教会からの帰り道、誰もが口を開こうとしなかった。

―――何か一言あっても良い。

 タマモはそう思う。

 だけど、横島忠夫も衛宮士郎も何も言わずに言葉を濁すだけだ。

『とんでもない呪い』

 こんな言葉を使うほどに横島の中の葛藤はそれだけ大きい。

 タマモは一歩踏み込もうとするが、雰囲気で拒絶された。

 横島は近寄らせることが無いと言う気配を出さないだけに、何があったのかを知りたくなるが……教えてはくれないだろう。

 会っては居ないが、その神父は相当なやり手だったらしい。その事にタマモは自身の判断ミスに悔しさを心に隠し、平然と前を向いた。

 この感情は隠しておきたい。そう思ったから。

「そう言えば、セイバーとタマモは何か話してたのか?」

「少しだけ。彼女の生い立ちと言うのを」

「生い立ち?」

 凛が反応する。それにタマモはため息を吐いた。

「GSギルドやオカルトGメンの人材の広さに驚きます。彼女が人間ではない事に気が付きましたか?」

 凛はその言葉に首を振った。

「え、人間じゃないって……ホムンクルスとか、そう言う事?」

「ああ、タマモさんが妖怪って事か。セイバー」

「はい。気付いていたんですか?」

「タマモさんに教えて貰ったんだよ。俺みたいな半人前が気付けるわけないだろ」

 凛はタマモを見る。

 それは驚愕。タマモの姿を見て、頭からつま先まで見る。

「そう言えば、少しだけ感覚が違う気が」

 凛の目が鋭くなったのにタマモは、僅かに心で構える。

 奇襲があっても良いように。

 その時、手を叩く音が聞こえた。

「話してるって思ったら、何やってんだ?」

「私が妖怪だって、セイバーに気付かれちゃって」

「まあ、気付く人は気付くわな。一応、GSギルド所属で美神さんと、唐巣ギルド長が身元引受人なんだから気を付けろよ」

「そうね、気を付けるわ」

 身元引受人と言う言葉に士郎が難しい顔をし、凛が首を傾げた。

「身元引受人って、何かをやったの?」

「タマモは傾国の妖怪、九尾の狐……に似ているからな。妖狐ってだけで迫害は激しいんだ。だから、保護してる。
 俺たちが保護している連中に手を出したら、ただじゃ済まんぞ。ってな」

「なんだ、それ」

「迫害が正義だと思い込んでる意識高い奴らが居るんだよ。レッテル張りは政府や政治団体の得意事項だからさ、正しく見極める目を持たなきゃな」

 横島は笑う。だからこそ、美神令子以下GSがそういったレッテルを剥がさなきゃいけない。

 だけど、それは上手くいかないのが実情だ。

 タマモは六道女学院では妖狐として知られている。シロも一緒に入って、彼女は人狼として表に出ている。

 その結果、タマモは普通の妖狐と認識されて普通に迎えいれた。

 彼女が九尾の狐だと分かったらどうなるか、想像もしたくない。

 最初にタマモの存在を知った時だって、自衛隊やら日本政府やらが出てきて、相当面倒くさい事になったのだから。

「まあ、それはあるかもしれないわね。で、それを守ってるのに、彼女が出てきたってことは色々と煩いかもしれないわよ」

「その辺りはオカルトGメンやGSギルド、聖堂教会の努力を信じるよ」

 横島は苦笑いをしながら、凛の質問に答えた。

 その光景を見てタマモは思う。

―――何故、横島はあんなに仲良く出来るのだろう、と。

 魔術師と言えば、GSの間では「敵」だ。アシュタロスに協力した魔術師も多い。

 その事に横島は怒ってないのだろうか?

 タマモの中での疑問は多くあったが、そう言えば美神除霊事務所時代もあまり話していない気がする。

「どうかしましたか?」

 セイバーが振り返って、タマモに話しかけてきたのだ。

「何でもないわ、少し考え事」

「そうですか」

 セイバーは周りを見渡す。

「もしかしたら、今も敵が狙っているかもしれません。となれば、油断は死に直結することになります」

「そうね。ごめんなさい」

「ともかく、深い考え事は自陣に戻るまでは行わないことをお勧めします」

 セイバーはいうが、横島は完全に油断しているような気がする。

 タマモはそっと近づく。

 その時、横島と目が合った。

「タマモか、どうした?」

「私の接近に気づいての?」

「気づいたというよりは、遠坂さんの視線が一瞬だけ外れたからな。で、どうした?」

「横島が油断してる気がして、注意しに来ただけよ」

 横島はそれに苦笑いをする。

「それほど、油断してるつもりはないんだけどな。そう見えたら見えた、で別に構わんし」

「油断してると思った敵を釣り出す訳?」

「と言うか、今もやってる最中なんだけどな。なあ、遠坂さん」

 その言葉に凛の表情が固まる。

 横島が後ろに振り返ると、士郎やセイバーも同じように固まっていた。

「え、ちょっと待て。そんな考えでいたのは俺だけ?」

「多分ね。私も今の状態で戦う気はないわよ。半人前のマスターも居ることだしね」

 横島の言葉に凛が答えると、横島は誤魔化すように頭を掻く。

 やがて、交差点にやってくると凛が振り返る。

「ここで別れましょう」

 凛はいうと士郎に視線を向ける。

「これで私の義理も終わったし、次に会う時は敵同士だから」

「ああ、そうだな。ありがとう、遠坂のおかげで助かった」

 士郎が言うと横島も頷く。

「俺たちは、しばらくは衛宮さんと共闘する事にしようと思う。色々と調べなきゃいけないことが増えたからな」

「分かってるとは思うけど、私たちの邪魔をするようなら」

「それはお互い様だって。何か調査で邪魔になるようだったりするなら、戦うことになるんだろうな」

 横島の言い方にタマモがため息をつく。

「戦いたくない気配がしてるんだけど」

「俺は痛いのが嫌なんだって。人を傷つけたくもなけりゃ、殺すなんて以ての外なんだよ」

 その時、アーチャーが姿を現すと横島を見る。

「そんな夢みたいな事が実行できると思うのか? 向こうはお前の気持ちなど関係なく向かってくるぞ」

「だろうな。だけどさ、話し合いで済むなら一番だよ。この世の中には話が通じない奴がたくさんいるけどさ」

 横島は苦笑いを浮かべる。

「実力行使は最終段階だよ。どの時点を持って、最終段階と言うかは明確な基準は無いけどさ」

「なるほど」

 アーチャーは頷くと、凛を見る。

「ああ、俺から一つだけ。遠坂さん、色々と悪かったな。結構気を使わせただろ」

「まあ、これは私の義理だから。敵同士なんだし、そろそろ別れましょうか」

 凛はいうと、士郎がうなずく。

「遠坂って良いやつだな」

 士郎の言葉に凛が照れ隠しに髪の毛を触りながら背中を向ける。

 その時、凛が立ち止まった。

 横島も苦笑いを向ける。

「ほら、釣れた。フィッシュ・オンって随分と大物が釣れたな」

 横島はおどけるが、それに対して何かを言う事は出来ない。

 遠坂が進もうとしていた道は坂道。その坂道の中程にそれは居た。

 出来れば一日に二度は会いたくない相手。先ほど大暴れをして言った少女。

「また会っちゃったね」

 そこに立っていたのはイリヤだった。

「はじめまして、遠坂のマスター。私はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン」

「貴方が、衛宮君を襲ってた相手なのね」

「そうね。そこのGSさんとセイバーに邪魔されちゃったけど」

「なら、今度はアーチャーとセイバー、そして横島さんの三人を相手して戦う自信があると言う事?」

 先ほどバーサーカーと戦っていたが、この交差点と言う場所は……バーサーカーに最も適したフィールドかもしれない。

 凛の言葉に横島は周囲を見渡して、気づいた横島は思わず青ざめた。

「バーサーカー、おいで」

 現れる巨体は大きい。見上げるような形になって、迫力はさらに増している。

 余分な力を抜く。そして、バーサーカーを牽制するように立つ。

「一つ聞かせてくれ、イリヤスフィール。ここで待ち伏せしてたってことは、いつから待ってたんだ?」

「教会から出てきたぐらいからかな」

「で、その時から襲わないでここまで待っていてくれた、と」

 横島は腕組みをする。

「え、どういうことだ?」

「つまりは、イリヤの狙いは衛宮さんか俺だって事だよ。いや、衛宮さんに確定かな」

 厳しい表情でイリヤとバーサーカーを見つめる中、彼女は楽しそうな笑い声を上げた。

「どういうこと、横島」

「俺もタマモも、彼の家にお邪魔しただけだったろ。あの時は……俺たちを狙うなら、もっと最適な場所があったはずだ」

「そうか、夜の学校」

「彼女は衛宮士郎って人間を狙ってる。それがなんだかは分からないけどさ」

 言葉を彼女は静かに聞いていた。

 そして、バーサーカーに触れる。

「大体会ってるかな。だけどね、私の目的を教えてあげる。確かに聖杯は必要だけど、それ以上にお兄ちゃんを殺すこと」

 横島はその目を見て、ゾクリと体を震わせる。

 冷徹で冷酷。同時に何か寂しそうな瞳。

 何度も見たことがある目だ。悪霊が持ってる執着した瞳。

 年相応じゃない。横島が彼女の本質を間違えていた、そう感じたとき……

「じゃあ、お話ばかりしてたってどうしようもないから、こっちから行くね。やっちゃえ、バーサーカー」

 住宅街に響く雄たけび。高低差を利用して駆け下りてくる。

「その前に先制攻撃有りのハンデ戦にしてくれたっていいじゃねえか!!!」

 手に大きなサイキックソーサーだがこの程度では致命傷どころかかすり傷程度しか与えられないだろう

 だが、やらないよりはマシ。サーヴァントとの戦いにおふざけは死につながるのだから

「サイキックソーサー!!!」

 手に現われた盾を投げつける。それを避けずに向かってくる巨体。

 この程度でやられては英霊とは呼ばれない。彼には彼なりの本能がある。

 だけど、横島のほうが一枚上だ。戦いの化かしあいは、師匠の美神令子譲りで上手い。

「ブレイク!!」

 単純な攻撃と思われていたサイキックソーサーが声と同時に細かく割れ、無数の霊気の破片がバーサーカーにぶつかった

 相手は巨体、アレだけの巨体ならば小回りが聞くはずもないし、バランスも悪い。

 少しの衝撃があれば倒れるはず……というのが横島の作戦である

「■■■■■ーーーー!!!!」

 だが、そんな思惑をどうにかしなくて、何が狂戦士バーサーカーのサーヴァントと呼べるのだろう。

 彼にはそのような攻撃が効くはずも無いし、彼に取っては横島はただの雑魚なのだ

 そんな人間が英霊同士の戦いに介入するなど、英霊の戦いを舐めている。

 バーサーカーは横島に向けて叫ぶ言うように怒鳴ってくる。

 だけど、ここまでは横島も計算していた。

「ちっ、やっぱり効いてない!!」

 振り下ろされる斧剣。横島はその一撃を『速』の文珠で脇をすり抜けるように回避する

 その瞬間、同時に懐から一千万と書いてある札を取り出すとバーサーカーの足に貼り付けた。

 バーサーカーの足元で起きる爆発。いつもなら考えられない姑息な手段だが、これならばダメージを与えられるという自信があった。

 破魔札とは霊気を使った爆弾のようなものだ。使用者の霊力と値段によって威力は格段に違ってくる。

 本来、横島の攻撃手段はランサーと戦ったときのようなサイキックソーサーと霊波刀に文珠を加えてのトリッキーな攻撃。

 だけど、霊体を相手に戦うならば、本来なら破魔札を中心に使う、この戦法のほうが遥かに都合が良い。

 その結果、バーサーカーの足に擦り傷程度の傷がついているのが分かる。

 対サーヴァント戦ならば魔術師よりも幽霊退治の専門のGSの方に分があるのだ。

「凄い」

「紙一重だけど、凄いテクニック」

 タマモと士郎が同時に声を上げた。

「GSって、どこまでできるのよ」

 バーサーカーを相手にして、横島は確かに互角に戦っているように見える。

 それを士郎と凛は驚愕の気持ちで言うが、GSが全員が出来るかと聞かれたら否だ。

 横島でも、実際は互角とは言えない。

 事実、これまでで頭の中で描いた作戦はすでにバーサーカーに八割以上持っていかれている。

 それだけ、このバーサーカーが規格外すぎるのだ。

 もし、自分以外にこの化け物とまともにやりあえると言ったら、知り合いなら雪之丞しか横島の頭には思いつかない

 特殊条件下で美神美智恵、ドクターカオス、六道冥子といったところだ。

 残念ながら、他のGSは実力が違いすぎる。バーサーカーならば、数瞬でひき肉になるだろう。

 愚かなことを考えている間にも斧剣による攻撃は続く。

 それを文珠の効果とはいえかわし続ける横島。

 バーサーカーが単調であり、それ以上に速い攻撃を体感したこともあるからこそ、避け続けられているだけ。

 一瞬の遅れで横島の位置を通過している攻撃も多く、横島の攻撃は慣れ続けられていると言った方がいい。

「援護、援護が無いとマジでキツイ!!」

 横島は後方に跳ぶ。バーサーカーによって崩された態勢を立て直すために。

 だけど、バーサーカーはそれをさせない。

 この人間だけは普通の魔術師とは別格の実力を持っているから最も自由にさせてはいけないと本能で感じていた。

 突然、横島に笑みが出る。

 どうやら、横島の賭けは当たったようだ

 チップは横島の命、賭けの対象は大きな隙を見せたときに横島に注意を引かせること。

 バーサーカーは、この段階で横島しか見ていない。

 最大の戦力を見逃している。

「今だ、セイバー!!!」

 その後ろからセイバーが攻撃を仕掛けた。まさに絶好のタイミングだ。

 セイバーは横島の狙いを理解し、今の今まで援護に入らなかった。

 流石は英霊。流石は最優の英霊、セイバーといったところだろう。

「■■■■■ーーーー!!!!」

 バーサーカーとて、そう簡単にはやられない。

 振り返りざまに斧剣を振るう。それは完全に奇をてらった攻撃。避けることなど本来なら出来るはずが無い。

 それを止めることが出来なくて、何が剣士セイバーのサーヴァントか。

 そう言わんばかりに、斧剣を受け止めたが飛ばされる。だが、空中で回転すると綺麗に地面に降り立った。

 その姿はまさしく騎士の姿。最優の英霊は伊達ではない。

「驚いた。単純な能力だけならセイバー以上じゃない、アレ」

 凛の言葉にタマモはうなずく。

「横島、どういうこと?」

タマモの問い。横島は苦虫を噛み潰したような表情をして、口を開く。

「くそっ、ヘラクレスは完全にパワータイプってのは間違いないけど、力負けどころか技術まで負けているじゃねえか!!」

「えっ、まさか…ギリシャ最大の英雄ヘラクレス!?」

 横島の言葉に問いかける凛。横島は頷くと出来る限り圧縮した霊気の盾を投げつける

 だが、それはすでに横島に注意をひかせるほどの威力は無いらしい。だが、後ろに軽いやけどのような物があるのは効いている証拠。

 だけど、今は横島よりもセイバーに注意を向けているのだ

「Neun,Acht,Sieben九番、八番、七番!!」

 凛の詠唱と同時に宝石から無数に放たれる魔力の弾丸。その威力は雪之丞の収束霊波砲をはるかに越える濃縮された魔力弾。

 だが、それはすべて弾かれた。

「弾かれた?」

「違う、ただ単に効いていないだけだと思う。Aランク以上の攻撃で無いと傷つけることは無理とか言ってた」

「そう、以外に情報を持っているじゃない」

 凛は苦情を言うが、本気ではない。

 おそらく、凛自身も同じ選択肢を取っただろう。

 横島が走り出そうとする。セイバーが押され始めたのだ。

 そのとき、もう一つの戦力の存在を思い出した。

「はっ、アーチャーがいない。さてはあいつ逃げたな!!!」

 アーチャーの姿が見えない事に横島は気付いたのだ。

 その言葉に凛がため息をついた

「アーチャーは援護の為に本来の戦い方にしてもらっているの」

 バーサーカーには確かに弓矢の攻撃が当たっている。

「マスターを狙うようにも言ったんだけどね。向こうが慢心を見せてくれないのよ。射線を塞ぐようにバーサーカーが居るらしいわ」

 横島の奇策が成功した辺りから、弓矢の援護がバーサーカーに当たっている。

 横島が気付かなかった理由はバーサーカーには通用していないし、気にもしていないから。

 このままではジリ貧。セイバーがやられるのはそんなに長い時間がかからないだろう。

「伸びろ、栄光の手!!」

 いきなり、走り出した横島が霊波刀を取り出すと大声で叫んだ。

 手に準備していた霊破刀が伸び、バーサーカーを突き飛ばす。

 横島はバーサーカーに対して決定打を打つ事は出来ない。だけど、この程度の嫌がらせは出来る

「いまだ、セイバー!!」

 横島の声と同時にセイバーが飛び出す。その一瞬だけの隙、同時に最大のチャンスを逃すセイバーではない。

 バーサーカーを肩から斬りつけた。肩から血が滝のように流れる。

 普通に考えれば、生きていることは無いはず。

 横島の中では違和感があった。

 イリヤが驚いた表情。そこにはバーサーカーが倒された……と言うよりも別の表情が浮かんでいたから。

 普通は生きているはずが無いのだから。だが、横島は違った。イリヤの驚いた表情が見えたが

「へえ、バーサーカーを一度殺すなんて。やるわね、セイバー」

「サイキックソーサー!!」

 回復しつつあるバーサーカーに一撃を加える。その爆発で全員は正気に戻った。

 そのヒントで横島は気付いたのだ。

 そんな理不尽な敵とは何度も戦ったことがある。

 生命が二つあったノスフェラトゥ、本体を隠してきたデミアン、分裂し自身を隠すベルゼブル。

 だからこそだ。バーサーカーは死んでいないと見破れた。

 倒れた時に戦っていた中で驚いたのは横島だし、相手はギリシャ神話のヘラクレスと言う最大級の英雄。

 世界的にも最も有名な大英雄はこんな容易く打破できる相手ではない。

 その攻撃で回復しつつあることに気がついたセイバーは距離を取る。

 おそらく、彼女も横島の攻撃が無ければ気がつかなかっただろう。

「十二の試練ゴッドハンド」

 イリヤの言葉で横島は文句をつぶやきながら、ため息をついた。英霊は必ず一つは宝具のようなものを持っているらしい。

 概念すらも宝具になるとは思わない。

 つまり、彼は十二回死ぬような試練を受けたわけなのだから、今は第一回目の試練を自分らは超えただけに過ぎない。

「つまりのところ、あと十一回殺さなければならんのか。やっぱり卑怯や!!!」

「バーサーカー、一気にセイバーを倒しなさい」

「■■■■■ーーーー!!!!」

 バーサーカーが吼えた。そして、一気に距離を縮めてきた。

 スピードが尋常じゃない。以前の倍速で突っ込んできたのだ。

 たとえ、セイバーでもアレは無理だ。

「令呪の後押し!?」

「セイバー!!」

 凛が叫び、士郎が駆け出す。

 予期してなかった事態。士郎は彼女をまだ見くびっている。

 セイバーの視線はバーサーカーを捉えている。一撃ならば防げる状況だ。

 士郎はその攻撃から庇おうと動いている。

 絶対に無理だ。防御に特化した技で何とかなるかと言う処。

 つまり、現状で防ぐには横島の文珠でしか無理だ。

 横島は士郎を止めるために走り出す。文珠を使っての移動でギリギリのタイミング。

 だが、それを防ぐような事態が発生した。横島の頭上から降り注ぐ矢の雨。

 攻撃の方向に居たのは赤い英雄のアーチャー。

 わざわざ見えるような場所からの攻撃は確実に横島を狙った攻撃だった。

「横島、避けて!!」

「なっ!!」

 タマモの声に横島は何とかその矢を弾く。だが、矢の雨は弾ききれる物ではないことは横島も承知済みだ。

 命中する物だけを防ぐ。余波でのダメージ、かすり傷程度は考えない。

 攻撃には意味があった。

 霊波刀で致命傷になるような攻撃は防いだが、傷だらけの身体に完全に足が止まってしまったからだ。

 つまり、ギリギリ届くタイミングから、絶対的に間に合わないタイミングに変更させられる。

 逆に士郎とセイバー、バーサーカーの位置関係。それはまさに絶妙のタイミングだ。

 セイバーを弾き飛ばしても、衛宮士郎は一刀両断されるタイミング。

「間に合わない!!」

 横島は見えてしまった。偶然ではあるが、アーチャーの笑みが、そして何を言ったのかも分かってしまった。

 今の攻撃は横島忠夫を殺すためじゃなくてただの足止めだったというのだろうか?

 良く考えれば、アーチャーから視線を外したのは大間違いだった。

 だからこそ、姿が消えた時点で逃げてくれれば良かったのだが……このような姑息な手段を使うとは思わなかったがこれは戦争

 それが許せるかと聞かれれば許せるはずが無い

「ふざけるな!!」

 ならば、それを実行しなくて何をする。アーチャーの思惑を完全に叩き潰す。

『倒』の文殊、それを『速』の文珠に乗せて投げつけた。

 絶妙なタイミングだったのは偶然だ。文珠の存在がバレても構わないという一発。

 大きくバランスを崩したバーサーカー。行ったのは文珠による重力制御。

 だが、バーサーカーはさらに踏み込んでくる。

 稼げた時間は僅かに十分の三秒、これだけの差だった。十分だ、それだけあればセイバーはその隙に体勢を立て直す。

 だけど、横島が考えていた以上に士郎は速かった。攻撃をセイバーが受ける前に士郎が到着したのだから。

 バーサーカーの身体が地面に沈む。大きな巨体を地面に体をめり込ませながらもセイバーに斧剣を振るったのだ。

 セイバーも剣を構えていた。そのとき、士郎がセイバーに割り込み言う潰れるような音が交差点に響く

 夜の交差点に肉が潰れる音とコンクリートが破壊される音が響く。

 僅かな差、それは衛宮士郎を真っ二つにするタイミングも瞬きするくらいの差で違ったようだ。

 上半身と下半身は泣き別れになっていない。

 だけど、それだけのことだ。人間を殺すには十分すぎた一撃だった。

 斧剣は腹部をえぐっていた、息をしているのは分かるが確実に致命傷。

 彼を助けることなど、できはしない。

「このっ!!!」

 その時、横島忠夫の中で何かが切れた。心の中で何かが弾ける。怒りだと感じるまでに時間はかからなかった。

 文珠の数など気にしない。今、気にすることは、目の前のバーサーカーを殺すことだ。

 何が何でも目の前の敵を排除する。その後は流れ次第。

『超』『加』『速』

 手から緑色の光を纏った文珠が発動する。もう、ばれることは考えない

 今は目の前の障害バーサーカーを排除することしか考えない。そうでなければ、生き残れない。

 現状、衛宮士郎、セイバー、遠坂凛、アーチャー、横島忠夫、タマモ VS イリヤすフォール、バーサーカーだった物が

 セイバー、横島忠夫、タマモ VS アーチャー、遠坂凛、イリヤスフィール、バーサーカーになってしまっている。

 戦力が拮抗、もしくは向こうが有利になってしまっているのだ。

 栄光の手を構える。文珠で相手を圧倒する速度を。

 そして、栄光の手でバーサーカーを倒すほどの収束を。

 普通の霊波刀では目の前の化け物には通じないかもしれない。

 もし、魔神大戦や三咲事件までならば言いきれただろう。

 サイキックソーサーの籠める霊力を大きくしたように、栄光の手にも籠める霊力を大きくする手段は存在している。

 その時は皮膚が破けて、大怪我と言っても良いほどのダメージはあったが、使えた。

 今は出し惜しみをしている暇はない。

 栄光の手の色が変化した瞬間、横島の姿がぶれた。その一瞬、姿を見たものは誰もいない。

 何故なら、相対していたセイバーも含めて、全ての視線は衛宮士郎に集まっていたのだから。

 だから、バーサーカーの胴体から刃が突き出た瞬間も気がつかなかった。

 若干のバーサーカーの揺らぎ、同時にわき腹から大きな出血をした瞬間、気が付いたのだから。

「嘘、何の攻撃!?」

 イリヤの驚く声が聞こえるが、バーサーカーを攻撃したものは見当たらない

 それもそうだろう。バーサーカーを殺した相手は……

 横島はすでに衛宮士郎の隣にいたのだから。余りのスピードと、横島が片腕から大きく血を流しているのを見て気が付いた。

 バーサーカーに大怪我をさせたのは横島だと。

「やばい。これ、とんでもなくグロい状況だ。内臓とか飛び出てやがるし」

 舌打ちは自分に対してか、まだ撤退しないバーサーカーに対してか。

「タマモ!!」

「わかってる!!」

 遠坂凛はそれに固まった。タマモがアーチャーの攻撃に対して凛を盾にするような位置に立つと、凛を睨み付けた。

「動かないで。今動いたら、焼き殺すわよ」

 凛はその言葉が嘘だとは思えなかった。

 それほど冷たい声、視線。

 タマモが妖怪と言う言葉に間違いがないと、ここで初めて理解した。

「イリヤスフィール、ここは本当の一時停戦にしないか?」

「……わかったわ。今日のところは、退いてあげる。だけど、次に会ったら殺すわ」

 そのまま、戦闘を続けることなく去っていくイリヤ。それを追う人間はいなかった。

 タマモと凛、アーチャーがにらみ合う中、横島が治療を始めた。

 白い光が衛宮士郎を包み込む。

 ただ、それが彼の命を救うものになっているのかは疑問だ。

「やばい、まじで息も弱くなって着てやがる。衛宮、意識をしっかり持て!! くそっ!!」

 横島の叱咤する声が、士郎の耳には聞こえていたが、意識は朦朧としており文珠で治療している中で無くなりつつあった。

「ヤバイ、マジでヤバイ……」

 とりあえず、血だけは止めようと努力はしているのだが、血が止まっても内蔵が完全に持っていかれている。

 こうなっては例え、彼が三時間持つとしても助ける手立てが無いこともは医学知識が足りない横島でも理解できていた。

 横島の中には一つだけ思い浮かぶものがあった。

―――ルシオラ

 一瞬浮かんだ幻影は夕焼けの中で立っている彼女だ。

 あれから、二年の月日が流れた。

 横島自身、あれから成長しているはず。

 それでも、自分には命一つ救う力もない。

 許せない。攻撃したやつも許せないが、自分がとてつもなく許せない。

 あの頃から成長したと言い訳をしていて、実際には全然成長していない自分が許せなかった。

「くそっ!!」

 横島は治療を止めて、地面を殴りつけながらアーチャーを見る。

 それは横島を馬鹿にしているような表情。

 沸いてくる怒りが消える。今あるのは怒りを通り過ぎた境地だ。

 文珠を使っているときに気づいたことがある。

 衛宮士郎の体に何かの力が働いていることは分かった。

 それは復元作用に近い物があるとは分かったが……いかんせん、時間が足りない。

 だが、その力を持っていたとしても何処か一つの内臓が潰れただけでない。

 内臓の半分以上どこかにもって行かれた体では内臓を復元するのは難しいのだろう。

 だけど、その能力を一気に開放する手がないだろうか?

「そうか、ある!!」

 一つの希望。それはその力に賭ける方法。

 すでに文珠の力では治すことが出来ない。中にある力でも直すことが出来ないのだろう。

 だけど、10+10は20になるが、10×10は100になる。

「行うのは、足し算じゃない。掛け算だ!!」

 諦めるならば、やるだけやりたい。最初から自分で出来ないなんて言うなら、それは本当にあの頃から成長していない。

「なら、全部あがいて!! それから後悔してやる!!!」

 そう、後悔は全てやってからするものなのだから。

『増』『幅』と文珠に書いて患部に当てる。すると、次第に細胞と細胞が繋がり始めるのが目に見えて分かった。

 それはまさしく奇跡。そう、死にかけた…半分死んでいた肉体を生き返らせることができたのだから。

 三十秒もしないうちに血液は止まり、一分もすると全身がまともな状態に戻った。

 まさか、増幅でこれほどまでの効果が表れるとは思わなかったが、目の前で起きた奇跡は尋常ではない。

 文珠ですら出来る範囲を超えていた。

 つまり、衛宮士郎が持っていた何かで回復したわけだ。

「なんとかなりそうだな」

 横島は立ち上がると、凛を見る。彼女は何も言わず黙っていた。

「どういうことか、説明してくれないか」

 ふと見ると、セイバーはアーチャーの方を警戒している。

「あなたが見たことがすべてよ」

「横島、私が確保しながら言うのは何だけど、こっちは関わってないと思うわ」

「と言うと」

「だって、一番驚いてたのは彼女よ。むしろ、問題はあっちね」

 横島は頷く。

 その視線の先にはアーチャーが厳しい顔をして立っていた。

 横島とアーチャーの視線がぶつかる。

「てめえ……!!」

 抑え込んだ怒声。タマモはそんな声を聴くのは初めてだった。

「なぜだ、言え!!」

「マスターに命令されたから。そうとは思わんのか?」

「あり得ないとは言えないけどな。半分確信してる、お前の独断だってな」

 横島とアーチャーは睨み合う。

 黒い弓を手放していない処を見ると、状況次第では戦う処までは考えているらしい。

「単純な話だ。ここでセイバーのマスターが消えれば、人間である君の対処は簡単だと思ってね」

 タマモは正論だと思う。ここで衛宮士郎を排除すれば、一時的には消える。

 だけど……

「そんな事だけか?」

 そう、彼の言ってることは矛盾してる。彼にあのバーサーカーを倒す秘策があるというのだろうか。

 セイバーは言わずもがな、バーサーカーに対抗出来たサーヴァントだ。

 横島も何とか相手にすることができる存在。

 戦力としては過大。だけど……

 タマモがアーチャーの立場なら、今回は戦力の評価を中心にする。

「そんな事だけで、停戦破りをするのか!!」

「するさ。それが聖杯を手に入れるためならばな」

 話していても拉致があかない。

 単純に言えば、横島とアーチャーの持つ価値観が違いすぎるからだ。

 となれば、どうなるか。

 ぶつかり合うのは当然だ。

「お前に幾つか聞きたいことがある」

「なんだよ」

 アーチャーの問いに横島は答える。

「お前は一体何のために戦っている。人のためか、名誉のためか」

「自分のために決まってんだろ」

 横島は堂々と言ってのける。その言葉にアーチャーは呆然として、横島を眺めるしかなかった。

「誰かのために戦う? 名誉のために戦う? どちらも自分のエゴだな。結局は自分のためだ」

「なんだと?」

「それがおかしい事か? 価値観なんて違うんだ。その価値観によって戦うに決まってんだろ」

 アーチャーの視線は横島を睨み付けていた。

「そこまでよ、アーチャー。信じてもらえないかもしれないけど、サーヴァントの暴走は私の責任。謝罪するわ」

 凛の言葉に横島は一瞬だけ毒気を抜かれた表情になる。

『アーチャー、これから二十四時間の間、GSを含めるセイバー陣営への攻撃をしてはいけない』

 その言葉にアーチャーは驚いた表情をしたが、凛が横島を見た。

「令呪でアーチャーを縛ったわ。これで二十四時間はアーチャーはセイバー陣営に攻撃できないわ」

「リン、貴方は」

 セイバーの声に凛が難しい表情をする。

「停戦協定を破棄して、共闘中の裏切り。はっきり言って褒められたものじゃないけど」

 タマモは横島を見る。

 横島は黙って、アーチャーを睨んでいた。

「攻撃したいならしたら良いわ。先に協定を破ったのはこっちだし、その権利はそちらにある」

 凛の声に横島は大きな溜息を吐いた。

「これで攻撃したら、俺たちが悪者だよ」

「そうかしら。横島がそう思うなら良いけど、別の対価とかは?」

「タマモ、俺を試してるんだろ。すでに令呪を使ったって言ってるだろ」

「敵が弱い時に叩く。常識よ?」

「その結果、俺たちも裏切られると。聖杯戦争を早く終わらせるのは目標だけど、俺は何が何でもじゃない」

 横島は士郎を見る。

「だから判断は、俺は衛宮さんに任せた。まあ、あいつには色々と言いたいことがあるけどな」

 横島がアーチャーに視線を移す。

「アーチャー、俺はお前が何者で何処の英雄なのかは知らん。だけど、お前は倒すべき敵だってことは分かった」

 それは横島からの宣戦布告だ。

 GSの誰もが見れば、とんでもなく珍しい光景と言うに違いない。

 このように明言したのはアシュタロスだけだからだ。

 横島の視線に耐えかねたか、アーチャーは姿を消す。霊体化したようだが、霊視では留まってこちらを見ているのが分かった

「話も終わったみたいだし、衛宮君を運びましょ。ここに放っておいたら、流石に風邪をひくわ」

 凛の言葉にセイバーは頷くと士郎を担ぐ。

 タマモが先導し、それにセイバーや凛が続く中、横島はアーチャーから警戒の視線を外そうとしなかった。







 横島達が衛宮家に帰っているころ、とある洞窟内では大きな光と共に一人の男性が降り立っていた。

 祭壇のように小高い場所。魔力が集まる場所に一人の男性が立つ。

 漆黒の法衣。そして顔を隠した頭巾をつけた表情からは何も読み取ることが出来ない。

「なるほど、俺が八番目として呼び出されたのはこいつのおかげというわけか」

 男は声を上げて笑った。愉快気に、楽しそうで、だけど頭巾から見える目は笑っていない。

「だが、この世、全ての悪アンリマユ。俺を呼び出した事は完全な間違いだぜ」

 その言葉に何かが応じたような感触と共に、男性は首を動かす。

「そうだ。お前が人間界の悪を背負って悪となったように、俺も三界全てを敵に戦ってこの名前を得たんだ」

 男性は言うと、魔力が回り始める。

 手からは小さな珠が幾つか現れた。

「お前が何をしたくて生まれたいかは知らんし、お前が何をたくらんでいるのかも知るつもりもない。
 復讐者として俺が出てきて、俺がお前の魔力カスを使って現れ、復讐者のクラスを継いだ以上はお前の出る場面はない」

 そう言うと、珠は魔力の塊に投げ込まれた。

「消えてしまえ、この世から永遠に。お前が居たという事は、このアシュタロスが認めてやる」

 何かの闇が蠢く。それは何かの光が下で発した瞬間に消えた。

「しかし、偶然ってあるもんだな。世界の意志っていうのはこんなに便利なものか、なあ、■■■■。
 いや、偶然じゃないか。俺はお前を助けたかった。それ以上にお前が幸せになる世界を、もっと見たかった」

 手の中のものを見つめて呟く男。

 表情は頭巾に隠れて見えないが目は極めて穏やかで、また見ようによっては泣きそうになっているとも見えた。

 表情にあるのは悲しみだった。

「だけど、この世界ではお前を助けることが出来そうだよ。■■■■」

 その先にあるのは希望だ。

「その為には、今まで流したのに加えてさらに血を流さなければならないんだ。だから、俺のことは恨んでも良い。責めてくれても構わない」

 彼は言うと、その祭壇から歩き始める。

 ここは彼にとってはまだ早い場所だ。悲しみを癒し、希望を取り戻す場所としては、その時期に至っていない。






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