『月姫』













 ルームサービスの新聞。横島はフロントまでわざわざ取りに行くと、一面の見出しに苦笑した。

 様々な著名人が昨日は隠れたようだ。

 与野党の政治家、新聞社の重役、GSギルドの幹部、警察官僚などなど。

 どの新聞社も何が何だかわからず、詳細は警察発表のまま。

 ただ、緊急で載せた。それがわかるような文面だ。

「随分と昨日死んでるな。案外政争に巻き込まれたんだろうが」

 横島の言葉は微妙に正解を外している。

 政争という事は当たっているかもしれない。

 聖堂教会とオカルトGメン、お互いが歩み寄るためにはタイミングが必要だった。

 それが三咲事件の裏でこそこそと動いていた人間。ただ、それだけの話だ。

 これでオカルトGメンに枷が無くなる。

 明日には三咲に堂々と乗り込んでくるだろう。

 モーニングコーヒーを飲みながらタイムリミットは今日の夜と計算していると外で物音がした。

「ここは貸し切りのはずなんだけどな」

 横島は首をかしげる。

 それにスイートの別の寝室から背伸びをしながらアルクェイドが出てくる。

「おはよー。外にいるのは、さつきかな」

「アルクェイド、もう少し寝てないで平気なのか?」

「大丈夫。それよりもそっちは志貴と一緒で大丈夫だった?」

 なんという発想をするのだろうか。

「俺は、ホモじゃない」

 横島はぽつりと呟く。

 志貴にそっちの気があるのではない。一瞬、思い浮かべてしまったのだ。

 ベッドの中でそんな光景。アルクェイドが変なことを言うからだ。

「それにしても外。太陽光線を浴びて、大やけどして転げまわっているんじゃないだろうな」

「まさか、そんなわけないでしょ。今の弓塚さんは下手な死徒よりも強いわ。
 なんて言ったって私の血を分けて上げたんだから。まあ、私も驚くほどの進化だったけど」

「まあ、平均的な死徒はどんなレベルかは分からんけど。小竜姫様と同じくらいの霊圧。ビビった」

 昨日の夜、アルクェイドが志貴のナイフで傷つけた血を弓塚に与えたのだが、結果は驚くほど大きかった。

 霊格が一気に上がり、今に至るのだが、良くはなっても悪くはなっていない。今のところ。

 そして、実験として色々と行っているようだが、外の様子を聞く限りでは太陽の光はもう大丈夫なようだ。

「横島って、やっぱり甘いわね。 もし、血を吸ったりしたら、何とかするのは横島や志貴よ?」

 アルクェイドが言うが横島は苦笑して何も言わなかった。

 それに諦めたようにアルクェイドも何も言わなくなる。

 二人が沈黙した次のタイミング。非常に良いタイミングで弓塚が志貴と共に入ってきた。

「横島さん、アルクェイドさん、ありがとうございました」

 礼を言われることにアルクェイドは戸惑いながらも、弓塚にしっかりと視線を向けていた。

「日の光を浴びても少し眩しいくらいですし、水も少しひりひりするくらいで大丈夫です」

「礼を言われるスジじゃないわ。横島と志貴のお願いだったから、道筋を立ててあげただけよ」

 その様子を横島がニヤニヤしながら、アルクェイドを見つめる。

 助けを求めて志貴に視線を向けたが、彼も同じように微笑んでいた。

 その様子に孤立無援を確信したのか、ため息をつくと、

「二日でそこまでの進化。それは貴方のポテンシャルが良かったから。それはまさしく奇跡よ」

「俺もそう思う。もしかしたら、GSになるポテンシャルは弓塚さんは高かったのかもしれないな」

 後輩を一人削られた気分。横島はその様子を苦笑と満足とは行かないが、それなりに納得した成果の微笑みを同時に浮かべる。
 
 そういえば、志貴は何故外に出ていたのだろうか?
 
「家に連絡をしてたんだ。お手伝いさんが出てくれて、秋葉に伝えておいてくれるって言ってた」

「そうか。お手伝いさんってメイドさん? 割烹着さん?」

「割烹着を着てる琥珀さんが出てくれた。そう言えば横島さんは来たことあるんでしたね」

「ああ、琥珀さんにデートの申し込みをしたんだけど、秋葉さんに見事に断られた」

「グールを探している時に何やってるんですか。まったく」

 志貴の呆れた声に横島は笑い声をあげるとすぐに顔を真剣に戻した。

「さて、冗談は置いておいてだ」

 横島は言うと見鬼を取り出すと起動する。そして、それはある一定方向を指すと止まった。

 コンパスを置いて、方向を確かめる。

 そして、三咲町の地図を出して、方向を確認しながら赤いサインペンで線引きを行っていった。

「この方向って、俺の間違いじゃなければ住宅地の方向だと思うんだけど?」

 志貴の言葉に弓塚も頷く。横島もそれに同意した。

「もし、住宅地だと厄介だ」

 その志貴の言葉も正論。

 一般人が住む住宅地に隠れる。それはかなり怖いものがある。

 何が怖いのか?

 それは民間人への被害だ。

 その影響はセンチュリーホテルで起きたネロ・カオスの事件など比較にならないほどの被害を与える。

 特にGSギルド、オカルトGメンは悲鳴を上げざるを得ない。政府、自治体も同様だ。

「それに関しては大丈夫よ。ロアは魔術師、霊地などを拠点にするに決まっているわ」

 その懸念を吹き飛ばすようにアルクェイドが真剣な眼差しで線引き作業を見つめながら口を開いた。

「まあ、そういう事だな。俺もアルクェイドに賛成だ。霊地の上にある家、例えば遠野家の屋敷なら話は分かるけど」

「うちは霊地の上にあったんですか?」

「まあな。だから一応は確かめると言う意味合いもあったんだ。ふふん、凄いだろう?」

「そういう処が無ければ、素直に尊敬できるんだけどな」

 志貴の言葉に横島は笑う。笑いながらも線を引いて行って、一点で止まった。

「ここだな」

「ええ、間違いないと思うわ」

 アルクェイドと横島は同時に頷く。

「ちょっと、待ってくれ」

「うそ、ここって」

 そして、志貴と弓塚は驚愕の声を上げた。

 何故なら、そこは……

 彼らが通っている高校だったから。

「盲点だったわね」

「それは認める。ちくしょう、今だから言える話で確かに変な気配はするなとは思ってたんだ。学校妖怪とかそう言った気配と間違えてた」

 横島の言葉にアルクェイドは真剣に横島を見た。

「仕方ないわよ。私も気付かなかったんだし」

「仕方なくはない。俺が念のために調べていれば」

「でも、それだと志貴が危なかったんじゃないかしら? 例え、倒したとしても」

 横島は確かにと思う。

 時間的に言えば、アルクェイドが殺された直後の話だ。

 そこで擦りこまれた誤認識。何度もグール探しで近くを歩いた記憶はあるが、覆せるものではない。

「まあ、本拠地ではない可能性もある。一度確認作業は必要だと思うけど」

「止めておいた方が良いと思うわ。私も間違いないと思うし、何より奇襲は奇を狙っての奇襲よ。確認したらバレるじゃない」

「志貴を登校させてみるとか?」

「志貴が襲われるわよ。だから、突撃するしかないわ」

 アルクェイドの言葉に横島はしばらく考えた後に頷いた。

「間違えだったら、どうしようもない気がするけど」

「はあ、自信持ちなさい。貴方は私が知る限りで最も探知に優れてるんだから」

 その言葉に横島は浮き上がりかけた腰を椅子に座りなおした。

 確かにその通りだ。

 そこが本拠地であれ、違ってもロアがそこに居る可能性が高い。

 それだけは間違いない。

 念のために突撃する前に見鬼で確認する必要はあるが、それは夜の一回だけで良い。

 気分を入れ替える。

 どちらにせよ、今日が決戦になる。

 オカルトGメンは翌日には到着する。それから戦うとなると、オカルトGメンはロア相手にどれだけの被害を出すのだろうか?

 なら、どちらにせよ総攻撃をかける。自分の持ち得る限り、全ての力で。

 ただ、見えない不安もある。

 横島は弓塚を見た。それに気づいた彼女は首を傾げる。

 それに苦笑すると、ため息をついた。

 そう、アルクェイドの血を飲んだロアがどれだけ強いか、横島は分からない。

 当然、アルクェイドや志貴も知るはずがない。

 その不安を一抹に残しながら、決戦に備え休む。勝てると信じて。





 夕方、遠野秋葉は遠野家の自宅で準備を始めていた

「琥珀、本当に遠野シキは兄さんの学校に陣取っているのね」

「はい、色々な情報を整理するとそうなります」

 琥珀の手には見鬼君が握られていた。三咲に居るGSに協力してもらった結果で分かった事。

 そこまでに随分と金と労力をかけてしまった。

 それにしても早く見つかったものだ。

「……横島さんに教えてもらったのかしら?」

 秋葉は琥珀に尋ねると、彼女は苦笑いをしながら首を横に振った。

「いえいえ、横島さんは連絡が取れないみたいですよ。志貴さんとも連絡が取れませんし、困りましたねー」

 琥珀の言葉に秋葉が頷く。

 昨日、連絡を取ろうとしたが、ホテルには戻っていないようだった。

 名刺の携帯電話番号にもかけてみたが、留守番電話になっている。

 それを知って秋葉はそれに苦々しい顔をした。理由は想像できたのだ。

 横島忠夫は遠野志貴と一緒に居るのだろうと。

 逆に言えば、魔神大戦の英雄に守ってもらっているとも受け取る事が出来る。

 横島忠夫が居る限り、遠野志貴が死ぬとは思えない。

 少し癪ではあるが、何処かの泥棒猫と一緒に居ないので良しとした。

 恐らくは同じ相手を追っているのだろう。

 志貴には志貴の、横島には横島の、秋葉には秋葉の遠野シキを追う理由が存在している。

 裏にどんな陰謀が隠れていようとも。

「それにしても、こんなに早く動かなくては行けないなんて思いませんでした」

「オカルトGメンを久我峰は勝手に敵に回したのよ。これくらい当然ね」

「暗殺、ここまでするとは思わなかったです」

 琥珀の言葉に秋葉が頷く。

 せいぜい、経団連やGS協会から厳重な注意。ここまでで済むと誰もが思っていた節がある。

 だが、オカルトGメンは予想を超える行動を取ってきた。

 今日の朝、翡翠が受け取った情報。翡翠が思わず慌てたくらいに大きな情報だった。

 久我峰の息がかかった政治家、遠野家派閥の暗殺。それは遠野を揺るがすには十分だった。

 周りでは騒いでいる。GSギルドが動いたか、それともオカルトGメンが動いたか。

 秋葉の考えはオカルトGメンが動いたと考える。

 実行は別の組織かもしれない。だが、オカルトGメンが何らかの形で関わったのは紛れもない真実だと思う。

 それでも、その中に『横島忠夫』が深くかかわってないと思われる痕跡は幾つもあった。

 何より、遠野志貴をあそこまで気に掛ける存在が暗殺なんて言う行動に出るだろうか?

 無いとは言いきれないが、そうだとしたら余程の狸だ。

 だが、そんな心配は秋葉はしていなかった。

 むしろ、オカルトGメン。

 美神美智恵、彼女の方が余程恐ろしい。

 どちらにせよ、まずは遠野シキを倒す事。それが先決だ。

 玄関ホールに出ると、すでにそこには一人のメイド服の少女が待機していた。

「翡翠、私と琥珀は出かけるわ。兄さんから連絡が来たら、帰りは遅くなると言っておいて」

「秋葉様……」

「兄さんなら、無事よ。もしかしたら、お節介を焼く兄さんの事だから私の方に顔を出すかもしれないけどね」

「どうか、ご無事で」

 分かっている。

 遠野シキは正直勝ち目があるかどうか分からない存在になっているという事に。

 秋葉は気を引き締めると、判明している本拠地へと向かった。





 夜の闇の中、浮かび上がる建物がある。高校の影はすでに異界と化している。

 その外には四人が立っていた。横島は電話をしながら、渋い表情になっていく。

「そうですか。分かりました」

 横島は静かに闇を覗き込んだ。そこに別世界がある。

 暗闇の世界ながら、人の住むような場所ではない。

「警備会社の話だと夕方にGSが三人から連絡があったらしい。遠野家からも」

 志貴が一瞬固まる。

 横島は黙って暗闇を睨みつけていた。

 GSが動く。ここまで大きくなるとGSギルドが協力を要請しているので、援護に来る可能性はある。

 だが、要請も無し。そして本拠地に居るとなると、独自でGSが調査をしていたのだろうか?

 それはない。

 遠野家は独自で動いてたのであれば分かる。だが、二つの報告が両者の関係を薄くしていた。

「相当にまずいな。どうも吸血鬼に協力者が居る。遠野家か旧家かは分からんけど」

「協力って、吸血鬼なんだぞ」

「南武って言うグループ会社は、魔神大戦時に魔族と協力してた。
 人間なんて自分に不利益が来ないと思ったら、悪魔にも魂を売り渡すもんなんだよ」

 横島は静かな怒りを貯めている。

 今回の事件、オカルトGメン、GSギルドの二つが協力し、遠野家も協力できていたら最低でも弓塚さつきは吸血鬼にならないで済んだかもしれない。

 たら、ればの話だ。絶対にそうはならないと言う保証はないが、ならなかったと言う事も言いきれない。

 どちらにせよ、一部の人間が死徒を利益に使おうとしている。それは理解できた。

「ここから先は、敵のテリトリーだ。何が起きてもおかしくない」

「ええ、そうね。ここで尻込みしているなら、先に行くわよ?」

 アルクェイドの言葉と同時に横島は乾いた笑いを上げながら入っていく。

 出来れば、周囲に結界を張り、万全な状態を整えた上で攻めたかったが、遠野家の討伐隊が先に入っている可能性がある以上は無理。

 連中がロアを倒す前に、志貴がロアを倒さなければ行けないのだ。

 志貴に案内されながら、昇降口の前に立っている人影を見て、立ち止まった。遠目から見て男性なのは分かる。

「ねえ、あれって……」

 弓塚の言葉に横島は頷く。

 恐らくはGSの人間。ここに居るという事は、戦いは終わったという事なのだろうか?

 だが、違うのは少し考えれば理解できた。

 この異界空間。この状況で終わっているとは思えない。

 偽物?

 横島の頭の片隅に出てきた言葉。

 だが、その可能性を腕章を見て否定した。

 肩の腕章はGSギルドが使う。ほとんどのGSはみっともないのでつけないが、たまに使うGSが居る事は知っていた。

 ならば、グール?

 それも違う。目の前に居る人間は生きている。グールのような、おかしな気配がない。

 奇襲の意味がなくなるが、声をかける以外は選択肢は存在しない。

「おい、あんたが先にこの学校に入ったGSか!?」

 そんな葛藤の上にかけられた横島の言葉にその人間は何も反応しない。

 だが、次の瞬間に手からライトセイバーのような光が現れた。

 神通棍、GSの基本的な武器である。

 ただし、それは人に向けるものではない。まあ、それで攻撃し半殺しにしてきた人間は居るが。

「あんた、やっている事が分かっているのか!?」

 横島の問い掛けに答えは相手方からもたらされた。

 その時、同時に昇降口の掃除用具入れのロッカーが開く。そこから現れたのも人間だ。

 だが、廊下の奥から出てきた人々は違う。グールだ。

 それと同時に理解する。ロアの策だと。

「なんで、GSがいきなり敵にまわってんだよ!!!」

 横島の言葉に返されたのは神通棍による攻撃。正直、美神令子よりも速度よりも遅く、威力も小さい。

 それを避ける横島。どうしたらいいか、迷う横島に次々と神通棍の攻撃が襲い掛かる。

「精霊と父の御名において命ず、吸血鬼よ去れ!!!!」

 ロッカーから出てきたスーツ姿のGSが放った霊波がアルクェイドに向かった。それをアルクェイドは爪の一振りで無効化する。

 迷った時間は1秒もない。

 横島は神通棍を持ったGSを霊剣で弾き飛ばすと、大声で指示をした。

「アルクェイド、弓塚、志貴はグールを頼む。俺はGSを排除する!!」

 さきほど、弾き飛ばした時に分かったが、体温はあった。

 つまり、生きている。

 催眠か、精神操作かは分からないが、操られている。

 それは殺せば、色々と事情を聴取されることは間違いなくなるのだ。

 そうなると、色々と情報を公開しなければ行けない事になる。

 横島だけなら有りだが、アルクェイドや弓塚は実績を求めているオカルトGメンの敵となりかねない。

「こんちくしょーーーー!!!!」

 接近する横島に対する殺意ある霊波砲の中、横島はエキソシストのGSへと一気に近づく。

 だが、向かってくる霊波砲は最充填早い。

 唐巣神父もそうだが、エクソシストは霊波の扱いが上手い。だからこそ、一瞬で倒さなければならないのだが。

 横島は地面を蹴ると、ダメージ覚悟で突っ込む。

 乱れ撃たれる霊波の中を駆け抜けた。

 霊波の弾道は地面に、後方に、時には命中コース。どうやら、GSのレベルまでは変える事は出来ないようだった。

 命中コースのみサイキックソーサーで防ぐ。

 それだけで十分だ。

 一気に飛び込む。本来、慌てるような状況だが、慌てた様子は全くない。

 それは機械のように、命令を繰り返すだけに過ぎない人形だった。

 栄光の手の防御に反応しきれていない。

 元々、精神操作系には耐性があるGSだ。その辺りに無茶があったのだろう。

 栄光の手で横島は腹部を強めに打つ。

 その瞬間、霊体にダメージを与えて昏倒させるのだ。

 生身で殆ど傷を与えずに無力化する一番最良の方法だった。

 だが、敵は一体ではない。

 背後を振り返ると、神通棍を持ったGSが向ってきているところだった。

 霊波と霊波がぶつかる。

 同時に放電現象が起きた。先ほども思ったが、横島が手加減しているのに対して相手は本気で殺しに来ている。

 放電現象は強い霊波の干渉により起きる反発現象だ。

 そのため、幾度となく神通棍を振りかざす相手に横島は受け止める必要がある。

 振り下ろしを受け止める。

 払いを受け止める。

 突きを避ける。

 敵のレベルは明らかに格下。レベル的には高校の時に受けたGS試験の陰念と比べて若干上程度。

 横島は一瞬の隙を見て、霊波刀の出力を上げると相手を弾き飛ばした。

「サイキックソーサー!!!」

 栄光の手に代わって白い盾が、炸裂する。

 爆発と共に現れたのは意識を失った男性の姿だった。

「くそ、やりにくい。ってか、ほかは?」

 2人を倒した隙を突いて、横島へと差を詰めてくるグールを栄光の手で両断する。

 落ち着けば、この程度は大したことない。

 グールは強い。だが、横島でも戦えることは実証済みだ。

 だが、状況は横島の認識を凌駕する勢いだった。

 志貴が直死の魔眼で線を断てば、アルクェイドが力ずくで叩き潰す。

 これは見慣れた光景だ。むしろ、この程度で良く戦う気になれたなとも思うような光景。

 そこに吸血鬼になったとはいえ、数日前まで一般人だった弓塚さつきがグールを殴り飛ばしている光景を見れば分かるだろう。

「なんだかな。俺、後ろで応援していても良いんじゃないだろうか」

 横島は向かってきたグールにサイキックソーサーを投げつけながら、その様子を眺めるしかない。

 むしろ、アルクェイドと弓塚の援護は出来ない。

 威力が強すぎて巻き込まれたら死ぬ。

 横島はそれを確認するとロッカーの中にあった、かばんの中から呪縛ロープを発見すると気絶させた二名のGSを縛り上げる。

 それが終わるころには、昇降口前からグールが一掃され、縛り付けられたGSを見ている余裕が存在していた。

「それにしても、なんでGSがグールと一緒に襲い掛かってくるんだ?」

 志貴の言葉に横島はため息をつく。

「どうせ、ロアに洗脳されたんだろうよ。後でオカルトGメンに引き渡して、白井病院で治療だろうな。
 その後も悲惨な結果が待っているのは、言うまでもないだろうが」

 横島を除いた3人が倒したグールの数は20体以上。横島も2体を倒したのでここで倒した数は25体ほどになる。

「まあ、吸血鬼じゃないだけマシだよ。にしても、低ランクGSにしては装備が充実しすぎてる。
 遠野家か繋がりがある連中と専属を結んでいた連中かもしれん」

 志貴は彼らを見ると上を見上げた。

 横島は精霊石を取り出すと、グールに手を出させないように簡易結界を張る。

 ちなみに精霊石は敵対していたGSの持ち物という事は言うまでもない。

 そして、4人は校舎の中に入っていった。

 暗闇の中の校舎に入ると、アルクェイドと横島は上を見上げた。

「まだ、やり合っているわね」

 アルクェイドの言葉に横島は頷く。

「急がないと間に合わんかもしれん」

「それについては大丈夫。グールはあれで最後のはずよ。待ち伏せで中途半端な数を置く奴じゃないわ」

 アルクェイドが呟くと、アルクェイドはそのまま考えながら歩く。

 本来ならば猪突猛進で突き進みそうだが、自制を保っている。

 横島も急ごうとは言ったものの、早足になる様子はない。

「ここが決戦と分かっているから、それも考えているんだけどさ」

 志貴はそれに首を傾げる。アルクェイドも横島も何故か警戒しているのだ。

「なら、何でロアが出てこなかった? 上で戦闘している感じだが、何で自分の護衛に回さないんだ?」

 横島の疑問に答えられるわけがない。

 そんな事はロアしか分からないのだ。

「それは時間稼ぎとか」

 弓塚の言葉に横島は厳しい表情になる。

「時間稼ぎは何かの目的があるから、時間稼ぎするんだ。例えば援軍とか?」

「それは無いわ。人間が協力して、さっきみたいなGSが現れるみたいならともかくね」

「あの程度なら先ほどの戦いを見てると弓塚さんでも何とかなるよ。それは余り意味ないな。と、なると上の敵と分断か」

 今までの魔族との戦いを思い出す。

 時間稼ぎをした敵は誰だ? それはメドーサだ。アシュタロスもある意味そうかもしれない。

 それは何のため? 策や状況の好転をはかるため。

 今の状況で好転と言えば……上で戦っている敵と合流されては困るから。

 つまりは各個撃破。

「なあ、ロアって今の宿主の遠野シキの記憶はあるのか?」

「もちろん、その人格に記憶とロアの人格をコピーしているわけだから……」

 横島はその言葉に少し考える。

 ロアが余りにも急な行動をしたために、情報の整理が終わっていない部分もある。

「もしかしたら」

 横島は階段を上がりながら、口を開く。

 アルクェイド、志貴、弓塚、横島の順番で階段を上がるが、横島の表情は暗い。

「ロアの野郎、志貴を中心に狙ってる可能性が高いな」

「俺ですか?」

 志貴が意外だと横島に問いかけてきた。

「ああ、ロアが遠野シキの記憶を持っていた場合、本来はシキが居る位置に居る人間をどう思う?」

「それは……」

「恐らく恨みに思ってるはずだ。となれば、その場所を取り戻そうとするのは確実だろうな」

 横島は言うと、屋上の扉が見えてきた。

 その奥にはロアが居る。

 扉越しでもひしひしと感じた。アルクェイドはそんな様子も関係なく、すぐに扉を開いた。

「いきなり!?」

 横島の抗議にもかかわらず、ロアへの扉は開かれた。

 そこから流れてきたのは圧倒的な霊圧。

 そして、倒れているのは見た事がある少女だった。

「秋葉!!」

 そこに倒れていたのは遠野秋葉だ。屋上の風景は殆ど変わった場所が無い。

 屋上のコンクリートが抉れる、削られるは普通の悪霊にもあるにもかかわらずだ。

 せいぜい、血が飛び散っているのを除けば、その場は何もなかったと言われても分からない。

 その意味に気がついたのは、アルクェイドと横島。

 横島はロアの動きを注視しながら秋葉に駆け寄る。すでに志貴が駆け寄っていたが、その顔色は優れなかった。

 傷口は基本刺し傷。そして、そこから流れた血溜まりは大きい。急いで手当しなければ命も危ないだろう。

「貴様が悪いんだぞ、志貴。お前を兄だと言い続ける妹には良い罰であったろうが」

 この言葉で確信してしまった。予想が、悪い意味で確定してしまった事に。

 不快なロアの笑い声。そして、それを屋上の隅で呆然と見ている屋敷で見た少女。

 彼女が付き添いとしてやってきたのか?

 だけど、遠野秋葉は返り討ちにあってしまった。

 ロアの高々な笑い声が夜空に響く。

「随分と悪趣味なんだな。遠野シキ……いや、名前すら無い怪物」

 横島のポツリと呟いた言葉に彼は反応した。

「なんだと?」

 横島は彼には目を合わせようとしない。気付いたのは目の前に居た志貴だけだろう。

 表情が完全に消えていた。横島は視線を合わせない。

 次に目を合わせた瞬間から、横島とロアはやり合う事になる。

 横島はロアに注意を向けながらも秋葉の容態を確認していた。
 
 彼女の脈をとると、脈はまだある。脈があるならば、必要な量の霊魂がある限り文珠でもなんとかなるだろう

「出血は多量だけど、この程度なら……俺の文珠でも何とかなるな」

 『治』の文珠を傷口に当てながら、止血は文珠が光り始めてから一瞬。

 傷口が見る見る小さくなっていき、やがて消えた。

 横島は傷口に注目する。

 彼女の傷は刺し傷が中心。今まで見たのは直死の魔眼と、ロアという事で魔術が得意という事は予測がついた。

 では、この刺し傷は何なのだろうか?

 つまり、ロアは横島たちが知らない能力を持っていると言う事になる

「とりあえずはこれで大丈夫だ。だけど、出血が多いから、すぐに輸血が必要かもしれない」

 横島は志貴に言うと、ロアへと視線を据える。

 この傷だけでもわかった。

 傷を見ている間、攻撃してこないのはロアのせめてもの心遣いだろうか。

 いや、逆だ。文珠を近くで見たのだ。

 先ほどまであった侮りの表情は無い。

「琥珀、秋葉を頼んだよ」

「……はい、分かりました。志貴さん、後はよろしくお願いしますね」

 秋葉を抱きかかえた志貴は琥珀のところに向かうと、近くに秋葉をおろすと志貴もロアを見据えた。

 志貴の言葉に琥珀は頷くと、秋葉の容態を見はじめる。

 フォローするように弓塚が秋葉のそばまでやってきた。

「俺が名前が無い怪物だと?」

 横島の言葉が出てから数十秒。ロアの言葉から出てきた言葉は問いかけだった。

 横島はそれに頷く。

「分からんのか。あんたのどこにロアである要素が入っているんだ?」

 横島の言葉には淡々とした口調が混じっていた。

 その淡々とした口調に込められているのは怒り、そして悲しみだった。

「私がロアでは無いと何故言いきれる」

 横島は黙っていたが、やがて口を開いた。

「お前がロアじゃない事は当然だろ。その身体は遠野シキ、行動すら遠野シキの怨みを晴らしてるんだからよ」

 アルクェイドはその言葉に疑問を抱いたらしく、横島の隣まで来ると横島に視線だけ向ける。

「横島、それってどういう事?」

「ようやく分かったんだよ。ロアの記憶にシキが自分の想いをコピーしたんだ。そのせいで一貫性が無かったんだ」

 ロアは志貴を、秋葉を、そして弓塚を見る。

「なるほど、確かにそうかもしれん。だが、遠野シキと言う人格はもうないぞ?」

「そうか……俺としては、遠野秋葉を徹底的に痛めつけている時点と、先ほどの台詞でそうではないと思うんだけどな」

 横島の淡々とした口調にロアは急に黙り込んだが、横島はそこでつまらない言い争いを止めることにした

 横島の言葉はロアには通じない。アルクェイドや志貴ですら、気付かなかった真実だ。

 何故、気がついたのか横島にすら分からない。ただ、言える事は目の前に居る奴は遠野志貴の、アルクェイドの、横島忠夫の敵だった

「もう、これ以上言ってもしゃあない。だから、全てをここで終わらせるぞ。ミハイル・ロア・バルダムヨォン
 このGS横島忠夫がお前を、極楽に行かせてやるぜ」

「極楽? 私の輪廻をここで止めると? 面白いやってみると良い」

 ロアは可笑しそうに笑う。だが、横島は動じていなかった。

 逆に横島も不敵な笑みを浮かべる。

「なんだ、その笑いは。人間の分際で」

 手から怪光線が放たれるが、それを手に集めた盾で弾き飛ばす。

 威力としては中途半端。恐らく様子見の一撃だろうが、それを文珠を使わずに弾き飛ばしたことでロアの表情に真剣みが生まれる。

「どうしたんだ、ロア。あんたの力なんて、俺一人を簡単に吹き飛ばせないほどの物なのか?」

 横島の言葉と同時に激しい行動が開始された。アルクェイドがロアの行動を捉え、差を詰めたのだ。

 弓塚も続く。アルクェイドは次の瞬間、ロアの衝撃波のようなもので後退させられた。

 が、攻撃の手は一手だけではない。弓塚がすでにアルクェイドの第二陣として懐に飛び込んでいた。

 拳が胴体に突き刺さる。

 そのはずだった。

 拳が発光する障壁の前で止まる。魔力で作りだされた壁、その様子にロアは薄い笑いを浮かべていた

「最後まで状況を見ろよな!!」

 ワンタイミング遅れ。弓塚の速度の方が速かったからだが、それは正しかった。

 恐らく横島が相手していたら、破るだけで中途半端な攻撃になっていた。

 攻撃を弓塚に譲る事で、横島は突破だけで済む。

「と、言うわけで!!」

 『破』の文珠が障壁にぶつかると、魔力の流れがおかしくなり一瞬で消えた。

「このぉ!!!」

 弓塚の怒りと共にさらに一歩踏み込んだ拳が胴体に炸裂する。

「直撃じゃない!!」

 横島は見えていた。障壁と同時に後方に飛んでいた。その段階で僅かに胴体に当たったのみ。

 慌てて霊気の盾を投げつけると、それはロアに当たり爆発を起こし、そして土煙で遮った。

 愚手。誰もが言える攻撃をやった理由は一つだけ。

「下がれ、弓塚さん!!」

 後退の為の足止め。

 横島と弓塚が同時に下がり、最後の追撃の一手に入る予定だった志貴も下がる。

 煙が晴れた時、そこには無傷で不敵な笑みを見せるロアの姿があった。

「……まさか、これほどまでに成長するとは」

 ロアは可笑しそうに笑い始める。

 自身の強さを感じ、そして笑う。その様子に志貴は横目で横島とアルクェイドを見ていた。

 横島の目は先ほどより真剣さを増している。

 アルクェイドも全く驕りがない。宿敵でもあるのだが、それ以上に力を完全に認めていた。

「横島さん、今のではダメージが?」

「全くダメージ受けてないな。弓塚さんが障壁を破壊するところまで予測して、攻撃が届くギリギリのリーチのところまで下がってた」

 横島の説明にアルクェイドが頷く。

 昨日見たロアとは違う。

 受けた感覚。それは昨日までの一貫とした感覚は無い。やはり、ロアはロアではない。

 ロアだが、ロアとは違った要素も持ってしまっている。

 アルクェイドは冷静な瞳でロアを観察していた。昨日と同じ力でゴリ押しならば、狩られるのはアルクェイドの方だろう。

 全力ならば、多少苦戦する程度で済む相手なのだろうが、回復したとはいえ4割。状況は悪い。

「まさか、私の支配から脱した死徒がいるとはな」

 ロアの視線は弓塚に向いている。

 それは脅威を見つけたという表情ではない。玩具を与えられたような子供の瞳だ。

「当たり前でしょ。私の血を与えたのよ……さつきはあんたよりも上の吸血鬼だってことを認めたら、ロア」

 アルクェイドの言葉にロアは薄い笑みを崩さない。

 横島だって分かる。今の弓塚は尋常でないほど強いはず。

 ベスパやパピリオとは厳しいが、メドーサやデミアンクラスなら互角に戦うだけの力は持っているはず。

 以前のロアは知らない。だけど、それだけの力を持って侮れるはずがないのだが、ロアには違ったらしい。

「さて、それはどうだろうな!!!」

 ロアは言い放つ。それは間違いだと。

「なりたての死徒に後れを取るほど、私は甘くは無いぞ!!」

 魔力による攻撃。魔術だ。

 光が大きく捻じ曲がり、横島と志貴に狙いを付けられている。

 志貴はそれを何とか横跳びで避け、横島も大きく後退する。

 当然やられっぱなしではない。サイキックソーサーを左手に作ると、投げる。

 急な態勢だったこともあり、サイキックソーサーは屋上の床に命中し、爆発と同時に小さな抉れを出したがロアは気にしていなかった

「なかなかの攻撃力じゃないか」

「いつまでも、調子に乗ってんじゃねえよ!!」

 そう、当たっても当たらなくても良い攻撃。その爆発に反応してくれればありがたいだけ。

 先のロアの攻撃の意味。それは横島と志貴への牽制。

 文珠と直死の魔眼と言えばいいだろうか。

 その理由はアルクェイドと弓塚への攻撃に他ならない。

 一歩踏み出そうとしたその時、ロアは横に飛びのいた。
 
 ロアの居た場所に霊破刀が伸びている。

 僅かに遅れたか。脇腹をかすめたらしく、小さな傷が出来ていた。
 
「……何だと?」

 ロアの言葉に横島はニヤリと笑う。霊波刀の先は横島の手に。

 栄光の手。

 確かに栄光の手かもしれない。勝ち目が見えた。

 だから、障壁。

 防御力を補うため、アルクェイドの攻撃を防ぐために出していたのだろう。

 障壁は攻撃と同時には使えない。それならば色々とやりようがある。

 ロアは確かに強い。だけど、攻撃を通す事が出来れば勝てるのが分かった。

「邪魔をするか。人間」

「この程度で邪魔って言うなら、お前の力の底が見えたぜ」

 ロアは鼻で笑う。横島はそれを見ると難しい顔をした。

 敵は完全に自分を舐めている。

「志貴、しばらく参戦するなよ。お前は切り札なんだ」

 半分忘れ去られていそうな志貴に声をかけると横島は真剣な表情をロアに向けた。

 これから、2分間が勝負の分かれ道。この2分間で相手の引き出しを出し切らなければ勝ちはない。

「横島、コンビネーション出来る?」

 アルクェイドの問い掛けに横島は狼狽した。

 まさかの協力要請は嬉しいが、身体能力で完全に劣っている横島に、文珠を使う以外に出来るわけがない。

「チョイ待て、どれだけのスピードか分からんのに、出来るとか出来ないとか言うな!!」

 横島が言う前にアルクェイドは白い旋風と化した。

 仕方なく横島も『速』の文珠で追っていく。

 高速の戦い。普通の人間には線しか見えないだろう。

 アルクェイドはとてつもなく速く、とてつもなく重い攻撃をロアに繰り出していく。

 横島も人間としては常識離れしたスピードで攻撃を繰り出す。

 全ては障壁によって弾かれた。

 それにアルクェイドも横島も厄介な防御だと感じていた。

 障壁を張っている間は攻撃が出来ないとはいえ、攻撃を繰り返すたびにに疲労は蓄積する。

 強力な攻撃を加えた時、障壁が一瞬だけ弱くなるという感触はある。
 
 しかし、次の瞬間には元に戻っている。

 削っても削っても、厚さが変わらない壁を相手にしているような感覚だ。

「ちくしょう、一撃の攻撃力が足りねえ!!」

 思わず出た弱音。横島は攻撃の隙を与えないように、アルクェイドの合間を攻撃する。

 それが効果があったのかは分からないが、今のところはロアの反撃はない。

 でも、それだけでは時間だけが過ぎていく。それに耐えきれなかったのか弓塚が飛び出してきた。

「私も加わるよ!!」

 彼女の攻撃は現状では最強クラスの攻撃。

 それこそ、ロアの障壁を破った実績もあるように一番相手に出来るのは彼女だ。

 経験が圧倒的に足りないのを除けば。

 だからこそ、今のタイミング。

 一方的に攻め立てる事によって、相手の攻撃を防ぐと言う今の状況では彼女の一撃必殺の攻撃は大きな隙に他ならない。

「甘い!!」

 障壁が破られると同時にロアは高く飛び上がった。手からは魔術が放たれる。

 手から走る電撃は地面のコンクリートのタイルをめくりあげ、その破片を3人に飛ばした。

 速度はかなり早い。ぶつかれば無傷では済まないだろう。

 弓塚やアルクェイドは破片を破壊し防ぐ。

 だが、横島はそうはいかない。

 急所を何とか防ぐが、打撲傷やかすり傷は多い。

「素晴らしい、素晴らしいぞ。全てが私の味方のようではないか!!」

 ロアが狂ったように笑う。戦闘で饒舌になっているのだろう。

 戦っているのに、そっちのけで笑いに入っている。

 油断。

 傲慢。

 それを許すほどの絶対的な力を目の前の敵は持っている。

「昨日とは全然段違いの迫力じゃねえか。畜生」

 分かり切っていた事。ここまでは想定範囲。

 横島の頭から血がポタリと落ちる。どうやら、瓦礫の破片で傷を負ったようだ。

 自己判断では深刻と言えるダメージでない事を確認すると立ち上がる。

 ロアは笑いながら横島の様子を見ていた

「恐らくだけど、今のロアは最盛期に近い実力、もしくはそれ以上を持っているはずよ」

 アルクェイドは言う。

 彼女にも全く侮りの色はない。

「全部、力が出せる状態でも少し苦戦するかも」

  アルクェイドの言葉に横島は乾いた笑い声を出す。

 正直逃げ出したい。そんな気持ちはない事は無い。

「全盛期の実力を教えて欲しかった!! そうすりゃ、こんな無謀な攻撃もしかけんかったのに!!」

「ちなみに横島はどれくらいと考えていたわけ?」

「ネロ・カオスと同じぐらい」

「じゃあ、大丈夫。ネロ・カオスよりは楽なはずだから」

「防御力はそうかもしれんけど、その他が圧倒的にロアのほうが上だ!!!」

 次の瞬間、横島が飛び下がった。アルクェイドも同時に下がる。

 目の前にはナイフを持ったロア。ナイフは弧を描いたが、そこには何もない。

「惜しいな、もう少しで線をなぞれたんだが……」

「なぞられたら、死ぬだろうが!!!」

 横島の突込みは返されることがない。

 ロアのナイフによる攻撃は幾度も続く。それを栄光の手で全て流していく。

 ナイフの扱いが慣れていない。攻撃するタイミングに合わせて動けばいいだけ。

 今のところは防ぐことは出来る。が、先々は不可能になってくるだろう。防ぐのが段々と難しくなってきている。

 ナイフの慣れてきているのだ。

 横島は一旦後方に飛ぶと、間合いを空ける。

 その手には追撃してきた時の文珠が握られていたが、それを察しているのかロアも距離をとる。

「厄介ね」

「むしろ、どんどん隙が無くなっていってるような気がするんだけどな」

 アルクェイドと横島がお互いの意見を短く交わすとロアを見据えた。

 その様子に横島がため息を吐く。

 やりずらい。横島が抱く思いはそれだけだ。

 攻撃自体は舐めていても、締めるところはしっかりと締める。

 どれが本当のロアなのかが分からない。

 締める所はロア? 舐めている処がシキなのだろうか?

「横島さん、俺も参加しますか?」

 志貴の言葉に横島はわざとらしい大笑いをした。

「ははは、馬鹿言うなよ。俺、さっきの攻防で7度死にかけたんやぞ。
 殺しに来た攻撃って滅茶苦茶迫力あるから何とかなってるけど、段々と分からんようになってきてる」

「そうね。洗練されて来ているのは間違いないわ」

「と、なると奴の隠し技が問題になってくるな」

 隠し技。横島の言葉にアルクェイドの視線がチラリと横島に向いた。

「あの障壁じゃなくて?」

「あれだけだったら良いんだけど、秋葉さんがやられた攻撃の正体が分からん。刺し傷が多かったから、直死じゃない事は確かだ」

「後一手、ロアには攻撃方法があるって事ね」

 アルクェイドの冷たい瞳がロアを射抜く。

 ロアはそれを気にした様子はなく、何もせずこちらを見ているだけ。

「で、攻撃しない理由は、その正体はカウンターだと思うんだよ」

「障壁に加えてカウンター?」

「多分な。恐らく、それが切り札だと思っているんだと思う。ようやく攻撃してこない謎が解けた所でだ」

 横島はため息を吐く。

「カウンターを受けるまでもなく、一撃で葬れる方法を見つけるしかない」

「なるほど。で、策はあるの?」

「稚拙だけど、一度やってみたい攻撃がある」

「……信じて良いのかしら?」

 横島は作り笑いを浮かべる。顔はひきつっていた

 成功率は低い。それはアルクェイドにも理解できた。

「分かったわ。それで、何をすれば良いの?」

 横島は頷くと、手に何かを握らせて囁く。アルクェイドは一瞬驚いた顔をすると、ロアに真剣な視線を向けた。

 それを見たロアが怪訝そうな顔に代わる。

「何か考えたようだが?」

「ああ、数こそ最強だなって話だ。アルクェイド、行くぜ?」

 横島とアルクェイドが、同時に駆け出すと同じスピードで、ロアの周囲を回り始める。

 ロアと横島、アルクェイドが常に線に動く中でロアが薄ら笑いで見つめる

「回り続けているだけで何か変わるのかね?」

「さあな、そう思うのであれば攻撃してくればいいんじゃないか?」

 横島はサイキックソーサーを時を見て投げる。

 それをロアは障壁で防いでいた。

 どうやら、障壁は常に張っているらしい。

 やはり、攻撃に転じた瞬間を狙うしかないと考えた瞬間、ロアの視線が鋭くなった。

 突然飛び散る血しぶきにアルクェイドと横島は目を見開いた

「なっ!?」

 その血を二人に浴びせかけてくる。

 嫌がらせのような攻撃。

 嫌な予感がマックスで働いた横島は飛び下がったが、血をアルクェイドは素手で振り払う

「ただの目くらましのつもり?」

 アルクェイドは余裕を見せようとしたが、次の瞬間に表情が固まった

 素手で振り払った血は全身の服や体にベットリとついている。

 そこから刃が突きだしたのだ。

 串刺しになっていくアルクェイド。

 そして、横島も無事では済まない。

「ぐあ!?」

 横島は自分の足の裏から刺さっている刃を見ている。

 どうやら、足の裏に血がついていたらしい。

 すぐに横島は『治』の文珠で回復して、致命的な隙を作らなかったが、アルクェイドは違う。

 全身が貫かれたアルクェイドは致命的な大きな隙を作りだしていた。

 迷わない。ロアは全く迷わなかった。

 向かうは一直線。

 アルクェイド・ブリュンスタッドのみ。

「くっ!?」

 アルクェイドは動こうとしたが、足が動かなかった。身体も動かなかった。

 全身が縫いとめられている。

 それを力づくで解こうとするが、間に合わない。

 全力が出せる状態ならば、この状態からでも十分に間に合う。

 間に壁は居ない。

 ロアのナイフが走る。

 次の瞬間、何かが落ちた。

 落ちる瞬間にスローモーションのように落ちていく。

 金色の髪が印象的な球体の物が、地面に転がった。

「あ……」

 志貴の呟きは意図したものだったのだろうか。

 秋葉を守るようにしていた弓塚の小さな悲鳴は誰かに聞こえただろうか。

 横島の音無き驚愕は誰かに漏れただろうか。

 ゆっくりと血だまりに落ちていく首。

 それを横島は静かな空間の中で見つめ、その音を聞いていた。

「アルクェイド!!!!」

 志貴が大声を上げると同時に横島は我に返る。ロアが返し刃とばかりに走って向かってきたのだ。

「サイキックソーサー!!!!」

 ロアは手から放たれる盾に直撃して吹き飛ばされた。

 魔装術すら貫く攻撃は伊達ではない。だが、ロアはすぐに体制を立て直すと腕を振った。

 暗闇で見難いが、血を飛ばしてきたのだろう。

 その攻撃を横島は避けると、呆然としている志貴に向ける。

「弓塚さん、秋葉さんを地上に連れて行け。何とか、こいつは俺が押しとどめる。志貴は琥珀さんをよろしく頼んだ!!」

 GSとして出来るべくことをやる。

 横島とて目の前の相手を一人で押しとどめておく自信は無い。

 許されるなら逃走を選ぶ。

 でも、出来ない理由もある。

 相手は吸血鬼であり、殺人鬼だ。最低でも人の世界、人間の世界ではそのように表現する。

 明日にはオカルトGメンが来るだろう。任せれば排除してくれるかもしれない。

 逃げられる可能性もあった。

 命の方が大事ともいえるが、それは出来ない。今、出来なくなってしまった。

「俺の目の前で……また、同じ運命を見ちまった」

 横島はポツリと呟くと文珠に文字を込める。

 そこにはただならぬ意志があったのは間違いではない。

 一人の女性、それもある程度の強さがある吸血姫。

 それが、殺されたのだ。もっと積極的に行けば良かったのか?

 分かるのは一つだけ。自分が許せない、ロアはもっと許せない。

 死徒? 関係ない。

 アシュタロスと戦ったのだ。そいつより強い存在など、たくさん存在してたまるか。

「『爆』死しやがれ!!!!」

 数瞬の閃光とともに炎にロアは包まれる。動きの良くなった横島に押され始めたロア。

 その様子を志貴は一人、それを見ていた。

 弓塚は横島の言う通りに秋葉を抱きかかえて、外に向かっている

 琥珀もそれに続いて、屋上から姿を消していた。
 
 志貴は動けなかったのだ。動けば何かを失う。

 そんな気がしてならなかったのだ。その時、何かが揺らめく影があった。

 横島にその揺らめく影は突進していき

「横島さん、後ろ!!」

 志貴が叫ぶ。

 それと同時に転がるタイミングはほぼ同時。

 膨れ上がる殺気と志貴の声。自分の命が危険にさらされていることに気付いた。

 背中がじんわりと痛む。
 
 地面に地が流れる。
 
 肩の肉が大きく抉れている。

 そこには一人のGSが霊剣を手に立っていた。剣の切っ先からは血がポタポタと落ちながら。

「て、てめえ!!!」

 手から放たれたサイキックソーサーにGSは吹きとばされて、柵にぶつかりもたれ掛かるように倒れ込む。

 致命的だ。

 この段階で大ダメージ。

 ロアをたたみかける段階までたどり着いたというのに。

「くくく、今のは危なかった。伏兵を使わなければいけなくなるとは」

 ロアの言葉に舌打ちする。

 ロアからすれば第四の切り札。だから、相手のフィールドで戦うのは厳しいものがあるのだ。

 こういった作戦を多くたてられてしまう。

「さて、邪魔をしてくれたが君を倒せば大概は終わる。今の私ならばオカルトGメンや他のGS程度ならば楽に潰せるだろうな」

 ロアの言葉に横島は唇を噛みしめる。

 魔神大戦で戦ったGSならともかく、一般のGSやGメンには重すぎる相手。

 最低でもここで大ダメージを与えなければ、雪之丞たちに引き継げない。

 横島は『治』の文珠で出血を止めて、立ち上がるが足元がふらつく。

 当たり前だ。

 ネロの傷も治ったとは言い切れない。

 失った血も多かったはず。

 そんな状態で出血。貧血になるのは当然だ。

 万事休す。あとは本気で逃げるしかない。横島が判断しかけた時、その声は夜に響いた。

「おい、待てよ。まだ、俺が居る」

 志貴の言葉にロアは視線を向ける。横島も志貴に顔を向けた。

 彼は眼鏡を外し、ロアを見つめていた。

「……アルクェイドの仇を取らないとな。別に良いだろ、横島さん?」

「そうだな。正しいと思う事をやればいいと思うぜ」

 横島は頷く。

 止める理由はない。

 もう、危険とかそんな意見で止められる状況じゃない。

「俺は援護は出来るかも知れんが、直接戦闘はちょっと無理っぽい」

 横島は言うと座り込んでしまった。もう、倒すとするならば志貴に頼るしかないのだ。

 ネロ・カオスを倒した遠野志貴を。

「志貴、分かっているのか。俺にも貴様の見ている物は見ているんだぜ」

「……なあ、ロア。お前は何ともないのか?」

 志貴の言葉にポツリとつぶやく。

 不思議そうだ。

 今の状況を見るに、不思議な言葉だ。

 横島はその言葉に首をかしげた。恐らくそれはロアも同じこと。

 もう、志貴はロアしか見ていない。

「何を言っているんだ、志貴?」

「この線だらけの世界、死を見ているのにお前は何もないのか?」

 線だらけの世界?

 それは彼等が、直死の魔眼を通して見て居る世界なのだろう。

 理解できない。例え理解できる要素があったとしても、横島も理解したくないと思った。

 横島が描いた世界はひび割れたガラス板の上にある自分。

 いつ壊れるか分からないガラス板の上で、高所に居る恐怖。

 そんな漠然とした恐怖だけだが分かる。それが、世界を構築しているのであれば壊れてしまう。

 死が見える世界に居ると言う事は全ての死が見えるという事とはそういう事なのだろう。

 世界が壊れる線まで見えると言うのは、想像しただけでも恐ろしくなってくる。

「ああ、良い感じだぜ。生きている奴の線しか見えないからな」

「生きている奴の線しか、見えないのか?」

 志貴の問いにロアが黙り込んだ。

 理解できるはずもない世界。だけど、何となく理解した。

 もし、そんな世界があるのであれば、志貴もロアも壊れない方がおかしい。

 志貴は「先生」と呼ばれる人に救われたのだ。

 なら、ロアは?

 考えられるのは一つ。

 ロアは志貴と同じものを見てはいない!!

「ごちゃごちゃと煩いんだよ、志貴!!」

 ロアの怒鳴り声は理解できなかった事に対する苛立ち。

 八つ当たりのような怒声に志貴が膝をつく。

「真剣勝負に小細工を使いやがって!!」

 霊力の流れが志貴からロアに向いている。それはどういう事かは分からないが、横島は志貴に一つの文珠を投げた

 『癒』を文珠だ。一時的なら十分対応は可能なはず。

「それで、取られていく体力を癒しながら戦え。俺が出来るのはそこまでだ。
 アルクェイドに関してだけど、あれはお前の責任じゃない。それに死んでいるとも限らないだろ?
 お前が一度殺しても、生きていた女だぜ? それにアルクェイドの仇を取るにはお前しか居ないんだ」

 横島は言うと笑う。そこには何もない。

 最後は志貴に任せた。横島は座り込む。ロアはその様子に鼻を鳴らすと志貴に視線を向けた。

 横島の戦意消失を見て取った。後は志貴だけと見たのだろう

「良いぜ、志貴。ここで終わりにしてやるよ」

 ロアがナイフを構えると一歩足を踏み出す。

 それと同時に志貴もナイフをいつでも繰り出せるように寝かせた。

 距離は十メートル、その距離を保って沈黙が流れる。

 だけど、それは一瞬の話だ。お互いが一歩目を踏み出す。

 同時に動き出した。

 当然、ロアが早いはず。

 だけど、それは二歩目でくじかれた。

 ロアは冷や汗を流す。動けない、全く動けないのだ。

「確かに援護したぜ、志貴」

 3歩目でおかしい事に気付いた志貴は横島が何かをしたのに、ようやく気付いた。

 振り返るとそこには横島は『糸』の文珠を握っている。

「馬鹿な、文珠だと。それは投げつけたり、触れたりしなければ効果が無いはず」

「だと思うよな。アルクェイドを見てみろ」

 ロアの言葉に横島は言う。

 それと同時に志貴とロアの視線がアルクェイドの体に向いた。

 血の中で転がっていたのは『専』の文珠

「分かったか? 『糸』と『専』。お前と言う点が加わって発動するトラップだ」

「くっ、こんなもの」

 色々ともがくが、横島はそれに苦笑をしていた。

「今だ、志貴!! ロアをやっちまえ!!!」

 志貴はその言葉に頷く。

 志貴が近づくにつれて、ロアは暴れようとするが完全に捕まっていた。

 そこには恐怖の表情が現れている。

 魔神大戦の英雄・横島忠夫がアルクェイド・ブリュンスタッドが志貴にとどめ役を任せる理由。

 それはロアを滅ぼすことが出来るからだろう。

「……ロア、俺とお前じゃ見て居るものが違うんだよ」

 ゆっくりとロアのナイフを取り上げると、ナイフを一刀両断にする。

 ロアはただ、それを見つめていた。

「俺は全ての死が見えるんだ。生死問わず、全ての死を……」

 ロアまで三歩まで近づく。

「待て、志貴!!」

 ロアは大声を出すが止まらない。

 そして志貴は表情を隠した顔をロアに向けると、

「……最後にもう一つ、俺とお前の間に何かあったんだろうけど、俺覚えてないんだよ」

 その言葉にロアは一瞬、絶望的な顔を見せた。

 それはロアではなく、遠野シキのものだったのだろうか。

 動かない身体を何とか動かそうとする。

 動けるわけがない。文珠は未だに力強く発動しているのだ。

 最低でもあと数分は持つ。

 ロアは心の中で自らを怒鳴っていた。

 何故こうなった? 何処で間違えた?

 幾度も幾度も答えを問い掛け、否定し、そして最終的な結論に行き着く。

「くそ、お前だったか。お前から先に殺せば、全ては上手く行ったんだ!!」

 ロアの言葉はメドーサが言った言葉そのままだった。
 
 横島は一瞬だけ懐かしさを思い出すが、それは一瞬だけ。

 目の前に居るのはメドーサではなく、ロアなのだ。

「そうだな、色々な奴にそう言われてる」

 横島は動揺せずに淡々と答えていた。

 罵りは倒すべき敵から言われる事は賛美と一緒である。横島はその言葉に苦笑すると手を振る。

 様子を伺っていた志貴はそれを見ると、ロアに向き直った

「ひっ、まて……待て、志貴!!!!!!」

 ロアが見苦しく叫ぶが、志貴は気にしない。

 ただ、トンと軽い感じでナイフを突き出す。それはゆっくりとロアの身体に潜り込んで言った。

「ロア、お前はもう戻ってくる事が出来ない」

 志貴から力の移動が消える。何かが写ってくるような感覚は全くない。

 文珠も役目を終え、霧消していった。

 志貴と横島は灰になっていくロアを見つめていたが、横島はそこで初めて感情を表に出した怒りの表情を向ける。

「ロア、てめえは俺が出会った中で最も最低の奴だったよ」

 それは最初に言いたかった言葉。だけど、それは言わなかった。

 喜ばせるだけだと分かっていたから。

 横島は胸に合った言葉を言い放った解放感で、志貴へと振り返った。

「俺たちの勝利だ。志貴!!」

「えっ、あっ、それは……」

 志貴の言葉に横島は苦笑する。

「確かに完勝じゃない。むしろ、負けかも知れない。だけど、明日があるだけでも良い事だと思わんか?」

「明日ですか?」

「そう、明日さ。全て背負い込むなよ。何かあったら、今度は俺が助けてやるからさ。いざとなれば、あの怖い妹から逃げる手段の相談でも良いぞ」

「はは、ははは、考えておきます」

 横島の言葉に志貴は苦笑をした。

 遠くから鳴り響くパトカーの音。その音に横島は真剣な表情になる。

「志貴、悪いな。この事件は俺の手柄にしちまう。まだ、七夜の件を知られるわけにはいかないだろ?」

「手柄なんて良いですよ。横島さんには弓塚さんの件でも力を貰いましたし」

「また、日を改めてお邪魔するよ。志貴、じゃあ今度」

「そうですね。琥珀さんにお願いしておきます」

 横島は言うと志貴が屋上から去っていくのを見ると、むき出しのコンクリートに倒れ込んだ

 霊力の限界。体力の限界。横島は空を見上げると、満月が横島を見下ろしている。

 月の光は幻想的な美しさを持っていた。

「アルクェイド、無事か?」

 横島の言葉が屋上に響く。

 死んだはずの者の名を呼ぶ横島は普通ならば危ない奴と思われるだろう。

 半分確信していた。アルクェイドは志貴に十七分割されても生きていたような化け物だったのだから。

 あんなもんで死ぬはずが無い。

「……私の仇とか、結構言ってくれたわね」

 横島の視線の先には柵に寄り掛かっているアルクェイドの姿があった。

 口調とは裏腹に、その表情は柔らかい笑みが浮かんでいる

「ロアに行ってた魔力が私の方に戻ってきた。だから、こうして簡単に回復する事ができたわ」

「そっか。せっかく、『再』『生』してやろうと思ったのにな」

 そして、もう一度幻想を拝んでやろうと思ったのだが、回復されては仕方ない。

 横島は笑うと、アルクェイドも可笑しそうに笑った。

「……これで、志貴ともお別れか?」

「そのつもりよ。私が居たら、志貴はこっちの世界に入ってきちゃうもの」

 横島の言葉にアルクェイドは寂しげに言った。

「そっか、だけどさ……俺の独り言だけど、お前が居なくなるのは、あいつにとってはさびしいと思うぜ」

 アルクェイドはその言葉を黙って聞いていた。

「そして、多分忘れない。遅かれ早かれ、弓塚さつきと言う死徒が居る以上は巻き込まれちまうことになる」

 横島の言葉にアルクェイドは頷く。確かにその通りだと。

「それに志貴はアルクェイドと居て楽しそうだった。アルクェイドも楽しそうだったよ」

「そうかな?」

「そうだと思う。俺は志貴やアルクェイドじゃないから分からなかったけど、楽しかったんじゃないかな」

「……うん、そうだね」

 近づくパトカーのサイレン。

 近づく中でアルクェイドは頷いた。

「アルクェイド、この後はまた眠るんだろ。ならさ、100年ぐらい寝るのを伸ばしてみないか?」

 横島の言葉にアルクェイドは少し間が空く。

 その言葉の意味を噛みしめているようにも、真意を探しているようにも見えた。

「横島のおかげで節約できた魔力もたくさんあるし、ロアの魔力も戻ったわ。
 確かに人が生きるぐらいは、寝るのを伸ばす事ができるとは思うけど、それに何のメリットがあるのか分からないわ」

「メリットなんて無いさ。ただ、この変わらぬ平和と言うのを満喫するのも良いんじゃないかって、人間代表の提案だよ」

「人間代表……何それ、横島が人間代表なんて面白いわね」

 笑われたが彼女は、笑っていた

 最初出会ったときは感情が薄かったアルクェイドが笑っている。

「きっと、変わらぬ平和の中で楽しみを見つけるってことも楽しいと思うぞ」

「そうかもね。志貴と一緒に探してて、楽しいと感じたしね。
 ……人間が面白いと思う事を体感するのも、面白いかもね。少し考えてみるわ」

 アルクェイドは柵に足をかけると、ふと思い出したように横島に顔を向けた

「横島、貴方の夢。アルトルージュにそのままぶつけて見たらどうかしら。
 余り彼女と連絡を取りたいとか、そういう関係じゃないけど借りを返すつもりで私から連絡を取ってあげ手¥ても良いけど?」

「いや、連絡をつけるほどの事でもないさ。また、何処かで会えたら聞こうと思っている程度だからさ」

 横島の言葉にアルクェイドが微笑む。

 それは月の光の中で綺麗だった。

「気の長いことね。貴方には大きな借りが出来ちゃった。何処かで返してあげるから……じゃあね、横島」

 学校の屋上から飛び出したアルクェイドの姿。

 月に映った一瞬の光景、なびく金色の髪が見とれるほどに美しかった。

 その幻想的な光景は無粋なサイレンで現実へと引き戻される。

 やがて、大きな駆け足と共に上がってくる人の音。

「横島君、無事か!?」

 屋上の無残な姿。横島が倒れている光景。

「西条、遅いよ。もう、ロアは倒しちまったぜ」

「なっ……そうか、遅かったか。横島君、君は急ぎすぎる部分があるね。そして無茶をする」

「ぬはははは、最低でも西条の出世の手伝いになるような事は俺が進んで行うと思ってたのか!!!」

「ふっ、そうか。そういう事なら僕にだって手があるぞ」

 西条は周囲を見ると声を上げる。

「さあ、帰ろうか。そこに転がっている人間は放っておいて構わないから」

「おま、怪我人を置いて帰るなんて……おーい、西条!! ふざけるな!!!!」

 ギャーギャーと騒ぎ合う声が夜の学校に吸い込まれていく。

 横島には何故か今の状態が凄く落ち着けた。普通とは違うけど横島の日常はそこにある。

 それはいつでも思い出せるだろう。

 思い出と共に、こんなに美しい月が見守っているのだから












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