居間に出されたお茶、湯気が立ち上る中でアーチャーのマスターとGS。この二人は黙りこんでいた。
嫌な沈黙。その言葉が正しいだろう。
まだ、直接交戦して居ないとは言えど、遠坂凛と言う彼女は限りなく敵に近い中立。
横島も緊張を隠しえなかった。
同時に遠坂凛もそれは同じだ。目の前にはサーヴァントと戦える男。
状況次第では敵に回る可能性は高いのであれば、迂闊に口は開けない。
最低限の目的、それ同時に人となりを調べれば、扱い方は分かるかもしれないがランサーとの戦いを考えると、現状は厳しい視線でしか見れなくなる。
そんな二人の緊張もピークに達しかけた時、彼は戻ってきた。
「悪い、タマモさんを使っていない部屋で休ませてきたけど、これは一体どうしたんだ?」
剣の英霊と共に入ってきた衛宮士郎は思わず声をかける。
「いや、何でもない。考え事をしてたら、こんな感じの空気になっちまったんだ」
「ええ、その通りよ。これからの事を考えると頭が痛くてね」
凛の言葉には衛宮士郎の事も含まれているようだが、それは彼自身は考えて居ないのだろう。
士郎も席に付くと、英霊のマスターと横島、そしてサーヴァントしかこの場に居なくなる。
「と言うか、敵か味方か分からない英霊二体が居る中に平然と座ってられるのは凄いと言うか、何と言うか」
凛は呆れたように、横島の方を向いて言うが、横島は苦笑いを浮かべていた。
「まあ、美神さん……俺の師の教えって奴かな。俺だけじゃなきゃ、色々騒いだり、喚いたりするんだけどな」
横島は言うと、凛はため息をついて士郎を見た。
「で、とりあえず貴方の意見に従って停戦したわけだけど、聖杯戦争を教えてくれってどう言う事?」
凛の言葉に横島は困ったような表情を浮かべる。
「うん、餅は餅屋って言うだろ。魔術師の事は魔術師の方に聞いた方が良いと思ってな。セカンドオーナーなわけだし」
横島は言うと苦笑いを浮かべた。
「そっちから俺に聞きたい事があるんなら、それからで良いぞ。その後にこっちのお願いを聞いてもらうから」
それに凛が一瞬だけ目を丸くする。
横島から切り出されるとは思って居なかったらしい。
相手としても情報が欲しい。そうに違いないと思ったからこそ、切り出したのだが。
「それは貴方が持つ情報と引き換えに、何かやって欲しい事があるって事かしら?」
「まあ、今日中に終わる事だと思うけどな。それでどうだ?」
少しの沈黙。やがて、遠坂の当主として姿勢を伸ばす。
「良いわ。聞いてあげる。その代わり、私がそれに見合うだけの事じゃないと思ったら断るわ」
「それで良いぞ。それはそうと、衛宮は何をボケっと見てるんだ?」
「いや、遠坂の学校での態度と今の態度で全然違うのを見てさ」
その様子だと学校では猫を被っているらしい。
そんな言葉に凛は一瞬だけ言葉に詰まったような感じがあったが、すぐにため息を吐いた。
「まあ良いわ、私からも聞きたい事があったし」
凛は言うと、横島に顔を向ける。
「まず、最初に貴方がここに来た理由。一つは聖堂教会がらみは理解したわ。もう一つって何?」
「あー、それか」
「ええ、聖杯戦争に介入せざるを得ないって尋常じゃないわ。その理由を聞かせて欲しいわね」
凛の言葉に横島は少しだけ考えると、すぐに頷いた。
「簡単に言えば、旧家の連中がブチ切れた」
凛が首を傾げる。
「旧家って、あの旧家? 家を保つだけの日本の保身団体?」
「なんだ、それ。俺は知らないんだけど」
衛宮士郎の言葉に横島は苦笑いを浮かべた。
「いうならば、旧家ってのは世代を重ねた名家ってわけだ。昔の大名家とか、貴族とか、財閥とか……そんな連中だよ。言うならば金持ち」
「で、その金持ちが切れたって、それで横島さんが派遣された?」
士郎は訳が分からないと言う感じで首を傾げる。
「最初はそんなつもりは無かったと思うけどな。冬木で起きてるオカルトっぽい事件を調査する為に子飼いのGSを派遣したんだよ。
で、彼らが死体で見つかってだな。さらに多くのGSや、元GSだった人間を派遣した。で、そいつ等も殺された。
そうしたら、六道閥と呼ばれる所に泣きついたわけだ。で、六道閥は自分の被害を出すわけには行かないから、俺に依頼してきたわけだ」
「あー、つまりは仇討ちね」
「その通り。で、俺はかなりの確率で聖杯戦争がらみと見てる」
凛はその言葉を噛みしめる。
「今回の聖杯戦争はそう言った人間にも喧嘩を売ったと言う事か?」
士郎は頭の中で整理すると訪ねてくる。それに横島は無言で応じた。
「あー、もう。厄介な事になってきたわね」
凛は少し考えたような表情になると、頷く。
「横島さん、もしかして犯人はある程度分かってる?」
「予想だけはついてる。冬木の聖堂教会か、他の参加者って処までは、さ」
凛はその言葉に同じ考えだったらしく頷いた。
「次に、横島さん。貴方はGSでも抜けて強い方? それとも貴方だけ特別?」
「あー、それか。まあ、ある程度までは強いとは思うけどさ、それでもトップじゃないと思うな」
横島は苦笑いを浮かべながらつぶやいた。
凛はそれに黙り込む。
「思い出したけど、横島さんはGSが集まった大会では優勝はしていないわよね?」
「ああ、最初の試験でも相打ちだったし、前回の試験では完敗だったな」
「……貴方みたいな人間がゴロゴロしているような組織、信じられないわ」
凛の言葉は本心だろう。それに横島は苦笑いを浮かべていた。
「まあ、経験だよ。あの青タイツやバーサーカーに対応できたのはさ」
「経験だけって、魔神大戦以外にも経験して居るの?」
「あるよ。それも何度も、さ」
その言葉に一同が絶句する。凛や士郎はもちろんの事、煎餅に夢中だったセイバーすらも固まって居た。
「ん、どうした?」
「い、いや、横島さんの雰囲気が全然違ったなって」
士郎の言葉に横島は作った笑みを浮かべる。
「横島さんが戦った中で、一番強かった敵って何なんだ? アシュタロスって奴以外で」
「それは聖天大聖だな。ちなみに完敗だったな、あれは」
「聖天大聖?」
士郎が首を傾げる。それに凛は大きなため息を吐いた。
「孫悟空、そう言えば分かる?」
「えっと、それって、もしかして、西遊記の?」
「ええ、そうよ。とんでもない奴と戦っているのよ……しかも、生きてるし」
「それはそうだろ。あの猿の爺さんは俺の師匠なんだし」
横島の簡単な言葉に一同が言葉を無くす。
「ちなみに、一番死にそうになった事は?」
「生身で大気圏突入」
何処の宇宙世紀だと突っ込みたくなる一同の言葉をよそに、横島は苦笑いを浮かべていた。
だから、言ったはずだ。経験が物を言う……横島の苦笑いにはそんな意味が込められているのかもしれない。
「孫悟空とか、大気圏突入とか……下手したら並行世界の移動とかやっているんじゃないかしら?」
「あー、それは無いな」
凛は当たり前、と言う表情で落ち着いた表情になる。
「平安時代とか、中世ヨーロッパとかには旅してるけど。ああ、未来の俺にも会った事あるな」
「時間逆行とか……、聖堂教会がGS側に付く理由が分かる気がするわ」
凛の疲れたような声に横島は苦笑しか出来ない。
横島も、今言った事が普通にできるとは思っていない。
むしろ、宇宙飛行士でもないのに月へ着陸したり、人類初の宇宙戦闘を行ったりしている。
他にも時間逆行とか、核ミサイルを発射した現場に居たりなど、相当な出来事に会ってきていた。
GSだから、では無く美神令子や横島忠夫の周りに出来事が集まっていたのかもしれない。
「あなた、どんな人生送ってるのよ。もしかして、一生分の濃厚な人生を一年間に纏めて送ってない?」
「一生分は無いと思うな。そうだとしたら、二十七祖なんかとガチでやり合わないし」
「そう言えば、公式上は『混沌』も倒しているんだっけ。真祖の姫君とも知り合いみたいだし」
凛は呟くとため息を吐いた。
下手したら、真祖の姫が現れてもおかしくないかもしれない。
そこまで行くと恐怖よりも諦めの方が先に出てくる。
「ああ、アルクェイドなら別の人間に纏わりついてるから大丈夫だと思うけどな。こっちには来ないと思う」
「へえ、その根拠は?」
「それは簡単だ。今の時期、最高学年の学生は別の戦争をやってるだろ。受験戦争って奴を」
凛は首を傾げる。
何を言っているのか不明だ。真祖の姫、アルクェイド・ブリュンスタッドと何故受験が関わってくるのか?
それは遠野志貴と言う青年が、今年受験だからだ。
妹いわく、東京に出しませんと言う事だったが、そこは折れたらしい。
故に彼女の現在地は東京。
横島が伝達を忘れて居る為にオカルトGメンも聖堂教会も現在進行形で把握できていない核爆弾クラスの情報である。
「それって、東京に真祖の姫が居るって事よね。とんでもない情報じゃない!!」
「そうか? 手を出さなければ平和に生きてると思うぞ」
「手を出す奴が居るかもしれないでしょうが」
「一番手を出す可能性のあるオカルトGメンにも聖堂教会にも伝えてないし、報告する義務もないし」
横島の言葉に凛は本格的に頭を抱え始めた。
「まあ、その辺りは納得したわ。次に横島さんが英霊と戦える理由って何?」
凛の言葉にセイバーが横島に視線を向けてくる。
その様子に、少しだけ横島は「あー」と声を漏らした。
「経験だな。大半は」
凛が怪訝そうな表情を向ける。
「経験? それだけでランサーと戦えると言う訳?」
「それだけではありません。バーサーカーとも戦ってました」
「そうなると、本当に英霊と戦うだけの実力はあるわけね。これが経験?」
凛の視線は横島を貫く。
「経験には違いないと思うけどな。魔族とか神族とさ、霊力とか使えなかった時から色々とやっているからな」
横島は遠い目をする。
GS見習いだった時、妙神山へ修業へ行く美神令子を思い出す。
小竜姫に出会って、興奮していたとは言え、取った行動は突飛過ぎた。切られてもおかしくなかったかもしれない。
メドーサとも戦った。火角結界やイームやヤームと言った竜神族とも出会ったのも、この時だ。
いつ、命を失なってもおかしくない状況。それを乗り越えて、今を生きている。
「俺、何で生きているんだろう?」
横島の思わぬ呟きに驚いた表情を士郎と凛は見せたが、横島は苦笑いを浮かべると、それを打ち消した。
「まあ、正直な話で英霊レベルなら沢山とは言わなくても二度か三度くらいは戦ってるからさ」
メドーサ、ベスパ、パピリオ……そして、ルシオラ。
アシュタロスは例外にしても、敵だった存在はこれだけ居る。
色々な人の手を借りて、色々な道具の力を借りて、倒してきた歴史だ。
「本当に、貴方たちGSは規格外ばかりね」
「いや、俺たちだけだよ。多分」
凛の言葉を横島は否定する。
「なら、貴方を倒せば、それで終わりって事?」
「さて、どうだろう。次は雪之丞が来るかもしれんし、もしかしたら魔神大戦のオールスターで来るかもしれない」
横島の言葉に凛が一瞬だけ躊躇した。
飲み込まれたと言う訳では無い。だけど、目の前に居る人間が大きい人間に見えた。そんな気がしたのだ。
「私からも一つ良いかね?」
赤い騎士が凛の背後に現れる。
「アーチャー?」
「君は先ほどから聞いていると、別の何かを当てにしているような気がするが、君自身に自信は無いのか?」
「自信、ね」
横島は不機嫌そうな声を出す。
「この世に、自分ほど信じられない物があるかよ」
その言葉に横島の全てが詰まっていた。
「一つ聞きたいけどさ、その自信って何を自信にするんだよ?」
「今まで積み重ねてきた修業とか、実績とか……色々とあるんじゃないか?」
「あー、なるほど。修業とかは大事だな。どんな物にも対応できるようになるし」
士郎の言葉に横島は頷く。
「実績も大事な要素だな。目安の一つにはなるからさ」
横島はそこで一つだけ息を吐く。
「だけどさ、それの何処が自信になるんだ?」
「えっ?」
「修業の成果は結果でしか出て来ないし、実績を誇るのも分かるけど、それは違った条件下でどうなるか分からないだろ?」
士郎にも何か思い当たる節があったらしく頷く。
修理を学校で受け持っているが、物によっては直せない物も存在する。
それが直せたからと言って、次が直せるとは限らない。
軽度ならば直せる物があるかもしれない。だけど、絶対に直せるとは言い切れない。
そのように考えると、何故か横島の考え方に一瞬だけ納得してしまう物があったのだ。
「そんな言葉が答えで良いか。アーチャー」
「ふむ、英雄と呼ばれる割には随分と弱気だな」
「勝手にほざけ。慎重に準備を重ねて、完璧に準備出来れば負ける戦いは無いからな」
「そうそう上手く行くかね?」
「行かないな。計画通りってのは、こっちの思惑に全部乗ってくれる事が前提だからな」
横島は苦笑いしながら言う。
「まあ、それでも、ある程度の修正で何とかなる物だよ」
「横島は何も考えずに突っ込んだけどね」
ふすまの外にタマモが座ってため息をついているのが分かった。
「タマモ、大丈夫なのか?」
「ええ、横島に治療して貰ったから、怪我自体は大したことないわ。まだ、身体が驚いてるけどね」
タマモの言葉は士郎を見つめていた。
横島も同じように視線を向ける。
その様子に士郎は一瞬だけ驚いたような表情をするが、タマモは士郎に何か感じる所があるらしい。
「まあ、それは良いわ。お話の途中だったみたいね」
タマモの仕切り直しに凛は一瞬だけ呆けた表情になったが、すぐに一つ咳をした。
「横島はどちらかと言えば、直情型の人間よ。その上で、手を伸ばせるなら手を伸ばそうとする欲深い人間なの」
「なるほど。今回、衛宮士郎はそれにかかったわけか」
アーチャーは士郎を見て、ため息をつく。
「私の質問は終わった。私は見張りでもして居よう」
そう言うとアーチャーの姿が消える。
横島は半透明化したアーチャーの姿をしばらく追っていたが、本当に外に出たらしく警戒を解いた。
「じゃあ、次だけど……バーサーカー、彼の情報を教えて欲しいわ」
「あー、それか」
横島は難しい表情になる。セイバーを見ると、無表情のままで横島を見つめていた。
「それは衛宮さんに聞いた方が良い。俺はマスターじゃないしな」
「だそうだけど?」
凛が視線を向けると、士郎が困った表情になる。
「あー、そうだな。俺は殆ど見てないんだ。物凄く大きな英霊、それしか分からない」
「加えて相当に俊敏。圧倒的なパワータイプと見て居たから、私も横島も不覚を取ったわけだけど」
タマモの言葉に横島は苦笑いを浮かべつつ、頷いていた。
「あと、石のような大剣を振るってたような」
「衛宮さんの言う通り、あれは石よ。相当な質量がある、武器」
タマモは言うと、それにも横島は頷いていた。
「横島さんは頷いてばかりだけど? 衛宮君やタマモさんの言葉を聞いて、どうかしら?」
「おおむね良いんじゃないか? タマモは気付いてないかもしれんけど、あれは紛れもなく圧倒的なパワータイプだぞ」
「あー、その圧倒的なパワータイプと言う定義から教えてくれない?」
「単純に接近戦、パワー、ごり押しのタイプだな。バーサーカーの場合、そのパワーに振り回されない技術もあるけど」
横島は言うと少し頭を掻く。
「何よりも攻めて来なかったな。そうなったら、イチかバチかの手しか無かったんだけどさ」
「えっ、あれで攻めてきてなかったの?」
タマモの驚きの声がする。
「いや、攻めてたらさ。もう一歩深く踏み込んでいるって」
その想像にタマモは身を強張らせていたが、横島はため息を吐く。
「まあ、話は置いておいて。そんな物しか情報としては出せないぞ?」
横島の言葉に凛が頷くと、一拍の間が空いた。
「分かったわ。私からの質問はここで終わりと言う事で……衛宮くんから何か質問ある?」
「ああ、色々聞きたい事はあるけど。まずは聖杯戦争って何だ? 多分、俺が巻き込まれてる事だと思うんだけどさ」
「あー……」
横島はその言葉に思わず声を漏らして、虚空を見上げる。
そんな様子の横島に凛は視線を向けた。
それくらい説明しておけよ、と言う視線を。
言い訳かもしれないが横島としては、今の現状を説明するだけで限界。
しかも、バーサーカーによる奇襲もあった。
「仕方なかったんや。色々と押し込まれ過ぎて、しかも奇襲もあって、色々と大変だったんだぞ!!」
横島の開き直りに凛はため息をつく。
「まずは、簡単に説明してあげる。私は聖杯戦争のマスターであり、魔術師でもあるわ」
「え、魔術師ってお前。学校じゃ誰から見ても優等生で、男子にとってはアイドルみたいな存在……」
衛宮の言葉に横島も頷く。
「魔術師って正体を隠すものだからね。衛宮君もそうなんでしょ?」
「え、知って居たのか?」
「今ならわかるって事。マスターは魔術師しかなれないから。それでも、衛宮君が呼んだのは事故だったんだろうけどね」
沈黙をここまでは理解したのだろうと思ったのか、遠坂凛はお茶を飲む。
少し冷めたお茶だが、逆に熱すぎるよりは飲みやすいのかもしれない。
「聖杯戦争は、聖杯を求めての参加者による争い。マスターに選ばれた者にはサーヴァントと令呪が与えられる」
「令呪?」
「多分、身体の何処かに刻まれているはずよ」
凛の言葉に士郎は手の甲を見る。
横島も覗き込んだ先には、確かに傷のような物が出来ていた。
「そう、それが令呪。令呪とはマスターがサーヴァントに対する三度の絶対命令権。
令呪を使う事で、例えサーヴァントが不本意な命令であっても従わせることが出来ます」
セイバーが説明すると、士郎が納得したように頷く。
「さらに、その命令強制権は無限に近い聖杯による力によるもの。だから、奇跡にも近いような命令も出来るわ。
例えば、危険が迫った時にサーヴァントを近くに転移させるとかね」
「つまり切り札って事か?
「そう言う事。さらに言えば令呪無しでサーヴァントを従える事なんかできないわ。
何故なら、彼らは強大で私達の手に余る存在だからよ」
「どう言う事だ?」
「英霊ってのはね、実在した英雄の魂なのよ」
それにタマモは真剣な表情で凛を見つめ、横島は納得したように頷く。
「横島さんは理解が出来たみたいだけど……」
「まあな。菅原道真とか知ってるからさ、何となくわかる」
横島は言うと、彼女は頷く。
「だけど、それじゃあ……あ、だから、ランサーとかバーサーカー」
「横島さんは思い至ったみたいだけど、聖杯は七つのクラスを設ける事でこの世に召喚する事を出来るようにしたの。
セイバー、ランサー、アーチャー、ライダー、バーサーカー、キャスター、アサシン」
七つ数えて行く。横島が出会ったのはその内の四クラス。
まだ、見て居ない英霊は三体も居る。
「聖杯は英霊に七つのクラスを割り当て、それをマスターに与えるわ。
そして、マスター同士を戦わせて自らの所有者を選ぶ。それが聖杯戦争よ」
「人の命をゲームみたいにするのね。本当に救われないわ、この聖杯戦争って」
タマモは呟く。横島は黙って目をつぶって考えていた。
そこにある意味、オカルトの世界にも似ている物は存在していたからだ。
「横島、どうしたの?」
タマモの言葉に横島は首を横に振った。
「いや、大丈夫。ちょっと考え事だ」
「なに、それは私に言えない事? それとも、魔術師に言えない事?」
魔術師に言えない事。その言葉がタマモから吐き出された事に横島は驚いたような表情をするが、少し悩んだ挙句ため息をついた。
「一つ聞きたいけどさ。その聖杯って誰か手に入れた事がある奴はいるのか?」
「えっ?」
「いや、俺の杞憂であってくれりゃそれで良いんだ」
「……いえ、分からないけど」
横島はその言葉に苦笑を漏らした。
「了解。そっちでも調べないとあかんな。やる事沢山あり過ぎて迷っちまう」
その言葉に凛は真剣な表情になった。
「知っている情報は話す事。そうでなければ、情報交換は無しと言ったはずよ?」
「不確定で妄想に近い、勘に引っかかっただけの事だぞ。これを情報と言えるか?」
横島の言葉に凛の言葉が詰まる。
その場に沈黙が流れた。
「良いわ、それは分かったら教えてくれると言う事よね?」
「話すだけなら別に構わないけど」
横島の言葉に凛は頷く。
「聖杯を手に入れた奴が居ないって事はだ。聖杯ってのは二つの可能性があるって事だよな」
「聖杯が無い可能性と、手に入れられないだけの理由がある可能性ね」
タマモの言葉に横島は頷く。
「この聖杯戦争、何回も続いてるなら誰か一人は近づくなり、手に入れるなりしていて良いはずだ」
その情報が正式な参加者である遠坂凛が持っていない。
前回の聖杯戦争、そして前々回の聖杯戦争。この辺りは手に入る可能性ぐらいはあったはずだ。
「無い、と言う事は無いわ。私の祖先が聖杯戦争の仕掛人だったわけだから」
「なら、あるとしても手に入らない事情くらいはありそうだよな」
横島は少し考える。
「タマモ、呪術でさ。ツボの中に様々な生物を入れて殺し合わせるような奴があったよな?」
「蠱毒ね。ああ、なるほど。横島が気にしている事はそれね」
タマモは凛の真剣に考える表情に理解しているのを確かめると士郎に顔を向けた。
「蠱毒って言うのは中国の風水師や陰陽師が得意とする呪いの術よ。
簡単に言えば、ヘビ、ムカデ、ゲジ、カエル等の毒虫を共食いさせて彼らを神霊の類にまで昇華させるの。
これらを利用してね、害を与えたり、富貴を図ったり、自らの富を得たりするわ。
その呪いはね、症状は様々で見抜きづらい上に、死を願われれば防ぐ間もなく死んでしまうほどよ」
士郎はその言葉に驚いたようにセイバーを見た。
セイバー自身も何かを考える様子を見せているが、そこからは何を考えているのかまでは分からない。
「まあ、呪術の専門家に聞かんと分からんけどな。その辺りは」
横島は笑うと、凛も一時的に考えを止めたのだろう。
頷くと、立ち上がった。
「じゃあ、これから行く処があるわ。衛宮君は付いて来て。横島さんはどうするの?」
「今の時間から行く場所?」
「ええ、事の真偽を確かめに。言峰教会にね」
それにタマモが目を丸くする。
「いきなり、敵の本拠地に殴り込むつもり!?」
「私達からしたら敵では無いわ。敵視しているのは貴方たちと聖堂教会の本部。違う?」
タマモは何も言えずに横島に視線を向ける。
その横島は面白そうにタマモを見て居るだけだった。
「良いんじゃないか。俺も一緒に行こう」
「横島!?」
「どちらにせよ、その言峰って奴は見に行かないと行けないからな」
タマモはその言葉に驚き、考え、そして諦めた。
「横島、絶対に早死にするわよ」
「遅かれ早かれ、一度は会わなきゃいけないと思うからな。それならば、比較的安全な今だろ」
今ならば、遠坂凛が居る。
戦う事になったとしても、最悪は逃げる事が出来る。
そう考えた上の結論だった。
「そう言うわけで、俺も行く。って事で良いよな?」
「ええ、構わないわ。あの神父が今の状況で真っ向からやってくるとは思わないけど」
最低でも冬木の教会を統率する人間だ。
ある程度、裏に手回しが得意なタイプと考えると、教会で排除と言うのは考えにくかった。
「遠坂、俺の準備は終わったぞ」
「そう、じゃあ行こうかしら。衛宮君、セイバーを霊体化させなくていいの?」
「そうか。なら、セイバー」
「言いにくいのですが、私は霊体化できません」
その言葉に凛が驚いた表情を見せた。
「そう言えば、横島も私も衛宮さんを魔術師と理解したのは来てからね」
「セイバーを呼び出すまでは分からなかったけどな。それでも、まあ……何らかの関係はあるとは思ったぞ」
凛がその言葉に横島を見る。
「この家に張られている結界かな。結界って基本的に拒むものだからさ、受け入れる結界って珍しいなって思った」
「そう言えば……」
タマモが少し思い出すように呟くと、横島は言葉をさらに続ける。
「魔族の火角結界は外から隔離する物。土角結界も拘束する物。そう言うふうに拒むってのが主流なんだよ」
「確かに。私達の結界も外からの侵入を防ぐもの、もしくは人に認識させない物に特化してるわ」
それに凛が頷いた。
「だけどさ、遠坂さん。一つだけ言える事はあるぞ」
「それは何かしら?」
「衛宮さんはさ、魔術師じゃない。それだけは言えると思う。魔術は使うけどな」
その場に居た全員が横島の言葉を理解できなかった。
それに気が付いたのか、横島は咳払いをする。
「俺が知る魔術師ってさ、自分の目的の為には手段を選ばない奴って感じなんだ」
「そうね。全員が一様に当てはまるわけじゃないけど、そう言った人間が多いかもしれないわ」
「その理由は、魔術師って基本的に金持ちなんだよな。金持ち特有の自分勝手さに似ているような気がする」
それは関係ない。タマモが突っ込もうとすると、横島は真剣な表情をしていた。
「それは自分さえ好き勝手に出来れば良いと言う感じだ。何かにたどり着くために何かを斬り捨てる。それが慣れてる」
「そうね。それは間違いなくあるわ」
「大事な物、九を拾う為に一を斬り捨てる。そんな生き方だと思うんだよ、魔術師って。だから、結局」
横島は大きな息を吐いた。
「最終的に大事な何かを失う。死徒化する連中なんて、そんな連中ばかりだと思う」
三咲事件で戦って死徒もそうだった。
理解できない、理解したくない考え方。それは恐らくは何処かで、人としての考え方を失っていた。
死徒化のせいだと言うかもしれない。
だけど、あの考え方は……むしろ、人を見下した魔族と同じ考え方だったような気がする。
「研究第一に考える人間は魔術師には多いから、彼らを擁護はしないけど、逆に分かる部分もあるわね」
凛の言葉に横島は頷く。
「だからこそ、俺は衛宮さんは魔術師じゃないと思う」
横島は困ったように頭を掻く。
「まあ、俺自身の考えだけどな。魔術師には魔術師としての決まりがあると思うし」
「いえ、個人的でも似て非なるGSの考えを聞けたのは良かったわ。で、衛宮君なんだけど」
凛は士郎を見つめる。
「となると、衛宮君は工房を持っていない半人前の魔術師って事で良いかしら?」
「おう、半人前と言われるのはちょっと嫌だけど、今の話に付いて行けなかったから仕方ない」
「工房はあったじゃない。外の土蔵とか」
タマモの言葉に士郎が困ったように笑う。
「あれは俺の練習場だからな。余り管理してないし」
士郎の苦笑に凛の顔が険しくなる。
「ねえ、まさかとは思うけど、衛宮君って五大要素の扱いとかも知らない?」
「おう」
素直に頷く士郎に横島は机の前から部屋の隅に下がった。
「……」
「美人なだけに黙って睨んでいると迫力が際立ってるぞ!!」
横島が言うと、冷たい視線が逆に横島の方に向けられる。
「なに、と言う事は素人も同然レベルの、魔術をかじっただけの人間?」
「そんな事は無いぞ。強化の魔術くらいは使える」
凛の睨み。それは彼女の大きなため息があった。
「横島さんも、セイバーも大変ね。これ」
その言葉に横島は苦笑を浮かべ、セイバーは顔色変えず座っている。
「と、なると今の話と霊体化が出来ないと言う話を併せる、貴女は完全な状態で呼び出されたわけではないようね。セイバー」
「……ええ、貴女の言うとおり私には彼からの魔力供給がほとんどありません。霊体に戻ることも、魔力の回復も難しいでしょう」
「……驚いたわ。そこまで、酷いと言うこともだけど、貴女がそこまで話してくれるなんて」
凛の言葉に横島は頷く。
「まあ、弱点よりも未熟な魔術師に心得を教えて欲しいと言うことと、現状を深く理解させたいってのが目的だろうな」
考えて見れば、かなり重大かもしれないが致命的では無い。
もしかしたら、それよりも衛宮士郎が何も理解して居ないと言う状況の方が問題かもしれなかった。
そこで、致命的な事を話して、深刻に考えて貰う。
話した事で不利になる部分は自分が何とかすれば良い。
そう言った考えがあったとしたなら、弱点を敢えて晒しだす。それも理解できた。
「流石は剣の英霊ね。私がセイバーのマスターだったら聖杯戦争を勝ったも同然なのに」
凛の言葉は流石に言いすぎだ。
横島が流石に口を開こうとした時、士郎の方が先に口を開いていた。
「それって、俺がマスターにふさわしくないと言うことか?」
「当然でしょ、へっぽこ」
凛の容赦ない一撃は士郎の心を抉って行く。
「うわっ、前言撤回。こいつは魔術師としても人間としても最悪だ!!」
横島はドン引きしていたが、遠坂凛には自覚が無いようだ
「じゃあ、そろそろ行きましょうか」
「そうだな。今から行けば夜明け前には帰って来れるだろ」
バスやタクシーなどの交通手段は逆に危険。
何より、バスもこの時間では動いていないだろう。
「今、思ったんだが、俺が行かなくても良い気がするんだけどさ」
「聖杯戦争に付いて聞くならば、監督役が一番よ」
「だな。その点に関しては相手に隠す気はないだろうし、むしろ話を聞くのが一番だと思う」
士郎の言葉に凛と横島が反応する。
ただ、その言葉に少し考える様子の士郎に凛がセイバーへと視線を向けた。
「セイバーはどう思う?」
「セイバーは関係ないだろ」
「お、もうマスターの自覚があるんだ」
凛がいたずらっ子の笑みで士郎をからかった。
横島が脇で笑っているのを見て、セイバーが首を傾げる。どうやら、何故笑っているのか理解できていないようだ。
「ち、違う!!ただ、遠坂が言うのが本当なら、セイバーは昔の英雄なんだろ。
ならこんな現代に呼び出されて右も左も分からないはずだ」
「それは違う、シロウ。サーヴァントはあらゆる時代に適応します。ですから、この時代のことも知っている」
「えっ、知っているの。本当に?」
「勿論、それにこの時代に呼び出されたのは一度ではありませんから」
その言葉に凛は驚き、横島も頭の中でその意味を巡らした。
「それに私は彼女たちに賛成です。あなたにはマスターとしての知識が無さ過ぎる」
「……分かった」
凛がしてやったりと言う感じで笑うのを見て、横島は軽く息を吐いた。
「どうしたの、横島?」
「いや、何でもない」
横島は言うと、殆ど空になったカバンの中から貴重な除霊道具が入って居る場所を引っ張り出した。
高級品、GSの言う切り札的な物を準備する。
それは美神令子から受け継いだ物だ。
横島は余り道具を使う除霊を行っていない。
横島自身、道具を使わないとしても準備している李湯は何があっても対応するため。
それが出来てこそ、プロだと思っているからだ。
「まあ、これくらいは持っていけ」
そこに横島がカバンをあさってると、精霊石のペンダントを士郎へ渡した。
「身に付けて置けば、多少の防御にはなるだろ。軽い魔術の一発か二発くらいは耐えてくれるかもしれん」
「これ、宝石なのか。こんな高そうな物は貰うなんて出来ないし、借りる事も出来ない」
士郎は返そうとするが、コートを羽織った凛が驚いた表情で士郎の手のひらを覗き込んだ
「それって精霊石!?」
凛が驚愕の表情を浮かべる。
「精霊石って何だ?」
「精霊石を知らないなんて、本当にへっぽこね。
精霊石は自然界にある石の中でもっともマナの力を持ってるの。
流石にサーヴァントの魔力を回復させるまではいかないけど、横島さんの言うように多少の耐魔力の属性があるわ
この大きさだと八千万から一億ぐらいかしら?」
凛が丁寧に手をとって、精霊石を眺めてると横島は懐に三枚の破魔札を忍ばせ、さらに三枚を士郎に渡す。
「一応、それは五千万の札だから無駄に使うなよ」
本来であれば横島には必要は無い。しかし、依頼人が除霊を見たいと言った時に護衛用に手渡す物だ。
五千万もあれば、普通の霊は一瞬で蒸発する。
これより高い札は滅多に流通しないものだ。
サーヴァントはどうだかは分からないが、怯みはするだろうし、気休めにはなるだろう。
横島が今回、貴重な破魔札を持って行くのはサーヴァントの強さを悟ったからだ。
道具を使わないと勝てない。
その意味をタマモは理解してくれているだろうか?
そう考えていると、精霊石を見ていた凛が顔を上げる。
「ねえ、ところでGSって儲かるのかしら?」
凛の言葉はちょっと聞いて見たいという感じだ。
「まあ、実力さえあればな。今はGSが少ないしな。需要と供給のバランスが崩れてるから、実力あれば入れ食いだな」
「それで、横島さんは一体いくらぐらい稼ぐのかしら?」
余りの金額に凛は尋ねてみたくなったのだろう。
「規模と状況に寄る事だけ先に言っておく。
普通の家庭の除霊だと五十万から百万くらいかな。中小企業だと五百万から一千万くらい。
大企業相手だと、一千万から五千万くらいだな。時に億単位の仕事が入ってくる感じだ。
それを一日に三件、多い時には六件くらいかな。所属するGSの実力にもよるけど」
凛がその言葉に肩を落とした。
何故かは分からないが背中に哀愁すら漂っている。
「まあ、俺たちは表だから大して気にせずに大仕事をやってる。それが魔術師とは全然違う点だな
命を担保に金を貰ってると思ってくれれば良いさ。もっとも、札なんかがあれば一般人でも退治できるけどさ」
横島は笑うと、最後に予備の文珠のケースを腰につける。
「さて、じゃあ行くか。冬木の教会、言峰神父の所にさ」
外に出ると身を切る寒さが横島を襲う。
状況は悪い。吸血種の正体も分からなければ、英霊と言う存在も居る。
だけど、この聖杯戦争。これが原因になって居る可能性。
捨てきれない可能性だ。
取りあえずは聖杯戦争の流れに乗る。
そこが糸口で、解決する事になる。
そう考えると、横島たちは冬木の新都にある教会へと徒歩で向かう事にしたのだった。
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