朝、冬の寒さが感じられつつも、寒さが厳しくはない冬木市。

 道場は熱気が渦巻いていた。

 そこでは衛宮士郎が向かい合う存在が居る。

 剣の英霊・セイバー。

 三十秒一本勝負。一瞬で決まる戦いによる稽古をつけられている衛宮士郎の姿があった。

 現在、衛宮士郎は三十八連敗中。朝の六時から始まった、彼の稽古も七時になって最初程の勢いは無くなっていた。

 疲労、それとセイバーの圧倒的な力。僅かに見える諦めを振り払い、勝てない相手に挑む。

「本来は違うんだけどな」

 横島は壁に寄りかかりながら、その訓練を見ていた。

 横島も朝の五時半からセイバーと手合わせをした。三十秒一本勝負。それで勝てたのは一回。

 一撃を食らわせたが、その後は全く通用しなかった。

 それでも三十秒を逃げ切ることは三度。足りないが二十秒を逃げ切った事は六度数えている。

 結局は三十戦一勝三分二十六敗。

 横島とすれば上々の結果だった。

 息切れしても、何とか立ち上がる衛宮を前にセイバーは黙って竹刀を構える。

 どうやら、三十九連敗目は目の前に見えているらしい。

 そう思った瞬間に竹刀が鳴る。どうやら、三十九連敗が達成されたようだ。

「よ、横島さん。どうやって、セイバーの剣を防いだんだ?」

 士郎が息も絶え絶えで聞いてくる。

 その答えは一つだけだ。

「普通に見て処理しただけだ。セイバーの剣は結構一直線だから見やすいはずだぞ」

 士郎がその言葉に信じられないという表情を浮かべ、セイバーは竹刀を下して呆れた表情で見てくる。

「確かに横島は私の剣を見て対応しています。同時に野生の感覚で対応していると言うところでしょうか」

 何度か戦っているときに、不意の場所から出てきた竹刀を体勢を崩しながら避けるという事が何度かあった。

 横島の動体視力は人間の最高レベルに近い。だけど、セイバーの技術は横島の動体視力では追いきれない。

 そこから一手、二手と手段を出してきて、一敗という剣の英霊として屈辱を受けてしまった。

 横島忠夫は規格外。セイバーの目は鋭くなり、英霊を倒すが如く、横島を打ち払ったが時間切れを三度起こしている。

 つまるところ、二十秒から三十秒であれば、英霊と打ち合う事が出来るという事だ。

 セイバーは溜息を吐く。

「士郎、横島を参考にしても何にもなりません」

 士郎の意識がセイバーに向くと、それを待っていたかのように言葉をつないだ。

「確かに横島は強い。人間でも彼より強い人間はそれ程居ないでしょう。
 同時に文珠という宝具に近い物を使用していますので、ランサーやバーサーカーと戦えるのも分かります」

 そこで一旦言葉を切った。

「だけど、横島には英霊と戦って、勝ち切る程の力は無い……でしょ?」

 欠伸をしながら、入ってきたタマモが言うとセイバーは頷く。

「その通りです。横島は英霊を苦戦させる事は出来るでしょう。ただ、出来るまでで長期戦になれば負ける可能性は高い」

「えっ?」

「横島の文珠は数に限りがあると見ました。違いますか? それも補充が難しい」

 セイバーの指摘に横島は苦笑いをする。

「その通り。まあ、隠していても仕方ないけど、すでに相当消費してるからな」

「なるほど。今までのようにバーサーカーやランサーとは戦えないと?」

「二、三日待てば数個出来るから、その段階で戦いに出れば何とかなる」

 セイバーは頷く。

「まあ、この通り。横島ですら、色々な制約と戦って、ようやく英霊と相対できると考えて構いません」

 セイバーは士郎の様子を見る。

 そして、溜息を吐いた。

「休憩にしましょう、士郎」

 セイバーは言うと、竹刀を置いた。

 時間は七時を回る。

「そういえば、今日は学校を休んだのか?」

「ああ、昨日の夜に藤ねえから電話が来て、臨時休校みたいだ」

「流石に聖堂教会が動いてない今、完全に情報をシャットアウト出来なかったな」

 昨日、学校で起こした集団昏倒事件。それは昨日の夜のニュースでは大きな騒ぎになっていた。

 連続、ガス漏れ事故と流れていたが、ガス会社からしたら何が何だか分からない状況になっているに違いない。

 今日の朝刊の一面はガス会社の責任を追及する書面で統一されているらしいからだ。ちなみに情報元は西条輝彦だったりする。

 むしろ、オカルトGメンが介入しやすいように動かしている様子さえ見て取れた。

「それと、俺も知らなかったけど、これか」

 間桐邸から出火した事件。間桐慎二に訪ねた時、彼は全く知らないようだった。

「そういえば、彼の引き渡しは?」

「済ませたわ。流石に聖堂教会が機能しない中で、オカルトGメンもある程度の手助けはしてくれるようになったようだし」

 タマモが答えると、士郎が横島に視線を向ける。

「なあ、慎二はどれくらいの罪になるんだ?」

「魔術の不正利用。それに集団昏倒事件の犯人になるからな。死刑は無いにしろ、十数年は帰ってこれないんじゃないのか?」

 横島が推測で答えると、タマモが違うと手でジェスチャーをした。

「恐らく司法取引が行われるわよ。聖杯戦争などの記録や、魔術師の情報を提供できれば数年で大丈夫。その後はオカルトGメン所属になるんじゃない?」

「そうか、良かった」

「まあ、それが良いかどうかは別だけどね。魔術師からしたら、裏切りよ。それは」

「それでも、やり直す機会はあるんだろ。それだけでも良かった」

 士郎の言葉に毒気を抜かれたタマモが横島に助けを求める。

 だけど、助ける状況でもないと判断して横島は苦笑いで返すにとどめた。

「でも……まさか、彼女が関係しているとは思わなかったわね」

 タマモが言うのは、この家で出会った少女だ。間桐桜、彼女の存在を横島やタマモは疑えなかった。

 それが分かっていたら、何か対応の方法はあったはず。タマモは言うが、横島はそれには疑問を浮かべる。

 恐らく対応は出来たかもしれないが、向こうの英霊も横島の正体は知っている。

 ライダーが、メドーサ……いや、メデューサと分かったら、ある程度の対応は取れるはずだが、メドーサの記憶がある以上は横島を甘く見ない。

 地球に落下するとき、メドーサの言い残した言葉。「お前から先に片づけておけば良かった」と言う言葉がメドーサの横島への対応を考えさせてくれる。

 恐らくは形振り構わずに来るはずだ。だけど、それをしなかった。

「やばい、ライダーに対応する手段が思いつかん」

「現れたら戦えば良いでしょ。それとも別の何かを心配しているの?」

「そっか、タマモは知らないんだな。メドーサは……あの美神さんと駆け引きが出来るんだぞ?」

 その言葉にタマモが一瞬固まる。

「同時に香港では美神さんを罠にはめて、捕らえる事も出来たんだぞ?」

「え、つまり……あの人でも手玉に取るだけの知能を持つ英霊?」

 横島の焦っていた理由が分かった

「だけど、相当弱体化してる。性格が大人しくなって、罠も悪辣だけど対応は不可能じゃない。その点は幸運だよ」

「ライダーが弱体化してるって、どういう事だ?」

「簡単な話で、火角結界とかが使えたなら、あの学校にいた人間は全滅してた可能性がある」

 ライダーは使わなかったと考えるよりも使えなかった方が正しいだろう。

 メデューサはメドーサの記憶はあっても、最初から何でも有りとタイプではない。

 一応、神話の化け物を元となったのだから、そういう面はある。

 ただ、もし……火角結界が使えたのであれば、そちらを先に使うはずだ。あれほど威力が大きく、弱点が大きい物は存在しないはずだから。

「質問、火角結界って何?」

 タマモの言葉に横島は苦笑する。知っていてついてきたんじゃないのか、と思いながら横島は口にした。

「脱出不可能な結界を張って、その結界内が一定時間後に爆発する。解除方法は結界の動力を停止するか、それとも発動者を倒すかのどちらかだ」

「結界の動力って?」

「地脈だな。GS試験の時には試合場の周囲に出てきたのに対して、香港では山一つだった。」

 タマモと士郎は呆然としていた。

「弱点は無いような気がしますが?」

「制限時間内に何とか出来れば良いんだ。それこそ、英霊なら宝具で何とか出来るかもしれない」

 横島なら文珠で何とかなる。

「そんな凶悪な物があるなら、マスターは使うわね。あの結界を張った間桐慎二と言うマスターなら」

「ちなみに万一だけど、間桐桜さんがやった可能性は?」

 今まで名前は出さなかったが、あえて名前を出す。

「間桐慎二に出会う前だったら可能性は無いと言うところだけど、今は無いわね」

「どういうことだ?」

「慎二ていう男は、臆病者の典型なのよ。自分でやった事を確認しなければ安心できないタイプ。同時に自己顕示欲の強いタイプだから」

 タマモが並べる言葉に、横島は段々と哀れになってきた。

 恐らく、タマモが居た時点で彼に勝ち目は全くなかったのだ。

 まあ、英霊の中にもタマモ以上に頭が切れる奴はいるだろうし、そういう意味ではGメンにドナドナされたことは悪いことではなかったかもしれない。

 考え方によるわけだが。

「まあ、今の問題としては正体の知れないキャスターよね。魔術師と言うからには搦め手を使ってくるだろうし」

「確かに」

 それだけが少し問題だ。キャスターの英霊は未だに活動を見ていない。

 聖杯戦争の監督者が不在になった今、動くのは確実だろう。

 それがどんな手なのかが全く見当がつかないのは問題かもしれない。

「そうですね。しかし、相手の出方次第で動けばいいのではないでしょうか」

 セイバーの言葉に横島も頷く。

「さて、一休みはもう良いでしょう。次は横島の番ですか? それともシロウが続きを?」

「俺は見てるだけで良いや。心身を落ち着けて、回復をしたいんだ」

「分かりました。では」

 その視線はシロウに向けられる。

「その前に」

 タマモが二人を止めた。先ほどから持っていたのだろう、手には紙包みが入っていた。

「衛宮さん、テレビを貸してくれない。西条さんが横島に見てほしい物があるって」

 タマモの言葉にセイバーや士郎、横島が首をかしげる中で居間に向かっていた。






 朝食をとったあと、タマモはテレビを特殊なDVDプレイヤーをつける。

「って、耐霊障対策のDVD。そんなもの、うちの事務所にも無いぞ」

「なんだそれ?」

「映像系から来る霊障ってのは、普通のやり方じゃ水際でしか防げないんだ。これは根本的に映像から来る霊障をシャットアウトする事が出来るんだ」

 横島は溜息をつく。

「ピンポイントでは最強道具の一つとして開発されたけどな。値段と余り使い道がないから、殆どのGS事務所は準備してないんだよ」

「まあ、私は使ったことあるけどね。学校とか研修先では準備している事が多いから」

 そういうと、テレビに接続する。

 そして、映し出されたのは何処かの建物内部だった。

「これは?」

「東京タワーらしいわ」

「東京タワー……俺が除霊した中で失敗していて問題がある奴が出たのか」

 それは完全な失態だった。その確認のために映像を出した。その可能性はある。

 警備員が巡回してくる。やがて、警備員が通り過ぎ、僅かなノイズが走り場所が変わる。

「今の……」

「今、確かに何かの干渉を受けたな」

 場所は展望台に代わる。そこには一つの黒い物体が存在が居た。

 東京の街を見下ろすような存在。

 画面の奥から警備員が走ってくる。その時、一人の存在が割り込んだ。

「横島さん!!」

「ああ、間違いない」

 士郎も気付いたのだろう。

 そこにいたのは、学園にいた「佐々木小次郎」と言う存在だった。

「もしかして、マスターが東京で高みの見物をしているんだとしたら」

「それならそれでやりやすいけどな」

 現地の視察をしていないのであれば、相当やりやすくなる。

 だけど、それは頭の中で否定していた。

 自分が英霊だったと考えて、確実に殺すことが出来たであろう二体のサーヴァントのマスターを見逃すだろうか?

「となると、これがマスターね」

 タマモの言葉にセイバーも同意する。これは相当大きな手掛かりだ。

 だけど、東京にいる理由が分からない。それに……

「タマモ、警備員は殺されたのか?」

「え、そんなことは無いわ。ただ、不法侵入されて気絶させられていただけのはず」

「監視カメラに映る可能性もある。目撃される可能性もある。となると、オカルトGメンを挑発してるだろ、これ」

 目的は聖杯戦争ではないとばかりに、堂々と存在している。

「Gメンを挑発?」

「単純に言えば、出来るものなら俺を捕まえてみろと言ってるわけだ。で、俺に依頼してきたわけだ」

「なるほど。だとしたら、おかしくないか?」

 そう、Gメンと戦うならば東京だ。冬木じゃない。

「もしかしたら、場をかき乱そうとしているのかもね。言峰神父を殺したのも……彼らかもしれないわね」

 タマモの言葉に賛成は出来なかった。

 正直、彼らがマスターだとすれば、この状況は相当軽率だと横島から見ても言える。

 オカルトGメンが総力を挙げているからこそ、この映像は横島が見れているはずだ。

「タマモ、少しオカルトGメンに電話してくる」

「ええ、お願い」

 タマモは言うと溜息を吐いた。簡単な話だ。

「結構、厄介な事態になっているわね」

 タマモの言葉に全てが詰まっていた。








 朝食後、稽古は昼と幾つかの休憩を挟みつつ夕方四時を越えるところまで続いていた。

 英霊の実力を確認するために行った稽古は最終的には大敗と言っても良い結果になってしまう。

「横島はある程度戦えるようになりましたね」

「そんな気が……しないです」

 セイバーの褒め言葉に横島は息も絶え絶えで答える。

 30秒一本勝負を100戦して、30秒間逃げ切った引き分けが13回。その内、5回は最後に連続で達成している。

「まあ、シロウは戦うレベルにまだ達していませんね」

 100戦して100連敗を飾った衛宮士郎は壁に寄りかかって燃え尽きている。

「いや、流石に横島と衛宮さんじゃ、戦ってきた質が違うと思うんだけど」

 タマモは擁護する。そんなタマモもセイバーと試しで戦って13回連続で負け続けていた。

「さて、これで私の勝ちという事になりました。あれ以降は一回も負けはありませんでしたし、シロウ相手に百連勝も達成しました」

 そう、この稽古には一つも目標が設定されていたのである。

 セイバーは横島と衛宮の二人と戦って、合計三勝以上を取られたらセイバーの負け。

 またはどちらかが100連敗するという状況が起こったら、セイバーの為に腕によりをかけて食事を作ると決めていたのである。

 その結果、横島忠夫と衛宮士郎は買い出しに出るしかなくなったのだった。

「負けすぎだ、流石に引き分けが一本もないのはマズい」

「横島さんが強すぎるんだ。セイバーから何度も制限時間外まで逃げ切ってるんだからさ」

「いやいや、衛宮が少しワンパターンすぎたんだ。セイバーの攻撃は良くも悪くも直線的だから、一撃目は何とかなるだろ」

 現に後半の方では士郎も一撃だけは受けられるようになっていた。

 二撃目で沈んでいたが。

「なら、横島さんなら、どう戦うんだよ」

「そうだな……衛宮の持ち札を知らないから何とも言えんけど、自身を強化するとか出来ないのか?」

「俺にはそんな事は出来ないよ。半人前で悪かったな」

 士郎が拗ねるが、彼自身も自分の経験の無さだという事は分かっているはずだ。

 正直、横島から見ても衛宮士郎と言う人間に、戦士たる要素は少ないと感じる。

 それと同時にセイバーと戦うのであれば、力でもなく、速度でもなく、技術で戦わなければ行けないだろう。

 付け焼刃の戦い方で何とかなる相手じゃない。

 なのに、なぜ百戦も行ったのか?

 それは彼に英霊の強さを覚えさせるため。それと、英霊の出鱈目さを横島自身に刻み付けるためだ。

 横島忠夫とセイバー。勝つ可能性は恐らく十万分の一に過ぎないだろう。

 今の衛宮士郎よりは戦えると思うが、負けるのは奇跡でも無い限り確実。

 だけど、横島にはその奇跡を起こす道具がある。

 それが文珠だ。

 だとしても、文珠の本当の能力を隠しきり、騙し切り、最後の一回のみで使い、一撃で仕留めるという条件が付く。

 恐らく一千分の一以下だ。

 さらに、そこに人間に対しての油断。同時に横島の思い通りに進んで、ようやく百回に一度勝てる程度だ。

 これを勝ち目があると言う方がおかしい。

「だけど、横島さんに荷物をもって貰ってもよかったのか?」

「GSを甘く見るなよ。馬鹿みたいに多い荷物を持ち歩くことが普通なんだぞ、GSは」

「だけど、横島さんは荷物を持っていなかったよな?」

「タマモが、タマモが荷物を外に出したりしなければ、こんな事にはならなかったんや……」

 横島が言い訳をしていると、士郎の視線が一点に止まった。

 そこにいたのは、長身の青年とコートを着た少女のようだった。

「事案案件か?」

「いや、そうじゃなくって」

 横島も気付いていた。

 片方はスーツを着ているがアサシンの英霊だったはずだ。

 その脇には半透明だが、バーサーカーの姿も見える。

 つまり、彼女はイリヤスフィール・フォン・アインツベルンと言う事になった。

「何やってんだ、あいつら?」

 横島が溜息を吐くと、士郎を連れて先に進んでいく。

 二人の気配に気づいたのだろう。二人の視線がこちらに向いた。

「一体、何やってるんだ?」

 横島の言葉。それにアサシンは苦笑いをし、イリヤは微笑んだ。

「偽物のアサシンとお話をしてたのよ。聖杯戦争の話が聞きたいって言ってたから」

「うむ、中々参考になった。こうやって、英霊がマスターの前に現れるのは不快だろうが」

「別に構わないわ。ちゃんと礼儀に従ってくれたようだし、夜だったらこうは行かないけど」

「それも承知している。遠坂のマスターには色々と追われている身でな。主人ともども辛い所なのだ」

 アサシンは言うと、横島は冷たい視線を向けた。

「ああ、そういえば、ここで会ったからには一つずつ情報交換といかないか?」

 アサシンとイリヤに持ち掛ける。

「いいわよ。私にこたえられることなら」

 イリヤは承知した。アサシンに視線を向けると

「良いだろう。どちらにしろ、我々も用事があったところだ」

 アサシンの言葉に横島と士郎の表情は強張った。

「何、こんな昼間から必要もなしに戦いなどせぬよ。我々が聞きたいのは一つだけ、横島忠夫……お前は何のために戦っている?」

 衛宮士郎ではない。横島への質問だった。

「俺の戦っている理由?」

「そうだ。奴が言うには、この聖杯戦争はお前が戦う理由など無いと言う事だ。それなのに戦う理由はなんだ?」

 アサシンの言葉に横島は何も言えなかった。

 ただ、その真意を見るだけだったが、何もその先が無いのを見て、答える。

「俺は、俺みたいなやつが出ないために戦っている。これで答えになるか?」

「それはルシオラの事を言っているのか?」

「……その通りだよ」

 横島の言葉にアサシンは頷く。

「なるほど。一つとは言ったが、さらに一つ質問させてもらおう。マスターが聞けと言うからな」

「別にいいけど、その分答える事が多くなるぞ?」

「別に構わないらしい。では、もう一つ。今いる、この世界を犠牲にする事でルシオラが助けられるとしたら、お前はどちらを取る?」

 横島の肩が震えた。

 士郎が見た横島の顔は、驚愕に固まっている。

「まあ、助けられる彼女を放っておく。お前にとっては寝心地が悪くなるのは当然かもしれないが」

「てめえ……」

 怒りに震わせた横島の声。心の底から出した言葉に士郎は一瞬たじろいだ。

「……良いぜ、答えてやる。俺はこの世界を取る。ルシオラが生き返るとしても、この世界を犠牲にしたら、俺はルシオラに会う顔は無い」

 その言葉に満足が行ったのだろう。アサシンは口元を緩めた。

「なるほど。私の質問はこれまでだ。さて、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。君から横島に聞きたい事は無いのかね?」

 白い少女は少し考える。

「分かったわ。ならば、私からも一つだけ良い? お兄ちゃん」

 その視線は衛宮士郎に向けられた。

「俺からもあるんだ。だから、俺から先で良いか?」

「別に構わないけど」

「イリヤから見て、爺さん……衛宮切嗣はどんな人だった?」

 士郎の言葉にイリヤの目が見開かれた。

 昨日の夜、横島が日本の役所から集めた資料を全部読んだ士郎はイリヤが養父である切嗣の実子だという事を知っている。

 だから、士郎は運命を感じざるを得なかった。イリヤと向かい合う運命を。

「優しかったわ。だけど、私を迎えに来なかった」

「爺さんは病気を患っていたからな。なんで、助けに行かなかったのかは分からないけど」

 二人の言葉はそこで止まった。

「じゃあ、次は私の質問ね。貴方は切嗣の事をどれくらい知ってる?」

「爺さんが魔術師殺しって言われてたのは聖杯戦争が始まって、オカルトGメンの資料を見て、初めて知った」

「他には?」

「国際的にテロリストとして、密かに追われてたらしいな。当時のオカルトGメンじゃ、どうしようも無かったらしいけど」

「他には?」

「あとは、爺さんは何かを耐えてた。今思えば、正義の味方になろうとして、守れなかった人たちに何かを感じてたのかもしれない」

 そこまで聞いて、イリヤは黙った。

「……俺から補足すると、衛宮切嗣は何度かアインツベルンの近くまで向かってる。何を示すのかは分からないけどさ」

 横島は言うと、その後は黙った。

 第四次聖杯戦争。聖杯戦争中も、その前後も調べても調べても断片的にしか出てこない。

 こうなると、GS協会も聖杯戦争について把握しきれていなかったのだろう。

 当時は聖杯戦争よりも、度重なる魔族の襲撃の方にGS協会が対応していたのも事実で責め切れない事ではあるのだが。

「じゃあ、今度は俺からアサシンで良いか?」

 黙り込んだイリヤを見て、横島が聞くとイリヤが頷く。

「東京に行った理由はなんだ?」

「ふむ、江戸の町散策で説明がつかんかね?」

「聖杯戦争前ならな。始まってから行った理由は説明がつかないだろ。わざわざ、東京タワー。さっきのルシオラの件と言い、俺をピンポイントに狙ってるよな」

 横島の言葉にアサシンはしばらく黙り込んだ。

 やがて、口を開く。

「強行偵察と言うものだ。オカルトGメン、GSギルド……魔術師協会、聖堂教会だけでもともかく、その二つまで相手にしては面倒だ……らしい」

「なるほど、つまりは」

「監督役を始末したのは我々という事だ」

 あっさりと認めた。逆にそれが恐ろしい。

「なるほど。じゃあ、何故始末したんだ?」

「それは異なことを。マスターを倒して何が悪い」

「……まさか!?」

「ランサーのマスターは教会の主だった男だ」

 アサシンの言葉は本当だろうか? その場に居た人間は疑問に思う。

「ランサーはまだ、消滅していないと思うけど」

 イリヤの言葉にアサシンが頷く。

「ああ、今は我々の為に動いてもらってるからな。ランサーのマスターから支配権を奪った、それだけの話だ」

「凄くデタラメを聞いてる気がする」

 横島は思わず呟いたが、恐らくはハッタリの可能性は半分。本当の可能性が半分だろう。

 この情報交換は横島が仕掛けた情報戦。

 アサシン陣営は情報戦に乗ってきたにすぎない。

「じゃあ、この質問はどうだ。元アサシンの英霊と言ったけど、そうなると今のアサシンも居るはずだよな。となると八体の英霊で聖杯戦争をやっているのか?」

「否」

 彼はすぐに返した。そして

「今回の聖杯戦争は十体の英霊が集って行われている」

 核爆弾を落としてきた。

 イリヤは難しい表情をしながら返してこない。

 どうやら気づいていたらしい。

「アサシンが二体。他には?」

「アーチャーが二体。後一体はアヴェンジャーが参加している」

「復讐騎の英霊……か」

 横島は溜息を吐いた。

「さて、そちらが一つ質問が多くなったわけだが。マスターが聞きたいことがあるらしい」

「なんだよ、一体」

「お前は……お前の運命を後悔はしていないか? だそうだ」

 横島はその言葉に苦笑した。

「後悔なんぞ滅茶苦茶したよ。ルシオラが助けられなかった事、力を付けたとしても助けられない存在は居る事……たくさん、した」

 そんな中でアサシンを見据える。

「だけど、その後悔だって動いて後悔したものばかりだ。だから、選択には後悔はしてない」

 交わる視線と視線。それにアサシンが微笑んだ。

「なるほど。私からの質問は終わりだ」

 アサシンは言った。

 そして、横島と士郎に苦笑する。

「しかし、英霊を連れずに出歩くとは、英霊相手では分が悪かろうに」

 学園の時もそうだが。アサシンの言葉はイリヤも頷く。

「そうね。その辺り、気にした方がいいわ。キャスターの行方も分からない事だしね」

「そうだな。何度か追撃をかけているのだが、撒かれてしまう。奴も警戒しているのだろうよ」

 アサシンとイリヤが視線を合わせる。

「帰るわよ、バーサーカー」

 イリヤの言葉に、横島の目から見て半透明だったバーサーカーがイリヤの傍に張り付く。

「では、私も戻る事にしよう」

 アサシンが姿を消すと同時に、イリヤが軽くスカートの裾をつまんで挨拶をする。

 次の瞬間、イリヤの姿は消えるように居なくなった。

「何をやりたかったんだ?」

「想定外が起きすぎて、意見交換と言うところじゃないか」

 士郎の言葉に横島は何も言えなかった。

 彼らのいう事が正しければ、すでに聖杯戦争の概念が外に出てしまっている。

 なのに、聖杯戦争として機能している。そんなおかしな戦いになってしまっていたのだから。






 夕食。チャンコ鍋の中身がどんどん消えていく。

 横島が諭吉を旅立たせて勝った魚は既にない。大安売りだった肉も大半が消えている。

 ちゃんこなべに至ったのは鍋物の美味しい冬と言う料理雑誌だった。

 その中で最もボリューミーなちゃんこ鍋になったわけだが、用意したのは軽く八人前。

 セイバー、タマモ、横島、士郎の四人で食べてもお釣りがくる。そこに米の援軍が到着するのだから、何ら問題は無い。はずだった。

 士郎は絶句する。そこでは鍋戦争が起きていたのだ。

 鍋戦争。それは鍋の中から、ドンドン食材が無くなってく事である。

 大きな鍋だった。そう、過去形だ。

 お櫃にも炊いた米がたくさんあった。これも過去形だ。

 セイバーはお構いなしに大量に食べていく。衛宮士郎と言う料理人に完食と言う名前の絶対勝利を突き付けるために。

「おーい、とりあえずは食えよ。締めの食べ物は後で考えればいいだろ」

 横島の言葉に士郎がハッとした。

 そうだ、食べないといけないと今さらながらに気づいたからだ。

「横島、それは私が狙っていた鶏肉です」

「ははは、こういうのは早い者勝ちなんだよ」

 セイバーが箸で横島を指して、指摘するが横島は笑いながら、次の肉を取っていく

「ああ、また!!」

 セイバーと横島が肉を取り合う中、その脇から肉をしっかりと確保しているタマモがいた。

 セイバーと横島。カチャカチャと鳴っているが、お行儀が悪い……ことは間違いない。

 むしろ、箸で取り合いをしているのだ。音は鳴って当然だろう。

 彼らは野生の虎とは違う。士郎はそう思う。

 英雄と獅子と狐。三つ巴になり、一時的に鍋戦争の勢いが無くなると思ったのだ。

 その隙を突いて、鍋の具をしっかりと確保する。いつもならできない戦略だったのだが……

 目論見はあっさりと崩れた。

 目の前で行われているのは食味地(植民地)戦争。

 セイバーと横島という大陸が、具材というフロンティアを奪っていく。

 その横ではタマモが二人の隙を突く。完全に衛宮士郎は出遅れた。

 つまりは、士郎の取るべきタイミングが無いと言う事になる。

 確保出来ていない士郎は食われるだけ食われて、彼は肉を食べられないだろう

「くそっ、肉……せめて、魚を確保しないと」

 狙う肉、狙う魚、すべて横島とセイバーに奪われていく

「そうか、それならば、俺にだって考えがある」

 そういうと、残っている全ての具材を入れた。

 煮えた物も、煮えてない物も関係ない。

 ただ、食べるだけだ。それならば、半煮えだって行けるかもしれない。

 だけど、それを許さない。

 そう、これが今回の勝負。退く事が出来ない戦いだ。

「今だ!!」

 鍋から取り出される具材。それは「まだ使われていない」器に盛られていく。

「ありがと」

 それをタマモが脇から取っていった。

 その早業に全員が固まる。

 タマモはそんな中で一人、黙々と食べ続けていた。

 そう、今回の勝負。勝ち負けは無い。いや、もしかしたら、士郎の一人負け……もしくはタマモの一人勝ちのなのかもしれない。

 タマモを見て士郎は一言だけ呟く。それは何も意味をなさないことだけど、言わざるを得なかった。

「何でさ」

 その言葉に横島とセイバーは何も言葉をかけられなかった。

 そんな呟きを聞かずか、知らずか、タマモは何も表情を浮かべない。

「タマモ、流石にそれは卑怯です!!」

 セイバーが声を上げる。いや、セイバーが勝負の雄叫びを上げる。

「卑怯? 器に盛られたから、私が貰っただけだけど?」

 タマモの堂々とした台詞。余りの堂々とした態度にセイバーも言葉に詰まってしまった。

 そんな争いを脇に、横島が大きな鶏肉の塊を取り分ける。

「横島、それは私が狙っていた物です!!」

「大きな隙を見せるほうが悪いんじゃ!!」

「くっ……良いでしょう。それは挑戦と見ます」

 セイバーが取り分け、それはすぐに消えていく。

 先ほど入れた具材が次々と消えていく現実。

 その事実に士郎は食事を止めて、縁側に出て外を眺めた。

「ああ、こんなにも月が綺麗だ」

 どこかで横島が聞いたことのある台詞を口にする士郎

 確かに外の月は綺麗だったが……

「衛宮、現実逃避は止めて食わんと中身がマジでなくなるぞ」

 横島の言葉にふと我に返った士郎が居間を見ると、用意した具材はほとんど姿を消していた

「なんでさ」

 その呟きは誰にも聞こえることは無く、誰にも理解されないし、されるわけがない

 最後の一盛をセイバーが食べつくす。

「……なんでさ」

 士郎の呟きは誰にも消えることなく、居間の喧騒へと消えていった







前話へ 目次 次話へ

inserted by FC2 system