深山町の夜道。深夜とも言うのもあるのだろう。

 それは聖杯戦争なんて言うものが起きているなんて考えられない静けさだった。

 深夜十二時を過ぎて、人の姿は皆無になっている。

 GSの手伝いをしていて思ったが、心霊現象……オカルト的事件が起きている場所には余り人は寄り付かない。

 基本的に人間と言うのは危険察知能力がある。

 この静けさは夜なら当たり前の静けさで、その静けさが逆に異常なのかもしれない。

 ただ、それは時と場合による。

 これが東京だったら話は、全く別だ。

 逆にそれが矛盾になってしまう。となると、逆に外に出る人間が多くなるかもしれない。

 東京では人前こそ、一番安全地帯なのだから。

 ただ、それでも……

「異常ね、この状況」

 タマモの呟きに士郎が首を傾げる。

「何が異常なんだ?」

「家の明かりも消えてるし、人の気配もない。普通の人でも早く眠ってしまおうと思う位には影響を与えてるのよ」

 タマモの言葉は相応に適格だ。だけど、言葉が足りない。

「人間って言うのは危険があると自分で考え付く限り、一番安全な場所へ行きたがるんだ。
 他人に迷惑をかけない、無難な安全な場所。それは自分の家だろ?」

 横島が言うと、士郎が感心したように頷く。

 タマモは逆にそう言った知識があるとは思って居なかったらしく、驚きの瞳で見て居た。

 ネタバレをすれば、これはオカルトGメンでの一般研修に参加して学んだ事だ。

 海外には日本では考えつかない程のホーンテッドマンション、つまりはお化け屋敷が存在する。

 強力であれば強力であるほど、その周りには人は住みつかないらしい。

 人によっては、それを虫の知らせとか第六感とか言うが、それを利用する強さの図り方がこの方法だった。

「つまり、最低でも……この冬木の町って、下手なお化け屋敷よりも異界になってるって事?」

「いや、普通に弱い霊障ぐらいだと思う。数ヶ月続かなきゃ、すぐに日常に戻れるだろうさ」

 横島は言うと、タマモが納得したように頷き、そして周りの警戒に戻った。

 前方ではセイバーと士郎、そして遠坂凛が会話をしているのが聞こえてくる。

「なあ、遠坂。本当に歩いて行くつもりなのか?」

「そうよ? だって交通機関は終電過ぎてるし、夜の散歩も悪くないんじゃない」

 凛の言葉に横島も頷く。

「まあ、一時間程度で着くさ。まあ、のんびり歩こう」

 横島の言葉に士郎が首を横に振る。

 どうやら、楽をしたいと言うつもりで言ったようではなさそうだ。

「そんな事じゃなくて、こんな時間に外を歩くことが女の子にとって危険じゃないのかって言ってるんだ」

 その言葉に凛が驚いた表情になると、横島に軽くジェスチャーをした後。

「相手がどんな奴だろうとセイバーは強いから大丈夫よ」

 はあ、と再びため息をついて歩きだした。

 タマモも少し困惑を浮かべていたが、横島には何となく分かる気がする。

 サーヴァントは化け物だ。実際に横島が戦ったが、彼らを呼ぶのに正しい言葉は一番それが適当だろう

 サーヴァント相手にサーヴァント以外の使い魔や下級の神魔でも、下手に手を出したら返り討ちは確実だろう

 二人は実力を士郎は分かっていないのかと考えているようだが、違う。

 あいつは女の子だからとか、そういう言葉で守ろうとしているのだ。

「横島、シロウは一体何が言いたかったのでしょう?」

 全員が追求せずに黙っていたので、セイバーが横島に尋ねてきた。

「俺だけ苗字なんだな。まあ、士郎は勘違いしてるだけだ。英霊が生身の一般人が束になっても勝てないってのが分かってないんだ」

「だとすれば、何処かでしっかりと認識させねばなりませんね」

「お手柔らかにな」

 タマモを見て、士郎を見て、遠坂を見て、その後にセイバーを見る。

 この中で最も戦闘経験が豊富なのはセイバーだ。

 その次に横島で、遠坂凛とタマモは同じぐらい。士郎は全くの素人。

 簡単な話で警戒は横島とセイバーで割り振りつつ行わなければ行けない。

 時々立ち止まり、背後を振り返ったりする横島に、凛が振り返った。

「横島さん、一体何を警戒してるのかしら?」

「普通にサーヴァントの奇襲だよ。
 サーヴァントが真っ向正面から戦いを選んでくれりゃいいけど、アーチャーとかアサシンと言う名前を聞く限りは遠距離の専門家とか暗殺の専門家だろ?」

「そうね。だけど、アーチャーは私のサーヴァント。アサシンはどんなに警戒しても、警戒しすぎと言う事にはならないけどね」

 気の貼り過ぎよ。との、凛の言葉にセイバーは頷く。

「確かに、アサシンやアーチャーなどの不意打ちが考えられますが、気をつけるのはアサシンだけで構わないと」

 アーチャーは遠坂凛の英霊。

 横島の霊視拙い霊視でも、隣に居るのが分かる。

 霊視スコープがあれば、もっと分かる事はあるかもしれないが、無い物ねだりだ。

「アーチャーとランサーの戦いで思ったんだが、アーチャーは接近戦も出来るんだよな。名前からして、遠距離の専門家だけどさ」

 横島は少し考えた後、凛を見る。

 それに凛は無表情のままで横島の方を見つめてきた。

「それって、接近戦が得意な奴でも遠距離攻撃が出来るって可能性は無いのか?」

 セイバーは一瞬だけ考えると、すぐに頷いた。

その言葉に横島は驚き、そしてため息をついた

「確かにその通りです。二つほど宝具を持っていれば1ランクほど威力が落ちますが真名開放はできる。
 指摘、感謝します」

「それに、正体が分からん敵を相手にする場合は絶対に油断はしないことが一番なんだ」

 セイバーがコクリと頷く。その言葉にはまったくの同感のようだった

 横島と同じように、セイバーも周囲の警戒を横島ほど不審者ぶりではないが行い始めた。

「流石は今に生きる英雄の言葉ね。それも横島さんの経験から?」

「と言うか除霊の時はいつも何が起きるか分からないからな。いきなり、天井が崩落って言う事もあるし」

 横島は、かつてあった大ピンチを思い出しながら言った。

 その時は「何でこんな目に合わなければならんのや」と嘆いた物だが、あれは完全に油断だったと思う。

 セイバーの着ている鎧の金属音が周囲の小さな音を消してしまっているので、さらに注意が必要になっていた。

 ランサーとの戦いで悟った事。それは油断すれば死ぬと言う事。

 それは除霊では付いて回る事、だが……今回の場合は一段階も二段階も上だろう。

「ねえ、横島。聞きたいんだけどさ」

 タマモが突然声をかけてきたので、横島がタマモに振り返った。

「なんで、セイバーは鎧のままなの? あれじゃ、不審人物だって言ってるようなもんじゃない」

「タマモ、お前さ。お前のような年齢が今の時間に出歩いてて良いと思ってるのか?」

「それは、これも仕事の一貫なんだから仕方ないじゃない」

 タマモが一瞬、ムッとした表情になったが言葉を返すと、横島は苦笑いをする。

 鎧を着たまま、外に出ると言う話だったが、それを士郎が止め、横島がゴーサインを出した。

 鎧の上から雨合羽を着せようとしていたようだが、それこそ不審人物だ。

 どうせなら、堂々と外を歩いた方が良い。

 その方が言い訳は幾らでも聞くからだ。

 例えば、横島がGS免許を持っている。これは大きい。

 GS免許は日本の国家資格でもあり、国際免許でもある。

 日本の国が、この人は除霊が出来ますよ。と、後押ししてくれているわけだ。

 除霊作業は色々面白い格好をする人間が居る。

 呪術師の小笠原エミは南国の踊り子のような格好をするし、GS試験では上半身を脱ぐ人も中にはいる。

 それを一般社会では何と言うか?

 イベントの場とかではなく、普通の場で見かけたら何と言うか?

 コスプレで終われば、まだ良い。

 最悪は変態と呼ばれる。

 除霊作業は危険と隣り合わせ。

 力を出せる格好を出来る限り尊重しようとした結果……GS免許を持つ人物、彼の指示を受ける人間は一旦保留とされる。

 実質、見逃されるわけだ。

 やがて、士郎は横道へと歩いていく。地図を確認するとそっちの方が確かに近道。

 地元の人間だから知る近道と言う物なのだろう。

 セイバーが後ろ側に来たので、横島が一番前を歩く士郎に肩を並べるようにして歩き始めた。

「そう言えば、横島さんはどうしてGSになったんですか? 何か夢とかあったとか」

「俺の夢は昔から変わってない。むしろ、やろうと思えば出来るんだけどさ」

「へえ、どんな夢です?」

「日本武道館で綺麗な水着の女の子たちを集めて、そこで一晩中ライブを行う事」

 士郎がその言葉に黙り込んだ。

「もしくは綺麗な女の子たちと一緒に、プールの中で水球競技をやりたいんです!!」

「いや、そこで力説されても」

「まあ、ぶっちゃけて言えば、本当にそんなもんだよ。GSは成り行きだったからさ」

 背後の女性陣の目が冷たくなり始めた所で、横島は言った。

「色々な理由はあったけど成り行きでGS事務所の荷物持ちとして働いたんだ」

 士郎が横島を見て、真剣な表情をしているのを見て、今の話は先ほどとは違って真面目な話らしいと考える。

「あの頃はさ、足手まといだったな。邪魔した事なんて、両手や両足じゃ数えきれないしさ」

 横島は思い出すように感慨深げに語る。

「へえ、だけど、GSになったからには何か理由があったんだろ?」

「いんや、バイトを探してたら、綺麗なねーちゃんがバイト募集を張ってて、そこに飛びついたってだけだ」

「あはははは、横島さんって、そう言う人なんですね」

「男がチチ、シリ、フトモモに惹かれずして、何処に惹かれるか。いや、誰だって大好きだと思うね!!」

 真面目な表情で言い切る所が凄いと思う。

 タマモは、氷室キヌや美神令子から話を聞いていたが、しっかりと本人の口から証明された瞬間だった。

「ま、そんな気持ちで見習いを続けてくうちに、GS試験で神様に霊力操作の歩行器具的な物を渡されて受けたわけ」

「そんな無茶苦茶な」

「ははは、それがトントン拍子でGS試験突破。こうして、GSになっているわけだから努力している人には悪いよな」

 横島は笑うが、それがどんな物なのか士郎には分かった。

 衛宮士郎も魔術の基本だけ教えられて、その後は自己鍛錬していたのだから。

 だから、言っているほど簡単では無かったのは分かる。

「だけど、横島の年ってとんでもない事が起きた年だって聞いたけど?」

 いつの間にか後ろに居た、タマモ。それに驚きながら、横島は頷いた。

「ああ、GS試験に参加した組織が魔族に乗っ取られて居たんだ。だから、半自動的に魔族とも戦闘だな」

 考えて見れば、あの戦いが始まりだったのかもしれない。

 メドーサが何かの為に動いてたのは間違いなかった。

 その辺りはオカルトGメンに問い合わせれば、恐らくは詳細は分かるだろう。

 余り知りたくもないし、もし知ったとしても何をするわけでもないので放っておいているが。

 話も途中で、突然開けた場所に出た。

 それは通る時に渡った冬木大橋の下を流れる未遠川。

 その川縁にある公園だ。当然ながら、冬木大橋も見える。

「へえ、こんな道があったんだ。公園からでも橋が渡れたから公園を目指せばよかったのね」

 街灯が遠坂やセイバー、タマモを映し出す。

 三人の立ち絵は絵になる。横島は思いながら、隣でボンヤリと見て居る士郎に視線を向けた。

「おーい、余り遠坂さんに見惚れてると、隣のアーチャーに気が付いてないぞ」

 士郎は周りを見渡すが、霊体化しているアーチャーは見えるはずがない。

 アーチャー自身は驚いているようだったが。

「まっ、アイドルってのは外面だけは良いんだ。内面はまた違った話でさ」

 横島の言葉には納得してしまう士郎。

 横島の態度は少し馴れ馴れしいかな、と思うのはあったが今日の出来事は大きすぎる。

 衛宮士郎も馴れ馴れしさを気にしないくらいには打ち解けている気がした。

「全く遠坂さんも罪作りな女だな」

 横島がからかうように笑うと、衛宮が一瞬ムッとした表情になる。

 それは見惚れて居た事に図星を突かれたからか。

 それとも、からかった横島の言葉に反感を思ったのか。

「いいから、行くぞ。別に遊びに来たわけじゃないんだから」

 ただ、どんな態度を取っても、それは照れ隠しのようにしか見えないのだが。

 彼の不幸と言えば、この場所にタマモが居た事だ。

 彼女の今行っている学校は六道女学院と言う女子高だ。

 こう言ったコイバナは得意とするような場所で、タマモが士郎の肩を叩く。

「なんでさ!?」

「いいじゃないか、夜のデートでも楽しんで来いや!!」

 横島が送り出そうとする光景に、見て居たセイバーと凛が頬を緩ませていた。

「衛宮君、早く行かないと夜が明けるわよ!!」

 だけど、流石にこのままではマズいと思った凛が声をかけると横島たちは慌てて二人を追い出す。

 アーチャーが霊体化したまま、嫌味な笑みで横島を笑っていたのは少しだけカチンと来たが。

 橋を渡る為の歩道橋。そこで凛とセイバーは待っていた。ついでにアーチャーも。

「さあ、行きましょ。遊びに来たわけじゃないんだから」

 凛の言葉に全員は心の中で頷きながら、歩道橋を渡って行った。






 橋を渡ると、一同は新都の郊外へと目指して行った。

 新都と言う地は、中心部は高層ビルが並ぶオフィス街を作っているが、郊外は昔の町並みを残している。

 元々、外国人居留区でもあったのだろう。

 西洋風の建物が並んでおり、まるでヨーロッパに来たかのような風景になって居た。

 その中にある、なだらかな坂道。

 恐らく海を見る事も出来るだろう高台。

 次第に建物は減って良き、外国人墓地が見えてきた。

 その頃から異様な雰囲気はあった。

 タマモも感じているらしい。周囲を振り返る回数が増えている。

 緊張と言うよりも重圧。坂道の上から霊圧が降り注いでくるような感じだ。

「この上が教会よ。衛宮君も一度くらいは行った事があるんじゃない?」

「いや、無い」

 士郎が口を出したときに、横島の様子がおかしい事に気が付いた。

「横島さん、どうかしたのか?」

「遠坂さん、この上にあるのは本当に教会なのか?」

 士郎の問いに答えず、凛に言葉をかける。

「教会だけど、どうかしたの?」

「横島、凄く怖い」

 タマモの言葉に横島は黙って坂上を見上げていた。

 横島は黙って、足を進めて行く。

 全員には黙っているが、文珠を準備している。いつでも使えるようにだ。

 やがて、教会が見えだすと横島の表情がどんどん険しくなっていくのが分かる。

 何かわからない。教会からは何か助けを求めるような感じがする。

 地縛霊、この地に縛られた何かが助けを求めている。そんな気がした。

「良くない空気だな。衛宮さん、気を付けてくれ」

「分かった」

 士郎の言葉に横島は頷くと、タマモを見た。

「タマモ、ここに残って外の警戒をお願いできるか?」

「良いけど、横島は中に行くの?」

「監督役の顔ってのを見てくるよ。相手は聖堂教会だ、タマモの場合は警戒に警戒を重ねても警戒しすぎって事は無いだろ?」

 横島の言葉にタマモが頷く。

「ならば、私も残りましょう。彼女一人では危ういので」

「分かった。こっちも出来る限り気をつける」

 セイバーの言葉に士郎は頷くと、それを見計らったように凛が中に入った。

「綺礼、居るんでしょ。七人目のマスターを連れてきたわ」

「おお、そうか」

 中から声が聞こえる。そこには聖書を持った男性が三人を招き入れている。

 引き締まった体は、彼が普通でない事を示している。

「それで、どちらがマスターだ?」

「彼よ。もう一人は……」

「なるほど。この町に来たGSは彼の事だったか」

 綺礼と呼ばれた男性が二人を交互に見てくる。

「ようこそ、少年。そして、GS。私は言峰綺礼と言う」

「あんたが監督役と言う人か?」

「そうだが、君の名は?」

「衛宮士郎だ」

 士郎の言葉に綺礼が頷くと、横島に視線を向ける。

「俺の名は……」

「知っている。横島忠夫、魔神大戦にて魔神アシュタロスを滅した英雄よ。お目にかかり光栄だ」

 口元に笑みを浮かべながら口にする言葉は、まるで卑下しているようで……嘲笑しているような感じだった。

 被害妄想かもしれないが、余り気持ちの良い物では無い。

「さて、衛宮士郎。君が最後のマスターと言う事だが」

「ちょっと待ってくれ。俺はマスターになろうと思ってなったわけじゃない」

「凛?」

「正直、危なっかしいのよ。だから、連れてきたの」

 その言葉に綺礼は頷く。

 横島の視線に凛は一瞬合わせたが、すぐに切った。

 その様子に横島もすぐに理解した。言峰綺礼を見極めろと言う事だろう。

「なるほど」

 綺礼は凛の言葉に頷くと、士郎に向き直る。

「どんな手違いがあろうと、君は聖杯が選んだマスターだ。そこは変わりは無い」

 綺礼は言い切る。

「聖杯を手にすれば、どんな望みも思いのまま。それを知りつつ、何故拒むのか」

「だって、おかしいじゃないか。聖杯がどんな物だったとしても、殺し合いをさせるなんて間違ってる」

「殺し合いを恐れるか。魔術師の言葉とも思えんな」

 横島の視線が鋭くなる。

「良いんじゃないか。そう言う考え方でもさ」

 話の腰を折られた綺礼が横島を見る。

「殺し合いが怖い? 当たり前だろ。殺し殺され、奪い奪われる。それを恐ろしいと思う心は人間として当然だよ」

「ふむ、ならば聞こう。横島忠夫」

 綺礼は顔を向ける。

「GSたる君は命を賭けていないのか。なるほど、君は英雄の皮を被った腰抜けだったと言う事か」

「ああ、ただの腰抜けだぜ」

 その言葉に真顔で答える。

「それに臆病で、痛いのが嫌で、すぐに逃げ出したくなる性格。で、何が悪い?」

「……どうやら、私は横島忠夫を買い被り過ぎてたようだな」

 言峰の溜息に横島は苦笑いで返した。

「百歩譲って、GSにはそう言う考え方もあるとしよう。だが、魔術師としてはどうだろう?」

 言峰は士郎を見る。

「魔術師は本来であれば、命を賭けて戦わなければならない。それを逃げ出すのは腰抜けと言うのだ」

「違う。俺は聖杯が欲しくないだけだ。逃げ出したいわけじゃない。それに……」

 士郎が横島を見る。

「俺は一言も参加しないって言ってないぞ」

「ほう?」

 士郎の言葉に綺礼が初めて興味を見せたような顔になった。

「横島さんから聞いた。この町で色々な事が起きてるんだろ。多分だけど、最近起きてるガス漏れ事件も一環じゃないのか?」

「えっ、それは初耳」

 横島は言うと、凛に視線を向ける。

 すると、軽く凛が頷いた。

「確かに。あれはマスターの仕業と考えて間違いない。人の魂を食わせれば、霊体であるサーヴァントを協力にする事が出来る」

 綺礼の言葉に士郎は慌てて横島を見た。

「まあ、な。本当に微々たる物だと思うけどさ」

「人の命など何とも思わない。そう言った輩が聖杯を狙っていると言う訳だ」

 その言葉に士郎は呆然とし、横島は綺礼を見つめていた。

 そんな視線に気付いてか?、気付かずか綺礼が士郎の前に立つ。

「もう一つ、聖杯戦争は今回で五回目になる。前回の戦争は丁度、十年前にとり行われた」

 綺礼と言う神父が何を語るのか。横島が興味を持つ中、彼は士郎に告げる。

「あの時、愚かなマスターによって、無関係な市民に大量の被害が出る大惨事が発生したのだ」

「えっ?」

 士郎の聞き直す言葉。それに応じるように、綺礼は言葉を発する。

「まだ、人々の記憶に新しいだろう。数百人の死者を与えた未曽有の大火災だ」

 それは場を飲み込むには十分だった。

「さあ、どうする? 我が身が可愛い、そこのGSのように目を背けるかね?」

「ふざけるな!! こんな訳の分からない戦いの為に、平和に暮らしている人たちが犠牲になるなんて許せるわけがない!!」

 士郎の怒鳴り声は横島も頷く処があった。

 英霊を呼び出して行うゲーム。こんなもので殺されるなんて、死んでも死にきれないだろう。

 一つ言える事は、乱入したんだから何処までもかき回してやろう。そして、続いた聖杯戦争を終わらせる。

 そう、横島は心の中でつぶやいた。

「それでは、衛宮士郎を七人目のマスターと認める。ここに聖杯戦争の開催を宣言する。各自が己の信念に従い、競い合え」

「待った」

 横島は言うと、立ち上がる。綺礼は横島に顔を向けた。

「あんたに幾つか聞きたい事がある。どうせだから、遠坂の当主や七人目のマスターにも聞いてもらいたいな」

 士郎と凛がそれに頷くのを見て、横島が頷く。

「二名は了承してくれた。そっちはどうだ?」

「構わんよ。本来であれば、問いに答えぬと言う事もあるが」

「ありがとう。で、最初の質問だけど、第四回の聖杯戦争はマスターが起こした物なんだよな。何故分かったんだ?」

 横島はシエルから、第四回の結末の情報を聞いてなかった。

 シエルの伝え忘れと言うのもあるが、それがマスター起こした事だったら相当大きなミスだ

 難易度が全然違う。

 状況も全然違ってくる。

 物によっては、一度綿密な事前調査が必要だったかもしれない。

 それを行う余裕なく、突撃したのは横島のミスだが、何故分かったのかを聞かなければ行けなかった。

「簡単な話だ。第四回の聖杯戦争、私も参加していたからだ」

「それで情報収集か。なるほど」

 横島は少し考える。

「で、あんたは何のサーヴァントを持っていたんだ?」

「アサシンだ。私は一番最初に脱落して、聖堂教会の庇護を受けた第一号だ」

 その言葉に横島は少し考えたが、すぐに頷く。

「なるほど、そんな所かな」

 横島は言うと、凛を見る。それに凛は頷くと

「横島さんの話が終わったようだし、ここには用は無いわね。帰るわよ、衛宮くん」

 そう言うと凛が背中を向ける。

 それに横島が続き、士郎が続こうとした時、背後から声が聞こえた。

「喜べ、少年。君の願いはようやく叶う」

 凛は外に出ていたが、その言葉に横島と士郎が振り返った。

 そこには綺礼が何食わぬ表情として立っている。

「それはどう言う事だ?」

「君が得た怒り。それは本当に無抵抗な民間人への攻撃の怒りなのか。それは違うだろう」

 言峰綺礼は口元を歪める。

「それは正義感だ。他人の不幸を見て見ぬ振りする怒り、そこにあるのは正義と言う渇望」

「それが……」

「悲しいな、誰かを救いたいとする思いは逆に誰かの不幸を望む物でもあるのだから」

 綺礼は士郎を見て居た。

「それに近いのは横島忠夫。だが、そこにある物は正義感では無く贖罪。自分を痛めつける事で、その罪を減らそうとする」

 綺礼の笑いは嘲笑だ。

「お互いが似て非なる人間。そこに共通するものは、絶対的な悪を望んでいると言う事。喜べ、少年……そして、英雄。君たちの願いは叶うのだ」

「行こう、これ以上戯言に付き合う必要は無い」

 硬さが残る横島と、呆然とする士郎。横島は強く促すと、教会から外に出て行った。







 横島と士郎が黙り込んで出てきたのを見て、タマモが横島を見る。

 そこには表情を押し殺そうとする横島の姿。

 そして……衛宮士郎は何かを愕然としたようにフラフラと出てくる。

「一体、何があったの。横島!?」

「あの、くそ神父。最後の最後にとんでもない呪いを放って行きやがった」

 横島の言葉に憤慨がこもる。

「衛宮君も大丈夫?」

「ああ、ちょっと気分が悪くなっただけだ」

 士郎は言うが、恐らくは何処か図星を刺されたのだろう。

 横島も、あの言葉を否定しようとしたが……何処も否定できなかった。

 今戦っているのは贖罪。それは心の何処かには、確かにある。

 三咲事件でも薄っすらと気付いていたが、ここに来て、あの神父に全てをはぎ取られた感覚だ。

「セイバー」

 横島が心の中で葛藤している中、士郎がセイバーに声をかける。

「俺は聖杯戦争を見過ごせない。だから、ちょっと頼りないかもしれないけど力を貸してくれ。頼む」

「はい」

 二人の手と手が握手する。

 それを横島はボンヤリと眺めていた。

 神父に言われた言葉の意味を、自分の中で噛みしめながら。




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