太陽が下りきる頃、冬木の町の電車から下りる人間があった。
目つきが悪く、さらにはマフィアご用達のスーツにコート。本来なら誰もが寄りたくない初対面の人間、ナンバーワンだろう。
「横島の野郎、また一人で突っ走った結果がこれかよ」
不機嫌ですオーラを隠さない男に近づいてくる人間など皆無。
だが、それに口を挟む存在は居た。
『雪之丞さん、今回は普通の事件ではないんです。神魔が介入するという理由を考えてください』
「分かってる。今回の事件、すでに人間だけで何とかできる範囲を超えてるんだろ。下手したら、神話級大崩壊が起きてもおかしくない」
雪之丞は溜息を吐いた。
状況は切羽詰まっている。横島からの連絡と妙神山……人間界にある神魔の出張所からの連絡が来るのは同時だった。
それにより一時的にGSは慌ただしく動いている。
オカルトGメンの長官である美神美智恵は国連に報告のため、GSギルド長の唐巣和弘と共に国連本部に向かっている。
西条輝彦はローマに状況の報告と援助の要請を行っていた。
その他GSも六道家が総代理となって、ロンドンの時計塔に出張している。
メンバーでの例外は雪之丞だけだ。それは小竜姫からの推薦でもある。
『ええ、貴方が基本的に単独で行動したほうが良いタイプだと言うのは、香港で分かりましたから』
「はっ、嬉しい事を言ってくれるじゃねえか。ともかく、横島と合流を急がねえとな」
角となって雪之丞の懐にいる小竜姫と会話する雪之丞は普段にも増して、怪しい男と化していた。
Q:そんな人間が一人でブツブツ言っていたらどうなるお?
A:そんなのは通報されるにきまってるだろ。常識的に考えて。
「あー、そこのきみ」
「あん?」
雪之丞の向いた先、そこには制服を着たお巡りさんが立っていた。
「ちょっと、署までご同行してもらおうか」
「おい、おっさん。馬鹿言うんじゃねえよ。こっちは急いでるんだ、話している間も惜しい位にな」
売り言葉に買い言葉。雪之丞の言葉に態度を固くする警察官。
『ゆ、雪之丞さん!?』
小竜姫はその言葉に慌てた。
「事態はすでにギリギリの場所だろうが。こんな奴らに足止めされて、明日には人類が滅亡していましたなんてのは笑えねえからな」
雪之丞の言葉に小竜姫は黙り込んだ。
『分かりました、ですが……なりません。ここは離脱してください』
「逃げろってのか?」
『彼らには後に美神美智恵さんから、強く抗議して頂きましょう。それで貴方の気が済むのならば』
小竜姫にはこの場では判断できなかった。
故に今回のトラブルは判断を先延ばしする。ヒャクメと連絡を取り、美神美智恵と相談する事にしたのだ。
雪之丞が冬木にやって来た一件、明日になれば日本政府が超法規的措置により、警察や自衛隊をGSギルドやオカルトGメンが使う許可を与えるに違いない。
今回は雪之丞による、これからの状況を説明するための事前調査のような物だ。それを至急速やかに横島へ伝える必要がある。
警察に捕まり情報が僅かに遅れれば、それは若干の……そして決定的な情報の遅れになる。だからと言って電話で連絡するのは、霊的な状況を見て相当な悪手だった。
雪之丞ではなく、ピートならば……
小竜姫は思ったが、その考えを振り払う。ピートなら確かに目的は果たすが、援軍の役割になるかと聞かれれば疑問符が出る。
タイガーでもそれは同様。対抗できる戦力を準備するなら、六道冥子も上がるが……彼女の場合は別な意味で危機だ。特に冬木市が。
「チッ、その言葉覚えとけよ」
雪之丞は言うと魔装術を纏った。そして、一飛びで電灯の上に立つ。
それを警察官も回りの野次馬も呆然としか見ていられなかった。
ビルの壁を蹴り、物凄い速度で走る雪之丞。ふと、その脳裏にとある存在を思い出した。
「そういえば、俺とは別ルートで入った奴いたよな。あっちはどうなった?」
『分かりません。ワルキューレがついているので、恐らくは大丈夫だとは思いますが』
「あの姉ちゃんがついていれば大丈夫か。全く師弟ともに心配させやがる」
『シロさんなら、大丈夫ですよ。私たちは出来る限り急いで、状況を調査しなくては』
小竜姫は言うと、雪之丞も黙って頷いて冬木市内を疾走していった。
周囲は暗くなり、誰もが帰宅に入るころ、衛宮士郎の家は騒がしくなっていた。
食事が終わり、一息をついていた時に横島やタマモでさえ気付くほどの高圧縮の魔力が上空に放たれたからだ。
無駄と思われるような事。それは間違いなく挑発されている。
それは今までの中でも異質で、恐らくはキャスターの仕業だろうと考えたのだが……
「打って出る必要があるかどうか」
横島の抱いた疑問はそれだ。
敵の挑発に乗らなければいけない法律は無い。むしろ、英霊たちが集結するならば、そこはきっと決戦場だ。
場所も分かっている……柳洞寺。深山町にある霊脈であり、要地だった。
霊的に安定しており、昨今では珍しい生きている結界がある寺。キャスターが拠点にしていたというのであれば、理解はできる。
「横島さん、行こう。あそこには一成……俺の友人がいるんだ」
それに横島はため息を吐いた。
「分かってるのか? これは決戦になる。下手したら全ての英霊と戦うことになるかもしれない」
「ああ、誰かが決着をつけたくて、出て来いって挑発してるのは分かる」
「それにだ。遠坂凛だって来る。はっきり言って、あれは戦いたくない部類なんだけどな」
「遠坂は遠慮なさそうだもんな。だけど、何処かで戦わなきゃ行けないなら、ここで戦いたい」
タマモは衛宮の言葉に首を横に振った。
「じゃあ、バーサーカーはどうするのよ。あれは私たちだけじゃどうしようもないわよ」
「分かってる。だけど、バーサーカーともいつかは決着はつけなきゃ行けない」
「馬鹿げてるわね。挑発に乗って、死地に飛び込むなんて、本当に馬鹿げてる」
タマモが呆れ混じりに吐き捨てた。
「これはね、間違いなく罠よ。それも入り込んだら出れなくなる、蟻地獄のような罠。それでも行くの?」
「構いません。ここで退けば、確かに一時的な優位を得るでしょう。ただし、集まった英霊で同盟を結んだら?」
「有り得ない……」
セイバーの言葉にタマモが反射的に否定しようとする。
それに横島は言葉を遮るような形で口を開いた。
「滅茶苦茶強い相手がいる。苦戦は必至で、同時に負ける可能性も高い。他の人間も敵だけど話し合いの余地はある。その場合は?」
「当然、敵でも話し合いの余地があるなら話すわ。最悪でも強力な相手を倒すまでは……なるほど、そういう事ね」
「目の前しか見えなくなるのはタマモの悪い処だな。強い相手、今回はバーサーカーとセイバーだ。他の英霊が同盟を組む可能性は十分あるだろ」
横島はそういうと溜息をついた。
「防衛してれば、もしかしたら何もなく終わるかもしれない。だけど、さらに大きくなった敵が目の前に現れるかもしれない。
今回は拙速が一番の手段だと思う。それにさ……問題が一つだけあるんだよ」
「問題?」
セイバーをチラリと見るとセイバーが頷いた。タマモと士郎は分からないようだ。
「キャスター陣営の静けさ。それにアサシン陣営も全く動いていない事です」
「えっ、アサシンは動いてるじゃない」
「いえ、アサシンは動いたように見せているだけです。アーチャーのマスターや士郎の目の前に出てきた事が一つの策です」
セイバーの言葉にタマモが驚き、そしてすぐに納得した。
「さらには東京に現れて、オカルトGメンを混乱させてる。聖堂教会も監督役が殺された上に冬木以外の場所で活動してるから、混乱の極みだろうな」
昨日から西条輝彦やシエルに一般回線で連絡を取って情報網を作っている。
聖堂教会も今回の件では代行者を派遣する事が決定したが、赤い槍の男に返り討ちにあったらしい。
間桐慎二に関しては、何もされずに東京にたどり着いたようだ。
単純な話で、時間稼ぎに使われたのだろう。彼から情報を抜き出すのはオカルトGメンの仕事だが、かれらは巧遅を取る場合が多い。
情報収集が出来る材料を提供すれば、一日か二日は時間稼ぎ出来るに違いない。
逆に考えれば、今回の挑発は「決着をつけよう」と言っている。時間をかけずに一気に叩き潰しに来ているのだから。
柳洞寺は要塞だ。正確に言えば霊的に要塞と言えばいいだろうか。
周囲が結界に囲まれ、英霊が通ることが出来る道は参道のみ。石段を上がった場所には城門のように山門がそびえ立っている。
簡単な話、英霊が通れる道は一本のみ。進撃路さえ理解できれば、どんな罠でも設置することが出来る。
これは攻める側にとって、圧倒的不利だ。
なら、横島達が何故に柳洞寺を確保しなかったのか?
これも簡単な話で、柳洞寺は禅宗の一派だからだ。
禅宗は旧家がとてつもなく多い。日本禅宗二十五流と呼ばれるように旧家の派閥だけで両手の指で数えられないほど存在している。
彼らと友好関係……最低でも敵対関係でない以上は問題がなければ何もしないし、する必要も無い。
今回は決戦場に選ばれた。これは偶然であり、必然なのだろう。
横島が手が出せず、無視して迎撃に力を置きたかった理由の一つだ。
「前方クリアよ」
タマモの言葉に横島は頷く。
「タマモ、結界の様子はどうだ?」
「凄い結界。これだと妖怪も通れないわよ」
「タマモも、か?」
「私もよ」
九尾すらも入れない結界。その状況に横島は少し顔をしかめた。
入れば逃げ道は横島の文珠しかない。文珠ならほぼ確実に通り抜けられる。
だけど、大乱戦になったら……そんな余裕があるとは思えない。
「横島さん?」
士郎の言葉に迷いを払う。突入すると決めたのだから、迷っている状況なんかではない。
長い石段を上がっていく。夜の石段だけに暗い異界への道が開いているような気がしてならなかった。
石段の奥には山門が見える。そこに誰かが待ち構えている気配はない。
「横島、山門の奥に気配」
「始まるぞ、良いな」
横島の言葉にセイバーが頷く。そして、山門の中に飛び込むと同時に矢の雨が降り注いだ。
「アーチャーか!!」
セイバーの視線の先には赤で統一した主従。
「衛宮くんもセイバーも遅かったじゃない。まあ、横島さんがこんな罠にかかるとは思わなかったけど……わざとかかった?」
凛の声が響く。遠坂凛が今回の挑発の正体なのだろうか?
「遠坂、一成はどうした?」
「さあ? 私が来たときには居なかったわ」
「一成?」
横島が聞くと、士郎が頷く。
「同じ学校に通っている友人だ。ここが一成の実家なんだよ」
「なるほど。普通を考えれば、ライダーの一件で入院なりしているのが普通だと思うわけだが」
「そう、だな」
士郎は言うと遠坂凛を見た。
不機嫌そうに向けてくる表情。それに横島は嫌な予感が一瞬だけよぎる。
「上!?」
見上げると紫色のローブを着た女性がいる。
そこには大きな魔法陣が描かれていて、こちらを焼き尽くせる状況にあった。
「遅いわ。やって、キャスター!!」
「全く遠慮など知らないわね」
キャスターはボヤキながらも無限とも言える霊力を向けた。
絨毯爆撃の名前がよく似合う。無尽蔵ともいえる魔力で焼き払うつもりだ。
「これは!?」
セイバーが動き出す前に横島が前に出た。
『反』『射』『結』『界』
四文字の文珠を作り、前に出る。
「もう、文珠のストックが数個になってる。ここからはセイバーが中心のシフトにするぞ」
「分かりました」
キャスターの大魔術。それがアーチャー・キャスター連合の考えだったに違いない。
だけど、それは一瞬で覆された。
放たれた大魔力は横島達を包み込む。
気を抜いたわけではない。だけど、油断があったのは事実。
遠坂凛の中に失敗したと言う言葉が浮かんだのは、その瞬間だった。
「自分で放った魔力でくたばれ!!!」
キャスターの魔術が自分たちの方向に向かってきたのだ。
それに対して、アーチャーが前に出る。
「熾天覆う七つの円環」
次の瞬間、七枚の花弁が現れ魔術を防いだ。
キャスターも同じようにバリアを張った。
「ごめん、アーチャー。まだ、油断してた」
「問題ない。ここから、巻き返せば良い話だ」
その言葉に凛は頷く。ただし、それは一瞬だった。
魔力を防いだ直後に見たのは、セイバーの突撃だったのだから。
アーチャーは舌打ちをすると、セイバーに相対した。
両手剣を取り出すと、セイバーの斬撃を防ぐ。
「やりますね、アーチャー」
セイバーには余裕すら伺える。キャスターとも対峙しているにも関わらず、である。
その余裕の理由。それはキャスター側に起きていた。
キャスターは向かってくる存在に驚きを隠せなかった。
手から羽を生やしている存在は、まるでハルピュイア。タマモが変化し、キャスターを攻撃してきている。
こちらに来るだろうと予想していた横島は全く動いていない。衛宮士郎を守るように立ちふさがっていた。
「どうしたの、私が貴方の相手をするのは想定外かしら。キャスター」
タマモの言葉にキャスターは唇を噛んだ。
未熟でありながら、何処か不思議な力を持つ存在。それがキャスターが下したタマモの評価だ。
その正体は東洋の大妖、金毛白面九尾の狐。時代は殷周革命。中国史で最も古い妖怪の末裔となる。
そこまでは正体を掴んでいた。下手をすれば、英霊に登録されているかもしれないほどの存在。
言うならば、彼女もサーヴァントとして計算したほうが良かったかもしれないが、その点ではキャスターも大きな計算違いをしていた事になる。
「舐めないで。貴女相手に本気を出す必要がないだけの話よ」
魔法陣から魔術を放つ。
タマモはそれを……何もしなかった。
なぜなら、魔術の方から勝手に逸れていったのだから。
「なっ!?」
「言葉のわりに随分と動揺してるのね、キャスター。そんな魔術の練りじゃ、普通のGSでも防げるでしょうね」
タマモはいうと、口から炎を吐いた。
幻想種と言う言葉がキャスターの中に浮かぶ。
同時にお互いが読み合うタイプ。決着を付けるなら、読みあいが通じないレベルでの攻撃を繰り出すことだったが……
キャスターの脇を白い盾が通っていく。
士郎を守りながら戦う横島が異常に厄介。アーチャー陣営もキャスター陣営も読み違えてた事。
それは横島は前線を構える人間では無かったということだ。二段目、三段目で戦うタイプで最前線を引っ張っていくタイプじゃない。
ここに来て本領を発揮されている。それが癪だ。
「ちっ、こんな事なら少しリスクは負っても、あのGSから排除するべきだったわ」
「それは最初には思わないわよ。横島は完全に警戒されるギリギリまで警戒されないもの」
タマモは言い切った。
「普通見ればね、横島は何処にでもいる男。少し腕が立って、いつでも排除できると思い込んでる内に自分のペースへと飲み込んでいくわ」
キャスターはタマモの言葉に「貴女はここで終わり」と言われている気がしてならなかった。
「そう。だけどね、私にも譲れない物があるの。手に入れた今をね」
キャスターは言うと細かい魔術でタマモの行動を奪っていく。
横島はそれに援護をするが……一撃当たった程度で怯まない。
むしろ、最小限のダメージを許容してタマモを倒す。方向性を変えたのが分かった。
「だけどね、私もいつまでも子狐じゃないの」
タマモの周りから幾つもの炎が放たれる。そして、魔術を相殺した。
「良かった、私は貴女と相性が良いみたいね」
キャスターの言葉が止まる。
相性が良いから止められない? そんな事はない。
むしろ、キャスターの攻撃を見て学習している。タマモにはそんな気配があった。
キャスターが魔術を放つタイミングで炎で打ち消す。
キャスターが防御に回った段階で攻めてくる。
危険を冒して、攻めた段階で防御に回ってくる。
「私の動きを読んでいる!?」
それは違う。キャスターの攻撃の直前に魔法陣が一瞬だけ展開する。それにタマモが対応しているだけ。
東洋と西洋。その差はあるけれども、一致点は多い。
破魔札も五芒星の中心に霊力が集まる。そんな、力の流れを見るのはタマモの得意技。
相当相性が良い……いや、もしかしたら、英霊でなければ彼女のような正統派の術士ではタマモの相手では無いかもしれない。
「俺はとんでもないものを見ているかもしれんな、と」
横島は背後に視線を向けた。
「衛宮、もう一組到着みたいだぜ」
「もう一組って……」
横島の顔が強張っているのに気が付いた。
緊張ではない。それは恐怖。
「くそっ、やっぱりバーサーカーまで突っ込んでくるか」
「バーサーカーだって!?」
士郎の言葉と同時にセイバーが近くに飛んでくる。
「私が相手を?」
「以外にアーチャーの方が戦いやすいかもしれないけどな」
だが、そんな雑談をするほど時間は残されていなかった。
山門の暗闇から黒い巨体が横島達に飛び込んでくる。
セイバーは士郎を抱きかかえて、横島はそれを回避するのが精一杯で避けた。
「うふふ、楽しそうなパーティにバーサーカーを招待しないなんて……」
「招待したわけじゃないわい。一気にメンバーが集まってきやがったな、と」
栄光の手で矢を払う。それにアーチャーが舌打ちをした。
「じゃあ、私はお兄ちゃんと遊ぼうかしら」
「衛宮、ご指名だぞ。俺はアーチャーと戦うことにするわ」
化け物とやってられるか。万が一、後ろから襲ってくることも考えて警戒していたが、背中を向けた瞬間に大きな金属がぶつかり合う音が聞こえた。
横島はそれに安堵の表情を浮かべたが、問題は他にもある。
「さてと」
横島が赤い騎士と向かい合う。すでに弓を準備しており、その手には矢が握られていた。
それはすぐに放たれる。
「ぬわっ!?」
間一髪で避けるとアーチャーに視線が合った。
「やりやがったな!?」
「勝手に選手交代したのだ。いつでも攻撃されておかしくあるまい」
アーチャーのしたり顔に横島は苦笑する。
「なら、こっちも始めるぜ。サイキックソーサーだ!!」
横島はそれをアーチャーに投げつける。
それを軽々と交わすアーチャー。そこには余裕すら見られた。
「当たらなければ、意味はないぞ」
「ということで、もう一発」
次々と投げつけていく。その数は十以上。アーチャーも流石にこれは何かあると感じ始めた。
アーチャーの警戒心は横島忠夫に対しては常に最大値に達している。
それに気が付いたのは、キャスターだった。
「アーチャーのマスター、周りを確認しなさい!!」
「えっ?」
凛は横島から攻撃が来ないか警戒していた。サイキックソーサーが飛んで行った方向も確認はしている。
凛が見渡した瞬間、それは驚愕の表情になっていた。
周りにサイキックソーサーが展開していたからだ。
その数は二桁。横島が投げるたびに増えていったのだろう。
「気が付かれたか」
横島は言うと、アーチャーにサイキックソーサーの雨が降らされた。
それをアーチャーは素早い動きで避けていく。
横島には近づけない。ならば、遠距離戦。アーチャーが判断して、遠坂凛の前に立った時……横島の手には大きな盾が展開していた。
そして、それは放たれる。手のひらサイズから二の腕サイズの大きさに変わった盾はアーチャーに向かった。
「ちっ」
避けるにはタイミングが悪すぎた。隣には遠坂凛というマスターがいるのは横島として想定済みなのだろう。
まるで魔術師らしい判断だと、アーチャーは思うがまずは対応するほうが先だった。
ローアイアスの展開。それは余りにも数瞬過ぎて三枚しかなかったが十分。
サイキックソーサーは一枚の壁を突き破ったが、全く問題がない。
「まだよ!!」
「分かってる」
だが、アーチャーは焦っていた。
横島は完全にこっちを倒しに来ている。今日までアーチャー陣営は何も横島に対して対策を取らなかったわけではない。
調べた。横島忠夫を出来る限り調べた。そして分かったのは、GSは油断ならない人間が多いということだ。
その中で僅か数年で上位に名前が挙がる程まで成長した事務所。それを率いるのが横島忠夫と伊達雪之丞。
アーチャーの判断では、英霊でも苦戦する戦いになる。それをキャスターと凛は否定していたが……実際、詰めに入られていた。
キャスターは未だにタマモと戯れている。むしろ、キャスターとの相性が悪すぎた。
実力では二回りから三回り程はキャスターが上なので、その内は逆転するだろう。ただし、それは自分たちが持てばの話だ。
バーサーカーが乱入してくれた事は助かった。ただ、こちらもセイバーがバーサーカーを倒した時には難しくなる。
あらゆる戦況を考えていると、目の前に緑色の小石が飛んできた。
「せ、精霊石!?」
凛の一瞬の言葉。それと同時に目を潰すように、精霊石がさく裂した。
アーチャーと凛の視界が無くなる。それと同時に高い音が響いた。
視覚、聴覚を失った。アーチャーがそれに慌てるが、それはすぐに最悪を通り越している。
ただし、横島が狙うのは分かっていた。手にしたのはアーチャーの両手剣、干将莫邪。
遠坂凛の前に立ち塞がり、横島の攻撃を待ち受けて、受けた。
肉を切らせる。アーチャーは横島を見据えた。
そして、横島を切り捨てる。骨を断った。
驚きの表情を浮かべながら、消えていった。
「なんだと!?」
「あれだけやって、それでもダメなのか」
横島は先ほどの位置から変わっていなかった。ただし、遠坂凛がいつの間にか横島の前に出ている。
ただし、横島の手からは霊破刀が出ており、それは凛の首筋に当てられていた。
「え、なんで……」
凛の言葉は現状を正しく表していた。
彼女から見れば、視界が消えて、音も分からなくなって、気が付いたら横島の近くにいる。しかも、下手に動いたら殺されるような状況だ。
「一体、何をやったの」
「いや、まあ……俺の分身を突撃させて、アーチャーをトドメ刺そうとしたのと同時に、遠坂さんを転移させただけなんだけどさ」
まさか、その分身体がアーチャーに倒されるとは思っていなかった。
これで文珠はゼロ。予備の予備まで使ったのに倒せなかった。
「だけど、これでチェックメイトだ」
横島の手は凛の首先にかかっている。アーチャーが動けば、それは変わるだろう。
ただし、横島の中での葛藤。アーチャーがもし攻撃を仕掛けてきたら……その時は反撃に出る術はすでに無かった。
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