正直に言えば学園での戦闘は失敗だった

 結果は悪い方向では事態を厄介にして、さらにはアーチャーの本気度を増やしただけ。

 良い結果では学園の結界を駆除して、状況が若干分かった事だろうか。

 間桐家が関わっていると言う事。

 アサシンの名前が佐々木小次郎と言う事。これに関しては元と言う前提条件があるが、この意味は不明。

 今回の間桐の偽物のマスターのお陰で随分と問題は大きくなったが、同時に状況を早める事も出来た。

 現在、間桐の魔術師(自己主張)が未だに土蔵の奥深くで騒いでいる。時々悲鳴が上がるのはタマモが遊んでいるからだろう。

 ああ、見えて妖怪だと言う事を忘れちゃいけない。

 ご近所迷惑になるから、念のために猿轡を噛ましておいたが、それでも煩いのでタマモが幻術の練習材料にしているらしい。

 まあ、あの結界に激怒していたのは彼女だから、仕方ないともいえるのではないか。

 それはさておき、横島は土下座している。目の前には竹刀を持ったセイバーの姿があった。

「ああ、それは道場においてあった奴だな」

 士郎の言葉に横島は頭を下げたまま、そんな情報は良いと思いながら、今の処は一過性台風が去るのを待つしかない。

「横島、あなたはライダーのマスターが現われることを知った上で行ったわけですか!?」

「いや、知るも何も出くわすこと自体が想定外だって」

「ならば、我々と合流し、それから戦うのが基本でしょう!!」

 セイバーは横島と士郎に怒鳴る。セイバーの怒りは大誤算だった。

 彼女は竹刀を地面と軽くぶつけて鳴らす。

「間桐の魔術師を生贄に捧げますので剣の神様。どうか、その剣を収めて下さい!!」

 横島が再び、頭を地面にこすりつけるように土下座した。それに習ったように衛宮も土下座する。

「私は生贄など望んでいません!!」

「なら、あれはライオンの餌にすれば良いのでしょうか!?」

 横島に対して、セイバーは竹刀を頭に一振りする。

 その衝撃で横島は地面に頭を強く打った。

「誰が、餌になどしろと言いました?
 ライオンが無差別に攻撃しようとした汚らしい魔術師など食べるはずありません!!
 むしろ、私がシロウに食事を作ってもらいたいくらいです!!」

 まるで、ギャグ漫画的なノリだ。

 横島が道化師を演じ、セイバーが道化師を調教し、衛宮は顔を強張らせながらも真面目に後についてくる。

 セイバーは横島に対して突っ込みを入れていたが、その怒っている理由は一つだけ。

 彼女はお腹が空いている。それだけだ。

 士郎が食事の準備をする中で、横島とセイバーは居間で向かい合う。

 先ほどまでのふざけた空気は全く無い。

「まあ、怒ることは分かっていたけどな。さっきも言った通り、遭遇は完全に想定外。
 同時に対処しなければ行けない状況。マスターまで居たのも想定外だったけど、英霊だけだったら危なかった」

「なら、そのときに私を何故呼ばなかったのです?」

「セイバー、普通は戦いには役割分担と言うものがあるだろ?」

 最初に横島は決めた。

 今回は強硬偵察で、セイバーは留守を守る役目だった。

「その役割を破っているのは貴方の方ですよ。今回は偵察で、本格的な戦闘に入るのは想定外です。
 偵察とは情報を持ってくる仕事であり、決して戦う事ではないのです。
 貴方が倒れたら本末転倒ですし、シロウが倒されたら聖杯戦争は終わりと言う事を分かっていますか?」

 セイバーの言葉は正しかった。だけど、あの時に無視していれば良かったのか? と聞かれれば疑問が残る。

 確かに最善の結果を得たのかもしれないが、全てのチップを賭けた舐めプレイ。

 今回は幸運に恵まれ、切り抜けただけ。横島もそれには自覚があった。

「マスターとサーヴァントを倒すのは英霊たる私の役目です」

 セイバーの言葉に横島は頷く。

「セイバー、無事だったから良いじゃないか」

 横島を庇おうとした士郎の言葉。それはセイバーには逆方向だ。

「そういう問題ではありません」

 セイバーの言葉に士郎は苦笑いをしながら、食事を前に出す。

「その件に関しては俺の慢心だった。いつでも令呪を使える状況にしてたとはいえ、甘かったことを認める。悪かった」

「……まあ、今回に関しては二人とも無事でしたから良しとしましょう。横島さんも掠り傷程度で済んだようですし」

 そういうと、セイバーはとりあえずは竹刀を置いた。

「一応、そんな命のやり取りの中で手に入れた情報の中で一番大きなものは……」

 一瞬考える。そして、横島はため息を吐いた。

「やっぱり、アーチャーだな。あいつ、相当に好戦的だな」

「それほどですか?」

「ライダーと俺を相手に戦いそうだった。アサシンが出てこなければヤバかったかも」

 アサシン。その言葉にセイバーの視線が鋭くなる。

「アサシンの英霊、真名は佐々木小次郎。巌流島の戦いで有名な剣豪だな」

 士郎の言葉にセイバーが疑問を持つ。

「剣豪? 剣豪がアサシンに……それ以前に何故名前を?」

「勝手に名乗ったよ。同時にあんな長い刀を振り回すとなれば、佐々木小次郎と言う名前に不一致は無いと思う」

「それは本当ですか? 私たちを混乱させるために名乗ったのでは?」

 セイバーの問いに士郎も片隅には思っていたのだろう。

「まあ、頭の片隅にでも置いておけば良いよ。今回のアサシンは陣羽織を着た、長い刀を持つ男って」

「なるほど、確かに」

 セイバーと士郎が頷くと、横島は先に進める。

「あと、アーチャーの奴に衛宮さんは目を付けられた可能性が高いな」

「アーチャーにですか?」

「単純に俺と協力しているからかもしれない。ただ、あいつの衛宮さんを見る目、あれは尋常じゃない」

 一瞬見る視線は鋭く、見方によっては射貫く視線だった。そう、アーチャーとして射貫く視線だ。

 殺気とは別。むしろ、障害を取り除くような視線。横島に対しても行われたので、どちらが狙われてたのが分からなかった。

 だけど、今回。最初に彼が視線を向けたのは衛宮士郎。

 となれば、横島は彼に対する盾とみているのだろう。

「いや、流石に……俺はあいつと殆ど関係ないじゃないか」

「そうだな。いや、一番弱いとみられたかもしれん。相手しやすいとも読み替えてもいい」

「うっ、それは」

「同時にライダーは完全に俺の天敵だな。まさか、魔神大戦で戦ったのが分霊で、本体と今回相対するとは思わなかった」

 横島はため息を吐く。

「それってどういう事?」

 戻ってきたタマモが首をかしげる。

「捕虜は?」

「気絶したから放置してきたわ。流石に寒いだろうから、すぐに戻るけど」

「気絶させるなよ」

「それはともかく、魔神大戦で戦ったってどういうこと?」

 横島は苦笑すると、話を戻した。

「ライダーの正体はメドーサ。ギリシャ神話のメドゥーサだよ」

「メドゥーサ、随分な大物ね。魔神大戦で戦ってれば、横島にとって戦いやすい相手じゃないの?」

「ところが、体つきから性能まで違って、俺の戦い方や弱点を知ってる。俺にとっては大きく不利だ」

 横島はさらに続けた。

「さらに言えば、ライダーは恐らく俺が出会った英霊の中でかなり下だ。まあ、それも偽のマスターに縛られてただけと考えれば良いんだけど。
 一番恐ろしいのはメドーサの能力が使えるのか、使えないのか。火角結界なんて使われた時には相当ヤバいし」

「そこまで、ですか?」

「頭はキレるし、それを生かせるマスターなら。同時にメドーサの能力を持っていたらと言う前提条件をつければ
 聖杯戦争の優勝候補はライダー陣営だと、俺は思う。はっきり言って、引き出しが多すぎるからな」

 全員が息をのむ。

「対応策はどうするか考えるとして、これでキャスター以外の英霊、全てが揃った事になるな」

「確かに。これからの予定を立てないといけませんが」

 全員の視線が士郎に向かう。

 それに士郎は一瞬固まったが、すぐに答えを出した。

「俺は今日とか、明日くらいまでは今の状況で良いと思ってる」

「その心は?」

「準備が足りないと思うんだ。今日の俺、足手まといだったからさ」

 士郎の言葉に一同、沈黙してしまった。

「確かに準備不足は否めないけど、足手まといとは思ってないぞ」

 横島の言葉にタマモとセイバーが真意を見るように横島を見た。

「衛宮さんをが足りないのは、心構え。自分が出来る事で、相手を出し抜こうと思う気持ちだな」

「出し抜く?」

「そういう意味では、間桐慎二はある意味では良くやってたと思う。あれを囮としてライダーだけで戦ってたら、良かったんだけどな」

 タマモは苦笑する。

「だけど、それ以上に行くなら衛宮さんの実力を知らないと、何もできない。でしょ?」

「そう言う事。出し抜くにしろ、何にしろ、まずは自分の手札を見る事が大事だと思う」

 横島の言葉に躊躇する士郎はセイバーを見た。

 それにこくりと頷くセイバー。

 彼女としても勝ち抜くことが前提条件にある以上は手札を知る必要があった。

「俺が使える魔術は、遠坂にも言ったかもしれないけど強化なんだ」

「強化?」

「物質などを強くする魔術よ。基本的にはね」

 タマモの言葉に士郎は頷く。それにタマモは付け加えた。

「魔術師から没収した研究所も少しだけオカルトGメンで見せてもらったけど、身体にかける事が出来るかもしれないわね」

「……だとしたら、アーチャーは衛宮さんの天敵か。アーチャーとは真っ向から戦わない方が良いかもしれない」

「なんでさ。俺だって、何かできるかもしれないだろ!!」

 タマモは首を横に振る。

「強化だけでは、正直な話を言うと厳しすぎるわ。肉体を強化したところで英霊に相対することは出来ないでしょ?」

 タマモの言葉は正しい。オブラートで包む事をしていないのが、タマモらしい。

 だけど、それは恐らくタマモ自身にも言っているし、横島にも向けられている。

 その時、士郎が顔を上げた。

「そうだ、あと一つあった。投影もできる」

「……投影ねぇ」

 タマモがため息をついた。

「確かにそれは使い物になるかもしれない。だけどね、無から有を生み出すなんて強力な物が出来る可能性は無いわよ?」

 タマモの言葉に士郎が落ち込む。

「タマモ、言い過ぎだ。そんな事を言い始めたら、俺の文珠はどうなるんだよ」

 苦笑いしながら、横島は言うとタマモが黙り込んだ。

「どちらにせよ、見てみなきゃわからない。強化だって、時間稼ぎぐらいは出来るかもしれないしさ」

 事実、GS見習いで美神除霊事務所で働き始めた頃の自分と衛宮士郎では、文句なしに彼の方が上だ。

 あの頃でも、助手が出来ていたと……思いたい。彼ならば、冷静さと経験があれば、嫌がらせぐらいは出来るようになれるはずだ。






  魔術を見るために土蔵に移動する。そこにはセイバー、そしてタマモの後ろに横島もついてきていた。

 ガラクタが転がった土蔵。そこは確かに僅かながらに霊場として力を持っている。

 言うならば、朽ちた霊場だろうか。

 正しく整備すれば、元通りになるとは思うが横島にもタマモにも元通りにする知識は無い。

 そんな中で、士郎は土蔵の中央に立った。

「俺はいつも、ここで修行しているんだ」

「そう、場所は良いんだけど、余り管理できていない気がするわ」

 タマモの言葉は辛辣だった。

 それに士郎は苦笑いをすると、手をかざす。

「俺の魔術は少し時間がかかるんだ。ちょっと時間をくれ」

 士郎は言うと、中央に座る。

 やがて、決意したように集中を始める。

「投影開始トレース・オン」

 タマモと横島の表情が段々と変わってくる。

 霊力の流れが一気にあふれ出し、体を一気に駆け巡るのが分かった。

「お、おい!?」

 横島が声を上げるほどの異常は、当然の事だが士郎の身にも大きな負担をかける事になる。

「ぐあああああああああああああああ!!!!」

 激痛に叫ぶ士郎。それに慌てて横島が止めようとするが、タマモがそれを止める。

 タマモは途中で止める方が危険だと判断した。

 何が起きているか分からない横島も唇を噛みしめながら、状況を見守る。

「嘘…こんな作り方って」

 そんな中のタマモの声が今の異常な状況を物語っていた。

「投影完了トレース・オフ」

 一息ついた後、士郎はため息をついた。

「今回も失敗か」

 士郎の言葉に横島は首をかしげる。

 横島の疑問は士郎が渡してくれたもので判明した。

 そこには外面だけで中身が無いビデオデッキだったのだから。

 周りには、そういった「ガラクタ」が転がっている。

「まあ、こんなところだけどな」

 やり終えた士郎をタマモが睨みつけるように見ていた

 横島も真剣な表情で考えていた。

「タマモ、これは」

「横島、ごめん。今、私は混乱してるから、横島の方から話して」

 タマモの言葉に横島は頷く。

「衛宮さん、これを誰かに話したことはあるか?」

「爺さんは知ってたけど、魔術って隠匿する物だろ」

 横島は頷くと、手のひらを出した。

「衛宮さんのやっているのは、こういう事だ」

 横島は一瞬だけ光らせると、手に珠のようなものが出てきた。

「なんだ、これ?」

「俺の宝具っていうべき物かな。これと同じで衛宮さんの魔術は、一種の規格外だと思ってる」

「規格、外?」

  士郎が横島を見ると苦笑していた。

「少し見せてもらったけど、この周りのガラクタの中にも同じようなのがあった。と言う事は試してるのは今回だけじゃないだろ」

「あ、ああ」

「魔術で作った物がずっと残る。俺の文珠もそうだけど、それが規格外じゃなくて何というんだろうな」

 横島は言うと文珠を見つめた。

「規格外ってのは、良い意味でも悪い意味でもあるんだ。文珠は汎用性に長けるけど、決め札にはなり難い性質がある」

「逆に俺のは?」

「多分、汎用性には長けないけど、切り札になりえるんじゃないか?」

 横島の言葉に士郎は、少し考えて、頷いた。

 それを見てタマモは苦笑すると、「次は私ね」と言って士郎の前に立った。

「あなた、本当にこんな事を毎日やっているの?」

「ああ、そうだけど」

 士郎の言葉にタマモがため息をつく

「呆れた。貴方、その内に死ぬわよ」

 この言葉に横島と士郎、さらには様子を見守っていたセイバーの表情が強張る。

 タマモの言葉は情け容赦ないほど真っすぐ。だが、真実を言っているのだろう。

 横島はタマモの表情から言いがかりでは無いと思った。だから、聞いてみる。

「なんでだ。これ自体は出来てると思うけどな。中身は無いけど」

 失敗して魔力の暴走はしていないのだから、それは無いのではないかと。

 タマモは横島を見てため息を吐いた。

 それ程的外れな事を言ったつもりは無かったが、彼女とすれば予想外だったらしい。

「横島、あなたは霊力を使うのに体の底からひねり出す?」

 呆れたように声を出すタマモ。

 その意味が分からない。知識が足りないのだろうけど、恐らく根本知識に関わる部分なのだろう。

 恐らく、タマモは衛宮士郎の最大の問題に気付いている。やがて、諦めるとタマモは説明をし始めた。

「蛇口から水を出したいと考えて。
 彼の場合は水を出すためにパイプを構成して新しく蛇口を作るところから始めているんだと思うわ。
 魔鈴さんから聞いた話だと、霊力と魔力は似たような物だって話。
 それが、チャクラを回すか、魔術回路を作るかだけの話であってね。結局はスイッチなのよ」

「「へえ…」」

 タマモの説明に士郎と横島が納得しかける。

「衛宮さんはスイッチの作り方を知らない。だから、スイッチ構築くらいは横島が教えてあげたら?」

 その言葉に横島は首を振る。

「あのさ、本来は霊能や魔術を使うにも、独自の物があると思うんだよ。それをGSで作って良い物なのか?」

「横島、私が言いたいのはそれ以前の問題。衛宮さんはね、一から全部作ってるの。スイッチで済むのを工事してる。意味わかる?」

 横島は一瞬首をかしげたが、タマモはすぐに前よりも大きな溜息を吐いた。

「分かったわ、私の方である程度何とかする。彼の魔術回路を全部開放したいんだけど、文珠ならできる?」

「……実は余りやりたくない。もう、数が少ないんだよ」

「ちょっと待って、後幾つなの?」

 横島はポケットに入れてある一ダースの文珠入れを見せた。

「これで打ち止め。本当に予備中の予備で、これが無くなると撤退すら出来なくなる可能性がある」

「やっぱりそんな事態だったのね。ライダーを倒すチャンスだったと思ったんだけど」

 タマモが想定した事態だったようだ。

「まあ、比較的悪い予想だったから。で、文珠は次はいつ準備できるの?」

「今日の補充分が一つ。明日になれば、さらに一つかな」

「正しく焼け石に水ね。だけど、今は少しだけでも余裕があるときに戦力強化しないと」

 タマモは士郎に目を向ける。

「タマモ、一体何をしようとしているんですか?」

 セイバーの疑問も当然の話だ。タマモもそれは分かっている。

「簡単な話。今から彼の魔術回路を開こうとしてるのよ。そうすれば、魔力供給も出来るかもしれないでしょ」

「しかし、それが簡単に出来るのですか?」

「横島の戦闘力を一時的に激減させてでも、今はそっちの方が優先ね。失敗したら……」

 タマモは横島に視線を向ける。

「失敗すると考えるなら、最初からやらん方がマシだと思うんだけどな」

「失敗? 魔術回路を開くことだけなら可能でしょ」

 横島はその言葉に頷くと、士郎に近づいていった。

「横島、何文字まで制御可能?」

「四文字が限界だな。それ以上は試したこともない」

 タマモは頷く。

「なら、どうするべきかしら。魔術回路開放と文字を入れたいんだけど、六文字とか?」

「正直、俺は魔力の概念とか分からん。それならば、回路起動とかでやってみるとか」

「うーん、それだと、チャクラの方が開放しないかしら。やっぱり、難しいわね」

 横島は考えると、溜息を吐いた。

「出来るか、どうかは分からないけど、六文字……やってみるか」

「出来るの?」

「だから、やってみるんだよ。考えても仕方ないなら、一度使ってみる。その後で考えれば良いと思うわ」

 タマモは止めようとしたが、横島は士郎に顔を向ける。

「俺も何が起きるか分からん。覚悟は良いか?」

「今の様子だと横島さんもやった事ないんですよね」

「まあな。たぶん、俺の場合はチャクラが焼き切れて身動きが取れなくなるだけだと思うから、俺の事は気にしなくて良い」

 士郎と横島の視線が合う。

「横島さん、やってくれ。やらないで後悔するより、やって後悔した方がマシだ」

「分かった、衛宮さん」

「横島さん、俺は呼び捨てで構わないよ。何というか、年上の人に気を使われるのもね」

「分かった。じゃあ、行くぞ」

 横島が言うと六つの文珠が光った。

 同時に二人から苦痛の声が上がる。

 横島は発動した霊力が制御しきれずに逆流して、チャクラが焼けているから。

 士郎は一斉に眠っていた魔術回路が起動した。その魔力量は半端じゃない。

 ラインを使わずに新しく作り続けていたのだから、無理やりこじ開けた反動が会っておかしくは無かった。

「シロウ!!」

 セイバーが近寄るがタマモがそれを許さない。

「衛宮さん、集中して。良い、魔力を感じて。魔力がすぐに空になるわよ!!」

 タマモの言葉が聞こえたか分からない。

 ただ、衛宮士郎の気配が変わったのはその場にいる者全てが感じ取っていた。






 衛宮士郎が横島の手から暖かい何かが流れた直後に襲った物。それは激痛だった。

 同時に何かが抜けていく感覚。それが僅かに聞こえたタマモの言葉で魔力だとわかる。

 ならば、どうすればいいか?

 感覚は失敗したときの激痛に似ている。ならば、魔力を止めれば良い。

「と…魔力…停止トレース・オフ」

 だけど、それは今までと違う。頭の中に何か回路のような物が浮かんでいた。

 その中にあるスイッチのような物。

 一つ一つ落としていけば良い事が分かる。だけど、それは……頭の中で描きながら落とすと言う流れの物だった。

 激痛の中で思い浮かべるのは難しい。恐らく今までの中でも上から数えた方が良い厳しさだ。

 体の底が熱い。筋肉がちぎれそうな痛み。骨が軋む。

 だけど、その半面では嬉しさも大きい。

 何故なら力が見える。横島の力なのかもしれないが、目の前に分かりやすい物が存在していたのだから。

 一つ一つ落としていく。その度に僅かだけど、体が軽くなるのを感じた。

 そして、七つ目を落とす。

『体は剣でできている』

 それは誰の台詞だったであろうか。周りにあるのは十年前の街。

 歩いている自分自身がいた。助けられずに歩いている自分を遠くから見ている。

 手を伸ばしても届かない。遠くに見えるのは黒い祭壇だった。

 塔のような物が天から降りている。よく見れば、それは別の何かだったが、塔のように見えてしまった。





 スイッチの十一個目を落とす。

『血潮は鉄で、心は硝子』

 そこは病院だった。白い天井と見覚えがある男性。

「君が士郎君だね」

 衛宮切嗣。

 衛宮士郎にとって、義父であり、同時に魔術の師匠でもある。

 あの炎の中で助け出された後、彼に引き取られた。

 聖杯戦争の参加者であり、言峰の言葉を使えば、あの火事は聖杯戦争の物だった。

 あの悪を消し去ったのは、多分彼だ。

 彼のやった事は正義だった。誰が何といおうと、あの黒い祭壇を破壊したのは正解。

 衛宮切嗣は自身を正義の味方とは認めなかったけど、自分には正義の味方に見えたのだ。






 十六個目を落とす

 次の情景は衛宮切嗣がこちらを見て、弱った体で語ってくれた。

『幾たびの戦場を越えて不敗』

 彼は安らかに死んでいった

 正義の味方という夢は俺が継いでやるからと言ったことに笑みを浮かべて

 これが衛宮士郎の始まりだった。

 だから、彼の夢を継ぎ、正義の味方になろうと考えたのだから。



 二十一個目を落とす

『ただの一度も敗走はなく、ただの一度も理解されない』

 赤と青の剣士。それを傍から見ている自分が居る。

 これは、あの学園の光景だった。

 それが美しいと思ったのはなぜだろうか?

 恐らくそれは、未だに届かない力の原点だから。

 引き込まれるように、その戦いを見てしまっていた。






 二十五個目を落とす

『彼の者は常に独り、剣の丘で勝利に酔う』

 迫るのは巨体、バーサーカー。

 バーサーカーが襲ってきたとき、その中で戦いと言うのを知らないのは自分だけだった。

 だから、何処かで外から見ていて、いつの間にか巻き込まれていて、そんな感覚すら自分には無かった。

 そんな自分が居なければタマモは怪我をすることは無かっただろう

 戦う力があれば。そう思い始めたのはこの時からだ。

 正義の味方として……違う。この手で何かを守れるだけの力が欲しいと心の底から思った。4






 二十六個目を落とす

『故に、生涯に意味はなく』

 自分はバーサーカーに殺されかけた。

 英霊の力を理解したつもりだった。理解したつもりで、セイバーを助けに行った。

 そして、死にかけた。

 聖杯戦争を舐めすぎた証拠だ。

 一方で慎二はアサシンのサーヴァントに殺されかけた。

 そういえば、土蔵に居た彼は何処に連れていかれたのだろう?

 まあ、どちらにせよ、お互いが聖杯戦争を甘く見過ぎた。

 それだけに過ぎない。

 生き残ったのは、運の要素が大きいのだろう。

 力が無い。惨めな物だった。

 その力を手に入れるのに、どれだけの時間が、どれだけの苦労が必要なのだろうか。




 二十七個目を落とす。体の痛みが消え、静寂に包まれた。

 次の瞬間、突風のようなものを身に受けた。

『その体はきっと剣で出来ていた』

 目の前の静寂を破るように、目の前を塗り替えていく炎。

 荒野の中に剣が突き立った、言うならば「剣の丘」と言うのだろうか。まるで墓標にも見える光景。

 その剣にも見覚えがある。

 それは自らが「解析」したものだ。これも自分が使える魔術の一つである。

 博物館で、藤村組と言う藤村大河の実家である処で解析したものが多い。

 そんな中、一つだけ際立つ美しい装飾の着いた剣があった。

 見た事もない。聞いたこともない。その剣が目の前にある。

 何よりも、その剣は鞘ごと突き立っていたのだ。

 でも、それはおかしいことだった。何故なら、他はむき出しであるのにそれは鞘ごと収まっていたのだから。

 見たことが無い剣だった。

 手に触れてみると、その剣の情報が入ってくる。同時にこの世界の情報も。

 ここは、たどり着く夢の果てだ。

 使える魔法は劣化品。これだけが自分の使える魔術だと言う事も理解できる。

 全てを通り越して、一瞬でこの場に至った。

 衛宮士郎はそれに感慨を抱けない。思ってしまったのだ、この寂しい光景が自分の願った正義の味方なのだろうかと。






 突然、目の前が暗くなる。単純な話で、自分の魔力だけではこれが限界だっただけの話だ。

 後は意識を取り戻すだけ。それも、スイッチのオンオフのようにトリガーで戻る事が出来るだろう。

 戻ろうとしたその時、不鮮明な映像のような記憶のような者が浮かんできた。

 行ったことが無いが、目に見えたのは東京タワーだ。

 展望台から見下ろす光景から、この記憶は始まっている。

 視界からは燃える車や、それを何とかしようとする赤色灯を回した消防車などの姿も見て取れた。

 もう一つ、視界にとらえられる人間が居る。

 今よりも若い横島と女性。僅かに雰囲気が違う女性は横島を見送ろうとしていた。

 横島は難度も振り返りながら、彼女を見つめて、足を滑らして東京タワーから落ちていった。

 よく生きていたな、と言う思いはある。だけど、目の前で彼女はその様子を満足そうに微笑んでいたのだ。

 そして、何故か寂しそうな顔をしながら、同時に優しげな表情を浮かべながら……彼女は消えた。






 場面が変わる、次に見たのは威厳が高そうな男が見下ろしている光景だった。

 その上で尊大な声で告げてくる。その意味は「世界か、女か選べ」と言う事だった。

 恐らく、これは魔神大戦の光景。そして、目の前にいるのがアシュタロスだ。

 そんなのは簡単だ。世界が当たり前の正解だと思う。

 だけど、それは本当に正しいのだろうか?

 個人の意見を封じれば、世界を選ぶのが正解。だけど、その意見からして、個人の意思だとすれば……

 衛宮士郎には選びきれなかった。

 もし、これが……身近な人間だとしたら?

 最終的に横島は世界を選んだ。

 本当にそれが正しかったのかは、横島忠夫に聞くしかない。

 だけど、頭の中で理解してしまった。

 自分より遥かに力を持つ横島忠夫でさえ、全てを救う事が出来ない。正義の味方になれないのだと。

 それから、早送りになっていく。

 横島忠夫は、それからは守るための戦いになった。

 まるで、何かに挑戦するかのように。

 全てを守る事は難しい。それを士郎は自分に問う。

 自分は真っすぐに、全てを救いたいと言う気持ちを握り続ける事が出来るのだろうかと。

 そして、急激に視界が開いていった。





 士郎が目を覚ました時、その電球がついた天井を見ていた。

 恐らくは居間だろう。

 視線を動かすと、プルプルと腕が笑っている横島の姿。

 セイバーとタマモがお茶を飲み、視界の隅では間桐慎二が転がされている。

「おっ、起きたみたいだな」

 横島の言葉にセイバーとタマモが視線を向けた。

「シロウ、大丈夫ですか?」

「セイバー、俺は何分くらい気絶していたんだ?」

「約二十分ほどです」

 セイバーの言葉に士郎は頷く。横島に視線を向けると、そこには横島が拳を握ったり開いたりを繰り返していた。

「横島さんはどうしたんだ?」

「この馬鹿、チャクラを焼きつかせて、全く動けなくなるところだったのよ」

 大事だった。

「動けなくなるって大袈裟な」

「全治三週間以上の半身不随。文珠が無ければ、撤退の危機だったことを忘れないで。無茶し過ぎよ」

「ははは、悪い。だけど、これで戦う準備は出来ただろ?」

 セイバーはその言葉に頷く。

「はい、パスは通りました。魔力は少ないながらも一定量が供給されています」

 セイバーの頷きに士郎が頷いた。

 見た夢を正確に覚えている。

 恐らく見たのは、文珠にあった霊力を無意識に解析したからではないだろうか?

 だとすれば、あの映像は過去の映像だと士郎は判断する。

「横島さん」

「ん?」

「少し時間は良いですか?」

 横島と士郎の視線が合うと、横島は黙ってうなずいた。

 士郎の視線に何か感じる者があったからだ。

「じゃあ、まあ……道場に行くか」

 横島は言うと、衛宮邸の敷地にある道場に向かう。

 道場で横島と士郎は何も言わず、黙っていた。

 やがて、痺れを切らしたかのように横島が口を開く。

「どうした? 俺を呼び出すなんて、まるで果たし状みたいだな。放課後、体育館裏に来い……みたいな」

「いや、そういうわけじゃないんだ。ちょっと気になる事があって」

「気になる事?」

「横島さん、バイザーのようなものを付けた女性を知ってるか?」

 横島の身体が固まる。

「ちょっと待て、バイザーだって?」

「ああ、夢の中で出てきたんだ。黒を基調とした結構きわどい格好をしてた女性なんだけど」

「……多分、それはルシオラだ。だけど、俺は格好まで言ったか?」

「やっぱり、魔神大戦で死んだ女性ってルシオラって人だったんだ」

 士郎の言葉に横島は考えると、ある可能性に思い至った。

 文珠だ。

 文珠は横島の霊力を練り上げて作った物だ。その霊力の中に多少の記憶が混じってもおかしくは無い。

 そして、今回は彼の中に眠っていた魔力のスイッチを強引に文珠で開いた。

 それならば、その反動で横島の霊力が若干流れて、記憶の流入があったとしても説明がついた。

「なあ、横島さん。いったいなんのために戦ってるんだ?」

 士郎の言葉に横島は何も答えない。

 ただ、真剣な表情で士郎を見つめるだけだった。

 しばらくの沈黙の後、横島は口を開く。

「なら、衛宮。お前は何のために戦っているんだ?」

 横島の言葉に士郎が沈黙する。

「俺の戦う理由は簡単だ。俺は守りたいんだよ、理不尽な理由で巻き込まれてしまう、救われない人を」

「理不尽な理由で巻き込まれる、救われない人を守りたい?」

「言うならば、誰でも救える人間は誰かに救ってもらえば良いだろ。それこそ、警察とかさ」

 衛宮士郎の目が丸くなる。

「俺の手は二つだけだ。足も含めて四つしかない。これで救える数なんて、たかが知れてる。
 でも、たった一つに絞った処で助けられるかどうかは分からないんだ。ならさ、その手は救えない人に何とか手を差し伸べる手にしたい」

「だけど、それだと目の前に助けられる人が居たとして、誰でも助けられるとしたら、それを見捨てるのか?」

 士郎の言葉に横島は苦笑する。

「それは助けるよ。目の前にいて、死なれちゃ目覚めが悪いからさ」

「じゃあ、どういう……」

「こう考えよう。目の前に助けたい女性が居る。だけど、彼女が助かる可能性は低い。
 同時に彼女を助けたら町が一つ吹き飛ぶ可能性が高い。この手で殺すなら、町は助かる。その時はどうする?」

「ど、どうするって」

「一般人なら、町を取るだろうな。俺が魔神大戦で世界を取ったように」

 横島の表情は暗かった。

「だからって、それは」

「だから、足掻くんだよ。出来る限り早くから突っ込んで、あらゆる手段で助け出すんだ」

「だけど、それで……助けられなかったら」

「その時は諦める。きっぱりと」

 横島は士郎を見つめた。

「はっきり言って、褒められた事じゃない。ぶっちゃければ、俺が冬木に関わる事も周りから反対された」

「だけど、何かできる事が無いかを調べたくて、冬木に来た」

「ぶっちゃけ、一人でも助けられればってな。聖堂教会の後押しも大きかったけどさ」

 横島は言うと笑みを見せた。

「そのために色々やって来たけど、取りあえずは聖杯戦争に勝って、吸血種を潰す。それが目標だな」

 横島は言うと、士郎を見る。

「お前はどうなんだ?」

「俺は、正義の味方になりたい。そう思っていた」

「思ってた?」

「だけど、さっきの夢とか横島さんの記憶とか、色々と見て思ったんだ。俺の夢は不相応な物じゃないかって」

 その言葉に横島はため息を吐いた。

「夢ってのは努力して叶えるからこそ夢じゃないのか?」

 その言葉に士郎が顔を上げる。

「まあ、難しいよな。正義の味方ってのは、誰かを助けるために切り捨てなきゃいけないものだってあるんだと思う。
 けどさ、誰かを幸せにするために誰かを不幸にするのは正解なのか、って疑問も出て来るよな。
 何処かで折り合いをつけなきゃいけないんだと思うけど、最終的にその正義を決めるのは衛宮士郎本人だろ?」

 横島は黙ってみている士郎を見て、突然曖昧な笑いを浮かべた。

「偉そうな事を言ってるけど、俺だって正義って何だか分からん。だけど、お前の選んだ正義は誰にも非難される事じゃないだろ」

「ああ、そうだな」

「だけどさ、その一度貫いた正義を曲げるなよ。その正義を信じた人の裏切りになるからな」

「分かった」

「どうしても裏切った時、その時は……そんな夢を捨てるしかないだろうな」

 横島の言葉に士郎はふと義理の父である衛宮切嗣を思い出した。

 何処か疲れたような顔をした切嗣。それを幼い記憶の中でも鮮明に覚えている。

「横島さん、頼みがあるんだけど」

「おう、なんだ?」

「爺さん、衛宮切嗣の事について知りたいんだ。情報が手に入るなら、手に入れてくれないか?」

 横島は一瞬だけ驚いた顔をして、考え込んだ。

 だけど、それも一瞬。

「子供には知る権利がある、よな。分かった、聖杯戦争がらみで衛宮切嗣さんの情報は集めてある」

「えっ?」

「その情報を渡すよ。たぶん、衛宮が知りたくない事が色々と書いてると思う。それでもいいか?」

「ああ。それが真実だとしたら、俺は知らなきゃいけないんだと思う。俺の見た、正義の味方を」

 そうでなければ、爺さんの夢は継げない。

 彼の言葉に横島は一瞬だけ憂鬱そうな顔をしたが、恐らくは相当酷い事が書いてあるんだろうと言う予想はついた。

「じゃあ、居間に行こうか。そこで資料は見せるよ」

 横島は言うと道場を後に今に向かっていく。

 その後ろを衛宮士郎は慌てて追いかけて行った。






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