衛宮邸、そこは大きな和風の武家屋敷をモチーフにした家だった。

 横島が知る遠野家や六道家と比べられても困るかもしれないが、世間一般では立派な日本家屋だろう。

 それこそ、マンションの部屋と比べるべくもなく一般家屋に比べて拡張性は高い。

 離れすら持つ、この屋敷に現在は家主と二人の来訪者が在宅していた。

「うまい、こらうまい!!」

 来客者の中には食欲魔神が一人。そして、お茶をすする少女が一人。

 先ほどの礼に食事を提供してもらっている横島と、すでにその食事を終わらせてお茶を飲むタマモ。

 彼らに食事を提供した衛宮士郎。

 そんな、食事を食う音で沈黙と言えない沈黙を破ったのは家主だった。

「それで、あれは一体何だったんだ。それにあんたたちは一体」

「ほれはひは…」

「いや、ちゃんと飲み込んでからでいいからさ」

 横島が口を開いた瞬間に士郎が止める。

 行儀が悪い。それは昔から横島から変わりはない。

 その様子を見たタマモは仕方が無いといった感じで口を開いた。

 本来ならば横島が説明するはずなのだが……。

「私たちはGSよ。まあ、私は見習いだけどね」

「へえ、ゴーストスイーパーか。知ってはいたけど初めて見たよ」

 衛宮は差し出された免許を見ると、珍しいものを見るように免許を見つめた。

 最近は事務所なども求人広告を出している場合が多々ある。

 一般的なアルバイト募集雑誌にも載っている可能性がある、探せばあるバイトだろう。

「俺はGSの横島だ。こっちはタマモ、妹弟子ってところだな。ちなみに俺は見習いじゃないからな」

 そういうと、横島も懐から免許を取り出すと目の前に出した。それを見て、士郎が頷く

「へえ、横島さんは歳が俺とあんまり変わらないみたいだけど。それにこのSランクとEランクってどう違うんだ?」

「ああ、前回のGS試験は例外的に最低がCランクだったんだけど、タマモのは普通のGS試験に戻ったようで研修生がEランクだな」

 横島が答えるとタマモが口を開く

「補足的に言うと、Sランクは日本でも数えられるほどしか居ない、GSの日本代表とでも思っておけば間違いないわね。」

「結構有名な人だったのか。だけど、そんな人が何でこの街に居るんだ?」

 横島はタマモと顔を見合わせる。だが、すぐに横島は士郎に顔を向けた。

「仕事の内容は余り話せないことになっているんだ。まあ、個人情報を守るためと考えてくれ」

「あっ、そっちのことを全然考えていなかった」

「まあ、巻き込まれたんだし、話せる事ならそれなりに話してやりたいんだけどさ」

 横島は言うとタマモを見る。

「私は構わないけど、GSの関連する団体がうるさいのよね」

 タマモはお茶をすすりながら、呟く。士郎は頷くと、横島が食べ終わった食器を片づけ始めた。

 やがて、台所に向かうとお茶のお代りを持ってくる。

 そのお茶を飲んで一息をつくと、士郎は時計を見た。
「なあ、横島さんたちはどこか泊まる所あるのか?」

「ん、なんでだ?」

「だって、普通は荷物を持ちながら移動はしないだろう?」

 士郎の視線の先には大きなリュックがある。それに横島は苦笑いをした。

「まだ、とってないけど、GSはこのリュックに満杯の荷物を持っているのは結構当たり前の光景だぞ」

「そうなのか?」

「何が必要になるか分からないからな。まあ、今回は色々あって空に近いけどな。そうだろ、タマモ」

 横島の問いにタマモがそっぽを向く。

「そっか、泊まる所がないなら家に泊まってくれていいぞ。親父が張った結界はあるしさ」

「そうだ、それが聞きたかったのよ」

 タマモが士郎に視線を向けるが、横島が止める。

「タマモ、あまり失礼な真似はするなよ。この結界のお陰で一休み出来てるんだ」

 横島が言うと、タマモは大きく溜息を吐いた。

「警報だけの結界なんて、ほとんど役に立たないわよ」

 この家に入ると、タマモが行ったのはこの家に張られている結界の基点探しだ。

 衛宮士郎の親は、魔術師に何らかの係わりがある人間だったと思われる。

 それが横島とタマモの結論だ。

 ただ、親が魔術師だからと言って、子供が魔術師と言う可能性は一概には言えない。

 タマモはその辺りを問い詰めたいようだが、横島はそれを許さなかった。

「それで、うちに泊まるかなんだけど」

「言葉に甘えさせてもらうよ。流石に今から宿探しはキツイ」

「そうだな。ちょっと待っていてくれ。床の用意をしてくるから」

 士郎は部屋を用意しに行くと、タマモと横島が二人きりになった。

「で、どういうつもりなわけ。この家が魔術師に関係あるってことは間違いないでしょう」

「ああ、それに関しては同感だと思う。だけど、それを押し付けるのはどうかと思うぞ」

「あのね、オカルトGメンの今の姿勢は魔術師排他主義よ。この町に居る魔術師とは話がついてるみたいだけど、彼はどう考えても違うでしょ?」

「と言うか、魔術師でもないだろ。血脈が絶えた魔術師ってのが、一番近い所じゃないか?」

 横島の言葉にタマモがジト目で見つめてくる。

「まあ、調べはするよ。だけど、今はそんな事よりも英霊の化け物ぶりだろうが」

「で、そこまでだったわけ?」

「あれはヤバい。ランサーって奴は戦いに関してはメドーサ以上だからさ」

 横島は思い出しながら冷汗をかく。

 一瞬の判断が命を失うことになるような命の奪い合い。

 何度も死ぬかと思いながら、防ぎきった槍。二度と戦いたくないと思うような相手だった。

「まあ、横島だからねぇ?」

「おい、それはどういうことじゃ!?」

「それは置いておいて……私じゃ相手にならないのも間違いなさそうだし」

 タマモは少し考える。

「装備があれば、もう少しマシな戦い方が出来たかも知れんけどな」

「悪かったわよ。明日取りに行ってくるから」

「そんな危ない橋を渡れるか。最悪、『その後、彼等の行方を見たものは誰もいなかった』になりかねん」

 横島は言うと、腕組みをした。

「なんで、そんな事が言えるのよ」

「タマモ、今から美神さんでも良いし、オカルトGメンでも良いから連絡してみろ」

 その言葉にタマモは電話するが、そこは繋がらなかった。

 呼び出し音すら鳴っていないようにも聞こえる。

「えっ、どういうこと?」

「次にこれ」

 それは横島の事務所の近くにある弁当屋の電話番号。閉店しているために出ることはないが、留守番電話が出た。

「もうすでに、俺たちが居ることはバレているのかもな。もしかした、この位置すら判別されているかも知れん」

「誰よ、魔術師?」

「聖堂教会だよ。タマモ、聖堂教会は味方になる事はあっても仲間になることはないぞ。お互いに利用する関係だからな」

 それはGSの中にも誤解が広がっていること。

 聖堂教会と手を組むと言うことを、一心同体のように思っている部分があった。

 同時にそれは聖堂教会の宗教を信じている人間に多い考え方だ。

 だけど、それは違う。トップは同じでも違う組織なのだ。

「それに、ここの聖堂教会は本部とある意味では別に動いているらしいしな」

「と言うか、それは謀反とかそう言う部類じゃないわけ?」

「その通り。だけど、証拠がない」

 証拠が無ければ罰することは出来ない。それは古今東西、何処の組織でも同じだ。

 それを無視するところは、過去に幾度かは出てきているが最終的には滅びるだけである。

「なら、どうするのよ?」

「聖堂教会は敵対的中立。これを考えるしかないだろ」

「……了解、それしかないみたいね」

 周囲は敵対。同時に戦いはすでに始まっており、その余波は民間人の生活にまで広がり始めている。

 状況は最悪を辿っている。

 三咲での事件や魔神大戦では色々と援護や援助を受けることができたが、今の段階でそれは見込めない。

「結構、ヤバい状態なのかもな。俺達」

「何がヤバいんだ?」

 その言葉を廊下で聞いたのだろう。士郎が顔をのぞかせる。

「もしかして、何かに気づいたのか?」

「まあ、現状の整理をしていてあまり良い方向じゃないと言う事が分かっただけかな」

「もしかして、青い奴が何かやろうとしていたのか?」

 横島は苦笑するとタマモは首を振る。

「しばらくは孤立無援かもねって話してたのよ。名目上は調査だし」

「それにオカルトGメンもGSギルドも動けそうにないしな」

 タマモと横島の言葉に士郎が首をかしげる。

「確かオカルトGメンって、心霊現象やオカルト犯罪に対する警察みたいなものだと思ってたんだけど」

「そうだな。その認識で間違っていないと思う」

「あの青い奴に関してだけど、それに対して動くことが出来ないのか?」

 タマモはそれに苦笑いをする。

「動くことは出来る。出来るんだけどさ、オカルトGメンは日本政府の組織じゃないんだ」

「オカルトGメンが動くには色々と手続きが必要なのよ。場合によっては対立なんてこともあるわね」

 横島の言葉にタマモが補足すると、士郎はため息を吐いた。

「なら、GSギルドは何で動けないんだ?」

「GSギルドは半分は営利組織だからな。派遣会社みたいなもんなんだよ」

 身も蓋も無い言い方にタマモが横島を肘で突いた。

「GSギルドは何も権限を持ってないんだ。だから、オカルトGメンにくっついてるわけだけど」

「結局、政府とかGメンとかのアシスト役に徹するしかないわけだし」

 横島とタマモの言葉に士郎は苛立ちを覚える。

 あんな危険なやつを野放しにするしかない状況もそうだけど、それに対応する力がない事に関してだ。

「なんで、日本政府は動かないんだ? どうして、情報を出さないんだ?」

「それはまあ、火中の栗は拾いたくないからだろうな」

「どういうことさ」

「日本政府が動くとして、一体どうやって動くんだ? GSギルド? オカルトGメン?」

 その言葉に横島は首を横に振る。

「まあ、無理だろうと思う。国内の人間から総批判を食らうのを怖がって動かないのが関の山さ」

 それに放っておけば、勝手に聖堂教会や魔術師がもみ消してくれる。

 積極的にかかわる必要は無い案件だ。

 国民が百人死のうが、二百人死のうが、自分の票の方が大事と思う国会議員は非常に多い。

 だからこそ、旧家と呼ばれる六道家などが現れてくるわけだが。

「人は弱くなりたくないんだよ。それは俺が一番知ってる」

 魔神大戦の時、横島のアパートに書き込んだ人間。

 あれは横島が弱いと判断したからだ。ちなみに、あれに関しては未だに決着がついていない。

 最終的にはオカルトGメンが金を出したわけだが、落書きをした人間たちは自分たちが悪いとは思ってないだろう。

 それが人間の心理の一つだ。

 誰もが守ろうとする、たった一つの事。自分は負け組になりたくない。ただ、その気持ちだ。

「俺はさ、周りで言われていることが全てが正しいなんて、思いたくはないんだ。
 正しいと思われたことが、実は正義ではなかった。そんな事はたくさんあるんだよ。
 まあ、その辺りの判断ができるかどうか。そこが一番の問題点なんだけどな」

 横島の苦笑いに士郎が思わず苦笑いを返す。

「俺も良く言われるよ。お前は人が良すぎるって」

「それは違いないな。俺やタマモのような見ず知らずの人間に飯を作ってくれて、泊めてくれるんだから」

 タマモはそれにため息を吐いた。

 正しいと思われたことが、実は正義では無い。その言葉に込められた思いはタマモには理解できる。

 誰もが気にしていないかもしれない。

 それによって傷つけられた者に対して、それは「正しかったのだから仕方ない」とでも言うのだろうか。

 タマモは思わず考え、それに首を横に振った。

「お話は終わったかしら?」

 突然、部屋の中にソプラノ声が響く。

 次の瞬間、横島は立ち上がっていた。

「外だ!!」

 横島は言うと、縁側を駆け下りて庭に飛び出す。

 地面は土。靴は履いていないが、靴下でも何とかなりそうなことを確認すると周囲を見渡した。
 
 庭には誰もいない…横島は身構える。どこから、襲い掛かってきても対処できるように。

「一体何処に!?」

 タマモが焦っている。重圧、そして威圧感のようなものを感じているのだろう。

 事実、横島も感じていた。同時に冷や汗もあらわれていた。

 漏れている威圧感と言う名前の霊気で分かってしまう。

 威圧感は今まででもトップクラスだと。

 壁が破壊される。その衝撃で瓦礫が散らばるが、それよりもそこに立っていた存在に全員が釘付けになった。

 二メートルを軽く超え、下手したら三メートルはあるのではないかと思われるような巨体。

 溢れんばかりの筋肉。そして手に持っている石でできた大剣、と言うよりも石斧と言った方がいい物体。

「あれ、お兄ちゃんはまだ呼んでいなかったんだ」

 その前に立つのはプラチナブロンドのルビーのような瞳の小学生とも間違えそうな少女だった。

 目が赤いとは言っても、会ったことがある死徒や真祖のような威圧感はない。吸血鬼ではないことは確かだ。

 子供が何故? そんな疑問よりも、問題はその後ろ。

 圧倒的な威圧感を持つ存在は、見ただけで力の差が一目瞭然。

 横島に取っては、このような完全なパワータイプ系は相性が良いか悪いかと聞かれたら良い。

 だけど、目の前の化け物は相性の良さは実力差で論外にしているような感触すら受けた。

「こんにちは、GSの方々。私の名はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン」

 イリヤスフィールと名乗った少女はスカートの箸を持って挨拶をする。

 あまりにも丁寧な言葉にタマモは一瞬だけ戦闘態勢を解こうとしたが、次の瞬間に凍りつくことになった。

 彼女が放った言葉は死刑宣告も同じだったから。

「殺しちゃえ、バーサーカー」

「■■■■■ッーーーーーー!!!!!」

 山が襲い掛かってくる。タマモの頭の中によぎった。

「散れ!!!」

 横島の号令とともに、横島とタマモが同時に散開した。

 一つに纏まっていては目標を絞り込まれるだけだ。

 速さはランサーと比べれば、雲泥の差だ。

 だけど、とてつもない速度を誇っているし、実力は軽く見積もっても中級神魔以上。

「タマモ、完全にパワータイプだ!!」

「分かってる!!」

 タマモと横島は散開した後に大声で確認しあったが、それで何ができるかというものではない。

 言うならば、それはお互いに緊張をほぐすだけのものだろうか。

「はぁ!!!」

 タマモの掛け声とともに、手から霊波砲が放たれる。

 霊波砲はGSでは案外ポピュラーな技だ。

 霊式格闘術の流派では基本技だし、六道女学院でも教えている。

 言うならば、GSとしては覚えているべき技だ。

 人には向き、不向きがあり、それによって使ったり使わなかったりするわけだが……。

 相手が亡霊と言うのであれば、ベストとは言わないまでもベターな選択だ。

「うそ!?」

 直撃したはずだった。

 まあ、二メートルを超える物体に中てられないようではGSとして不安だが、当たっているのは横島も確認している。

「なんつー、防御力だ」

 横島がバーサーカーの射線位置を確認しながら、呟く。

 タマモの霊波砲は一流GSに比べても威力的には十分。普通の霊ならば、ひとたまりも無いだろう。

 だけど、目の前の奴は例外。相手は英霊なのだ。

「まあ、予測は出来ていたわけだけど」

 タマモの攻撃に苦笑いを浮かべる。

 タマモは九尾の狐の生まれ変わりで僅かながらに記憶も取り戻しているらしいが、経験と言う意味で問題だ。

 霊波砲程度でなんとかなるなら、魔術師は使役しないだろう。

 むしろ、ダメージを受けているような感じも無い。

 逆にそれは、大きな隙を与えただけだ。

「タマモ、衛宮さんをフォロー!!!」

「あっ!?」

 そして、その黒い巨体は横島の予想通りに動き出した。狙うのは衛宮士郎だ

 弱いものから狩っていくのが戦闘の常道。この場で弱い人間をまず最初に狩ること事態が間違いではない。

「くっ……!!」

 一瞬の隙を突かれ、反応が遅れた士郎に真っ先に動けたタマモがすかさずフォローに入る。

 大きな石斧が降り上げられると、それは士郎に向けて振り下ろされた。

 その瞬間にタマモが士郎に飛びつき、回避させる。

 だが、それを読んでいたのだろう。

「きゃっ!!」

 タマモが悲鳴とともに蹴り飛ばされた。それだけでも即死に近いレベルの一撃だったに違いない。

 タマモは蹴り飛ばされた。ただし、蹴られる前に後方に飛び、衝撃のある程度は逃している。

 士郎はタマモに当たり、そのまま空を飛んだだけ。

 人間って空を飛ぶんだな、という感想は一瞬で横島は消し去るとバーサーカーを見据えた。

 このバーサーカー、相当技量が存在する。

 パワーだけなら、もしかすれば最上級神魔に属したアシュタロスを超えるかもしれない。

 アシュタロスは謀略や知略を好む体質だったようだが、それでも強さは魔族でも上位だったように思う。

「ちょ、チョイ待ち。なんで、そんなに軽々と扱えるんだよ!!!」

 地面をえぐり取るほどの力と、それだけの重さを持つ岩の塊。

 それが普通の剣を振るうような速さで繰り出されてくる。

 栄光の手では防げない。避けるしかないわけだが、振り下ろしたとたんに地面が爆ぜ、横島に土の塊が襲い掛かる。

 それを文珠で『防』ぐが、土塊に気を取られると圧死は確実。

 降り注ぐような一撃を転がりながら避けていく。

 だが、それは綱渡り。

 いつ終わるとも分からない、終われば死んでしまうような綱渡りだ。

 横島に出来るのは敵の動きを見て、攻撃を見て、そして避けること。

 並はずれた動体視力と反射神経で行える人間を辞めたような動きだ。

 最低でも数メートルの距離からサブマシンガンを撃たれて、全弾回避するような人間なのだ。

 例え英霊でも、攻撃の出だしと軌道さえ読めれば、避けきれないと言うものではない。

 非常識であろうとなかろうと、その非常識が横島であろうが、英霊であろうが、ここに英霊と戦えている人間はいる。

 だけど、それは経験の差なのだろう。

 以外にも早く決着が付きそうだった。

「のわっ!!」

 横島が後方に飛び下がろうとした瞬間、転がっていた土の塊に足を取られて転倒してしまった。

 あまりにも大きい隙。

 その隙を英霊が見逃してくれるはずがない。

 上を見た横島がみたものはは斧剣が振り下ろされるところだった。






「いててて…くそっ、何が」

 衛宮士郎が意識を取り戻し、周りを見渡すと庭に建ててある土蔵の中だった。

 どうやら、運良くドアにぶつかりわずかなクッションになったらしい。それでも背中に鋭い痛みが存在する。

 鉄製の扉、これに思いっきりぶつかって、この程度のダメージならマシだろう。

 土蔵を見渡すと目の前に倒れているタマモがいた。腹部を押さえてうずくまっている。

「だ、大丈夫か!?」

 士郎が声を上げるが、タマモは鋭く睨みつけた。

「はやく…逃げなさい。貴方は無関係、GSはアレを倒すのが本業だから…」

 タマモの顔色は血の気が無くなっている。

 アレだけのパワーで蹴られたのだ。内臓破裂の可能性は十分ありえる。

 タマモは苦笑いをする。まさか、密かに貰っておいた『風』の文珠が役に立つとは思わなかった。

 ぶつかる瞬間、タマモたちの周りに風のバリアが出来て運動エネルギーと衝撃を抑えてくれたのだ。

 だからこそ致命傷になっていてもおかしくない攻撃を生き延びることが出来た。

 タマモは一瞬考えて、首を横に振る。

 否、士郎がクッションとなって何とか生き延びたのだ。

 体重が軽いタマモだけならば、風のバリアは恐らくあまり関係なかったかもしれない。

 その結果、タマモは生き残った。ただし、横島を援護に向かう事は不可能。タマモは判断する。

 息が苦しい。骨は折れてない、恐らく内臓も重傷には至っていないはず。

 だけど、体が驚いてる。全身もそれなりにダメージを受けている。

 結論、タマモの戦闘能力は失われてしまった。

「な、何言ってるんだよ。君のような女の子を見捨ててなんて行けるわけないだろ!!」

 士郎は慌てて言うがタマモは首を横に振った。

「私は人間じゃないわ」

 タマモは士郎を見る。

「私は九尾の狐、貴方も伝説くらいは知ってるでしょう?」

「ああ、でも、あれは殺生石になって…」

 士郎の言葉にタマモは頷いて肯定した

 狐の姿に戻ると、その姿に士郎は大きく目を見開いた。

 尻尾が九本存在する。

 つまり、目の前の少女が悪名高い九尾の狐だと言うのにギャップを感じてしまった。

「私の事が分ったら早く行きなさい。多分、アレ相手に横島でも長く持ちこたえることなんて出来ないわ。
 だから、私なんて気にすることは無い。横島がアレを抑えている内に早く……!!」

 強く言うと痛みが激しくなる。息を大きく吐き出したことで、痛みが激しくなったのだろう。

 目の前で起こっていることを士郎は冷静になって考えることが出来た。

 何で横島やタマモがバーサーカーに向かっていったときにもっと離れなかったのかを思う。

 それは、タマモを見て、横島を見て、自分も出来ると思ってしまったことだ。

 横島は除霊のプロだ。タマモもプロに足を踏み入れてる。

 例え、見た目から自分も出来るだろうと思い込んでも、プロと素人ではレベルが違う。

「俺のせいだ。自分の実力が分からずに前に出てきたばかりに……」

「そんな事はどうでも良いの。あいつがどれだけの実力か分からなかったのに、私も横島も前に出たんだから」

 タマモは言うと睨みつける。

「だから、早く、何とか逃げなさい。隣の市まで、GSギルドの出張所がある所まで逃げれれば、アイツ等は早々手を出せないから」

 その言葉に士郎が唇を噛みしめる。

 こうなったら逃げるしか手が無いはずだ。タマモは判断した。

 ここは押さえに回って、そして一分でも一秒でも長く戦う事を。

 だからこそ、士郎は自分の力不足に唇を噛みしめる。

 それは半分意地だった。

「そんな事は出来ない!!」

「出来ないとか、出来るとか、そう言う問題じゃないの!!」

「俺には置いて逃げるなんて出来ないんだ!! 俺は、戦う術がある。他から見て半人前かもしれないけど」

 それは意地だ。唯の意地だった。

「この、馬鹿!! あんたが戦ってもどうにもならないことくらい」

「分かる!! 分かるよ、だからこそ……俺は逃げられないんだ」

 その目は真剣だった。それに一瞬タマモがたじろぐ。

「……分かった、やってあげる。で、何をしたいの……少しなら手伝って上げるから」

「あ、ああ、分かった。とりあえず、これを」

 取り出したのは新聞紙だ。それを丸めると、士郎は目を閉じる。

 タマモが感じたのは微かな異質な霊力。それは魔力と呼ばれる物だが、それが彼の中を巡って居るような様子だった。

 体内系で暴走させている。タマモは慌てて止めた、その時に土蔵の中が激しく光った。

 そして、その光の中で聞こえたのは鈴のような鋼の響きだった。

 恐らく鈴の音は幻聴。それは鉄が土蔵の床でなった音なのだから。

「……問おう、貴方が私のマスターか」

 それは息をのむほどの可憐さだった。威厳とその持つ不思議な独特の引き込まれる何かがあるような状態。

 士郎とタマモは呆然とその少女騎士を見上げる。

 鉄の鎧は重そうだが、目の前の彼女は難なくきているのが分かる。

 GSの中にはアン・ヘルシングと言うフルプレートを着た少女は居たが……タマモの感覚では比較にならない程の存在感だった。

「召喚に従い、参上した。我が剣は貴方と共にあり、貴方の運命は私と共にある。ここに契約は完了した」

 士郎の前で契約の文言を言うと、チラリとタマモを見た。

 二つの視線が交わったが、すぐに外の騒然とした状況に気が付いたらしく、顔を向けて居た。

「ちょっと待て、マスターって一体何のことなんだ!? 契約って一体!?」

「えっ、これをやろうとしてたんじゃなかったの!?」

「俺がやろうとしていたのは強化の魔術だ」

 士郎の言葉にタマモは目を見開いた。『魔術』と言う言葉と、そして出てきた少女騎士の姿に。

 恐らくは英霊。それこそ、あの青い騎士よりも存在感ならば上だ。

「マスターはここで待っていてください。すぐに敵を撃退してきますので」

 金色の弾丸。その比喩に間違いはない。タマモはそう思う。

 金髪の少女騎士はそう言うと、土蔵から飛び出して行った。

 それを追って外に出る。それに士郎が外に出ると、飛び出して行った金髪の少女は呆然として、外の状況を見て居たのだった。






「あ…危なかった!!なんちゅう、遠慮ない攻撃だ!!」

 横島の前には光りで出来た壁が出来ている。

 その壁は振り下ろしてきた、バーサーカーの一撃をビクともせずに受け止めたのだった。

 その瞬間、飛ばされた方向の土蔵で光が漏れたのだが、それは横島の目にもイリヤの目にも映らない。

 横島はそんな余裕は無かったし、イリヤはそれに構ってられる程に精神状態が良好ではなかった。

 それ程の白熱した戦いが繰り広げられている。

「嘘……」

 その状況にイリヤスフィールは一瞬だが、我を忘れて呆然としてしまった。

 真正面から、バーサーカーの一撃を受け止めるとは思わなかったのだ。

「文珠、そこまでなんて」

 アインツベルンの情報網に引っかかった、横島忠夫の参戦の情報。

 埋葬機関の代行者と秘密裏に会った情報。そこから、ほぼ確実と考えた彼らは横島忠夫を徹底的に分析した。

 古い物はグレムリンを倒した時の、日本のテレビ局が撮影した物。

 GS試験の横島忠夫の戦い方。

 魔神大戦の時に何度も移された魔族側に潜入していた時の映像。

 そして、GSギルドになった時の試験の映像。

 ハッキリ言って、横島忠夫がアシュタロスを倒したと言う実力の一端も見えなかった。

 だけど、それ以降にも協力者が居るとは言え死徒を二体も屠って居る事実から考えるとデマには思えない。

 つまり、分からない方法で戦っていると言うのが分かった。

 ならば、どうするか?

 一度本気で当たるのが吉。それがイリヤが出した結論だった。

 衛宮士郎には早かれ遅かれ挨拶しなければ行けないと思っていたのだから。

 正直な話、ここまで戦えるとは思って居なかった。

 横島忠夫を舐めたら負ける。そんな噂話はあったが、それが一番真実を射て居るのが分かる。

 バーサーカーをまともに相手して、未だに立っている人間が居る。

 彼も英雄。この時代に現れ、魔神を屠った英雄。

 故に……この戦いは、すでに英雄同士の戦いと言っても良い。

「バーサーカー!!!!」

 イリヤスフィールの言葉にバーサーカーも吼える事で応える。

 次の瞬間、壁に亀裂が出来始めた。文珠にも亀裂が入り始めた所を見ると、強引に突破する方法を選んだらしい。

 横島は手を前に出す。その手は霊波刀から、小手のような形に変わった。

「伸びろ!! 栄光の手!!!」

 次の瞬間、小手だったものから霊波刀のような物が飛び出してきた。

 それはバーサーカーの胴体に当たると、バーサーカーは弾き飛ばされる。

 一瞬で体勢を立て直したのはバーサーカーの実力だろうか? それとも戦闘本能だからか?

 一つ分かるのは、横島忠夫を視線から外していない事。

 そんな状況にイリヤスフィールの混乱はさらにひどくなっていく。

「ヘラクレスはAランク以上の攻撃が通用しないのに、なんで!!」

 その瞬間、イリヤの動揺は表に出てしまった。

 今現状で起きている事が、彼女の予想範囲にない。それを彼女自身が証明してしまった。

 一方の横島は何となくだが理由は理解できる。

 それは英霊とは亡霊と言う事だ。幽霊相手では普通の武器でダメージを与えることは不可能に近い。

 霊気を纏った武器ならば話は別だ。概念武装でももちろんダメージは与えられるだろう。

 だけど、それは完全とは言い切れない。

 神通棍や霊体ボーガンと言う武器で亡霊を倒せるかと言われると言い切れない。

 神通棍は霊気を纏わせやすい武器だし、霊気を纏わせていなければ雑霊すら倒す事が出来ない。

 霊体ボーガンだって、霊を縫い付けるぐらいしか出来ていなかった事もあるのを考えると霊相手と考えるのは弱いのだろう。

 ただし、GSには道具を使わない人間だっている。

 例えば横島が得意なのは霊力操作や圧縮だ。

 サイキックソーサーや霊波刀、文珠など霊力自体をぶつける技が多い。

 それが効いたと言う事はだ。概念武装が3だとすると、霊波刀は10自体を与えることが出来ているのではないか?

 概念武装と霊波刀では当然大きく威力が違うのだが……
 
 強大な概念で3しか出せないのと、弱いが霊波刀の10。これはどちらが大きいのか微妙だろう。

 もしかしたら、今回は本当に威力が霊波刀が越えていただけの可能性も捨てきれないが、現状は偶然の産物が出たとも言える。

「い、いけるかもしれん。アシュタロスのときよりは勝ち目は少し見えてきたぞ……って、ヘラクレス!?」

 横島の言葉にイリヤがギョッとする。そして、しまったと可愛い仕草で表していた。

 バーサーカーがイリヤを守るようにして立ちふさがる。今までダメージを回復していたらしい。

「ヘラクレス、ギリシャ最大の英雄か」

 だが、バーサーカーは別の方向を向いていた。横島もつられて、そちらを見る。

 ヘラクレスは気がついていたのだ。光にて新たな増援が現われたことを。

 そして、聖杯戦争が開始されたことを。

 視線の先に居たのは騎士だった。月光が光って、鎧が白銀のように光って見える。

 可憐にて凛とした表情には、ロリコン属性が無い横島でも美しいと感じてしまった

「バーサーカーを相手にまともに戦うとは……」

 彼女が敵とも見方とも分からない。横島は厳しい表情を両方に向けた。

 片方は騎士、片方は凶戦士。横島などちっぽけに見える程、威圧感がある。

 次の瞬間、彼女は地面を蹴った。

 相手は横島、ではない。横島など脇目も振らずにバーサーカーに突撃したのだった。

 イリヤを守るようにバーサーカーは立ちふさがる。

 その立つ位置は横島にもセイバーにも対応できる位置。

 彼は横島よりもセイバーに集中していたが、横島にも警戒を怠らない。

 横島はそんな姿を凶戦士とは呼べなかった。同時に引っかかる。

 何故、凶戦士なのか……と。

 声を喋らない。つまりは知性は失っていると考えるべき。

 だけど、イリヤを守るような形で両方を警戒するのは理性を失っているようには見えない。

「セイバーのサーヴァント……そう、お兄ちゃんがマスターになったんだ」

 イリヤは呟くと、バーサーカーはイリヤの変化に気付いたようにセイバーと呼ばれた騎士を弾き飛ばした。

 セイバーは受け身を取るが、一瞬の間が空いたのは間違いない。

 バーサーカーはイリヤを肩に乗せるとセイバーと横島を見る。

「バーサーカーを相手して生き残るなんて、ちょっと興味が出てきたわ。だから、今日はここで退いてあげる」

 イリヤの笑み。そこには余裕が戻って居る。

「バーサーカーのマスター、そんな事が許すと思いますか?」

 セイバーが戦闘態勢を消さずに、一歩も退かせないという感じでバーサーカーの前に立ちふさがった。

 セイバーがいる限り、イリヤは後ろを向けることは出来ないだろう。

 同時に気配を向けるのは横島方面にもセイバーは注意を払っている。

 気にして居ませんと言う表情を向けながらも、害意を見せた段階で彼女はこちらに全力で向かってくるだろう

「あー、俺は別に構わんけどな」

 横島は言うと、セイバーに視線を向ける。

 セイバーの真っ直ぐな瞳と横島の目がぶつかる。

「正直、これ以上はバーサーカーを構っている暇が無いと思うけどな。そうだろ、衛宮?」

 横島は尋ねると、土蔵の前で士郎は頷く。

「と言う訳だ。イリヤスフィール」

「話はまとまったみたいね、セイバー」

 イリヤの言葉にセイバーは黙って戦闘の気配を消した。

 それを見届けると、バーサーカーは夜の闇に消えて行く。

『ちゃんとフォローしてあげてね。GSさん』

 と言う声を聞きながら、イリヤは去って行った。






 戦いが終わると、横島はすぐにタマモの下に走って行く。

「タマモ、大丈夫か!?」

 タマモは苦笑いしながら、土蔵の扉に手をかけ支えにしながら立っていた。

 バーサーカーの攻撃を直撃を避けたとは言っても、あれは化け物だった。

 思った以上のダメージを受けている事は間違いなく、タマモの顔色は悪い。

「大丈夫、一応立てるから」

「いや、案外骨が折れてる可能性もあるだろ?」

「身体が驚いているだけ。後、ちょっと強く体を打ったからね」

 タマモの言葉に横島は少しだけ胸をなでおろす。

 それでも、ある程度の治療は必要だろう。

「ほれ、とりあえずは治療しておけ」

 そう言うと『癒』の文珠を手渡す。

「ありがと、だけど……」

 視線の先、そこには少女騎士が横島とタマモの方を向いていた。

「まずはあの騎士からでしょ?」

 その通りだ。出来れば、余り関わりたくない気持ちで居たのだが、そうは行かないだろう。

「さてと、まずは自己紹介……」

 と横島が言おうとした時、こちらに向かってくる霊圧を感じた。

 それは先ほども近くに会った霊圧。霊圧と言う事は強い霊が近づいて来ていると言う事だが、その気配は覚えがあった。

「と行きたいところだけど、とりあえずは出迎えに出ないとあかんかもしれん」

「えっ?」

 士郎の言葉にセイバーが向かってくる方向を見据えていた。

「じゃあ、ちょっと行ってくるわ。タマモを見ていてくれ」

「あ、横島さん。ちょっと!!」

 横島は立つと、バーサーカーの壊した塀から外へと飛び出していく。

 それは遠坂のサーヴァントが近づいて来ていると言う事だ。

 それに気が付いているセイバーも横島と共に外に飛び出した。






「…アーチャー、本当にこっちにサーヴァントの気配があるの?」

 アーチャーは無言で頷く。そこには非常に警戒した表情が浮かんでいた。

「まあ、いいけど。ランサーには逃げられたし、GSにも逃げられたし」

「すまない、リン。完全に私の力不足だったようだ」

 アーチャーが素直に謝ったのに凛は驚いたが、彼は自分に化せられたことを出来なかったのを悔いていた。

 サーヴァントの呼び出す気配を感じたとアーチャーが口を開いた時には驚いた。

 様子見か、偵察か。その二択を迫られた時、凛は偵察を選んだ。

 それは相手の実力を見ておきたいし、呼び出す気配を感じたと言う事は本拠地が明らかになったと言う事。

「だが、リン。あのGSとか言うのは気をつけたほうが良い。ランサーが油断していたとはいえ、生身で圧倒した。
 同時に宝具を開放したにもかかわらず、倒すことが出来なかった。この異常さが分かるか?」

「そうね」

 凛は一瞬考える。遠坂凛は魔神大戦をかなり深い所まで抑えていた。

 日本近海でアシュタロスの究極の魔体と相対し、それを撃破したのは美神令子と横島忠夫だと言う。

 GSは道具頼りの奇跡も何も知らない連中。かつて、魔術師がそう呼んでいた事は知っている。

 だが、彼らは魔族の中でもネームド……ソロモンの有名なアシュタロスを葬った。

 幾多の英雄が成し遂げられなかった事を彼らは行ったのだ。

 その内の一人、横島忠夫。

 当時、高校生でアシュタロスを倒した彼は、数年間成長した人間となって遠坂凛の前に立ち塞がるかもしれない。

「良いわ、やってやろうじゃないの」

 凛は気合を入れる。

 その時、アーチャーが立ち止まった。

 周囲には古い家が立ち並ぶ中、警戒感を露わにする。

「あれ、家はこっちのほうなんだ。俺は洋館の方だと思ってたんだけどな」

 そこに立っていたのは、先ほどまで名前が上がって居た横島忠夫だったからだ。

 ランサーと互角に戦った、化け物。

 そして、隣に立っていたのは銀色の騎士の姿だった。

「最悪、連れているのは確実にセイバーじゃない」

 凛が苦虫を噛み潰したような表情で口を開くと、アーチャーは鋭い視線で凛の前に立った。

 セイバーとアーチャーの睨み合い。

 いつでも戦闘が出来るようにだ。

「落ち着け、凛。あれはあの者の英霊ではない。違うか?」

 アーチャーの放った言葉に凛は彼を見つめた。

「アーチャー、それは本当?」

「ええ、それは本当です」

 セイバーのあっさりと認める言葉に横島は苦笑いを浮かべるが、それは想定内なのだろう。

「貴方、マスターと同盟でも結んだというわけ!?」

 凛の言葉に、横島は夜空を見て笑った。

 何と答えれば良いか迷ったのだが……

「まあ、そう考えてくれても」

 とりあえず、認めて置くのも一つ。横島は妥協し口を開くと、セイバーは首を横に振って居た。

「敵が同じようなので、今は共に戦っているだけです」

 まあ、横島の考えなどこんなものだ。全く口裏合わせの頼みもしていないのだから、こう答えられても仕方ない。

 その様子にアーチャーの戦闘気配が強くなっていく。

 それはセイバーも同じだ。

 戦闘気配が高まり、戦闘になる……その瞬間、走ってくるような足音が聞こえる。

 振り返るとそこには赤毛の青年。衛宮士郎が立っていた。

「と、遠坂……」

「そう、貴方がマスターだったの。衛宮君」

 凛の言葉に横島は否定をしない。セイバーも否定しなかった。

 この状況では何を言っても無駄。そんな気がしていたから。

「待っていろと言ったのに……」

 横島の小さな苦言。それが聞こえたのはセイバーだけだろう。

 だけど、それはある意味では仕方ないのかもしれない。彼は戦いは素人だ、同時にバーサーカーと言う恐怖もある。

 詰まる所、彼は何も知らない。自分が巻き込まれた事件も、その大きさも……

 横島はため息をつく。

「なあ、遠坂さん。あんたは魔術師なんだろ」

「ええ、そうだけど」

 凛が何が言いたいのか分からないという表情で横島を見た。

「こいつに聖杯戦争を教えてやってくれ。頼む」

 横島の提案に唖然とする凛。だが、彼女はため息をつくと、了承した。

 彼女は現状でセイバーと横島、両方と戦うわけには行かないと言う考え。

 セイバーはマスターの考えに従うしかないと言う考え。

 横島は、まだ戦う状況ではないし、バーサーカーと連続して貯まるかと言う考え。

 三者の考えがこの時点では一致したからこそ、出来うる停戦提案。

 それを一時的でも決める事が出来た。それは今の時点では大きいだろう。

 だけど、その先の見通しは付かない。

「俺、生きていけるんだろうか?」

 横島の呟きは闇夜に吸い込まれながら、衛宮邸に入って行った凛や士郎を追いかけて中に入って行った。







前話へ 目次 次話へ

inserted by FC2 system