冬木市の深山町は二つの地区に分かれている。
一つは洋館街が多くある地区。もう一つは武家屋敷が多くある地区だ。
「戻ったか」
黒い法衣を着た男性は腕を組んで、近くの洋館から様子を見守っていた。
そんな中で陣羽織を着た侍が現れたのである。
「ふむ、おかしな場所で待ち合わせたと思えば妖かしの本拠地の近くか」
映写機のように映し出される光。そこには目的地の洋館だった。
間桐邸。深山でもかなりの資産家の家だ。同時に魔術師の家でもある。
「で、どうする?」
「燃やす。それで良いだろう」
彼は言うと侍の方に視線を向ける。
「で、偽のマスターは?」
「ふむ、GSに任せてきた。それで構うまい?」
「ああ、構わない。マスターでない、騙っただけの一般人を殺すほど暇ではないからな」
だが、目の前の屋敷は違うと黒衣を着た男性は言う。
「あれも、GSに片づけさせれば良かったのでは?」
「無理だな。甘さが残るGSに化け物屋敷を攻略する事は不可能だろう」
あれは論外レベル。復讐者の言葉にアサシンは視線を向けた。
「遠くから観察したが、俺でも正体がわからん。蟲を使った術を使っているみたいだが」
「ふむ、その化け物をこれから退治しに行くと?」
「そういえば、調べてほしかった事だが偽マスターの方はどうだった。奴は出てきたか?」
「否、奴の中には居なかったのだろう。故に任せてきたわけだが、そこまで気にするなら今からでも始末しに行くぞ」
アサシンの言葉にアヴェンジャーは首を横に振る。
「それなら、構わない。後は連中を焼き殺して終了だ」
そういうとアヴェンジャーは窓を開け、窓のサッシに足をかけた。
「そういえば、この家を含めて周辺の住人はどうした?」
「ああ、簡単だ。数時間、家を穏便に出てもらっただけだ。数時間後には戻ってくるさ」
「なら、それまでの時間で片づけなくてはなるまい」
「その通りだ。行くぞ」
二人は言うと目の前の間桐の家に突入した。
魔術師の工房。それは決して甘い物ではない。
幾つもの罠、幾つもの結界、部外者を排除する為の道具はいくらでも存在する。
だけど英霊二体を止めるには残念ながら力が足りなかった。
「ウジ虫が住み着くには良い環境だ。蛇が住み着くにもな」
地下室に向かいながら歩いていく。
一階は破壊しつくし、洋館上部には大きな穴が出来ている。
人が本来経験すること無き暴力。間桐の人間にそれは向いている。
敵になる可能性があったのは、ライダー。彼女が先ほどまで家に居たのは分かっている。
だが、二体の英霊が入ってきた時点で、自分のマスターを守って逃げた。
現状では正解だろう。
「そういえば、奴の真名はメドーサらしいぞ」
その言葉にアヴェンジャーの表情が一瞬だけ変わる。
「ほう、顔色が変わることがあるのか。無表情で思惑が読めない男だと思ったが」
「そのように意識しているだけだ」
「そうか。人間らしい処があって、少し安堵した処だ」
「人らしくか、人間で居れば居るほど、辛い状況だった。その癖だ」
アヴェンジャーは言うと、地下への階段を下りていく。
「地下か。全く何故、化け物は地下が好きなのやら」
「地下は好きではないのか?」
「地下ってのは思い出がある。良い思い出も、悪い思い出も……今となってはどちらでもいい」
そう言うと地下に向かう階段を下り続けた。
地下の光景はまるでカタコンベだ。
恐らく、ここが工房なのだろう。
「英霊の姿は無し。生物の姿も無し。だけど、何処かでこちらを見ている気配がすると来たものだ」
アヴェンジャーの言葉にアサシンは刀を構える。
ここは敵の中枢、何処から襲い掛かってきてもおかしくない。
そのとき、アサシンの剣が何かを弾いた。
短剣。それの出どころは二人の英霊の視線では一瞬だった。
宙に浮かぶ骸骨の面。それが敵の正体だろう。
あれが、恐らくはアサシンになり替わった者。真・アサシンと言うべき存在だろうか。
「それだけじゃないぞ!!」
アヴェンジャーは上空に手をかざすと光を放った。
次の瞬間、焼き焦げた何かが降り注いでくる。
「なるほど、これが蟲を媒介にした魔術か。使い方としては及第点だとは思う。が」
真・アサシンをチラリとみる。
「残念だが、勝ち目は全くないぞ。そして、逃がすこともない」
真・アサシンには何か手があるのだろう。
アヴェンジャーや、アサシンの行動を予測し、逃げの一手で行動し続ける。
「ならば」
アヴェンジャーが手をかざした。それは一方的に大きな隙。あえて、作った隙と言うのだろう。
それでも、大きな隙ではある。
そんな絶好の状況に対して真・アサシンは起死回生の一手を打てなかった。
打とうとはしたのだ。
しかし、何かに弾かれたような衝撃。それにアサシンの素顔は見えないが、初めて動揺したような行動を見せる。
「なるほど、呪殺か。アサシンである以上、それは読んでいた」
アヴェンジャーは言うと、アサシンに視線を注視した。
「まあ呪殺にしても、随分と面白いな。全然気づかなかった。仕込んでなかったとしたら、相当な暗殺者だよ」
だから、とアヴェンジャーは前置きをする。
「お前は俺に負ける。自分の形に入った、自分の考え通りに行った。そういう考えを持った相手に関して、俺は負けたことは無いんだ」
アサシンはその様子に逃げようとする。
だけど、それは突然動きを止めた。
アサシンは身動きをしようともがこうとするが、もがくことも出来ない。
「鳥もちだ。色々と動き回るお前を止めるには十分だろ?」
「ギッ!?」
声を漏らす。
「ああ、悪いな。これでお前の聖杯戦争は終わりだよ」
次の瞬間、魔力が一瞬発動し、金縛りを解いた。
それで逃げ出そうとするが、それをアヴェンジャーは許さない。
逃げようとした瞬間に首が落とされ、アサシンの姿が掻き消えたのだから。
「しまった、取り逃したか」
「むっ、どういうことだ?」
「ちっ、俺としたことが……まあ、良い。致命的じゃないミスだ。まだ、挽回は効く」
アヴェンジャーはため息をつく。
「まあ、いいさ。最悪は俺が何とかすれば良い。やはり、GSには荷が重すぎる相手だ」
アヴェンジャーの言葉にアサシンは苦笑を漏らした。
「それよりもその剣は初めて見るが?」
「そうだな、こいつは俺自身の宝具ではないんだけどな」
戦いが終わると同時に剣が消える。
「さて、マキリの蛆虫。出てきたらどうなんだ」
辺りには静かな沈黙。気配はあるのでいることは分かる。
だけど、その気配が何処からなのか? どこに潜んでいるのか? 何よりも本当にそこに居るのかが分からない。
「良いだろう。アサシン、やるぞ」
「昼間からは目立たないのではなかったのかね」
アサシンがアヴェンジャーに聞きなおす。
それに首を横に振った。
「いや、どうせ見られることは無い。見られたとしても、それはそれで面白い」
「ふん、聖杯を起動するためだ。それにあと三騎でアレには十分な魔力が集まる」
「アヴェンジャー、お前の望みとは一体なんだ?」
アサシンはアヴェンジャーを見つめる。アヴェンジャーはそれを不気味な笑みで返した。
「俺の目的か。俺の目的は救済だよ。神父の言う通り、あらゆる人間は自分だけの望みを持ち、それを果たす為に奪い合う。
その目的のためには聖杯が必要だ。俺自身の願いは未来が無い故に叶えられる事は無いからな」
アヴェンジャーは独白した。
「俺は絶望と悲しみがある。それが絆の全てだった。だけど、並行世界でこの時代に呼ばれたのは必然だったんだろう。
聖杯とアレがあれば、彼女が復活できる。世界に復讐が出来るんだよ。
世界の理が■■■■の死なら、それを捻じ曲げて、存在させてやる事が俺の復讐だ」
「アヴェンジャー、お前は……」
「頭がおかしいだろう、アサシン? 俺自身も頭がおかしいと思うけどな、気付かされてしまったんだよ。
人は自分勝手な生き物だって、理解していて、自分には当てはめて無かった。
だから、俺は自分勝手に聖杯戦争を荒らす。その上で、俺の救済と目的を両立させてやる」
アサシンは一瞬呆然として、やがて大笑いをした。
アヴェンジャーは存在自体が狂っている。
アサシン自身、存在自身が狂っている。
だからこそ、その思いは分かった。
一途に何かを願って、その結果全てを失った人間なのだと。
「一つだけ、聞こう。自らの手を穢す意味は何処にある? 言峰しかり、間桐慎二も密かに決してしまえば良かった話だ。
何故目立つようなことをするのだ。お前の目的を達するだけなら、密かに動けばいいだけの話だろう」
「いつかは分かる。今の処はプロット変更や若干のイレギュラーはあったが、ある程度は順調に進んでいる」
「それを聞きたいが、それを聞くのは止めておこう。これ以上聞いては、個人的に入れ込んでしまうやも知れんからな」
アヴェンジャーの口元が笑みが浮かぶと、手から何かを取り出し壁に投げつけた
そこから炎が噴き出す。それは見る見るうちに天井まで広がっていった。
大火災になる。僅かな時間で焼き尽くす、大きな火事になるだろう。
「さて、脱出だ。あとは時間を待つだけだな」
二体のサーヴァントは燃える地下室を見ながら、地上へと上がっていった
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