閉館した東京タワー。展望台には黒い法衣を着た男性が立っていた。

 黒い法衣を着た男性は、明るい街並みを見下ろしている。

「明るい世界が懐かしい、か」

 ポツリとつぶやいた言葉何だったか。

 先ほど、自販機で買った缶コーヒーを飲む。甘いその味は味わい深く、そして懐かしい味だ。

 人がいない静かな光景。その中から彼は、眼下に広がる人の営みを恨みと憎しみと、懐かしさをもって見つめていたのだ。

 英霊となった自分を恨んでいる?

 英霊となる原因のあの女を憎んでいる?

 そして、まだ生きている、あの頃は仲間と呼ばれた人々を懐かしんでいる?

 今となってはもうどうでも良いことなのに、何故そんな事を考えてしまうのか。

「はあ、人の町ってこんなに明るいモンだったんだな。どう思う…アサシン」

 黒衣の男は背後に立つ侍に尋ねた。

 男の言葉を聞いて、侍はおかしそうに含み笑いをしている。

「変な物を使って聖杯の範囲から抜け出したと思えば江戸散策とはな」

 アサシンのサーヴァントはニヤリと笑う。エレベーターホールには三人の男が倒れていた。

 彼らは警備員で、偶然発見されてしまったのだが、当身を食らい朝までは起きないだろう。

 彼らから小銭を失敬して缶コーヒー代を。まあ、敗者の定めだ。

 身ぐるみを剥がれなかっただけでもマシと思ってもらおう。

 まあ、アサシンも窓から観察していたので、江戸観察も満更ではないのだろうが。

「散策は一つの情報収集だぞ。アサシン」

「情報収集か。確かにそれは言えるが、江戸まで来ることがかな?」

「確かに、俺はここに用事があってきた」

 アサシンと呼ばれた男はククッと笑う。

「どう思う、この町を」

「ふむ、その意味は分からぬが、滑稽だな。心を失っておるよ、そこの連中も昔の人間ならば命を懸けて、我らに抵抗したであろうに」

 少し厳しい言い方だが、彼の言葉に目の前の男は頷いた。

「腹に開けられた穴を修復して、ランサーと気が済むまで戦わせて貰った礼だ。貴殿のやることというのを静かに拝見させてもらおう。
 何、この身が残っていること自体が一つの夢幻のような物。例え、何が起ころうとわが身が消えるだけよ」

 男は口元を歪める。その言葉に笑みを漏らしたのだ。

 やがて、大きな気配が小さく変わる。その手に握られた何かを見つめて、口元は優しげに微笑んでいた。

「何とか、わずかだが集められたな」

「何を、とは聞かんが、その大事に持っているものは大切な物なのか?」

 黙って頷く男は、アサシンには何も答えてくれなそうだ。

「まあ、良い。われらは聖杯戦争ではイレギュラー、アサシンの座を奪われたアサシンと第八のクラスのアヴェンジャー。
 残された聖杯戦争に合流する前に、江戸から東京と名を変えた都市を散策してみるのも一興だろう」

 フッと笑うアサシン。それに無言で頷くアヴェンジャー。

 その様子は楽しそうで、何が起きるかを待っている観客のような表情だ。

 アヴェンジャーはふと下を見る。

 東京タワーの近くにチラチラと見える警告灯。パトカーだ。

 流石はオカルトGメン。冬木には気がつかなくとも、東京では彼らに分があるらしい。

 回収のために魔力を大きくしていたが、それに早くも気づかれたらしい。

「美神美智恵か、西条輝彦かわからないが、流石だ。動きが速い。」

 アヴェンジャーは後ろを振り返ると、アサシンが頷いた。。

「行くとしよう。どうやら、我等を捕まえに来たようだからな」

 まだ、事を大事にしたくはない。

 下手に大ごとにして、アシュタロスの二の舞にはなりたくない。

 アサシンとアヴェンジャーは窓ガラスを割ると、東京タワーから飛び降りた。

 数分後、大展望台に上がった警察官達が見たものは床に転がされた警備員と割られた窓ガラスだけだった。






 思わず、自分が行っていたような感覚に横島は目覚めた。

 すでに空は明るい。

 明け方まで見張りと、衛宮士郎の様子を見てて、タマモと交代で眠りについたのだから、明るいのは確かだ。

 問題は今の夢だ。一般人なら、ただの夢で笑って過ごせるがGSの場合は違う。

 シックスセンス。つまりは、第六感というのが働いて見せている事がある。

 それにしても……

「なんだったんだ…今の夢は」

 言葉に出した言葉に尽きた。

 自分が話したような感覚。あの侍は一体何なのだろうか?

 とりあえず時計を見る。

 時間はすでに二時近い。お昼をすでに過ぎていた。

 昨日の夜が遅かったことから考えれば当たり前で、寝坊も仕方ない。

 それに霊力の枯渇もあった。爆睡は至極当然の結果だ。

 心苦しいのは今まで交代をしなかった事だが。

 横島はリュックの中を開くと、比較的小さなポケットに入っていた物を取り出した。

 眼鏡ケースのようなものの中に珠が十二個入っている。文珠だ。

 冬木に来て、横島はサーヴァントの脅威を目の当たりにしていた。

 切り札のはずなのに、切り札でありえない。死徒や神魔にも匹敵する化け物。

 戦うつもりは無かったと言えば、多少嘘になる。

 おそらく戦うだろうとは思っていたが、サーヴァントの実力は横島が想像するよりも上だった。

 はっきり言って、拮抗してるのは文珠頼みにしているところがかなり大きい。

 それでもサーヴァントは凌駕してくる。

 文珠だって大した物なのだ。

 文珠に込められた文字によって、その効果が発動する……横島忠夫のみが十全に使える武器。

 そして、効果は数と組み合わせ、制御次第では時間旅行や並行時空移動など、魔法と呼ばれる域まで辿り着ける。

 魔術師にとっては理想。今までの魔術師にでき得なかった神秘。

 アシュタロスですら脅威に感じ、横島を無力化させた。

 ただ、使いすぎた。ランサー、バーサーカーの二体だけで持っている数の半数を使った計算になる。

「ともかく…文珠はしばらく節約せんとな」

 文珠ケースから文珠を取り出すと、いつも取り出す場所にしまった。

 バーサーカーやランサーといったレベルが多いならば、セイバーやアーチャーでも同じくらいの数は使うのではないだろうか。

 横島が見る限り、セイバーやランサー、バーサーカーよりはアーチャーは一枚落ちる。

 三体が強すぎる。むしろ、そうでなくては困る。

「これは下手すりゃ死ぬな。マジで」

 とりあえず、今のところは無視できる状況。

 そちらよりも、まずは差し迫った問題。それは衛宮士郎だ。

「さて、衛宮の奴は起きているかな」

 客間で勝手に布団を引いて寝てしまった横島だったが、居間に出てみると誰もいない。

 セイバーが衛宮の部屋の前で警備についていたはずなのだが、彼女の存在も見当たらない。

 どうやら、何処かに出かけたようだ。

「今日は日曜だってのに、何処に行ったんだろうか」

「まったく、聖杯戦争中だって事を分かってるのか疑問ね」

 振り向くと、小さくあくびをするタマモの姿があった。

「衛宮さんなら、学校にセイバーと行ったわ」

「セイバーと?」

「とりあえず、GS横島の助手で衛宮さんの護衛という大義名分を付けるように言っておいたから大丈夫だと思うけど?」

 まあ、後で学校側に連絡を入れれば良いかと溜息を吐いた。

「死にかけた昨日の今日で出かけるか、普通?」

「私もすごく疑問に思うけどね」

 タマモは苦笑すると、すぐに顔を引き締めた。

「それにしても、ギリシャ神話のヘラクレスにアイルランドのクーフーリン。厄介な相手よね」

「そうか? 俺的には普通だと思うけどな。魔族とかと戦うときは割と」

「取り巻く環境が美神さんも横島もおかしいだけだと思うけど?」

 その言い分には一理ある。

 普通のGSはフェンリルとか、ベルゼブルとは戦わない。

 英霊の一種とすれば、菅原道真なども英霊の一種か。

 ノスフェラトウこと、織田信長とも戦った事を考えると……

「やっぱり、いつも通りの状況だな。いつもは単体、今回は複数なだけで」

 その状況がおかしいのではないか。とタマモは言いたかったが、ふと思い出したことを告げる。

「そう言えば、遠坂さんの事は放っておいていいの?」

「どういう事だ?」

「横島のことだから、綺麗な女性なら誰でも助けたくなるでしょ」

 タマモは言うと、横島は苦笑した。

「まあな。だけどさ、手助けの押し売りは良くないから。手を貸すとしても、アーチャーがどうにかなった後じゃないか?」

「そうね。とりあえずは敵で良いのよね。本気で排除するなら色々と出来る手段はあるんじゃない?」

「そうだな、色々ある。まあ、とりあえずは様子見していようか。それ以上に厄介な事は多いしさ」

 横島はため息を吐く。

「ランサーにバーサーカー、アーチャーか。姿が判明しているのって」

「後はバーサーカーのマスターとアーチャーのマスターね」

 タマモが苛めっ子のような瞳で横島を挑発する。

「タマモ、少しはマスターを倒す方法じゃなく、どんな英霊が居るかを調べる方向で行こうか」

「了解。じゃあ、セイバーの正体で想像できる人っている?」

「西洋系の騎士として女性騎士は居なかったからな。ジャンヌ・ダルクとか、後はシュバリエ・デオンとか?」

「誰よ、シュバリエ・デオンって」

「女装の天才。女性ではないかって噂があったからさ、ちょっと興味あって調べた事がある……男だったんだよ」

 涙を流しながら説明する横島の姿にタマモは溜息を吐くと、

「西洋は男が強い傾向にあったから、あまり英雄って居ないのよね」

「それ以前に騎士自体になれなかったからな。教会からの祝福とかなかっただろ」

「そうね、それ故に絞りやすいと思うんだけどね」

「もしかしたら、案外視点がずれてるかもしれんぞ。西洋の女領主とか」

 タマモはため息が出る。

 女領主まで含められたら、誰がどうなっているのか分かったものではない。

 シュバリエ・デオンはその一例だ。

 家のために女性が男性になり、男性が女性になるなど、歴史上では多くある話なのだから。

 日本の例でいえば、上杉謙信の女性説などは良くある話。

「歴史なんて、人間が描くからな。間違いの一つか二つは絶対にあるしな。
 捏造や誤記述が多く、今になっても新事実が見つかる中で男性か女性かのミスなんて分からないだろ」

 横島は言うと、腕時計を見る。

「そうだ、とりあえずは何か食い物を買ってこないか。寝るところを借りてるのに、飯までは問題があるし」

「……そうね。私達二人分の食費は自分達で払っても良いかも。じゃあ、油揚げよろしく」

「最終的に油揚げに落ち着くわけだな。タマモらしいといえばタマモらしいけどさ」

 横島は笑うと、少し思い出したかのようにタマモを見た。

「あと、俺は少し警察署に行ってくる。オカルトGメンとも連絡が取りたいからさ」

 横島は言うと、外に出た。






 オカルトGメンとは比較的早く連絡が取れた。理由は一つ、前回の聖杯戦争の内容と被害を警察から引き出すためだ。

 警察の調書は数十件、数千ページに及んでいる。

 今もなお、事件の本部が立っている案件もあるようで、数人の刑事と話すことも出来た。

 オカルトGメンから警察庁に連絡が行き、県警本部を通じて、所轄署に降りてきた事は事件の精査だ。

 その内の一部は子供の誘拐事件やビルの爆破事件。

 川に有害物質が流れたテロ未遂。

 次に冬木の大火事。

 すべての事件が警察の調書として残されていた。

 また、防衛庁などの資料も西条が取り寄せており、全て横島に丸投げしている。

 横島がそれらを見て思ったのは……

「聖堂教会は化け物か」

 未遠川毒ガス事件が起きた翌日、訓練していたはずの二機が廃棄されたのが嫌味とばかりに書いてあった。

 しかも、廃棄されたのは型番と戦闘機の名称はアメリカ軍が使っているはずの機体名しか書かれていない。

 日本改修型である事を示していないわけだ。

 ガス事件の中には戦闘機の話をしている人々の証言や化け物等も若干数あり、幻覚事件として処理されている。

「自衛隊の誇りが、思いっきり詰まってたな」

 横島は未遠川を見ながら呟いた。

 聖杯戦争で亡くなった人々に祈り……と言う事ではないが、少し見たくなったのが真相だ。

 オカルトGメンから送られてきた衛宮切嗣氏の情報が入っている。

「魔術師殺し、か」

 日本のGS協会ではわからない情報。それはオカルトGメンがそれなりには握っている。

 その情報が開示されたことで様々な情報が分かってきた。

「こんなこと知ったところで、どうにかなるって問題じゃないんだけどさ」

 横島は知った情報の重さにため息が出た。

 衛宮切嗣はこの町、冬木で亡くなっている。

 そして問題はここからだ。西条が徹夜をして集めてくれた情報だと彼は結婚をしていたらしい。その妻の姓が「アインツベルン」

 彼には娘と養子が居た。娘の名前は「イリヤスフィール・アインツベルン」で、養子が「衛宮士郎」

 様々な書類が書き換えられていたが、齟齬を見つけ出し横島に送ってきてくれた。

 苦労からして、次に西条に会う事があったら少しだけ優しくしなければ行けない。横島は少しだけ感じていた。





 横島は重い気持ちになりながら、スーパーの袋と共に江戸前屋と言うドラ焼きが包まれた袋を握っていた。

 夕暮れに入り始め、夕飯の買い出しにきたであろうおばちゃんに揉みくちゃにされたため、心身ともに疲労気味である。

 江戸前屋。おばちゃんたちが買っているのだろうから、美味しいのだろうと思うが……まさか、スタミナで負けるとは思わなかった。

 子供を育てた事があるおばちゃんたちのスタミナは素晴らしい。

 子供に負けないスタミナとパワー、両方を持っている。男には無いパワーだった。

「さて、早く帰らないと…」

 江戸前屋で起きた事は言うまい。休日のおばちゃんたちの列の中で一人だけスーツ姿の男性と言う場違いな格好だったのだから。

 色々と好奇心の目で見られましたとも。結果はドラ焼きが十五個なので十分すぎる収穫だが。

 これだけあれば、間食には困ることはない。

 冬場の夕暮れは速い。夕日はすでに横島の背後に落ち始めて、魔術師たちの世界は近づき始めている。

 本来はそうではないのだろうが、聖杯戦争に取ってはこれからが一番大切な時間。夜という時間はだ。

 だけど、普通に過ごしている人間の人間には昼間が大切な時間。

 そんな中で夜の世界に昼間の住人を狩る。これはまるで吸血鬼ではないか……と、横島は思ってしまった。

 この町には未だに吸血鬼が残っている。

 この町には聖杯戦争が始まっている。

 どちらも、表の世界では許されようの無い行為だ。

 そんな戦いが冬木で始まっている事を西条は驚いてたが、大したことじゃない。

 GSだって、本来では裏に居るような仕事だ。

 違うのは、秩序を守れるか守れないかの差では無いだろうか?

 遠坂凛やイリヤスフィール、会えば何となく分かるような考え方が居る中で……別の意味で化け物が居るのも事実だ。

 例えば、学園に仕掛けられた結界。あんなのはどんな人間が使うのかが理解できない。

 今起きている聖杯戦争の中で連続ガス漏れ事件のような物は英霊か魔術師が起こしている可能性も少なくないだろう。

 そんな外道が居る中での戦い。死徒や魔族、英霊ならギリギリだが、人間だったときに戦えるのだろうか?

 消えては新たな考えに頭を悩ませる。そんな時……

「何よ、このロリっ娘は!!!」

 なんか、こんな凄い大きな声が聞こえてきた。衛宮家の門の前までかえってきていたようだ。

 正気に戻らされた声の発生源は家の中。

「な、何だ!? 今のは、衛宮邸から聞こえて来たぞ!!」

 横島は荷物を持ったまま走り出し、そして……家の中に走った。

 そして、居間の中に入ったとき、その姿は存在していた。

 衛宮士郎に首を手にかけ、ガクガクと揺らしている女性が居た。

「こんな、三流エロゲーにも無い展開許せる分けないわよ!!!!!」

 それは確かに、あんた自身が居る時点でそんな展開は無いだろうと横島は心の中で突っ込む。

 オロオロとして見ている少女に、知らんぷりでテレビを見るタマモ、頷きながら煎餅を食べるセイバー。

 この状況、何処をどのように突っ込めば良いのだろうか?

 セイバーが止めない理由は何かあるのか?

「私がセイバーを止めたのよ。家族のふれあいを邪魔しちゃ悪いでしょ」

 横島の心の声は外に漏れていたらしい。

 タマモが言うと状況を把握した。

 どうやら、学校に行ったときに説明してなかったのだろう。自業自得だった。
 
 横島はため息をつくと、座布団に座る。

「二人も女の子を連れ込んで何をしようとしていたの!!!!」

 ガオーンと三度目の怒号。横島はそれを緑茶を飲んでいる時に聞いていた。

 衛宮士郎はそろそろ拙いかもしれない。顔が青くなりかけてる。

「おーい、それ以上やったら衛宮さんが死んじまうぞ。そういえば、タマモ。これ、お土産」

 新都に出た時に買った油揚げが入っていた。

 豆腐屋が作った物らしいので、味はいいと思うのだが。

「ありがと。衛宮さん、台所借りるわね」

 タマモが油揚げを持って台所の方へ歩いていく。足取りが軽いので機嫌が良いのは間違いなさそうだ。

 タマモの移動につられて、士郎を締めてた女性は手を離した。

 横島と目が合う。手に持っていた士郎と、横島を交互に見て……

「って、誰だーーーーーー!!!!」

 本日、四度目の咆哮。

 その姿はすでに獣。そこには女性の女の文字は存在しておらず、そこに存在しているのは

「まるで虎みたいな奴やな……」

「虎って言うなーーー!!!!」

 心の声がまた外に出てたらしい。

 鼓膜への直撃を受けて、畳をゴロゴロと転げまわった。

 その一撃はまさしく、脳まで揺さぶる一撃。昔で言うジャイアンリサイタルである。

 そんな音響兵器に直面した。

 衛宮士郎はおかげでバッドエンドタイガー道場からは逃れたらしいが。

「てめえ、耳元で怒鳴るなんて鼓膜破れたらどうするつもりじゃ、ボケ!!!」

 復活した横島が虎女に食って掛かる。

 だが、その程度ではこの獣は止めることが出来ない。

「あんたは、士郎の家にかってに上がっているのよ!!!」

 取っ組み合いになってもおかしくない光景。

 彼女は攻撃対象を横島に絞ったらしい。

「あのな、近所迷惑だから止めた方が良いと思うぞ。とりあえず、衛宮からは許可を貰っている」

 その言葉に目の前の女性は目を丸くすると、士郎に視線を向けた。

「確かにその通りだ、藤ねえ」

 衛宮が同意したことで、ううっとこちらを見つめる藤ねえと呼ばれる女性は肩を落とす。

 横島が男の以上、先ほどの三流エロゲーの言葉は使えない。

 いや……強硬に使おうとすれば使えるわけだが、それを使うのは恐らく幸せにはならないだろう。

 横島だって不幸なのだから。

「セイバーはGSの助手って事だっただろ。横島さんは除霊事務所の所長で、タマモさんはその手伝いだって」

「だけど、この人。士郎と余り変わらない年齢なんだけど。それにタマモさんだって」

 横島はポケットに入ったGS免許を取り出す。

 それを見て、藤ねえと呼ばれた彼女は少し視線を彷徨わせると、横島への攻撃を止めて、タマモに視線を向けた。

「よ、横島さんは大丈夫として、その子はどうなの。教師として、許可は出来ないんだから」

「一応、タマモも若手のホープなんだぞ。これから実地研修はやってくとして、それなら近くで除霊などを見て実戦経験を積ませたほうが良いんだ」

その言葉に藤ねえと言う女性は横島とタマモを交互に見た。

「まあ、学生ってのは正解だけどさ。だけど、六道女学院からも許可は出てるし、GSギルド、オカルトGメンからも出てる。
 公式に欲しいと言うなら、文部科学大臣辺りから許可の免状を取っても良いし。多分、オカルトGメンに頼めば出てくるだろ」

 横島は笑顔で伝える。

「もしかして、この件は西条さんや美智恵さんも関わってる?」

 オカルトGメンが動いているのか。タマモは尋ねたつもりだったが、横島には良い笑顔で返された。

「だけど、学生さんじゃ横島さんの迷惑になると思うんだけど。オカルトGメンって国連の組織よね?」

「元はインターポールの組織で二年位前に直属組織になった国連組織です」

 藤ねえという女性に答えると、横島はタマモに視線を向ける。

「確か、GS試験では歴代二位の最年少記録だったよな。同時に出たけど」

「そうね。最年少記録はシロって事になってるけど」

 タマモの言葉に士郎が感心したような声を上げた。

「藤ねえ、その前に自己挨拶忘れてる」

「あっ、私は穂群原学園で教師をやってます藤村大河といいます。こっちは間桐さんね」

「あ、はい。間桐桜です」

「横島です。よろしく」

 横島は手を伸ばすと、桜は手を伸ばそうとするのを止めた。

「横島、失礼よ」

「あははは、みたいだな。まあ、挨拶のつもりだったけど」

 横島の笑い。それにタマモが一瞬首を傾げた。本来なら、ここで転げまわって言い訳をしているはずだが。

「でも、何でGSが士郎のところに居るわけ? 本来ならホテルとかでとるべきはずだけど」

「ははは、実はこちらには簡単な除霊で来てまして……そこでちょっと強い亡霊に襲われる衛宮さんを見つけたんです。
 その後、此方に寄らせて貰ったんですが、衛宮さんを積極的に狙っているみたいでして」

「なんで、そんなのに狙われたの?」

「どうも、学校に居た霊みたいですね。学校ってのは色々な物を呼びやすいので」

 学校という言葉に大河は青ざめる。

 それは自らの勤めている穂群原学園に間違いないのだから。

「そこでなんですけど、明日に一度だけ穂群原学園の方に立ち寄らせて頂けないですか?」

「え、ええ、構わないけど高いんじゃないの?」

「それは大丈夫です。今回は色々と後ろについていますから、そちら側の経費で落とすことが可能なので」

 横島の言葉遣いに士郎がタマモに近づく。

「横島さんってああ言う言葉遣いも出来るのか?」

「一応、昨年は年商で数百億円の社長さんよ。大手企業からも依頼を受けるくらいに大きくなっているんだから」

 タマモが言うと、向こうではどうやら話が纏まったらしい。

「あー、タマモ。明日は穂群原学園の方に行くことにしたから」

「了解。じゃあ、その予定で組んでおくわね」

 タマモは了承すると、メモを取り出して書き込んだ。

 その様子に士郎が首をかしげる。

「えっと、どういう風に決まったんだ?」

「取りあえず、俺とタマモはしばらく下宿させて貰うよ。何か問題があった時はタマモ関連に関しては俺に責任がある事で許可をもらえた」

「ちょ……ちょっと、待ってください」

 だが、そこで止めることを制したのは、近くで見守っていた間桐桜だった

「先輩が危険なのは分かりますが、なんで危険な存在が先輩が狙われなければ行けないんですか?」

 彼女は横島を見る。

「偶然としか言えないな。俺自身も済まないとは思うけどさ、危険な事には変わりない。だよな、セイバー?」

「はい。シロウを襲おうとしている敵は貴方達が思っているよりも遥かに協力ですので」

 セイバーの合いの手に桜の言葉が詰まる。

「……偶然ですか。分かりました」

 桜はセイバーを見てつぶやく。

 その様子に違和感を横島は感じていたが、彼女たちを安全にするためにもう一つ言わなければ行けなかった。

「もう一つ言わなければ行けない事があって、昨日この家が襲われるという事態があったんだ。
 だから、明日からは事件終了までは来ないでくれるとありがたいんだ。不用意な事態ってあるからさ」

 居間に流れる沈黙。重い空気を作り出し、その場にいた人々が全員口を閉ざした。

 言い過ぎかとも思ったが、これは関係者以外にGSが言う事で仕方ないと割り切っている。

 三咲の一件で横島は思い知っていた。

 魔術師を相手に戦う時の恐ろしさを。自分の目的が目の前にぶら下げられれば、倫理も何も無く行う苛烈さを。

 タマモすら、強く言い過ぎと横島を視線で非難する中で、横島は二人に真剣な視線を向けている。

 沈黙を破り、最初に口を開いたのは藤村大河だった。

「分かったわ、そっち方面は横島さんの得意分野でしょ。だったら、横島さんに任せておくのが一番良いかもね」

 藤村大河と言う人種は真面目に考えるところとふざける所を理解しているらしい。

 空気を変えるムードメーカーとして最上級の部類に入る逸材だ。

 一番、横島の真意を読み取ったのは、年齢が高い彼女かもしれない。

「でも、藤村先生」

「桜ちゃん、士郎が関与している問題は私たちじゃどうしようも無いことなのかもしれないわ。
 ならば、そっち方面の専門家の横島さんに頼むのが筋でしょ?」

 大河の言葉に桜は黙り込んでしまう。

 その辺りは流石は教師。纏めるのも上手い。
 
「そういうこと。出来る限り、彼の事は守るから安心してくれ」

「横島さんも言ってくれてるし、大丈夫。なんとかなるわよ」

 桜はしばらく黙っていたが、やがてはコクリと頷いた

「よし、ちょっと待っていて。藤村邸からお酒持ってくるから。
 士郎とはお酒が飲めないから、成人の人間がいるうちにお酒を飲んで、士郎におつまみ作って貰うわ」

 少し気を抜くと彼女は緩いキャラに変貌する。

 その日の夜は、横島忠夫と藤村大河によって酒の席で盛り上がったのだが……

 聖杯戦争は新しい局面を迎える。

 さらなる、混沌へと支店を変えて。






「……ふむ、このような夜遅くに来る者がいたとはな」

 新都の教会のドアが開かれた音に、表に出てきた言峰綺礼は突然の訪問者を迎えた。

 言峰は十字架を背に、影は玄関を背に向かい合っている。

「夜分の失礼、誠に申し訳ないな。冬木の監督官、少し野暮用があったんだ」

 黒衣の男は一礼をする。

 その様子に言峰は男性に向き合った。

「それで何のようかな、八体目の英霊。懺悔をしに来た……と言うわけでは無さそうだが」

 黒衣の男性は顔を隠しているため、どんな表情を浮かべているかはわからない。

 ただ、言峰を見て、眼だけで語るのは憐憫の眼差しだった

「懺悔か。破れた聖書を読んで、懺悔を語るのは飽きたのでな」

 八体目の英霊。その視線を言峰は受け止める。

「俺の野暮用、それはお前の命だよ」

 黒い法衣を着た男には、ためらいという言葉は無い。

 冷静かつ残酷な響き。そこには言霊が込められており、下手な人間なら腰を抜かしかねない。

「ふむ、それは私を監督役と知ってのことかな?」

 だが、目の前の男は腰を抜かすどころか堂々と立っていた。

 その上で問いかけをしてくる。そんな彼に黒衣の男は口元を歪めた。

「無論だ。おまえ自身は気がつかんだろうが、お前の持つ悪の塊を逃すわけにはいかないからな」

「なるほど、この身の事にも気づいているか」

 言峰は薄く笑いを漏らした。

「なるほど。あのコスモプロセッサが、まさか聖杯にも影響を与えているとはな」

「ほう?」

「復讐者の英霊よ。お前は何を望むのだ? 世界への復讐かね、それとも自らの復讐のみかね?」

「言っただろう、懺悔は飽きたと。俺の持った闇は晴れることは無い。だが、別の奴らの光は出せるはずだ」

「その為に私の命が必要か。なるほど」

 言峰は黙って入ってきた黒衣の男性を見つめた。

「それは仕方が無いな。私とて引き際はわきまえているつもりだ」

「随分、素直だな。言峰綺礼」

「何、聖杯の中身が出てきたのだ。聖杯が求めた、復讐者。答えが目の前にあるのだからな」

 それに黒衣の男性は黙ってみていた。

「答えの一つ、答えが目の前に現れたのだ。ならば、絶望と憎しみの炎に焼かれて死ぬのも悪くはあるまい。そうだろう、復讐の英霊」

「最後まで聖職者気取りか。解せんな、偽聖職者」

 男性の言葉を言峰は笑みで返した。

「もう一つ、聞こう。貴様にはまだ一体英霊が居るはずだ。そいつはどこに向かった?」

「知らんな。あいつはどこに向かうのかは告げずに出る。いつ帰ってくるのも分からんよ」

「そうか、残念だ。前回からの禍根は全て取り除いておきたかったのだが、上手くはいかんな」

 心底残念そうに彼は首を振った。だが、どこかで何か楽しそうなものもあることも事実。

 そこにはある意味で共通点があるような感じすらある。

「ならば、偽聖職者として私から摂理を君に聞かせよう。
 あらゆる人間は自分だけの望みを持ち、それを果たす為に奪い合う。人間の一生とはそれだけのものだ」

 言峰の言葉に男は問いかける。

「ならば、殺す前に一言問いかけよう。黒の聖杯、あれはこの世にあってはならないものだと知っていたはずだ。
 知っていて、何故その道を取った。ましてや、その身は人間。その身に降りかかるものを望んでか?」

「……聞くまでの事では無いだろう?人間が幸福と呼べるものでは、私は何も感じなかっただけだ。
 そういうお前はどうなのかね、アヴェンジャー」

「俺はその幸福と呼べるものを求めて、人類に裏切られた。絶望を抱き、憎しみを育む。それ以上に希望という言葉に弱い。
 俺に残る物は悲しみ。それを変える為……未来に居る自分の為に悪を滅ぼすのは間違いではないのか……?
 ああ、そうか。俺はそのために……なるほど、聖職者。最後の最後で聖職者の仕事をしたか」

 男は自分で事故解決したように、思わず言峰を褒めるような言葉を言った。

「それは何よりだ。その身は悪だ。その身を賭して、なにをする。全てを滅ぼすかね。
 悪も正義も関係なく、この世全ての物を」

「この世、全ての物を破壊しても変わらんよ。せいぜい、生き物が居るか、居ないか、ぐらいの差だ」

 男性は答える。

「中々有意義な時間だった。最後に一つだけ聞きたい。
 悪は悪で無ければならないのか? 正義は悪ではないのか?」

 その言葉に言峰綺礼は考えていた。そして、ふと顔を上げると大声で笑い出す。

 まるで狂ったかのように……だがその顔は清々しくなっていた。

 憑き物が落ちたのか、それとも違ったのか。言峰は笑みを向けると、目の前の男に言う。

「なるほど…君の葛藤は、人としてとても正しい。
 幸せが幸せと限らんように……不幸が不幸と限らんように、受け取る人間によって変わってくる
 ならば、私はお前を祝福しよう。その身、その体、それは正義でも悪でもない。その身こそ、その葛藤こそ人間そのものだと」

「ああ、そうかい。それはありがたく頂いておこう。ならば、偽聖職者……お前は終わりだ」






 外では陣羽織から、スーツへと着る物を変えたホストのような格好のアサシンが外で待っている。

 彼はしばらく空を見上げていたが、ドアが閉じた物音に振り返った。

 そこには赤い血液を浴びた復讐者が立っていた。

「ふむ、終わったようだな」

「当たり前だ。あんな奴を生かしておいた、この世界が理解できん」

 黒い男は後ろの教会を振り返る。今だに光が漏れている。

「次はあの結界だが……」

「無論、破壊するさ。それ以前にあいつが動くさ」

「ふむ、そうか。よほど、あの男を買っているようだ。まあ、良い。見物をするとしようか」

「あいつは違う道を進んでいる。俺が行動するのは、あいつがどういう奴なのか。それを確認してからになるだろうよ」

「ならば、その時をしばらく待つとしようか」

「学校にある結界の対処、それを見極める」

 アヴェンジャーは呟くとゆっくりと、教会から続いている坂道を下り始めた。

 空は昨日に引き続いて晴れている。星の瞬く夜。運命の夜に聖杯戦争は本格的に始動した。







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