GSギルド

 GS協会の後継団体でGS協会の仕事に加えて、仕事の斡旋やアドバイス等を行っている。

 世界数十カ国に参加を呼び掛けているが、現状では日本しか行われて居ない。

 それでも、GSの未来を案じる人間は多く初期資金として11桁の金額が集まり、それぞれ株式を発行した事で金満集団として今は活動している。

 呼ばれたのは新しく建てられた施設。

 正六角形で間違いなくアメリカにある正五角形の建物をモチーフにしただろうそれは、建築面積は東京ドーム二個分に相当している。

 マスコミにも取り上げられた、建物だ。

 四階建ての建物の中にある大会議室。数十人は確実に入る事が出来そうな場所に一流のGS性質が集まって居た。

 美神除霊事務所からも美神令子、氷室キヌ、タマモ、シロ。

 六道家からは理事長と六道冥子。小笠原エミ、鬼道正樹。

 横島・伊達除霊事務所から横島忠夫、伊達雪之丞、ピート、タイガー。

 GS協会からは唐巣和弘、ドクターカオスとマリア、魔鈴めぐみ

 オカルトGメンからは美神美智恵、西条輝彦。

 ここに居るのは魔神大戦のメンバーに新メンバーを加えたメンバーだ。恐らくGS業界でもトップクラスが集まっている。

 新メンバーは鬼道政樹、シロ、タマモだろう。

 シロやタマモが入っているなら弓かおりや一文字魔理が呼ばれない理由は無いのだが……

 それは実力不足と言うよりも経験不足だろう。

 鬼道政樹は逆に実力は劣っているが、経験者として来た。六道家の力を見せるためと言うのはあるかもしれない。

 この中で一番、魔神大戦の頃よりも待遇が変わったのは唐巣神父だろう。

 GSギルドの執行役員で予算を管理する執行部の部長と外交・広報部長を兼任している。

 実質、最高責任者と言っても間違いでは無い。

 清貧生活が趣味といえるであろう神父に取っては、生活の安定化ができるようになった。

 なによりもある程度はGSギルドが表だって、彼自身が行えなかった慈善活動が出来る。

 それは唐巣に取っても良いことだろう。まあ、相次ぐストレスで髪の御加護が薄くなったようだが。

 会議は唐巣の言葉から始まった

「皆、忙しい中で集まってくれてありがとう。今日はちょっとだけ問題があって集まって貰ったんだ」

「問題、こんな人数が必要な問題なワケ?」

 小笠原エミの言葉に全員が頷く。確かにこれだけの人数が集まるのはおかしいからだ。

 また、アシュタロスのような最上級の神魔が人間を襲おうとしているならば問題は無いが。

「その件もあるけど、そっちはまた別件だよ。皆に集まって貰った理由は現場の純粋な意見を聞きたいんだ」

「現場の純粋な意見、ね。一体何かあったの、ママ?」

「……まあ、遅かれ早かれ知る事だけどね。ちょっとした問題が起きつつあるの。いえ、もう起きたと言っても良いかもね」

 美智恵は令子の質問に答えると、唐巣に頷く。

 それは許可だったのだろう。唐巣は茶封筒を取り出すと自分の机の前に置いた。

「これは魔術師協会から届いた物だ。私も美智恵君もすでに目を通してる」

 唐巣の声が真剣味を増して、さらに重くなった。

「魔術師協会? ウィシュトカンパニーって書いてありますけど」

 ピートは首を傾げる。

 海外の会社だろうが、聞いた事が無かったからだ。まあ、世界には無数に会社はあるので余り知られて居ないだけかもしれないが。

「ダミー会社、ですね?」

 魔鈴は尋ねると、唐巣は頷く。

「ロンドンでもたまに名前を聞きました。私のように魔術を研究していると、時々妨害が入ったんです」

「それがウィシュトカンパニー?」

「その内の一つです」

 西条は尋ねると、魔鈴が頷く。

「ああ、ワシも聞いた事があるぞ。ワシの居場所をねちっこく探してた連中じゃな」

「イエス、ドクターカオス。四度撃退しています」

 ドクターカオスも言うと、マリアが答える。

「つまり、その魔術師の連中が俺たちに用があるわけか。で、どんな事なんだ?」

 雪之丞の言葉にその場に居た人間が雪之丞を信じられないような表情で見た。

 それに雪之丞は少し怖気づいたように小さく隣に座っていた横島に尋ねる。

「なあ、魔術師って何だ? 確か、勉強したはずなんだが色々と忘れちまった」

「それくらい勉強しろ。で、終わりだろ?」

 横島は言うと唐巣が苦笑する。

「横島君、曖昧な人が多いかもしれないから説明してくれないか?」

 その言葉に一瞬困った顔をした横島は立ち上がる。

「えーと、簡単に言えばGSと半分敵対している組織、ですよね?」

「敵対? 私達は敵対してなかったはずだけど?」

「違うんですよ、美神さん。アシュタロスが使っていた人間側の組織、その内の大きな団体の一つが魔術師なんです」

 横島は言うと、それを引き継ぐように美智恵が口を開いた。

「正確には魔術師の中でも、特に過激な考えを持っている人々なんだけど。オカルトGメンは彼らと戦ってます」

「そして、それは国連も加わり、大規模な掃討戦が行われたんだ。それにGSギルドも関わってる」

 唐巣は白状するように言うと、周囲を見渡した。

「横島君は随分と魔術師に詳しそうだね」

「それはまあ、聖堂教会の方と付き合いがありますから」

「聖堂教会、か。まあ、そちらに深入りしなければ、僕らは止めるつもりは無いよ。けど、見誤らないようにね」

 唐巣は言うと美智恵が続ける。

「魔術師は取り調べられ、有罪確定した人間は太平洋上に建設した施設に隔離・収容されてます。他に質問は?」

「一つ聞きたいんだけど、どれくらいの魔術師が逮捕されたワケ?」

「魔神大戦で協力した全体の約三割の魔術師が逮捕され、資産も没収しました。魔神大戦で罪の無い魔術師でも財産没収はしています」

 その言葉にざわつく。

 罪が無いのに没収。その意味を測りかねたのだ。

「それは初耳だ。どう言う事か聞かせてくれないか、美智恵君?」

「はい。非人道的な実験、または殺人などが過去に行われ、それを隠してきた魔術師たちですね」

「つまりは当人ではないが、と言う事か」

 唐巣は思わず黙り込んでしまった。

 美智恵は何も言わず、周囲を見渡す。

「しかし、良くそれが出来たと思います。彼らは地主や貴族、財閥と言う方が多かったと思うんですが?」

「魔神大戦でアシュタロスに協力した。これは十分な戦う理由になるわ。彼は核で世界中を脅かしたんだから」

 その印象が薄れないうちに動いた。そう言う事らしい。

 各国は安全を、オカルトGメンは組織としての威厳を。お互いが噛みあった結果だったのだろう。

 そして、ここに居るGSは何とも表現しえない複雑な心を持っていた。

 やり方が傲慢。そう感じたのだ。

 魔術師のやり方が良い、悪いは置いておく。だけど、彼らがやった事はやろうと思えば国もオカルトGメンと言う組織は動かせる。

 それを証明したかったようにしか見えなかったのだ。

 空気がおかしくなったのを実感したのだろう。鬼道が咳払いをすると、六道冥子や女史に目を向ける。

 そのタイミングを逃さないとばかりに六道女史は頷くと、唐巣を見た。

「話を最初に戻しましょ。そのウィシュトカンパニーは何と言ってきたの?」

「それなんだが……少し厄介な事になって居る」

 唐巣は中の書類を見ると、全員に回させた。

 一人一人がそれを見て絶句し、戸惑った表情になる。

 そこに書いていたのは、一行で言えば「冬木市への介入を取りやめるよう勧告」だった。

「何故、こんな事を他国の連中に言われなきゃ行けないんだよ!!」

 雪之丞の激昂を誰も止めなかった。それは総員の意見で、誰もが大小こそあれど同じ事を思ったからだ。

 大声を上げて、すっきりしたのだろう。不機嫌な表情のまま、雪之丞が座る。

「ふむ、魔術師協会も意識して来たと言う事じゃな」

 ドクターカオスに全員が視線を向ける。

「奴らは殆ど意識はせん。奴らはある程度の秩序さえあれば、やりたい放題すら許すからな。明確な圧力、面白いのう」

「あのね、カオス。面白がってる場合じゃないわ」

「甘いな、美神令子。これは相手が我らを無視できなくなった証拠じゃ。それをどう動くか、それを聞きたいんじゃろう?」

 カオスの言葉に唐巣は頷く。

「か、カオスのおっさんが役にたってるとは」

「最近、妙に頭がすっきりしているんじゃよ。少しは脳細胞が戻ったのかもしれんな」

 カオスは笑っていたが、それはそれで凄い事だ。

 ドクターカオスはヨーロッパの魔王と呼ばれるほど、実力がある人間だ。

 それこそ、中世のオカルトをそのまま受け継いでいるくらいに。

 全盛期でないからこそ色々と不覚を取っていたが博識と、そこから引き出す知識は正しく魔王と呼ばれただけがある。

 少しでも戻れば、天才すら及ばぬ鬼才の鱗片を見せてくれる。原始風水盤の時のように。

「まあ、さて置き、魔術師協会は実際に何も出来んよ。せいぜい妨害程度じゃな……それとも、それを怖がるだけの理由があるのか?」

 カオスの視線が鋭くなる。

「確かに。何かあるなら、介入一択だから……」

 美神令子は少し考える。何故、唐巣と母親であり、オカルトGメンでも高官である美智恵が不安を持っているのか?

「具体的な事案を向けてきた?」

 思わず出た言葉に美智恵は苦笑する。

「その通りよ、令子。魔術師協会は堂々とこちらに悩ませるだけのデメリットを向けてきたわ」

「それは何?」

「令子ちゃん、落ち着くんだ。今は取りあえず、状況の確認が先だよ」

 西条の言葉に引き下がる。

 やがて、美神美智恵は口を開いた。

「今回の件、正直に言えばオカルトGメンには関係ないわ。GSギルドには相当関係あるかもしれないけど」

 美智恵はため息をつく。

「私はね、この事を唐巣先生から聞いたわけじゃないわ。それでオカルトGメンの方針を理解して」

「……詰まる所、オカルトGメンはGSギルドの件に関わるつもりは無いと?」

 六道女史は鋭く質問すると、美智恵は苦い表情をして頷いた。

「国連の命令よ、仕方が無いわ。ICPOだった頃は国際警察機構としてワンタイミング置く事が出来たけど、今や直属だからね」

「魔神大戦で一番力を付けたのは国連やな。日本も大概と思うたけど、発言権を得てるのは連中や」

 鬼道は言うと、冥子は首を傾げる。

「でも、何でそんな事に?」

「国連はね、GSを恐れてるのよ。国際社会全体で何とかしなければ行けなかった事を、日本のGSだけで解決してしまったでしょ?」

「……イタリアと国籍不明のヨーロッパ人も居たはずですけど?」

 横島は突っ込むと、美智恵は一瞬言葉に詰まり、一つ咳払いをする。

「殆ど日本のGSで解決してしまったでしょ?」

「つまりは、国連とすれば自分たちの力が及ばない連中を作りたくないと」

 ため息をつくエミに美智恵は苦笑で返す。

「ノーコメントよ、そうさせて」

「魔術師協会と国連がGSの件で手を組んだのね。で、どうするワケ?」

「……ギルドとすれば、君たちに判断を任せるよ。GSギルド全体で図らなければ行けない事だけど、今回対応できそうな君たちに一任するのがベターだと思う」

「ベストは?」

 ピートは尋ねると、唐巣は首を横に振った。

「本来であれば、Gメンと共同で声明を出す事なんだけど、不可能だろう」

 唐巣の言葉に雪之丞はため息をつく。

「おいおい、神父さんよ。がっかりさせるような事は言わさんな。これはGメンがどうこうじゃない。俺たちギルドがどうするか、だろ?」

「その通りだね。雪之丞君はどうするべきだと思う?」

「そりゃもちろん、こちらに刃向けてる連中の企みを全てぶちのめす。最低でも冬木って場所には介入できるだろ?」

 雪之丞の言葉にタイガーとピートが頷く。

 横島の反応が無かったので、三人は横島を見たが苦笑いしながらも、指を立てたので三人は唐巣を見た。

「あんたたち、本当に状況が分かって居るワケ? そんなに簡単に決めて良い事と違うのよ」

「分かってますよ。魔術師協会が冬木では深い部分で関わってきてますよね、それもこんな圧力を出すくらいに」

 横島の言葉に小笠原エミはため息を吐いた。

 恐らく同じぐらいの認識で居る。そしてこれは最悪は日本GSと魔術師たちの全面戦争になりかねない。

 同時に聖堂教会やオカルトGメンさえも敵に回るかもしれない、相当な物だ。

「つまり、爆弾を放り込もうとしているんですけど、分かっていますか?」

 魔鈴がエミを援護する。それに横島は少し考えた後、首を横に振った。

「その時はその時だと思いますよ。まあ、そうはならないと思うけど……実際、敵は日本に居る魔術師ぐらいかな」

 横島は自信満々に言い切る。

 正直、冬木に介入すると決めた時点でGSと魔術師の戦争になる可能性は少なくない。

 ただでさえ、GSと魔術師はすでに対立してしまっている。

 魔神大戦で魔術師の関与が判明した時から理解できていたはずだ。

 その為にオカルトGメンが魔術師と対立した。

 原因を魔神大戦に関わったGSにあると思っている魔術師も少なくないと、情報筋からは聞いている。

 若手四人組の反応はともかく、周りでは冬木に不介入と言う感じが強くなって居た。

「六道さん、そう言えば冬木から横島・伊達除霊事務所に仕事を頂いていたと思うんですけど?」

「あー、あれね、本当にどうしようかしら?」

 横島の言葉に雪之丞が視線を横島に向ける。

「正直に言えば、あれはやらないと六道派閥としての威厳が無くなっちゃうのよね」

 実は事の中心に居たGSの重鎮の言葉に鬼道は頭を抱えた。

「って、横島君たちに依頼って本当かい!?」

 唐巣の驚きに六道女史はため息を吐く。

「これは私の面目だけじゃ済まない案件だから、唐巣君には悪いけど退くのは難しいわ」

 女史の出した結論。

 それは六道の面目だけでなく、六道家全体の問題となってしまう。それに唐巣はため息をつく。

「結局は遅いか、早いかだけの違いでしかないか」

「だけど、大きく動けば、要らぬ衝撃を与えちゃうかも」

 六道女史は言うと横島に顔を向ける。

「横島君、そう言うわけで依頼は続行ね。雪之丞くんやピートくんはこっちに詰めて居てくれない?」

「おいおい、冗談は止めてくれよ。横島が依頼を受けたなら、俺やピートも行くのが筋だろ」

「ええ、そうです。当たり前の事を言わないでください」

 ピートは言うと、彼女は苦笑を浮かべる。

「若いわね。おばさん、そう言うのにあこがれちゃうけど今回はだめ。美智恵ちゃん、理由を教えてあげてくれない?」

「理事長がやれば良いじゃないですか」

「私よりも美智恵ちゃんの方が説得力あるもの。私のお願い」

 そう言うと美智恵は仕方ないと、腕を組む。

「正直言えば、貴方たちだけじゃないわ。ここに居る人間で魔神大戦参加の人間は全員待機組ね。ハッキリ言えば、有名すぎるのよ」

「有名すぎる?」

「ピート君もタイガー君も、伊達君もそうだけど、魔術師側には名前を知られてるわ。警戒されている、それを計算してる?」

「当たり前だろ。例え、何をやってきたとしても俺たちは負けねえよ」

 そう言うと美智恵は横島を見た。

「横島君は本当にそう思う?」

「……何でもありですか?」

「ええ」

 美智恵の言葉に横島は苦笑いを浮かべる。

「何やってくるか分からないじゃないですか、それ」

 横島は真剣に答える。

「ええ、その通りよ。だからこそ、最低限の関与にしなければ行けないの。最低限で最大の成果、これが求められるわ」

 美智恵の言葉に横島は頷く。

「そう言う事。だから、雪之丞くんたちは待機して貰うわ。今回は横島君と若干名による行動をしてもらうわ」

 本来ならその言葉に反発しそうな雪之丞が黙り込んだ。

 それだけ六道家の当主の力は強い。

 それでも、一昔前ならば雪之丞は六道だろうが政府だろうが戦うような気概を見せたが……それこそ、戦闘狂のように。

 落ち着いたのだろう、それを喜ぶべきなのだろうか?

 横島は貴方の中に疑問が浮かんだが、すぐに消した。

「六道さん、状況を分かってます?」

 魔鈴の言葉に彼女は微笑んだ。

「ええ、これがGSの選択になるわね。それこそ、魔術協会や教会に対する立派な意思表明になるわ」

 それは六道としての選択。そして、魔神大戦に勝った人間側としての選択。

 洗濯したのは魔神大戦の当事者であったGS。選択を与えたのは魔術師協会。

 言うならば、ボールを投げ返した形だ。

「まあ、日本に居る限りは大丈夫。それにしても冬木、ね」

 美智恵は少し遠い表情をする。

「ママは何か冬木の土地に思い入れがあるの?」

「ええ、少しだけね。先生、覚えてますか? 私達が調査した事件を」

「冬木の大火災だったね。オカルト事件であった事までは突き止めたんだけど、何が原因で起きたのか分からなかった奴だ」

 唐巣は言うと、眼鏡を直す。

「横島君にはもしかしたら必要な資料かもしれない。後で私の部屋に取りに来てくれ」

「先生、そう言うのは資料庫に収める物では?」

 美神令子は尋ねると、唐巣は苦笑した。

「そうだね。だけど、収めた物は処分されてしまっていた物だよ。良いかい、美神君。これが聖堂教会、魔術協会の力だ」

 神父は腕を組む。

「正直、僕らがアシュタロスを討伐しなければ、ここまでの力を得られなかった。彼らの介入は多かっただろうね」

 周囲を見渡すと、六道女史も厳しい表情を浮かべ、ドクターカオスも何も言わない。

 西条や魔鈴ですら、口を閉ざしている。

「多分、最近の若い世代のGSになった人間には分からないかもしれない。だけど、欧州では彼らの力は強い。違うかい?」

「いえ、全く同感です。ロンドン大学で研究していた頃、私も何度か介入された事があります」

 魔鈴は言うと西条も頷く。

「ICPOの中にも彼らの息がかかった人間は居ましたね。オカルトGメンが力を持てたのは、神魔が後ろ盾についてくれたからです」

「GS協会も同じだった。本当に弱まったのは、残念ながらメドーサのお蔭なんだよ」

「メドーサ!?」

 出てきたのは懐かしい名前だった。

 GS試験に手を出してきたメドーサだったが、GS協会内を調査していくうちに協力者の名前が出てきたらしい。

「魔神大戦の影響が少なくなってきた今、協会は巻き返しを図っているんだよ。それが私たちへの圧力さ」

「だからこそ、その圧力に負けるわけには行かないわ。彼らが動いたからって戦力を大幅に増強するのも、悪手なのよ」

 女史は言うと横島に視線が集まる。

「横島君、非常に厳しい事になるけど、やってくれるね?」

「重い、凄く依頼が重い!!!」

 周りの視線にプレッシャーを受けるが、横島は苦笑いをするとため息をついた。

「受けた依頼ですから、しっかりとやらせて貰いますけど、他はどうするんですか?」

「とりあえずは、様子見だね。何かあったら連絡をくれたまえ。最悪は全員で援軍に行く事になるだろうが」

 唐巣は言うと横島を真剣に見つめた。

「横島君、君に危険な先鋒の役目を押し付けて済まないと思ってる」

「別に良いんですよ、そんな事は。俺自身、ある意味で魔術師は危険だと思ってますので」

 横島の言葉に全員が視線を向ける。

「三咲事件で戦った吸血鬼、彼らも魔術師だった人間ですよ。魔術師を知った人間が戦うのと、知らない人間が戦うのでは違うでしょう?」

「そうだね。だけど、魔術師が全てそんな人間と決め付けるのは止めた方が良い」

「それも分かってます。GSの中にもそういう人間が現れてもおかしくはないですから」

 それにドクターカオスが頷く。

「おい、爺さん。代表であんたの事を言ってるんだからな」

「ワシが何かしたか?」

「俺の身体を乗っ取った事を忘れたとは言わせんぞ!! 気付いたら美神さんに殴られていたんだからな」

「ああ、思い出した。ワシはマリアに殴られてたんだからな。あの恨みは忘れて無いぞ、美神令子に小僧!!」

「「自業自得だろうが!!」」

 美神と横島の声が同時に会議室に響いた。場が何とも言えない空気に包み込まれる。

 唐巣は咳払いをすると、横島に視線を向ける。

「その件は後に回してだ。横島くん、気を付けると同時にしっかりと周りを見て行動するんだ。分かったね」

「了解です。出来る限りの事はやりますから」

 横島の言葉に唐巣は頷くと、解散を告げた。

 それと同時に横島に軽くエールを送ると人々は出て行く。

「横島くん、ちょっと良い?」

 その声に顔を上げると美神令子が立っていた。

「どうしたんですか。何か問題でも?」

「問題も何も、あんたは良くこんな依頼を受ける気になったなと思ったのよ」

「それは、まあ、やっぱりお金欲しいですし、見て居ない何処かの女性の為にですね」

「それはあるかもね。だけど、それじゃないわ。自分で三咲に匹敵するほどの事件になるって分かってるんでしょ」

 そう、だから三咲事件を出した。

 ネロ・カオス。あの化け物の恐ろしさは覚えている。あのレベルになる可能性、それは捨てきれない。

「横島くん、貴方を動かしている物は何?」

「それは……」

「美神さん、急がないと研修生たちが来ちゃいますよ。って、横島さんと話してたんですか?」

「待ってて、オキヌちゃん。ったく、忙しくなるとのんびりと話す事が出来ないのが厄介ね」

 目の前で困った表情を浮かべる彼女に横島は苦笑を浮かべた。

「まあ、余り追求するつもりはないけどね」

 彼女は前置きすると横島に視線を向ける。

「貴方、危険よ。自信を持ち始めた時期……普通に考えればそう思うけど、そうじゃないわ。何かに盲執していると言う感じ」

 横島はそれを笑い飛ばそうとしたが、それが出来なかった。

 彼女の目が真剣だったのと、何よりもそれを否定する笑いが何故か出来なかった。それを否定する要素は無いと言うように。

「その事について、しっかりと自分を見つめなさい。独立したあんたに手を伸ばす術は私には無いんだから」

 そう言うと美神は背中を向けて歩いて行ってしまった。






 GSギルドの帰り。美神の言葉は心の中に残っている。

 それを払拭したいがために、横島は東京タワーに上った。時間は夕暮れ、夕日が見える時刻だ。

「綺麗な夕日だ」

 横島は呟く。そして、ゆっくりと東京の町並みを眺める。

 冬木の事件を考えると、現状を少し考える。恐らく魔術師が動いている事は間違いないだろう。

 その事件は巡って横島の所に降りてきた。

―――何故、受けたんだろう?

 横島は疑問を覚える。恐らく戦うのは、今回は異形の化け物では無い。

 恐らくは人間だ。それも魔術師と呼ばれる人間。

 冬木で何が起きているかは分からない。魔術師がそれを相手すると言うならば、それでも良い。

 だけど、受けない。それだけは無かった。

 自分の選択。何もしなかった結果の選択は……魔神大戦で見てしまったのだから。

「ルシオラ、俺は正しかったんだよな。本当にあの時の選択は間違ってなかったんだよな」

 東京タワーの展望台に小さな呟きが漏れる。誰も聞こえないくらいの小さな呟き。

 世界を守った結果が死徒や魔術師が積極的に動く結果になったのではないだろうか?

 世界を守った結果が新しい混乱を生み出したのではないだろうか?

 正しいと言わなければ行けない。

 間違ってるなんて事は絶対にありえない。

 戦わなければ行けない。それが盲執だったとしても。

 だから、そんな妄執に誰も巻き込みたくは無い。彼らに相談すれば力になってくれるのは分かって居る。

 だけど、それで巻き込んだりして、彼らが犠牲になったとしたら?

 犠牲を防ぐために、自分の心を外に知らせない。孤独な戦いだと言う事は分かって居る。

「自分勝手で悪い。何となく心が軽くなった、また来るから」

 夕日を見る為に。

 横島は微笑むと事務所への帰路についた。

 道を歩きながら、友人とたわいの無い話で盛り上がる学生。

 上司の不満を口にしながらも、平穏に一日を過ごすサラリーマン。

 子供のことを考えながらも夕食を何するか迷う主婦たち。

 そう、これが彼女を犠牲にした結果。受け取った平和は世界中に存在する。

 そして、その平和を受け取るのは……GS達にもあるはずなのだ。






 暗くなった室内。横島は一枚の名刺の下に電話をかけていた。

 こうして、彼女に電話をかけるのは初めてかもしれない。

 向こうからかかってくる事は二度あったが、こうして電話をかけるのは初めてだ。

 恐らく、彼女は日本には居ない。

「はい、どちら様ですか?」

 向こうには非通知でついたのだろう。それに横島は苦笑いを浮かべると

「横島です。シエルさん、昨年の件ではどうも」

 彼女は三咲事件で出会った代行者だ。

 埋葬機関と言う場所に配属しているらしいが、連絡先をくれていると言う事がありいつでも連絡取れるようになっている。

 実はこれ、中々凄いらしい。最低でもGSギルドやオカルトGメンは窓口を通さなければ埋葬機関にまで辿り着けない事を考えればホットラインだ。

「横島さん、随分と珍しい人からの電話です。私に電話してくると言う事は何かあったと言う事でしょうか?」

「そちらが持っている情報があったら、教えて欲しいんです」

「なるほど。横島さんにはネロ・カオスとロアと言う二つの借りがありましたね。分かりました、何ですか?」

「冬木の事件の情報を」

 一瞬、電話の向こうで息をのむのが分かる。間違いなく、聖堂教会も関与している何かが行われている。

「冬木、其方で何かあったんですか?」

「依頼です。とは言っても、GSの派閥の長からですけど」

「やはり、ですか。聖堂教会の人間から、GSが冬木で死んだ事は分かってました。相当な大物を刺激したようですね。何処です?」

「六道家です」

「横島さんの師は美神令子。美神令子は六道閥と言う話でしたか、それは断れませんね」

 シエルは何か勘違いしているようだが、すぐに真剣な声になった。

「悪い事は言いません。退いた方が身の為です。三週間後ならともかく、今は危険すぎます」

「三週間後? 何かやって居るんですか?」

「ええ、性質の悪い戦争が起きて居ます。私自身、余り関与したいと思いませんが……」

 シエルは横島の無言にため息をつく。

「しかし、冬木ですか。確かGS協会とセカンドオーナーの間で不可侵協定が結ばれて居たはずですが?」

「それは初耳なんですけど。そう言った側面もあったのかもしれないのか……」

「知らなかったんですか。こう言う公式な物はしっかりと資料に残さないと行けませんね。GS協会は」

 シエルはため息をつくと

「そう言えば、一つありましたね。公式的に介入する手が」

「そんなのが存在するんですか?」

「ええ、これは聖堂教会にもプラスになるので……そうですね、今からこちらを経ちますから明日の正午に成田空港でどうです?」

「分かりました。そう言えば、何処で?」

「成田空港内に出来たと言うカレーショップにしましょうか。一度行ってみたかったんです」

「こちらも良いです。じゃあ、明日三時にそのカレーショップで」

「見つからなければ、こちらから連絡します。携帯電話番号は変わってませんか?」

「大丈夫です。それじゃあ、明日」

 電話を切ると横島は大きく息を吐いた。彼女の場合は丁寧に対応しなければ行けないので疲れる。

 と言うのも聖堂教会とGS協会は同じトップを頭にしているからだ。

 ローマ教皇をトップに据えた二つの組織はいがみ合っては居ないが、不干渉を貫いている。

 協力こそするが、お互いの組織の内情に関しては無関心。全く別組織と言う形態なので、気を使わなければ行けない。

 三咲事件以前は険悪だったが、あの事件以後はそれなりに交流をする事が出来た。

 そう考えれば、あの三咲事件はある意味では交流の一面を迎えたのかもしれない。

「それにしてもカレーショップか。カレー好きだからな、あの人は」

 横島は口元に笑みを浮かべると同時に、今回の事件を考えていた。

 恐らく、今回の事件は三咲と同等程度になりそうだと言うのは感覚で分かって居た。

 魔術師が関与している事は良しとして、聖堂教会が絡んできた時点で相当厄介な事態になっている。

 横島の印象では、魔術師と教会勢力は仲が悪い。そう感じる事が多かったからだ。

 実際は時と場合によるわけだが、二つの組織が動いている。

 教会は無視しているだけかもしれないが、情報を集めているように感じたので同意味と考えて良いだろう。

 大きな事件。これに出る事は危険な事だろう。

 魔神大戦の時には、事件に参加すると言う事に対する覚悟は無かったような気がする。

 魔族正規軍の軍人、ワルキューレが言った言葉で「戦士」の意味が分かり始めたのも最近だ。

 戦士にある責任、それから逃げ回ってきた結果が魔神大戦の結末。

 横島は笑うしかなかった。

 三咲事件が終わって、冷静に事件を見つめ直して、気付いた責任。

 その責任から逃げて居た事に気付いたのだ。

 時間が経ってから責任放棄に気付くと言う事。そこにあるのは自分に対する不甲斐なさ。

 その不甲斐なさは過去を見れば見る程、苦しく、現在進行形で大きくなって居た。

「……とりあえず、明日の準備をしておこう。シエルさんに会って、すぐに現地に飛ぶのが一番だろうな」

 その独白は横島以外は誰も居ない事務所の中に小さく広がると、横島の暗い雰囲気が無くなるように消えて行った。






 成田空港、そこは空の発着口であり、そして同時に防衛線に指定されたオカルトの施設でもある。

 日本にある国際空港の中では最も大きなオカルトGメンの支部であり、同時に成田空港内にGSギルドの事務所もある。

 実際に成田空港で起きる事件と言うのは海外の妖怪や、亡霊等が非常に多く、成田空港に詰めて居れば、まずは食いはぐれる事は無い。

 問題は年間契約と言う事で相場の半額以下で依頼を受けている事が多いと言う事だが。

 それでも絶対とは言えない事は三咲事件で再度証明されてしまった。

 まあ、ネロ・カオスなんて化け物をどうやって抑えるのかと言う話であるし、犠牲が出なかっただけマシだが……

 そうなると防衛しやすい羽田空港や関西国際空港を重視してくるのではないかと横島は見て居た。

 そんな事はさて置き、成田空港内でカレーショップを探す事、十五分。横島忠夫は途方に暮れていた。

 カレーショップが見つからないのだ。

「何、これ」

 空港職員に聞いても分からない。GSギルドに聞いても分からない。

 そんな事があるのだろうか。いや、ありうる。

 例えば魔術関係者や聖堂教会が結界を張って居たならば、不法に営業して居る場合があるかもしれない。

 それはそれで大問題だが、今の問題は見つけられないと言う事だ。

「下手に格好つけないで、到着ロビーにすればよかった」

 横島はため息をつく。再度、周辺を見渡したその時、横島は振り返った。

 一瞬で戦闘モードに入る。悪意とも言える何かを感じだ。その方向に立っていたのはスーツ姿の女性。

 見覚えがある姿に横島は苦笑を浮かべた。

 スーツケースを転がすシエルだ。横島に手を上げると、シエルは微笑む。

「流石です。一瞬だけ気配を向けたのですが、すぐに対応されてしまいましたね」

「殺気は無かったですからね。それにしても、シエルさんはお美しい」

 手を握ろうとすると、一瞬で横島は地面を転がされていた。

 背中を強打する形で。投げられたのは分かったが、上手く受け身が取れられないように投げられた。

「ぬおおおおお、背中が!! 首が!!」

 何が起きたのか分からない周囲の人々。それに横島がゴロゴロと転がる状況に冷たい視線を向ける人間も居る。

「横島さん、戯れるのはこれくらいにしておきましょう。ダメージを与えるつもりは無かったので、手加減はしました」

「いや、これは真面目に洒落にならんからな!! 色々と慣れてない普通の人間だったら今ので致命傷になる可能性だってあったからな!?」

「貴方は大丈夫でしょう。師である美神令子はもっと凄かったと聞いています」

 一瞬の沈黙と同時に横島は立ち上がった。

「で、カレーショップ探したんですけど無いんですよ」

「まあ、それはそうでしょうね。こちらです」

 案内された先、それは空港からメインターミナルから少し離れた場所。人通りもまばらな場所に、隠されるように道があった。

「これは……」

「ええ、人払いの結界です。聖堂教会の支部がここにあるのは、余り知られてない事なので」

「つまり、ネロ・カオスは成田空港から入ったわけだけど、それを見逃した?」

「失礼な、これは聖堂教会の外交の賜物です。オカルトGメンと交渉して、場所を借りたんです」

 その中には幾つかの部屋があり、その奥にたたずむようにカレーショップがあった。

「分かるか!!!!」

「そう思って探しに向かったわけですが」

 シエルは悪びれなく言うと中に入った。

 中には誰も居ない。昼時に関わらず、閑散としている。

「誰も居ないんだけど」

「まあ、そうでしょうね。ここは半分趣味ですから」

「趣味で店屋を作るな!!!」

「とりあえず注文しましょうか」

 シエルは言うとメニューを見せた。

「なら、私はこのビーフカリーを」

 渡されたメニューを横島は見る。

 そこには泰山直伝麻婆豆腐が存在していた。

 泰山、恐らくは本場中国の飯店なのだろう。

「じゃあ、俺はこの麻婆豆腐で」

 メニューを返すと、シエルと横島が向かい合う。

「さて、横島さんの知りたい事ですが……まず、冬木で何が行われているか知って居ますか?」

「全然分からないです。オカルトGメンもGSギルドも全く把握して居ないみたいで教えてくれませんでしたから」

「そこはある程度は、と言うべき場所ですよ。例え嘘でも」

「シエルさんは分かってるんでしょ。なら、素直に聞いた方が良いかなと思いまして」

 シエルは苦笑いを浮かべた。

 横島は情報と言う部分で降参宣言をしていた。

 それがGSギルドではなく、横島忠夫個人と言うのがミソだ。

 GSギルドが教えてくれなかったから、シエルに聞く。こう言うふうな論理をするのは横島だけだろう。

「ちなみに、私も知らないと言う事は考えないんですか?」

「冬木の地に三週間ぐらいの期間限定イベントが起きてるんですよね。そこまで知ってるなら少しは分かると思って」

「教えないとくれば?」

「その時は、まあ、色々な方法で集めます。やり方は色々と言う事で」

 その言葉を吐いた時には二人とも苦笑を浮かべていた。

 シエルは一つ息をつくと、真剣な表情になる。

「分かりました。現在、冬木市では聖杯戦争と言う物が行われて居ます」

「聖杯戦争?」

「簡単に言えば、魔術師たちの戦いですよ。冬木と言う町を舞台にして七騎の英霊を使役、聖杯を求め争う戦いです」

 横島はその言葉に緩かった表情を改める。

「なんで、そんな事が起きて」

「魔術師とは何を求めているか、それが答えです。聖杯は願望器と言われて居ます。根源に辿りつく手助けぐらいにはなるのではないでしょうか」

 シエルの言葉を横島は噛みしめていた。

 魔術師が起こした事件が現在進行形で行われている。

 英霊と呼ばれる存在が冬木に居る。

 聖杯が冬木に存在しているらしい。

 その三つ、どれもがオカルトGメンにもGSギルドにも入ってなかった事だ。

 戦う前から負けている。そう痛感せざるを得ない。

「聖杯戦争、それがGSが死んだ理由なのか?」

「大まかに分類すればそうです。私は遺体を確認はしていませんが、来るまでに掴んだ情報は心臓を一突き、でしたね」

「そこも情報が入ってない。一体何が起きてるんだ」

「GSギルドは聖堂教会……いえ、冬木教会の力が及んでいるのでしょう。恐らくは警察も」

 横島は心の中で舌打ちをする。

 後手後手に回っている事が理解できたからだ。

「その冬木教会は、聖堂教会の命令には?」

「聖杯戦争は聖堂教会が中立で居なければ行けません。冬木教会は前回の戦争で、英霊を使役し参加しました。それで理解していただければ」

「あー、つまりはそう言う事か。それって随分とマズくないか。と言うか前回?」

「聖杯戦争は今回で五回目です。第四回までは六十年周期だったようですが、今回は十年足らずで発生しました」

「は? 六十年周期が十年周期って、それはどう考えたって不測の事態じゃないのか?」

「ええ、恐らくはアシュタロスが起こした戦いに原因がある物と上層部が考えているようです。魔神大戦、香港事件とあったでしょう?」

 香港事件、それは別名で原始風水盤事件とも呼ばれる。

 メドーサと鎌田勘九郎が香港で大暴れしたのだが、その影響がここまで出てくる。

「まあ、そうだとしても聖杯戦争に不具合が発生していると考えて間違いないんじゃないか?」

「でしょうね。で、話を戻しましょう。現在、冬木の教会は独自の行動を起こしていると考えてくれて構いません」

「それを抑える事は?」

「聖杯戦争終了後、ですね。ですが、強引に介入する方法は存在します。これを見てください」

 そこには古い新聞の切り抜きがあった。

 時間は全て十年前。冬木で起きた子供の誘拐事件や行方不明の事件が載っている。

「全部、誘拐事件や行方不明事件の記事みたいだけど」

「ええ、結論から先に言いましょう。冬木に死徒が潜伏している可能性があります」

「なんだって!?」

 横島は声を上げた。シエルは横島に真剣な表情を向けている。

「冬木に聖堂教会はあるんだよな。セカンドオーナーと言う魔術師の管理者も居るんだろ?」

「三咲にも遠野と言う管理者が居ましたよ。案外、足元は見落としがちです。それに今代のセカンドオーナーはまだ学生ですから」

「あー、経験も何もかもが足りないのか」

「はい、それも後見は冬木の教会。セカンドオーナーになったのは子供の時です。庇うつもりはありませんが、仕方ない部分はあるかと」

 その言葉に横島は流石に脱力したように力を抜いた。

 冬木については少し調べてある。

 シエルの言う通り、遠坂と言う家が管理者となっているらしい。

「一つ聞きたいけど、死徒が潜伏していたとしてだ。遠坂が死徒と言う可能性はないのか?」

「それは無いでしょう。そんな大物が死徒ならば、すでに聖堂教会が動いてます。冬木の教会が邪魔をするなら、諸共滅ぼしてます」

「まあ、ともかく……この死徒が居るかどうかまで調べる必要があるって事か」

「ええ、とは言っても聖杯戦争が終わったら、冬木の教会を動かします。ただし、GSとすれば介入理由は十分でしょう」

 先行調査をする。横島に対しての依頼はそれだ。

 聖堂教会の依頼なので、冬木の教会は邪魔をする事は出来ない。

 彼らの邪魔立てと言う一つの懸念材料を払拭して、冬木入りするのは問題よりも利がありすぎる。

「分かった。引き受けるよ」

「ええ、ありがとうございます。もう一つ、先ほど英霊と言いましたが、出来うる限りは戦わない方が得策だと思います」

「英霊って、英雄の霊だよな?」

「はい。聖杯戦争で呼び出される英霊は歴史に名を残すような英霊ばかりです。人間では相手にならないでしょう」

 横島はその言葉に苦笑いを浮かべた。

 アシュタロスやメドーサも大概だったのを思い出したのだ。

 普通の人間が戦ったなら勝てないと聞いて、魔族を思い出すのはどうかとは思う。

「それでも、私はそれなりならば戦いが出来ると考えて居ます。横島さん、貴方なら」

 シエルは横島を見つめていた。

 それに真っ向から返す。すると、シエルは口元に微笑みを浮かべた。

「それにしても、魔神大戦の頃の情報と今の情報がここまで違うと、人の成長は凄いと実感します」

「えっ?」

「遠野君と同じですよ。ワラキアの夜、遠野君が滅ぼした事を報告です」

「あー、アイツ滅んだんか。って言うか、遠野志貴が?」

「はい。無茶はするなと言ったはずなのですけど、悪い影響が出たようですよ。横島さん?」

「絶対にそれは俺のせいやない。アイツの性格だ!!」

 そんな言葉にシエルは微笑む。

 そう、それが遠野志貴の性格だと言う事をシエルは知っていた。

 横島に報告すると同時に、彼の反応を確かめたかっただけ。

 別に嫉妬するわけでも無く、怒る事も無く、ただ受け止める。

 一緒に戦った戦友だとすれば、少しは心配になるようなものだろうが、死線を潜り抜けた信頼感が強いのだろう。

「あ、一つだけ。裏の連中、例えば魔術師は動かなかったのか?」

「アトラス院の人間と協力してなので、そう考えれば動いたとも言えるでしょう」

「もう一つ、志貴の立場は大丈夫か?」

「ええ、アトラス院と協力してですから。元々、真祖が付きまとっている時点で警戒はされていますよ」

 それは確かにと横島は納得すると、運ばれてくるカレーと怪しい雰囲気を混じらせる何かが来た。

「これは、霊気!?」

 美味しそうなカレーと裏腹に、それは真っ赤だった。

 その匂いは鼻を、そして目を焼き尽くす。辛そうと言うよりも、痛そう。

 その言葉が似合いそうなそれは、横島の目の前に存在していた。

 まがまがしい霊気を放つソレは横島忠夫を警戒させるには十分な存在。

「ええい、ままよ。たかだか、麻婆の一つじゃねえか!! 料理の形をしている分、美神さんのオカルト料理の方が迫力があったわ!!!」

 レンゲで掬い取る。

 手を止めてはダメだ。

 止めては進まなくなる。そうすれば、恐らく食べる事は不可能になるだろう。

 口に入れる。咀嚼せずに飲み込む。

 それが間違いだったと気付くのは、一瞬遅れてからだった。

 レンゲの落ちる音と悲鳴。

 それは横島の敗北の悲鳴だった。





 出来れば、食べる前に……いや、頼む前に忠告が欲しかった。

 まず、口の中が燃えた。喉奥が焼けた。体温は一気に上がり、内臓を焼き尽くすような痛み。

 色、見た目は麻婆豆腐だが、あれは麻婆豆腐では無い。違った別の物だ。

「わずか、これだけの量で…化け物ですか、あの物体は」

 カレーショップから出てきたシエルですら、麻婆豆腐と呼ばない。

 そう言うシエルは「激辛」を食べていたのだが、あの麻婆は一口食べて、口から出した。

「いや、本当に凄かった。あれを食べれる人間が居るなら見て見たいです」

 横島がため息をつく。

 あの地獄の苦しみ。そこには走馬灯が走った。

 決して渡っちゃいけない川の向こう側でメドーサが手招きしていたのを覚えている。

 俺たちそれ程親しくなかっただろうが!! と突っ込んで、文珠を使ったのまでは覚えている。

 文珠を使う必要があるほどにダメージを受けていたのだろうか?

 むしろ、麻婆でそんな体験をするとは思わなかった。

「それでは、続きを話しましょうか」

 カフェのテーブルに座り、コーヒーを二つ頼んだ後にシエルと話し始めた

「吸血種の情報です」

 その言葉に横島は首を傾げた。

「情報は無いからこそ、先行調査をしろと言っていたのではないんですか?」

「あの、ですね。頭が少し痛くなったのですが……頭を使えば、今の情報からでも幾らでも情報は出てきます」

 シエルは呆れたような顔をすると、仕方ないと息を吐く。

「まず、居る事を前提にして考えますと、相当絞れます」

「絞れる?」

「横島さん、今回の一件は我々が動いてない事を考えてどう思いますか?」

「ちょっと動きが悪いと言うか、本来ならもっと動きますよね?」

 横島の言葉にシエルが頷く。

「では、何故だと思います?」

「それは……」

 新聞のスクラップ記事を見て思った事。それは……

「死体が見つかってない。グールも見つかって居ない」

「正解です。つまり、吸血種が居た場合は死体を残さないタイプなのでしょう」

 そう言うと、指を立てた。

「しかし、ここでもう一つ。眷属は居る可能性はありますよ。横島さんも一度、その有名なタイプに会っているはずです」

「混沌、ネロ・カオス……だよな。三咲事件で戦った」

「その通りです。あのタイプが居ると考えれば間違いは無いでしょう。居れば、の話ですが」

 シエルはそう言うが、彼女の目はどう考えても居る事を前提に動いている。

 それはどう言う事か?

「シエルさん、もしかして冬木の協会はそこまでですか?」

「ノーコメントです。ただ、出来うる限りは顔合わせはしない方が良いでしょう。そこから付け込まれる可能性が」

 警戒感。それが見えて取れる。

 つまり、そのレベルと考えるのが一番だろう。

「分かりました。とりあえず、そこ辺りは流れで……」

「そうですね。横島さんの判断に任せます」

 シエルはため息を吐いた。

「本来なら、私も横島さんと一緒に入りたかったのですが、別件を片付けてからになります」

「まあ、心配しなくて良いですよ。案外、早めに終わって居るかもしれませんから」

「……そうですね。そうであってほしい物です」

 シエルは呟く。

 そこにどんな意味が隠されて居たのか。それは横島には分からなかった。

 彼女は振り返ると横島に微笑みを向ける。

「横島さん、気を付けてください。先ほども言いましたが、今回は十年しか経って居ませんので」

「正常な聖杯戦争では無い可能性ですね。大丈夫ですよ、何が正常で異常かは俺には分かりませんから」

 横島の言葉に頷くとシエルは出発ロビーへと歩いて行く。

 それを見届けると、横島も冬木に向けて出発するために、駅へと向かい歩き出した。









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