 時は平成に入り、状況は変わっていく。

 七夜最後の当主、七夜黄理だ。

 元々、七夜には旧退魔家の政治家などがバックに居たのだが、命令違反が多くなっていった。

 そしてその頃になると退魔四家で力があるのは七夜と両儀だけにしまったいた。

 さらに両儀は退魔稼業からは半分足を洗っていた。現状の退魔家は七夜のみ。

 その状況で七夜黄理は最悪の決断を行った。

 GS協会を始めとした退魔関連から離脱したのだ。

 当時のGS協会はかなり揉めたらしい。

 そして彼らは決断した。

 彼らは恐れてしまったのだ。七夜の技術を。

 それが向けられる事を。

 恐れていたのは七夜の背後に居た、名家……旧家たちだけではない。

 政府、あらゆる組織。全てから恐怖の対象になってしまったのが資料からも良く分かる。

 そして、二十世紀最後の虐殺が始まったのだった。

 加わったのは各旧家の私兵やGS。

 そのリーダーを務めた遠野槙久の私兵。

 その援護をしたのは自衛隊関係。

 そんな絶望的な状況の中で、七夜は意地を見せつけた。

 自分たちの倍の人数を殺害し、その倍の人数を負傷させたのだから。






 その場にいた全員が言葉を失っていた。

 ショックと混乱の二つが頭をあるのだろう。

 実際の話、その時の首謀者は遠野槙久、さらには時の総理大臣の名前もあった。

 情報、状況の多くが闇に葬られてしまった事実。

「どんな状況だったのか、資料を直接読んだ俺には分からなかったけど、一人として肉体的損傷の無かった死体は無かったそうだ。
 それだけの大激戦だったという事な」

 その侮蔑に満ちているような声に志貴が聞こえたのは気のせいではない。

 魔神大戦で全く力を出さなかった半妖、旧家と言った在来勢力。

 これだけの実力があれば、魔神大戦で力を出してくれれば、多少は結果が違っただろう。

 それは予想でしかないのだが。

「つまり、どういう事?」

「ロアは遠野家を使える立場にある。遠野四季と言う人間に従う人間が居るから、今の状況になっている」

 アルクェイドに横島は説明すると、志貴が難しい表情をしている。
 
「遠野家の中に協力者が居るってわけですか?」

 志貴の口調に元気はない。

 もし、それがそうだとすれば、弓塚さつきが襲われたのは遠野家が間接的に居るとなれば当然だろう。

 横島は一息をつくと周囲を見渡す。

「そう考えるのが正しいな。それは取りあえず置いておいてだ」

 横島は志貴へと視線を移す。

「まだ、幾らか困ったことがある。遠野シキは二人居たという事は、遠野志貴は誰だ?ってことだ」

「あっ……」

 志貴が声を上げる。横島は真剣な表情をすると、その先の口を開いた。

「確率としてはロアに成り代わられた事により入れ替わったという事かな」

「入れ替わった?」

「恐らくだけど、ロアを遠野家は持て余したんじゃないかと思う。
 だから、遠野シキを幽閉しその代役を立てた。遠野志貴と言う代役を。
 そして、多分その人間は遠野家の近くに置きたくなかったんだ。遠野志貴を」

「横島さん、それが本当に会ったと言う可能性はあるんですか?」

 志貴の言葉に怒りがこもる。

 横島はそれも当然だと思った。

 自分の家を悪く言われて怒らない人間が居たら嘘だ。自分でもそうする。

 それを陰でこそこそやる真似は横島は好きじゃなかった。だから、あえてこうして堂々と言える。

「七夜の件は遠野槙久が手を引いている。これに関してはGS協会が隠していたものをGSギルドが極秘裏に関係者に公開した。
 遠野四季が二人いる。これも限りなく100%本物だろう。
 そして、志貴に近くに居て欲しくない人間が居た。これに関しては俺の勘でしかないけどな」

 横島は一息をつくと志貴を見据える。

 それを見ると志貴は思わず胸を抑えた。

「どうしたの、遠野君?」

 弓塚が尋ねると、その問いに手のひらで答えた。
 
「なんだ、これ」

 志貴の言葉に横島は苦笑する。アルクェイドもそれに納得したように頭を抱えた。

「それが私に反応したのね」

「そういう事だな。アルクェイドを殺したのも、俺を殺そうとしたのも退魔の血がなすことだ」

 横島の手に『魔』の文珠が握られていた。
 
 それを消すと志貴が椅子から降りて地面に手をつく。
 
 荒い息を吐きながら、地面を見つめてしばらく息を整えると椅子へと戻った。
 
「その有り余る退魔衝動。七夜の血なんだろうな」

 横島は志貴を見ると、横島を見返してきた。
 
「横島さん、そんな事を気付かせて何をやりたいんですか!?」

「おいおい、俺は言ったぞ。これ以上関わるなら、もう戻れないって」

 横島の言葉に志貴が唇をかむ。

 その様子にアルクェイドは我関せずを決め込み、弓塚はオロオロするだけだった。

「さて、そこに気付いたところで一つ。このままだと、遠野家が危ないと分かっているのか?」

「えっ?」

「このままだと、遠野家は切り捨てられるぞ」

 横島の言葉に志貴は何を言っているのか分からなかった。

 遠野家が切り捨てられる?

 その言葉が何度も繰り返す。

「結局、遠野家の分家がオカルトGメンの行動に制限を入れたらしい。秋葉さんの話だとな。
 俺は最低でも美神家の恐ろしさを知っているなら、妨害程度にしていたと思う。
 でも、オカルトGメンに泥塗って、どうなるか分からん。
 正直、俺は秋葉さんを知ってしまったから、何とかしたいと思う訳よ」

 その言葉に志貴は横島を見ていたが、やがて大きく息をついた。

「その前提条件に今の話が必要だったんですか?」

「正確には志貴が取れる手段は一つしかない事を知ってもらいたいわけだ。
 そして、タイムリミットは恐らく明日一杯」

「時間が、ないじゃないですか」

 志貴は撤退するのは間違いだった。

 そう思っているに違いない。

「いんや、あの時点の撤退は間違いじゃない。あそこで戦ってたら全滅してた」

「それは私の力をロアが手に入れたから?」

「加えて、弓塚さんと言う不確定要素。あともう一つあったんだ」

 取りあえずそれは置いておいてと横島は言う。

 横島は同時に志貴を見た。

「タイムリミットは明日しかない。これは別の問題でも言えるんだ」

「別の問題って何かしら?」

 アルクェイドは首を傾げる。

 ここまでは自分たちにとって都合が悪いから撤退した。

 そう聞こえてもおかしくはない。

「オカルトGメンは明後日には到着して、最新の装備、最新の武装によってロアを殲滅する」

「殲滅、出来るんですか?」

「恐らく。隊長なら、自衛隊は当然ながら、在日米軍とかNATO軍を持ってきそうだ」

「それって、オーバーキルなのでは?」

「俺たちはそんな時にはこういう。あれは美神さんの母親なんだぞ?」

 その意味は志貴には分からなかった。

 つまりはロアは美神美智恵を意地にさせた。そんな状況もある。

 裏が片付いたら、絶対にやる。間違いなく。

「勝つためには手段選ばない一族だから、けっこー注意したいよね」

 横島はポツリとつぶやくと、すぐに首を横に振った。
 
「で、それでも俺としては良いんだけど、これも避けたい」

「何でですか? 遠野君も皆無事で終わるのに」

「弓塚さんはどうなる? ロアを野放しにしていた遠野家は?」

 横島はため息をつくとアルクェイドを見る。

 彼女はそれに興味なさそうにしていたが……

「それに次の転生者は恐らく遠野志貴だ。ロアと志貴、薄い繋がりが存在してる。魂を共有しているって言うのかな」

「え?」

 アルクェイドの間抜けた声に横島は苦笑した。

 そんな声がアルクェイドから聞けるとは思わなかったからだ。

 こうしてみると、害があるようには見えない。

 下手に手を出さなければ向こうも出してこないようにも思える。

 それは横島が特殊な環境にいるからなのかもしれないが、

「魂の尾がロアに繋がっていた。偶然、霊視で見えてしまったわけだが」

 横島はため息をついた。

 だが、ため息とは裏腹に横島は困った様子は見せていない。

 それに志貴が首を傾げた。

「それは問題じゃないんですか?」

「問題? いや、状況的には厄介だけど問題じゃないわな。志貴がロアなわけじゃないし、次の転生する人間ってだけだろ?」

 それにアルクェイドは頷く。
 
「それで、どうするのかしら。ロアは思っているほど、簡単に消えてくれないわよ?」

「そうか? 直死の魔眼が何処まで威力があるかはわからんけど、なんとか行けるんじゃないかと思う」

 そんな理由で戦いに臨むのだろうか?

 それでは先ほど戦っても同じではないだろうか?

 その問いには横島が答える。

「基本はアルクェイドの攻撃、ワイルドカードとして文珠に直死の魔眼。さらにはこれ!!」

 そこには変な人形がついたコンパスのようなものがあった。

「新霊気感応機械、その名も新・見鬼くんだ!!」

 横島の思わせぶりな言葉とは裏腹に周りが冷たい視線になる。

「ねえ、これ、何が良いの?」

 アルクェイドの問いは当然だ。横島ががっくりと項垂れると、説明をする。

「今年発売のコレは不特定多数の霊気をとることは出来ないけど、特定した霊気は受け取ることはできる」

 横島はボタンを押すと数秒間、ぐるぐるとまわってアルクェイドを指さした。
 
 アルクェイドは、その場からどかしても同じ方向を指し続けている。
 
「ロアはそっちの方向に居るわけだ」

「なるほど。そういうこと」

 アルクェイドは納得したようにうなずく。

 横島が毎夜のようにロアを探してた理由はこれだ。

 ロアの霊力を登録すること。

 そうすれば、逃すことがない。だからこそ、あの場所で撤退を叫んだ。

 次に戦う時は完全な状態で戦えるように。

「やるじゃない。流石は魔神大戦の英雄という処かしら」

「逃げ道を確保して、そのあとは勝てる可能性を増やしながら戦う。美神さんから学んだことじゃ!!!」

 横島は胸を張るが、それは敵からすれば卑怯に違いない。

 美神令子や横島忠夫から言わせれば、卑怯は大いに結構。大事なのは勝つか負けるかと言うだろう。

 それに志貴は苦笑する。それにアルクェイドも苦笑を返すと本題へと入った。





 時計はすでに深夜の0時を回っている。

 机の上にはルームサービス、ぎりぎりの時間で注文したサンドイッチが並んでいた。

 腹が減っては戦は出来ぬ。コーヒーと共にサンドイッチをつまみながら、話は続けられていた。

「次は弓塚なんだけど、アルクェイド。どうにかならないのか?」

 横島の問いにアルクェイドは紅茶のカップを置いた。

 一瞬流れる沈黙。それは重々しい雰囲気が漂う。

 やがて、アルクェイドは横島の顔を見て、口を開いた。

「……横島、残念だけど彼女を治す事は出来ないわ。それが例え文珠だとしてもね。
 汚れた魂は元に戻らない。例え精巧な人形を用意して魂を移し替えたとしても、死徒になるわ」

 それは分かっていた結論。

 そうだとするならば、弓塚さつきという少女は遠からず血を吸う化け物になってしまうのだろう。

 奇跡は二度は起きない。

 その一度目の奇跡はロアからの脱却。

 それだけでも奇跡だというのに、二度目は酷だ。

 だけど、横島はそれに重々しく頷いた。

「そんな事は大体予測はついてるよ。だけど、俺は何とかしたいんだ。
 吸血鬼化を治してくれとは言ってない。
 せめて、吸血鬼として生きることになったとしても今だけは日常に帰してやることは出来ないのか?
 俺の自己満足にしか過ぎないけど、彼女に幾つか選べる選択肢を上げたい。そう思っちゃダメかな?」

 横島はアルクェイドを見る。

 それは今までの中で最も隠すことがない真っ直ぐと見つめてきた瞳だ。

 アルクェイドはその視線に一瞬戸惑った。

 そこには揺るぎない意志が篭っている。

 ここで何も手段がなければ、横島はどんな手を使ってでも手段を探すだろう。

 アルクェイドの視線と横島の視線。それがぶつかり合う。

 本気でアルクェイドが睨むと横島は一瞬驚いた顔になったが、すぐに負けないように睨み返してきた。

 時間にして数十秒ほどだろうか。

 アルクェイドはため息をつく。

「はあ、横島には参ったわね。まあ、横島には志貴に殺された時に『再生』させてもらったという大きな借りがあるわ」

 そういうと呆れたように横島を見ると、もう一度見つめる。

「私には彼女を治療することはできないわ。だけど、普段の生活に限りなく近い状態に戻す事はできるかもしれない」

 アルクェイドの言葉に横島は驚いた。

 まさか、そんな言葉が出てくるとは思っていなかったからだ。

 最悪、ここでアルクェイドと戦闘になる可能性も考えていた。

 結果は横島の死亡で終了。まあ、その後はアルクェイドと志貴が見鬼を使ってロアを滅ぼすのは目に見えて分かる。

 そこまで考えての発言だったので、内心ビクビクで恐怖でガクガクだったのは言うまでもない。

 だが、アルクェイドは覆した。協力してくれる、それだけでもありがたい。

「横島、東洋に逃げた吸血鬼って知っているかしら?」

「東洋に逃げた吸血鬼?」

 横島の言葉にアルクェイドは頷いた。

「正確には私たち吸血種の仲間に入ると思われるわ。最低でも吸血鬼の範疇を超えていた、GSが滅ぼした吸血鬼よ」

 横島の頭に浮かんだのは、GSになる前に戦った怪物。

「名前はノスフェラトウ……別名では織田信長と言うらしいわね」

「織田信長だって!?」

 志貴の言葉にアルクェイドは頷いた。

 織田信長とは誰に聞くまでもなく、有名すぎる天下布武を行った歴史上の人物だ。

 小学校で出てくる日本史最大の英雄かもしれない人間が、吸血鬼と言われたらこの反応は仕方ない。

「志貴に一応忠告しておくと、織田信長は歴史上のしっかりとした人間だ。
 恐らくその頃に聖堂教会に追われて逃げ込んだノスフェラトウが織田信長を殺し、その上で信長を名乗ったらしいぞ。
 明智光秀は退魔師で本能寺で信長を秘密裏に除霊した。それを知らない豊臣秀吉、当時は羽柴秀吉が明智光秀を討ったんだ」

 横島は説明すると志貴が思わず頷いた。
 
「あんときは俺もGSの下積み時代でさ。美神さんの後ろをついて回った挙句、明智光秀に憑依されて大変だったんだぞ」

 横島は当時のことを思い出す。

 激しい労働でこき使われ、悪霊に頬を吸われて、さらに憑依されても255円。

 神族は半分無礼だったことがあったとはいえ、神剣で切り付けられ、さらには霊力が使えないのにGS試験に出されたこと。も

 魔族は何度も何度も襲ってきた。

 そういう意味では

「ちゃんと礼儀を守った明智光秀さんは素晴らしいと思います。
 後遺症残して去っていく韋駄天よりは遥かに、そして当時は数少ない常識人でした」

「数少ない……ってそこに使う言葉だったかな」

 弓塚の突っ込みに横島は笑う。

「そこを突っ込むのか。と、言うか全てに突っ込むべきだろ!! 俺の人生ハードモードだぞ!!」

 横島は笑いながら言うと、志貴はため息をついた

「って言うか、横島さん。人が一生かかっても体験できないような事を幾つもないですか!?」

「そんな事を言うならば、今だってそうだろ。
 それに俺の今までの人生なんて、ドリフでも、こんなベタないだろ!! ってくらいにギャグとロマンに溢れてるぞ。
 ネロ・カオス? ミハイル・ロア・バルダムヨォン? 本来なら絶対に戦うことがないか、もしくは出会ったら死ぬ相手だ」

 それに志貴の言葉は詰まる。

 いつの間にか横島は真面目な表情になって、その言葉を続けた

「オカルトなんてさ、体験しないほうが良いんだよ。体験するってことは日常に帰れなくなるってことだ」

 横島は言うとサンドイッチを口にして、コーヒーを飲む。

 その言葉に全員が黙り込んでしまった。

 横島の明るい性格は辛いと言う事を見せない為に育まれたもの。

 元から明るい性格だったのだろうが、真面目な中にもふざけた事を言うのは、緊張を取ろうとしているからだ。

 少し上に取りすぎかもしれないが、恐らく間違いじゃない。

 志貴は思わず、横島を見て考え込んでしまった。

 横島はだからこそ、自分を遠ざけるようにしていた。

 結局は関わらざるを得なかっただろうが、もしかしたら別の形になっていたかもしれない。

 志貴は考えているとアルクェイドが口を開く。

「……話を続けるわよ。横島、アイツは何をやっていたか分かる?」

「霊能力者を集めて、血を取っていたな。そっか、霊能者の血には霊力が含まれてるからか」

 横島はその可能性に行き着いた。
 
 アルクェイドはそれに頷く。

「そう、彼女に足りないのは霊格。だから、強い霊力や魔力の持ち主の血は霊格を上げるには最高のごちそうってわけ」

「ならば、俺の血を少し分ければ良いんだな」

「横島の血でも良いけど、彼女が進化する分だけ分け与えると、たぶんは出血多量で死ぬわよ?」

 横島はそれにガクッと肩を落とす。

 それだけの血を抜くとなれば、明日の行動は不可能になるだろう。

 つまりはロアに時間を与える事になってしまう。

 アルクェイドはそれを見て、苦笑しつつ言葉を続けた。

「だから、私から少しだけ血を与えれば良いの。ほんの少しだけ。量で言うとスプーンで一杯程度ね」

「それって……」

 横島はアルクェイドの死徒になるのではないか?

 そのように尋ねようとすると、アルクェイドが止める。

「これは弓塚さんの為じゃない。横島と志貴を信用してあげるのよ。
 でも、血を分け与えると言うのは本来ならばやりたくない事よ。それだけは覚えておいて」

 その言葉に横島は思わず笑みを浮かべる。

 アルクェイドは渋々と言う形だが、こうやって譲歩を引き出せた。

 それだけでもありがたい。

 だが、その喜びを止めるようにアルクェイドが、口を開く。

「だけど、これだけは覚えておきなさい。それは日常に帰る事は出来たとしても、真似をしているだけ。
 もう貴方は本当の日常には帰れないわ。貴方の正体が知られれば、恐れられ、嫌われる。そんな世界よ」

 アルクェイドからのきつい言葉に横島の笑みが消える。

 そう、そんな世界になる。タマモやシロも何とか慣れようとしているが、それでも偏見があるのがこの世界。

 彼女のように、普通の女の子だった人には厳しい世界なのかもしれない。

 しばらく流れる沈黙。

 それは弓塚さつき本人の言葉で破られた。

「でも……、それでも、そこに見せかけだけでも、幸せがあるなら良いじゃないのかな。
 普通の人だって、もしかしたら日常を演じているだけなのかもしれないし」

 志貴はそれにハッとした。横島もそれは同じだ。

 直死の魔眼を手に入れた志貴。霊能力を手に入れた横島。

 彼らの前に手に入れる前の生活は戻ってきたか?

 それを言われると横島と志貴は納得せざるを得ない。

 アルクェイドはため息をつくと、手を志貴に出した。

 それに対して、志貴もナイフを取り出すと、それをアルクェイドに渡す。

 今、彼女が入れられた世界は、この場に居る誰もが知らない世界。そう、体験した事の無い世界だ。

 狂わずに吸血鬼になれるという事はどういう事だろう?

 理性で本能を抑え込んでいるのだろうか?

 もし、そうだとするならば彼女は本当にすごい。

 自分がブラドー島で吸血鬼になった時、理性的に抑える事が出来なかった。

 それはまるで、自分が失格の烙印を押されているようで……

「何故か横島さんが落ち込んでいるんだけど」

 志貴の視線に入った横島の姿に志貴が苦笑を漏らしながら告げる。

 その様子を手にナイフで傷つけようとしていたアルクェイドは横島を見た。

 そこには何か達観したような横島の笑みがあった。

「何か、俺ってやりきった人生なんだなって感じただけさ
 宇宙旅行にはこれまで二度も行ったし、レーザーライフルを最初に食らった人間だと思うぜ
 海底の素潜り到達点に近い場所までスキューバダイビングだってやった。銀行強盗だってやったぜ」

 少し壊れた笑いをする横島に弓塚は一歩下がる。志貴も同様だった。

 横島の人生が色々な意味でおかしいのは分かっていたが、銀行強盗とか宇宙旅行とか本来ありえない事をやっている気がする。

「死にかける事だってやってるし、タイムスリップだって二度か三度やってるし。
 ……あ、ブラドー島で吸血鬼になってたやないか!!」

「それは吸血鬼であって、吸血種と一緒にしないの。ていっ」

 良い笑顔で笑っていた横島は、笑顔のアルクェイドによって地面に叩きつけられた。

 次第に血の海が地面に広がっていくのを見て、志貴と弓塚は顔が青ざめていく。

 横島の体が細かく痙攣している。

 間違いなく即死攻撃だ。

「あ、アルクェイドさん?」

 弓塚の言葉にアルクェイドは一瞬呆けた後、笑い始めた。

「力加減間違えちゃった。てへっ」

「てへっ……じゃないだろ、アルクェイド。横島さん、死んでないか!?」

 志貴の慌てた言葉にアルクェイドが確認しようとする。

「……あー、死ぬかと思った」

 すると血の海から起き上がる横島を見て、志貴と弓塚が猛烈な勢いで壁際まで後ずさった。

 血まみれな顔面で起き上がってくる横島はかなり恐ろしい状態だ。

「あ、生きてたんなら起きなさいよね」

「あほか、頭蓋骨が陥没しそうな勢いで叩きつけられて無事な奴がいるか!!!」

 ポンポンと肩を叩くアルクェイドに横島が反応する。

 当然の反応だ。普通は死んでいないとおかしい。

 横島だからこそ、生きていると言っても過言ではない攻撃だが

「ここに居るよ?」

 アルクェイドの言葉に全員は呆然とする。

 横島はその言葉に一瞬考えたが……やがて、納得した。

「そこは納得する所なのか!?」

「まあ、大気圏に生身で突入に比べたら大したことないし。あっちは完全に記憶が飛んだからな」

「何をやってるんだ。あんたは!!」

 横島に猛烈に突っ込む志貴。

 横島の体が揺すられるのを見て、アルクェイドが笑い声をあげる。

「あはは、志貴と横島は凄く仲がいいよね。さつき」

「えっ?」

「どうかしたの。さつきって呼んじゃダメ?」

 アルクェイドは驚いたような表情をすると、弓塚は首振り人形のようにを横に振った

「うん、これから吸血鬼仲間としてよろしくね」

「吸血鬼仲間ってどうなのよ」

 横島と志貴は突っ込みあうのを止めて、ため息をついていた。

 まあ、そんなのも良いか。それが横島と志貴の結論であるのは言うまでも無かった。





 シエルは東京を駆けていく。聖堂教会の指示、それは死徒を支援する人間の始末だった。

 そこにはかつての内閣総理大臣の名前や、警視庁のトップの人間。

 両手では数えられないほどの政治家。

 経団連にいる、人間。さらには古くから流れる血の人間たち。

 聖堂教会の仕事として、人間の始末自体は魔術師などで珍しくはない。だが、こう言った例は異例だった。

 表の世界に居る人間の始末。

 すでにGSギルドの大半の幹部は処理されている。残り数時間の間に最低でも5人はこの世界から消えてもらわないといけない。

 遠くには火の手も見える。恐らくは……今回の事件に関連した人間の家だ。

 日本に居る他の代行者もすでに動いているのだ。シエルはその状況にため息をつく。

「……美神美智恵に対する貸しですか」

 シエルはポツリと呟いた。

 横島忠夫、伊達雪之丞、美神令子など粒がそろったGSたち。

 聖堂教会が相手にするには、片手間では出来ない相手。

 全力を出せば潰せない事はないだろうが、恐らく二十年は活動を制限されるに違いない。

 GSに関しては、聖堂教会は借りしか作っていない。

 魔神大戦、ネロ・カオス、そしてロアの件。かなり大きな貸しだ

 そして聖堂教会もGSも同じローマ教皇がトップだ。その点からすれば、争う理由などはどこにも無い。

 GSはGSで、教会は教会で。しっかりと範囲を守った上で、協力していけばいい。

 判断できれば、実行は早かった。

 まずは煽った人間たちの排除。同時にGSに対する借りを返す一手としたのが今の行動だ。

 これが終われば、GSはすぐにでも動けるようになるだろう。

 間接的にGSに対する援護攻撃にもなる。

「ロアを放って、こんな事をやる必要は無いと思いますが……上からの命令なら仕方ないですね」

 今回選ばれたのは、GSの妨害やオカルトGメンの妨害に走った人物たち。

 それは死徒に味方していると考えれば、聖堂教会の行動の対象になる。

 本来はシエルからすれば、ロアを倒す方が優先順位は高い。

 だけど、聖堂教会上層部は一時的にロアよりもGSとの貸しを無くす方を求めた

 それは代行者たちからすれば、今回の事に関しては寝耳に水の話。

 でも、組織に居るものとして上層部の命令は逆らえない……。

「せめて、本日亡くなる者たちに哀悼を示しましょう」

 シエルは言いながら夜の闇へと入っていく。

 上空に輝く月はネオンが灯る大都市で、悲しげに空からそれを見守っていた。











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