衛宮家の朝。朝食の食卓の席、そこでテレビでは一つの驚愕の事実を伝えていた。
『本日未明、冬木市新都の言峰教会の神父、言峰綺礼さんが遺体で発見されました
死因は鋭い刃物に斬られたことによるショック死と見られ、辻斬り事件とのかんけいを調べています』
朝食の時間、テレビから流れる放送。その情報に衛宮士郎だけではなく、横島やタマモも情報に釘付けだった。
当たり前だ。あそこに居たのは代行者と呼ばれる異端を借る執行者だ。
普通の辻斬り程度に負ける相手じゃない。
「どういうことだと考える、セイバー?」
士郎の言葉にセイバーは持っていた箸をを止めた。そして、口の中のものを飲み込むと士郎の方へ向く。
「分かりません。しかし、サーヴァントの仕業だとは思われます」
「横島さんは?」
出された朝食を食べていた横島が箸を止める。頭の中で何度も考えを反復していたがその答えは一つだった。
「つまりは、今回の戦争に関しては監督役など必要ないという意思表示だな。それ以外考えられない。
わずかに考えられる可能性は聖杯戦争関連ではなく吸血種の可能性だけど、彼らは滅多に表に出ないからな。
それに教会で殺すなんてことは無いし、代行者と対する危険を選択する可能性は無いと思う」
「私も同感。それと、これからは無法者の戦いになるでしょうね。
一晩に数十人の死者が出ることを覚悟しないといけないわ。相手が分からない限りね」
横島とタマモが淡々と言う。無表情を貫いたままで、彼らは独自の思考論理を組み上げる
「何でそんな事が淡々と言えるんだ!?」
「……感情を外に出すのは良くないわ。
感情を出す事は人間としては良いことよ。でも、戦いでは出すのは止めなさい。
感情を出す人間ほど、裏側からの攻撃に弱いことを示していることになるわよ」
タマモの言葉に何も言えなくなる士郎の前に横島は腕を組んだ。
「衛宮、俺も怒鳴りたいさ。けどな、怒鳴ったところで何も変わらないさ。
怒鳴るだけの闘志があるなら、これからどうするかを考えるしかないだろう。
過ぎたことは過ぎたことなんだから。止められなかった、俺たちの負けだ。
これからは監督役がいなくなった以上、殺人事件などはかなり明るみに出るだろうし、外道はやることを酷くする。分かったか?」
横島が諭すように言った。だが、タマモがため息をつく。
「怒りで目をギラギラさせながら言っても、説得力が無いわよ。横島」
そう、横島の表情は怒りで満ちていた。視線だけで相手を殺せるほど、殺気に満ちている。
平然とお茶を飲んでいるセイバーも、内心では穏やかでないに違いなく、チラ見ではあったが横島の一挙一動に注目している。
「で、これからどうするんだ?」
「今分かっているサーヴァントの居場所が無い以上、地道に嫌がらせをする。嫌がらせこそ、力の無い人間にできることだからな。
だから、まずは手始めに学園の結界を消して敵を呼び寄せる」
横島の言葉にタマモとセイバーも横島に視線を向けた
「どうしてそんな事がわかるんだ?」
確かに士郎の言葉は当たり前だろう。それを断言する証拠は無いが理由はある
「そりゃ、あんな物を幾つも仕掛けられる奴はいないと思うし、あんな場所にある以上、結界は魔力の収集場だと思うんだよ。
まあ、頭がおかしい奴か、それとも他人を犠牲にするのが得意な奴か。仕掛けた人間の考えはどちらかだと思うけどな」
横島の言葉に頷くセイバー。その言葉は穴こそあるものの、穴は証拠が無いゆえの穴。
故に、恐らくはその通りだろうとセイバーが判断したのだ。
「理由ならもう一つあるわ。アレを仕掛けたのはおそらく、素人よ。プロがやるならば、結界の基点をもっと細工するはずだもの」
「確かに。エミさんなら、もっと手の込んだ罠を仕掛けてきそうだ」
横島がうなずく。
呪術師である小笠原エミならば、もっと手の込んだ事を絶対やってくると言う自信がある。
恐らく、横島が知るGSならば全員があんな単純な手を使わない。
「タマモ、罠って可能性は?」
「たぶん無いわ。もし、あれが罠なら……今、ここに私と衛宮さんは居ないわ。横島はともかく」
タマモの言葉に全員が注目する。
「確かに、な。英霊が自主的に動いて罠を仕掛けた線はかなり薄くなるな。キャスターだっけか、魔術師の英霊。
あれが仕掛けるんだったら、普通の魔術師じゃ気付かない事をする。俺なんかが絶対に気付けない事を、さ」
「つまり、アーチャー、ランサー、バーサーカー、キャスター、セイバー以外の英霊と言うことだな」
士郎の言葉にセイバーが頷く。横島もその言葉に同意だ。
「セイバーは取りあえず外して、ランサーは回りくどい事が好きなタイプじゃない。バーサーカーは論外。
アーチャーはわからんけど、遠坂さんがやるタイプじゃない事は分かった」
「となると、ライダーかアサシンね。もう一つの可能性は魔術師自身の可能性だけど」
「あのレベルになると、魔族ですら準備が必要だよ。この部屋ぐらいで済む結界ならともかく、あれを囲むとなると香港の時ぐらいの時間は必要だ」
「香港?」
「原始風水盤事件。原始風水盤を中心に人間界を魔界に変えようとした魔族の計画だ。それだって数ヶ月から一年単位だ」
横島は言っていて、すぐに可能性を思いつく。
「あー、その前から準備していたか」
「ようやく気付いたのね。もし、この町に在住している魔術師ならば、その程度を行っていてもおかしくないんじゃない?」
「とりあえず、前提条件が集まりすぎだな。取りあえずは、学校に張られている結界は何とかしないと」
横島の言葉にタマモはうなずく。
「ねえ、一つ聞きたいんだけど」
「なんだ?」
「横島が昨日寝ずに準備していたのって、もしかして……アレ?」
横島はニヤリと笑う。
「あれってなんだ?」
「聞いて驚け。昨日、俺は情報を集めるついでに縄と札を作る紙を買ってきたんだ」
「お、おう」
「そして出来たのが、これだ」
そこには注連縄のようなものがあった。
「うわっ、手作り感満載。そして、本当にアレにしたのね」
「っていうか、余り使い方を聞きたくないんだけど、これはどういう風に使うんだ?」
タマモと横島は意を決して立ち上がる。
そして、縄をもって
「こう、ね」
「こう、だな」
声が同時に出た。士郎はそれを見て頭を抱える。
「なんでさ」
それはどう考えても、「電車ごっこ」だ。中に人が入る部分など特に。
「でも、横島……良く作ったわね。市販品に比べて品質は落ちるけど、実用レベルじゃない?」
「俺たちは出来る限り低価格でやりたかったからさ。こういうのを自前で作れれば、それなりに値段は落ちるだろ。コストダウンだ、コストダウン」
「いや、作れる貴方が少しおかしいと思うんだけど」
タマモの言う事も最もだった。
確かにそれはおかしい。簡易結界が作れる時点で、すでに職業として成り立ってしまっている事実がある。
「取りあえず、横島さんが結界を準備してくれていることが分かっただけでも良かった」
士郎の言葉にタマモは頷く。
「最悪、生き残らんとだな」
「で、横島。それはどれくらい持ちそう?」
「相手の結界の強さ次第だ。一般人が即死しないレベルならそれなりに持つ」
「そうね。となると、最大で十五分程度を見ておいた方が良いかも。アレの恐ろしいのは攻撃じゃなくて、吸収だから」
タマモは言うと、横島は頷いた。
「とりあえず、ライダーとアサシンは両睨みね。だから、学校内ではアサシンの接近に注意しないと」
セイバーと士郎が頷く。
「しかし、タマモは知識は半端ではありませんね。流石は東の国最大を誇る幻想の末裔です」
セイバーがタマモを褒めるとタマモが笑顔を見せた。
この二人、どうやら一気に仲良くなったらしい。
英雄と傾国の妖怪。決して出会ってはいけない二人のはずだが、それすらも許されるのが聖杯戦争なのだろうか。
まあ、今のタマモは傾国どころか、悪さはしていないわけだが。
「こっちの知識だけなら、横島に負けていられないわ。私は魔術なんて出来ないから、陰陽道や仏教の知識から説くだけだけどね」
「だけど、タマモがそこまで精通しているなんて驚いた」
横島の言葉にタマモは少し顔を赤くする。
「妙神山のヒャクメとか言う神に協力してもらって、記憶を戻す手助けをして貰っただけ。まだ、知識に振り回されてるから、そこをどうにかしたいわね」
そんな事を言って照れるタマモだが横島も素直に褒めた。
はっきり言って、こういった持久戦になれば彼女の知識は横島の戦闘力以上に役に立っている。
知識で状況を覆すような事。彼女ならもしかしたらできるかもしれない。
英霊と人間の差。これは相当ある。
横島が英霊に対抗できる武器は文珠だけだ。文珠はGSの業界では「チート」と呼ばれているほどの切り札だ。
もし、この聖杯戦争で文珠と言う対抗手段が無くなった時、その時は横島忠夫が死ぬときだろう。
そんな世界に慣れていってしまっている。横島に自覚はあった。
元々、GSなんてのは命懸けだ。
命を懸けて、高い金を貰って生きていくのを信条としている人たちもいる。
確かにお金は大切だ。だけど、月給で数千万どころか数億レベルで貰っている横島にとって、お金と言うのは大事ではなくなり始めている。
金は確かに大事だ。
だけど、横島は目の前の人を助けたい。そう思って活動してきたのだ。
かつて、失った……ルシオラのように自分以外の人を悲しませたくない。
痛いのは嫌だ。でも、自分の心が苦しいのはもっと嫌だ。
経験した三咲事件で思った事は、遠野志貴と言う少年ほど自分はルシオラの為に前に出ていただろうか……と。
「……島、横島!!!」
呼ばれる声に正気を取り戻した。
「どうしたんだ、タマモ」
「貴方、すごく怖い顔をしていたわよ。どうしたの?」
横島は手に汗を握っている。
何かあった。タマモはそのように感じていた。
「いや、大丈夫だ。ちょっと考え事をしててさ、あの神父の事とか」
「それならいいけど。確かにその事件は聖杯戦争のルールが覆る事だから」
タマモはごまかせたが、横島は冷や汗が背中を伝っていた
先ほど考えていたのは、横島忠夫が考えていた自分自身の矛盾その物。
出来る限り考えないように、その為には我武者羅に今を生きてきた結果だった。
「さて、そろそろ時間か。衛宮さん、行こうか」
横島とタマモが立ち上がる中、セイバーも立ち上がった。
「私もついていきます」
横島の言葉にセイバーが立ち上がった。横島はしばらく考えていたが、やがて首を縦に振る。
「それは止めておこう。衛宮さんは魔術師でもない半人前だから、セイバーは待機していてくれ。出来れば待機してて欲しいくらいなんだけどな」
その言葉にタマモは首をかしげる。
「正直、帰ってきて待ち伏せは避けたいだろ。となると引きこもりが一番なわけだけど、衛宮さんの性格上はそれは無理」
となると、誰かを防衛に置かなければいけない。
横島、タマモが残るか、セイバーが残るかの二択になる。
「となると、セイバーが居てくれるのが一番なんだよ」
「マスターを守るのは、サーヴァントの役目です。言い方は悪いですが、貴方も一応部外者ですので性格はともかく、実力で劣る事もあるのではないでしょうか」
実力の事を言われると余り強く出る事も出来ない。
英霊相手では確かに横島では相手にならない可能性がある事あるからだ。
その言葉にため息をつく横島。衛宮も頭をかく。
「セイバー、貴方が言いたい事は分かるわ。衛宮君には令呪があるわ。それを使えばセイバーは呼び出せるんじゃない?
それと横島の裏切りがある可能性だけど、それはあり得ないと言い切れるわ。
このお人好しに裏切ることができるなら、私はここには居ないわ」
タマモは横島を見つめた。
自衛隊に追われている中で匿ったと言う事実。それは彼の意思で、危険が及ぶにもかかわらず、身を挺して守る優しさがある事を示している。
「まあ、横島の実力に疑問があるとは思うけどね。横島は真っ向正面からなら、相当強いわよ?」
セイバーはその言葉には頷かざるを得なかった。
バーサーカーとの戦いでその強さは理解している。確かに真っ向正面からでは、セイバーが相手したとしても打ち破るには時間がかかるだろう。
負けはしないと言い切れる。だけど、真っ向正面から一撃で倒せるかと言われれば、疑問があった。
「正直、私もセイバーを遊ばせておく余裕は無いと思うんだけどね、横島?」
タマモがチラリと横島を見る。
横島はため息を吐くと、さらに言葉をつなげた。
「意表を突かれた攻撃に対処するのが苦手なんだよ。帰ってきたらサーヴァントに潜入されていて、奇襲を受けた。そんな事は嫌だからさ」
「……そういうことならば」
「万が一の時のためにタマモも置いておくよ。タマモが居れば、俺も転移ぐらいはできるからな」
タマモにはすでに『転』の文珠を渡してある。
それを目安に移動すれば良いだけの話だ。とはいっても、もう文珠の数は少ないので英霊と戦って一度、多くとも二度で弾切れになる可能性が高い。
場合によるが、アサシンやランサー、アーチャーが相手の場合は逃げの一手に回るだろう。
まあ、倒せそうなら倒すが……そんな英霊は数少ないに違いない。
「じゃあ、行ってくる。セイバー、留守番頼む」
「はい、お気をつけて。敵は近くに潜んでいることも考えられます。横島の判断は的確でしょうから、判断には従うように」
セイバーの言葉に横島の実力だけは認められた節がある。
タマモはそれに苦笑いをしながら、横島と衛宮を見送った。
学校への道を歩く二人。野郎二人で移動するのも、暑苦しいがそれ以上に横島の表情には余裕が無かった。
すでに普段モードから、GSモードに切り替えている。
士郎は横島の雰囲気が変わった事に気付きながら、士郎を前に歩いていた。
「あと、衛宮さん。今日は一応学校を見学するけど、絶対に暴走するなよ」
「どういうことだ?」
「さっき言ったけど、学校の結界は相当な素人だ。それも学校と言う場所に仕掛けているに当たって、学校関係者である可能性は高い。
つまりは衛宮さんの知り合いである可能性はかなり大きいという事だよ」
横島は言うと、黙って歩き続けた。
士郎の様子を伺っていたが、彼は何もしゃべらなかった。
「もし、それがお前の知り合いだったときどうする?」
「それは……」
「戦うと決めたなら、それに至るまでに準備を整えて置くことが大事だと俺は思うんだ」
横島は言うと、士郎に振り返って視線を向けた
彼は視線を真っすぐに見つめ返してくるが、戸惑いの色が隠せなかった。
「俺は説得したい。それでダメなら……」
「それで人を危険に晒すのか?」
「危険になるなんて決まって無いだろ」
その言葉に横島は苦笑いを浮かべた。
士郎は責められると思っていた。だけど、横島は苦笑いを浮かべるだけだった。
「そうだな、何処が危険で、何処が危険で無いなんて分からない。最悪の事態を考えず、それを怠った上で失敗を俺もしたからな」
横島は士郎を見つめながら言った。
「魔神大戦では、俺に戦う覚悟がなかった。誰かが何とかしてくれると思った。だから、いざと言うときに守れなかった」
「横島さん?」
「その被害が自分だけなら良い。だけど、自分の判断が取り返しのつかない結果になる事だってあるんだ」
その言葉は横島がGSになってから、切に感じたことだ。
理想だけ追い求めるGSはたくさんいる。理想を追い求めた結果、再起不能になるGSばかりだ。
横島が知る限り、理想を前面に出して成功したGSは誰もいない。
理想論者と呼ばれる唐巣和弘でさえ、除霊の時は現実しか見ない。甘い想定を描くことはあっても、そこに油断は無いのだ。
「学校に仕掛けられた結界、俺なら絶対にやらん。俺がやるなら、近くのイベント会場やショッピングホール。
そう言った場所を選ぶという事はリスクは高いけど、餌にもなるからな。と言う風に普通なら考えるわけだよ」
「それが?」
「人が集まりそうな場所、例えば映画館なら百人や二百人程度なら軽い。結構な盲点になり得る場所でもある。
駅や高層ビルってのも有りだな。時によるけど、ここも数百人程度は簡単なはず。
派手になればなるほど、見つかるリスクは高くなる。だけどさ、何故そんな処に結界を設置したんだろう?」
横島の問いかけに士郎は戸惑った。
結界を張るなんてこと、考えたことも無いのだから答えられない。
「うん、少し説明するとだ。すぐに見つかる学校に結界を張る理由はなんだ。罠か? それとも別の理由があるのか?
罠なら、ただの間抜けだよ。俺にすら感知されるのに、ここで待ってますと言ってるようなもんだ。
何処に張っても同じ。解除は警戒していないしな。遠坂の魔術師が通っている学校だという事で結界を張ったとも考えた。
となると、幾つか不可解なんだよ。となると可能性はなんだと思う?」
「陽動、とか?」
「俺も最初はそう思ったんだけどさ、だとしたら殺意性が高すぎるんだ。遠坂の魔術師を引き付けたい。もしくは遠ざけたい。
それだけの理由で、あそこまでのリスクを負わせる必要はないからさ。
正直、あれだけの結界。GSや魔術師でも解くのは厳しいんだ。あれだけの物を作る必要がない。つまり、あれは本命とみてる」
士郎は横島の言おうとしている意味が分からなかった。
遠まわしに説明しすぎ、と言う部分はある。それでも、士郎には自分で気付いて欲しいという気持ちがあったのだ。
だけど、気付けなかったようだ。
「結論を言えばだ。学校に張ったのは、あいつのホームグラウンド。結界を張った理由は巻き込みを想定済みって事だな」
「ああ、だから……学校の関係者か」
「同時に相当なコンプレックスの塊だな。同時に臆病で知識があって、遠坂さんを恨みに思ってる可能性は高いと思う」
士郎は横島の言葉に考え込んでしまった。
「本当に学園関係者なのか?」
「可能性は八割。残り一割は想像がつかないような戦略家、残り一割がその他って感じかな」
そのほかの可能性も考えた上で、横島は色々と手を打っていた。
学園内に魔術師が居た。それだけでも驚くべきことだったわけだけだが。
「その他の可能性は?」
「学校ってのはオカルトの集まりやすい処なんだよ。学校の七不思議とか、そういうのは知ってるだろ。
それらが複雑に組み合わさって出来たとか、遠坂さんが実は結界を張った犯人とか。そういったあり得ない事が一割だな」
それは横島の経験でそうだ。
オカルトは何が起こるか分からない。時と場合によっては過去に飛んだり、宇宙に行ったり、映画の世界に入ったり、色々な事がある。
「……やっぱり、セイバーを連れてきた方が」
「流石に英霊を連れていけば、相手も気づくだろ。となると、結界を発動する可能性もある。
まあ、俺達でも可能性はあるけど、その時は最初から発動させるつもりだったと腹をくくるしかない。
結界が発動したら、一般人に犠牲が出てしまう。で、どうする?」
「どうするって……」
「例えばだ。相手がお前に英霊を捨てろと言って、脅してきたらどうする?」
士郎は一瞬考えた。
「説得する。説得して、そんなことを止めさせる」
「出来れば良いな。俺は出来ない方に賭けるけど」
横島はため息をついた。
「問題は相手にアドバンテージがある事だ。説得するなら奇襲するなり強襲するなして、英霊を排除した後だろ?」
横島の言う事は分かる。
「俺たちがやる事は、相手のアドバンテージを減らす事。学校の結界の発動を遅らせるだけで十分だ。嫌がらせだな」
「でも、それだと妨害が」
「離脱方法は考えてる。敵は誰か、どんな相手なのか、それだけ分かれば十分だよ」
横島は言うと、笑みを浮かべて、学校へと向かっていった。
穂群原学園に到着した時、横島の表情は急激に変化した。
冷たい視線を向けるような形で、学園を見つめている。
横島から言わせれば空気が変わっていた。どんよりと重い、息苦しい形に。
GSの言い方からすれば、凶悪な霊場と言っても良い。間違いなく常識では語れないほどに霊脈が止まって、霊気が澱んでいるのだから。
「おいおい、いつでも発動できるぞ。こりゃあ」
横島の顔色が変わった。完全に状況が変化していた。
今回は様子見と嫌がらせのつもりだったが、相手はそんなことをさせるつもりは無いらしい。
恐らく、衛宮士郎がセイバーのマスターと知ってか、それとも偶然か。
おそらくマスターはこの場所に居る。
横島の判断と同時に士郎も理解した。
結界の外と中では世界が違う、と。
「横島さん、これは」
「悪い、これは冗談抜きで拙い展開になった。切り札を使って、結界を消去して、一旦退避しよう」
半分、脅し程度にしか考えていなかったことが現実になる。
今日は休日なので、部活動の生徒が居たが、顔色を見る限り全員に生気が感じられない。
つまり、体力が失われているのだ。
正確には魔力ではあるが、それと同時に体力まで低下しているので間違いではない。
「衛宮さん、一気に基点へと駆け上がる!!」
「分かった」
事務室に寄る時間すら惜しい。二人は昇降口から入ると屋上へと向かった。
先導するのは士郎。後ろを守るのは横島。
校内に居る学生たちは横島を見て求めようとしなかった。
衛宮が隣にいるから不審者じゃないと思われているのだろうか。
それとも、横島の事を気にするほど体力が残っていないのか。
校庭に居る生徒はともかく、校内に居る生徒は横島を不審な視線で見ていたが、関係ない。
事態は一刻を争っているのだ。
今回、屋上に向かっている理由。それはタマモが止めるなら、屋上と言ってくれたお陰だった。
タマモが居なかったら、恐らくは基点を探している間に結界が発動する可能性が高かった。
結界は発動し、今学校に出てきている、所謂模範的な部活に勤しむ学生たちに多大な被害が出てしまっていただろう。
屋上に基点の一つがあるという事は教えてくれていた。ならば、そこを封印すれば少しは弱くなるはずだ。
屋上のドアを開く。そこには一人の人影が立っていた。
何か重そうな本を持った男性。その本からはかなりの霊力とも魔力とも取れない物が流れている。
髪は特徴的で女性には持てるタイプだろうか。
だからと言うわけではないが、横島は彼の様子を伺った。
「どうしたんだい、衛宮。そんなに慌てて」
「慎二、どうしてこんな所に?」
士郎の問いかけは正しい。
だけど、横島の目には正体が見えていた。
士郎の肩を掴む。彼の後ろには眼帯を付けた女性がこちらを見て立っている。
「横島さん?」
「気を付けろ、こいつの後ろに何かいる」
横島は言うと彼を睨みつけた。
「悪いね、衛宮さんは俺を案内してくれたんだ」
横島はチラリと慎二と呼ばれた男性を見る。
横島の立った位置は士郎を守るように一歩前。じっと睨むように立っていた。
「お前が犯人か!?」
「なっ……」
その言葉に衛宮士郎が反応する。そして、慎二を見た。
「そんなわけないだろ。慎二はそんなことをする奴じゃない」
「何を言ってるのか分からないな。なあ、衛宮?」
目の前の青年は言う。
横島は破魔札を取り出すと、中指と人差し指に挟んで念を込めた。
中に霊力が込められ、起動準備に入る。
「なら……」
「避けろ、ライダー!!!」
横島は破魔札の発動前に止まる。
「と言うわけでだ。聖杯戦争のマスターである事は確定だな」
「慎二、お前」
士郎の視線が厳しくなる。
横島は破魔札を構えて、慎二を見つめた。
「隠すなら、とことん隠せ。戦うなら、その前から準備してなきゃいけない。中途半端って言えば良いのか?」
「どういうことだ?」
「こいつは遠坂凛だけを目標に見てたんだよ。そしたら、俺たちが引っ掛かったわけだ」
横島は苦笑いを浮かべながら、慎二と言う青年を見つめる。
「衛宮さん、でこいつはどんな奴なんだ?」
「間桐慎二って言って、元々は優しい奴なんだ。だから、何か理由があって」
「分かった。とりあえずは考えが甘い、自意識が過剰な人間だという事だな」
士郎はその言葉に言い返せなかった。
「くそ、ライダー!!」
現れた人影。ボディーラインが出た服を着る女性が現れた。
先ほど見たのと同じ眼帯をつけた女性。彼女は黙って、横島の方を見てくる。
横島が感じたのは嫌な空気と少しだけ懐かしい雰囲気がある。
「ライダー、こいつらを倒せ!!」
その言葉に彼女は身構えた。
「なんだよ、ライダー。たかが、人間ぐらい一気に叩き潰せるだろ!!!」
その言葉に眼帯をつけていながらも、苦々しい気持ちであることが不機嫌そうな雰囲気からわかる。
ライダーは武器を構える。巨大な釘のようなものが鎖の先についた、鎖鎌のような武器を構えた。
「滑稽だな。倒すための手段を講じることが無い、か」
ライダーは確実に本気だ。
横島忠夫を、そして衛宮士郎を、確実に殺しに来るのが見えていた。
恐らくバーサーカー以上に厳しい戦いになる。
というか、毎日のように激しい戦いをしているため、文珠の数が湯水のごとく無くなっているのだが。
「こうなったら、旧家の連中から追加料金をふんだくってやる」
横島の呟きに士郎は苦笑を漏らしていた。
次の瞬間、ライダーの姿がブレた。否、視界から消えた。
士郎が見失った瞬間、すぐ脇から金属の弾くような音が聞こえる。
「衛宮さん、ボヤッとするな!!」
手から出る光の剣で金属の釘を払い落とした横島は手から盾のようなものを間桐慎二に投げつけた。
それをライダーは間桐慎二を連れて、遠くに離れる。
それに士郎が呆然としているが、ライダーは口元に笑みを浮かべていた。
「私が彼を救出に戻ることも想定に入れていたようですね。チェックメイトを読み外しましたか」
「ははははは、流石に二度は同じ失敗はしないからな」
横島は笑った。だけど、そこには全く余裕が無かったのは、おそらく誰も気づかないだろう。
自分に向かっていれば、まともな戦いになるはず。だけど、ライダーはそれを拒否した。
「ライダー、僕を守らなくてどうするんだ」
「すいません。しかし、やはり彼は一番最初に消しておく存在のようです」
その言葉に横島は一瞬何処かで聞いた言葉だと感じた。
いきなり攻撃された間桐慎二と、友人を攻撃された衛宮士郎。
二人の思惑は外に置き、横島忠夫とライダーの二人は向かい合っている。
「横島忠夫、分霊とはいえ、別の私と戦ったことがある貴方が再び前に現れるとは思いませんでしたよ」
「俺と戦った事があるのか?」
「ええ、だけど、過ぎた話です。私の記憶の中にある中だけで、もしかしたら貴方の中にはないかもしれない。名乗れぬのが残念ですが」
慎二はその言葉にライダーと横島を見た。
「何をペラペラ喋ってるんだよ、ライダー!!
相手はGSだろ。裏に染まれず、中途半端に色々なものを齧った連中なんだろ!!
そんなの一撃で殺せよ!!」
横島は彼の言葉に苦笑いを向ける。
「なんていうか、惨めな奴だな」
その言葉は間桐慎二を止めるには十分だった。
苦笑いの中にある真面目な表情。
「お前、ライダーに助けてもらわなかったら死んでたんだぜ?」
「なっ!?」
「まあ、そこまで霊力は込めてなかったから、数日はベッドの中ぐらいだったとは思うけどな」
横島は溜息を吐く。
「お前、オカルトを舐めてるだろ。なんというか、甘い考えで裏の世界に足を踏み入れてるような気がしてさ」
ライダーを見る。
「人の命を軽く見すぎてるのは魔術師の特徴っていえば、それで終わりなのかもしれん。
だけどな、お前の場合は中途半端すぎる。お前の目的が全く見えん。
結界を張った。俺たちが釣られた。ライダーに攻撃させる。結界の意味は何だ?」
横島は間桐慎二に視線を向けた。
「横島さん、煽ったら使うかもしれない」
「別にいいんだよ、衛宮さん。使ったら使ったで対応するだけだから」
その言葉に士郎は固まった。
「使ったら、その段階でお前を人間とは思わない。人間には戦いのルールって物があるんだ。
どんな戦いだってそうだけど、やってはいけないと言う一線がある。それを越えたら戦いとは言わないんだ。
そして、この結界は人間としての一線を越えようとしている。正直、踏ん切りがつかない俺が悪いのかもしれんけどな」
自分に対しての苦笑い。
遠坂凛なら、こんな一手は取らない。万が一取ったとすれば、その時は完全に割り切っている。
屋上なんて逃げ場のない場所に陣取るはずはない。
イリヤスフィールなら、もっと魔術師らしく効率的に結界を設置する。
それこそ、想像が付かない場所に設置して、ここぞというときに使ってくるだろう。
つまるところ、間桐慎二という青年が打っている一手は、素人が付け焼刃の知識で考えた物だ。
だから、結論が出せる。間桐慎二は素人だと。
「何が言いたいんだよ、お前」
「ただ単に、聖杯戦争から手を引けってだけの話だ。そう思わないか、ライダー」
その言葉にライダーは黙り込む。
答えはライダーのマスターの声で伝えられた。
「うるさいな、なに偉そうな口きいてるんだよ、おまえ!! くそ、結界を発動させろ、ライダー!!」
底抜けだ。横島は瞬間的に表情を厳しくする。
一方でライダーも唇を一瞬噛みしめるような表情をすると、彼女の足元から一気に魔力が拡散した。
嵐の前の一瞬の沈黙。次の瞬間に横島と士郎は異変を感じる。
一気に襲う倦怠感と脱力感。
「衛宮さん!!」
「くそっ!!」
士郎が慌てて、カバンからロープを取り出すと横島に手渡す。
横島は受け取ると、ロープは生き物のように横島と士郎の周りを囲った。
「念!!」
横島は気合を入れると、一気に体が楽になる。
横島や士郎を囲った周囲は相手の使った結界の効果がなくなったようだが、視界は赤かった。
「くっ、マジで発動させやがった。少し煽りすぎたか」
「慎二、止めろ!!」
士郎の言葉にせせら笑う慎二。それは勝者の笑いといっても過言ではない。
「はん、何言っているんだ。そんなに気にくわないんなら力ずくでやってみろよ、衛宮」
もう、逆転の手段が無いと言う表情の慎二に士郎は睨むことしか出来ない。
「はあ、そろそろ鼻っ柱を折るしかないか」
めんどくさそうに横島は言うと、結界から出た。
「横島さん、大丈夫なのか?」
「ちょっと体は重いけど、霊場で戦うのと同じぐらいだ」
それは完成していないからだろう。もっと完成度が高ければ、こんな結界など横島も警戒できなかったはず。
「衛宮さん。俺の知る魔術師ってのは、あらゆる方法をもって目的を達する人々だ。彼みたいに自己満足で動く人間じゃない」
横島はライダーと間桐慎二を見る。
「遠坂さんなら、恐らくは情け容赦なく叩きのめしてる。アーチャーがライダーを抑えている間に攻撃魔術でさ」
「それは……」
「そういった対応が出来てないんだ。間桐慎二という男は」
つまるところ、都合のいい展開しか考えていない。
遠坂凛だけでなく、衛宮士郎、横島忠夫というイレギュラーが入った時点で考える事。
それは撤退が視野に入ってない。
そんな中で姿を見せる。愚かにも程がある。
「というわけで、これでも食らえ!!」
横島は地面に掌を押し付けた。そこには文珠が二つあり、『解』『除』という文字が書かれている。
手のひらから出た光は、一瞬で結界をかき消すと、元通りの空気に戻すまで数秒とかからなかった。
「やはり……!!」
ライダーはその展開が読めていたのだろう。
「どういうことだ、ライダー!?」
「他者封印・鮮血神殿が文珠でかき消されたのでしょう」
ライダーは横島から視線を外さない。
「知っているとはいえ、実際に見ると彼女が全ての計画の失敗は、貴方を先に排除しなかったからと言うのは頷けます」
「知ってるなら、対策立てろよ!!」
「不可能です。文珠は全ての神話を見ても汎用性だけなら群を抜いています」
ライダーは冷静に言う。
そこには未だに余裕すら感じられた。
「じゃあ、なんでそんなに落ち着いていられるんだよ!!」
「当たり前です。文珠の威力は凄くとも、横島忠夫は人間でしかありません。長期戦に持ち込めば、勝てます」
横島は唇を噛みしめた。
その通りだった。横島の忌避するべきところは長期戦だ。
長期戦になれば長期戦になるだけ、文珠の使用は増える。
短期間では文珠と「人並み外れた」反射神経と動体視力で何とかなるが、長期戦になればジリ貧だろう。
簡単な話でいえば、ライダーに負ける。
当たり前だがセイバーにも負けるし、ランサーにも負ける。
勝つとするならば文珠の惜しげもない使用を行って、その存在を倒すだけなら可能。ただし、一体まで。
ランサーを倒そうと思えば倒せた。バーサーカーは後先考えずに文珠を使って退けたように。
だけど、聖杯戦争を勝ち切るとなれば、長期戦のため文珠の使用を抑えざるを得ない。
その状況をライダーは見破ってしまった。
「長期戦? 何言っているんだよ、ライダー。
お前は英霊だろうが! 倒せないのはお前の実力が無いだけだろ!!
決壊も手抜きして作ったんじゃないのか!? そうじゃなきゃ、人間に壊せるわけがないだろ」
「もう良い。少し黙ってろよ」
横島の手から霊波刀が現れる。それにライダーは一歩前に出た。
「記憶にある戦いでは何度目でしょうか。前前に出てくるようになったようですが……」
二つの視線が交わる。
生まれるのは奇妙な緊迫だ。
「本気で行きます」
ライダーの姿が一瞬で横島の近くに現れた。
繰り出される蹴り。横島はそれを栄光の手で受けたが、衝撃で態勢が大きく崩れた。
だけど、追撃に入る前に白い盾がライダーに向かってくる。
ライダーはそれを距離を持ってかわすが、その威力を知っているかのような行動。
横島の武器が、行動が読まれている。
さらに態勢を立て直しながら、投げつけた白い盾。
二つのサイキックソーサーは生き物のようにライダーに向かうが、ライダーの鎖に弾かれ、爆発を起こした。
「くそ、こいつはヤバいなんてもんじゃない。なんで、ここまで付いてこれるんだ!?」
横島からはライダーに対する疑問が尽きなかった。
これではまるで、横島の存在を昔から知っているような違和感。
誤差が徐々に修正され、横島への対応が鋭くなっていく。
「私の中には、かつて貴方と戦い敗北した別の存在の記憶があります。
その存在は、かつて私の霊気片を使い、別のものと混ぜ、貴方と相対しました。
そして、その記憶は彼女が消滅した後で、私と一体化したのです。
並行世界の絶対数では私の方が多かったので、姿こそは似ていませんが」
ライダーは鎖を遠心力で横島にぶつけてくる。
それを横島は大きく距離を取ることで回避した。
「俺とあんたが戦ってるだって?」
「はい。良く考えれば、この戦いも運命の戦いと言えるでしょう。
私の計画の失敗の大半の原因は、貴方を軽く見たこと。故に、あらゆる英霊よりも優先的に倒させて頂きます」
本来、騎乗兵と言う名前からして明らかに不利な接近戦を挑んでくる、ライダー。
一方で長期的な接近戦が苦手な横島を考えると、ベストではないがベターな戦い方だ。
横島の中で思い当たる存在が一人だけ居た。
何度も何度も相対し、時には本当に危険な処まで追い詰められた事もあった。
様々な場面が横島の中でよみがえっていく。
「待てよ、あいつは間違いなく倒したはずだぞ!?」
「だからこそ、英霊の座で合流できたのです!!」
不意に思いもしなかった場所から、鎖についていた釘が飛び出してきた。
その釘は横島の頬をかすめていく。それを機会に二人の距離が一旦離れた。
戦いは明らかに神話の戦いになっている。
横島は回避を中心にしながら、文珠のサポートを受けて対応できるくらいだったが。
「今のをかわしますか。若干、数年違うだけで私の記憶にある実力と違う。
男子三日会わざれば刮目して見よ、とは言いますが……文珠だけで厄介だというのに」
「やっぱり、メドーサか!!」
メドーサ、事あるごとに美神除霊事務所と戦い続けた竜神族。魔族に通じていたが、彼女の本体が目の前の女性と言う事なのだろうか。
「横島忠夫、貴方は一つ勘違いしています。私は正式にはメドーサではありません。
確かに彼女は私の霊気片を使っていることは事実でしょう。故に分体であるかもしれませんが、本体ではないのです」
「メデューサ、だな。となると」
そこまで、ヒントを与えられては革新しかない。
彼女の真名はゴルゴン三姉妹のメドゥーサしかなかった。
「だが、ランサーやバーサーカーに比べて、迫力不足だ!!」
「そうですか、しかし」
連続で使われる短剣。しかし、宝具らしきものは一度も使っていない。
もし、先ほどの結界だけで終わるならば一番最弱のサーヴァントとなる。
だけど、メドーサが混じっているというのであれば、これで終わるはずがない。
「一気に来ないのですか。こうして、待ちの戦法に徹しているんですよ?」
「宝具を隠し持っているだろ。メドーサの元がこんなに弱いはずがない。
それに俺は無理してお前を倒そうとする必要がないんだ。十分、偵察になってるだろ?」
「確かに。偵察には十分でしょう。超加速は使おうとすれば、今ならば使えるでしょうが、以前ほどの速さは出ませんね」
彼女の笑み。
「まさか、火角結界!?」
「ふふふ、信じるか信じないかは分かりませんが、ここには張ってませんよ」
メドーサなら軽くバカにした口調で来るはずが、横島の中でどうすればいいか疑問になってくる。
「何、遊んでるんだよ。さっさと、その人間を倒せ!!」
「慎二の奴、何を言ってるんだ」
士郎のつぶやきに横島の思いは同じだ。
横島とライダーの戦闘は拮抗している。ライダーは手加減している。それは間違いない。
その理由はマスターを守るためだし、横島を警戒しているからでもある。
身体能力では、月で戦った返信後のメドーサと比べて……若干弱い。
力や技術は上かもしれないが、総合的に見て見劣りしてしまう。
だからこそ、切り札を見せないように戦っている。無いかもしれないが、あるように見せて戦っている。
言うならば、化かし合っている。
「同情してしまうな。あんな奴がマスターなんて…」
「ええ、しかしマスターです」
ライダーの口元に笑みが浮かんだ。それは、心配しなくても良いと言うことだ
横島とライダーは再度衝突する。そこに乱入者がいなかった等の話だ。
「…ならば、消えると良い」
突然、声が響いた。
いつの間にか、屋上にアーチャーが立っていたのだ。そして、その手にはある剣と黒い弓。
「偽・螺旋剣」
完全に奇襲だった。しかも、宝具の展開。
完全に隠す気はない。完全に殺しに来ている。
ライダーと横島、同時に屠り去ろうという感じだろう。
「くそ!!!」
手に二つの文珠を出した。発動する文珠は『消』『滅』と言う文字。
その名の通り、発動し起動しかけた宝具をかき消したのだ。
「貴様…!!」
アーチャーが睨みつけてくる。
彼には分っていた。横島忠夫がどれ程の事を行ったのかを。
威力の減少、打ち消し程度ならば、アーチャーも理解していた。まさか、宝具があった事を消滅させるとは思ってなかったのだ。
「貴様……」
アーチャーの鋭い視線。ライダーの視線。
文珠の威力は、宝具に匹敵する可能性。それを理解した処だ。
「まさか、このようなやり方が出来るとはな。一体、お前は何者だ?」
「横島忠夫。それ以上でもそれ以外でも無いでしょう。違いますか?」
アーチャーの言葉にライダーは返す。
「流石、と言っておきましょう。そして、聖杯戦争に参加している、どの英霊よりも警戒するべきは貴方と確信しました」
ライダーの視線が横島に向く。
逃げるべき。横島は一瞬で判断するが、それはさらなる乱入者の登場で再度判断を止める事になる。
「アーチャー!!」
屋上のドアから出てきた人間。それは遠坂凛だった。
状況判断。それは横島とアーチャー、ライダーが三つ巴になりつつある状況。
そして、衛宮士郎が注連縄を手に様子を見ている光景だった。
「なっ…」
この状況を見て落ち着いていられる人間はいないだろう。
遠坂凛は積極的に横島と敵対しようとはしていない。
むしろ、中立である聖堂教会が攻撃された以上は、オカルトGメンの介入だって考えられる。
そのオカルトGメン側にいるのが横島だ。彼女の中の状況は最悪になりつつある。
「ははっ、形成は逆転のようだな。遠坂、こいつがさっきの結界を張った犯人だ」
「慎二!!」
士郎は大声を出す。だが、それを聞いていないように彼は口を開いた。
「だから、一緒に戦おうぜ? こんな雑魚、手を組んで倒した後で戦うか同盟を組むか考えれば良いだろ」
慎二の言葉、それに横島は何も感じなかった。
何故なら、慎二を見た瞬間にその隣にいる存在に気付いてしまった。
士郎の警告。それに気付かない間桐慎二。
横島の飛び出しにライダーは背後を振り返る。
「ふむ、口で人間をたらしこむかそれも良かろう。しかし、ここでお主の聖杯戦争は終わりだ」
その声に振り返った慎二が、尻餅をついた。同時に振るわれた剣は彼の持っていた本が真っ二つになってしまう。
陣羽織を羽織った侍。そう表現するしかない男性が立っていたのだ。
「くっ、サーヴァント!! アサシンですか!!」
ライダーが陣羽織の男に構える。だが、彼はライダーをおかしそうに見つめていた。
「止めておけ、お前には本当の主がおろう。お前は、このような屑に乗りこなせる駿馬ではあるまい?」
侍がおかしそうに笑っている。
「ライダーが間桐慎二の英霊じゃない?」
横島の疑問は遠坂も思っただろう。同じくライダーも呆気にとられていた。
「早々に主の元に戻ると良い。マスターがお前の根拠地を攻撃する予定だからな」
アサシンの言葉にライダーは驚きの表情を浮かべるが、ライダーは逃げるべきかを迷っていた。
「ふむ、ライダーの追撃を恐れているのかね。それとも、横島忠夫か?」
「貴方はアサシンで間違いないですね。なぜ、それを教えるのです?」
ライダーの問いかけにアサシンと呼ばれた男は笑みを漏らす。
「ふむ、この身はすでに聖杯戦争とは別なる身。だが、アサシンだったことも事実だ」
アサシンは頷くと、三者を見渡した。
「我が名は元アサシンのサーヴァント、佐々木小次郎」
なっ、全員が息を呑む。英霊が真名を名乗った。それはありえないことだ
「アサシンだって、それならば、すでに現界しているはずだ!!」
慎二の声にアサシンはニヤリと笑う
「ふむ、確かに。私は一度柳洞の山門にて死んだ身だ。すでにこの身はアサシンではない
私を生贄に召喚した妖かしが言うならば、アサシンはあいつが正しいだろう。これも新たなマスターの命令だ」
振り下ろされる一撃。それは神速と言っても良いほどの速さで振り下ろされる。
だが、ライダーにより防がれた。
金属音が屋上に鳴り響いたのである。
「くそ、剣戟の速さはポチ以上かよ!!」
もし、ライダーが割って入らなければ、間桐慎二は命を絶たれただろう。
その切っ先の速さはランサーに劣らない。
手に持った刀は恐らくは物干し竿。それを自由自在に扱っている事から、佐々木小次郎であることは間違いない。
「ふむ、それを助けるのはいいが、君の主を危なくしないかね?」
「……彼を守ると言う事。それもマスターの命令ですから」
「なるほど。ならば、そいつは横島忠夫に預けるのだな。今ならば他の英霊も警察の連行に手出しする事はあるまいよ」
アサシンは言うと、背中を向ける。
そして、霊体化して姿を消した。
「申し訳ありませんが、慎二をよろしくお願いします」
ライダーも同時に姿を消した。
「アーチャー、追って!!」
「了解だ」
さらにはアーチャーも霊体化して、学校外へと消えた。
「はあ、凄い状況で会ったわね。横島さんがあの結界を消した人間なのでしょうけど、聞くのは止めとくわ。
それで、こいつをどうするの?」
凛が不機嫌そうに二人を見つめた。
士郎は横島に視線を向けて、横島はその視線に溜息を吐く。
「オカルトGメンに送るよ。こいつはやっちゃいけない事をやったからな」
「なっ!?」
慎二が横島を見上げて絶句する。
「最低でも命は助かるさ。命のやり取りに参加したんだ、それくらいの罰は受けろ」
横島は首筋に『眠』の文珠を当てると、慎二の意識を刈り取った。
「まあ、慎二はこれでいいとして、ライダーのマスターはやっぱり……」
凛はポツリと呟く。
「あいつ、アサシンが二体いるみたいなことを言ってなかったか?」
「八体目のサーヴァント、アサシンと別のアサシンか」
新たなサーヴァントが発見された。
七体しか居ないはずの聖杯戦争に八体目。この時点で大問題である。
「それ以上に問題は監督官が死んだことね」
状況はバーサーカーと戦って、僅か二日で一変している。
それにも拘らず、新しい情報が無い
「完全に手詰まり。分かったのは一番動いているのが、元アサシンのマスターって事ね」
「そういえば、あいつ。根拠地を襲いに行くとか言ってなかったか?」
「ああ、それね。恐らくは間桐邸ね」
凛の言葉に士郎が慌てる。
「それって、桜が危ないじゃないか!!」
「大丈夫よ、多分ね。ライダーのマスターは、多分あの子だと思うわ」
「……衛宮の家に来てた子なのか?」
横島の言葉に凛がうなずく。
「こんな風に落ち着いてる場合じゃない。すぐに助けに行かないと」
「私はパス。気にはなるけど、百回挑んで百回死ぬ場所に行きたくないわ」
凛の言葉に士郎は驚いた。
「間桐邸は最低でも魔術師の工房よ。それなりの防衛設備も戦闘態勢だって整ってるはず。
そこを攻撃するってことは準備万端。元アサシンをメッセンジャーボーイにしてる事から、英霊を持ってる可能性もあるわ」
「だとすれば、キャスターかな。それともランサーか」
「まあ、その辺り。ねえ、衛宮君。セイバーを連れて、横島さんも協力したとしても不利だって事は分かるわよね?」
凛の言葉に士郎は黙り込む。
「大丈夫だ。ライダーが本当にアイツだとしたら、最低限の成果。桜さんを助けるぐらいはやってくれるだろうし」
「そういえば、横島さん。ライダーと戦ったことがあるって」
「ああ、三年前に魔神大戦でも、その前の前哨戦でも戦ってる。策略タイプだったはずなんだけどな」
横島はため息を吐くと、遠坂凛の方向に視線を向ける。
士郎も気づいたのだろう。遠坂凛と敵対していたことに。
「士郎、安心しなさい。横島さんと一対一でやるつもりは無いから」
ため息交じりで言うと、横島も苦笑する。
「俺も戦いたいわけじゃないからな。じゃあ、とりあえず、今から数時間は休戦ってことで」
横島は言うと、凛も苦笑交じりに頷いた。
「えっ…遠坂、人のいるところでは戦いはしないんじゃなかったか?」
「衛宮、周りを良く見てくれ」
かつての自分を見ている気がした横島は疲れた表情になった。
周囲には人が居ないから、間桐慎二と戦いになった。
本来であれば屋上で普通来る人間など、殆ど居ない。
「そういえば、学校内の人は?」
「大丈夫、魔力が足りなかったせいね。たいした被害は出していないわ。せいぜい、一瞬気を失った程度よ。
それでも、十人くらいは意識が戻ってなくて、救急車が来るけど命には別条は無いから安心して」
凛の言葉に安堵の息を漏らす士郎。
「じゃあ、俺たちはこの辺りでな。遠坂さんも気を付けろよ、なんかおかしな状況になってきたからさ」
そう言うと、屋上から降りていった横島と士郎。それを見計らったかのように、アーチャーの姿が現れる。
「すまん、リン。敵を見失った。令呪を使われたようだ」
「へえ、逃がしたのは二度目ね。実は大したことは無いんじゃない?」
「くっ、だが、気をつけろ。あの、横島という男は下手をするとサーヴァントなんかより手強い人間かもしれん」
「あら、そんなことに今頃気がついたの?
貴方が勝手な真似さえしなければ、横島さんに取り入って聖杯戦争をラクに進めることが出来たんだけど?」
「……」
アーチャーは、凛の言葉に沈黙を守った。
アーチャーの瞳は、虚空をさまよう。
これでは、自分の目的が達成できない。アーチャーは暗い瞳を浮かべながら、これからどうするかを考えていた。
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