勢いに任せて、横島は冬木にやってきた。

 勢い、それは素晴らしい物がある。

 行動しないよりもした方がマシ。兵は拙速を尊ぶと言う様に、今の状況では動いた方が早い状況だ。

 ただし、勢いに任せると言う事は大きなミスを引き起こす事もある。

 そして、横島は大きなミスにした事にだんだんと気づき、背中に冷や汗を流しながら冬木にやってきたのだった。

 道具はカバンの中。背中には三十キロほどの重さがあるリュックを持っている。

 金は当然ながら持っている。財布の中には現金で十万ほどが入って居るはずだ。キャッシュカードもあるので銀行から下ろせるだろう。

 下着の替え、替えの服、歯ブラシセットはいつも持っているのを考えるので、その辺りではないのだ。

 これから、拠点となるホテルを探さなければいけないのだが……

「ヤバい、冬木にGSが拠点に出来るようなホテルなんかないじゃん」

 GSギルド専用ホテル

 普段は普通のホテルとして運用されているのだが、GSの仕事の時に使うようなホテルを言っている。

 何か呪い的な物を除霊する時に使うような場所で、霊的防御はかなり高い場所だ。

 故にGSの中ではそのようなホテルで呪いの篭った物品を除令することも多い。

 冬木市という町にGSのホテルがないか。それは魔神大戦の経緯が原因である。





 少しだけ、世界情勢について話そう。

 魔神大戦は日本に大きな被害を与え、表側の世界に大きな混乱を与えた事件のように思われている節がある。

 事実、GSギルドがGSに行った調査では魔神大戦が与えた影響について、満額回答で答えられる人間は三割に満たない。

 世界、特に欧州がどうなっていたのか?

 それは、当然のごとく欧州の心霊団体や魔術団体に大きな打撃を与えていた。

 聖堂教会は初期の行動が遅れ、アシュタロスが行動を開始した時には後手後手の対応しか出来なかった。

 それにより、聖堂教会の威信は相当ダメージを受けてしまっている。

 それ以上にダメージを喰らったのは、魔術師協会だ。

 特に魔術師協会の中にある、ある一派は根源に開くためと言う理由で魔術師が魔族に協力したのである。

 コスモプロセッサや原始風水盤、そして過去には地獄炉建設にまで手を貸していたことが判明してしまった。

 秘匿に秘匿を重ねる魔術師ではあるが、GSも元は仏門やエクソシスト、魔術師を使う人間が集まって出来たオカルト組織の悪魔合体版である。

 組織に所属する人間がそれぞれの組織の内容を細切れでも持ち寄った結果、大体の組織図は表の組織といえど把握できたのだ。

 日本各地の魔術師は、情報のリークなどにより崩壊。

 魔術師を捕縛しようとしたが、行方は知れるが手の届かない場所に逃げた為、GSギルドが管理地を取得。

 そんな目にあったのは人間でありながらも裏切った魔術師だ。彼らは現在も『時計塔』で研究を続けてるらしい。

 GSギルドの前組織のGS協会に協力、もしくは中立を保った魔術師の家は今でも残っている。

 その内の一つ。GSギルドやオカルトGメンが注目する家の一つに『トオサカ』があるわけだ。

 つまり、冬木は大都市でありながら魔術師のお膝元。つまり、冬木は日本に残っている魔術師のお膝元ということになる。

 元の起源は二百年ほど前になるらしいが、隠れキリシタンだったのだろうと歴史にあまり詳しくない横島の頭でも推測できた。

 その遠坂は、魔神大戦では中立を保つ魔術師が多い中で積極的に数少ない人間側で戦った魔術師だ。

 立場的に言えば完全に中立を守った。だが、冬木に現れた魔物は聖堂教会とトオサカの手で葬られたのである。

 その事実は魔術師に対して、攻撃を加えようとしていた国連やオカルトGメンとしても文句の言いようが無かった。

 ただ、オカルトGメンに協力しなかっただけだ。これは他国や、他のオカルト組織にも言える事なので何も言えない。

 今回は見逃し。そう言う判断がされた数少ない家の一つ。

 実際、GSギルドが把握しているほどに大きい魔術師の家で残っているのが確認されたのはアオサキとトオサカの家だけだ。

 オカルトGメンや日本政府直属の内閣心霊調査室が行った『平成の魔女狩り』はGSですら、眉を潜める物だった。

 反対し抵抗した魔術師の末路。それは小笠原諸島にある禁固施設に送られている。

 そこはオカルト犯罪者たちが収監される所だ。そこで厳重な監視を受けながら過ごす事になる。

 その魔女狩りの結果は……かなり散々な物だ。

 魔術師の減少で張ってあった霊的結界が弱まり、一時的に霊の強さが増し、失敗するGSが多くなった。

 オカルトGメンと日本政府の頑張り過ぎである。

 魔神大戦の影響で強くなったことも一因にはあったので、結果的にGS協会が責任を取り、GSギルドに変化していった。

 しかし、それも最初の頃は上手く行かずにネロ=カオスが入って来た事でさえGSギルドが気がつかない不始末が起きる。

 日本のGSのレベルは低くなったと思われ、オカルトGメンが強く見えるのも仕方が無い事だ。

 それに関しては横島は諦めている。だが、その弊害はGSギルドが負ってるのだ。

「なんで、寺とか教会とか許されているのにGSギルドが許されないんだよ」

 魔術師協会と内閣心霊研究所との間で取り交わされた協定。

『お互いに干渉しないこと、魔術師の土地に日本政府直轄のGS協会やオカルトGメンは置かないこと』

 この協定が、冬木等で行われる除霊に難題が生じる結果となっているのだ。






 今だからこそ思う。あの協定は恐らく、これを隠したかったのだろうと。

 聖杯戦争は死徒と違って有名な物ではなかった。

 だからこそ、内閣心霊研究所は下手に譲歩したのだと思う。

 だけど、それでも調べて欲しい物があった。

 こちらに来るまでに高校時代の友人で情報を集めるのが得意な人間に冬木で第二次世界大戦前後から事件が起きて居ないかを調べて貰ったのだ。

 シエルがくれた情報の中に、聖杯戦争は六十年周期で行われていると言う話がある。

 結果、判明した災害。それは十年前、大火災で燃えたと言う記録がある。

 死傷者が五百人から二千人と各新聞に書いてあったらしいが、一瞬で改ざんされた情報だと分かった。

 被害人数の実態と死者の数。それが合わなかったからだ。

 恐らくは最低二千人ほど。多すぎると国の責任になってしまうので数字を改ざんしたのだ。

 冬木に到着する前に、その件は唐巣に調べて貰った。

 答えはクロ。

 GS協会の幹部が三億近い賄賂を貰ったことと、日本政府と冬木市に三兆円の寄付があったことでうやむやになったそうだ。

 実数は冬木での死者は行方不明者を合算して二万人近い物だったらしい。

 これだけの事件、それを把握していたのか居なかったのかは分からない。

 当時の政権は揺れただろう。それすらも金の力で黙らせた魔術師協会の巧みさは相当凄い。

 そして、そんな災害が十年しか経たずに発生してしまっている。

 六十年周期が十年だ。今回の聖杯戦争に理解できない何かが起きているに違いなかった。

 恐らく、それは十年前に繋がってくる。

 その六十年前、恐らくは第二次世界大戦前後に行われた聖杯戦争は大きな事件が無かった。

 つまりは比較的平穏に終わったのだろうと推測できる。

 十年前、横島はそれに注目する。それが今回のキーワードだと、横島は心の中に刻み付けた。






 状況を把握した所で、問題は宿泊場所だ。

 だけど、それは余り関係ない。そう言っても良いかもしれない。

「野宿じゃ!!」

 そんな事は割り切れば簡単に解決する事だ。

 でかいリュックの中には寝袋、湯沸かし器、何でも揃っている。

「と、なると問題は飯とテントを張る場所か」

 地図を確認して、場所を見ていく。

 戦いを仕掛けてくる事を前提としても、相手は魔術の隠匿を大事にする魔術師だ。

 この新都と呼ばれる、この場所で変な事を起こす馬鹿は居ないだろう。

 例外は見ている。あのネロ・カオスが壮大な例外だろう。

 特に今回の場合、オカルトGメンとGSギルドが近年手を組んでいるのを忘れていなければ出来ないはずだ。

 横島を襲い、そして生き残った時は確実に何らかの手を打たせられる。

 混沌と対峙した時ほどの緊急性は存在しない。

 詰まる所、逃げ回って居ればオカルトGメンが手を打ってくれるわけだ。

 一撃で倒せる自信が無ければ、絶対に攻撃してこない。横島はそう判断していた。







 冬木は大きく分けて二つに分かれた大きな町だ。

 町の中央を川が流れている。そして、住宅密集地である深山と新都の地区に別れている。

 野宿と決まれば話はかなり簡単だ。

 限界まで調査する事が出来る。

 そう考えると、道路標識と大通りを目印に深山へと向かう。

 総重量三十キロ。それは背中に来る物がある。

 だけど、それは横島にとっての日常。美神除霊事務所では除霊の度に運んでいたのだ。

 久々に持つ重い荷物に横島は大きく息を吐くと、やがて大きな橋にたどり着いた。

 冬木大橋。これを越えれば深山町に入る。

 新都と深山を結ぶ大きな橋で、これを避けて通ろうと思えば大回りを余儀なくされてしまう。

 正しく交通の要所だ。

 これを越えれば、まずは深山。そう考えながら、橋を渡って居ると目の前に夕日の光が目に入る。

 夕暮れは昼の終わりと夜の始まり。

 GSにとっては、これからが仕事の時間。そして、魔術師に取ってもそれは同じのはずだ。

 恐らく起きるのは激しい戦闘だろう。

 それでも、その一瞬の間には眩しく、それでありながら、力強い美しい夕焼けがあった。

「一瞬だけしか見れないから美しい、か。いつも見て居る夕日でも状況と場所が違えば感じ方も変わるな」

 横島は一旦荷物を下ろすと夕焼けを眺めた。

 これからは非常に厳しい戦いの始まりだ。そう考えると、夕日を見る目も少しだけ微笑みを浮かべる。

 夜の世界は日常と違う。ならば、僅かな日常の時間を見るのは僅かな心のゆとりとなるのだから。

「まるで、ナルシストね」

 その声は聞きおぼえがある声だった。

 リュックの中から顔を出す狐が一匹いる。それは横島の顔を見上げていた。

 やがて、その狐は勢いよく飛び出すと九つに別れた尾を特徴的に使うと、地面に降り立つ。

 その時には一人の少女の姿をしていた。

「美神さんから、言われた事だから。ちゃんとこっちの準備が整う前に出てくるなんて思わなかったわ」

「だって、それは美神さんを初めとして、他の人間は来ないんじゃ」

「近くに依頼が無かったからね。流石に事務所単位で援護は不可能でしょうけど、色々と手回しをしてくれてたんだから」

 タマモは言うと、呆れたような視線を向けてくる

 楠瀬タマモとして、六道女学院に所属し、偽造された戸籍の上では最年少のGS試験合格者として名前は知られている。

 特に同期には六女三人娘やシロと同期なので六女五人衆とも呼ばれたりするが、彼女たちだけで上位を独占したのは記憶に新しい。

「で、成田空港で私の知らない人に会っていたみたいだし、GSギルドも知らない情報網があんたにはあるみたいね」

「……そりゃそうだろ、GSになった以上は情報第一。情報の無い人間はいつも危険と隣り合わせだからな」

 横島はその状況に一瞬だけ呆然としながら、ため息を吐いて呟いた。

 それはプロになってから思った事だ。

 安全に、そして楽に仕事をするには情報が必要である。

 状況や地形、そう言ったのがあるのとないのでは雲泥の差だ。

 その背後関係まで分かれば、手を出す必要が無くなるかもしれない。もっと別な手が取りえる状況にもなる。

 情報を制する者は全てを制する。それの一端を見られてしまったのは、少し失敗だったかもしれない。

 油断、それは大きな油断だ。その油断は二度は許されないだろう。

「まあ、横島が意外にGSとしてしっかりしていたのは私も驚いたけど」

「あのな、俺だって独立してるから、それなりには考えてるぞ」

「そうね。けど、半分考えなしで突っ込んできたような気がするけど?」

 タマモの言葉に横島は苦笑いをする。

 その時、ふと気づいた。

「タマモ、そう言えば俺の道具は!?」

「あ、それに関してはね、潜り込んだ時に置いてきたわ」

 バツが悪そうににするタマモに横島は何も言えなかった。

 と言うのも、何を言ったら良いのかが分からなかったのだ。

 道具を置いてきた事について、怒れば良いのか。

 それとも付いてきた事に対して何か言えば良いのか。

 数瞬考え、横島は大きなため息を吐く。

 今日は何度目の溜息だろう。横島は思いながら、タマモを見る。

「タマモ、ここから先は恐らく地獄だぞ。今なら、一旦冬木を離れてお前を送り出した上でもう一度入りなおすと言う手段が取れるけど」

「却下ね。それじゃ、私が付いてきた意味はないわ」

 タマモはその言葉に呆れているとも、怒っているとも分からない表情を向けてくる。

 そして、横島の近くに寄ってきた。

「美神さんに言われたし、誰も居ない。仕方ないから私が見ていてあげるしかないわ。シロもいないし、ちょっとした遊びと思えば十分よね?」

 薄い笑いを浮かべながら喋るタマモ。その表情は美少女ながらも、可愛いよりも美しいという言葉が合ってしまう。そんな笑みだった。

 横島としては巻き込みたく無いと思うが、こうなったら絶対に退かない知り合いの人間の一人だ。

 下手に邪険にして、巻き込まれるよりは遥かにマシだろう。

 まぁ、心配してくれることはありがたい。そう考えると、呆れたような笑顔を見せ、盛大にため息を吐いた。

 心配してくれることを嬉しく思う横島。タマモがこうして来てくれたことは喜ぶべきことなのだろう。

「どちらにせよ道具が無いから、これに関してはどうにかせんとあかん」

「それなら自作するとか」

「普通の除霊で、しかも道具制作の腕前があればそれで良いかもな。だけど、今回は無理だと思う」

 横島は周囲を見渡す。

「もう、ここは相手のテリトリーだぜ。それこそ、何処で攻撃されてもおかしくない場所だ」

 タマモはその言葉に驚いで目を開いて周囲を見渡した。

 そんな空気は全く無い。そう言いたげだが、横島は苦笑いしながらもいつでも対応できる体制を取っている。

 今回の敵は人間と、それに使役された英霊の可能性、後は吸血種。

 本来なら逃げ出したくなる奴らがたくさん居ると言う事だけ伝えると、横島は深山に足を向ける。

「横島、こう言う場合は拠点を見つけないと!!」

「アホか。もう、この町に入った時点で見張られてる可能性は考えないとあかん。今から拠点探しは論外だ」

「なら、どうするのよ」

「何も無ければ冬木駅の終電に合わせて撤退。隣県辺りでホテルを取って、翌日に再度アタックしかないだろ」

 横島の言葉にタマモが首を傾げる。

「野宿って言ってたけど?」

「あのな、お前が居る時点で出来るか!! 俺一人なら文珠でどうにでもなるって事だ」

 そう言うと、『結』『界』の文珠を見せる。

「それなら、それで何とかなるんじゃ?」

「あのな、色々と問題もあるだろ。外聞とか」

 タマモは何も言わずに見つめていたが、呆れたような視線を向けた。

「まあ、取りあえずはだ。俺の目的地は穂群原学園だ。他の学校も見て回りたいが、とりあえずは……だな」

「ふーん、それはこの地に居るセカンドオーナーに関係するわけ?」

「少しだけな。話を聞く限り、遠坂は外道な手段は使わんだろうけど、この場所に現当主が通っているらしいんだ」

 タマモはそれに考え込むような仕草をする。

「俺がトラップを仕掛けるなら、ここだな」

「へえ、そう言った手段を選ばない方法が好きなわけ?」

「いや、メドーサならどう言った手段を思いつくか考えただけだ。随分と苦労したからな、アイツには」

「メドーサと言うと……香港や月で戦った魔族?」

 タマモは言うと横島が頷く。

 何故、魔族の話と言う顔をするが、横島自身甘く考えすぎている自覚があった。

 横島の頭の中にあるのは、ホテルを強襲してきたネロ・カオスの光景。

 もう、焼き付いて離れないトラウマと化してしまっている。

「俺には、魔術師の中でも外道の考え方は分からんけど、中でも精神的な攻撃してきそうなメドーサを仮想敵にしてるんだけどさ」

「なるほどね。最初に会った頃と比較すると、美神さんが言う通りで見違えるほどに成長してるのね」

「おーい、最低でも俺以外の先輩方にそんな言葉使いをするんじゃねえぞ」

「大丈夫よ。これは横島限定だから」

 タマモの言葉に横島は頭を抱える。

 まあ、それも自分だけなら良いかと横島は判断すると元に話題を戻した。

「一応、学園を調べる理由は分かるよな?」

「調査と牽制ね。わざと遠坂に分かるように動くのは、私としても賛成かな。この状況だと」

「相手が気になれば、俺の方にアプローチしてくるだろ。そうすれば、もしかしたら協力して貰えるかもしれない」

「で、私達の目的は何なわけ?」

「第一にGSの殺害犯人を捕まえる。第二にこの町に居ると言う吸血種を調査する。こんな感じだな」

「それでちょっかいを出すわけ? この町で大きな事件が進行中なんでしょ?」

 タマモの言葉に横島は苦笑いを向けた。

「俺が巻き込まれれば、介入の理由になるだろ? 最低でも俺は」

「……呆れた」

 タマモの本当に呆れたような声に横島も苦笑いを消さない。

「と言うかだ。これくらいしか介入できないようにしてる、政府やオカルトGメンのやり方が問題だと思うけどな」

「確かに」

 タマモはため息をつくと、気まずい沈黙が流れた。

「取り合えずは学園。何か変わった事が無いかを確かめるのが第一だな」

 横島はリュックの中の残存装備を確かめると、盛大なため息をついた。

 思った以上に装備品が残って居なかったのだ。

 そして、リュックを背負い直すとタマモに視線を向けた。

「何にせよ、学校に行ってからだ。一番張られて居る可能性が高い場所だからな」

 横島はこの時、何だかんだ言いながら効率が悪いと思われる学校に結界が張られているとは思って居なかった。

 だけど、それは実際に現実の物となる。






 学園に付いた時、二人の口は呆然とした表情で固まっていただろう。

 何故に口に出した事が、そのままの結果になるのだろうか。

『全ては自分が悪いのか!!!』

 とそんな言葉を叫びたくなってしまう。

 そこは正しく異様だ。色々な学校を見てきたが、明らかに異常。

 もしかしたら、このまま進めば一般人でも気付くのではないかと思えるほどの物だ。

 息がしづらい。胸が苦しくなる。
 
 身体から何かが抜けて行くような感触、これは霊気が無理やり吸い込まれていくような、そんな状態。

「この重苦しいような霊気の流れはまるで霊場に居るみたいね」

 タマモが真っ先に口に出した言葉がそれだった。

 霊場とは、業界用語だ。

 自然界の中には亡霊には溜まり場が存在している。

 例を挙げれば、恐山などが挙げられるが、そう言った巨大な霊場に近い感覚なのだ。

 横島には体が重くなったことは気がついたが、流れまでは気付けない。

 それは教育と言う物もあったが、その辺りは才能と言う物が物を言ってしまう。

 霊気の流れを見る。これは間違いなくタマモの才能だろう。

「流れか、空気が澱んでるし、ヤバい何かの結界であるのは分かるけどな。だけど、これは自然によるもんじゃない」

 基本的に学校は霊場となりやすい。学校の妖怪と言う物は色々と有名な存在は居るが、学校の怪談と言う名前で多いのはそれが理由だ。

 だからこそ、人が通う学校が霊場と化した。自然に起きえないとは言い切れない。

 横島だけならば強い霊場とだけで判断したかもしれない。

 タマモに言われて気付く霊力が抜けて行くような感触。疲労に似たような物で気付かなかっただろう。

「……ここは俺じゃ見つける事が出来ないかもな。タマモ、何か分かるか?」

「分からないわ。だけど、何かの結界と言う事で流れがあるから前世の記憶の切れ端を使えば何かわかるかもしれないわね」

「前世の記憶って、思い出したのか?」

「私とシロは合格後におキヌちゃんと一緒に妙神山の門を叩いてね。若干だけど思い出したわ」

 タマモの言葉に横島は頭を抱えた。

「美神さん、何やってんだよ。流石に妙神山はきついだろ、シロならばともかく、タマモやおキヌちゃんには」

「私達にはヒャクメさんと言う神族とパピリオさん、ベスパさんと言う魔族が付いてくれたんだけど」

「パピリオとベスパか。懐かしいな。元気そうだったか?」

「そうね、パピリオさんは自由気ままと言う感じだったし、ベスパさんはおキヌちゃんといろいろ話してたみたいだったけど?」

 その内容が気になったが、横島は学園に視線を向けた。

「雑談はそれくらいにして、流れは分かるんだよな。結界と言う事は基点があるはず、場所は何処だか分かるか?」

「多分、一つの流れに絞り込めば出来るはず。幾つも幾つも混じりあって、ここからじゃ分からないわ」

「じゃあ、学園の中だな。とりあえず、学校の中に忍び込むか」

 横島は言うとタマモが止める間もなく、学園内に入って行く。

 それにタマモは一瞬慌てた感じで止めようと思ったが、すぐに横島を追って入って行った。






 学校の中はさらにキツイ空気が漂っている。

 一般人には分からないレベルだが、察知力が高い人間ならば気付いて来てもおかしく無いレベルだ。

 学校内を歩き始めて数分、タマモは一階にある廊下で立ち止まった。

「これね」

「これか」

 横島も近くに来て、実際に見れば分かった。

 霊道の前に立つような圧倒的な雰囲気がある。

「よし、これを潰せば終わりだな」

「待って、これは基点だけど複数あるわ。だから、結界に比べても基点の霊力が小さいの」

 タマモは言うと手をかざした。

 霊力を軽く送って探りをしているらしい。

 やがて、タマモは首を横に振った。

「解呪は無理か?」

「ええ、でも……無駄足じゃないわよ。遥か古来の結界……名付けるなら陰冥陣と言う奴かしら?」

 タマモの声が冷たい。それは怒りを蓄えている証拠だ。

 だからこそ、結界を軽蔑するように見る。

 やがて、タマモは横島に顔を向けた。

「タマモ、不勉強で悪い。陰冥陣って何だ?」

「あー、そうね。その名前は今付けた物だから気にしないで」

 タマモはバツが悪そうに答えると、すぐに口を開く。

「これは日本古来の呪の一つに良く似てるわ。結界を起動させることで霊力を吸い取る事が出来るの」

「土角結界、みたいなもんか?」

「威力も範囲も桁違いだけどね」

 タマモは苦笑いをするが、真剣に顔を戻すとすぐに結界に視線を向けた。

「だけど、これは一般的な結界とは似て異なるわ。人間を溶かす結界よ」

「人間を溶かす?」

 横島は固まった。そんな呪いはGSで聞いたことは無かった。

 昔はあったかもしれないが、最低でも平安時代に飛んだときは見た事も聞いたことがない。

「聞いたことが無いのは当たり前よ。こんな事、普通はこんなふうには使わないわ」

 タマモは吐き捨てる。そこには苛立ちが見える。

「こんなものを使う術者は私の前世が生きてた平安、その外法が溢れる中でも聞いた事が無いわよ!!」

「タマモ、落ち着けって。今、イラついても何にもならん」

 横島はタマモを見つめて言うと、彼女は一瞬驚きで目が開き、そして大きく息を吐いた。

「で、どうすればいいかは分かるか?」

「そうね、この基点が相互関係にあって、何処かを消せば発動するタイプかも分からない以上は出来ないわね」

「文珠はどうだ?」

「一ヶ所だけなら確実よ。全部となると……私じゃわからないわね」

 その言葉に横島は苦笑いする。

 文珠に出来る事はそれほど多くない。

 状況が分からない以上は出来ないと考えるのが普通だ。

「それにしても、本当にムカつく結界だわ。この結界を張った奴、何処まで外道なのかしら?」

「まあ、事の善悪が分からん奴と言う事は間違いないな。もしくは自暴自棄なのか、な」

「結界は完成して居ないから、しばらくは放っておいて大丈夫よ。犯人は急いで見つけなければ行けないみたいだけど」

 その時、二人同時に上を見上げた。

 ここからも分かる霊力。頭上、恐らくは屋上に敵は居る。

 それも二体。それに気付いた二人が顔を上げたのだ。

「取りあえず、逃げることから考えたほうがよさそうね。上にとんでもない何かが居るわ」

「恐らくは英霊だな。聖杯戦争って奴だ」

「……とりあえず、一旦外に出よう。それからだ」

 横島は言うと、歩き始めた。

 横島の心の中には色々な物が渦巻いていた。

 その中の一つは、その英霊と言う物の強大さだ。

 下手すれば中級神魔レベルにまで上に居る英霊は達している。

 そんなのが、この町を闊歩し、ぶつかり合っている訳だ。

 いつ、巻き込まれる人が居るかわからない。

 それは目の前で行われるかもしれない。

 そう考えた時、横島はタマモに見えないように唇をかみしめていた。






 目の前では剣舞が行われている。横島とタマモはその中で文珠を使い、息を潜めながら見て居るしかなかった。

 双剣使いと槍使いの戦い。武道とか余り得意では無いタマモから見ても分かる。

 あれは化け物だと。

 技術だけで、すでに人間を超えている存在だと。

 赤い外套を纏った双剣使いは白と黒の剣を振るい、青い鎧を付けた槍使いは赤い槍を振るう。

 余りにも濃い色をしているので、青い槍使いの動きは見やすい。見やすいが……

「見える分だけ、実力差が分かってしまう」

 タマモは呟いた。そして理解できた。

 自分では勝てないと言う事をタマモは実感してしまったのだ。

「横島、逃げましょう。こんな町に居たら、命が幾つあっても足りないわ」

 その言葉に横島は何も答えなかった。

 横島はその戦闘が永遠に続く気がしていた。

 乱暴にして華麗、華麗にして優雅、優雅にして暴力的。

 二人が持つ武器に纏わりつく殺気は、何かいわく付きの何かだと理解できる。

 横島に例が挙げられるのは妖刀の類だが、現在もオキヌちゃん愛用の包丁であるしめさば丸や、八房など。

 そんな妖刀でもとんでもない力を持っていたのに、彼らの振るっている武器は同等以上である。

 しかも、しめさば丸を持った自分や、犬飼ポチのように振り回されて居ない。

 誰も及ばぬような場所まで上げた技術を使った殺し合い。すでにそれは芸術に近かった。

 力の差、スピードの差は槍使いが上だ。

 だけど、双剣使いは技量が上。

 その差で実力が拮抗しているように見える。

「若干だけど、槍使いの方が押してる?」

「いや、長引けば確実に槍使いが勝つと思う」

 タマモの問いに横島は冷静に答えた。命をかけた真剣勝負、その戦いは一瞬の技術の差や油断で決まるレベルの戦い。

 手に汗を握った瞬間、それは起きた。

 双剣使いの剣が弾き飛ばされる。それを槍使いは見逃すはずがない。

 決まった、そう思った瞬間、弾き飛ばされた剣は双剣使いの手にあった。

「今のは?」

「分からん。だけど、武器が無くなっても準備出来ると考えた方がよさそうだな」

 横島は呟くと戦いを冷静に見て居た。

 足は震えている。これは武者震いでは無い、恐怖だ。

 ハッキリ言って、GSが目指しているレベルと全然違う。

 槍使いの持つ一撃が赤い雷撃だとすれば、双剣使いの持つ剣は変幻自在。

 槍使いが繰り出す無数に繰り出される瞬速の一撃を、双剣使いを流水の如く受け流している。

 だが、それは完璧では無く剣を弾き飛ばされる事、十五回。

 この千日手のような戦いは終わりを迎えようとしていた。

「視線がこちらを向いた!?」

 タマモが小さな声を上げる。

「ちっ、誰かが見てやがる」

 ランサーの言葉通り、それは横島の事を指しているのだろう。

 思わず霊力が漏れてしまったのもあるが、文珠が限界に近づいて居たのもある。

 一瞬の隠蔽の更新。それに気付かれたようだ。

「どうするの、横島?」

「大丈夫さ、大丈夫。まだ、バレて無い」

 横島は冷や汗を流しながら、呟いていた。

 いざとなれば、奇襲も出来るし逃げる事も出来る。今はそんな状況だ。

 その時、タマモは視界の先に一人の少年を見つけていた。

「マズいわ。横島、民間人!!」

「なんだって!?」

 横島が見ると同時に赤い髪の少年が走り出すのが見えた。

 横島の視界の端では、青い槍兵が追いかけようとするのが見える。

 次の瞬間、視界に入ってきたのは狐火で迎撃するタマモの姿であった。

「な、何やってんだーーー!?」

 炎は一瞬で青い槍兵を飲み込む。それほど見事な一撃だった。

 普通の雑霊なら、一瞬で燃え尽きただろう。

 そう、普通の雑霊なら。

 炎の中から出てくる赤い雷光。タマモは余りにも綺麗に入った一撃に気を抜いてしまっている。

 対応できる状態では無い。タマモは死んだ、一人なら死んでいた。

 それは金属音と共に弾かれる。割り込んだのは横島だ。

「タマモ、保護!! 行け!!!」

 『伝』と『転』の文珠を無理やり投げ渡すと、大声で怒鳴った。

「で、でも!!」

「こいつは俺が引き受けた。今はアイツの保護の事だけ考えろ!!」

 その言葉に一瞬、躊躇するタマモ。

「別に倒そうと言うつもりはないぞ。安全圏まで逃げたと判断したら、俺も逃げるからさ」

 文珠の文字。それを見ると、横島の言葉にタマモは頷いて走り出す。

 槍使いは物凄い殺気を出しながらも、タマモも、そして民間人も追わなかった。

 追えなかったと言った方が良い。

 横島の言葉はタマモに向けられながら、同時に槍使いにも向いている。

 そして、赤い双剣使いにも向いている。僅かだが、その背後に居た少女にも。

「てめえ、やってくれるじゃねえか」

 ランサーの殺気の篭った言葉に、横島は強気で視線を合わせる。

「あんな、ヒョロヒョロの攻撃じゃ通すわけには行かねえだろ?」

「ちっ、反射的な反撃とは言え、甘かったのは認めるが……英霊の攻撃を防いだ。やるじゃねえか」

 槍使いの軽い口調とは別に横島を怒気が篭った表情で睨まれる。

 凄くマズい状態。横島は冷や汗を流しながら、現在の状況を把握しようと視線だけで周囲を見渡した。

 赤い双剣の男もこちらを物凄い形相で見ており、その奥の女性は横島の姿を見て目を丸くしている。

「おい、そっちに気を取られている余裕はあるのかよ?」

「別に気を向けているつもりはないけどな。こんな状況である以上は、注意を配らなきゃいけないだろ」

「はっ、舐められたもんだ、ぜ!!!」

 横島の態度が槍使いを刺激したのだろう。横島の視界から槍使いの姿が消えた。

 一瞬だけ見えた線のような動き。向かってくる暴風を飛びのきで避けた。

 だが、軌道修正され横島の目の前を赤い槍が通り過ぎる。

「ちっ、外したか。気を逸らしていなかったってのは本当みたいだな」

 横島はその言葉に苦笑いを浮かべたが、ランサーは頬に笑みを浮かべる番だった。

「なら、少しは楽しませてくれよ!!」

 繰り出される槍、それを横島は適格に弾いて行く。

 片手には霊波刀を構え、もう片方には白い盾を構えていた。

 余裕がある攻撃は霊波刀で、そうでない攻撃はサイキックソーサーで逸らして行く。

 両手、霊波刀での防御も一瞬頭によぎったが、恐らくは反応しきれなくなると感じていた。

 結果的にそれが正解だった。ランサーの槍の速度は横島の想定以上だった。

 ハッキリ言えば見えていない。視界の端に写った光に対応しているだけに過ぎない。

 それでも防ぐことが出来るのは、並外れた横島の動体視力の良さだろう。

 最低でも銃弾を避けるぐらい。人間を辞めていると、たまに言われるが案外間違いでは無いかもしれなかった。

 槍使いと、横島。その戦いは段々と白熱していく。

 槍使いは獰猛そうな笑みを浮かべ、横島の表情は段々と厳しくなっていく。

 その時、横島は後方に大きく飛びのいた。それは槍使いにとって、チャンスと言っても良い状態。

 勝負有り。双剣使いの赤い騎士と、少女の二人は思った。

 槍使いも大きく踏み込む。その時、槍使いが見た物……横島の苦しい表情に浮かんだ笑みだった。

「伸びろ、栄光の手!!!!」

 次の瞬間、その手に出ていた霊波刀が大きく伸びる。だが、それを槍使いは受け流し、大きく後方に飛びのいていた。

「今の、タイミングで避けるか」

 横島は息切れしながら、槍使いに呟く。

「いや、今のは本当にヤバかったぜ。お前の表情を見てなければ、罠だって気付けなかっただろうよ」

 槍使いの言葉に横島は苦笑いを浮かべる。

 赤い騎士は真剣な表情を向けていた。その背後では真剣に少女が考えていたからだ。

「アーチャー、あの戦闘を止められる?」

「止めろと言われれば止めるが、止める必要が無いように思えるのだが。むしろ、逃げた民間人をどうするかを考えた方が良い気がするがね」

「そうも行かなくなったわ。何処かで見た顔だと思ったのよ、彼」

 凛と呼ばれた少女の言葉にアーチャーと呼ばれた双剣使いが注意を向ける。

「魔神大戦の英雄、間違いないわ」

「魔神大戦?」

「最近、本当に数年前に起きた史上最大クラスの事件よ。教会や協会も後手後手を踏んで、世界滅亡の一歩手前にまで進んだ事件」

「……なるほど。ならば、その魔神大戦の英雄が聖杯戦争の参加者と言う事か」

 その言葉に凛が黙り込む。

 魔神大戦の英雄、その声は槍使いにも聞こえていたのだろう。

 その口元に笑みを浮かべていた。

「英霊じゃなくて、英雄かよ。なら、それなりに経験してるんだろ、戦いをよ」

 槍使いはクルリと肩に置いていた槍を構え直す。

「畜生、さっきまでは油断してたからある程度は何とかなったのにさ、真面目にさせてどーすんだよ」

「はっ、馬鹿言え。あれだけの攻撃を防いだんだ、次は本気で行くぜ!!」

 赤い槍が閃光のように走ってくる。

 先ほどは光の出所が見えていたが、今は線でしかない。

 その槍が纏っている魔力と色さえなければ、横島は弾くことすら出来なかっただろう。

「てめえ」

 弾かれた一撃を見て、槍使いの視線がさらに鋭くなる。

「さっきとは段違いの速さだ。これは真面目にやばいかも」

 横島の言葉はさらに槍使いの視線に殺意を籠らせる物でしかなかった。

 ランサーの口元から緩みが消えている。それは彼自身も気づいているだろうか。

 交える事、数度。槍使いは一度距離を取った。

「本気になってなかったのは、同じだったみたいだな」

 その言葉に驚くのはアーチャーの後ろにいた少女だった。

「見るからに動きが良くなりやがった。さっきは見て、確認して、弾くだったが、今は見て、弾くだな」

「アホか。俺は最初から本気だよ。攻めも含めた奴から守り優先になっただけだ」

「なるほど。それが何所まで本当か分らないが、ここまで付いてこれたんだ。誇っていいぜ」

 槍使いは言うと、再び横島を間合いに入れた。

 槍使いの話通り、横島の動きは良くなっている。ただし、横島の話通りで最初から本気だしているのも事実だ。

 何が起きているのか?

 それは横島の手の中にあった。そこに輝いていたのは『速』の文珠だ。

 対応できない速さに近いならば、こちらが対応できるようにすれば良い。

 横島の行動はその一点において対応できていた。

 今はトリックに対して槍使いは気付いていない。

 横島の目は慌てつつも、目の前の攻撃を一つ一つ丁寧に対処していく。

 槍使いは精密な攻撃を繰り返す。

 ただ、それだけの光景。本来ならば追わなければ行けないのに、彼女……遠坂凛が動けない理由はそこにある。

 緊張した流れの中、いつかはどちらかが動き出す事により流れが変わることがある。

 そして、それはついに訪れた。

 以外にも、そのミスをしたのは横島ではない。槍使いの方だった。

 槍使いの一撃。単調な攻撃をしないために、半分フェイント気味に放った攻撃。

 今までが超一流の攻撃だとしたら、これは一流に若干届かない攻撃だ。

 本来、これは次の攻撃に繋がる布石。その次の気合いの一撃に至るはずの準備。

 それを横島は見逃さなかった。

 一気に懐に潜り込んだのだ。

「ここからは俺のターンじゃ!!!」

 その言葉を理解できた人間はどれだけいただろうか。

 霊波刀が槍使いを襲う。

 槍使いはそれを受け止めたが、次の瞬間別の方向からの攻撃で、慌てて防ぐような羽目になった。

 横島の手には先ほどの長さとは半分の霊波刀、それも両手に握られていたのだ。

「てめえ、その剣の速さは人間の速さじゃねえぞ!!」

 初めて慌てるような槍使いの声。横島の攻撃は先ほどの防いでいた時と比べて、攻撃スピードが速い。

 同時に間合い以外の場所からで、攻撃しづらくなっている。

 それに付け込んで横島が飛び込んできたのだ。

 槍使いは距離を取ろうと打撃戦も行うがそれを上手く流して、攻撃の手を休めない。

 先ほどとは打って変わった、一方的な猛攻だった。

「ふははははは、拮抗が限界と考えたのが全身青タイツ!!」

 その言葉に槍使いは舌を打つ。彼からすれば、横島の言うことが正しいゆえの舌打ち。

 現在は防戦一方。あまりにも相手が防戦一方なので動きが単調になってしまったのだ。

 これが普通の人間なら何とかなるかもしれないが、この男だけは違う。そう感じ取っていたのだ。

 このままでは負ける。槍使いは目の前の猛攻を行っている男を見ながら、唇をかみしめる。

 自らを槍使いは呪った。この男を馬鹿にしたことを完全に後悔する。

 そして、感じ取った。こいつは……この時代に生きる最強の一人だと。

 一方の横島は焦っていた。このままでは、拙すぎると考えていたのだ。

 まだ、槍使いは気づいていない。横島の様子を見ている双剣使いにも気付かれていないと思いたかった。

『速』の文珠は作用している。作用して泣ければ、怒涛の攻撃など演出できるわけがない。

 文珠のアシストで互角。その意味は、今のペースは長く無い。

 だからこそ、今のうちにダメージを与えなければいけないのだが……横島の考え違いはここだった。

 完璧な自分のペースに持ち込んでいるのに相手はダメージすら現状は与えられてない。

 流石は英霊だと横島は思う。これこそ英雄、これこそ輝く英雄譚に残りし英霊。

 だが、その称賛は横島の中では悲鳴でしかない。

 その英雄譚を相手しているのは横島なのだから。





 だけど、後悔は目の前の闘っている槍使いもそうだった。

 すべての攻撃に警鐘を感じる。それが初めてのことだったからだ。

 別にその攻撃が驚くほど鋭かったり、絶対に危険という感じではない。

 ただ、戦士の勘が囁くのだ。手から出ている光の剣には気をつけろ、と。

 槍使いとて、戦いに名をはせた英雄。その剣がどういったものかは分かったつもりだ。

 それは魔力で編まれた剣の一種だということは分かっている。

 問題は、その使い手が技量と行動がバラバラだと言うことだ。

 攻撃は全て我流だろう。攻撃ははっきり言って足りない。

 もし、実戦ならば先ほどの油断した攻撃で切り伏せられていたはずだ。

 それをしなかった理由は分からない。理由がなければ、単純に技量がなかった。それだけの話。

 剣を交えて分かる。先ほど斬られなかった理由は技量がなかっただけだと。

―――筋は良いが、まだ若い。

 槍使いは心の中で思う。それは侮りかもしれないが、現時点で下せる評価だ。 、 

 ただ、上手い。時折、舌を巻く攻撃をしてくる。

 急激に上がった速度と、極端な間合い。

 それを行いつつ、まるで使い慣れたようにその間合いを使う。

 はっきり言える。それはお前の間合いじゃないだろ、と。

 それでも一方的にペースを握れると言うことは、器用だ。

 槍使いは真剣な表情で攻撃を防ぎながら横島を見る。

「へっ、マジで人間かよ」

 思わず出た言葉、それには称賛の響きがあった。

 動体視力と器用さ。この二つならば、自分自身を超える。それを認めた声だ。

 だからこそ、出来る。

 槍使いは槍を引いて、大きく跳び下がったのだ。

 このままではジリ貧。

 槍と剣を合わせていたならば、いつかは斬られる運命。それを予測していた。

 だからこそ、致命傷にならない一撃は喰らうつもりだった。

 それを餌に追撃してくるならば、それで最後。一撃喰らった後に、槍で貫く。

「そいつを待ってたんだよ!! 俺の栄光の手は伊達じゃねえ!!!」

 罠にかかった。槍使いが攻撃に備えようとした瞬間、ランサーの動きは止まった。

 動けない。槍を引く手が全く動かないのだ。

 横島はその一瞬、発動のタイミングを待っていたのだ。『怪』『力』の文珠は槍使いの飛び下がりを防ぐには十分だった。

 次の瞬間、とんでもない衝撃が槍使いを襲った。

 殴られた……そう感じたのは、横島が槍を放した瞬間だ。

「さらにもう一発、もういっちょ一発、もう一つおまけに一発……!!!」

 その攻撃の雨から逃げることができない。

 だが、英霊を倒すには弱すぎる攻撃。

「これで、とどめだ!!!」

 顔面に衝撃が走ると同時に、槍使いは踏みとどまった。

「取ったぜ!!!」

「それも読んでる!!!」

 横島の手から放たれたのは緑色の石だった。

 次の瞬間、炸裂して槍使いは大きく後方に飛んだ。

「どうだ!?」

 横島は期待を込めた目で見る。勝つまでは行かなくてもダメージだけ与えられていればと。

 槍使いは、横島から五メートルほど後方で態勢を立て直していた。

 焦げ目ついている。多少、その顔にも傷は負っている。

 だけど、大きな見えるダメージは無さそうだ。
 
 表情には驚愕だけではなく困惑の表情も浮かんでいる。

 槍使いは今度こそ油断はない。

 殺気を放ってくることもなく、ただ槍を自然体に構えて横島を睨んでいた。

「驚いた以上に、悪かったな。ここまでの実力とは思わなくてな」

 一瞬、校庭に風が吹いたように感じた」

「俺達と戦えるだけでも異常だってのに、一瞬とは言え圧倒するとは思わなかったぜ」

「それは油断してたからだろ。実力の差が戦力の決定的な違いじゃねえってことは俺自身知ってる」

 その言葉に槍使いは苦笑いを浮かべた。

「つまり、俺のようにやられた奴は他に居るわけか。二度三度経験してりゃ対応できるわ、それは」

 槍使いは構えを一瞬解く。

「だけどな、今の攻撃は失敗だった。筋も良いし、英霊に対抗できる能力はある。だが、経験が若すぎる」

 槍使いの言葉に横島はため息をつく。

「それを言うならば、いつまでも未練タラタラでいるお前はどうなんだよ、青タイツ」

「……ランサーだ、真名は他にあるがそれで呼べ」

「俺から一つ聞かせてもらうけどさ。いったい何の因果で残ってるんだよ?」

「因果?」

 ランサーは尋ね返した。それは横島が聞きたかったことだ。

「生きている人間が住むこの世界に何を固執してやがる。そんなものがこの世にあるのか?」

 その言葉にランサーがつまらなそうな顔をする。

「良いか、オレたちはな、この世に固執してるんじゃねえんだよ。未練に固執してんだ」

 ランサーの言葉に横島は頭を掻きながら、ランサーを見た。

 それは……自縛霊の考え方だ。そう言いたかったが、ランサーの目に言う気が起きなかったのだ。

 人間らしい。人間霊らしい言葉に横島はGSとして、向かい合う事に決めたのだ。

「良い目になったじゃねえか。それでこそ、やりがいがあるってもんだ」

 構えられた槍。横島は一瞬目を見張った。

「悪いな、これ以上時間をかけるなって言われてるから、とっとと終わらせてもらうぜ」

 その言葉は嘘ではない。槍に嫌な雰囲気が集まって行くのがわかる。

「槍に何かがたまっているのか、こいつはヤバいかも」

「そういう割には余り気にしてないじゃねえか」

 そんな言葉に横島は対応している暇はない。

 判断した。発動をどうにかするのは不可能だと。

 同時に理解した。あれは横島がどう逃げても防ぐことができない攻撃だと。

「本来ならここで使うわけにはいかないが、マスターの許可は出た。お前の心臓、ここでもらい受ける」

 一瞬の間。片方は確実な死を与えるために。

 片方は死を回避するがために。

 タイミングを見計らう。

 そして、動いたのはランサーの方だった。

「刺し穿つ死棘の槍ゲイ・ボルグ!!!」

 放たれるのは必殺の一撃。横島の心臓を穿つためだけの究極の一撃。

 だが、それは誘『導』されていった。横島が持つ盾へと。

「サイキックソーサー!!」

 横島が作り出した盾。どんな人間にも多少の霊力は存在するもの。

 その霊力を掌に集め、盾となせば、とてつもない防御力を誇る盾となる。

 それは、最上級神の一人であるインド神話に出てくるハヌマン……孫悟空として名の知られる斉天大聖の攻撃さえ防いだものだ。

 普通の攻撃ならば防ぎきる。

 確かに霊気の盾に槍は防がれる。

 だが、槍の勢いは全く衰えない。

 それどころか、減衰せずに横島の盾にぶつかり続けている。

 いつかはこの盾を破るだろう。その光景を横島は想像してしまった。

「これはまずいなんてもんじゃない」

 横島のつぶやきにランサーは厳しい表情を向けた。

 まさか、一瞬でも防がれるとは思っていなかった一撃だ。

 これは、心臓を穿つという呪いである。結果が先に出ている以上、その運命は覆せないはずだ。

 それを目の前の男は一瞬でも防いで見せた。

 流石は魔神大戦の英雄。現在を生きる英雄だ。ランサーの口元に笑みがこぼれる。

 拮抗はわずか数秒。

 対応できなければ、横島の心臓は穿たれる。

「こ、こんちくしょう!!!」

 横島は叫ぶと、一瞬横島が添えたが違う光を帯びた。

 それは文珠のキャンセルと再度の発動。

 次の瞬間、槍は弾かれて宙を舞った。

「何!?」

 ランサーの驚愕の声が校庭に響く。次の瞬間に来た横島の攻撃を軽くよけると、槍の下に降り立った。

 表情は厳しい。

「てめえ、何をした?」

「そいつに篭っていた呪いを一時的に散らしただけだ」

 だけ。横島はこう言ったが、ランサーの心境は非常に揺さぶられていた。

「まさか、宝具の解放を見せて、立っているか。いや、中々凄い戦いになったな。魔神大戦の英雄」

「横島忠夫だ。ってか、魔術師も聖堂教会の奴らも皮肉るように英雄、英雄と呼びやがって」

 横島は苦笑しながら、呟く。

「いや、謙遜しなくていいぜ。てめえも使ったんだろ? 俺達で言う宝具みたいなやつをよ」

 ニヤリと笑うランサーに横島は宝具という物を理解していないので作り笑いにとどめた。

「ちっ、マスターの野郎が帰って来いだとよ。ここでてめえとは決着をつけたかったが仕方ねえ」

 そう言うと槍を背中に背負った。

「じゃあな、最低でもそこの赤い奴には負けないでくれ」

「戦うこと前提!?」

 言葉を残すとランサーは暗闇の中に姿を消した。

 正直、ヘタリ込みたい心境だった。

 ランサー、はっきり言えば横島が戦った中で総合力ならば十本指に入るほどの腕前だった。

 近接戦闘だけならば、あのべスパやパピリオを上回るだろう。

 恐らく、人間霊でなければ負けていた。これは間違いない。

 というのも、流石に魔族と人間霊では、元の素養が違うし、何よりも底力が違う。

 彼らなら、どのように戦うだろうか。横島は考えていると、背後で気配がした。

「少し、良いかしら」

「ああ、少し考えがまとまったからいいぞ」

 横島が振り返ると、そこには赤いコートを着た少女が立っていた。

 十人いたら十人が振り返りそうな彼女はこちらを見定めるように立っている。

「こんばんは、横島さん。今日は随分な日だったようね」

「あー、君はこの土地の管理者ってことでいいか?」

「ええ、この地のセカンドオーナーの遠坂よ。私は遠坂凛、そちらは先ほど名乗りを聞かせて貰ったから、再度名乗らなくていいわ」

 遠坂凛はそう言うと、口を開く。

「まずは私から質問させてもらうわね、聖杯戦争に介入する。それがどういうことだか分かっているの?」

「その点に関しては特に問題無いと思う」

 そう言うと、横島は懐から一枚の封筒を取り出した。

 そこにはシエルと別れる時にもらった書類が入っている。

「一応、俺は聖堂教会の依頼で先行調査の依頼を受けてる。死徒関連のな」

 その言葉に凛は一瞬、呆然とした。

 そんな情報知らないという表情で、書類を奪い取ると読んでいく。

 やがて、顔を上げると真剣な表情をした。

「これって本当?」

「とりあえず、少しだけ事前調査をしたけど、報道機関で発表しているだけでも相当な数になるな」

 その言葉に凛はため息をついた。

「ねえ、これって冬木の教会に連絡が行ってる。だとすれば、私たちの相当な失態だけど」

「いや、恐らく冬木の教会には行ってないと思うぞ。俺も連絡してないし、何よりも埋葬機関直々の依頼だからさ」

 横島の言葉に凛は頭を抱える。

 相当な大事になってしまっている。大きなため息を吐くと、横島の言葉に一瞬言葉を疑った。

「埋葬機関直々……しかも、冬木の教会を通してないって、まさか」

「俺も気になったけどな。まあ、そういう事なんだと思う。さてと、とりあえずは顔見世も出来たし撤退するか」

「ひとつ聞きたいんだけど、貴方はこの聖杯戦争に参加するつもり?」

「さあな、その時の流れ次第ってのはある。もう一つ受けている依頼があってさ、そっちを考えると介入しないは考えづらいかな」

 横島は言うと凛に背中を向ける。

「どういうつもり?」

「タマモと合流を急ぐんだよ。あのランサーとか言う青い変態に襲われたら、流石に厳しいだろうしな」

 横島はそう言うと、一瞬で姿が消えた。

「うそ、空間転移!? そんな事も出来る術者って、魔神大戦の英雄の名前は伊達じゃないわね」

「凛、一つ聞きたいが君はあの男の事を知っているのか?」

「まあね。流石に魔神大戦は忘れはしないわよ。冬木にも多少影響あったわけだし」

「英雄というが、どういうことだ?」

「ソロモンの魔神アスタロトこと、アシュタロスを滅ぼした男と言えば十分かしら? アーチャー」

 凛の言葉に背後に居た赤い双剣使いの表情に厳しいものが走る。

「そのアシュタロスと戦ったうちの一人。討ち取った英雄と言えば、横島忠夫と美神令子。その片割れよ」

「なるほど、二人合わせて英雄と言うわけか」

「馬鹿言わないで。一年前には二十七祖の混沌やアカシャの蛇を討伐してるんだから。二人合わさらなくても厄介な相手ね」

 凛の言葉に少し考え込むアーチャーの姿に凛が苦笑する。

「まあ、いいわ。横島さんの事については完全にイレギュラーだったけど、よく考えてみれば介入されないと考えるのが不自然だったわ」

「それも初耳だが」

「その魔神大戦で、オカルトの勢力比は一変したのよ。GSやICPOが力を付けて、私たちは力を落としたわ」

 凛はため息をつく。

 はっきり言って、魔術師から見てもアシュタロスに付いた魔術師は論外だった。

 結局、それが原因でICPOの一部門であるオカルトGメンから色々探られる事になり、そして多数の魔術師が力を失った。

 自業自得なわけだが、オカルトGメンが大きな顔をして出てくるのが気に食わないという魔術師は多い。

 魔神大戦の英雄、美神美智恵の名前と力を借りているだけの組織。

 魔術師によるオカルトGメンの認識など、この程度のものだ。

「丸っきり想定外じゃないし、横島さんに関しても現在は中立と考えていいでしょ。それにしても」

 凛は新都の方に視線を向けた。

「冬木の教会を埋葬機関が怪しんでいる、か。一度、様子を見に行くのも手かも」

 その呟きは闇の中に消えていった。







 そのころ、タマモは走っていた。担がれている赤い髪の少年の姿は滑稽かもしれないが、人目など気にしていられない。

 青い槍使い。勝てる相手じゃない。

 タマモの判断は、そのように告げていた。

「おい、こら、放してくれ!! あの人を置いて逃げるなんて出来るわけないだろ!!」

 これは校門を出たあたりからこれだ。

 説得をあきらめ、金縛りの術をかけた後、かついで逃げていたが、それもだんだんと弱まっている。

 拘束時間切れと、タマモの集中力が疲れのために切れたからだが、これ以上は金縛りも不必要に思えたので解放した。

 地面に下ろされると、金縛りの術の為に尻もちをついた。そして、非難の視線でタマモを見上げてくる。

「貴方は馬鹿? それとも自殺志願者? 貴方なんて居ても、どうにもならない相手だって分ってるでしょ」

 それは彼も気づいていたのだろう。唇をかみしめ、そして顔を伏せる。

 タマモはそんな彼を見て、溜息をついた。

 ようやく大人しくなった、と。

 距離は稼いだが、この距離は安全圏かどうか。

 それは分からない。

 ただ、現状は勘が警戒レベルから下げられないと判断している。

「とりあえず、安全な所に行くわ。横島が抑え込んでいるうちに安全な所まで逃げないと、あれは危険よ」

 本来ならば警察署に駆け込んで、事情を美神令子と西条輝彦に連絡し、東京のオカルトGメンまで逃げるのが一番安全だ。

 だけど、そこまでの余裕は恐らくない。

 警察署に駆け込む前に、捕捉される気がするし、駆け込んだとしても安全とは限らない。

「それなら、俺の家に行ってくれ。あそこなら、とりあえず簡単な結界がある」

 結界。その言葉にタマモは難しい表情になった。

 それはオカルト関係者からすれば、戦う準備がある場所と言う事になるからだ。

「貴方の名前はなんて言うの?」

 タマモは口を開く。名前を知らなければ失礼になるだろう

「衛宮士郎」

「分かった…じゃあ、衛宮君と呼ぶわね。アレは実際はこの世にはいない者だってことは分かった?」

 衛宮士郎は、タマモの言葉に固まる。足を動かしてと言う言葉で再び走り出した。

「あれはね、幽霊よ。自縛霊、浮遊霊、そんなのには分別されない幽霊。私もあそこまでのものは初めて」

 タマモは周囲を警戒しながら走り続ける。現状の追撃は無さそうだ。

 横島が完全に押さえ込んでいるらしい。

「言うならば、式神に近い存在なのかも。それがあんな場所で戦っている。その意味が分かる?」

「どういうことだ?」

「あの学校にはね、危険な結界が張られているの。それこそ、人の死にが出るくらいに危険な奴がね」

 その言葉に息をのむ感触が伝わってくる。

「そこで行われた人類の頂上決戦のような戦い。これって、関係がないと思う? あると考えるのが普通よね」

「なんだよ。それ」

 タマモの後ろから衛宮の声が聞こえたが、振り返らずに走り続けた。

 今のタマモたちは狩られる側だ。

 ならば、出来る限り貧弱な結界でも中に入っていたほうが安全度では数十倍上だろう。

「取りあえず、貴方の家に着いたら横島との合流を待つのが最善ね」

「分った。だけど……」

「横島が帰ってこなかったら、その時はオカルトGメンに貴方を保護をして貰うわ」

 タマモの言葉に士郎は悔しそうに口を開く。

「だけど、君は戦うんだろう? なら、女の子に戦わせて自分だけ助かるなんてことは出来ない」

「ふざけないで、貴方なんかが居たって足手まといも良い所なんだから、まずはそこを理解しなさい」

 厳しく突き放されるような言葉に士郎は顔を俯かせた。

「それに、女だからなんて言葉は絶対に言わないで。その倫理感は事件には通用しないわよ」

 武家屋敷のような門が見えてくる。確かに外から感じるほど、結界が張られているのが分かった。

 タマモの表情に安堵の表情が満ちている。

 それは、衛宮からすれば危険地帯から脱したのだと思うだろう

 タマモは後ろを振り向いていた。

「そこが俺の家だけど、誰も居ないみたいだ」

「そうね、それに横島も脱出に成功したみたい」

 タマモに預けられた文珠が光り始める。やがて大きな光を放ち、その光が消えると横島が立っていた。

 服が所々破れているのは、それだけ傷を作ったという証拠だろう。

 表情は疲れ切った表情となっていたが、周囲を確認すると彼も安堵の息を吐いた。

 だけど、霊力がかなり枯渇しているのが見てわかる。

「横島、生きてる?」

 タマモの冗談を言うような言葉を聴いて横島が頷いた。

 横島は冷や汗を拭うような仕草をしながら、苦笑いを浮かべる。

「ああ、なんとかな。だけど、あれが英霊の強さだとしたら洒落にならねえぞ」

 そんなことを言う横島を見てタマモは一安心した。

 ここまで言えれば、たいした怪我はしていないだろうと。

「こっちも衛宮を運び終わったから…で、どうするの?」

「ああ、取り敢えずは今の事を彼に説明した方がいいと思う」

 横島の言葉にタマモが振り返る。そこには、今の光景に呆然として立っている衛宮士郎の姿があった








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